PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル



肌の先へ/肌に於いて
ポピー・Z・ブライトと開かれたゴスの様態論

2009年05月
Tag: 論考、ポピー・Z・ブライト、ゴシックホラー、スプラッターパンク


『サロメ』〔1923年〕
監督:チャールズ・ブライアント
主演:ナジモヴァ


 ポピー・Z・ブライトの『ドローイング・ブラッド』(1993年)を読んでいて、肌の「テクスチャー」という表現が繰り返し現れているのに気が付きました。

 「触れるか触れないか、蜘蛛にも似た掌がザックの肌を通り過ぎていく。肌の温もり、肌理[きめ=テクスチャー]を記憶していこうとでもいうかのように」[註1]

 「掌の向こうで肩が動いた。筋肉が液のように移ろっていき、窪みで骨が回転している様子、肌の滑らかな質感[=テクスチャー]をトレヴァーは掌に感じとっていた。弧を描き、波立っている脊椎が腰に伝わってくる。誰かに触れているだけでどれほど解剖学に詳しくなるのか、今まで一度たりとも考えたことなどなかった」[註2]

 「二人はまたキスをし始める。最初はおずおずと。お互いの唇の形、感触[=テクスチャー]を理解し、奥にある歯の鋭さを味わっていく」[註3]

 「テクスチャー・オブ・スキン」は日本語に置き換えにくい発想を含み持っています。個人的には「肌の組成(感)」がしっくりくるのですが、小説の訳語として使うには物々しすぎる気がします。現実問題としては文脈に合わせ「肌理(きめ)」と「肌の質感」で訳し分けていくしかないかなと。

 『ドローイング・ブラッド』では上に抄訳した部分以外にも数ヶ所、舌や傷口、男性器の「テクスチャー」が語られています。気になったので旧作を引っ張りだして数えてみたところ、デビュー作の『ロスト・ソウルズ』で1度だけ、第3長編『絢爛たる死体』では6〜7回同様の表現が使われています。デビュー当時からあった発想が第2長編の『ドローイング・ブラッド』以降顕著に表面化してきた(あるいは常套句化された)、というのが実際のようです。


 この表現、この発想を好んでいるのはポピー・Z・ブライトだけでしょうか。同時代、あるいは同ジャンル作家に共通した傾向なのでしょうか。比較対照として別作家数人の解析をしてみたところ、アン・ライスの「ヴァンパイア・クロニクルズ」では一冊平均1〜2度の割合で肌や骨、毛髪の組成・質感が語られています。ローレル・K・ハミルトンの「ヴァンパイア・ハンター」連作ではもっと少なく、人体のテクスチャーに限定してしまうと2冊に1回出てくるか来ないか。チェルシー・クイン・ヤーブロの『サン・ジェルマン・クロニクル』では一度も見られませんでした。

 一方「テクスチャー」という単語そのものを好んで使う作家は別にいて、例えばチャイナ・ミーヴィルの『パーディド・ストリート・ステーション』、ウイリアム・ギブスンの『パターン・レコグニション』では一冊に対し6〜7度の使用という高い数値が出てきています。人体に限定した使用ではありませんが、(ある種の作家にとって)この語が小説のボキャブラリーとして定着している様子は伝わってきます。

 意外な所ではカイトリン・オコーナーによる近未来ポルノ連作「サイボーグ」。一冊平均で2度程度舌や肌の質感が語られています。今回の分析で『ドローイング・ブラッド』に最も近い発想を含んでいたのはこの連作でした。


 「わたし」と「あなた」を境界するこの肌。『ドローイング・ブラッド』という物語はこの問題をめぐって発生し、展開していきます。

 一方には無頼派の漫画家トレヴァーがいます。25年前、父親のボビーが妻と長男を撲殺、直後に自殺。次男のトレヴァーだけがこの殺戮を免れます。男は「なぜ自分だけが」の自問を繰り返し、25年ぶりに犯行現場となった自宅へと戻ってきます。

 物語後半、違法薬物を服用したトレヴァーは異界に降り立ち、自殺した父親の霊、あるいはその幻覚と再会します。父に殺害の理由を問いただすと簡潔に「愛」の解答が返ってきます。

 「[…] 解剖学の講義なんだ。人の体ってのは所詮肉と血と骨のパズルって奴なんだ。…分かってくれるな」
 トレヴァーは頷いた。自分でも何度かザックに噛み付いて肉を引き裂き、奥に何があるのか見てみたくなったことがあった。[註4]

 「妻子を愛していたからだよ。全ての秘密を知りたかったからだ。連中が見せてくれる秘密だけじゃなくてね」[註5]。この発言に促され、目を覚ました主人公は恋人の青年ザックに襲いかかっていきます。血まみれのハンマーを叩きつけ、羽交い絞めにした青年の首元に歯を突き立て、皮膚を噛み裂いていきます。ザックはこれに抵抗、嘆願、説得。ようやく我に返ったトレヴァーは殺害を諦めます。

 トレヴァーの悲劇(彼が反復しようとした父親の悲劇)が悲劇であるのは、覚醒した合理的な主体の「わたし」として留まりながら、肌の先にある客体/物自体の直接認識に到達しようとしているからです。主体構造の内側にいる時、対象はその主体構造の一部にすぎず一面を見せるだけ(「連中が見せてくれる秘密だけ」)に留まっています。逆に対象に没入している時(漫画制作、性行為、薬物によるトリップほか)には主体構造そのものが消え失せる。

 主体のリアルと客体のリアルは騙し絵、トリックアートにも似た構造を備えており、どちらかが現れる時にはもう一方が消え失せる(シェリング)。この構造そのものに牙を剥き、二重のリアルを「同時」に手に入れようとした時に「狂」が発生してきます。境界としての「肌」を破っていく。必要であれば剥き出しにした歯で肌を食い破り、ハンマーを振り下ろし、ナイフの切っ先を押し付けていく。肌を否定し、主体構造と客体構造、「わたし」と「あなた」を短絡させた時のドラマをトレヴァーは生きていきます。


 トレヴァーによる自分探しの物語に並行し、『ドローイング・ブラッド』はザック青年によるもう一つの「肌」の物語を紡いでいます。

 ザック青年のペニスが立ち上がり男の唇を優しく撫でまわしていく。男は両手でそれを包みこむ。青年の鼓動が掌の内で脈打つのを感じた。ペニスの肌はきめ細かで[=テクスチャード]、表面下に微かに皺が寄っている。亀頭部は繻子(サテン)や薔薇の花びら並につやつやとしていた。[註6]

 『ドローイング・ブラッド』に多く含まれているポルノグラフィックな描写の一例です。ガレ作のガラス細工一品物でも扱っているような筆致ではないでしょうか。ここでの「テクスチャード」は「きめ細か」と訳しましたが、文脈的には「薄い紋様の入った」と置き換えても良いところです。

 FBI捜査官に追われた19歳の天才ハッカー、ザック青年は逃避行を続け、途上で三人の男性(リーフ、トレヴァー、カルヴィン)と肉体関係を持ちます。細密な性描写によって冒頭に提示したような肌の組成感という問題が現れてくるのですが、ブライト作品におけるエロスの問題は人対人、あるいは男性対男性という狭い領域に限定されるものではなく、知覚をとりまく事物世界全体を含みこんだ中で発生してきます。例えば次の引用には蒸気、カフェインの香りによって目や鼻の粘膜といった自己の表面を確認、強調する行為が含まれています。

 「大丈夫。飲むつもりはないから」
 ザックはコーヒーメーカーまで歩み寄っていった。「保温」にしてあった金属の機械からポットを引き出した。鼻の下でゆっくりと前後させる。苦味のある蒸気が顔まで立ち上がってきた。疲れた目に潤いを与えていく。微細なカフェインの粒子が鼻腔を通り抜けていく[…]。[註7]

 「驟雨」をシャワー代わりとして顔一杯に雨水を浴びている場面(10章末)、嘔吐感に捉えられ道に四つん這いとなり、「掌」に伝わってくる大地の力に法悦感を覚えている場面(第15章)、抱きかかえた枕に「木綿と洗剤、亡霊のようにたなびいている自分自身の精液の匂い」を嗅ぎ取っている場面(第7章)。嗅覚、味覚、触覚を通じて発生してくる肌感覚を作家は異様な力で描きだしていきます。

 この段階ですでに性/エロスは発動しているのですが、それは雨や蒸気が精液や血の比喩となっているからではなく、性行為とその他の感覚・知覚行為が同一の視点、同じ繊細さによって解読されているからに他なりません。

 欲望と欲望、力と力が触れあった時に発生してくるインターフェイスを「肌」と呼んでみます。この時ザック青年という主体は肌の手前側に固定され安住している訳ではなく、まさにその肌の表面上で感覚を構成する契機(エレメント)の一部になっています。青年が触れている事物、人物もまた「向こう側」に隠れている訳ではなく、肌を構成していくもう一方の契機(エレメント)として生成しています。ここで発動している間主観的、間欲望的な構造はまさに「肌があう/あわない」の表現が含み持ったニュアンスと対応しているものです。

 今触れているこの柔らかい肌の先で、あなたは何を感じ何を考えているのだろう。ザック青年はこんな自問とは無縁です。トレヴァーの強迫観念が肌の「先」を指向するのに対し、ザック青年の強迫観念は肌の「手前」を注視しています。肌の向こうに認識-情動-倫理-信仰の核、「魂」があるという前提は最初から保留されている(=ロスト・ソウルズ)からです。

 「肌の先へ/肌の奥へ」と「肌の元で/肌に於いて」。二人の主人公に託された行動原理、知覚原理、認識と存在の原理は鋭く対立するものですが、同時に補完しあう関係にもなっています。第13章、ザック青年とお楽しみ中のトレヴァーがふとひらめいた思いつきに耳を傾けてみましょうか。

 突然ひらめいた。これも「力」という奴だった。誰かの顔に握りこぶしを叩きつけるのと同じ、ハンマーで頭蓋を叩き割るのと同じくらい確かな力だった。恐怖感と苦痛で人の気を狂わせるのではなく、快楽で人を狂わせていく力。誰かの体を細胞の隅々まで支配していく力だった。[註8]

 二つの認識構造、存在様態の並行関係はベクトルこそ違えど同一の希求から生み出されてきた「力」です。『ロスト・ソウルズ』のナッシング少年を描いていた段階、ヴァンパイア=私を描いていた時点でこの両者はまだ一体化していました。だからこそ友人レイン少年を抱きしめ、喉を食い破り、溢れてきた血液を飲み下していく場面があれほどのインパクトを備えていたのだと思います。『ロスト・ソウルズ』では一体だった二つの力が本作では分岐し、それぞれ異なった物語を辿っていく形となっています。

 肌に「於いて」何が現れているのでしょうか。刹那的快楽、そんなありふれた解答の横に、作家はもう一つ別な答え「あなた」を並置してみせます。あなたが「あなた」という個であるという現象が肌に於いて、肌として発生しています。個体化原理が表面上の紋様として理解された時、肌の組成感、「テクスチャー」という表現が初めて説得力のある意味を持ってきます。

 トレヴァーは親指の先でペニスの先端を撫で、押してみた。ザックが息を吸いこみ、もう一度喘ぎ声を立てるのが聞こえてきた。半透明な肌の下、血液が皮下細胞に染み渡っていき、先端で薄暗い薔薇色がデリケートな紫に変わり、精液の真珠が一粒の王冠として生まれてくる。誰かの心を握り締めているような生々しさと身近さの感覚。[註9]

 あなたが「あなた」、わたしが「わたし」という個になっていく原理は欲望が触れあう表面上に現れている。コード化された模様として、刹那的・流動的なテクスチャー/テクストとして現れている。だからこそ肌の変容、その組成感を飽くことなく解析してくいく。解読し、理解し、記憶していこうとする。肌に於いて発生してくる「心」を捉えようとするのです。

 「[…] 黒服、黒目に死人並の真っ白な肌。何があったの」
 「喪に服している真っ最中」、女は答えた。「一つの恋愛関係が死んでしまったのを悼んでいるところ」[註10]

 個体化の原理が外化され、表面としてスタイリッシュに紋様化されていく。この発想そのものは作家が現代ゴス・カルチャー(あるいはその起源の一つであるポスト・パンク期のサブカルチャー)から借り受け、引き受けたものです。現実にゴス・カルチャーと呼ばれている傾向の大半がこの紋様の条理空間化(ドゥルーズ)に向かうのに対し、ポピー・Z・ブライトはよりラディカルに開かれていき、聴覚や嗅覚、味覚として触れるもの全て(音楽で言うならディキシーランド・ジャズ、デルタ・ブルース、トム・ウェイツまで)をゴシックの認識構造で読みこんでいきます。

 『ロスト・ソウルズ』〜『ドローイング・ブラッド』〜『絢爛たる死体』〜『ラザロの心臓』、この作家が90年代に発表した小説はゴス・カルチャーの聖典に成り損ねたという意味で重要です。閉じたゴスの美学(黒装束の美少年、美青年、美中年に満ち溢れた初期ブライト作品で否定はされていませんが)から開かれたゴスの様態認識論へ。「あなた」の在り処を求め唇から唇へ、性器から性器へ、肌から肌へ移動していく旅は結果として「地図」となり、ガタリが言った意味でのカルトグラフィーを起動させていくのです。


【訳文原典】

〔1〕: His spidery hands flew over Zach's skin as if trying to memorize its warmth and texture.
Drawing Blood. Chapter Five.

〔2〕: The shoulder moved beneath his hand, and Trevor felt muscles shifting liquidly, bones rotating in their sockets, the smooth texture of skin under his palm. He felt the spine arch and ripple against his chest. He realized he had never thought about how much anatomy you could learn by touching someone.
Drawing Blood. Chapter Thirteen.

〔3〕: Then they were kissing again, carefully at first, learning the shape and texture of each other's lips, testing the sharpness of the teeth behind them.
Drawing Blood. Chapter Thirteen.

〔4〕: "[...] They were like anatomy lessons. The body is a puzzle of flesh and blood and bone... you understand?" Trevor nodded. He thought of the times he had wanted to keep biting Zach, to keep pulling and tearing at Zach's flesh just to see what was under there.
Drawing Blood. Chapter Twenty One.

〔5〕: It's because you love them, because you want all their secrets, not just the ones they decide to show you.
Drawing Blood. Chapter Twenty One.

〔6〕: Trevor cupped his hands around it, felt Zach's heartbeat throbbing between his palms. The skin of the shaft was textured, slightly rippled beneath the surface. The head was as smooth as satin, as rose petals.
Drawing Blood. Chapter Thirteen.

〔7〕: "That's okay. I don't actually want to drink any." Zach crossed to the coffee maker, pulled the pot out of the metal apparatus that kept it at sub-boiling point, and passed it slowly back and forth beneath his nose. Hot bitter steam wafted into his face, moistened his tired eyes. He felt microscopic particles of caffeine traveling up his nostrils [...].
Drawing Blood. Chapter 5

〔8〕: All at once it hit him: this was power too, just as surely as smashing your fist into someone's face, just as surely as putting a hammer through someone's skull. The power to make another person crazy with pleasure instead of fear and pain, to have every cell in another person's body at your thrall.
Drawing Blood. Chapter Thirteen.

〔9〕: Trevor rubbed his thumb across it, squeezed gently, heard Zach suck air in through his teeth and moan as he let it out. He could see blood suffusing the tissue just beneath the translucent skin, a deep dusky rose delicately purpled at the edges, crowned with a single dewy pearl of come. It was as intimate, as raw as holding someone's heart in his hands.
Drawing Blood. Chapter Thirteen.

〔10〕: "[...] black clothes, black eyes, dead white skin. What are you doing?" "I'm in mourning," she said. "I'm mourning the death of a relationship."
Lost Souls. Chapter 12.


【書誌 (ポピー・Z・ブライト)】
 ※ 基本的には仏語訳で読んでいますので書誌としては
   仏版のデータを記載しておきます。訳出には英語版原典を用いています。

『ロスト・ソウルズ』(1992) ポピー・Z・ブライト著
    Lost Souls / Poppy Z. Brite
    【仏訳】 Âmes perdues (Editions Gallimard, Folio SF 261, 2006).

『ドローイング・ブラッド』(1993) ポピー・Z・ブライト著
    Drawing Blood / Poppy Z. Brite
    【仏訳】 Sang d'encre (J'ai Lu, Ténèbres 5089, 1999).

『絢爛たる死体』(1996) ポピー・Z・ブライト著
    Exquisite Corpse / Poppy Z. Brite
    【仏訳】 Le Corps exquis
         (J'ai Lu, Nouvelle génération 5295, 2005).

『ラザロの心臓』(1998) ポピー・Z・ブライト著
    The Lazarus Heart / Poppy Z. Brite
    【仏訳】 Le Coeur de Lazare (Editions Fleuve Noir, 2000).


【書誌 (その他文芸作品)】

「ヴァンパイア・クロニクルズ」連作 アン・ライス著
    The Vampire Chronicles / Anne Rice
    [Interview With The Vampire (1976) - The Vampire Lestat (1985)
    - The Queen of the Damned (1988) - The Tale of the Body Thief
    (1992) - Memnoch the Devil (1995) - The Vampire Armand(1998)
    - Merrick (2000) - Blood and Gold (2001) -
    Blackwood Farm (2002) - Blood Canticle (2003) ]     

「ヴァンパイア・ハンター」連作 ローレル・K・ハミルトン著
    Anita Blake: Vampire Hunter / Laurell K Hamilton
    [ Guilty Pleasures (1993) - The Laughing Corpse (1994) -
     Circus of the Damned (1995) - The Lunatic Cafe (1996) -
     Bloody Bones (1996) - The Killing Dance (1997) -
     Burnt Offerings (1998) - Blue Moon (1998) -
     Obsidian Butterfly (2000) - Narcissus in Chains (2001) ]

『サン・ジェルマン・クロニクル』 チェルシー・クイン・ヤーブロ著
    The Saint-Germain Chronicles (1983) / Chelsea Quinn Yarbro

『パーディド・ストリート・ステーション』 チャイナ・ミーヴィル著
    Perdido Street Station (2000) / China Mieville

『パターン・レコグニション』 ウイリアム・ギブスン著
    Pattern Recognition (2003) / William Gibson

「サイボーグ」連作 カイトリン・オコーナー著
    Cyborg / Kaitlyn O'Connor
    [Cyborg (2005) - Abiogenesis (2005) ]




] Noirs [ - フランスのもう一つの文学 by Luj, 2008 - 2010