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『Whish You Were Here』 byRiko

 

第二章

 

三蔵に伴われて城へやって来た悟空は、ぽかんと口を開けて目の前の巨大な建物を見上げていた。

「コレ…三蔵の家?」

「そうだ」

「すげぇデッカイ家だな…」

いかにも子供らしい率直な感想に、三蔵は軽い苦笑いを漏らしながら悟空を促した。

「俺一人で暮らしてるわけじゃねぇからな…ほら、いつまでそうしてんだよ」

城の外観を眺めたまま一向に中に入ろうとしない悟空の手を取り、三蔵が城内へと進む。程なくして、三蔵の姿を認めた臣下が次々と傍へ寄ってきた。

「お帰りなさいませ、国王様…そちらは?」

三蔵に手を引かれている悟空へと目を向けた一人が、驚きと困惑が入り混じったような声で問い掛ける。一方悟空は、隠れるように三蔵の背に身を寄せた。おそらくはこれほどまとまった数の人間を見たのは初めてであろう悟空には、恐怖にも近い威圧感が感じられるのだろう。繋いでいた手を離した三蔵は、そのまま同じ腕で悟空の肩を強く抱き寄せた。

「こいつの名は悟空。今日から俺の元で暮らす。」

自分でも些か大人げない行動かとも思ったが、身分だの家柄だのとゴタゴタと無駄なことを言いたがる輩には、最初にはっきりとスタンスを示しておいた方がいい。王の確かな寵愛の下にあるという事実を示すことは、何の後ろ盾も無い、このちっぽけな子供の城内での立場を保証することに繋がる。

周囲を取り巻いていた者達の口から、明らかなどよめきの声が上がる。堅実に国政を執り行ってきた三蔵に臣下の信頼は厚かったが、その厳しい人柄故に、親しみの持てる王とは言い難かった。彼はまだ正式な妻を迎えてはいなかったが、いわゆる「側女」という者は存在する。しかしそのような女性達とでも、このような公衆の面前でその肩を抱き寄せたりしたことは、今まで一度たりともなかったことなのだ。

驚愕の表情を浮かべる者達を全く意に介さず、道を開けさせた三蔵はそのまま奥へと進んでいった。一群から少し離れたところで、悟空は少し不安げな表情で三蔵を見上げた。

「何か…すっごくビックリしてたみたいだけど…俺、そんなにヘン?」

どうやら悟空は皆が自分を見て驚いていると受け取ったらしい。三蔵は軽く息をつき、肩に回した手で悟空の髪をクシャリとかき混ぜた。

「気のせいだろ…お前を連れて来たのは俺だ。他の奴がどんな面してようが、堂々としてろ。」

そんな三蔵の言葉に、コクリと小さく頷いた悟空だったが、ふと何かを思い出したように再びその口を開いた。

「なぁ…『国王様』って、三蔵のこと?」

「そうだ」

「みんなそう呼んでたけど…俺もそうした方がいい?」

悟空の素直な疑問に僅かに目を眇めた三蔵は、首を横に振った。

「…『国王』ってのは俺の役割を表す言葉で、名前じゃない。お前は『三蔵』でいい。」

「役割…?『国王様』の役割って、なぁに?」

三蔵の答えは更に悟空の疑問を深めてしまったようである。どう説明したらよいものかと、三蔵が言葉を探しあぐねていた、その時。

「まぁぶっちゃけて言えば『よろず厄介ごと引き受け係』ってところですか…ねぇ、三蔵?」

ゆったりとした、それでいてひとクセありそうな声の主は、ニッコリと笑いながらこちらに歩み寄ってきた。

「八戒…何でお前…」

「何でって…人嫌いの国王陛下御自らが手を引いて子供を連れて戻られたと、城内はもう上へ下への大騒ぎですよ。そうなれば当然、実物を確かめたいに決まってるじゃないですか。」

全く笑顔を崩さずにそう言い切った八戒に、三蔵は苦々しげに舌打ちをしてみせた。

「人嫌いの…国王陛下?」

八戒の言葉をそのまま繰り返した悟空は、すぐ隣りにある不機嫌そうな横顔を見上げる。先刻の人々の様子と照らし合わせれば、あれほどはっきり皆が驚くほど、三蔵の人嫌いは周知の事実だということになる。だが悟空には、やはりピンとこなかった。

唄っていた悟空に自分から声を掛けてきたのは三蔵で、大変な思いをして塔を登って会いに来たのも三蔵で。そして、窓の外へ行こうと手を差し出してきたのも、やはり三蔵だった。

ふと視線を感じて、悟空が正面へと向き直る。悟空の表情の変化を見ていたらしい八戒が、更に一歩近付いてきた。

「…どうやらそちらの方には、違ったようですね…はじめまして、僕は王宮付きの医師で八戒といいます。三蔵とは、もう結構長い付き合いになりますかね…どうぞよろしく。」

悟空と目線を合わせるよう少し身を屈め、先程の三蔵へのものとは異なる、穏やかな笑みを八戒は向けた。その柔らかな雰囲気に、好奇の視線に萎縮していた悟空の表情もほぐれていった。

「俺は、悟空…よろしくな、八戒。」

はにかみがちに笑った顔を覗き込むようにして、八戒は優しく頷いた。

 

 

「ところで三蔵…悟空が暮らす部屋はもう決めてあるんですか?」

悟空を真ん中にして三人並んで歩きながら、八戒が尋ねる。三蔵は軽く頷いた。

「この棟の一番奥の部屋だ。あそこなら城の喧噪からは離れているし、中庭にも直接出られるしな。」

少し精神的に余裕が出てきたのか、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回す悟空がその口を開いた。

「ずいぶん沢山部屋があるんだなぁ…三蔵の家族って、こんなにいっぱいいるの?」

廊下に面して延々と続く扉の数に、悟空が驚きの声を漏らす。

「亡くなられた先代の王以外に家族はいませんが、三蔵には十二人の夫人がいます。そのうち城の敷地内に独立した館を与えられているのが三人、残りの方々がこの棟に暮らしています。」

「十二人!スゲェなぁー…」

八戒の説明に、悟空は大きな丸い目を更に丸くする。その反応に三蔵の柳眉がきつく寄った。

「人を絶倫のハゲオヤジみたいに言ってんじゃねーよっっ…いちいち断るのが面倒臭ェから言われるままに頷いてたら、こんな数になっちまったんだよっ」

不本意極まりないといった様子で声を荒げる三蔵を、悟空はきょとん、とした表情で見上げた。

「三蔵が何で怒ってんのかよくわかんねぇけど…それって、三蔵のことがすごく好きで、三蔵と一緒に暮らしたいって思ってる人が、十二人もいるってことだろ?それってばスゲェことじゃん。」

打算のかけらもない笑顔で、悟空は自分が「スゴイ」と思った理由を語った。八戒は何とも表現し難い苦笑いを浮かべながら、何故三蔵がこの小さな少年を自らの元に置くことにしたのか、少しわかる気がした。一方の三蔵は、悟空の笑顔からフイッと目を逸らし、何処か皮肉げに嘲笑った。

「…ンなキレイなコトばっかじゃねぇけどな…」

確かに三蔵は女性を惹き付けるに充分な魅力を持っているが、彼が「王」という立場である以上、ことはそれほど単純ではない。それなりの身分のを持つ娘達が「王の側近くに上がる」ということは、互いの権力の牽制や政治的な駆け引きといった部分が多分に含まれるのだ。

「…さんぞ?」

三蔵の様子から彼なりに何かを感じ取ったのか、悟空が心配げな表情で顔を覗き込んでくる。三蔵は再び悟空の頭をかき混ぜるように撫でた。

「何でもねぇよ…ほら、着いたぞ。今日からここが、お前の暮らす部屋だ。」

三蔵がそう言いながら、目の前の大きな扉を開け放った。

「うわぁ…」

悟空の口から思わず、といった感じの声が漏れる。

緑豊かな中庭へと張り出した大きな窓、悟空なら軽く4~5人は寝られそうな広い寝台、決して華美ではないが趣味の良い数々の調度品。

「ココ…俺の部屋なの?」

「そうだ。おい、旬麗」

三蔵の呼びかけに、少し離れたテーブルに花を飾っていた娘が振り返り、急いで駆け寄ってきた。

「こいつが先日話した悟空だ…悟空、こっちはお前付きの侍女の旬麗。何かわからないことや不便なことがあれば、旬麗に相談しろ。いいな。」

「うん」と頷いた悟空が、旬麗へと視線を移す。旬麗は満面の笑みを悟空に向けた。

「まぁ、可愛らしい御方…旬麗と申します。どうぞ何なりとお申し付け下さいませ。」

「うん…よろしくな、旬麗。」

屈託のない笑みで応える悟空を見て、三蔵は内心胸を撫で下ろした。外界に馴れていない悟空が不安を覚えることのないよう、気立ての明るい素直な人柄の娘を選んだのは、他でもない三蔵自身だった。

「旬麗、まずはこいつに風呂と着替えの仕度をしてやってくれ。俺達は仕事に戻る。」

「承知致しました。」

明るい声で返事をした旬麗は「それではこちらへ」と、悟空を更に奥の間へと促した。

 

 

多忙を極める三蔵が、いつまでも悟空の事で時間を割くわけにもいかず、再びその部屋を訪れることが出来たのは、すっかり夜も更けてからだった。

三蔵が扉を開けると室内に悟空の姿はなく、中庭へと続く窓は大きく開け放たれていた。三蔵は迷う間もなく窓から外へと出て行った。

部屋から程近い、枝ぶりのよい木の上に悟空の姿はあった。幹に背中を預けるようにしてぼんやりと夜空を眺めているその眼差しは、何処か儚げで遠い。

意識をこちらに引き戻したくて、少しきつめの調子で名前を呼ぶ。慌てて振り返った表情は、三蔵のよく知る未だ幼さを残すそれだった。

「こんな処でどうした…部屋にいるのは嫌か?」

木の真下までやって来た三蔵の問いに、悟空は軽く首を振った。

「何か立派すぎて…何処にいていいか、わかんない…」

少し困ったように答える悟空に、三蔵は両腕を高く掲げた。

「そのうち馴れるだろ。使いにくければ、お前が暮らしやすいように変えても構わない…とにかく、早く下りてこい。」

三蔵の言葉に、悟空がスルスルと枝から下りてくる。ある程度の高さまで来たところで飛び下りようとした悟空の身体を三蔵は軽々と受け止め、そのまま室内へと戻っていった。

「いつ頃からあそこにいたんだ…身体、冷えちまってるじゃねーか。」

腕の中の小さな身体は、既に「冷たい」という表現に近い温度になっている。悟空は何だか少し驚いたような表情で、小さく笑った。

「そっか…俺、冷たかったんだ…一人でいる時は誰かと比べようもないから、自分があったかくても冷たくても、そういうもんだと思ってた…三蔵は…あったかいね…」

ぽつりぽつりと呟いた悟空は、温もりを求める雛鳥のように、三蔵の胸に身を寄せる。その計り知れない孤独を示す事実を、何でもないことのように語る子供。それが『孤独』なのだということすらわかっていない屈託の無い笑顔に、何とも言えないやりきれなさが三蔵の胸に広がっていった。

「さんぞ…?」

三蔵の横顔に翳りの色が浮かぶのを見て取った悟空が、心配そうに声をかけながら、そっとその頬に触れる。子供らしい丸みを残す指先に、三蔵は優しく唇を押し当てた。そのまま腕の内側のラインを辿るようにして、次々と口付けを落としていく。「くすぐったい」と身を捩って逃れようとするのを許さず、より深く腕の中に閉じ込めてしまう。

「ひぁ…っ」

肩口に軽く歯を立てると、小さな唇から高い声が上がった。戸惑いを隠せない表情で上目遣いに見上げてくる悟空の鼻先に、チョン、と触れるだけのキスを落としてから、三蔵はその身体を再び抱き上げた。

「三蔵…何?」

その問い掛けには答えることなく足を進めた三蔵が悟空を下ろしたのは、広い寝台の上。困惑気味に瞳を揺らす悟空に覆い被さるようにして、三蔵は正面から金の瞳を覗き込んだ。

「…これから俺がすることは、お前にとって辛くて苦しいことかもしれない。苦しかったら幾らでも喚いていいし、俺を殴っても構わない…ただ、お前がどんなに泣いても、どれだけ真剣にやめろと言っても、きっと俺は自分を止められない…それでもお前は、俺を受け入れられるか…?」

『家』や『家族』、立派な部屋という概念。旬麗の話では入浴や食事も特に戸惑うことなく済ませていたという。どうやら記憶が欠落してしまっているようだが、それらの事実は悟空が物心がつく前からあの塔にいたわけではなく、一時でも社会生活を形成する集団の中にいたことを表している。

しかしこれだけ幼い姿の彼が、この行為の意味を理解しているとはとても思えない。そんな彼にこの熱情を受け止めろというのは、手前勝手な感情の押し付けなのかもしれない。

それでも自分は、彼へと向かいひたすらに流れ込んでいく気持ちを抑えることは出来ないのだ。

暫く真っ直ぐに三蔵を見上げていた悟空は、やがてふうわりと微笑った。

「…三蔵が本当にしたいことなら、それでいいよ。」

その瞳には疑いや探りの色はカケラもなく、只々三蔵をみつめているだけで。

何処か面映そうな苦笑いを浮かべた三蔵は、その両の瞼に口付けを落とし、腕の中の小柄な身体を抱きしめた。

 

 

初めてそのあどけない唇に接吻する。ただ軽く触れ合わせているだけだというのに、喩えようのない甘さが三蔵の内にじんわりと広がっていく。戯れのように舌先で唇のラインをなぞると、長い睫が小さく震えた。息を継ごうと薄く開かれた唇の間から舌を差し入れる。互いの舌先が触れ合ったのと同時に、華奢な作りの肩がビクリと跳ね上がった。

「ん…ふ…っ」

少しくぐもった高い声を漏らす唇は、それでも三蔵を拒まない。何処か淫猥な濡れた音を響かせながらも、与えられる悦楽に精一杯応えようとする。散々に口腔を嬲られて悟空の意識が朦朧とし始めた頃、ようやく三蔵が唇を離した。忙しなく息を継ぐ悟空を宥めるようにあちこち軽いキスを落とすと、うっすら開いた瞼から覗いた金の瞳が三蔵を見上げた。

「…苦しいか?」

三蔵の神妙な表情での問い掛けに、悟空は微かに首を振った。

「何か…グラグラして…でもフワァ~ッてして…不思議な感じ…」

淡く滲んだ瞳が、緩やかに笑う。三蔵は僅かに口許を綻ばせ、ほの紅く染まった目尻をペロリと舐め上げた。

 

まだ子供らしさの残るキメの細かい肌を三蔵の唇が滑っていく度、韓紅の花が散る。その艶やかな色の冴えを瞳に映しながら、三蔵は心の内で軽い苦笑いを漏らした。

三蔵は本来他人との繋がりにさしたる執着を持つ質ではなく、その為か色への欲も同世代の青年と比べ極めて乏しい。だから十二人の夫人を持つ身とは言っても、彼の頭の中で正確に名前と顔が一致しているのはせいぜい半分が良いところで、王宮に住んではいても王の通いの数が両手にすら余るといった女性も結構いるのだ。そんな彼が自ら食指を動かしたことなど皆無に等しく、ましてやその痕跡をを残すような抱き方は、今までどんな女性にもしたことがない。にも拘らず、今腕の中にあるこの存在には幾ら触れても足りず、その肌に口付けの痕を刻むごとに、奇妙なまでの充足感を覚えるのであった。

「あっ…あ、ぁ…んっ…」

ツンと立ち上がった珊瑚色の飾りを口に含むと、より一層高い嬌声が上がる。緩く歯を立てたり、もう一方を軽く指先で弾いたりしてやると、むずがる子供のように首を振る。快楽の波の逃がし処を探しあぐねているように、細い足はがむしゃらにシーツを掻いていた。

「さん…ぞ、何か…ヘン…熱い…よ…っ」

身体中を侵蝕する甘い感覚を持て余す悟空は、今にも泣き出しそうな表情になる。そんな悟空をあやすように耳朶を甘噛みしながら、三蔵は小さな囁きを落とした。

「ヘンじゃねぇよ…俺も、熱い…」

「三蔵…も?」

甘い息を殺しながら、悟空が問い掛けの言葉を紡ぐ。その間にも三蔵の手は、か細い腰骨を辿って下肢へと伸びていた。

悟空の喉から「ひぅっ」と引き攣れたような声が漏れる。中心に集中する熱を散らそうとしてか、悟空の指が自分でも無意識の内に三蔵の髪を何度もかき混ぜる。それを承知しながら、三蔵の手は尚も悟空の熱を煽っていった。

「やっ…ぁ…さ…ん…」

「熱くて…目眩がしそうなくらい息苦しくて…でも…もっともっと、お前に触れていたい…」

吐息混じりの囁きと共に、三蔵の手の動きが早まっていく。数瞬後、一際高い声を上げ、悟空は初めての熱を迸らせた。

肩で大きく息をしながら、初めての感覚に焦点の合わぬ瞳を宙に向けている悟空に、三蔵は飽くることなく軽い口付けを繰り返す。その柔らかなキスの雨に、視線を戻した悟空が安心したように笑った。額に軽いキスを落としてそれに応えた三蔵は、悟空の最奥へとその指を伸ばした。想像もしなかった場所に触れられて、悟空の身体が大きく震える。頼りなげな小さな身体に負担が掛からぬよう、三蔵は根気良く慎重に最奥を解いていく。それでも違和感と苦痛を伴うのは避けられないようで、あどけない顔にははっきりと苦悶の色が浮かんだ。

「痛っ…さん…ぞ、痛い…よ、ソレ…気持ち…悪い…っ」

明らかな不快感を訴える悟空に宥めるようなキスを送りながらも、三蔵の手は止まらない。どうにか気を散らそうと悟空は長い髪をパサパサと打ちつけるように首を振り、指先が白くなるほど必死に手元のシーツを手繰り寄せた。

「もっ…やめてっ、さんぞっ…もうイヤだ…イヤッ…」

内側から侵蝕される感覚に耐えかねたように、悟空が右腕を振り上げる。拒絶の為に振り下ろそうとした腕は、不意に三蔵と視線が噛み合わさったことで止まった。

いつも真っ直ぐに向けられる三蔵の眼差しには、迷いや濁りがない。そこから感じ取れるのは、一切の虚飾の無い、彼の気持ちだけ。

ふと悟空の脳裏に、この寝台に自分を下ろした時の三蔵の言葉が甦った。

 

『お前がどんなに泣いても、どれだけ真剣にやめろと言っても、きっと俺は自分を止められない…それでもお前は、俺を受け入れられるか…?』

 

「あっ…」

悟空は暫し下肢の痛みも忘れ、大きく目を開いて三蔵を見上げた。

そう。この人はそういう人なのだ。決して都合の良い言葉で誤魔化したりはせず、本当の言葉だけをくれる人。「また明日」と言いながら数日姿を現さなかったあの時も、きっとそれなりの理由があったに違いないのに、この人は一言も言い訳めいたことを口にはしなかった。ただその気持ちが変わっていないことだけを、自分に伝えた。

宙で止まっていた腕を、悟空が静かに下ろす。三蔵は空いた手で汗で湿った悟空の前髪を掻き上げた。

「どうした…?そのまま殴ってもよかったんだぞ?」

内側を解く手を止めてはくれないのに、髪を梳く仕草はひどく優しい。

悟空は精一杯の笑みを浮かべ、三蔵へと腕を伸ばした。

「殴ったりしないよ…だって、さ…」

首に回した腕で三蔵の身体を抱き寄せ、肩口に顔を埋める。

 

「…大好きだもん、三蔵のこと。」

 

耳元に落とされた小さな囁きに、三蔵の動きが止まる。彼らしくもなく半ば茫然とした表情で自分を見下ろす三蔵にもう一度笑いかけ、悟空は初めて自分から唇を求めた。濃厚な接吻でそれに応えた三蔵は、丹念に馴らした悟空の内へと徐々に自らの熱を挿し入れていった。

「んっっ…ぐぅっ…ん…っ」

重ねた唇の間から、くぐもった痛々しい声が漏れる。どれほど指で丁寧に馴らしたとは言っても、その質量や圧迫感は到底比べものにならない。苦しげにきつく眉を寄せながらも、悟空は出来る限り身体の力を抜いてその熱を受け入れようと努めた。

 

もう決して拒絶したりはしない。それが悦びでも痛みでも、きっと受け止めてみせる。澄み切った眼差しと、本当の言葉だけをくれた目の前の人からもたらされるものの全てを、この身体と心と魂の、ありったけで────。

 

「スゴイ…身体中が、ドクドクいってる…」

ようやく三蔵の熱の全てが収まりきり、少し落ち着いた頃。荒い息の中から悟空がぽつりと呟いた。それを聞き届けた三蔵が、悟空の手を取った。

「…俺もだ…」

強く絡め合った指先から、互いの早鐘のような鼓動が伝わってくる。

「ホントだ…」

相手も同じように感じているのだということが奇妙なくらい嬉しくて、悟空は小さな花が零れるように微笑った。そんな悟空の様子に愛おしさが抑えきれないように、三蔵はあどけない頬にそっと口付けた。

悟空の表情から苦痛の色が薄らいだのを見計らって、三蔵は更に深く深く己の熱を打ちつけていく。始めは荒い息を継ぐだけだった悟空の唇から、少しずつ何処か甘さを含んだ声が零れ出した。か細い腕は懸命に三蔵の背を掻き抱き、より深く自らの内へと引き寄せる。

「あっ…あ、ぁ…っ…三蔵…っ!」

三蔵の熱い迸りを受け止めた悟空は、自らも熱を解放し、夜の闇へと意識を沈み込ませていった────。

 

 

サラサラと頬を撫ぜていく風の流れに、ゆっくり悟空の意識が覚醒していく。ぼんやり目を開くと、窓を少し開いて煙草を吸っているらしい三蔵の背中が見えた。暫しはっきりしない頭でその姿を眺めていた悟空だったが、何故今この状況に至っているかを思い出した途端、ガバッと起き上がった。

完全に目が覚めた悟空の頭に、一気に血が上っていく。新しい寝間着、湿った髪の石鹸の香り、身体に残る鈍い痛みと、開いた衿元から覗く肌のあちこちに残る、鮮やかな紅い『花』。自分を取り巻く諸々の現実に、悟空の顔が耳朶まで真っ赤に染まった。行為の意味がわからなくとも、羞恥の気持ちは湧き上がるらしい。悟空の気配に気付いた三蔵が、煙草を外に捨てて振り返った。

「起きたか…身体、どうだ?」

穏やかな声で問い掛けてくる三蔵と、目を合わせられない。とにかく何処でもいいから逃げ出したいくらい、恥ずかしくて堪らない。とは言っても、この状態で逃げられるはずもなく、近付いてくる三蔵から顔を逸らして再び横になった悟空は、頭からシーツをグルグルに被り、繭の中の虫のように姿を隠してしまった。

「…何やってんだテメェは…」

呆れたような声と共に、三蔵がドサリと寝台に腰を下ろした振動が伝わる。

「調子が悪ィのか…?」

頭とおぼしき膨らみに、三蔵がポン…と手を置く。シーツの中の悟空はふるふると首を振った。

「だったら、ここから出て来い。」

「…イヤだ。」

拗ねているような声で答えた悟空は、クルリと三蔵に背を向けてしまう。大きく溜め息をついた三蔵が、悟空の肩に手をかける。その手から逃れるように、悟空は更に身体を逆向きに転がした。

「おい…」

「だっ…てっっ!」

苛ついた様子の三蔵の声を、悟空が強い調子で遮った。

「だって…さ…何か、俺ばっか変な声出ちゃったり、途中で泣きそうになったり、いつのまにか寝ちゃって身体洗ってくれたのも全然わかんなくて…なのに三蔵は落ち着いてて、全然普通で…俺ばっか変なトコいっぱい見せちゃって…さぁ…」

「恥ずかしい」と、消え入りそうな声で呟いた悟空を包むシーツが小さく揺れている。三蔵はシーツごと、震える身体を抱きしめた。

「離…して…っ」

「嫌だね。お前が顔を出さない限り、ずっとこのままだ。」

 

落ち着いて、全然普通だと?冗談じゃない。こんなちっぽけな子供相手にすっかり舞い上がって、馬鹿馬鹿しいほど余裕が無かったのはこちらの方だ。

いや───やはり『子供』ではないのかもしれない。彼の内に受け入れられた時に感じたのは通俗的な悦楽よりも、寧ろ何かとてつもなく深く、豊かなものに包まれているような、限りない優しさと温かさ。この頼りなげな身体を腕の中に抱き込んでいるつもりでいながら、その懐に抱かれていたのは、実は自分の方だったのかもしれない。

 

このままでは三蔵の態度は変わらないと判断したのか、おずおずといった様子でシーツが目許まで下ろされ、金の瞳が覗く。そこには畏れも嫌悪も、打算も媚びも無い。

何処までも透明な穢れの無い瞳の中には、三蔵への絶対の信頼だけが見える。

真っ直ぐに見下ろされて気恥ずかしさが増したのか、潤みを帯びた目許が更に紅く染まる。そんな些細なことにさえ、胸の奥に堪らないほどの甘い気持ちが溢れていく。

こんな想いを、人は『愛情』と呼ぶのだろうか。

ごく自然に、三蔵の瞳に柔らかな笑みが浮かぶ。何かを確かめるように、悟空が上目遣いでその顔を覗き込んだ。

「俺さ…ホント、自分でもワケわかんなくて、すっげぇみっともなかったと思うけど…三蔵、俺のことイヤになった?」

不安げな悟空の声に、三蔵は悟空の前髪をクシャリと撫でた。

「バーカ、あんな大変な思いして連れて来たお前を、何で俺が嫌にならなきゃなんねーんだよ…それより、いい加減ちゃんと顔見せろ。これじゃキスもできねぇだろーが。」

「『キス』…?ヘェ…あれ、キスって言うんだ…」

きょとん、とした表情で呟いてから、ようやく悟空がシーツを首まで下ろす。そんな悟空の言葉を、三蔵は複雑な思いで聞いていた。

 

その行為を表す言葉すら知らなかった子供。おそらく、身体を開くことの本当の意味すらわかっていないこの無垢な花を、開く前に摘み取ってしまった、身勝手で傲慢な自分。これは間違いなく「罪」なのだろう。しかし。

 

「…これっぽっちも後悔してねぇんだから、救いようがねぇな、俺も…」

「三蔵…?」

自嘲気味の苦笑いと共に三蔵が漏らした独り言に、悟空が首を傾げる。「何でもねぇよ」と軽く首を振った三蔵は、その小さな唇に甘い口付けを落とした。

 

 

安らかな寝息を立てて眠る存在。その傍らには、この時間を何にも代え難い程快いと思う自分が居て。小さな肩を抱き寄せた三蔵は自らも目を閉じ、久方ぶりの穏やかな眠りの中へと入っていった────。

 

閉じられた森から連れ出したちっぽけな少年は、この日から孤高の王にとって何よりもかけがえのない『宝』となったのだった────。

 

 

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