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『Just the way you are』   by Riko










                              第五章



悟空は改めて目の前の相手へと視線を向けた。
余裕の態度でこちらを見下ろしている男は、一目で軍人とわかる独特の空気を
纏っている。片目を覆う眼帯は、苛烈な戦いの中に身を投じた名残りだろうか。
悟空の心底で、本能ともいえるある種の直感が告げていた。
この男は、強い。
正面から悟空と視線を合せていた男が口角を上げニヤリと笑う。悟空は怪訝そ
うに金の瞳を眇めた。
「何だよ」
「いや…本当にこれだけ見事な金晴眼の持ち主が存在するとはな。こうして実
際にお目にかかるまでは、てっきり御伽話や伝説の類だと思ってた」
「なるほど大将があれだけご執心なわけだ」と、男は半分おどけた調子で肩を
竦めてみせた。
「大将?大将って誰だ、大体お前ら何者なんだよ?こんなことした目的は何な
んだ!?」
険しい表情で一気に捲し立てる悟空を宥めるように、男は「まぁまぁ」と短く
微笑った。
「そんなにいきり立ちなさんなって。そう言われりゃまだ名乗ってなかったな、
悪ィ悪ィ。俺は是音ってんだ。以後お見知り置きを」
その男───是音はやや芝居がかった仕草で恭しく頭を下げる。そして徐に顔
を上げた是音は、戸惑いの表情を滲ませる悟空の瞳を再び捉えた。
「金晴眼のおチビさん。何でもお前さん、大層変わった『力』を持ってるそう
じゃないか。ウチの大将は是が非でも、お前さんの力が欲しいんだとさ」
「俺の…力?」
是音の言葉に、悟空は神妙な顔つきで眉根を寄せる。確かに異形の存在とも言
える自分は、普通の人間では持ちえない力を多少なりとも有している。しかし
その事を知るのはごくごく身近の限られた者だけだ。それを何故初対面のこの
男が、ここまで自信ありげに断言してくるのだろうか。
「…っ!」
そこまで考えた悟空がハッと息を呑んだ。全くの第三者に力の発露を見られた
可能性が一つある。それもある特定の人物に───…
「…焔…か……」
喉の奥から声を絞り出すようにして、悟空はその名を唇にのせた。
三人で遠乗りをしたあの日。悟空が朽ちかけた古木の回復を促した際、馬に水
を飲ませに行った焔はその場にはいなかった。だがおそらく、焔は何処からか
その光景を見ていたのだ。そして悟空の持つ特殊な力を確信した。
「話の呑み込みが早くてありがたい。おうよ、俺っちの大将である闘神太子様
はえらくお前さんのことを気に入ったらしくてな。何としても手に入れたいって
ことで、お前さんが一人で城から離れる機会を窺ってたってわけさ」
何処か面白がっているような口ぶりで、是音は事の経緯を語る。悟空はギリリ
と音がしそうなほど強く奥歯を噛みしめた。

『今度はお前の方から、俺の国へ来てくれると嬉しい』

別れの挨拶を交わしたあの夜、穏やかな笑みと共に告げられた焔の言葉が耳の
奥で谺する。あれはこういう意味だったのか。悟空は未だかつてこれほど自ら
の浅はかさを悔やんだことはなかった。
何故あの時、悟浄があれほど真剣に己を諭したのか。彼の忠告の内に秘められ
た事の重さを、自分は本当の意味で理解などしていなかった。
三蔵の、そして周囲の近しい人々の圧倒的な善意によって護られてきた悟空は、
自らが持つ力を利用しようと考える者が存在するという可能性にすら、今の今
まで思い至らなかったのである。
掌に爪が食い込むぐらいきつく、悟空は両の拳を握りしめる。このまま唯々諾々
と一方的に従わされるなど冗談ではない。だが。

『私や焔太子のような立場の者が話をする場合、それは当人同士というより寧
ろ、国と国との関わり合いという方が重要になってきます。ですから、和やか
に打ち解けてお話をすればそれでよいというわけにはいかないのは事実です』

『焔太子の国は、西方の大国でね…こと軍事力に関しては、近隣諸国でも一、
二を争うほどの圧倒的な規模を誇っているの。さして国土が広いわけでもない
この国とでは、とても比べ物にならない…正直なところ、大人と子供ぐらい違
うわ』

姜氏・黄氏の両夫人が悟空に語って聞かせた、それぞれの国を取り巻く現実。
脳裏に甦った二人の声は、憤りで頭に血が上りかけていた悟空に冷静さを取り
戻させるだけの充分な効力があった。
ふと瞼を閉じた悟空が、大きく息を吐き出す。次に瞼を開いた時、その瞳から
既に感情の高ぶりの色は消えていた。
「俺がこのまま黙ってあんたと一緒に行けば…この国には何も起こらない?」
そう問いかける悟空の横顔には、幼さを残す容貌とは対照的な、ひどく大人び
た表情が刻まれていた。
思い返してみれば、焔が滞在している間の三蔵は、常に一歩身を引いていた。
本来三蔵は過剰な遠慮を見せる気質の持ち主ではない。その彼が敢えてその
ような行動を選択していたのは、そうする必要性があったからだ。
大恩ある亡き義父王から託された国を、そこに住まう民を護ること。それこそが
三蔵にとって最も尊ぶべき大切なこと。
ならば、自分が選ぶべき道は一つだ。
この存在が、王としての三蔵の決意を歪めさせる要因となるような事態だけは、
決してあってはならない。
落ち着いた声音での悟空の問いに、是音はしっかりと頷いた。
「勿論だ。そもそも大将の気まぐれでもなけりゃ、この程度の規模の国に色気
を出すこと自体に意味がない」
「わかった…でも一つ、条件がある。旬麗だけはこのまま帰してやってくれ。
たまたま俺といただけで、旬麗には何の関係もない」
悟空は一度傍らに寄り添うようにして座る旬麗を見遣ってから、再びその視線
を是音へと戻した。
「もしこの要求が通らなければ…ここにいるお前ら全員と刺し違えてでも、俺
は旬麗を逃がす」
如何に正式な訓練を受けた者とはいえ相手が普通の人間なら、悟空の飛び抜け
た身体能力も持ってすれば、このぐらいの人数を倒すのはさほど困難なことで
はない。だがおそらくこの是音という男は、少々腕が立つなどどいう次元の相
手ではないだろう。
その程度の人物をわざわざ焔が寄越すとは思えないし、何よりこうして正面か
ら向き合った瞬間から、己の膚がピリピリと張り詰めた空気を嫌というほど感
じている。
刺し違える覚悟を持たなければ、この男を倒すことは出来まい。
強い決意の光を放つ黄金の瞳を真っ直ぐに見据えた是音は、フッとその表情を
弛めた。
「どうやら国王陛下に寵愛されるだけの愛らしいお人形さんてわけじゃなさそ
うだな…いいだろう、こっちは無事お前さんを連れて帰ることが出来れば文句
はない」
是音から了承を得た悟空は、旬麗の右手を取った。
「怖い思いさせてゴメンな旬麗。もう大丈夫だよ。俺のことは心配いらないか
ら…気をつけて」
突然こんな出来事に巻き込まれ怯えているであろう旬麗を落ち着かせるよう、
悟空はゆっくりと丁寧に言葉を繋ぐ。しかし悟空の予想とは裏腹に、その女性
らしい面差しに薄い笑みすら浮かべていた旬麗は、静かにかぶりを振った。
「旬麗…?」
訝しげな表情で小首を傾げる悟空に、旬麗はニッコリと笑いかけた。
「悟空様がどう仰ろうと、私もうとっくの昔に決めているんです。この先何が
あろうと、最後まで悟空様にお仕えしようって。だから私は、この程度のこと
でお傍を離れたりしません。悟空様もご存じのとおり、私には帰れないことで
心を痛める家族も既におりませんし…第一、見知らぬ国の見知らぬ者になど、
悟空様のお世話を任せられるはずがないじゃありませんか」
一人城を出て行った悟空を連れ戻した後、個人的に旬麗を呼び出した三蔵は、
悟空についてそれまで敢えて伏せていた諸々のことを自ら語って聞かせた。

悟空が人ならぬ存在であること。
やがてそれは流れていく歳月と共に、はっきりと目に見える形となって表れて
くるであろうこと。

それらの現実を踏まえた上で、これからも悟空を支えていってもらえるかと、
三蔵は彼女に問うた。
旬麗は間髪を入れず即答した。否という選択肢など、旬麗の中に初めからある
はずがなかった。
人であろうとなかろうと、旬麗にとって悟空が悟空であることに変わりはない。
明るく伸びやかで、揺るぎのない強い心を持った、愛すべき小さな主。
この主を信じ支え続けることは、旬麗にとって最早迷う余地などないことだっ
た。
悟空の小さな手を包みこむように自らの手を重ねた旬麗は、改めて是音の方へ
向き直った。
「ということで、私も悟空様と共に参ります…問題はありませんわね?」
旬麗は些かも臆することなく是音を見上げる。是音は呆れとも感心とも判じ難
い表情で、こめかみの辺りを軽く指で掻いた。
「国王陛下の御婦人方といい、どうもこの国は肝の据わった女が多いらしい…
了解した。その度胸に免じて、あんたの身柄については俺が保証しよう。そん
じゃ万事話がついたところで、早速出発するとしようや。出来るだけ早く国境
を越えちまいたいからな」
そう告げた是音は自ら立ち上がり二人を促す。旬麗と手を繋いだまま、悟空は
その場から立ち上がった。
「旬麗」
「はい?」
呼びかけに笑顔で答える旬麗の細い手を、悟空は強く握りしめた。
「……ありがとう」
ほとんど声にならない呟きは、それでも確かに旬麗の耳に届く。返事の代わり
に、旬麗はその小さな手をギュッと握り返した。



結局その日は大した手がかりも得られず城に戻った三蔵は、次の日から本格的
な捜索隊を組織させた。とはいえあまり事を大きくするのは好ましくないとの
判断から、悟浄の選んだ少数精鋭の部隊が秘密裏に動くこととなった。
精鋭部隊が国全域をくまなく駆け回った結果、五日目になってようやく有力な
情報が悟浄の元に舞い込んだ。
「国境付近の山小屋…?」
報告を受けた悟浄が鸚鵡返しに尋ねると、兵士は短く頷いた。
「はい。不審な男が数名出入りしているのを見かけた村人がいるそうです」
軽く顎に手を当て、悟浄は考えを巡らせる。国境付近ということは、悟空が国
外へと連れ去られた可能性も視野に入れなければならない。
(…となると、ちょいとばかり厄介だぞコリャ)
「その男達なんですが…偶然会話を耳にした者の話によると、微かに西方特有
の発音が混じっていたとか…」
兵士が何気なく口に上らせたその言葉に、俯き加減になっていた悟浄が弾かれ
たように顔を上げた。
「西方の…!?オイ、そりゃ確かな話か??」
「は、はい…聞き慣れない話し方だと思ったのが、印象に残っていたそうで」
突如眼前に迫ってきた悟浄の迫力に気圧されつつも、兵士は「間違いない」と
いう意味を込めて力強く頷いてみせる。
「御苦労だったな、ありがとうよ」
労いの言葉と共に兵士の肩を軽く叩くと、悟浄は踵を返して走り出した。


そのまま悟浄は三蔵の元へと向かった。その表情から何か只ならぬものを感じ
取ったのだろう。顔を合わせた途端口を開こうとした悟浄を押し止めた三蔵は、
姜氏・黄氏・八戒に取り急ぎ自分の処へ来るよう使いを出した。
「とりあえず話は全員揃ってからだ」
確かに一度で全ての面子に話が伝わった方が効率がいい。「あぁ」と答えた悟浄
は八戒らの到着を待った。
三蔵がわざわざ使いを寄越した意味を察した三人は、取るものもとりあえずと
いった様子で間もなくやって来た。全員が顔を揃えたところで、悟浄は神妙な
顔つきで話を始めた。

国境付近の山小屋で不審者の目撃情報があったこと。
不審者の会話から西方特有の発音が聞き取れたこと。
そして───焔が滞在していた時三人で遠乗りに行った際に、悟空の『力』を
見られてしまった可能性があること。

以上のことを、悟浄は極力感情的にならぬよう、努めて簡潔に述べた。
ひどく重い沈黙が室内に流れる。暫くの間、五人は誰も自分から口を開こうと
しなかった。
どのくらい時間が過ぎただろうか。それはとてつもなく長い気もしたが、実際
はものの数分といったところだったのだろう。いち早く冷静な判断力を取り戻
した姜氏が静かにその口を開いた。
「仮に悟空を連れ去ったのが焔太子の手の者であるというのが事実だとしても
…大変不本意この上ないことですが、先方にそれを問い質す術はありますまい。
国同士の力関係のいうのは今更言うまでもないことですが…この件に関しては
それ以前にもっと根本的な問題が立ちはだかっています」
「…と、仰いますと?」
厳かな声音で語られた姜氏の意見に、八戒が疑問を投げかける。ぐるりと全員
の顔を見渡した後、姜氏は沈痛な面持ちで柳眉を寄せた。

「悟空が対外的に通ずる身分や称号といった物を一切持たぬ存在だからです」

これ以上はないくらい客観的な事実を突き付けられ、姜氏を除く全員が息を呑
む。それは改めて言葉にしてみれば、全くもって当然のことだった。
悟空は国王たる三蔵の寵愛を受け、王城で生活をしている。それは紛うことな
き真実だ。しかし悟空自身は名のある家の子息というわけではなく、何か重要
な役職に就いているというわけでもない。ましてや特別な称号を授けられてい
るということもないのである。
つまりは目に見える部分だけの話ならば、何の身分もない孤児が一人行方知れ
ずになったというのと変わりがない。
この状況では仮に話が出来たとしても、先方に知らぬ存ぜぬで通されてしまえ
ば、完全に行き詰ってしまうのは火を見るより明らかだ。
「くやしいけれど…あちらにすれば全てが計算済みのことなのでしょうね」
憤懣やるかたないといった表情で、黄氏はきつく下唇を噛みしめる。三蔵の夫
人であると同時に軍部を統制する立場にある黄氏には、自国を取り巻く現実と
いうものが辟易するくらいわかりきっている。
焔の治める国は西方の大国であり、焔自身もこの大陸でも並ぶ者がいないと称
されるほどの一流の武人だ。もし本気で攻勢を仕掛けられることがあれば、地
方の一小国に過ぎないこの国など、おそらく三月ともたずに潰されてしまう。
悟浄は複雑な表情で三蔵を見遣った。
この話し合いを始めてから、三蔵は一言の声すらも発していない。一度口を開
いてしまえば溢れ出してしまうであろう様々な思いを、彼は懸命に押し留め、
堪えている。
三蔵は一個人である前に一国の王だ。他の何を捨て置いても国を、民を、その
身の全てで護らねばならない。
全体から一歩離れた立場から成り行きを見守っていた八戒の口から、無意識の
うちに重い溜め息が漏れた。

果たしてこの事件は有耶無耶のうちに「なかったこと」にされてしまうのだろうか。
自分達はもう二度と、あのかけがえのない唯一人に会うことは叶わないのだろ
うか。
あの声が、あの瞳が、あの笑顔が。再びこの地に戻る日は巡って来ないのか。

窓の外へと目を向ければ、この部屋の重苦しい空気とは対照的な、抜けるよう
な青空が広がっていて。
今頃悟空も遠い何処かでこの同じ空を見上げているのだろうかと。
八戒はふとそんなことを思った。



同じ頃。悟空もまた彼方まで広がる青空を、焔の城の窓から見上げていた。
窓に写るその横顔に浮かぶ表情は、平素の彼を知る者が見れば驚愕を覚えず
にはいられないほど、ぼんやりと虚ろなもので。
とは言っても別段酷い扱いを受けているというわけでもない。寧ろその待遇は
賓客に対するものに近く、絶対に逃げ出すことはないと踏んでいるのか、見張
りもなしに外を散歩することすら自由だ。
豪華なしつらえの部屋、美しい布で仕立てられた衣服、質量共に申し分のない
食事。生活の中に不満の要素は何一つない。
ただ、悟空の魂は此処にはないだけだ。
控えめに扉をノックする音に、意識を引き戻される。素気ない声で「どうぞ」と
答えれば、扉が開かれ一人の男が入って来た。
小さな箱らしき物を手に歩み寄ってきた男の名は紫鴛という。常に寡黙で冷静
沈着なこの男は、悟空を迎えにきた是音と並んで焔の片腕的存在であるらしい。
こうして近くで動いていても、彼はほとんど気配を感じさせない。それだけでも、
この男もまた只者ではないことは充分に察せられた。
「隣国から珍しい菓子が届きましてね。是音が貴方に持っていってはどうかと
言うもので…如何ですか?」
紫鴛がそう言って蓋を開ければ、箱の中には凝った細工の美しい菓子が並んで
いる。最初は菓子如きで機嫌を取られていることに腹が立ち「そんな物いらない」
と突っぱねようとした悟空だったが、三蔵のことがある以上、自分が決して
反抗しないであろうことはわかりきっている。だとすれば、これは彼らの純然
たる厚意なのだろう。悟空は短く「ありがとう」と答え、差し出された菓子を
一つ手に取った。
「…ところで俺はここで一体何をすればいいわけ?まさか無駄に贅沢をさせる
為に連れて来たわけじゃないだろ?」
手にした菓子を口に運ぶことのないまま、悟空は根本的な疑問を紫鴛にぶつけ
た。悟空の力が欲しいと言いながらも、こうしてこの城に連れて来られて以来
特に何を指示されているわけでもない。お陰で悟空は贅沢な環境で只々無為な
時間を刻むだけの日々を過ごしている。
ぶっきらぼうな態度を取り繕うこともしない悟空に、紫鴛は小さな苦笑を漏ら
した。
「そうは言いましても…今は肝心の焔が不在ですから、私達の方からは何とも。
まぁそう焦らずのんびり過ごしてして下さい」
どうやら焔は所用で遠方に出かけているらしい。確かに太子である焔が不在で
ある以上、彼らの独断で悟空の処遇を決めてしまうというわけにもいかないの
だろう。しかし悟空からすればこの中途半端な状況は気分的に落ち着かず、
どうにも居心地がよくない。
今一つ煮え切らない返答に明らかな不満の色を滲ませる悟空へと、紫鴛は静か
な眼差しを向けた。
「それに…まぁこれはここだけの話ですが、貴方の持つ力がどうこうというのは、
あくまで方便の一つに過ぎないと私は思っています」
「…それってどういう意味だよ?」
紫鴛の口から淡々と紡がれた思いがけない言葉に、悟空は訝しげな声音で問い
返した。
「友好国との関係を崩してまで貴方を連れて来る以上、周囲を納得させるだけ
の相応な理由が必要だったからですよ」
完全に不意を突かれた様子で、悟空は金の瞳を丸く見開く。向かい合う紫鴛の
眼差しは変わらず静かだった。
「あまりに強大な力を持って生まれたが故に、実の父であるはずの国王から疎
まれ恐れられ、焔は不遇の少年時代を送ってきました。この世の中で自分一人
だと思っていた金晴眼の持ち主に巡り逢うことが出来て、よほど嬉しかったの
でしょうね…私達に貴方のことを語って聞かせた時の焔の顔、見せて差し上げ
たかったですよ」
平素ほとんど表情を変えることのない紫鴛の口元に、本当に微かな、緩やかな
笑みが刻まれる。悟空は咄嗟に顔を背け、視線を逸らした。
「そ、そんなこと突然言われたってっ」
懸命に声を張る悟空の顔には、隠しようのない困惑の表情が滲む。そこで一度
黙りこんだ悟空は徐に項垂れ、唇を噛んだ。
「…困るよ……」
それまでとは打って変わったか細い声での呟きが、悟空の口から零れ落ちる。
聞かなければよかった。焔が欲しているのは己の持つ特殊な力なのだと、自国
の利益の為にその力を利用したいだけなのだと、そう思い込んでいた方が
ずっと楽だった。
悟空が無造作な手つきで口の中へと菓子を放り込む。
ほろりと溶けていく菓子の上品な甘さが、何故だかひどく染みる気がした。





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