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死に切れなくて
〔2008年〕 |
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アントワーヌ・ドール著 |
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ヴァイオレント・ロマーンス、ヤングアダルト小説
援助交際、自殺願望、ヒップホップ・リアリズム |
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サルバカヌ社 (パリ)
叢書 エクスプリム |
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Je reviens de mourir / Antoine Dole
-Paris : Editions Sarbacane. -(eXprim').
-135p. 13 × 19cm. -2008. |
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【あらすじ】 |
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2年前、両親の死を見届けて上京したとき、首都で誰一人頼ることの出来る人間はいなかった。行き場もなく喫茶店で途方に暮れていると一人の男から声をかけられる。「女優志望で…」「従妹が駅に…」。嘘が口をついた。男は気にした様子もなくメモ書きした住所を手渡してくる。ニコルという名前だった。夜9時、5階の扉が開いた時、特に驚いた顔は見せなかった。そこから幸福な時間が始まった。 |
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幸せは長く続かなった。半年前、「いつまでも仕事をしない訳には」と男が話を切り出してきた。ネットワークの「お客さん」に体を売れ。断ろうとしたが…ニコルを離れて行く場所などなかった。マリオンは日々「知らない人」に体を売り続けていく。暴力を振りはじめた男の視線、一挙一動に戦々恐々とし、顔にできたあざを化粧で隠しながら… |
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ログイン。パスワード。エヴは出会い系サイトで男漁りをつづけていた。当たりの日もあれば外れの日もあった。今晩は自称23才の男の子。すでに隣でいびきをかきはじめている。次第に腹が立ってきた。男を追い払うと満たされなかった欲望を一人で処理していく。 |
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そんな時、サイト経由で珍しいタイプの男と知り合いになった。「お茶だけでも」。そんな慎ましいメールは初めてだった。「23時に」と約束時間をセッティング。ダビドとの出会いだった。手作りの料理をご馳走してもらう。女慣れしていない不器用さが新鮮だった。いつの間にか惚れ始めている自分に気づく。同じだった。他の連中と同じで誰かに頼りたがっているだけだった。自分を呪いながらもエヴは新しい形の関係を模索し始める。ところがある日、不意に男からの連絡が途絶えてしまい… |
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【引用】 |
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【講評】 |
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アントワーヌ・ドール処女長編。あえて形容するならヴァイオレントなラヴ・ロマンスでしょうか。一人称の「私」で語られるマリオンの物語と三人称「彼女」で語られるエヴの物語を交互に紡いでいき、独立して動いているパラレルな世界が最後やや特殊な形で混じりあう形になっています。公刊直後にあち/こちで論議を呼んだ一作ですが、それは「対象年齢14〜25才のヤングアダルト小説にこの暴力描写・性描写OK?」のレベルでしたので本稿では割愛します。 |
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それ以上に興味深いのが結末部のトリッキーな落とし方。長くなりますがネタバレで補足していくと: |
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マリオン(M、男性依存症)とエヴ(仮性S)の物語は後半まで完全に「別」な世界として動かされています。出てくる人物や世界像、小道具(音楽その他)に共通点はありません。ところが最後から5ページ目(131ページ)で一人称の「私」が「私はマリオンだった。私はエヴだった」と書いています。いきなりマリオン=エヴなんですね。別にドッペルゲンガー現象が発生している訳ではありません。二人は内的世界を共有しており(エヴの悩まされている偏頭痛。マリオンの頭で響いている”声”)、なおかつ運命を共有しています。エヴの「生・性」の物語が成功するかどうかで私、マリオンの運命が決定されていく。結果は凶と出ます。主人公による彼氏惨殺、クリスマス・イヴの投身自殺が物語の結末となっています。 |
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この本文131ページが鍵となる部分で、神秘宿命論風な(=シェアド・デステニー)叙述トリックが発生していることになります。エヴが「あー頭痛い」と愚痴っていたのが実は「伏線」だった。一人称と三人称、語りがアンバランスだったのも実は「伏線」だった(エヴの物語はマリオンの目、心から見られた物語になります)。ただしこの叙述トリックは人の精神世界、心が通じ合っているという前提でしか機能しません。 |
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ユースカルチャー(ヒップホップ、ゴシック)の扱いを含めシンプルながら非常によく練りこまれた一作。09年末発表予定の第2作はエクスプリム・ノワールから出るそうです。もしかすると一発屋、もしかすると10年後の文学賞作家。どちらでも良いです。手持ちのリアルから面白い物語を紡ごうとする意志が確かに形になっていますので。 |
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【最終更新】 2009-06-14 |
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