星条旗の国家の一個師団から何とか逃げ延びた和樹と和麻は、安全な南西の距離八百キロにある港町に向かって中近東のある砂漠を五日間で走破するという偉業を成し遂げた。
到着後和麻はシャワー付のホテルを探しに、和樹は念の為に水と食料を買いに別れた。
「失礼」
水と食料を買い、和麻との集合場所に露店を見ながら歩いていると、突然穏やかな声音の日本語で話しかけられた。
「はい、なんでしょう」
そう言いながら、自然と僅かに腰を落とした戦闘態勢に移行した自分に少し悲しいものを和樹は感じたが、目の前の老人から注意を逸らさずに同時に周囲の索敵をしていた。
「式森和樹殿で、いらっしゃいますか?」
その一言で緊張した和樹だったが、目前の老人や周りから殺気が無かったので少し安堵したが、警戒は解かずに
「はい、そうですけど……あなたは」
そう答えると老人は目を輝かせてこちらを見た、その目に宿る崇拝の色に少し引いた和樹に
「私は、あるお方の執事(のようなもの)を務めさせて頂く栄誉を戴いている、イブンという者です。英雄のお一人である貴方に、お会いできて光栄です……」
それからの話を要約すると、イブンさんの主人が自分と先生を招きたいとのことだった。本当は主人が来たかったらしいが、現在アラーへの祈りの時間なので断念したということだった。
話が終わるとほぼ同時に先生が来て、全てのホテルに穏やかに拒否されたと自分に言うと「誰だ」とイブンさんのほうに目を向けて聞いてきたので説明しようとしたが、イブンさんがまたも目を輝かせ自分に言ったこととほぼ同じことを先生に向かって言った。
違うところは、全ての宿泊施設を止めたのは自分達だということを言い、そのことに対し謝りながらぜひ来て欲しいと言ったことだった。
イブンの態度に和樹と和麻は好感を持った、宿泊施設を止めたことに対しては少しむっとしたが、そのことに謝ったことと、自分たちに対してずっと誠意ある対応をしたからだ。
そのため和樹と和麻は僅かな念話の後、頷いた。
そうしたら、喜んだイブンはすぐに車を呼び二人を乗せ丘の上の王宮のような屋敷に向かった。
広大な庭を抜け、いくつかある建物の中の一番奥の屋敷の玄関の前でイブンと別れ、扉を開けると全身の肌が透けて見える服を着た女性に浴室に通された。大切な荷物はいざとなればすぐにペンダントになっている格納空間から出せたため、服や荷物は着替え場に置いた。
広大な浴槽に湯を張った日本式の風呂に歓声をあげかけた和樹だったが、そこに居る数人の裸の女性に声を失った。
和樹の直後に入ってきた和麻は少し目を見開いたが
「とんでもない大歓迎だな。何かしたか、俺ら…………和樹、あいつらに体洗ってもらえあおうだから、突っ立てないで取り敢えず洗ってもらおうや」
すぐに女性たちの前にある椅子に座ったので、和樹もその近くに座ろうとしたが一人の女性が英語で「離れて座ってください」と言われたので離れると、三人の女性に囲まれ―――その体で和樹の体を洗い始めた。
突然の柔らかく暖かい感触に飛び跳ねそうになったが、何とか耐え切り三人の感触を全身で味わった。
洗い終わった後、湯をかけてもらい湯船に浸かったが和樹は先程の感触に和麻は考え事に気を取られていたため、少しのぼせそうになった。
着流しのような服を全身の肌が透けて見える服を着た女性達に着せられ、彼女達に先導され足首まで沈む絨毯を歩いていくと、沢山の人種が違う全身の肌が透けて見える服を着た美女や美少女やどう見ても十歳いってない少女が後ろに並んでいる広間のような部屋に通された。
そこには、大量のご馳走が置いてあり、そこに居た一番偉そうな女性が「召し上がってください」と言ったので一週間以上ろくな物を食べてなかった二人は、即座に食事に取りかかった。
またも数人の女性に世話をされながら十人前近く食べ、対軍隊戦と砂漠の強行軍によってほぼ尽きた仙法もある程度回復したので落ち着いた和樹は、目の前にアラビア語で何か書かれた横断幕のようなものを見つけた。
和麻に飲まされた魔術薬により人間の言語ならどんな言語でも会話が可能だが、文字のほうはそうはいかない。少しの意味は分かるが、それ以上は勉強しなければならない―――最も普通に勉強するよりは遥かに楽だ。なぜならば、一度辞書に書いてある単語のつづりと意味を理解すれば半永久に覚えておけるように魔術薬によってなっているのだから
だが、今は分からないため和麻に聞くことにした
「先生、あれなんて書かれてるんですか?」
「ああ、あれは…………」
そこまで言うと和麻は絶句し
《和樹》
いきなり念話で話しかけてきたが、和樹は何度か経験があったため驚かずに
《何ですか?》
すぐに念話で返した。
《「英雄を歓迎する」って書いてある》
《『英雄!?』》
それまで、和麻の左腕の腕輪になって黙っていた朧と同時に和樹は念話で驚きの声を上げた。
『だから、ここまでの歓迎を!?』
《多分な………いったい何の英雄だっていうんだ。アラブのほぼ最高の歓迎じゃねーか!!》
その師と朧の言葉に疑問を持った和樹は
《アラブ最高の歓迎なんですか、これ?》
その質問に対し和麻は疲れた声で
《ここは、ハーレムだ………和樹、ハーレムって知ってるか?》
《えーと、女の人を性交目的に囲うことですよね》
『…………和樹、それはあまりに極論では』
《そうなんですか?でも、前に先生が》
『和麻………』
《いや、だって入ることになるとは思ってなかったし………和樹、ハーレムって言うのは、男子禁制で女を性交目的で囲うって面もあるが、同時に高等教育を受けさせてくれる面も持っている》
《高等教育………ですか?》
《ああ、様々な教養や知識を主人に相応しい様に身に付けるんだ。それがあれば年取ってハーレムから出されてもすぐに職に就けるし、出されるとき食うには困らない金を手に入れられる………だから、ここらじゃ弁護士とか医者とかの職業に就いてる女のうちハーレムに居た過去を持っているのは多い。最も、履歴書には書かないけどな》
《何で、ですか?》
《ここら辺以外では、人聞きが悪いからだ―――特に西洋側から見たら性的奴隷のように見えるらしい》
《違うんですよね》
《ああ、違う。ここらじゃ貧しい家の娘が何とか高等教育を受けたいと思ったらハーレムに入るしかないし、それ以前にハーレムの女性は、アラブ世界ではその社会的地位が高いんだ。だから、こちらでは名誉なことになるしそう認知されている。それを知らずにハーレムの女を「性的奴隷」呼ばわりして同情でもしたら、「馬鹿にするな」って言われてその女達に袋叩きにあうぞ》
《そうですか、やっぱり、場所によって善悪を判断する基準は違うんですね》
今まであったいろいろな事を思い出す和樹だった。
《話を戻すぞ。ハーレムの女たちはその主人以外にはその顔と手や足以外の肌を“通常”見せないし、禁止されている》
《え!?でも……》
周りの素顔で肌が透けて見える服を着た女性たちを見ながらいう和樹に、茶を飲みながら和麻は
《もし、主人の許可無く顔を見せたり肌をさらしたりすると、例え相手が主人の親兄弟でも運が良くて追放悪かったら首切りだ》
《それって、死刑ってことですよね。でも、周りのみんなは見せているから…………先生、どういう時に許可されるんですか?》
愛弟子が物事を考えていることに和麻は嬉しくなったが、これからのことを考えると喜びはすぐに吹き飛んだ。
《さっき言ったとおり、ここは男子禁制で主人以外の男は女が居るときには入れない。だがな、主人が自分と同じかより大切な相手を迎えた場合、その相手に対する最高の礼儀を表す行為として、こういうことをするんだ》
《先生……それって……》
和麻の言葉の意味―自分たちがその相手(心当たりがないため人違いかもしれない)だということ―に気付くと、和樹は青ざめて「逃げよう」と和麻に言おうとしたが、その考えを読んでいるように顔色悪く―ただし食事の手は止めず―して
《ついでに言うと、ここら一体のボスは、世界有数の金持ちでアラブ世界古くからの大貴族なんだが、それ以上にその人柄と経済・政治・教育の手腕と敬遠なムスリム(イスラム教徒)等の理由から一般大衆からの人望も厚く尊敬されている人間だ…………逃げたらアラブ世界どころかイスラム教全体を敵に回すぞ》
《『…………………』》
すでに自分達が、欧米(特に米)やキリスト教と色々(エッフェル塔やノートルダム寺院やピサの斜塔等を戦いに巻き込み途中から折ったり半壊させたりした)あって、よくいって“険悪”という状態にあることを思い出し和樹どころか朧も沈黙した。
それに追い討ちをかけるように(和麻もかけたくなかったが)
《主人が来たぞ………茶でも飲んで落ち着こうぜ》
ゆっくりと、最後になるかもしれない茶を飲み始めた。
ぱっと見て六十歳ほどの背をピンとさせた軽装の老人が現れると、周りの女性達(数えたが三百五十六人いた)が恭しく頭を下げた。
が、老人は彼女らに片手を僅かに動かしただけで、和樹と和麻の前で――――いきなり跪き和樹の両手の甲に口付けた。
驚く和樹に和麻が
《動くなよ!ここで動いたりして手を払いのけたら、飢えて倒れた時に貧しい人間から食べ物を分けてもらったのに、その人間を踏みつけて身包み剥がすのと同じようなもんだぞ!》
《じゃあ、どうすれば》
《俺の真似しろ、かなりあやふやだし、日本風を混ぜるが少しはましだ》
念話をしている間に老人は和麻の方に行き、同じ事をした。
そして、老人が立ち上がるのと同時に和麻も立ち上がり老人と抱擁した。そして、和麻は二歩下がり頭を下げた。
そして、和樹の方に老人が目を向けたので和樹も和麻と同じことをした。
この行為で、老人に対する礼とこちらの文化に明るくないことを示そうとしたのだが、どうやら成功したらしく、老人は柔らかい笑みを浮かべた。
礼が終わると老人が
「ヤガミカズマサマト、シキモリカズキサマデスネ」
発音が怪しいがしっかりとした日本語で言うと、それを聞いた和麻がアラビア語で
「その通りです、ラナー(大藩王)お招きいただき光栄です。アラビア語でお話しください、俺も弟子もある程度話せますので」
それを聞くと老人は頷いて
「それは良かった、私は日本語をほとんど喋れないのですよ。感謝します」
そう言って和樹と和麻に座るように言い、老人も料理を挟んで座った。
「私の招待を受けてくれて、ありがとう。しかし、君達がこの町に来てくれたということにアラーに対して感謝の祈りを捧げていたために、私が英雄である君達を迎えに行かなかったことと、宿に泊めさせないようにする等の強引な手段をとったことは、本当にすまなかった」
「いえ、お気になさらずに……ただ、俺たちに対してこのような厚遇をして頂く理由が、分からないのですが」
言いたくないが言わなければならない事を言った和麻の言葉を聞いて、老人はきょとんとした表情になったがすぐに微笑み
「日本人が謙虚というのは、本当のようですな。五ヶ月前米国のホワイトハウスに魔獣を落として打撃を与え、数日前に私達と睨み合っていた第七師団を叩き本国に送り返した方々が分からないとは」
と言って楽しそうに笑い出しながら語りだした老人を見ながら、和麻達は星条旗の国家が自分たちを敵視する理由と歓迎の理由がよく分かり頭を抱えたくなった。
老人の話と和麻たちの記憶を合わせると、こういう事になる。アメリカの大金持ちに、蛇の親玉のような化け物を退治するよう頼まれ、ワシントン上空で相手の体内に和樹を放り込むという手で倒したのだが、運の悪いことに丁度ホワイトハウスの真上だった。
そのため、建物ばかりかそこに勤めていた政府要人達が重軽傷(死者は居なかった)を負った。
そのとき和麻たちは報酬を貰い―大金持ちが払おうとせず兵隊を集めて襲ってきたため全員半殺しにして報酬の数倍以上の価格の貴金属を強奪した―インドに向かったが、自国の大統領府を破壊した犯人(蛇の化け物が落ちてきたと言えるはずもなく、公式発表では未だ原因不明)を政府が捜索したところ、大金持ちが和麻と和樹の特徴を教え(殺しておくべきだったと、和麻が呟いた)そのモンタージュ写真が見つけ次第殺害の命令と共に世界各地の軍に送られた。
そして、中近東に駐留していた第七師団が発見、戦闘になった。つまり
『魔術師のことは一般人に知られてないから指名手配はされてないが、間違いなくテロリスト扱いされているな……通りで、ここまでの歓迎をされるわけだ』
という朧の言葉が、全てを物語っていた。
よほどそのことが嬉しかったのか、目前でエキサイトしている老人の星条旗への罵詈雑言を聞き流しながら、和麻たちは朧の言葉を聞き今後のことを話し合っていた
《結論から言って、どうしようもないな。謝りにいったら撃たれるだろうから、大統領が変わったときに行くしかない》
《ですね》
『そうだな』
《とりあえず爺の話聞こうぜ。あっちが何求めているかによって、行動を決めよう》
《もしかしたら、ただお礼したいだけかもしれませんよ》
《ああ、そうだったらいいよなー》
三人とも聖戦の旗手だとかなんだとか言われると思っていたので、その声は乾いていた
老人の話が途切れた時に和麻が
「ところで、何かお話でもあるのではないですか」
そう言うと老人は苦笑いをして
「いや、申し訳ない。つい、愚痴を……話の前に少しお聞きしたいのだが」
「はい、なんでしょう」
「あなたは、米国とこれからも戦うおつもりかな?」
その質問に和麻は僅かに躊躇したが、嘘言っても仕方ないと思い
「いいえ。そのつもりは今のところありません、向うから攻撃してきたら別ですが、それ以外は……それに」
「それに」
「俺はアメリカの政府や軍とは戦っているけど、アメリカ国民とは戦っていません。だから、アメリカ人からの依頼も受けるし友人にもなるでしょう」
何人かの知り合いを思い出しながら言う和麻の言葉を聞くと、老人は一瞬瞑目し
「そうですか」
と呟き和樹のほうを見て和樹が頷くのを確認すると、再び和麻の方を見て安堵の声で
「それは良かった」
と、中近東の情勢からしてみれば驚くことを言った。
そのことに気付いているように老人は
「驚きですかな、アラブの人間がこのようなことを言うのは、でも私は良かったと思っているんですよ。確かに米国政府と軍は憎いがその国民まで憎むつもりはない。それに」
そう言い、和麻と和樹のほうを見て語調を崩しながら
「私は魔術師という連中のことを知っているつもりだが、彼らは人より強い力を持っているせいか目的のためには他者の命を軽く見たり、自分達を選ばれた者だと思ってそうでない一般人を見下し貶めなくても差別したり、敵の近くに居るというだけで関係のない者を攻撃したりする傾向がとても強い………でも、どうやら君たちは違うようだ。聞いていた通り、魔術師の中でも有数の力を持ちながら、見定めた敵以外と好んで戦おうとしない君たちは……試してすまなかったな」
「「試した?」」
「私は、ホワイトハウスの件が事故だと知っていたのだ。だから、もし君たちが米国と戦ってやるから援助しろといったら、援助等せずにある程度歓待して帰ってもらうつもりだった。だが、君達は私達の歓待によって調子に乗らず、米国の国民とは戦わないといってくれた。正直少し優しすぎると思うが」
「悪かったな、甘ちゃんで」
驚きから覚めいつもの口調になった和麻に老人は笑いながら
「いや、君らのように強すぎる者達はそれぐらいでいてくれたほうが良い。超人的な力を持つ者の行動を縛るのは、自らのモラルだけだからね。それに君は甘い人間ではないだろう、敵だけではなく少しでも関係のある者に対する容赦が全くないことからよく分かる。だが賞賛すべきことに、私が知る限り君たちは全く関係のない一般人を自分から巻き込もうとしたことはない。最も君らの戦いの余波を食らった者達はいるがね」
言った言葉を聞き和麻は目を鋭くし
「俺らのこと、よく知ってんだな」
「前から、君らには興味があったからね。調べていたし、ぜひ会いたかった」
「へえ、会って幻滅しただろ」
「まさか!気に入ったよ」
そう言って笑う老人に対し不敵な笑みを浮かべた和麻は、戦闘準備を和樹に伝え
「で、俺たちを如何するんだ。周囲に兵も置かずに」
「何故兵を置くのだね?このまま歓迎を続けるだけなのに」
「「はあ!?」」
いつでも魔術を放てるように精霊を集めていた和麻と和樹は、老人の「君たちは何言っているんだ」という態度に今度こそ度肝を抜かれた。
それから紆余曲折を経て、お互いの話がかみ合ってないことに両方とも気付き落ち着いて話し合った。
その結果、老人は和麻たちに会いたかっただけで、和麻たちが危惧していた力ずくで部下にする等の事を考えてもいなかった………ありていにいって老人は和麻たちのファンだったようだ。
和麻が老人に「今までのは、テストみたいなものか」と言うと老人は、今までの歓待が和麻たちの人間性を見極めることにあったことをあっさりと認めた。
さらにそのテストはイブンが和樹に話かけた時から始まっており、その時から和麻たちの異文化の容認度や他者に対する態度等をチェックしていたのだと言った。
歓待の豪華さに目を見張った時から、それに対する対策や相手の思惑を考えるだけで、テストの存在を疑うどころか気付きもせずに自分が老人の手の中で踊っていた事を理解した和麻は、怒りの前に心地良い敗北感を抱いて苦笑した。老人が悪意を持っていれば、自分たちがどうなっていたのか想像するまでにないからだ。
(これが“経験の差”とか“格の差”ってやつか)
それから雑談をしていく内に和麻と和樹は老人に対して祖父に抱くものと似たような気持になり、老人も和樹と和麻をさらに気に入り孫に対するような態度になった。
「実は、お前たち、特に和麻に頼みがある」
「ん。何だ、爺さん」
「はい、何ですか。お爺さん」
すっかりリラックスした二人は、名前を呼ばせず「爺さんとでも呼べ」と言った老人の希望通りに呼びながら聞くと、嬉しそうに顔を綻ばせた老人から
「このハーレム貰ってくれんか」
あっさりと、とんでもないことを言われた。
驚愕する二人に、老人は自分ももう七十四歳なので三年前からモノが役に立たなくなってしまった、女盛りの者達に対して申し訳ないことをしている。と、口落ちそうに言った。
先程の発言と、六十前後にしか見えない老人の歳と七十までもったことに驚きっぱなしの和麻たちだった。が、和麻がすぐに気を取り直し「ハーレムを解散すれば良い」と言うと。
老人は首を振って、ここのハーレムは巨大であるだけでなく教育機関の側面が強いため、幼い少女達を積極的に入れている。そのため、幼い子達はまだまだ教育が終わっていないし、これからも貧しい少女たちを受け入れたいという事を話し「名義だけでも良いし、運営はたとえ私が死んでも今までのようにさせる。それに何時もここに居る必要はないから、たまに顔を出すだけでいいんじゃ」と涙ながらに言う老人と周囲の女性たちの熱い視線に
「まあ、貰ってもいいが……一つ条件がある」
あっさりと和麻が言った。
『おい!!』
驚愕して止めようとする朧の声を聞くことのできない(聞こえても変わらなかっただろう)老人は身を乗り出して、和麻の手を握り締め
「感謝するぞ、和麻!条件とはなんじゃ早く言ってくれ!」
噛み付かんばかりの形相の老人に少し引いたが
「ハーレムのことなんぞ知らんし」
「分かった!一週間ここに居ろ!その間和樹と一緒に堪能して、どういうものか知ってくれ。その間わしは、和麻が主だが和樹も使えるように様々な手続きを済ませる。問題ないな!?」
最後は疑問の形だが、「問題ある」と言った場合即刻その“問題”をどんなことをしても破壊しそうな老人に
「いや、問題はないが」
先程から呆然と成り行きを見ている和樹―自分の名前が出て「僕も!」と言ったが無視―の方を僅かに見て、和麻は言った。
「そうか!皆、喜べ!新しい主が誕生した!」
その言葉を聞き大歓声をあげる女たちが落ち着くと同時に、和麻は老人に疲れた声で
「まだ、条件について何も言ってないんだが」
その言葉を聞きはっとした老人が
「そうか、すまんな。嬉しくてな、つい………で条件とは何だ?」
その言葉に好奇心を含ませた老人と不安げな周りの女性が聞こえる声で
「十五歳未満のやつは、性的な相手にはしないことだ」
十五歳がここらではそういうラインの1つだったことを思い出しながら、そういう趣味のない和麻が言った言葉が周りに染みとおると、老人は嬉しそうに頷き、周囲の女性たちの中では、幼い子供を抱きしめて安堵するといった光景が見られた。
幼い少女たちに対してまでするのかと不安だったのだが、和麻が性的行為をしないと明言したので全員が喜んだ。
そのとき和麻の耳に
『和麻。今はアルマゲストが、“教会”と“協会”相手と戦って大半の拠点と資材と魔術師を失い疲弊しているため攻撃する好機だぞ。いいのか』
現状を言って自分に注意を促させようとする朧の声が聞こえたため、和麻は念話で話し始めた。
《ああ、正直最近色々あったから休みたいしな。それに》
『確かに、最近ややこしいことが続いてろくに休んでないな……で、それにとは』
《いざという時避難できる安全な場所が欲しい、ここなら欧米に追われる身の俺たちにとって最適だしな……一週間ぐらいじゃアルマゲストは壊滅しないということもあるがな》
『………それだけか?』
暗に、本音は?と、ため息をつきながら聞く朧に
《朧……ハーレムだぞ、ハーレム!主人以外の男が、中に入っただけで死刑って言われている。そこに入るどころか信用できるやつから破格の条件で貰えるチャンスを逃す男なんかな、ホモか子供だけだ。例え棺桶に下半身まで突っ込んだ爺でも、飛びつくぞ!ここで頷かないやつを、俺は男と認めねーからな!》
男としての魂の叫びを放つ和麻を見ながら、朧は疲れた声で
『………よく、分かった。ならば私は“寝る”』
《ああ、お休み》
そう言ったきり眠った朧の次は
「先生、何か周りの人たちの目や雰囲気が………」
周囲のギラギラした目をしたり、舌なめずりをしたりしている一部の女たちを見て本能的な恐怖を感じた和樹が和麻のところにきたが………“獲物”が一箇所に集まったことによってさらにプレッシャーが高まった。
そして、その中で比較的年長の人が
「御主人様、式森様は“年齢対象外”ですか?」
「まさか」
御主人様呼ばわりされても動じずに即答する和麻を恨めしそうな目で見た和樹だったが、この状態の和麻に何言っても意味ないと悟り―――泣きたくなった。
それを見た老人は満足げに、うんうんと頷き
「では、わしは退室する。一週間後に会おう」
「ああ」
「…………はい」
普段通りの和麻と何かを諦めたような和樹の返事を聞くと、出て行った。
老人が出てしばらくして、和樹が周りの女性たちを見ると、幼い子を年長(それでも三十ほどだが)のものが出そうとしていて、その時どう見ても十二、三の少女が自分は十五歳以上だと言い張り周囲に連れ出される等が見られた。
が、十数分後には十五歳未満のものを全員連れ出したようで、周りは期待の目をするもの、不安そうだが何かを抑えきれないもの、不安そうなものに綺麗に分かれた二百四十三名の美女と美少女に囲まれた。
過去の性的虐待を思い出したのと、女性に囲まれるという状態に怯む和樹に、和麻が念話で話しかけてきた。
《さて、和樹覚悟はいいな》
《何の覚悟ですか?》
《今ここに居る全員の相手を、一週間で手分けしてする覚悟だ》
《何で、そんなことしなくちゃならないんですか!!》
《ここらの文化でな、主人はハーレムの女を一度は相手にしなくちゃ駄目なんだそうだ。俺らの場合次何時来れるかわからないから、この一週間でやらなければならない。出来なければ主人失格になるらしい》
(この規模なら普通は、数年かけなきゃむりだろうが)
和樹を追い詰める言葉以外は内心だけで呟く和麻に、和樹は少し考え顔を青くさせ
《無理ですよ!》
《性交で仙法を回復しながら、精力と体力と両方の回復力を強化して、同時に複数相手にすればいける。でもお前は最初の方は1対1で良いぞ、なるべく早く慣れてね♪》
《どうして!何で僕が!》
《和樹……師弟愛とか、男の友情とか連帯がお前にはないのか、せんせいかなしーぞ》
《………ちょっと前に僕達が妖魔の群れに囲まれたとき、同じことを言う僕をうるさいって言って妖魔の群れの中に放り込んで寝ていませんでしたか》
半眼で睨む和樹に
《それはそれ、これはこれだ》
あんまりな一言に、何か言いかけた和樹だが
《それに、あちらはお前も狙っているぞ》
先程よりも距離を詰めてきている女性たちを見て、周りがもう自分を無関係にしてくれないと悟り―――運命を受け入れた。
1週間後老人が再び来て、和麻に権利書を渡しながら「これから私が、君らの後見人になろう」と言い和麻がそれを受けて老人との間で様々な契約を行ったため、和麻たちは老人からの魔術仕事を通常よりも高い報酬で偶に受けるという破格の条件で、拠点と後ろ盾を得ることができた。
一方和樹は、最初の2日間は守勢だったが、途中で吹っ切れて攻勢に転じ始め、最終的に鞭・蝋燭・木馬等の様々な道具の使い方を若干十歳にしてマスターし、複数の相手に使うまでに成長したうえに、女性に囲まれても平気になった。
―――この時、和樹は純粋さを失い始める等の色々な意味で一皮向けた。