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『Just the way you are』 by Riko
最終章 悟空が焔の国へと連れ去られてから、二月あまりが経とうとしていた。 相変わらず特に何を指示されるわけでなく、厳しく身柄を拘束されるでもなく、 只々無為に流れていくだけの日々を、悟空は過ごしていた。 いつまでこんな毎日が続くのかといい加減悟空が焦れ始めた頃───ようやく 遠征に出かけていた焔当人が帰国の途に就いた。 とはいえ、あくまで肩書きは太子であっても実質的には国王も同然の焔はほぼ 切れ間なく多忙であり、二人がようやく顔を合わせることが出来たのは、焔の 帰国から三日が過ぎてからだった。 その時悟空は旬麗と午後の茶を楽しんでいたところだった。 旬麗はこの城に来ても変わらずに悟空の世話を続けている。悟空の身辺に他の 者が寄ることを彼女は決して認めなかったし、そんな旬麗の一途なまでの忠義 心を咎め立てする者もなかった。 扉の向こうから焔が姿を現した途端、旬麗の身体に緊張が走った。一歩一歩こ ちらへと歩み寄ってくる焔に、旬麗は全くものおじすることなく剣呑な眼差し を向ける。 悟空と共にこの国に来ることを決めた時、旬麗が自らに課した使命は、他の何 に代えてもこの小さな主を守ること。そんな彼女にとって西国の王の権威など というものは、最早何の意味もありはしなかった。 悟空の身を庇う形で前へ立とうとした旬麗の肩へと、悟空が軽く手を置く。振 り返った旬麗へと、悟空は静かに笑いかけた。 「旬麗、ちょっと出てもらってもいいかな。俺、焔と二人で話がしたいんだ」 「悟空様、ですが……」 「旬麗」 不安げな表情を見せる旬麗へと、悟空は再び呼びかけた。 「大丈夫だから」 あくまで穏やかな、しかし揺るぎのない眼差しで悟空は旬麗をみつめる。旬麗 はそれ以上言葉を重ねることはなく、二人に一礼してから部屋を後にした。 「女の身でありながら、何がどうなるとも知れぬ異国の地に一人来たとは…… お前の侍女は、大した忠臣だな」 旬麗が出て行った扉へと目を遣りながら、焔がそんなことを口にする。その声 音には比喩するような響きはなく、寧ろある種の感服のようなものが含まれて いた。 改めて悟空の方へ向き直った焔は、その端正な面差しに微かな笑みを上らせた。 「よく来てくれたな。何か不自由なことはないか?希望があれば遠慮せず何な りと言ってくれ。お前が望む物ならば、俺の力で適う限りどんな物でも揃えて みせよう」 焔の語り口調は至って柔らかで、その言葉だけを聞いていれば、まるで単に親 しい友人が招きを受けたかのように錯覚してしまう。しかし無論、真実はそう ではない。 焔は自国の強大な軍事力を盾にして、悟空に自らの元へ来るよう迫ったのだ。 万に一つも、悟空が首を横に振ることがないのを承知の上で。 「まさかこんな形でまた会うことになるとは、夢にも思ってなかったよ」 焔のやり口に憤るでもなく己の現状を嘆くでもなく、悟空は淡々と答えた。 暫し二人は言葉もなく、ただ視線を合わせていた。 行動を起こしたのは焔が先だった。軽々と悟空の両腕を掴んだ焔は、有無を言 わさずその身体を寝台へと押し倒した。悟空は咄嗟に短く息を詰めたが、声を 上げることはなかった。 「……抵抗しないのか?」 全く抗う様子を見せない悟空へと、何処か面白がっているような調子で焔が尋 ねる。悟空は怯えた風もなく、ただ真っ直ぐに左右の色の異なる瞳を見上げて いた。 「こんなところで抵抗するくらいなら、俺は最初からここには来てない」 当然のことのように答えを返す悟空は何処までも冷静だ。焔は「なるほど」と 小さく微笑った。 「それに」と、悟空は更に言葉を繋げた。 「それに……何だ?」 「そもそもそんなことをすること自体に意味がない……それは焔もわかってる はずだ」 悟空は焔から寸分も瞳を逸らさない。焔は明らかな困惑の表情を滲ませている。 悟空は細い息を一つ吐き出した。 「……焔も薄々察してるとおり、俺は人間じゃない。じゃあ何だって言われた ら、それは俺自身にもよくわからない。俺には昔の記憶がない……気が付いた ら高い塔のてっぺんに一人でいて、来る日も来る日も、気が遠くなるほど何年 も……ずっと一人だった。ある日三蔵が、塔の外から声をかけてくれるまで」 殊更悲壮感を漂わせるでもなく、己を取り巻いていた現実のみを悟空は語る。 焔は驚きを隠せない様子で、蒼と金の瞳を見開いていた。 「俺は自分のこと全然覚えてないけど……他のみんなと違って、母親の胎から 産まれたんじゃないんだろうってことは、何となくわかるんだ。多分この身体 は、この『力』を容れる為にたまたま作られた『器』みたいなもんなんだろう ……って」 それは遥か昔から悟空の内に在り続けた、奇妙なまでの確信だった。 おそらく自分には肉親と呼べるような存在はなく、今ある肉体はこの『力』を 収めておく為の単なる『器』なのだと。 理屈を飛び越えたところで、悟空は自らについての残酷な事実を悟っていた。 「俺の身体は只の『容れ物』だ。それはわかってる。でも……三蔵が『傍にい てくれ』って言ってくれた時、この身体は初めて『此処にいる意味』を持った んだ」 それまで静かなままだった悟空の顔に、泣き笑いのような表情が浮かぶ。焔は 言葉もなく、何処までも透明な黄金の瞳をみつめた。 「一緒にいるのが三蔵だから、この身体は『生命のある物』になる……そう じゃなかったら、只の『容れ物』にしかならない。只の容れ物がどんな扱いを されようと、何の意味もないんだ。だから俺には、抵抗する理由なんてない」 この世の全ての理を悟っている賢者の如き輝きを宿した瞳は、焔を通り越して 遥か遠くを見ている。 涼しげな目許を僅かに歪ませた焔は、悟空の身体を拘束していた両手を徐に離 した。 「……焔?」 不可思議そうに目を瞬かせながら悟空が呼びかける。身体を起こし悟空の横に 腰を下ろした焔は、自嘲気味の笑みを漏らした。 「そこまで言われて無理強いをしたなら、俺はとんだ道化だ」 何か苦い物でも吐き出すように、焔は皮肉げな呟きを零す。自らもゆっくりと 身体を起こした悟空は、複雑な表情で焔を見遣った。 並んで座る形となった二人の間に、数瞬の沈黙が落ちる。悟空と視線を合わせ ぬまま、焔がその口を開いた。 「少し昔話に付き合ってもらえるか……?」 力無く落とされた焔の言葉に、悟空が短く頷く。 「俺の母は、辺境部族の長の娘でな……」 ぽつりぽつりと。焔は自らの生い立ちを語り始めた。 焔の母は、とある辺境部族の首長の娘だった。 その部族は独自の信仰を持っており、代々首長の家の長女は生涯守り神に仕え る巫女となることを定められていた。長女であった焔の母は、自らの使命に誇 りを持って生きていた。 ところが。その辺境地域を制圧した西国の若き王は巫女の美貌に目を付け、半 ば力尽くで彼女を妃の一人に加えた。これが焔の父である。 権力と武力で神に仕える巫女としての誇りを奪った傍若無人な王を、焔の母は 激しく憎んだ。夫婦仲は冷え切ったものだった。 やがて焔が産まれた。産まれたばかりの赤子の瞳を見て、焔の母は歓喜した。 彼女の部族に古くからある言い伝えでは、金の瞳を持つ者は神より選ばれし力 を授かるとされていた。 我が子は自らが仕えていた神より選ばれし存在なのだと信じた母は、焔を溺愛 した。身勝手な権力者に人生を踏みにじられたも同然の彼女にとって、我が子 の存在は唯一つの拠り所となった。 果たして、焔は優秀な子供だった。武道に関しては生まれつき人並み外れた身 体能力を持っていたし、学問の方でも学者らがこぞって称賛するほどの優れた 知能を有していた。 「それがこの金晴眼の賜物なのかは定かではないが……実際俺は自分でやろう と思って出来ないことはなかったよ。父への面当てもあってか、母は益々俺を 盲愛し……逆に父はそんな俺を自らの周囲から遠ざけた」 焔が十を数えたその年、流行り病を患った母は、不遇の中短い生涯を閉じた。 しめやかに葬儀が執り行われた後。まだ幼かった焔を、国王は地下牢へと幽閉 した。既に子供の領域を遥かに超越してしまっていた焔の才気を、国王は怖れ、 疎んじたのであった。 「そんな……っ、だって本当の親父さんなんだろ!?」 「確かに血が繋がっていても、我が子を愛せぬ親はいる。それに……お前とて 覚えがあるだろう。己が理解出来ぬ力を持つ存在を、人は怖れるものだ」 まるで我が事のように憤る悟空へと、焔はあきらめにも似た乾いた笑みを見せ ただけだった。 焔が幽閉されて八年近くの歳月が過ぎた頃。今度は国王が病に倒れた。 己の意思などお構いなく否応なしに閉じ込められた牢獄での日々は、始まった 時と同じく唐突に終わりを告げた。正統な国王の血を引く男子は、この時点で 焔以外存在しなかったのである。 幽閉の身から一転、太子の座に据えられた焔は、国内の統治のみならずあらゆ る面においてその才能を遺憾なく発揮した。着々と勢力を拡大していった焔は、 よくある規模の一国にしか過ぎなかった自らの国を、西方有数の大国へと押し 上げたのだった。 「政務を進めていくうちに、是音らのような優れた部下を得ることは出来た… …だが、心を開いて語り合えるような存在が、俺にはいなかった」 何処か物哀しげな表情で語っていた焔は悟空の方を振り向き、再び正面から瞳 を合わせた。 「初めてお前と出会った時、その瞳の色に驚いたのは勿論だが……それ以上に 強く印象に残ったのは、お前の俺に対する反応だった。俺の周りにいる連中は、 その大半が二種類の人間に分けられる……俺の権威に媚びへつらう者か、俺の 力を怖れる者だ。だがお前はそのどちらでもなかった。ごく自然に俺と話をし、 当たり前のように笑ったりはしゃいだりしてみせた……お前のような者は、今 まで俺の周りに一人もいなかった」 「焔……」 真摯に自らの心情を語る焔の表情には、今までの彼から感じられた、常に何か 策を巡らせているような色は見られない。おそらく彼は今初めて、ただの焔と いう人間として自分と向き合っているのだろうと悟空は思った。 「俺はどうしてもお前という存在が欲しかった。金晴眼の力など、如何にも尤 もらしい理屈をつける為の口実だ。俺はただ単に、何の隔てもなく明るく笑っ て接してくれるお前を傍に置きたかっただけだったのだろう……結局、願いは 叶わなかったがな」 苦い笑みと共に零れた最後の一言は、最早焔がこれ以上悟空を拘束するつもり がないことを示している。悟空は気遣わしげな表情を滲ませ、そっと焔の手を 取った。 「焔……俺は焔のこと、好きだよ。勿論三蔵とは違う意味だけど……焔は本当 は偉い人なのに全然偉そうに威張ったりしなくて、俺とも普通に話してくれて、 一緒にいてすげぇ楽だった。それにさ……俺もこの瞳を持ってるのは自分だけ だと思ってたから、焔と会って何か心強いっつーか、同族をみつけられたみた いで嬉しかったよ」 不器用ながら精一杯に自分なりの言葉を紡ぎ、少し面映ゆそうに悟空が笑う。 大きく瞳を瞬かせた焔は、悟空の手の上に己の手を重ねた。 「もしも……もしあの男より先に俺がお前と出会えていたら、運命は変わって いたか?」 静かだがこの上なく重い焔の問いに切なげに目を細めた悟空は、しかしはっき りと首を横に振った。 「さっきも言ったけど……俺は本当に気が遠くなるくらいの間、ずっとずっと 一人っきりだった。その間に俺の声が聞こえたのは三蔵だけで、俺に聞こえた のも三蔵の声だけだった……だから、誰かと比べてどうだとか、そういうこと とは違うんだ」 それは唯一にして絶対の答えだった。過去の記憶を持たぬ悟空にとって、三蔵 が塔の外から呼びかけてきたあの日こそが、己の人生の始まりの日であった。 悟空の『今』は、その全てが三蔵から繋がっている。三蔵という存在は、悟空 にとって他の何か、他の誰かと比べられるようなものではない。 「……完敗だな」 口をついて出た言葉とは対照的に、焔はひどくすっきりとした顔をしていた。 「だがこの世の中で一つぐらい、思い通りにならぬものがあるというのも悪く はない」 そう言って薄く笑った焔が、悟空の肩に手を置く。そのまま緩く悟空を抱きし めた焔は、両の瞼にそっと口づけを落とした。 悟空もまた、焔の右の目許に小さなキスを送る。 それが、二人が交わした最後の抱擁となった。 「さて……私達がお送り出来るのはここまでです」 数日後。紫鴛と是音の二人に送られてきた悟空と旬麗は、あの日二人が連れ去 られた西の森付近にいた。紫鴛の言葉に悟空はコクリと頷いた。 「うん。送ってくれてありがとな。あ、あのさ……」 「どうしました?」 何か言いたげにしている悟空に、紫鴛が問いかける。暫し迷うような表情を見 せていた悟空は目線を上げ、紫鴛と是音を交互に見遣った。 「二人とも……これからも焔のこと、支えてやってくれよな」 一瞬完全に意表を突かれた表情になった二人だったが、やがてそれぞれが少々 複雑そうな、微かな笑みを覗かせた。 「一時は自分を人質扱いした者の身を案ずるとは……貴方は最後まで、不思議 な人ですね」 「じゃあなおチビさん、お嬢さん。あんた達の度胸の良さと肚の据わり具合、 俺は嫌いじゃなかったぜ」 如何にも彼ららしい言い様に、悟空も軽い笑みを返した。 「じゃあ、帰り道気を付けて」 別れの挨拶と共に、悟空が手を振る。二人を乗せた馬は、強い足取りで元来た 道を走り去って行った。 暫くその背中を見送った後。悟空は傍らに立つ旬麗を振り返り手を差し出した。 「さぁ帰ろう、旬麗。みんなが待ってる」 「はい」 悟空の言葉に旬麗がしっかりと頷く。手を繋いだ二人は、森の中を歩き出した。 懐かしい人々が待つ、王城へと向かって───。 その日の午後。政務の間の僅かな休息を取るべく、三蔵は悟空の部屋にある長 椅子に一人横たわっていた。 悟空を連れ去ったのが焔の手の者だという確信を得た以降も、三蔵は表面上は 平素と変わらぬ姿勢で淡々と自らの仕事をこなしていた。どれほど精神的な動 揺があろうとも、国王としての責務は待ってはくれなかったし、それに─── ひたすらに何かをすることで時間を埋め尽くしてしまわなければ、到底耐えら れなかったからだ。 あの唯一人が、傍らにいないという現実に。 本来の主が不在の室内は、息も詰まりそうなくらいの圧倒的な静寂に包まれて いる。 あの明るい笑い声がこの部屋を満たすことは、もうないのだろうか。 あの光溢れる日々は、もう決して取り戻せないものなのだろうか。 どうにもならない絶望感に押し潰されそうになりながら、三蔵は深く瞼を閉じ た。 「……蔵、三蔵」 不意に耳元をくすぐった呼び声に、三蔵の意識が緩やかに浮上していく。 「三蔵、こんな寝方してたら風邪ひくって」 懐かしい、声。何故この声が今、自分の耳に聞こえるのだろう。 (あぁ、そうか) たぶんこれは夢なのだ。その存在を求めるあまりに己の脳が紡ぎ出した、都合 の良い夢。 そうでなければ、この声がこんなにはっきりと聞こえるわけがない。 「しょうがないなぁ。旬麗、そっちから何か掛ける物持ってきて」 「畏まりました」 ここに至って三蔵の意識は一足飛びに覚醒した。幾ら何でも己が勝手に見てい る夢の中で、ここまで具体的なやり取りが繰り広げられることはありえない。 バネ仕掛けの玩具のように、音のしそうな勢いで三蔵は両の瞼を開いた。 「あー…やっと起きた。随分よく寝てたね。忙しくて疲れてた?」 茫然と見開かれた紫の瞳に映ったのは、束の間の夢でもいいから会いたくて堪 らなかった、唯一人の笑顔。 「悟…空……?」 途切れ途切れの掠れ気味の声が、ぎこちなくその名を呼ぶ。悟空は何処か困っ ているような、何とも面映ゆそうな笑みを三蔵に向けた。 「ただいま、三蔵……遅くなって、ゴメン」 恐る恐るといった風に手を伸ばした三蔵が、丸い頬に触れる。幻でないことを 確かめるように、長い指先がゆっくりと顔の輪郭を辿った。悟空は小さく笑っ て、三蔵の手に自らの手を重ねた。 「ちゃんと本当の俺だよ。長いこと心配させちゃって、ゴメンな」 真っ直ぐに紫の瞳を見据え、しっかりとした声音で悟空は三蔵に語りかける。 弾かれたように身を起こした三蔵は、有無を言わさず小柄な体を抱き竦めた。 「ちょっ…さんぞ、苦しいって……」 「ウルセェ、黙ってろ」 本当に帰って来たことを実感させられる、如何にも彼らしいぶっきらぼうな物 言いに、三蔵には気付かれぬよう悟空がひっそりと笑みを漏らす。 離れていた時間を埋めるように、二人は言葉もなく互いを抱きしめ合っていた。 三蔵が拍子抜けするほどあっさりと、元通りの日々は戻って来た。 連れ去られる前と何ら変わらず、明るく健やかに悟空は過ごしている。向こう で一体何があったのか、悟空は詳しく語ろうとはしない。ただ一言、 「焔はちゃんとわかってくれたから」と言っただけだ。 無論、焔が何らかの形で納得をしたのだろうということは三蔵にもわかる。 それ相応の決意を持って焔の元に行った悟空が、自ら逃げ出してきたとは考え 難い。ならばこうして悟空が無事帰って来たのは、焔本人の決断があったから に他ならない。 しかし。あれだけ悟空に拘っていた男が、何故一度は手に入ったものを、みす みす手放すような真似をしたのか。 三蔵にはそれがどうにも解せなかった。 「只今悟空様は姜夫人のお館へお出かけになられています。そろそろお戻りに なると思うのですが……」 手際よく茶の支度をしながら、旬麗は三蔵に悟空の不在を告げる。三蔵は短く 「そうか」とだけ答えた。 「どうした?」 茶を淹れ終えた後も、珍しく何か言いたげな様子を見せている旬麗に、三蔵が 問いかける。何度か口を開きかけては閉じるという仕草を繰り返した旬麗は、 意を決したように顔を上げた。 「おそらく悟空様は、ご自分の口から国王様にお話をされることはないと思い ます。実は私、扉の外で悟空様と焔太子のお話を全て聞いていたのです……」 二人で話をしたいと言われたあの後、旬麗は扉の外で息を殺しそのやり取りを ずっと聞いていた。悟空にもしものことがあれば、己の生命をかけてでも阻止 する覚悟を旬麗は持っていた。 あの日、悟空と焔の間で交わされた会話の終始を、旬麗は三蔵に語った。 自分の身体は『力』の『器』に過ぎないと悟空が言っていたこと。 三蔵との出逢いによって、只の『器』だった身体は初めて生きる意味を持った のだということ。 そして─── 「国王様の存在は、誰かと比べてどうだということとは違うのだと……悟空様 はそう仰いました。それを聞かれた焔太子は、悟空様をご自分の傍に置くこと を断念されたのです」 伝えるべきことを全て語り終えた旬麗は、三蔵に一礼をしてから静かに部屋を 出て行った。 一人三蔵が残された部屋に、暫くして悟空が中庭へ続く窓から戻って来た。 「ただいまー。アレ?三蔵来てたんだ。ちょっと姜氏のお姉さんの所に行って てさ……」 いつもどおりの屈託のない笑顔で、悟空が小走りに寄って来る。三蔵はその手 を両手で包みこみ、己が元へと引き寄せた。 「三蔵?」 平素とは異なる三蔵の様子に、悟空が訝しげに声をかける。俯き加減になって いるため、三蔵の表情は見えない。まるで何かに祈りを奉げるように、三蔵は 悟空の手を自らの額に押し当てた。 「……な?」 「えっ?何?」 くぐもり気味の三蔵の声が聞き取れず、悟空が問い返す。三蔵は徐に顔を上げ、 正面から黄金の瞳を覗き込んだ。 「お前は、俺と、此処にいるな……?」 一言一言を噛みしめるように、三蔵が問う。悟空の手を包んでいた両手を、三 蔵はギュッと握りしめた。 もう決して、この手を離してはいけない これほどの真心を向けてくれる相手は、おそらくもう二度と現れない 数瞬の間、驚きと戸惑いが入り混じったような顔をしていた悟空だったが、 やがてその表情はこの上なく穏やかな笑顔に変わった。 「俺は、此処にいるよ」 悟空はもう片方の手を上から重ね、三蔵の手を握り返した。 「三蔵が望んでくれる限り、俺は三蔵と、此処にいる」 慈しみに満ちた柔らかな声が、三蔵の耳を打つ。 どちらからともなく唇を寄せ合った二人は、長い長いキスを交わした───。 昔々とある大陸のとある国に、一人の王がおりました。 孤高の王はある日、金の瞳をした大地の申し子と出逢いました。 明るく伸びやかな大地の申し子に、 長い間固く閉ざされていた王の心の扉は開かれ、 不器用だけれど嘘のない王の優しさに、 永い間一人ぼっちだった申し子の魂は癒されていきました。 二人は互いを深く慈しみ合いながら、末永く幸せに暮らしたそうです。 そして。 遠い遠い時間を超えて、二つの魂が再び巡り逢うのは…… それはまた、別のお話───。 …Fin. ≪あとがき≫ 最終章までとんでもなく時間がかかってしまいましたが、この話もようやく 完結しました。 そして随分長いこと書き続けたこの二人の物語も、今度こそおしまいです。 最後までお付き合い頂きました皆様に、心からの感謝を。 どうもありがとうございました。 楽しんでいただけましたのならポチっとお願いしますv
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