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15分だけね
フランシス・ミジオ作

〔初出〕 1996年
『ビュット・ショーモンの戦い/15分だけね』
ティエリー・ジョンケ&フランシス・ミジオ
ルピオット社 叢書ゼブル 3番


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 ポーランが倒れこんできた。顔面を打ち付けた僕は鼻血がブー。部屋の向こう側、ゴム男は腕をニューと伸ばしてハンカチを渡してくれた。拳銃の先がこちらを向いている。

 「ポーランなんて死んだって惜しくないよな。俺様まで騙しやがって。涙一つ流してやるものか。それにこの件って俺様の責任じゃないし」

 僕はハンカチでポンポンと鼻を叩いていた。 

 「でぼ、ぶったのばきびじゃないが?」 

 ゴム男が何を言いたいのか分からなかった。ゴム男も僕が何を言いたいのか分からない。状況はずいぶんとこんがらがってきた。 

 しばらく二人とも黙ったまま考え事に浸っていた。その間にも目の前でずいぶんおかしな現象が起こっていた。ポーランがピクピクと痙攣、微かに跳ね上がった。太鼓が付いたウサギの人形って知ってる?電池が切れる直前にこんな変な動きをする。完全に事切れた訳ではなかった。何かを言おうとしていた。唇の端で血の塊がブクブク言っている。こんなのを見たのは初めて、目が離せなくなる。ゴム男が苛々した動きをみせた。 

 「球をよこせ」 

 「べ?だば?」

 「洗剤を入れる容器だ」 

 「ぜんざいぐんでずね…」。正式名称で言ってやった。容器をゴム男に投げてやる。「洗剤君」、西洋文化二千年の進化が生み出した驚くべき発明である。 

 ゴム男はプラスチックの塊をポーランの喉に押しこんだ。空気を求め、瀕死の男は息を吸い込んだ。喉の奥に詰まった洗剤君。気持ちの良い音ではなかった。

 「そう長くはないだろう」 

 ゴム男は床に散らばったミントキャンディーを踏みにじっていく。ポーランの呼吸は途切れ途切れになっていた。ミントキャンディーの割れる音。音の雰囲気が独特だった。こんな経験はめったにない。でも物は考えようで、人間は毎日予想もしなかった経験を重ねている。今見ている場面だって将来は有り触れたものになっているのかもしれない。 

 「さて、金を回収するか。お前さんにそれぐらいの貸しはあるはずだ。後はバイバイ。…金はどこだ?」 

 肩をすくめた僕。本当に知らなかった。 

 「いずれにせよお前は殺してやる。その後で家捜しだ」 

 何か考えこんでいたゴム男。 

 「おっと、うまく筋がつながった。この家で起こったドラマ。ポーランはうっかり「洗剤君」を呑みこんだ。お前は助けようとした。拳銃で「洗剤君」を吐き出させる。焦って撃ってしまった。ポーランは死んでしまう。絶望とパニック、お前も自殺。よもや警察も疑うまい」 

 銃を手にした腕がこちらに伸びてくる。 

 残酷な薄笑いで撃鉄を立てる。本当に怖かった。憎しみに満ちたゴム男は知り合いの不動産屋にそっくりだった。 


 僕: 断固とした決意。数日後、僕は郵便局から貯金を引きおろした。必要な道具を買い揃えて玄関脇に塔を建て始めた。塀に有刺鉄線を張っていく。監視塔作りは大変で嫌になってきた。それでも外国人の侵入や敵との衝突が起こった時のためだった。塔を赤に塗りたくる。並べておいた人形と井戸にぴったりの色だった。側面に僕の国、クロブキー王国の国旗を描いておく。王冠を戴き、王の杖を手にした魚のイラストだった。紋章の下に「クロブキー王国、ラディスラス1世」。正直サーモンバターの広告だった。残念なことに時間は限られていた。どれほどの時間が残されているか分からなかった。偉大な人々でも運命の半ばで死んでしまうのはよくあることだ。何かに急かされたような気分になってきた。 

 数日間郵便局でコピー三昧。小銭を両替するために何度も行列した(これが一番時間がかかった)。約百部コピーした手紙を県内の様々な役所、施設に送りつける。「僕の家は独立しました」、新たな王国が平和裏に誕生した旨を伝えた。 

 返事が待ち遠しいこと。たいした用事もないのに庭に出た。ビニール製の小人人形(正式名は「ピエロ仲間」)に話しかけたりしていた。 

 ガッカリだった。冬が終わろうとしているのに新聞やTVからの反応は一つもなかった。地元レベルの反応はあった。それも商店街の人たちの「可哀想に」の微笑みくらい。あるいは重苦しい沈黙とか。たまに迷子で紛れこんできた連中は困った顔をしていた。近所のガキたちが石を投げてきた。変な歌を歌いながら追いかけてくる。知名度なんて数分にも達しなかった。目標の20分には程遠い。せめて国内で、そう思っていたのに。 

 12月になった。庭を歩き回るのは止めることにした。足が凍傷になっていた。ケープ一枚だと体が凍る。1月。今度は国営の施設宛てに手紙を書いてみた。やっぱり反応ゼロ。畜生。2月初め、芝生にポールを立てる。毎朝ラッキーカラーの旗を掲げておいた。笛を吹いて賑やかな式典を開く。笛にはヒビが入っていて綺麗な音は鳴らなかった。結局また石が投げこまれる。多めに投げてくる。匿名の手紙が一通。「朝の笛は止めてください。せめて煙草にして。嫌なら気管支の切開手術を」。知名度には何の関係もなかった。(当時『クロブキー王国建国記』に書いた覚えがある。「笛を吹いても一人。しぼんだテニスボール。古タイヤ。何もナッシング」)。 

 超失望。新聞記者もTV局の連中も来やしない。二十世紀、国内で誰かが独立しても記者連中は何も書かないのだろうか。色々な系統の独立主義者がいるけれど、たぶん優秀な報道担当者を雇ってる。力のある記者をパーティーや旅行に招待、賄賂攻めにしているのかも、ふと邪推してみたりする。

 役所からの手紙と請求書は無視しておく。「自国の法律に従っているのでフランスの法律には関係ありません」、説明を付け加えておいた。 

 タイプライターの男: なぁ。こんな話を記録する必要があるのかな。 

 警部: …お前さんと一緒に動いてかれこれ10年か。毎回容疑者を逮捕するたびに記録しなくちゃいけないかどうか聞いてくるよな。忘れるなよ。これで給料を貰ってるんだ。「書類」を作って容疑者を「潰す」んだ。 

 タイプライターの男: 自分でタイプ打ってる訳じゃないものね。よく分かるよ。何これ。こんな話誰も読まないよ。苗字と名前に目をやって、後は最後の一行読むだけさ。「以上の事実を認めここに署名します云々」。さ、続きにかかりますか。 


 「金は洗濯機の中だ」と僕。 

 ゴム男が銃を下ろした。安全装置をかけてベルトに滑りこませる。「離れろ」の命令があった。

 「洗濯機が大事だって分かっていたよ。お前さんもバタバタしていたものな」

 割れた蓋を開いた男。浴槽の中身を空にし始める。僕の方は通路まで何歩で行けるか、脱出できるのかを計算していた。 

 ゴム男は浴槽の中を空にしていた。同時にこちらを見張っている。首が180度後ろに倒れていた。奴の驚くべき得意技。舞台の出し物、これで一躍有名になった。元々奴の母親が悪名の高い幼児愛好家と再婚したのがきっかけだった。疑い深くならざるを得なかった。体が柔らかくなるくらい。自覚したのは軍役時代だった。ある日折りたたみベッドが畳まれてしまい中に閉じこめられる。2時間かけて脱出。その後数ヶ月待っていた休暇を手に入れる。ベッドの経験は青天の霹靂だった。天職を発見したのだ。 

 相変わらず僕は何をしていいのか分からない有様だった。ゴム男は目で僕の動きを追っている。浴槽が完全に空になった。 

 指先でビニール袋が揺れていた。洗剤の粉で一杯だった。 

 「見つけたぜ」 

 五百フランの札束を引き出した。少なく見積もっても10束。僕と仲間たちのヘソクリの全額だった。ポーランは手数料で100%を取るマネージャだった。「手数料100%」ってのがポイント、契約書にサインした時僕は気がつかなかった。 

 「さて、お別れだ」とゴム男。視線は札束から離れなかった。 

 指先が銃をもてあそんでいた。 

 「金は俺様が貰った。お前さんは女がいるからな。ブラジルで一緒だった時、あの女俺のこと嫌だって言いやがった。お前さんに惚れているようだな。この色男が」 

 目を閉じた僕。世の中に正義なんてなかった。鳥女は僕を裏切らなかった。でもこんな風に死ぬのなら楽しむ暇もなかった。この世の中は本当に不公平だった。 

 「待って。誰の話よ?」、突然、聞き覚えのある声が響いた。 

 扉の前に鳥女が立っていた。僕の鳥女!トサカは怒りで紫色に変わり激しい小刻みな羽ばたきを続けていた。機嫌の悪い証拠。でも僕を助けるために飛んできてくれた… 

 嬉しくて叫び声が漏れた。 

 鳥女が戻ってきた。 

 助かったんだ。 


 僕: 自国用の貨幣を作って買い物は手製のトラベラーズ・テェックでしようと思っていた。そんな時に国境付近で事件が発生、状況が動き出した。郵便受けにつながる小道があってその先に杉の木が一本、脇に税関の建物を作っておいた。理由があって、通信販売の会社が色々と商品を送りつけてくるので税金をかけてやりたかったんだ。対外貿易の収支のバランスを取るために。事件は外国の新聞(地方紙)で小さく取り上げられた。無礼な奴らで原稿のチェックさえ頼んでこなかった。文章は下手糞で外交儀礼の「が」の字も知りやしない。繰り返し何千回も読んだから暗記しちゃったけれど。 

 「配達人を監禁! 

 郵便局勤務のミシェル氏を二時間小屋に軟禁。この小屋はラディスラス・クロブカ氏宅に向かう道の入口に立てられたもので、カロワ町の郵便配達業務に大きな遅延が発生しました。氏はクロブキー国の国王であり、一帯は独立しているため関税をかけて良いと主張しています。配達人を拘束した理由は「滞在許可証を所持していなかった」から。常識外れな言動で知られていた人物ですが、危険な行為をするとは思われていませんでした。「残念な事件です。密かに監視する必要があるでしょう」。町長選を控え町の治安に気を使っている町長の発言です。ミシェル氏は告訴を断念、面白い感想を語ってくれました。「普通だと犬に噛まれるんですけどね。あそこは家主が怒ってました。ひどかったのはクロブキー国産の酒を飲まされたんですよ。去年の夏キャンピング・カーで沸騰したボジョレーを飲んだんですけどあれより酷かったです」 

 シャトー・カロワ町で何が起こっているのか?」 

 投石は止んだ。親に近寄るなと言われたらしい。 

 店の連中は遠慮がちな態度を変えなかった。表情一つ変えずにあれこれと売りつけてくる。いつも事前金を与えてあげていたからかもしれない。雑貨屋さんのショーウィンドーに僕の写真が飾ってあるのを見つけたときは嬉しかった。営業時間案内の下に書いてあったよ。「クロブキー国王御用達」。商売人って感覚が鋭いって言うよね、あれは本当だった。僕自身は遅々として進んでいなかったんだけれど、雑貨屋の方は何か進んでいるのを嗅ぎ付けたんだろうね。金になるって踏んだんだ。元気付けられた。あえて話題にはしなかったけどさ。目で「分かってるよ」の合図だけ交わしておく。外国の一般庶民が相手ならそれでも充分すぎるくらいだった。良い兆候。雑貨屋の棚に二枚のポストカードが並び始めた。一枚は僕を写したもの。酷い写真だったけれど街の通りで買物袋をぶら下げている派手な姿だった。もう一枚はピンボケした宮殿の写真。手前には武器を備えたクロブキー王国監視塔。絵葉書の裏には「セーヌ・エ・マルヌ県。クロブキー王国、国境の見張台。出版印刷、ファミーユ雑貨店」だって。何枚か買っておいた。無能で無力なテレビ局と役所に送りつけてやった。 

 5月になった。何も起こらないので絶望的な気分になり始めていた。 

 半月後、切手の原版をデザインしている最中にTVの地方局から電話があった。大喜び!クロブキー王国の報道特別番組を半時間!話題として面白い、タイミングが良いって。その上感謝された。皆が見習ってくれれば夏に何を放映するか悩まなくて済むのにって。 

 完成したドキュメンタリー番組は「面白くてためになる」と紹介されていた。的はずれだった。視点は良いのに扱い方を誤って最悪の番組になっていた。結局「地方文化」の枠で放映される。「クロブキー国の王」。タイトルの付け方は独創的だった。でもコメントが要領を得ないものばかり、つまらなかった。わざとらしさ満点。インチキ文化に仕立て上げようと苦労しているのが一目瞭然だった。僕あれほど気を使い、重要な政治行動としてぶち上げたのに論調が全くそぐわない。菜園で拾った鉄くずで作品を作っているアーチストと比べるかな。以前そんな廃品業者の記事を読んだことがある。犯罪者だったのが木を使った芸術家になって、最後破滅してしまう話だった。 

 ジャーナリストたちが色々な言葉で視聴者の好奇心を煽っていた。「詩情に溢れた行為」、「精神分裂症」、「トップテン症候群」、「アクション・アート」、「シチュアショニスムの回帰」等々。何を言いたいのか考えてみる気にすらならなかった。視聴者だって宝くじの当選番号と明日の天気予報に気を取られている。何か理解したのかどうか怪しいものだった。大事なのはウォーホルの記録を破ったことだ。番組は(合間に邪魔してきた3つのCMを除くと)20分と十数秒。ウォーホルの写真とシャンパンで乾杯、勝利を祝福した。 

 番組で家と庭、監視塔と税関の建物が遠くから撮影されていた。国旗を掲揚する場面は何度も撮り直しが必要だった。音響技師が計器の音圧メーターを見ながら髪をかきむしっていたせいだ。ビニールシートの余りで作った国旗が重くて息切れしていた僕がせっかく笛を吹いてあげたのに。 

 宣言は思いつきだった。独立主義を扱った記事から影響を受けていたかな。プレハブ業者のチラシの宣伝文句とか。「個人の文化を守る権利」、「所有地の取得は生活空間の構築で」、「自分で法律を作る義務が。一へクタール未満の領土にも干渉は禁止」。TV局の連中が結構感動していた。熱心にメモまで取っていた。その次に町長さんのインタビュー映像。「町民の新しい生き方を見守っていきたい」だって。「この町には長い創造の伝統があります。特に選挙後に役所も大分お手伝いさせていただきました。その意味で興味深いですね」。「長い伝統」って何なのか説明はしていなかった。

 僕みたいに外国暮らしをする人のため、国際的な交流の拠点となる欧州文化センタ兼ホテル兼レストラン兼駅兼ターミナルを開きたい、町長がそんな話をしていた。郵便配達のミシェルさんにもお鉢が回ってきてインタヴューを受けていた。とても誉めてくれていたよ。「国境で起こった最初の事件に巻きこまれて光栄です」だって。町議会が発行している雑誌のアート欄では批評家が「ランド・アートに起源を持つ新たな潮流。国を愛する者の連邦土地芸術」(僕の運動というか流派を形容する言葉)なんて書いていた。「他に真似する者がいれば、の前提ではあるが」。その人の結論だと「田舎風の宇宙論」なんだって。「妖精や鬼が登場。ここには欧州の神話が宿っている。小人の帽子の赤は芝生の緑と対比をなしている」 

 最後に出てきたのが精神分析家。「王門期」がどうこうって話をしていた。やたら目をパチパチさせて上半身を動かしている。誰も真面目に聞いていなかった。 

 ドキュメンタリーが放映された次の週末、家族連れが何組かやってきた。王国の周辺の写真を撮っていた。検問のドアを叩く音が止まなかった。数フラン、あるいは物々交換でいいから国内を訪問してみたい。ちょっと良い気分で写真を撮ってもらう。ジプシー数人から「不妊なのでお腹に触ってください。子供が出来るかも」、頼まれたので触ってあげた。「同じ料金で性病を移してあげるのにね、残念」、そんなことまで言っていた。 

 番組が再放送されるとは考えていなかった。サッカーの試合直前、全国放送のゴールデンタイムだった。これがきっかけで大ブームに。朝起きると家の小道の先に一台のトラックが停まっているのでびっくりだった。例の雑貨屋がレンタルしてきたらしい。アイスとサンドイッチ、フライドポテト(「地方特産」)を売っていた。看板に書いてあった。「新作。クロブキー王国伝来、妖精型の砂糖菓子はいかがですか」。土産屋の建物にフィギュアが並んでいた。急いで足をピンクに塗って王冠をつけていたけれど、誰がどう見ても元はスーパーマンだった。「クロブキー王国の匠の技」。等身大のポスターが目の飛び出る値段で売られていた。当然僕は買わなかった。ピンボケした写真より実物の方がいいに決まってる。黒地のポスターに蛍光の文字が書かれていた。「静かに眠りなさい。王様が見ててあげる」 

 翌朝、8時から人々が大挙国境に押し寄せてきた。僕も結構感動、何度も庭に出る羽目になった。興奮した人々を宥めなくちゃいけなかった。好奇心に応えてあげたかった。双眼鏡をレンタルする出店が登場。道が一日中人で埋まっている状態だった。時には排気ガスを撒き散らすやかましい観光バスで一杯だった。マイクで何かガイドしている声が漏れ聞こえている。定期旅行、老人会のメンバーに僕の半生を説明している最中だった。 

 この一週間僕が外出するのを待っている二人がいた。一人は目が見えない。もう一人は全身麻痺患者(目が見えない方は僕に触ってほしかったみたい。麻痺患者は単に置き去りにされただけだった)。毎晩、僕の家の庭は小銭と贈物(スービットローストにした鶏肉や箱入りのワイン)で一杯だった。有刺鉄線を張った柵越しに投げて来る。監視人が野次馬を一生懸命見張っていたけれど他国の治安部隊に守ってもらうのは正直勘弁だった。内政干渉。国連軍でもないくせに。こんな出来事が積み重なって次第に不安になってくる。いつまで状況をコントロールできるだろう。軍隊が必要かも。それって…抑止力?

 密かに嬉しかった。襲撃されそうで怖くなったので外には出なかったけれど、知名度アップに自分でも納得だった。投げ込まれる捧げ物が結構役に立っていて、篭城している状態でも何とかやっていけた。 

 食料や資材を調達してくるのは例の雑貨屋だった。毎度毎度の馬鹿丁寧な挨拶。忠誠心を見せているつもりらしい。ずる賢いってのは分かっていた。検問までやってくると毎回パスポートを細かくチェックしてやる。増殖を続ける野次馬に情報を漏らしているのはこいつに違いなかった。アフリカの独裁者から入手したとか言う椰子の木の刺繍入りケープ(国儀用)を持ってきてくれた。これを買った僕の判断は間違ってなかったね。台所の窓から人々に手を振る時の威厳と貫禄が出てきたんだ。 

 6月は他に何もなく静かだった。報道陣が押し寄せてきた、2週間に4回、いつの間にか撮られていた写真が雑誌の表紙を飾る。この時期のTVのルポや地方紙をそのまま引用したつまらない内容だった。「田舎はバルカン半島化するのか?」。雑誌がそんなタイトルをつけていた。僕の家にバルコニーなんてないよ。テラスだけなのに。毎日毎日、行き来する人の数だけが増えていく。

 ポーランが登場したのはそんな時だった。 


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] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010