「蒼い師と緑の弟子 第6話―もしくはまぶらほ第2話―(まぶらほ+風の聖痕)」キキ (2004.11.22 14:24)
 (これが……僕の)

 精霊の声を聞きながら、自身の目前に作った自分より大きな火球を見て、式森和樹はむず痒いような気持になった。僅かだが緑に染まる黄金の炎――それが、和樹の最初の精霊魔術だった。

 少し見とれていたが、すぐに自分の後ろにいる師に見せたくなったので、振り返ったが―――すぐに目を逸らした……何か、ヤバイ笑みを浮かべて、体を震わせる師から

 「そうかよ……お前、炎術師なんだな、くっくっくっ。まさか俺が炎術師を育てることになるとはな、これだから面白いよなあ、人生って奴は、くくくく―――」

 『和樹気にするな、ちょっとした発作みたいなもの』

言葉を途中まで言った朧を踏みにじりながら、いろんな意味の危機を感じざるを得ない師の笑顔と言葉に―――自分が炎術師では駄目なのかと思い

 「先生……僕……炎使っちゃ駄目なんですか……」

 最後の方は涙声にさえなっていた自分を見ると、師はすぐに恐い笑顔を引っ込めるといつもの緩んだ笑みで

 「いや……そんなことはない。悪かったな、ちょっとした拘りが残っていただけだ……何やってんだ朧、地面に潜りたいのか?」

 自分の足の下に居る朧に声を掛けたら

『お前のせいだ、お前の……いえ何でもないです。だから、それ引っ込めて、お願い』



炎を消して、野営地の椅子に座ると師が

「まあ、炎術師なら朧がいるから、かなり楽になるな」

朧は炎の精霊王に創られた上に、千年以上炎術師の家に居たので師の言葉に納得できた。が、その朧は

『いや、私の助言はかえって害になるだろう』

「は?……」

『私は、炎の精霊王に作られたとはいえ、ほぼ真っ白の状態でここに来た。加えて神凪で特に有用なことはなかったからな、属性は違うが和麻の「技」を和樹が自分なりにアレンジした方がよほど良い……それに』

「それに、何です」

師の技を教えてもらうほうがいい自分は、急いで聞いた。

『それに和樹は……厳密な炎術師というわけではない。基本は炎術師のようだが』

「はぁ!……確かにそうだな」

朧の言葉を聞いて目を蒼くした師が、自分の頭に手を載せ―暖かくて気持ちよかった―目を見開き

「和樹」

「あ……はい」

離れていく手を名残惜しく思いながら答えると

「もう1度、さっきのやつをやってみろ、今度は冷たいものを浮かべながら」

そう言われて疑問に思ったが、すぐに師の言葉に従い、氷を頭の中に浮かべながら精霊に呼びかけると―――









 (そろそろ買い物に、行くか)

出していたお茶を片付け終わり、買い物に行こうとする和樹は

 「ますたー」

目を覚ましたばっかりの、エリスの声が聞こえたので振り返った

 「どうしたの?エリス」

少女の声を出しているが、猫の姿のままのエリスに声を掛けた。そうすると、小首を傾げながらエリスは

 「あの女の子はどこ?」

 と、女の子を気に入ったのかそわそわして聞いてきた。

 「帰ったよ」

 「え、なんで?ますたーに用があったんじゃないの」

 不思議そうに聞く少女に

 「追い返した」

 「どうして!あの人、いい人だったよ……ちょっと普通とは違うものが混じってたけど」

 

 そういうエリスに先程さらに二人来て色々あったことを話しながら、和樹は

 (エリスが言っているし、こちらの話を聞く「耳」と、話を聞いて自分たちの悪いところを理解して反省する「頭」を三人ともしっかり持っているから、正直ましな人間なんだ……)

 幻想種の王である龍とドラゴンの合いの子であるエリスには、人間の人格みたいなものが分かるのだ。

 (まあ、話聞いても反省の色も見せず、がたがた抜かしたら、一族ごと血祭りだったけど……)

 三人とも、礼儀知らずで、考えなしだが……少なくとも腐ってない。が

 (「責任感」が無かったからなんだよな、気に入らないのは)

 結婚した場合に対する「責任感」、子供に対する「責任感」、いざとなれば家と争うことに対する「責任感」が全く無かった―――少女たち自身に対する「責任感」さえも

 (それがあれば、少しは話し聞いたんだけど……ほとんど感じなかった上に、ここに来て暴れただけだからな、あいつら)

 名前はすっかり忘れた少女たちのことを思い出しながらエリスに話した

 

そして、和樹の話が終わるとエリスが

 「そうだったの……うん、ますたーの言っていることは間違ってないと思う。」

 でも、そこまでやる必要なかったんじゃ、といいたそうな顔をするエリスのさらさらした頭を撫でながら

 「もう終わったことだよ……それよりこれから、夕飯の材料買いに行くけど何がいい?」

 聞く和樹の手に、咽をゴロゴロといわせながらじゃれながら

 「お魚!」

 と一言エリスは言った



 近所の商店街の道を、長袖のシャツにジーンズという私服で歩きながら、和樹はふと食料のことで昔を思い出した。

 (たとえ、砂漠だろうが、高山だろうが、荒野だろうが、樹海だろうが、魔界だろうが―――どんな所でも俺は、しっかりとした食事が取れた)

 修行の一環や、師のお仕置きで食事抜きのときはあったが、それ以外はいつも食べることに困ったことは無かった。

 それがどれほど難しいことだったか、分かったのは十歳ごろだった

 (十三歳の子供が、七歳の他より手がかかる子供1人連れていたんだ。誰にも頼らずに、いや頼れずに、自分を育ててくれた……)

 十三なのだ……今の自分より三歳しか年少じゃないのに、師はそれをやってのけた。三分の一の重量はかかるが、容れられる物の量に制限がなく、完璧に保存できる特殊な空間に繋がる袋など何の助けにもならなかっただろう―――それで、物が手に入るわけではないのだから

 (出来る限り名前と場所を知られないようにしていたから、退魔での収入はほとんどなかった)

 間違いなくそうだった、アルマゲストを滅ぼした後になるまで師の力はほとんど知られていなかった。知っている者も、場所も定かではない人間をわざわざ探してまで頼もうとはしなかった。

 (でも……そんな時でも……俺は、飢えや寒さや病気で悩まなかった)

 本当に師には頭が下がる、その間自分に対する基礎訓練を完璧に行い、幾度もの死線を越え身も心もボロボロだったのに

 (いつも、俺の前では、余裕の笑みを浮かべていた)

 十の時ようやくそれに気づいた自分は師の顔を見れなかった、でも師はそんな自分をからかっていつも通りのペースまで自分を持っていってさえくれた。そして今回も……この世界に戻りたいという自分の唯一の味方だった……

 (先生には世話になりっぱなしだな、少しでも恩を返したいけど……あ、着いた)

 ――魚屋に着いた



 式森和樹は、今もそしておそらくこれからも気付かないだろう。彼の師である八神和麻が、和樹という「守るべきもの兼足手まとい兼家族」が居たおかげでどれほど救われ続けているのかを



 「よう、和樹じゃねえか。今日はなんにする」

 魚屋「魚住」は、一年前ここに来ていい店探しているときにその品揃いの良さと、店の表と裏両方において客に対する態度が良い等の、多少近くのスーパーより高いというマイナスを遥かに上回るプラスのため、魚を買うとき何時もきているので、すでに名前さえ覚えられているし、エリスのことさえ知られている。

 「こんにちは。今日は煮付けにしようと思っているんだけど何がいいかな」

 「魚住」主人(妻1人息子1人)に聞くと、主人はかれいを指さし

 「今日はこいつだな、あの小っこい嬢ちゃんと猫の分を合わせて二匹持ってくか?」

 その魚を見て鮮度の良さに感心する。値段こそ少々高いが、酷いスーパーやデパートでは、日付のラベルを張り替えるだけではなく、着色料や薬品を使って消費者を誤魔化したり、薄切り肉を買ったら、肉一枚一枚の間に脂身が挟まっているため肉の半分以上が脂身というサギのようなことがある事を考えれば、安いぐらいだ。

 「ん。じゃ、そ……」

 それをください、といいかけた途中で「索敵君タイプT」により、約八百メートル先で黒いワゴン車が自動車禁止区の商店街に猛スピードで突入し、それに身長四メートル近い腰に毛皮を巻いただけの巨人が掴みかかろうとする映像が頭の中に浮かんだ。



 基本的に炎術師である和樹の索敵範囲は、通常で半径六百メートル前後という炎術師としては最高位の索敵能力を有しているが――足りるわけが無い。

 「仙法」で「強化」しても半径一キロ強が、使用時間やその他の「仙法」で強化する場所のことを考えれば限界だったので、和樹は根本から索敵方法を変えた。

まず、自分を中心とした半径五百メートルの円の形の索敵範囲を作り、その円の縁に「半径五百メートルの索敵のみ可能なアンテナ」を、死角が出来ないように複数置いてアンテナから瞬時に自分のところに情報が伝達できるようにしたのである。それを幾つも作ることで通常半径二キロ、「仙法」使用時は半径四キロにわたって索敵が可能になった。

これは、和樹単体での索敵範囲を狭く設定し、その狭くした分できる余裕の力で、多くのアンテナを作りだし逆に索敵範囲を広くするという、質より量そのものである。これは炎術師という、索敵が苦手だがその分他に転用できるエネルギーに有り余るという特徴を熟知し、よく考えた和樹オリジナルの技であり「索敵君タイプT」と名付けたものである。これは戦闘時ではなくとも今のような危険性の高い状況が付近で起こると、自動で頭の中に音なしの映像が浮かぶようになっている。

魔術に関して「出来て当然」という態度で褒めたことがほとんどない和麻がこれを見て絶賛し、喜んだのはある意味当然だろう。和樹が、自らの技を自分で考えるようになった何よりの証拠だったのだから







巨人が車に追いつく前、商店街の入り口付近の大通りを三人の美少女が歩いていた。

本来は道行く人々の目の保養や、ナンパの対象になるだろうが、今の少女たちに声を掛けたり、目を向けようとするものがいてもすぐに目を逸らしただろう。

三人が良く言って墓場から抜け出したゾンビのようなどんよりした空気を身に纏っていたからだ。見ているだけで他人のテンションを下げ鬱にさせる、これが今、宮間夕菜、神城凛、風椿玖里子に対する正当な評価だろう。



和樹の部屋を出てから、何時しか先に出ていた夕菜に追いついていた、玖里子と凛だったが、それ以降言葉も発しようとせず、まるで雪山にいるように身を寄せ合いトボトボと当てもなく歩いていた。

和樹の淡々とした言葉と温和な表情と冷たい目という組み合わせは、和樹の狙い通りに少女たちの精神にダメージを与えた。が、それ以上に和樹の言葉の内容そのものが少女たちを打ちのめしていた。



玖里子は、先ほどからエンドレスで和樹の「自分の意思のない「家」の人形」という言葉が頭の中をめぐっていた。

(そう、かもね)

正直そう思う、和樹が言った通り自分は「家」の人形かもしれないと思う。今回も、いや今までも自分は「家」の意思に反抗したこと等なかった。考えたことはあるが、いつも考えるだけで流され続けた。今回も「家」に報告するとき、いつものように反抗の言葉を考えるだけで口には出さず、また和樹のところに行こうとするだろう。

(最低……ね)

自嘲しながらそう思う、自分は葵学園に入り変わったと思っていたが、結局変わっていないのだ。あの少年に徹底的に気付かされた……



風椿玖里子は未だ気付いてない、彼女の中で式森和樹の位置が遺伝子提供者ではなくなってきていることに



「家」に対する感情という点は、凛も相当なものだった。彼女は和樹の言った「口で何言おうが、しょせん「家」に逆らえない小娘」という言葉を吟味していた

(その通りだ……)

 自分は高校のとき葵学園に無断で上京し入学したことで、本家との縁を切ったつもりだったが……所詮つもりだった。現に自分は本家からの今回の命令に対して、反対意見を直接言いにいくどころか電話さえもせず、命令された時にろくな反論さえもしなかった。

 (挙句の果てに……)

 本家と関係のない和樹に対して、本家に対する怒りの八つ当たりさえしようとした。そして、「軟弱物」と外見と情報の一部から断じていた少年に、完膚なきまでに自分の弱さを抉り出され、目前に出されたのだ……



 神城凛も気付いていない、式森和樹という少年に対し自分が興味を抱いたことに

 

 三人の中で最も打ちのめされていたのは、夕菜だろう。和樹の「あんたらの子供のことを考えたことはないのか」という言葉は、少女を打ちのめした。

 (私は……馬鹿だ)

 自分は優しかった男の子に会えると、ただ浮かれているだけで、それ以外何も考えてなかった。そのことで自分が嫌になった……でも、それ以上に

 (和樹さんは……優しいままだった)

 それが一番、嬉しくて苦しかった。あの時泣いている自分に「世界一の魔術師」だと言い、魔法を使って雪を見せてくれたときの優しさがあった。

 (だから……怒っていたんだ)

 そう、怒っていた。その優しさから、産まれてくる子供のことを考え心配し、心配どころか考えてもいなかった自分たちを怒ってくれた。それが分かったから、自分は和樹と顔を見せられなくなって逃げた……



 宮間夕菜は分かっていた――式森和樹があの少年だと言うことを。例え玖里子から和樹の言葉を聞かされたとしても、彼女には分かっていた……妄想でもなく思い込みでもなく――肌で分かっていた……



 和樹の話を聞き反省している三人だった――これからどうするべきか分からず途方にくれているが、その姿勢は充分買えるものだった……三人に対してしっかりとした助言をだせる者が、近くにいればいいのだが……



トボトボと並んで歩く三人が商店街の入り口に差し掛かった時、突然黒いワゴン車が目前を駆け抜けた。

 「「「へ?」」」

 考え事をしている時に起きた突然のことに呆気にとられる三人だが、周りで通行人たちが「危ない」や「何なんだ」や「大丈夫か」や「ここ自動車禁止区だぞ」等の声を上げ始めたためようやく我に返り、何か反応しようとしたが……

 目の前を突然走り抜けた、二メートルはある鋼を削ったような大刀を持った巨人に、またも呆気にとられた。

 どこからか「鬼……」という呟きが聞こえると「いや……山の貴人だ」という否定の言葉がすぐに返り、その言葉が全員に浸透すると同時に、その場にいた者たちは全員硬直した。

 

 山の貴人とは、邪馬台国を記した魏志倭人伝にも記されている、最も古くから知られる亜人である。

 彼らは、平均三メートルにも及ぶ身長と鬼を思わせる顔つきから、恐れられていたため、平安時代に朝廷が、彼らの住処を襲ったが―――刀や槍で切りかかってもあっさりと止められるか薙ぎ払われ、参加した陰陽師の力は、その体に宿る高い抗魔力のため弾かれたので参加したものは全滅した。

 貴族たちは何の理由もなく、外見だけで鬼の一種だとろくに調べもせず、周囲の武士たちから反対意見も出ていたのに押し切って攻撃した結果に慌てふためき、山の貴人の反撃に対する恐怖から自分たちだけでも助かろうと都を捨てようとさえしたが――何時まで経っても山の貴人の攻撃はなかった。

 そのことに疑問を持った武士の源頼光は、坂田金時らを連れ紀伊山地にある山の貴人の住処を訪ね、彼らと戦いになったが――色々あって、彼らが勇猛で強者を好むが、好戦的ではなくむしろ外見とは違い温和極まりない性質であまり戦いを望んでいないことがよく分かった。

 そして、源頼光は彼らと独断で停戦条約を結びその結果と山の貴人の代表を朝廷ではなく、先代の天皇である上皇に会わせ、紀伊山地と甲信地方の山々の一部を領地とし、山の貴き人々という意味で「山の貴人」と呼び、相互の友好と領地を認めた。

 全くの余談だが、これで朝廷が当てにならないという考えが広まり上皇と武士の関係を基礎とした「院政」の始まる要因の1つになる。

 

 だが、彼ら山の貴人が今までその住処を人間から追われなかったのは、過去の約束ではなく彼らの戦闘能力の高さに他ならない。

 彼らは、並みの魔術師では傷1つ付けられないばかりか、自身強力な魔術師であり。その高い魔力で巨体を覆っているので、鋼よりも体が硬く、並みの武器では歯が立たない。そして、その三メートルもの巨体から来る力は、工事会社のパワーショベルなどの建設器具など持ち上げたり破壊してしまう、故に彼らの土地は未だに人による環境破壊が及んでいない。



 さらに、彼らは彼らの領地を破壊したり、同胞を傷つけない限り基本的に温和で、優しい人畜無害な性格をしており、年間何人もの彼らの領地に入った遭難者が助けられたり、近くに住む子供のいい遊び相手でもあるので親たちからも信頼されているし、テレビ等の取材や一般人の探検等の様々な来訪も快く受け入れるため。戦闘能力だけならば対処不能の危険度SSだが、「危険」という考えすら持つ必要が無い―1部彼らの土地を狙って反撃を受けた者を除いて―ので、政府も危険度等設定してない。

以上の様々な理由で「優しくて強い大きな巨人さん」が一般意見なのである。



 その「優しくて強い大きな巨人さん」が顔面を怒りで真っ赤にして追いついた黒いワゴン車を片手で近くの壁に放り投げ車に近づくのを、その場にいた人間たちは黙ってみているしかなかった。が

 「危ない!」

 突如として夕菜が叫んで飛び出したので、凛も玖里子も一瞬呆然としたがすぐに夕菜の視線の先を見て、すぐに2人とも飛び出した―――先程投げられたワゴン車がぶつかったため崩れた、コンクリート製の壁の1部だった大きな塊に足を挟まれ、巨人と車の間に居る小さな男の子に



 式森和樹は、最初それを“見て”も放って置くつもりだった

 (山の貴人が何の用か知らんが、別に俺の知り合いが近くにいるわけでもないし)

 が、その考えは、山の貴人が放り投げ横倒しになったワゴン車が、崩した壁の近くに1人の男の子の姿を見たときに――消えた

 「健太!?」

 今目の前にいて件の方向に目を向けている気のいい魚屋の主人が遅くになってようやく得ることができ、猫状態のエリスととても仲のいい子供が、その足をコンクリートの塊の下敷きにし、さらに山の貴人の進行方向に居ることまで確認したときには――走っていた



 このとき、式森和樹の走行を運動系の人間が見ていたら早急にスカウト合戦が始まっていただろう――百メートル七秒弱で走っていたのだから……

 (くっ、間に合わないか)

 だが、そこまでの距離はほぼ直線とはいえ約八百メートル……和樹の足でも1分近くかかってしまう。八百メートルを、全くスピードを落とさずにダッシュする和樹の能力も間に合わなければ意味がない

 (魔術を使うか……?)

 山の貴人ですら和樹の炎なら瞬時に燃やし尽くすことができるだろう……だが、その代わりに

 (ばれたら、良くて追われる身だな)



 式森和樹の魔術はこちらの世界の魔法とは全く異なる。簡単に言えば和樹の魔術は、難易度が高く魔力は少しずつしか回復しないが回数制限はない。それに対して魔法は、難易度が低く回数制限こそあるが魔力はすぐに全回復するという違いがある。

ただ、両者の共通点として体力と精神力を使うというものがある。

 どちらも一長一短がありどちらが優れているとはいえない。が、全く違うものを使っているということがばれれば、協力の強制や、拉致、軟禁などが、様々な国家を含む組織によって行われるだろう。

さらに悪いことに、ここは「エリート魔術師を育てる」葵学園の間近の商店街である。魔法に関して詳しいものが多いので、まず“ばれる”と考えたほうがいい。

悪いことは重なるもので、和樹は唯一の「魔法回数が増えた」存在なのである。

どれだけ冷静な人間でも世界最大の謎の1つ「魔法回数は増やせないのか」という命題に答えを出した存在を放っておかないだろう。

しかもその場合魔法回数一桁や二桁の一般人も自分をどう見るか――和樹はとても簡単に想像できた。そして、それこそが和樹の最も恐れていることなのだ。魔術師千人よりも、近代装備で身を固めた訓練された兵士千人のほうが恐い、ということを和樹は“経験上知っていた”



過去、師と共に当ての無い旅をしていた時、理由は不明だが、某星条旗の国家の歩兵師団にいきなり襲われたことがあった。

数百のミサイル群を迎撃しても、万を軽く超える弾丸の嵐を弾いても、ピンポイントで襲ってくる遠距離からの狙撃を防いでも、こちらの動きを読んでいるとしか思えない場所に落下する砲弾をかわしても、指揮官を斃してもすぐに体勢を立て直して攻撃してくる“軍隊”というものに、和樹の戦いに対する考え方は多大な影響を受けた。

「どれほど強くとも数には勝てない」ということが良く分かった。



和樹が生き延びられたのは、精も根も尽きかけようとしていた時、師から来た指示に従って雨季のおかげで山に貯まった水を温めて山の中腹まで持ってきたら、師がそこに風穴を開け鉄砲水を起こしその水で相手が混乱を起こした時に、脇目も振らず逃げたからだ。

――――その時期外れの鉄砲水を原因とする洪水で、世界遺産の建物が多大な損害を受けたことは……和樹と和麻には、おそらく関係ない



今まで、魔法回数が足りないため大した地位につけなかった者(例え、そう思っているのが本人だけでも)や一般人からして見れば福音に見えるだろうが……確実に回数が増えるわけでもなく、第一そこまで回数が増えるとは限らない

(が……そんなこと、お構いなしだろうな……)

希望が見えたら、それにしがみつくのが人間というものだ。そして、その希望が叶えられなかったらどうなるか。僅かでも増えたことに満足してくれる者もいるだろう。が、一部の人間は思い通りにいかなかった事を和樹のせいにしたり、その手段を独占しようとするだろう、さらにそういう奴ほど権力や金銭等を持っていることが多い。

そういう人間が軍や警察などの公の機関を使って攻撃してきた場合、いつの間にか自分は「魔法回数を増やす手段を独占している極悪人」と報道等の手段によってされてしまい、その後は世界の大半を相手にして戦う破目になり――間違いなく負けるだろう

(冗談じゃない……が、このままじゃ)

そんなくだらない奴らの相手で、人生を無駄にしたくは無いが……まだ後半分くらいの距離がある……使うか迷う和樹の耳に

「危ない!」

と、いうちょっと前に聞いた声が聞こえた。



「大丈夫ですか!」

そう言いながら魔法でガレキをどけた夕菜は、呻いている男の子の折れた骨が肉を破っている傷を見て一瞬怯んだが、すぐに治療を開始した。

「夕菜ちゃん!」

「夕菜さん!」

すぐに追いついた二人は、夕菜が治療を始めているのを見ると指呼の間に迫った巨人に、玖里子は人の形をした紙の剣を持った紙人形二体を向け、凛は剣鎧護法を刀に取り付け向き合った。



(馬鹿かっ!!)

走りながら和樹は胸中で苛立ちの声を上げた。無謀にも健太を助けるために巨人の前に出て治療を始めた少女に、どうあがいても勝てるはずのない相手と戦うつもりの少女二人に、その反応が普通だと分かっているが、周りで三人の少女を見ているばかりで何もしようとしない者達に……何よりも躊躇して魔術どころか魔法さえ使わなかった自分を



ウオォォォォ!!

 巨人が地の底から轟く様な雄叫びを上げる。

 伝説において、数千の兵を怯ませたという山の貴人の雄叫びは、それ自体が物理的な圧迫感があった。

 見上げるような筋骨隆々とした巨人の雄叫びを聞いて、神城凛はともかく風椿玖里子が顔面蒼白にしながらも腰を抜かさなかったのは賞賛に値するだろう。

――が、巨人がその大剣を残像さえ目で捉えられない速度で振り、紙人形二体が瞬時に細切れになったのを見た時には、玖里子だけでなく凛でさえも本能が理解した圧倒的な戦力差に足が竦んで動けなくなった。

魔法がほとんど効かない山の貴人を相手にしようと思えば、それこそ戦車を含んだ自衛隊の部隊が出動しなければならず、例え魔術師の卵でも日本刀を持った少女1人と学生1人ではどうしようもない。



巨人が一歩進んだ。

その巨体から来る威圧感から、反射的に後ずさり始めた凛と玖里子だったが、男の子を治療している夕菜の所まで下がると足を止め、震えながらも凛は刀を構え、玖里子は霊符を構えた。

その時巨人と三人の間に黒い影が現れ、巨人を後ろに――吹き飛ばした

「「「「「「「なっ……」」」」」」」

その場にいた全員が、驚愕の声を上げ巨人を見、次いでその黒い影を見た――両手を前に突き出し、減速せずに走って到着した分のエネルギーを加えながら全身をバネにした発勁を巨人に放った式森和樹を



「開演には間に合わなかったけど、クライマックスには間に合ったって感じかな」

いつも通りの柔和な表情に緩んだ眼差しからくる、緊張感の感じさせない雰囲気のまま双振りの短めの直剣を構えながら、式森和樹は穏やかな口調で言った。



そして、三人のほうを振り向くと

「健太連れて、下がってくれ」

というと、三人は先ほどのことを思い出し体を震わせた。が、巨人が起き上がろうとしているのを見て夕菜が

「健太って?」

と、戸惑いを含んだあせった口調で言った科白を聞いて

(顔見知りじゃないのに、助けようとしたのか)

やっぱりそうだったのかと驚きながらも和樹は、治療の終わった男の子を指して

「その子だよ。もう起き上がるだろうし」

次いで巨人のほうに向き直った。

それを見て

「「「無理(です)(だ)(よ)!!」」」

と言って止めようとした三人の前で――和樹は巨人の剣を受け流した。



(嘘……)

玖里子は、惚けたようにその単語だけを頭に浮かべていた。

身長四メートル体重半トン近くある巨人の攻撃を、魔法も使わない中肉中背の少年が受け流す光景は、夢といっていいほどにありえない光景だった。

巨人の太刀筋は視認できないほどの速さと、素人の自分さえ分かる巧さがあった。そのリーチや重さが全く違う巨人の巧緻で強靭な猛攻を、和樹は双剣を前後に離して交差するように構え、足を動かす体重移動だけで巨人の圧倒的なパワーをその場から離れることなく大地に受け流していた。その流れるような剣舞に見とれていたが……

(離れずにって……)

はっと気付いて、周りを見た、自分と同じように見とれている凛と夕菜といつの間にか目を覚ました健太という男の子を

(私たちがいちゃ駄目じゃない!)

すぐに三人を揺り動かしこちらを見させると――すぐにその場から離れると、その少年の両親が少年の名を叫びながら遠くから駆け寄ってきた。

和樹が健太と叫んで走り去ってから、健太がそちらで遊んでいることを思い出し追いかけるように走ったのだ、店をそのままにして。

安全なところまで離れたことを確認し声を掛けるよりも先に、まるで後ろに目がついているかのように和樹は戦い方を変えた。



(すごい……)

野次馬の所まで離れ、丁度真横からその戦いを見ることになった凛はただそれに目を奪われた。

和樹が戦い方を変えてからすでに、剣戟の響きは百を超えた。

その間ますます巨人の剣技は、冴え続けている。通常巨体になれば、動作は遅くなる。だが、その巨人にはそんな法則等何の縛りにもなっていなかった。その速さは自分の義兄のそれに及ぶかも知れないほどの速度。

しかも、和樹の頭に対する振り下ろしの斬撃かと思えば、それは途中で軌道を変え和樹の腹を薙ぎ払う斬撃となり、大刀で突きを放ったかに見れば、和樹の退避場所を予測したようにその豪腕による正拳突きを大刀とほぼ同時に放つ等の信じがたいほどの技を見せ付けた。

(例え巨人が私と変わらぬ背丈でも、私はあの巨人には及ばない……だが……)

だが、それら全てをかわしたり、防いだり、流したりしながら、自分では遠くからでも見出せない巨人の隙を突き体が霞むような速度で巨人の懐に潜り込みながら斬りつけすぐに離脱という行動を繰り返すことができる鋭い緑の眼差しをした少年を、なんといえばいいのだろうか。

かの、源頼光や坂田金時らの伝説の豪傑たちもこうであったに違いない。

生物上では決して敵わない相手に対し、自らを極限まで鍛え上げて戦ったのだろう……目前の少年のように……

神城凛は、ただ感動して見とれた。少年の人の極致といっていい強さと、想像もできないそこまでに至る道のりに……



そしてその思いは、周りに居る全員が感じたことだった。学生も主婦も警官もサラリーマンも老人も子供も、驚嘆や戦慄や恐怖や興奮等の感情も感じずにただ感動した――“強い”というただそれだけのことに……



だが、その場に居る誰よりも驚嘆し戦慄していたのは当の巨人だった。

(信じられん……なんなのだ?この小さい者は)

大刀を和樹と打ち合わせながら、巨人は何度目かになるか自分でも分からない疑問に囚われた。

(今度は……まるで羽毛のようだ……)

先程、和樹が刃と刃が前後に離れて交差するような構えから、双剣を地面に向けるような自然体の構えにしてから、巨人は和樹と打ち合わせるごとに羽毛のような軽さと鋼の塊に打ち付けたような重さを、和樹と打ち合うたびに味わっていた。

しかもその順番や場所は全くのランダムで、次が重いのか軽いのかの推測さえできなかった。

上半身だけではどういう原理なのかも分からず、和樹の足運びで見極めようとしたが、その歩方もまた異常だった、大きく足を開いたはずなのに十数センチの距離しか動かないと思えば、小走りの一歩で一メートル近く動く等、物理常識をあっさり無視していたのだ。

それらは、巨人を混乱させると同時に戦慄させた。「同等の戦闘能力を持つものが接近戦を行う場合相手が理解できない技」が多いほうが勝つということを、巨人は理解していたのだ。

(しかも、この小さい者は――間違いなく私より強い……龍とドラゴンの王の加護を受けることが、できただけのことはある)

和樹が携えている双剣が秘めた桁違いの“力”を感じて、巨人は理解した。

全ての平行世界が繋がっているという「幻想種が住む世界の王」であり“最も神に近い獣”でもある龍の王とドラゴンの王。

(仲の悪い両種の王から加護を受け、その孫娘を預かった少年がいるとは聞いたことがある。そしてその時に……)

和樹が持っている双剣をみる。片方は柄が龍を模り、もう片方は柄がドラゴンを模している違いがあるが、両王の最も価値の高い、人間でいう犬歯の部分の牙から造られた剣。

仲の悪い両種から子供ができたことによって、両種がこれから歩み寄ることを願ったため、銘を「双竜紋」と名付けられたもの。

(両竜種と契約できた唯一の存在か……残念だ、このような状況でなければ、酒でも飲みながら語りたかった)

巨人は自身の敗北を理解した、巨人の剣は和樹に届かないのに、和樹の剣は巨人の肉や骨を傷つけることなく神経を断ち切っている。そのため巨人の肉体には傷1つないが、すでに左腕と両足は動くが感覚は無く、左目は光を失い、右耳からはゴウゴウという音しか聞こえない、加えて右手の指はすでに動く気配も無かった……さらに嗅覚が今、無くなった……

式森和樹はわざとそうやっていた、外見が傷ついていないのに自分の五感が無くなっていくことに、動じない者などいないのだから……

巨人は和樹のその考えを理解して絶望的な心境になったが、和樹に対する畏敬の念を抑えることができなかった

三百年生きて、これほどの“強さ”を持った存在と会ったことは無かった。

(この少年と戦い敗れて死ぬのなら……本望だ。だが……)

目を黒いワゴン車にやり、ほとんど限界の巨人は咆えた――例え死んでもそこにたどり着くとでもいう様に……

―――そして、魔法を使おうとした



周り全てに感動・戦慄・驚嘆等の感情を向けられながら、和樹は舌打ちしたい心境だった。

(枷が多すぎる)

魔術のほうが体術より得意な和樹にとって、この戦いはあまりにマイナスの要素が多かった、できる限り殺したくなかったし……

加えて周りに野次馬が沢山いるので、仙法を使って劇的に身体能力を上げるわけにはいかず、できる限り「普通」の枠内に収まる範囲の戦闘にしなければならなかった――式森和樹的には、身長四メートル体重半トンの巨人と互角に戦うことは「普通」の範囲になるらしい……



その時和樹の緑に輝く目に

[種類:斬撃強化+衝撃波、威力:D、攻撃範囲及び効果:術者の前方7メートルを高さ2メートル幅15センチの攻撃が0,4秒で駆け抜けるのみで付加効果及びその後の特殊効果無し、発動までの時間:2,3秒後、発動前の術停止:相手と術の相性はいいが相手との術力差が高く可能、回避:現在の速度でも充分可能、防御:加護の力で弾かれるため取り立てて防御手段を講じる必要なし]

という情報が一瞬で“見えた”



(師八神和麻が秘技の1つ、精霊眼{しゅろうがん})

和麻がある魔術師対策のため精霊魔術と仙法を合わせて創ったもので、相手の「異能の力」の種類、効果、範囲、発動時間、発動前までのキャンセルの可能性、回避の手段、防御の手段が一瞬で見えるというもので、魔術師だけでなく幻想種や超越存在にも通じる技であり、この技が発動しているとき和麻は蒼、和樹は緑にその目が輝く。

両竜種クラスの幻想種や超越存在相手でも、充分効果があるが、この技は対魔術師において、相手から天魔や天敵と呼ばれるほどの効果を持つ。

相手の魔術が発動前に分かるので、キャンセルしたり、相手が使おうとする魔術の効果を声に出して暗に「お前の魔術はばれているぞ」というように相手を揺さぶったりできるからだ。

反則技といっていい代物で、和樹の場合視界内しか見えないという欠点があるが、和樹特有の追加能力として、相手の通常の攻撃でも視界内なら二、三秒前に予知することができる。

ちなみに、和麻の追加能力は視界外でも半径一キロ以内なら複数の“異能の力”を同時に見ることができるというものだ。

使用者は現在この2人しか存在していないため断言できないが、どうやら人間によって違う追加能力が付くようだ。

和樹がどちらかというと対少数の能力が追加されたのに対し、和麻は対複数用の能力が追加されたのだから……



精霊眼での情報を見た和樹は巨人が魔法を使うのを待つことにした。

そして……巨人が魔法を使おうとする時、それに隠れるように和樹はその精霊魔術で、巨人の踏み込もうとする場所のコンクリートの熱を一度マイナスまで下げた直後一気に暖めることでとても脆くした。

その場所を感覚の無い右足で踏み込んでしまった巨人が、右腕から起きる衝撃波と踏み込んだ場所が突如崩れたことでバランスを崩し左足と左腕を空に向けて上げたところを、和樹が左脇腹をポンッというように押したので、右腕から起きる衝撃波に引かれてまるでこまのように回転しながら――高速で吹き飛び、数メートルほど離れた電柱に顔面からぶつかりそのまま大の字に倒れ、折れた電柱の下敷きになった。

巨人が踏み込んでから……二秒足らずのことだった。

和樹の魔術はばれずに済み、巨人は力尽き敗退した……



だが、全身の神経の大半に異常を持ちながら――巨人は横倒しになった黒いワゴン車に手を伸ばした……そうすれば手が届くかのように



その巨人の姿を見た夕菜は、ようやく我を取り戻した周囲の人間たちのざわめき声を背にし、横倒しの黒いワゴン車のドアを開けようとした。が、どうやら扉が曲がっているらしく開かないので、魔法を使おうとしたが

「えっ……」

肩を叩かれて振り向くとそこには

「和樹、さん……あっ、その」

顔を一瞬明るくした夕菜だったが、すぐに暗くして俯いた。夕菜を追いかけて近くまで来ていた凛と玖里子は、最初から和樹の顔を見れなかった。が、三人の反応に頓着せず

「ああ、言いたいことがあるのは分かるし、俺も君らに言いたいことがあるけど」

そこで大通りに着いたマスコミの車を指差し

「ここじゃ色々とまずいから後にしよう。とりあえず、そこどいてくれ」

「は、はい」

生返事を返す夕菜と少し離れた玖里子と凛を黒い瞳で一瞥すると、和樹は右手の剣を振り降ろして、車の天井部分を切り裂き大きな穴を開けた。

驚くべき光景だが、先程の光景を見た者は誰一人驚かず、そこに横倒しになって気絶している運転手兼秘書らしき男と、黒い布で包まれたまるで檻のようなものと、頭を抱えてガタガタ震えている中年の男を見つけた。



そして、顔をあげた男の顔を見て玖里子が「市長」と叫んだのを皮切りに周りにいる野次馬は騒ぎ出し、カメラを構えた男と女性レポーターが和樹と夕菜を押しのけるようにしてインタビューを始めた。

「市長!どうなされたのですか?山の貴人に市長室が襲われ逃げたとの情報が入ったのですが?」

女性レポーターがマイクを向けているのを見た後カメラの方を見た市長―クリーンな政治家として名を売っている―はすぐに立ち上がり衣服を整え、車から注目が外れるように歩きながら

「何でもないんです。いきなり襲われたのですよ」

選挙のときと同じ魅力的な笑顔でカメラを向きながら答えた。

「いきなりですか?」

「ええ、全く山の貴人は、温厚な紳士と聞きましたが……これでは野蛮人以外の何者でもありません。即刻、政府に危険度の認証を……」

それから、どんどん増えてくる様々なテレビ局のレポーターに答え始めた市長を無視して和樹は、秘書の脈を取り救急車を近くにいた野次馬に頼むと、檻のようなものを包んでいる布をはがして放り投げ、近くの野次馬のところに下がった。



すると檻の中には

「山の貴人の子供じゃないか!」

と野次馬の一人が叫んだように首輪を付けられ、猿轡をされ、手錠足枷をされたまだ生後数ヶ月と言った身長六十センチほどの山の貴人の子供がいた。

それを聞いた、マスコミや野次馬の目が山の貴人の息子に注目した時に、野次馬の中から和樹が

「自分の子供をさらわれたら山の貴人でなくても怒るだろうな。狙いはやっぱり亜人売買だろうな……それが市長の車に居るってことは市長自らがやっているってことか」

世も末だなと、最後まで冷静だが怒りを含んだ口調で言い切るまでに、市長の顔はだんだん青ざめていった。



それを見た、野次馬の中には健太の両親や山の貴人に店を壊された方々もいるのだが、全身を縛られて親である山の貴人を見ながら声も出せずに泣いている子供と動かない体で「ゆ、う」と子供を呼びながら必死に手を伸ばす山の貴人を見て――憎しみを保つことはできるはずがなかった。

その分、周りの敵意や憎しみは市長に集中し始めた。青ざめる市長と爆発しそうなマスコミと野次馬たちという構図は、野次馬の中から一人の主婦が飛び出し山の貴人の子供の枷を外し始めたことで――爆発した



それから、葵学園の学生達や魔法回数の多い者達―夕菜、凛、玖里子含む―によって、山の貴人の傷は過剰なまでに回復され、複数の人間が同時に行ったため和樹が与えた傷の酷さに誰も気付かなかった―和樹の狙い通りに―、そして山の貴人の子供の枷も全て外され、山の貴人が子供を抱き上げ頬ずりし、子供が「たーた」と言って顔に抱きついたところで、その場に居た全員が拍手した。

一方市長は、マスコミに吊るされていた。「私は何も知らなかった。やったのは秘書の田中君だ」と言うと、市長が救急車すら呼ばなかった事を攻撃された。

そして、数分後崩壊した市長室を調べていた警察が顛末を聞き、捜索目標を山の貴人の子供の毛などに変え、数十分後見事に発見したのに加えて、市長室の崩壊は証拠隠滅を図った市長によるものとされ、違法生物売買、公共物破壊等の罪で逮捕状が出された。

その時、臨時の市議会が開かれていた。議事は、市長解任についてである。



山の貴人が親子の再会をしていた時、僅かな行動だけで周りの注目を自分から逸らすことに成功した和樹は喧騒から離れた場所で「魚住」の親子と話していた。

「しっかし、おまえ強かったんだなあ」

「本当にどうもありがとう」

「和樹兄ちゃんって、エリスの言ってたとおり、すごいんだね」

感心する主人と、頭を下げる奥さん、目を輝かせて聞き捨てならないことをいう健太達それぞれに返答を返すと

「じゃあ、ちょっと頼みたいことがあるんですけど」

「ああ、もちろん」

当然とばかりにうなずく主人に

「後でかれい、家に届けてくれませんか、ちょっとやることがあるんで、お金はエリスに預けときますから」

「ああ、そんなことか」

「それなら、家で夕飯食べたら」

「ああ、そうだな。来いよ、健太も喜ぶ」

「うん、エリス連れてきてね」

という夫婦の好意に甘えることにした。

「ところで、やることってなんだ?」

そういって奥さんに突かれる主人に和樹は、少し離れてこちらを見ている三人を指差した。

すると、二人は「へえ……なるほど」という様に笑い「若いっていいな」とか「健太もがんばろうね」など言い。和樹に親子そろって手を振ると店の方に向かい始めた。



「魚住」親子を少し見送った後、和樹は不安気な顔をした三人に付いて来いというジェスチャーをしながら、市長と山の貴人親子に向いている視線を避けながら、商店街を出て近くの路地裏に入った。



そして、三人がこちらから目を逸らしながら刑を執行される囚人の面持ちで路地裏に入ったのを確認すると

「あんたらさ、ほんっとうに馬鹿で考えなしだな」

呆れたというような和樹に、先程コテンパンにやられたのを思い出して三人とも反論の言葉を出せない

「あんたらがやった行為は、無謀としかいえない……」

そこまで聞くと夕菜が俯いたまま

「はい……すいません……じゃあ、私はこれで」

しょげ返った声で言い踵を返すと、玖里子と凛もそれに倣うように踵を返し歩こうとしたときに、和樹の呆れているが笑いを堪えている声が聞こえた

「あんたらさ、人の話は最後まで聞くもんだぞ」

「「「えっ!」」」

驚いて振り向き和樹の顔を目を逸らさずに見ると、何時もの人畜無害そうな表情でも先程の戦いのときの野生の肉食獣のような表情でもなく、はにかんだような表情の和樹がいて

「あんたらのやったことは、無謀で馬鹿な行為だけど……俺はああいう行為を嘲笑ったりしたくない。それに」

そこまで言うとはにかんだような表情もやめ、真剣な表情となって―――頭を三人に向かって下げた

「え、あっ、その和樹さん」

「へ?あ、あんた、何」

「何で、頭を」

度肝を抜かれた三人に対し

「あんたらのおかげで、健太は助かった。ありがとう」

そう言って顔を上げ―――微笑んだ。

呆然とした三人だが

「い、いえ、そんな、当たり前の」

「そ、そうそう、そんなこと」

「う、うむ、別に礼など」

しどろもどろに何故か―和樹視点では―顔を赤くした三人を見ながら

「当たり、前か」

(見ず知らずの他人のために、どうしようもない奴に立ち向かうなんて……当たり前じゃないんだよ)

言葉に出さず、目を閉じてそう思う和樹に

「あの……和樹さん」

夕菜の声が聞こえたので、目を開いた和樹は

「あんたらは、考えなしで少し暴走してるけど……結構まともなんだよな」

そう言いながら、右手を「暴走」という言葉に首をひねる三人の前に出した。

それを見て顔を見合わせる三人に

「式森和樹、葵学園二年生……これからよろしく。ああ、それと名前忘れたんで、もう一度頼むぞ」

「「「忘れた!?」」」

「ああ、覚える必要ないと思ったからな」

平然と言う和樹に三人とも空恐ろしいものを感じ、少し汗をかいたが―――流石というべきか真っ先に立ち直ったのは

「宮間夕菜です、葵学園の二年生になります。これからよろしくお願いします」

しっかりと和樹の手を両手で握り締めた夕菜だった。

「ああ、よろしく。次からはノックぐらいはしろよ」

と返し、次に

「風椿玖里子、葵学園の三年生よ。よろしくね」

普段のテンションをある程度取り戻した玖里子が右手で握り締めた。

「こちらこそ、押し倒すときは時と場所を選びましょうね」

と返した次は、少し怖々といった感じの

「神城凛……だ、よ……よろしく」

「うぃ、よろしく、それと刀はあまり抜くなよ」

少し硬くなっている凛の手を握った。



「それじゃあよろしく、夕菜に玖里子さんに凛ちゃん」

そういう和樹に返事ができたのは夕菜だけで

「玖里子……さん?」

「凛……ちゃん?」

自分の耳を疑っているような二人に和樹は不思議そうに

「どうした?」

「い、いやね。あんた“さん”付けなんて、その」

「しかし、学生が先輩を呼び捨ては拙いだろ。俺、一応優等生だし」

「そういやそうだったわね」

みんな騙されてるわ、と叫びたくなった玖里子だったが、何とか自分を納得させた。

「何故私が……ちゃん付けに」

不服そうな凛に

「嫌なのか」

「む、いやまあ、あまり」

「ふう、しょうがないな……じゃあリンリンとか凛タンとかりっちゃんとか」

「凛ちゃんでいい!凛ちゃんで……って、なんでそこで残念そうな顔をするんだ貴様は!」

「そんなに凛ちゃんがいいのかい?」

「ああ!その通りだ!私は凛ちゃんがいいんだ!」

その声を聞き鬼の首を取ったような表情をした和樹に

「貴様……まさか」

はめられたことを理解した凛の肩に手が置かれたので、そちらを見れば玖里子が「あきらめなさい」というような疲れた表情で首を振っていた。



「ああ、そういえば遊んでいる暇なかったんだ」

「貴様……」

和樹の言葉を聞いて肩を震わせた凛だったが、夕菜と玖里子に抑えられた。そして夕菜が

「暇って、何か用事があるんですか?」

「うん、という訳で、また」

そう言うと三人に背中を向け和樹は駆け出し、壁を蹴って跳躍し、窓の出っ張りに足をかけると、三人から見て右手にある低層ビルに――跳んだ。それは、跳躍というより飛翔と呼ぶべきものだった。

非常識な光景に言葉を失う三人に、四階建てのビルの屋上から手を振ると姿を消した。



「なんなんでしょうか」

「さあ」

ぼんやりとして呟く二人に玖里子も呆気に取られた声で

「とりあえず帰りましょう」

と言い、三人は和樹がどこに行ったのかという疑問を話しながら帰路に着いた。





その後、和樹が凛の言った「いかがわしい店」に行き支配人と支配人室で話し合うと「山の貴人を倒した少年」の噂がその晩の内に薄れていき、聞きつけて来たマスコミは情報の少なさに地団太踏んだことと、人混みから解放され、健太を怪我させたことを謝りに行った山の貴人が「魚住」で健太とエリスの相手をしている和樹に会って酒飲みながら「あまり和樹のことを話さない」という約束をしたのは――それだけの話である。












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