ほろ苦い、けれど忘れたくない (2)


「・・・陸。双葉のいないところでじゃ、いけなかったの?」
「後でじゃ遅いだろ、兄貴はいま双葉を叱ろうとしてたじゃねぇか」

「落ち着いて言ってくれれば、双葉との話を後に回すことだってできたよ。
最初はその気がなかったことは認めるけど・・・あんなに刺々しく言われちゃ、
双葉だっておびえるしかないだろ」
「俺のせいかよ?!三咲兄こそ、結局止められる話だったら、最初っからしなきゃよかっただろ」
「止めたくて止めたとでも思ってるの?・・・・・・ごめん、陸。ちょっと深呼吸させて」

「・・・・・。」

双葉の手前、俺も兄貴も、抑えようとは思ってる。
だけどそれって、相当ハードル高い、残念ながら。
いまだって、三咲兄がブレーキかけてくれなかったら、俺自身は止まれなかった。
まあ、兄貴自身のテンションも、相当跳ね上がってはいたけれど。

「・・・・・悪い、静かに話せる気がしねぇ」
「・・・そうだね、・・・でも、どうしようか」

こんな話、第二ラウンドなんて冗談じゃない。
だけど、兄貴も俺も、全然納得してはいない。冷却期間を置いたところで、この話を始めればまた同じだ。
「・・・それでも、言うだけ言い切るしかねぇだろ、どっちにしても」
「まぁ、そうだよね。ケンカしてるわけじゃないって、双葉には言うしかないか」

三咲兄だって、納得しないままこの話を寝かせておく気はないらしい。
兄貴も頑固なんだよな。いやまあ、お互いサマだから、仕方ねぇけど。

お互いにケンカをするつもりじゃない。俺も違うし、兄貴も違う。
ただ納得いかないことを、ぶつけ合うだけ。
・・・ケンカしたいわけじゃない。わかってもらいたい、そのはずだ。
絶対、苛々するって目に見えるけど。きつい口調になりそうな気がするけど。
でもそのはずだ、なんとかそこを、間違えないように。
双葉を泣かせたくはないんだ。

深呼吸をして、とりあえず言う。最初の一言くらい、静かに言えるだろ。
「無駄遣いなんて、ほんとに怒ることなのか?双葉が自分でやりくりするだけの話だろ?」

そりゃ確かに、6年生に3,900円のネックレスは、ちょっとどーなんだろうとは思う。
双葉の小遣いの4か月分?よく金があったよなって、感心するんだけど。
まあでも結局、俺にはその価値はわからねぇ。
いま中学生の俺でも、たぶん高校に入っても、身を飾るだけのものにその金を出すかどうかは疑問だ。
でも俺がしないからって、双葉もそうかどうかはわからないだろ。

「程度問題だとは思うよ。だけど、やりくりできるなら何でもいいとは思ってない」
もともと、あの子はそんなにお金を使うほうじゃないから、 あれが買えちゃうくらいの繰り越しはあったみたいなんだけど。
前から買いたくて貯めてたとかいうなら反対しないよ。だけど、そうじゃないからね。

確かに、俺もそう聞いた。友達と普段行かないショッピングモールに出かけて、なんというか、ほだされた?
流された、って言ってもいいのか。
「えらく高いの買ったよな」そう言ってやると、困ってた。
すっごく欲しかったってわけじゃないのは、その反応だけでわかった。
まあでも、それなりに可愛いネックレスだとは思うけど。友達づきあいにだって、金がかかることもある。

「たいして理由もないのに不必要なお金を使うのを、無駄遣いっていうんだよ。
やりくりはそりゃ、この先の双葉が考えることだけど、そういうお金の使い方はよくないって教えておいてあげないと」

「そんなこと、別に兄貴に言われなくたって知ってるだろ」
ネックレス、三咲兄には見せたくなさそうで。俺には言った金額も、三咲兄にはなかなか話そうとしなかった。
気まずいって、思ってるからだろ?
「だから余計に、見逃せないんだよ。知ってるのに言わなかったら、肯定したことになるだろ」

「だからって、わかってるのに怒らなきゃならねぇ?そういうもんじゃ、ないんじゃねぇの」
双葉がわかってれば、それでいいじゃん。こっちから、わざわざ口を出すことはないと思う。

「僕はそうは思わない。自分で知ってるのと、人から言われるのは違う」
ほんとうは一緒ならいいと思うよ。自分で知ってることを、すべていつでもやれるなら。
だけど、僕も含めて人は必ずしもそこまで強いわけじゃない。
自分だけがやらなくちゃと思っていることよりも、人からも言われたことの方がちゃんとやれることってあるだろ?

「自分で気づいてても、人から言われると嫌になることあるんだけど?」
「そうかな、それって気づいてるって言えるの?・・・でもまあ、それもあるかもしれないけど。
だけど、気づかれてるけど言われなかったからいいやって、そう思うこともある」

「そうかぁ・・・?だけど、やっぱり小遣いの範疇のこと、双葉が自分で決められる範囲の話のことだろ」
繰り返して言うと、兄貴はうーん、と首を傾げた。

「僕と陸の溝はそこにあるのかな。
・・・自分のお小遣いで買ったものだって、大切に扱わなかったら僕は叱るけど。
僕にとっては似た話だけど、陸には違う?」

どうだろう。似て・・・なくもない。確かに、この話よりはまだ兄貴の言いたいことが、わかる気がする。
でも、どうかな。俺はこれも、何も言わないんじゃないだろうか。
だって、結局は双葉のモノだ。

「似た話、かもしれねぇ。だって俺、それも怒るようなことじゃない気がする」
「双葉が内心、後悔してても?」
「その時になってみねぇとわかんねぇけど。
双葉がそう思ってるならなおさら言う必要ないんじゃねぇの?」

「・・・そうかな。」
すこしの空白の時間のあとで、兄貴の小さな呟きがぴいんと響いた。
つまり兄貴は、考えてくれた、でも納得いかないってやっぱり思ってる。
俺だって同じだ。わかり合うなんてこと、あるんだろうか。

・・・それは無理、かもしれない。
無理でいいのかどうかはわからない、だけど、どうしても納得いかない、譲れない。
それって、どうしたらいいんだろう。

兄貴も次の言葉を迷ったらしい。
なぜって、また少し空白があったから。
ややあって語られた三咲兄の口調は、抑えているような、でも苛々したような。
納得したような、そうでもないような。
静かではあったんだけど、なんだか吐き出すような強さもあって、うまく感情が読めなかった。

「僕もやっぱり譲れないけど、陸が思うことも分かったと、思う。
陸が陸の思うことを、双葉にまっすぐ話すなら、僕がそれを止める理由はないんだろう、きっと」

だけど、と兄貴は続けた。

「だけど、陸。僕が僕の思うことを双葉に話すのも、陸には許せない?
そこまで僕の言ってることに、納得いかない?
双葉のいないところで。いまこういうふうに話すんじゃいけなかったの、この話」

えっ、・・・・・。

この質問には答えたくないって、反射的に思った。
ってことは、それがそれで答えなんだ、たぶん。

でも。

「だって、俺は納得できねぇのに」

わかんねぇ。
自分が納得できないことを、三咲兄の前で言うことを、双葉の前で言わない理由なんてわかんねぇ。

「・・・陸、」

兄貴が俺を呼んだ口調は、やっぱり、すこし棘を含んで。
こっちもすこしいらっとして、でも、それが俺の答えのせいだってことも知ってる。

わかんねぇ、納得できねぇ。
ほんとに、そう思ってんだけど。
俺が吐き出した言葉は、それだけじゃないのかもしれない、けど。

「・・・自分が納得できないものは、すべて・・・止めるの?」

兄貴のそれは、質問っていうか、責めてんじゃねぇの?
そう思うのと同時に。
それでも兄貴は、言葉を選んだ。
突っかかるの?って言いかけたの、わかっちゃうんだよな、何でか。

「思うことと違うことをするなんて、おかしいだろ」
それが思うことだから。だから口にするんだけど、・・・・・。
それを言ってどうするんだ、ってことに俺の答えはない。
突っかかってると言われたら、たぶんむっとするんだろうけど、そうじゃないって俺自身は言えるのかな。

「陸・・・それじゃどこまでも、僕らは平行線だ」

三咲兄の言いたいことも、きっと同じことだけど。
「だって」
うわ、俺もう黙ってた方がましかな。
・・・・・。

言いたい、言えない。
言えないって何だろう、だってそう思うのに。でも。
同じところをぐるぐる回る。でも。

言い止めた俺を、三咲兄はじっと見つめた。



2013.02.16 up
Q026 一番悲しかった思い出は?
「・・・・・。
 えっと、あたしのせいで、お兄たちが喧嘩したときだと思う」
「あ〜。まあ確かに、俺達よりお前の方が凹んでたよな」

お兄たちは、喧嘩してるんでしょうか、どうなんだろう(^^ゞ。
思ったよりもふたりとも大人かも、でもまだ一波乱あるかも(笑)。
4までいきますか、どうか。とりあえずまだ続きます(^_^;)。
ちなみに、双葉ちゃんのお小遣いは小4のときから月1,000円。
中学に入って値上げしたかどうか思い出せない…(<だれの記憶だ)。

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