caillois
ロジェ・カイヨワ(思想家)

「ミステリは本質的に英米圏のものなのか」
〔1948年オンエア〕

ラジオ討論会
     ラジオ、ミステリ史論
ピエール・ボワロー、ロジェ・カイヨワ他

〔オンエア〕 1948年11月18日
「トリビューン・ドゥ・パリ」
RTF局
(作家、出版者、思想家によるディスカッション)

Le roman policier est-il essentielment anglo-saxon ? (extrait)
"Tribune de Paris"
Paul GUIMARD, Albert PIGASSE, Roger CAILLOIS, William PICKLES
Pierre BOILEAU, Pierre NORD et Pierre VERY.
Radiodiffusion-télévision française (RTF).


【試訳】
ロジェ・カイヨワ
「フランスのミステリ作家は皆この(パズル重視型の)定義から逸脱しているんじゃないかと思えるんですよ。まずガボリオにしてそうですよね、新聞連載小説の傾向が強く残っています。アルセーヌ・リュパンではユーモアの側面が重視されています。ピエール・ヴェリー作品では幼年時代の夢想や詩心といった要素が(一番とまでは言わないまでも)明らかに非常に重要な役割を果たしています。[...]ミステリの重要規則の幾つか、例えば閉鎖空間や(最後理性に訴えかける)推理者といった規則を定めたガストン・ルルーですら同様で、例えば恋愛冒険譚が含まれている『黄色い部屋の秘密』など英米古典ミステリー作家の枠組みであれば受け入れられなかったのでは、と思います」
 

【原文】
Roger Caillois : Il me semble que tous les écrivains de roman policier français échappent à cette définition. A commencer par Gaboriau, où la tendance du roman feuilleton est considérable: Arsène Lupin, où c'est l'humeur qui compte. Chez Pierre Very c'est, évidemment, le rêve et la poésie de l'enfance qui prennent, je ne dirais pas la première place, mais en tout cas une place très importante. [...] Et même chez Gaston Leroux, qui a tout de même l'avantage d'avoir définit quelque unes des règles essentielles du roman policier, par exemple celle du local clos, celle de l'instrument du détective qui rappelle que l'on veuille la raison, il y a tout de même une aventure d'amour, dans par exemple "Mystère de la Chambre jaune", qui serait certainement pas admise chez un romancier classique anglo-saxon.  

【解説】
 1948年オンエア。筆者が現在所有しているフレンチ・ミステリ関連の音声資料としては最古の一つ。叢書マスクの創設者・監修者であり、フランスに初めてアガサ・クリスティー(『アクロイド殺人事件』)を紹介したアルベール・ピガスを中心とし、思想家のロジェ・カイヨワ、ロンドン在住のミステリ研究者ウィリアム・ピクルズ、作家三人(ボワロー、ヴェリー、ノール)を交えて行われたラジオ討論会。キュレーターはポール・ギマール。
 冒頭、「ミステリとは何か」で議論が始まります。叩き台としてロジェ・メサックによる定義「ミステリとは何よりもまず、合理的な手法を用い、謎めいた出来事がいかに起こったのか正確な状況を一歩一歩筋道だった形で解き明かしていく作業に眼目を置いた物語である」が紹介されます。これに対して参加者がおのおのの意見を開陳。
 たとえばカイヨワ、ピクルズからは「定義としては広すぎる。漠然としすぎている」の反論があがってきます。一方作家側からは「謎解きの部分だけに焦点をおくと仏系作品が外れるのではないか」、シムノンを引き合いに出しつつ定義として「狭すぎる」という逆の意見が出てきます。
 ここら辺の問題をうまくまとめたのがロジェ・カイヨワの発言で、「幾何学の問題やクロスワード・パズルと同等に考えてみれば謎解きは普遍的な要素である」が、「フレンチ・ミステリの作家は古典期(ガボリオ、ルルー、ルブラン)にせよ現代作家(シムノン、ヴェリー)にせよこの規範から外れていく、別の要素を混ぜこんでいく傾向がある」と指摘しています。
 アルベール・ピガスが「英国作家にも規格から外れたミステリを書いている作家がいるよ」と補足。この発言を受ける形でロジェ・カイヨワが「現時点で古典的ミステリはネタとして尽きているのではないか、パターンの組み合わせとして限界に来ているのではないか」の新しい問題設定を提示してきます。
 ピエール・ヴェリーは密閉空間系(密室etc.)に集約されるミステリ基本形はあまりに繰り返されすぎて「単調になっている」と非難、ピエール・ノールも「エラリー・クィーン作品の完成度には舌を巻くが、一方で読んでいるとイライラしてくる」とジャンルの閉塞性を強調していきます。
 逆の立場を取ったのがボワローで、「可能なシチュエーション全てが網羅され尽くしたとは思わない。ミステリにかかわる規則があって、現在でもそのルールを元にゲームを続けることは可能ではないか」とヴェリー/ノール氏に反論をしかけていきます。
 パズラー型ミステリの主流が英国にあること、作家=読み手間で共有されるジャンルの掟の重要性は認識として共有しつつ、現在フランスでミステリを書く中で何かをプラスアルファしていくことは許されているし、ジャンルの「進化」として面白いだろうという形で討論は終焉していきます。
 とりたて斬新な発言や深い議論が含まれているわけではありません。とはいえスタイルとして確立された英語圏作品を前に、劣勢を自覚しつつもフランス独自のオリジナリティを何とかして見つけ出そうと思い悩んでいる作家、出版者たちの姿が見えてくる点で興味深い歴史的ドキュメントです。ミステリ起源をめぐる議論の途上で、ポーやウィルキー・コリンズと並びヴィドックの『回想録』に言及があったのも嬉しい限り。またボワロー&ナルスジャク結成以前のボワロー肉声を聞ける辺りも貴重ではないかと。採録したのは番組開始から10分前後のロジェ・カイヨワ発言。2、3ヶ所微妙に綺麗に採れていない部分があります。

Photo : "The Seventh Victim" / Mark Robson, 1943
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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