ほろ苦い、けれど忘れたくない (3)


「だって」

だって、に続く何かがあるとすれば、それは既に言ったことの繰り返しだ。
だって、俺は納得いかねぇのに。
その言葉だけ、だけどそれって、実りがない。
平行線というか、水掛け論というか、とにかくどこにも行き着かない。
だから言えない、言えないこと自体にも納得がいかないっていうのに。

続けられなくて固まっていたら。さっきと同じく、兄貴が俺の名前を呼んだ。

「陸、」

あ、静かな声。

さっきと同じく名前を呼ばれても、さっきと同じじゃ全然なかった。
さっきの棘を、兄貴はどこにやったんだろう。
「信じてることを言うのは、ふつう確かに正しいことで。
だけど、双葉の前で無条件にそうすべきじゃないって、僕は思ってる。
僕と陸の意見が合わないってことを、双葉にそのままぶつけても、双葉が困るだろ」

・・・・・。
棘がないからって、言う中身が変わるわけじゃないんだろうけど。
わかる、かな。わからない。
だって、双葉の話じゃねぇのに。

これは俺と兄貴の話で、・・・。
ああ、でも。
わかんねぇって、言いたいんだけど。

「三咲兄、なんで」
・・・聞きたい、言いたいことがあるのに、うまく言葉にできない。
「双葉の話じゃねぇのに。
だけど、・・・なんで、かな。どう言えばいいんだろ、言いたいのに」

双葉にどうとかじゃなくて。
いま俺の前にいるのは三咲兄で。

いま三咲兄は静かに話した。
それは、ただ気持ちを見せないでいるっていうのとは、違う。

「俺は俺の思う話をしたいって、言いたい。
双葉の前だからって取り繕うのは、おかしいって思う。
だけど、・・・兄貴は静かに話したじゃん。俺がいま話続けると、そうできない、きっと。
だから・・・」

だから黙るってのは、ホントは、全然わかんねぇ。だけど、このままは言えねぇって思うのも俺だし。

ああ、もう。
・・・わかんねぇことをそのまま喚くことができたら楽なのに。
そんな誘惑があるけど、兄貴に対しても双葉に対しても、それはダメだろってことはさすがに。

ケンカしない、努力するって。
何も言わなかったけど、俺は約束した。

なんで、なんだろ。
だって俺のことなのに。双葉も兄貴も関係ないんじゃないだろうか。
いや、俺がダメだって思う。それだけのことかもしれねぇんだけど。
兄貴や双葉にはホントに関係ないんだろうか。

・・・・・。

すこし、息を整える。
黙りたくない。納得できない。
そう思うなら、言うべきだ。誰に対しても、俺自身が言えると思う言い方で。

「兄貴、」

三咲兄みたいに、静かに言えているだろうか。
無駄遣い。そんなの怒るようなことじゃない、双葉が自分で決められることだ。
俺がいまそう思うなら、三咲兄の前でも、双葉の前でもそう言うべきだ。
実りのない話をしたいんじゃない、三咲兄がどう考えてるかを知りたいんだ。

「双葉に、結局言うのを止めたじゃん。
なんで?結局、どっちが兄貴の気持ちなのさ」

言うのを、止められるような。無駄遣いって結局その程度のことじゃないんだろうか。
止められるくらいなら、言わなきゃいいじゃんって、思う。
だけど兄貴は、やっぱ無駄遣いはダメだって思ってて。じゃあなんで言うの止めたんだって、思う。

「確かに僕は、双葉にする話を変えたけど。
ほんとうは止めたくなかったってことは、わかってくれてるのかな」

俺が完璧じゃないみたいに、兄貴だってもちろんそうじゃない。
この質問は三咲兄の気持ちを逆立てて、でも、俺はこれを避けて通れない。
三咲兄は、ざらついた気持ちを俺に見せようとは思ってない、そういう気持ちでいたいと思ってはいない。
お互いに、ときどき棘が芽を出すけど。
わかりたいって思ってることはまだ忘れてない。

「わかる、だけどそこがわかんねぇんだ。
俺が言わなかったら、もちろん兄貴は最初言いたかった話をしたってゆーのはわかる。
だけど、兄貴は、止めたんだ。
なんで?

いまでも兄貴は無駄遣いがいけないって、双葉にそう言うべきだったって、思ってる。
だったら俺が何を言おうが、そーするのがほんとなんじゃないの?
どっちが兄貴の気持ちなのさ。
どーしてこうなるのか、俺はわかんないよ。だから、俺と兄貴はすれ違ってるんだろ」

俺は自分が納得できないことを、三咲兄の前で言うことを、双葉の前で言わない理由がわかんねぇ。
兄貴が思う何かを、双葉に言わない理由がわかんねぇんだ。
だから、双葉のいないところで話すんじゃいけなかったのって聞かれても、俺にはそうする理由がない。

でも。

兄貴が本気で思ってて、でも言うのを止めたなら。
理由はきっと、あるんだ。
相手に理由があるって思うこと、それをわかりたいって思うこと、そういうことを俺たちは双葉に約束したんだろ。

兄貴は、またじっと俺を見た。
でも、これもさっきとは違うよな。
苛立つような睨む目、それを抑えようと噛んでる口元、
そして俺に向き合って俺の気持ちを探す視線、中に折れて自分の答えを探す視線。

目は口ほどにものを言う。・・・俺も、そうなんだよね。
兄貴、俺は知りたいって思ってる。だけど全然わかんなくって、途方に暮れてる。
教えてよ。教えてくれるだろ?

三咲兄はゆっくり息をついた。

「双葉に無駄遣いの話を結局しなかったのは、あのまま話しても
双葉が納得できないだろうと思ったからだよ。
僕が双葉を叱っても、あれじゃ、双葉は「陸はいいって言ってるのに」って思うだけだろ」

「だけど、それぞれがそれぞれの思うことを言うしかないんじゃねぇの?」

「そういうふうに言うなら、僕が思ったことを双葉に言うのを、陸が邪魔する権利はないんじゃない?」

「邪魔したかったわけじゃない。ただ俺は、そう思うってだけで」

「・・・そうだね。だけど、結果はどう?そうか、陸はそれでも僕が僕の思うことを言えばいいと思うのか。
だけど、そうして双葉が「陸はいいって言ってるのに」って思うんだったら、
僕にとって自分の思うことを言う意味なんかないんだよ」

ああ、ここかな。兄貴はそう小さく呟いた。

「陸、陸は自分の思うことを曲げずに言うことが、正しいことだと思ってて、
そしてたぶん、双葉を尊重することでもあると思ってるんだよね。
さっきも言ったつもりだけど、僕もそれは分かったよ。陸が陸の思うことを、双葉に話すなら、僕は止めない。

だけど。

僕自身の考えてることは、それとは違う。
僕は僕の言葉を、双葉がどう受け取るかってことを最初に考えてる、考えたいと思ってる。
言うことと、伝えることは別だよ。
どんなに強く思っていても、伝えられないなら言う意味なんかない。
曲がって受け取られるなら、言わない方がいい。
僕はそう思ってる。だから、伝えられる言葉を探すんだ」


2013.02.24 up
・・・進んでるんだか何だか、って感じですみません(>_<)。
しかも今回、短いし(^_^;)。
でももうちょっとなので(笑)、なんとかリアルお引越し前に
和解にこぎつけたいところです。

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