ほろ苦い、けれど忘れたくない (5)
―――伝わるように話せ。
「三咲兄、」
リビングに戻って、兄貴に声をかける。
部屋に戻らずに、ここにいてくれたんだよな、って思ったりして。
双葉も部屋の片隅で、何か本を読んでいた。
「陸。場所変える?」
「いや、ここがいい。・・・それが俺の結論なんだけど」
あ、バカ、ここで切るなよ、俺。
言いたいことが先に出る、だけど、ちゃんと伝えるためには。
もうすこしましなやり方が、あるはずだ。
「でも、ちゃんと、伝わるように話すから。
・・・さっきは、そういうこと考えてなくて、・・・ごめん」
焦りつつ、でもその勢いで、言わなきゃってことを最後まで。
黙って聞いてくれた兄貴は、なんだか辛そうな顔をした。
「謝るのは、僕もだ」
すこし置いて言われたのは、そこで。でも、話のメインは、ここじゃないよ、兄貴。
俺は違うことが聞きたい。
そういう気持ちで見つめた目の色を、兄貴は読み取ってくれるかな。
兄貴は、ちらりと双葉の方を見た。双葉は手元の本に目を落としているけれど・・・、たぶん、さっきから全然ページは進んでない。
俺を見て、ちょっと唇を噛んで。それは、兄貴が意に沿わないことを、それでも考えてくれてるときの癖だ。
「・・・やっぱり、双葉のいないところで話すんじゃだめだって、そういうことだよね。
それは、自分が双葉だったら、両方、聞いて考えたい、ってことかな」
そう、なのかな。それはさっきまで考えてたことと、同じような、違うような。
「それも、たぶんある。だけど、気持ちはちょっと違って。
さっき兄貴が言うのをやめたのは半分以上俺のせいだったって思ったからさ、それは謝るし、俺が兄貴を責められる話じゃないんだけど、
でも、俺だったら、やっぱり言ってほしかったって思うんだ。
伝わるように話してほしいんだけど、手加減してほしいんじゃなくて。
俺自身も、伝わるように話さなきゃって思う、だから、兄貴が伝わる言葉じゃなきゃ意味ないって言ったのもわかったって思う、
だけど、言わないのってやっぱり違うと思って。
そういうことは、したくない。兄貴にも、してもらいたくない。
・・・そしたら、両方聞いて考えるってのと同じことになると思うけど」
俺、ちゃんと言えてる?
兄貴は、聞いてくれてて、そしてちょっと難しい顔をしてて、
で、俺は兄貴がどこを考えるのかわからないから兄貴をじっと見るしかなかったんだけど。
「・・・手加減、か」
そのあとで、ちいさく呟いた兄貴の声はさびしい色が混じっていた。
その理由はわかるから、それは俺にも苦かったけど。
「兄貴が真剣なのも、ときどき俺の方が逃げて切れちゃうことがあるのも、わかってるんだ。
でも、それって兄貴のせいじゃないじゃん。だからさ」
伝わるように言うのと、言わないのってやっぱり違う。
俺と兄貴が意見が違うのを隠すのも、それこそ後で双葉が知ったら、やっぱり納得いかないだろ。
兄貴が真剣なんだったらさ、言われて聞かないのはこっちのせいだ。
兄貴が真剣なんだったらさ、俺も真剣に思うことは言いたい。
「陸、・・・そんなふうに言わなくてもいいよ。
完璧じゃなくたって、聞こうとしてくれてることは知ってる。伝わってるよ、今日だって。
だから、間違った手加減をするなと言われれば、確かに、」
そうして、兄貴は俺の目を覗き込んで言った。
「わかった」
そのひとことに、肩の力がふぅっと抜けた。そんなに力が入ってたのに、自分でも驚いた。
「双葉、」
兄貴は双葉を振り返る。
「お兄・・・」
本を置いてこっちに来た双葉に、三咲兄は俺にと同じ視線を向けた。
「心配かけて、ごめん。
それから、さっきは子ども扱いし過ぎたね。
心配してくれて、ありがとう」
双葉は首を横に振った。戸惑っているようだけど、言いたいことはあるらしい。
「お兄たち、お話終わったの?」
「終わったよ。ケンカもしてないよ?」
兄貴はそこでちょっと笑う。双葉は俺の顔を見て、俺も笑った。
ほっと息をついたのは、俺たち三人ともで。
「よかった・・・」
ごめんなさい、と双葉は呟いた。
それって、何に対してなんだろう。三咲兄も、そう思ったようで。
「双葉のせいじゃないからね、気にしなくていいんだよ?」
そう言いながら、難しいこと言ってごめんね、と苦笑する。
「うん・・・」
ごめんなさい、じゃない言葉を、双葉はゆっくり考えたようだった。
「・・・大事にするから」
続けた言葉は、噛みしめるようなしっとりとした重さがあって。
兄貴は双葉の髪を撫で、「そうしてくれると嬉しいよ」と返す。
「無駄遣いじゃないって、三咲兄に見せてやれよ」って俺は口を挟んだ。
「え?」
俺の言葉に双葉はきょとん、としたけれど。
「そうだね、大事にしてくれたらきっとそうなるよ」
頷いてくれたのは兄貴の方だった。
「僕と陸の経験だけでもお釣りがくるかもしれないけどね」
「・・・兄貴、それは冗談としてもどうかと思うけど」
「え、だって冗談じゃないよ?」
「え」
くすっと双葉が笑いを零す。
笑ってろ。俺と兄貴のやり取りが、嫌なイメージとして首飾りに結びつかなきゃいいんだけど。
たぶん、忘れられない。嬉しい思い出じゃ、きっとない。
だけど忘れたくはない。
すこし苦いけど、でも手放せない、兄貴が言うのもそういうことで。
双葉にとってもそうならいい、ただ苦いだけじゃなければ。
それを願って俺はせっかく兄貴が撫でつけた双葉の髪の毛をかき回したのだった。
2013.03.10 up
めずらしく、タイトルに落ち着いた(笑)。
もうすこし、1週間くらい引っ張ってたつもりだったんですけど(←100質に答えたときは)、
私がそのストレスに耐えられなかったみたい・・・(^^ゞ、いえ、陸兄がいろいろ考えてくれたので。
こういう話って、胸の中が盛りだくさんなので一人称でしか書けないんですけど、
でも三咲兄は三咲兄で、双葉ちゃんは双葉ちゃんで、胸の中はやっぱりいろいろあるんですよね。
なんにしても、三人のことを考えるのが結局大好きなので、長年の懸案を解決できてとても嬉しいです♪
喧嘩になってない、ような気もしますが(^^ゞ。
リクエストほんとうにありがとうございました。どうか楽しんでいただけますように。