諍いをほどくもの(後)


「しょうがないからさ。ごめんな、双葉」

立ち上がった陸五と僕を双葉は交互に見て。
「・・・あたし、もう怒ってないのに」と僕に訴えた。
僕は、双葉の目を見返すだけだ。
「そうだな、ありがと。でも、それで終わりにはならないし」
「・・・・・。」
陸の言葉に、わかっていただろう双葉は黙る。
陸がそっと自分から引きはがすと、ちらっと僕を見てリビングを出て行った。

「気ぃ遣われちゃったよ」
陸五が吐息と一緒に零す。
「いいお兄ちゃんだからじゃないの?」
僕は別に冗談でもなくそう言った。止めてくれよ、と陸は視線で答えたけど、それが事実だと思ってる。

「双葉を止めてくれてありがとう。それから、双葉を責めなかったこと」
「・・・・・。そんなこと、いま言われても」
ちょっと苛ついたような声が返る。
「いま言わなくて、いつ言うの。よかったことと悪かったこと、全部考えなきゃだめだよ」
「・・・・・。」

悪かったことだけ叱られて終わりの方が楽かな。
だけど、陸と双葉のつながりはもちろんそれだけじゃない。

「陸五が双葉を責めなかったから、双葉は陸を責めるのをやめたんだ。気づいた?」
「そんなの、よかったことのうちに入らないだろ。
双葉がどうだって、叩いていいってことになんかならないんだから。兄貴だってそう思ってる」

「確かに、そう思ってる。だからって、陸のした正しいことを言っちゃいけないってこともないでしょ。
ちゃんと知っててほしいんだよ。
叩いたことは双葉に陸を責めさせることにしかならなかったのは、わかっただろ?」

「それは、わかったよ。でも、叩いちゃいけないのはそのせいじゃないじゃん。
双葉がどうだって、叩いちゃいけないことは変わらない」

「確かに、そうだね」
陸五の考えは、結論が僕と一緒のときでも、微妙に僕と違っている。
他人に理由を求めないところ、結構すごいよなって思ってるんだけど。

「だけど、それでもありがとうって言うよ。双葉が陸を見て、自分もって思ったのは事実だよ」
「・・・・・。覚えとく」
僕は僕の思うことを言う。それから、言わなきゃいけないことを。

「じゃ、おいで。何が悪かったのか、わかってるよね」
「わかってるよ」
「言ってごらん。何が悪かったの?次からどうするの?」

「いらいらして、双葉を叩いた。ごめん。・・・・・。」
「で?」
「・・・・・。」
すぐには、答えは返らなかった。

「何を言うべきかは、わかってるね?」
「・・・わかってる」
陸五は、迷っているらしい。口先だけで約束されるのに比べれば、それは、悪いことじゃない。
わかっている、と言われたから、僕はじっと待った。

陸は、僕の目を見ながら口を結んで考えている。
視線をそらさない意地が、弟らしいと思う。
しばらく経って、陸五はゆっくりひとこと言った。

「双葉を、叩いたりしない。ほんとに」

「がんばれ」

僕も、それ以上は言えなかった。
悩んだ末に口にした言葉の重さは、陸五自身が知ってる。
はじめてする約束じゃないから、だから、自信がなくてためらったのもわかった。

何度目だって、心を決めて言うしかない。だからそのとおりにした弟に、余計な言葉は邪魔だと思って。
陸五は僕がそれしか言わなかったことに驚いたみたいだったけど、
頷いて、そして僕の横に立った。

膝の上に横にすると、小さいなぁって、感じる。
あと2、3年もすれば、ぐんぐん背が伸びるんだろうけど。
「二十、ね」
見えなかったけど、陸五は顔をしかめたと思う。

ぱちぃん!

やっぱりちょっときつく打つ。双葉よりも、余計に。
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
陸五は、ぎゅっと身を固くしている。叩く都度、ぴくん、と体が跳ねるけど、声は出さない。
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
意地だよね。

ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
「た・・・」
痛いって、声を上げてもいいんだけど。双葉だって、いないのに。
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
双葉の倍は叩くから、そりゃ痛いだろう。
ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!

ぱちぃん!ぱちぃん!ぱちぃん!
「最後ね」
ぱちぃぃん!

ふうっと力を抜いた弟の、背中を撫でる。
「がんばれ。それから、ありがとう」

「もう聞いた」
ちょっとの間だけ膝の上にとどまってくれていた弟は、そんな言葉と一緒に起き上がった。
もう少しゆっくりしてくれてもいいのに、と思ったのは内緒。
「そうだったね」
確かに、叱ってから蒸し返すような話じゃない。そう思って言うと陸五はちょっと笑って。

「ありがとう」と、そう言った。

「え?」
問い返すと、弟は苦笑する。
「自分は勝手にありがとうって言うくせに。俺にだって言いたいことあっておかしくないだろ?」
「あ、うん、ごめん。ええっと」
「双葉の気持ち、ひとりじゃわからなかったから。俺が怒ってることに、双葉が傷つくとか。
だから、ありがとうって。ほかにもいろいろあるけど、まあ、いいや」

・・・・・。気になるよ?
「まあいいや、って、陸?」
「言わないよ。叩かない、それはがんばるから、それで話は終わりだろ?
終わった話、蒸し返す?」

それはまあ、確かに陸の言うことがもっともかも。陸五が言いたくないならなおさらか。
「・・・・・。わかったよ」
「ありがとう」
陸五はにやっと笑った。このありがとうは、わかりやすいけどさ。

僕の話、双葉の気持ち、何がどう陸五を動かすのか、僕が全部わかってるわけじゃない。
何よりも、心を決めるのは陸五だ。僕じゃない。でも。

ありがとうと言ってもらえる何かがあったなら、それは嬉しいというか、有り難いことだ。
それはいったい何だろうと考えながら、「ありがとう、がんばれ」と
僕は陸五に聞こえないように呟いた。


2013.09.01 up
双葉ちゃんのお仕置きシーンに入ったら、あとはすぐに結べるかと思ったら。
予想外に長めになった、陸兄のやりとりです。

でも、陸兄あまり言葉に出してくれないので、三咲兄一人称だと正直つらい!
という力量不足があちこちに(^^ゞ。
胸の中のいろいろと、口に出すいろいろは違う(>_<)。
いきなり結びで主体の変更も考えなくもないけれど・・・いやいやいや。
あれこれ自分の精一杯ですが、読者さまに多くを求める感じです<(_ _)>。

リクエストくださった方、ありがとうございます。
キーさん陸兄がお嫌いでなければよいのですが!(>_<)

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