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誘拐日和
フィリップ・カレーズ作

〔初出〕2000年
『ポラール七家族』 (バレンヌ社)


 「爺ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
 「今度はどうした、息子よ?」
 「成功さ、うまくいったぜ!」
 「素晴らしい、息子、素晴らしい…で、何が?」
 「身代金払うっていうんだ。全額紙幣で」
 「身代金?…そうそう身代金。ブラヴォー、息子」
 「現金で2億っす」
 「2億…ユーロ?」
 「いや2億ルーブル」
 「何とルーブルで?」
 「いやいや冗談すよ。2億フラン。使用済み五十フラン、百フラン紙幣でね。すごくない?人質を見てきてよ」
 「何の人質?」
 「ストップ。冗談は止めにしよう。頭取さん連れてきて」
 「誰?あ、地下室の青年?もう出発したよ。なかなかの好青年だったね」
 「だから爺っちゃん、少し真面目にやろうよ…」
 「真面目に話してるじゃないか。魅力的な青年だったよ。意外かもしれないが魅力的な銀行家ってのもいるだろう?」
 「ストップ!2ベルギーフラン分の糞面白さもないよ」
 「2モナコ・ルーブル分の面白さもないな息子。非常に興味深い青年だったし、でも銀行家だったのだな」
 「了解。おいらがルーブルとユーロでギャグをかました、と。爺ちゃんは人質を冗談にしました。はい、おしまい。あの銀行野郎を探してきて」
 「でもなぁ…ジェローム君は本当に行ってしまったからなぁ…」
 「ジェローム…君?」
 「本当にいい奴だったね、ジェローム君。僕をジェロームと呼んでくれ、そう言ってきたのは向こうの方なんだよ。ざっくばらんに行こうじゃないか、そこまで言ってくれたけどね。さすがに…胸が詰まって。銀行家相手に馴れ馴れしい口調はなかったからね。分かるだろ?」
 「お前がオカシイってことしか分からないよ。うわ、終わった。人質解放して金手に入れるまであと半時間だったのに…今何時?」
 「さあね」
 「時計見ろって」
 「ジェローム君に貸してしまったからね。必要なのに腕時計が手元にないって言うんだ」
 「もう馬鹿。地下室に閉じこめるときカルティエ取り上げたのはおいらなんだってば。人質が時計見る必要はないだろ?」
 「いやいや。ナスダックの相場がね。取引終了直前に相場がどうなっているか聴かなくちゃいけなかったのさ。銀行家の世界は凄いよね」
 「夢なんちゃう?冗談でしょ?状況がどれくらい悲惨か理解してる?」
 「心配無用だよ息子。腕時計は返してくれるはず。株の問題を解決したらすぐ電話してくれるってさ」
 「爺ちゃん、おいら医者じゃないんですけど。株の問題とか関係ないよ。大体どう連絡してくるわけ?」
 「携帯電話を使ってさ。携帯も貸してあげたからね…ほら、お前に預かってたノキア社の奴だよ。便利だろうと思ったわけさ。電話帳に私用の番号が全部入っているわけで、我々を忘れてしまう気遣いはないだろう?良いアイデアと思わないか?」
 「いや」
 「え?」
 「終わりだよ!冗談じゃないんだ。30秒もしないうちに国中の警官が逮捕しにくるよ。しかも現金二億フランがパァ。パピィのせいで」
 「警官は慣れっこじゃないか。お金はね、小切手で払えば何とかなる。ついでだがジェローム君に小切手を切っておいたよ」
 「どうしてあんな奴に小切手切るのさ?」
 「口を慎んだ方が良いぞ、息子。「あんな奴」じゃない。そんな奴は魅力的な貯蓄プランを提案してくれないしな。20年という長期プランだが…めったにない利率を考えるとあながち冗談とも言えないな」
 「冗談じゃなくて悪夢だぁ!目を覚ませ俺。地下室行って人質を見つけよう。金を手に入れるんだ。小切手の話は忘れよう。パピィ、小切手はイカレてるよ!」
 「2!」
 「何が2?」
 「小切手が…2枚。ジェローム君は正しいよ。我々は保険をかけていなかったじゃないか。お前は粗忽者で気づかなかったかもしれないがジェローム君が良い保険を教えてくれたんだ。鉄壁の契約だよ。良い奴じゃないかジェローム君、銀行家にしては?」


 超いい奴である。銀行家としては。良い忠告であった。生命保険はまさに鉄壁。爺様と息子の相続者が手にした金額は実際相当のものだった。しかもGIPN(国家警察対テロ部隊)による襲撃から二ヶ月も経たないうちに。こいつは冗談じゃなくて。


Famille Prise d'otage: le grand père / Philippe Carrese.
in Les Sept Familles du polar,
p115-118,
Editions Baleine, Paris, 2000.



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