ラガール通り120番

レオ・マレ著


〔初版〕 1943年
SEPE社 (パリ)
叢書「迷宮(ラビリンス)」 5番


120, Rue de la Gare / Léo Malet
-Paris : S.E.P.E.
-(Le Labyrinthe; 5).
-198p. -1943.


   

 蒼白な顔、額に塗れた汗、歯の根がカチカチ鳴っている。1940年、ドイツの捕虜収容所で一人の男が息を引き取った。記憶喪失の状態で独軍に捕獲され、所内の連中から「60202番」の連番で呼ばれていた。息を引き取る間際に残した最期の言葉は「ラガール通り120番地!」。この死を見取ったのは捕虜となっていた元探偵ネストール・ビュルマだった。

 施設から解放されたビュルマはスイス〜リヨン経由でパリに戻ろつもりだった。リヨン駅での停車中、プラットホームに見覚えのあるシルエットを見つけ出した。ロベール・コルマ−ル。リュクス・フィアット探偵事務所時代の相棒だった。「ビュルマ!」、旧友は列車のステップに飛び移ってきた。次の瞬間、男の顔が苦痛に変わる。「ボス…ラガール通り120番地です」。プラットホームに転げ落ちた男。背中には銃弾による焼け焦げた跡。ビュルマが目を上げると駅のキオスク脇、トレンチコートを着た若い女が銃を手にしているのが見えた。

 かつての部下達は戦死し、傷を負い、捕虜となっていた。探偵事務所を再興する余裕はなかったが、ビュルマは単身調査に乗り出していく。二人の死者が放った「ラガール通り120番」。奇妙な偶然だった。パリ19区には確かに同名の通りが存在しているが長いものではない。「120」は存在しない番地だった。

 死の直前、コルマールは弁護士に預けていた大金を取り戻していた。吝嗇家とは言えないあの男がどうやってこれだけの金を手に入れたのか?さらにコルマールが保存していた古い新聞の切り抜き。有名な宝石泥棒ジョルジュ・パリー(通称「エッフェル塔のジョー」)を扱った記事ばかり。1938年に亡くなった真珠泥棒は事件にどう結びついているのか?駅で垣間見たトレンチコートの女は何者?謎が深まる中、警部ファルーが浮かぬ顔でやってくる。ビュルマが依頼していた鑑定の結果が出たそうだった。記憶喪失の「60202番」が残した指紋から身元が判明。「この指紋はね」とファルー。「ジョルジュ・ペリー、脱獄と真珠強盗のプロ”エッフェル塔のジョー”の指紋と一致したよ」…

 1942年末〜43年初頭に執筆、43年11月に出版されたフレンチ・ミステリー初の探偵型ハードボイルド小説。レオ・マレはこれ以前の41年にも合衆国を舞台にした『ジョニー・メタル』を残していますが作品にリアリティが欠けているのを反省して本作から舞台をフランスに移しています。最初『収容所で死んだ男』のタイトルを考えていたようですが編集者に却下され、『探偵ビュルマ帰還』にしようかと迷った挙句に現行の題に確定。

 作家曰く、「ハメットにインスピレーションを受けた」。描写の細部に埋めこんだ伏線の動かし方は近いのかなと思います。幾つかの場面・発想は古びていますが読み手を驚かせる創意もあちこちに。探偵登場第一作目に『帰還』のタイトルを選ぼうとした辺り、あるいは冒頭にあえて収容所の風景を持ってくる辺りに天性の天邪鬼を見て取ることができます。


Photo : "The Doorway To Hell" / Archie Mayo, 1930
] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010

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