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『Wish You Were Here』 byRiko

 

第三章①

 

悟空についての噂は瞬く間に城内に広まった。人嫌いの、ましてや子供など最も苦手な国王自らが手を引いて連れ帰ってきたこと。その子供が十三人目の情人の位置に据えられたこと。多忙極まりない国王が僅かに自由になる時間を割いてまで、その部屋に足繁く訪れていること。そんな三蔵の目映いまでの寵愛ぶりはそのまま、いや、それ以上の強さで、真っ直ぐに悟空への反発となって戻ってきた。

別邸を構えている三人の夫人とはまだ直接顔を合わせたことはなかったが、同じ棟に居を構えている残りの夫人からは、猛烈な反発を喰らう結果となった。三蔵の手前、表立って悟空にそれをぶつける者はいなかったが、一歩陰に廻れば露骨なまでの中傷と妬みが悟空へと向けられていた。

 

 

「全く国王様の慈悲深さにも程がありますわ、あのようなみすぼらしい孤児を王宮に入れるなどと…」

悟空を連れて来た詳しい経緯を、三蔵は八戒以外に話していない。誰が聞いても信じ難い話だし、三蔵がそれほどの労力をかけて迎えに行ったことが知れれば、益々強い反発を招くことは間違いない。ましてや人間ではないかもしれぬなど、言語道断である。その為便宜上は、孤児である悟空を三蔵が引き取ったということになっている。

「でもあの瞳の色、ご覧になりまして?とても珍しい黄金色でしてよ…おそらくは国王様も、物珍しさが先に立っていらっしゃるだけのことでしょう。」

「そうですわよ、ああ見えて国王様は情け深いところのある御方ですから、哀れな珍しい生き物を気の毒に思われたのでしょう…新鮮味が無くなれば、おのずと飽きられますわよ。」

おっとりとした話しぶりとは裏腹な棘だらけの会話の後に続く、空々しい笑い声。そんなやり取りを、悟空は少し離れた廊下の影で聞いていた。

特に理不尽だとも、悲しいとも思わない。この程度の陰口はもうずいぶんと聞かされたし、彼女達の反応はごく自然なものだとも感じていた。

この城に来て半月程が過ぎ、三蔵は自分が漠然と思っていた以上に権威と力を持つ存在であることを知った。そんな彼にあるがままについて来ただけの自分が、分不相応な待遇を受けている。端から見れば、腹立たしいことこの上ないであろう。どんなに世間知らずな悟空にも、それぐらいの見当は付くのだ。

そんなことをつらつらと考えていた時。不意に背中をポン、と叩かれた。この棟で気軽に自分の背中を叩いてくるような人物は思い当たらない。訝しげに振り返ると、そこに立っていたのは年齢が十六~七歳とおぼしき少女だった。

「気にすることないわ。貴方が何者であろうと、あの方々はただ非難をしたいだけなのよ。」

その装いから見て、どうやら目の前の少女もこの棟の住人であるらしい。しかしそれには似合わぬ気さくな口調で話しかけてきた少女は、ニコリと悟空に笑いかけた。

「私もね…本当なら、国王様の夫人になれるような家柄じゃないの…家が夜盗に襲われてね…両親と弟は殺されて、私一人が生き残ったの。」

淡々と語るその横顔には、決して癒されることのない哀しみの色が浮かぶ。悟空の金の瞳が不安定に揺れているのに気付いた彼女は、沈んでしまった空気を変えるように、再び笑いかけてきた。

「私には頼れるような親類もなくて…悲しさと不安で一杯だったそんな時、葬儀にいらした国王様が言って下さったの…この城へ来いと。御自分の御出自のこともあるからでしょうけど…そういう御方なのよ。」

「御自分の…御出自?」

聞き慣れぬ言葉に首を傾げる悟空に、彼女は意外だというように大きな瞬きをしてみせた。

「知らなかったの…?先代の国王様には御子様がなく、捨て子を拾われて実子として育てられた…それが今の国王様なのよ。それだけが理由というわけではないでしょうけれど、拠り所の無い者を放ってはおけない御方なのね。」

三蔵のことを語るその瞳には、尊敬や憧れといった気持ちが満ち溢れている。おそらく彼女にとっての三蔵とは、神にも等しい信仰を捧げるべき存在なのであろう。

「これからも沢山色々なこと言われるかもしれないけど…気にしちゃダメよ。せっかく国王様が、ここに連れて来て下さったんですもの。」

「うん、ありがとう…あのさ、名前訊いてもいい?」

「美鈴よ…よろしくね。」

そう答えた彼女が手を差し出す。悟空は「うん!」と大きく頷き、初めてこの棟で自分を迎え入れてくれた美鈴という名の少女と握手を交わしたのだった。

 

その夜。何とはなしに寝付けなかった悟空は、傍らに横たわる三蔵の静かな寝顔を見下ろしていた。

非の打ち所の無いくらい、端正な造りの顔。溢るる才能と、他の追随を許さない圧倒的な力。人々が憧れてやまない何もかもを持つこの若き王は、一体何の気まぐれで自分をここに連れて来たのだろう。

ふと悟空の脳裏に、昼間の会話が甦った。

 

『哀れな珍しい生き物を気の毒に思われたのでしょう』

『拠り所の無い者を放ってはおけない御方』

 

案外、その程度のことなのかもしれない。決してわかりやすくはないが十二分に優しいところのあるこの人は、あんな処に独りでいる自分をみつけて、見て見ぬふりは出来なかったのだろう。今は物珍しさも手伝ってか、こうして傍にいてくれることが多い。だがある程度落ち着いて、好奇心も薄らいだら。

 

───その時この人は、枯れた花のように自分を投げ捨てるのだろうか。

 

それはそれでいい、と思う。譬え一時の気の迷いだったのだとしても、あの壁を越えて来てくれた彼の気持ちは、間違いなく本物だったと思うから。

 

「…何じろじろガン飛ばしてんだよ」

目を瞑ったままの三蔵が、突然口を開いた。

「起きてたの?」

「そんな穴が空きそうなほど見られて、のんびり寝てられるか。」

開かれた紫の瞳が、真っ直ぐに悟空に向けられる。いかにも三蔵らしい物言いに、悟空は小さな苦笑いを漏らした。

「ゴメン…キレイだなぁ…って、思って。」

「あぁ?」

「三蔵は、寝ててもキレイだなぁって、そう思って。三蔵と並んじゃったら、どんな美人も霞んじゃうよな…そっか、だからみんなあんまり自分から三蔵に近寄らないのかな。」

実際、あれだけ『国王様』『国王様』と騒いでいても、彼女達が三蔵に近付くことは、悟空が見た限りほとんどない。夫人達に限らずこの城内の者は、三蔵との間に常に一定に距離を保っている。全くお構いなしに話しかけているのは、悟空自身と八戒ぐらいなものだ。

「俺みたく物珍しいだけのヤツの方が、却ってそーゆーこと気にしないで図々しくいられるのかもな。」

何気なく呟かれた悟空の一言に、三蔵の柳眉がピクリと上がる。不意に伸ばされた三蔵の手が、悟空の手首をきつく掴んだ。

「…テメェ今何つった?」

その声には明らかな怒りの色が滲んでいる。しかし悟空には、三蔵が何を怒っているのかがわからない。

「…?俺の、瞳の色のコト。みんな珍しいって言ってたよ?俺は今まで一人でいたからわかんなかったけど、確かに俺と同じ色の人、いないもんな。三蔵も塔の中で会った時、最初に瞳の色のこと言ったし…」

皆が言ったという「珍しい」という言葉の後にどんな話が続いたのか。問い質さなくとも大方の見当は付く。だが、自分の認識までそうなのだと思われては

冗談ではない。

三蔵は捉えた手首ごと悟空の身体を引き寄せ、腕の中に抱き込んでしまった。驚いている悟空の瞼に唇を落とす。目許のラインをそっと舌で辿ると、小さな唇から甘い悲鳴が零れた。首を振って逃れようとするのを許さず、緩く唇を這わせたり睫を甘噛みしたりと、両の瞼に執拗なまでの愛撫を繰り返す。

「さんぞ…っ、も…やぁ…っ」

目許の皮膚の薄い部分を集中的に責められて、悟空は半泣きの状態になる。目尻に浮かんだ小さな滴を舌で掬い取り、三蔵はようやく唇を離した。ゆるゆると開かれた金の瞳は、淡い潤みを帯びていた。

「…確かに俺はまず最初にお前の瞳のことを言った。だが『物珍しいから面白い』なんて思った覚えは一度もねぇ。どいつが何を言ったか知らねぇが、勝手に決め付けてんじゃねーよ、このバカ。」

きっぱりとした口調で言い放った三蔵が、再び唇を落とす。悟空の肩口に顔を埋めた三蔵は、その頼りない項に思い切り歯を立てた。

「痛っ…!」

悟空の口から苦痛の声が上がる。じんわりと血の滲んだ箇所を、三蔵はピチャリと舐め上げた。

「どうでもいいヤツらの言葉なんかで揺らぎやがった罰だ。これぐらい我慢しろ。」

そんな言葉の後に与えられた口づけはとても優しくて。何度も何度も柔らかなキスを受けているうちに、悟空は温かな腕の中で徐々に眠りに入っていった。

 

 

「うわっ…」

次の日の朝。鏡に映った自分の姿に、悟空は思わずそんな声を漏らした。

「信じらんねぇ、コレもう『傷』じゃんか…」

昨夜三蔵が残した痕は「口付けの名残り」などという生易しいものではなく、完全に素肌を食い破った「傷」となっていた。鏡の中の蘇芳色の花を、そっと指でなぞってみる。

自分を評した「物珍しい」という言葉に、本気で憤っていた三蔵。薄らと血の膜が残っているその傷は、何処か甘かった。

「わかりやすくていいだろーが。」

いつの間にかすぐ後ろに立っていた三蔵に、背中から抱きすくめられる。少し窮屈そうに身を屈めた三蔵は、小さな耳に唇を押し当てた。

「隠すなよ。下手な小細工なんぞしやがったら、承知しねーぞ。」

「なっ…」

穏やかな声で落とされた囁きのとんでもない内容に、悟空の表情に驚きの色が浮かぶ。

小賢しいことを言いたがる連中には、はっきりと知らしめてやればいい。王の寵愛はこの唯一人にあり、それは変えようない事実なのだということを。

悟空の困惑など何処吹く風といった表情で、三蔵は昨夜と同じその場所に軽いキスを送った。

 

 

その日の悟空は中庭から更に外へ出て、城の敷地内をそぞろ歩いていた。城内での生活にも大分馴れ、知らない場所を探索してみたい気持ちも勿論あったのだが、今日はあの棟になるべくいたくないという思いもあった。三蔵の口から「隠すな」と釘を刺されてしまった以上、下手に誤魔化すわけにもいかず、だからといってこんな歴然とした痕跡を見せびらかして歩くわけにもいかない。自分が陰口を言われる分には構わない。だがそのことで三蔵までが悪意を含んだ言われ方をするのは嫌なのだ。

そんなことを考えながら歩いていた悟空だったが、目の前に現れた豪奢な館の前でその足を止めた。

「でっかい家…」

無論三蔵の城の方が遥かに大きいのだが、それにしても城の敷地内の建物ということを考えれば、悟空を驚かすのには充分な大きさだった。

「うわぁ…」

悟空の口から感嘆の声が漏れる。惜しみのない手間をかけられたその庭には、季節の花が咲き零れていた。中でも一際鮮やかに咲き誇る、大輪の白牡丹。

悟空は自分でも無意識のうちに手を伸ばし、そっとその花弁に触れていた。

「どなたです…?」

さして大きくはないが凛とした澄んだ声に、悟空の肩がビクリと跳ね上がる。悟空は咄嗟に声の方に向かい、ほぼ直角に頭を下げた。

「あ、あのっ、すっごいキレイだったからつい…勝手にさわっちゃって、ゴメンなさい!」

頭を下げたままの悟空の耳に、衣擦れの音が聞こえてくる。間近になったその音が止んだのと同時に、サラリと髪を撫でる優しい気配が悟空を包んだ。

「よろしいのです…顔を上げなさい。」

穏やかなその声に、悟空が恐る恐る顔を上げる。視線を上げた悟空の口から、再び「あっ…」という呟きが零れた。

美しく結い上げられたしっとりと艶やかな黒髪。陶磁器のような白い肌。悟空を真っ直ぐに見下ろすその瞳は、黒曜石の如く濡れた輝きを放つ。城内の夫人達は皆ある程度整った顔立ちをしていたが、目の前の女性はそんな領域を遥かに越えていた。呆けたように口を開けたまま動かない悟空に、女性が「どうしました?」と声をかける。ようやく我に返った悟空は、頬を高揚させながらニコリと笑った。

「お姉さん、すっごくキレイだね…三蔵に会った時もキラキラしててキレイだなぁって思ったけど…お姉さんも負けないくらいキレイ。この、白い花みたいだな。」

「これっ、奥様に向かって何という不躾な…」

後ろに付き従っていた侍女らしき者が、慌てた様子で悟空を咎める。あまりに無邪気なその物言いに暫し言葉を失っていた女性は、侍女を軽く手で制し、小さく笑った。

「よいではないですか…貴方が、先日御君がお連れになった悟空ですね。私は御君の夫人の一人である、姜氏です。」

姜氏の言葉に、悟空はこの城に初めて来た日に八戒がしてくれた説明を思い出していた。三蔵の十二人の夫人のうち、敷地内に別邸を与えられているのは三人。ということは、この姜氏は三人の内の一人なのだろう。

「せっかくいらしたのですから、ご一緒にお茶でもいかが?厨房の者に、木の実や果物の入った焼き菓子でも作らせましょう。」

「いいの?」

姜氏の提案に、悟空の顔がパッと輝く。姜氏はクスリと笑って頷き、悟空を邸内へと招き入れたのであった。

 

 

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