息が白くなるほどじゃないが、肌寒さが服にじわじわと染み込んでくる。
晴れた秋空の下、朝の清々しい空気を全身で感じながら、私は一人で城内を歩いていた。
昼間は人の姿が途切れることのない城内だけど、今は早朝と呼ばれる時間帯だから人影はまだ少ない。
昨日までは半分死んだような目で寝る間も惜しんで執務に勤んでいたのだが、今は鼻歌を歌い出しそうなくらい嬉しい。
なぜなら今日やらなければいけない仕事は既に終わらせてあるからだ。
あぁ、なんて素晴らしい解放感なのかしら。
私は武将の一人だから、執務に追われない日はないに等しい。
さすがに軍師様ほどとまではいかないけど、このところ私にしては仕事が多かった。前に休みをいただいたのがいつだったか忘れたくらい、本当に久しぶりだ。
半日休みはあったけど、一日休みというのはなかなかなかったし。
さぁ、この丸々一日の休日を何をして過ごそうか。
気持ちいいくらい晴々とした空だから、どこか遠くへ遠乗りに行ってもいいし、久しぶりに城下町を歩くというのも悪くない。
そういえば、先日姜維に教えてもらった美味しい肉まんのお店にもまだ行っていないし、月英殿が話していた珍しい香の店も見てみたいと思っていた。
疲れも取れてないからまだ眠いし、屋敷に戻って少し睡眠も取りたいなぁ。
なんてことを考えながらウキウキとした気分で歩いていたが、前から歩いてくる一人の男の姿に慌てて踵を返した。
始めはちょっと早歩き程度だったが、その内早足になりついに走り出す。
ところが相手も私に気付いたらしく、後ろから足音が追いかけて来る。差を広げようと加速しかけたところで一気に気配が近付いて、グイッと強い力で引き止められた。
迎えるのは、とびっきりの笑顔だ。
「おはよう。
趙雲、字を子龍。スラっとした長身に、文句のつけようがないほど整った顔立ち。
加えて、敵陣を単騎で駆け抜けるほどの豪胆さと、五虎将に選ばれるほどの武を持った武将。
これだけ兼ね揃えていれば、女性に騒がれることは間違いない。
その辺りの何も知らない女の子なら、この爽やかな笑顔と甘い声にうっとりとするんだろう。
だが、私はそんなものに騙されるほど付き合いが浅くも愚かでもない。
今この男が張り付けている一点の曇りもない笑顔。その背後に黒い禍々しさがはっきりと見える。
日夜この男の笑顔に黄色い声を飛ばしている青春真っ最中の女官の方々は知らないだろう。
蜀随一の爽やかな好青年を装っているこの男が、実はあの腹黒白南瓜軍師に引けも劣らぬほどの極悪性悪男だということは。
「あら、おはよう、趙雲。今朝は早いのね」
「大丈夫か?息が切れているようだが」
「平気よ。なんでもないわ」
そんなわけないじゃない。私はか弱い女の子なのよ。アンタみたいな体力バケモノと違うの。
ただでさえ寝不足で体力消耗してるんだから走らせないでほしいわ。
「声を掛けようとしたら突然走り出したから驚いたよ」
「ごめんなさい、ちょっと急いでて。趙雲がいるなんて全然気がつかなかったわ」
「そうかい?まるで私に気付いて走り出したかのように見えたんだが?」
当たり前でしょ!と言いかけたが、とりあえず目の前の男同様、笑顔を張り付ける。
「いやね、そんなわけないじゃない。・・・わかったなら、そろそろ放してほしいんだけど」
これと言って、離れる様子のない手を指差した。痛くないけれど、逃げ出せない程度にがっしりと捕まれた腕は解放を待っている。
「それは出来ない相談だな」
「あら、何故?私は逃げたりしないわよ?」
「視線はちゃんと相手に向けて話すべきだよ、
笑顔の圧力に負けたくなかったが、奴のいうことも一理あると思ったので仕方なく向き合った。それに、ちゃんと話さなければ腕を放していただけないようだし。
「なにか用なの?」
「朝の挨拶をしなくては駄目だろう」
「おはようならさっきも言ったけど?」
「連れないな」
「言ったじゃない。私は急いでるの」
「そんなに急いでどこに向かうところなんだい?」
「私の部屋よ」
もちろん嘘だ。今、部屋から来たところなのだから今さら執務室に戻る理由はない。
笑顔を張り付けて、即答で嘘がつける私もなかなかの者だろう。
「それならちょうどいい。部屋まで一緒に行こう。私もそちらに向かうところなんだ」
「あ、いけない。その前に書庫へ行かなければいけないんだったわ。残念ね、全然方向が違うわ」
じゃあと背を向けたんだけれど、引き止められてしまった。
「ならば、私も付き合おう」
「いいえ、結構よ」
「遠慮しなくてもいい」
「いや、べつに遠慮じゃなくてね」
「おぉ!じゃないか!」
その声が聞こえてきた途端、口から盛大なため息がこぼれた。振り返らなくても声の主がわかることが悲しい。
最悪だ。今日は朝からなんてついてない日なんだろう。朝一番に会ったのがこの二人とは。
未だ掴んでいる趙雲の手を力一杯振り払い、思いっきり作り笑顔を浮かべて振り向いてやった。
「おはようございます。馬超殿」
「おはよう」
朝から何やら嬉しそうで、八つ当たりだとわかっていてもなんとなく腹が立った。そんな不機嫌な私に気付くこともなく、馬超はニコニコと笑ったままだ。
「どうしたんだ、?馬超殿とは、急に他人行儀だな。俺とお前の仲ではないか。いつものように孟起でいいのだぞ」
私とアンタに仲なんてないわ。だいたい、私がいつアンタのことを字で呼んだのよ!
「何を仰いますか。同じ軍の将とて礼儀を踏まえるのは大切なこと。ねぇ?趙雲殿」
「そうだな、礼儀は大切だ」
・・・・そう言いながら、さりげなく何やってるんだ、この男は。
後ろから巻き付くように回された腕は、抱き締めるなんて甘いものではなく羽交い絞めに等しい。
これじゃ動きが取れないじゃない。それに鎧が当たって痛いんだけど。
「しかし、は温かいな」
「なに!?趙雲貸せ」
か、貸せって私は物かなにか?
聞き捨てならなかったので、突っ掛かっていこうと思ったけど、文句より先に悲鳴をあがった。
「ひゃ・・・冷たい!」
「おぉ!本当だ。温かいな。柔らかいし」
「ちょっと馬超、人抱き締めて和まないで。放してよ」
「いいじゃないか、少しくらい」
「あのねぇ」
私は湯たんぽじゃないのよと言ってみたが、そんな言葉はこの男の耳には入っていないらしい。私を抱き締めたまま馬超が顔を上げた。
「そうだ、ちょうどよかった。趙雲、先日の件はどうなった?」
「先日?・・あぁ!それなら、諸葛亮殿に話してみた。殿もおっしゃっていたが、なんとかなるようだ」
「そうか。では、こちらも手筈を整えよう。岱と姜維にもそのように話しておく」
「あぁ、頼む」
頭上で交わされる会話内容はよくわからないし、どうでもいい。それよりもいい加減にこの腕を放してほしいのだ。
さっきは趙雲の鎧が当たって痛かったし、しかも馬超の手はもちろん体も冷たいし。
それ以上に・・・・あぁ!もう!
「邪魔!」
力任せに振り上げた拳は趙雲には避けられたが、馬超には鮮やかに埋め込めた。
そこまでしっかりと入れるつもりはなかったんだけど、どうやら完全に油断してたらしい。
もろに入ったはずが一歩しか下がらなかったのは、さすが武将と言ったところか。
「危ないな」
「いきなり殴るとは・・・お前、さっきまで礼儀が大切だとか言ってなかったか?」
「うるさいわね」
いつも人の話なんて半分しか聞いてないくせに。いつまでもそんなことを覚えてなくていいのよ。
だいたい、アンタたちに礼儀を尽くしてたら精神疲労で過労死するわ。
「だいたい、なんでこの時間に馬超がいるのよ?」
私の疑問は最もだと思う。
だって馬超は、将軍と呼ばれるほどの武将のくせに朝が極端に弱い男なのだ。
こんな早朝に姿を見るなんてまずありえない。いつもなら間違いなく執務室の隣の仮眠室で寝てるはずの時間だ。
馬超は私の視線を受け止め、あぁ、そのことかと言った。
「いつもならまだ目が覚めぬ時間なのだが、今朝はなぜか突然目が覚めてな。予感がしたので来てみたのだ」
なんだ、その予感ってやつは。なんの予感だ、いったい。
朝の会議が始まるからと、人が起こしに行った時は叩いても叩いても起きないくせに、予感一つでこうも機嫌よく起きるのか。
「そんなことより、これから城下に行かないか?ぜひともに見せたいものがある」
「馬超、狡いぞ。、ならば私と遠乗りに行こう」
「あのね、二人とも執務があるでしょう」
私は朝からアンタたちの相手をするために、昨日必死に仕事を終わらせたんじゃないの。
寄り道してないでさっさと執務室に行きなさいよ。
「確かにな。だが、そんなことはどうでもいい」
「執務なんぞつまらん。それに、いざとなれば手はあるしな」
馬超がにやりと意味ありげな含み笑いをしたのでピンときた。
「馬超、魏延殿に頼むのは駄目よ」
「何故だ?」
「この前、頼んだばかりでしょう」
おそらく、うちの軍で一番真面目に執務をこなしているのは魏延殿だ。
たまにこうして、馬超の仕事を余分に押しつけられていることを聞くし。まぁ、さすがに全部ではないようだけれど、頻度から言うと結構あるんじゃないだろうか。
もしや、いいように使われているのではと、不安になって一度聞きに行ったことがあったが、そういうわけではないようなので安心した。
魏延殿の女官さんもそれを否定していたし。
馬超と違って、朝の軍議に遅れたことなど一度もないくらい時間にも誠実な方だし。(関羽殿から聞いた話ではいつも一番最初に来て座っているらしい)
鍛練は毎日欠かさずやっていらっしゃるようだし。(黄忠殿の話ではお一人が好きらしく、早朝に行ってることが多いようだ)
尊敬するに値する、将軍として皆の手本になれる人だろう。
少しの口下手とあの容貌、諸葛亮なんかを敵にまわしたことで、魏延殿は本当に損をしていると思う。
あぁ、こいつらに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだわ。・・・と言っても、私も人のことは言えないのだけれど。
「私は頼んでないが?」
「駄目よ」
馬超に趙雲の分までなんて魏延殿が気の毒だわ。私の視線に負けを認めた趙雲が冗談だと笑った。
冗談ならいいけれど。
「とりあえず執務を終わらせて、話はその後にしましょ」
このままここで話していては、いつまで経っても動けない。
「せっかく会ったのだ。まだいいではないか」
「そんなこと言って、また馬岱殿に怒られてもしらないわよ」
馬岱殿の名前を出すと、馬超は眉を寄せて嫌そうな表情をした。
先日、受けたお説教を思い出したらしい。
まぁ、少しの時間とはいえ、執務を抜け出したんだから自業自得でしょう。
「趙雲も」
がそう言うなら仕方ないな」
来た道を戻るのは悲しいけれど、こいつらに私が休みだということを悟らせちゃいけないし。
程なくして、3人揃って私の執務室前まで戻ってきた。
誰かに見られたら変に思われるかもしれないが、最後まで付き合ってくれた女官にも当然休みを出しているから中には誰もいないだろう。
「じゃあ、またね」
「あぁ」
「では、後でな」
返事は返さずにとりあえず扉の中へ入った。そのまま扉に張り付いて耳をすませ、足音が遠のいていくのを確認する。
「・・・・・行ったわね」
ふぅ。ったく、冗談じゃないわ。
そろりと扉を開き、顔だけ出して左右を確認する。
よし、二人の姿は見えないわね。
足音をたてないように走りながら厩に向かった。
朝から二人同時に相手をしたら、執務を行うより疲れてしまったわ。
でも、あのまま執務室で休むという選択肢は出てこない。
あの二人が押しかけてくる可能性がある以上、さっさと城から出たほうが賢明だろう。
今日は遠乗りに行こう。城下で人込みを見るより、広い草原で思いっきり馬を飛ばしたいし。
そうすれば気分もすっきりとするだろう。
厩には人影が見えなかった。
おかしいわね、いつもなら誰かいるはずなのに。
まぁ、ちょうど誰もいないところに来てしまっただけかもしれない。深くは考えず厩の奥へと進んだ。
美しい白い毛並みの愛馬の姿を見つけて思わず笑みがこぼれる。
「おはよう、神閃。今日も素敵ね」

「ぎゃあ!」
掛けられた声に飛び上がってふりかえると、白南瓜が至近距離に立っていた。
羽扇で口もとを隠しているが、笑っているのがわかる。
「女性らしくない悲鳴ですね」
「あ、アンタが突然そんな所から出て来るせいよ!」
突然何の前触れも音もなくふって沸いたのが白南瓜軍師。悲鳴をあげない奴がいたら是非とも見てみたいわ。
「おや、驚かせてしまいましたか」
狙ってやったくせに、なんて白々しい男なんだろう。
でも、いちいちそんなことに腹をたててるとこっちの身が持たないので、流すことにする。
もちろんしっかりと睨みつけてだが。
「軍師様がどうして此処に?あまり厩には来ないでしょう?」
私はこの男が戦関係以外で馬に乗っているところを見たことがなかった。
普段の生活において、厩に一番縁が遠いのではないだろうか。
軍事と内政を兼ねるとなれば、抱える仕事量も私の比ではないだろう。
執務室への泊まり込みや、どこかへ遠乗りに行くような暇もなかなかないだろうし。
「あなたならきっと此処に来るだろうと思いまして待っていました」
「なぜ此処に来ると?」
「今日は休みですからね」
「・・・・なんで知ってるの?」
話してないはずと思いながら聞くと、軍師様は微笑んだ。
まるで先ほど見た趙雲の笑顔のようだ。
まぁ、あれほどの爽やかさはないけれど、怖い笑顔。
「おや、お忘れですか?私はこの国の軍師なのですよ?が休みなのかどうかくらい把握してるに決まってるではありませんか」
「・・・・・」
しまった。
シャッホウシャッホウ意味不明な攻撃を繰り出すような変態でも、一応軍師なんだから報告が入るんだわ。
「わかったら今日は私の執務を手伝ってください。仕事をまわさないであげたんですから」
「まさか始めからそのつもりで?」
そうよ、気付くべきだったわ。
この白南瓜は知ってて始めからその気だった。
浮かれてそんなことにも気付かなかったなんて。
「さぁ、
じりじりと迫ってくる腹黒軍師の魔の手。











さぁ、あなたならどうする!


→ 厩を飛び出し、城門のほうに向かって逃げる。
→ 手を振り払い、鍛練場に向かって走る。
→ 逃げてから考えることにして、とにかくこの場を離れることにする。
→ 諦めてこのまま立ち尽くす。

どの選択肢が誰に会うのか先に知りたい方は下のあとがきを参考にしてください。



















白南瓜の衣装は3ですね。そして、関平が出てくるのは4。・・・あはは。突っ込んじゃだめです。
三択じゃそのままなので四択にしてみました。馬超、趙雲、軍師様、関平の順です。
もう二度とかけないかもしれない関平くん。

2005/11/02



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