特に、今日のような明日が祝日で昨日が土曜というコンボはもはや神の祝福と言ってもいい。
その三日間のことに起きたことなら、三人の美少女(嫌な奴らではないというのが大きかった)が押しかけてくることや、巨人と殴りあうこと等の、大抵のことは許せるし我慢もできるだろう。…………そう大抵は
(これは、大抵には入らないな)
静かに紅茶の入った値打ち物のカップをこれまた高そうなテーブルに置きながら、目の前の女性を見た。
(三十代前半の切れる女実業家だな……)
理知的で眼鏡を掛けた美女を一目見て、まず大体の人間はそう思うし、その判断は間違っていない。
(風椿麻衣香、か……やっかいだな)
目の前の女性との僅かな世間話―軽い挨拶と自己紹介―と女性のオーラみたいなものからそう判断できるし、それに加えてこの女性の事は何度か聞いたことがある。
(冷静沈着で果断な判断もでき、家の発展という目的のためなら手段を選ぶことなく動くことのできる女傑……風椿を支えている人間三人をあげよといわれれば、間違いなく入るな)
そこまで考えると麻衣香が
「そろそろ、本題に入っていいかしら」
質問の形を取っているが、反論の許さない口調だった。ため息をつきたくなるがそういうわけにもいかないので
「ええ、もちろん。理事」
学生から学園理事の1人に対する形―今のところそれが1番良いと判断した―で答えながら、向うまで二メートル近くある巨大なテーブルを挟んだソファに座る麻衣香とその後ろに立っている女性秘書と麻衣香から少し離れたこちらから見て右手の場所に小さくなったように座る玖里子に視線をやりながら、和樹は自分がここにいる理由を思い出していた。
朝七時半、突如としてドアを叩く音に叩き起こされた時和樹は相手に殺意を持った。
今日は昼過ぎまで寝て、エリスとゴロゴロしながら過ごすという素晴らしい計画が、いきなり破綻したからだ……和樹の脳内には昨日の三人と会うという予定はこれっぽっちも無かった。
(誰だ……)
と思いながらドアを開けると同時に
「式森和樹君、理事からお話があるので制服に着替えて着いて来てください」
女性がロボットのような表情と声でいきなり言ったので、まず呆れた。
「はあ?何言っているんですか。あなたは」
「理事は、時間がありません。すぐに着替えてください」
何も説明せずに暇なあんたらとは違うとしか聞こえない口調で言い放つ鉄面皮に、怒りを抱いた。
「どういう根拠で、俺が呼ばれるんです」
何とか自制して聞く和樹に、紙切れを取り出したのでそれに目を通すと
〔式森和樹に聞きたいことがあるので、すぐに来い〕
大まかにそう書かれてあり葵学園の学校印も押されてあったので、「優等生式森和樹」としては、行かざるをえなかったので
「分かりました、朝食をとるので少し下で待っていてください」
そう言って踵を返した和樹に
「先程申し上げたように、制服に着替えたらすぐに来てください」
朝飯なんか食ってんじゃねえ、和樹にはそう聞こえた。
「分かりました」
内心でその○○○○を百八種の処刑に処していながらも、和樹は冷静な口調を変えずに言った。
学園の応接室に着いてから二十分後にようやく麻衣香が死刑囚のような表情の玖里子を伴ってきたときには、和樹の内面では処刑を何時実行するかの討論が始まっていた。
「ええ、最も貴方との話には学園は関係ないのよ」
理事に対する学生の態度は正解だったらしく、上機嫌になった麻衣香を見ながら“話”とやらに検討をつけたが
「学園とは関係ないというと」
わざと分かってないような言い方をした。
「昨日のことよ」
「昨日というと、風椿先輩の?」
だけじゃないよなあ、と思いながら和樹は玖里子に目を向けた。
「もちろん、それもあるわ。でもそれだけなら会おうとはしなかったでしょうね」
(だろうな)
市長が逮捕され解任された直後に、ただの学生である自分と会うほど暇な人間ではないし、その口ぶりから
(遺伝子以外は俺のこと、どうでもいいと思っていたんだろうな)
内心忌々しく思いながらも、和樹は冷静な口調で
「と、いうと?」
「昨日の山の貴人、貴方が倒したのよね」
(やっぱりそれか)
想像通りの科白に笑いたくなったが、そんなことはできない。
(携帯のカメラも含めて俺を写したものは、全てその機能を“燃やした”が……)
玖里子の方に意識を向け、彼女が言ったに違いないから誤魔化すこともできないと判断し
「倒したというより、向うが引いてくれたんですよ。まともにやれば勝てません」
あっさりとした口調で認めると
「そう」
と言って、麻衣香はこちらを疑いの眼差しで見てきた。
その眼差を和樹が見つめ返し、睨み合いになったが秘書の
「麻衣香様、お時間が」
という声に麻衣香は頷いて皮肉げに
「ええ、そうね。こんなことしている時間は、無かったわ」
(だったら、人を叩き起こしたあげく、二十分も待たせるな!)
そう思いながらも和樹は穏やかな表情を変えなかったが、和樹の雰囲気に不穏なものを感じた玖里子が麻衣香から少し離れた。
そして、麻衣香は紅茶に口をつけると
「あなた、この学校は好き?」
唐突に、そう言うと和樹の返答も聞かずに
「この学校を辞めたくないんなら、もう少し素直になってくれないかしら」
脅迫してきた麻衣香に和樹は
「学校を辞めさせはしないでしょう」
平然と、自分は大丈夫だといった。その和樹の反応に麻衣香は眉を動かしたが、冷静な声で
「どうしてかしら、私が一言言えばあなたぐらい」
「そのあなたが、言わないからですよ」
「どうしてかしら?」
今度は、訝しげな口調になった麻衣香に
「山の貴人を曲がりなりにも倒した人間を、自分の勢力圏から放り出す経営者がどこにいますか。もし放り出したらすぐに他の魔術師養成学校、例えば設楽ヶ原高校あたりが俺に声を掛けてくるでしょう……あなたは、そんな愚行をするような経営者じゃなさそうですから」
あっさりと言い終えて麻衣香を見ると、感心したように頷いていた。
「その通りよ。なかなか切れるわね、貴方。なら、はっきりと言ったほうがよさそうね」
そういうとまたも紅茶に口をつけたので、和樹も紅茶に口をつけた。
カップを置くと同時に
「あなたは、十ヶ国語をマスターしていて二十数ヶ国語の日常会話ができるのよね」
「ええ、そうですが」
「それに加えて、数々の古代語にも精通しているのよね」
(まあ、魔術で分かるようにしてるんだけど、別にいう必要ないよな)
「そうですよ」
その答えを聞き、麻衣香は満足そうに頷くと
「あなたなら、お飾りではなく、風椿の一員に成れそうね」
「その件でしたら風椿先輩と昨日」
「ええ、聞いたわ。でもね。式森和樹君、山の貴人を倒したあなたをやすやすと他に行かせると思う?」
「普通は行かせないでしょうね……ところで1つ聞きたいんですか」
「何かしら」
「風椿先輩から子供のことも聞いたんですか?」
玖里子の方を見ながら、和樹は言った。
「ええ、聞いたわ」
「それで、あなたはどうするつもりなんですか?」
「魔法回数数十万回の子は、風椿の跡継ぎとして育てるわ」
その言葉を聞いても和樹の外見は全く変わらなかったが、玖里子はさらに姉から離れた。
「では、魔法回数数十回の子は?」
「養子に出すわ」
「親から離して?」
「ええ、でもあなたが会いたいのならたまには会ってもいいわ。それにその子達が成長して充分な能力を持ったら、風椿の姓を名乗らせてもいい」
そこまで言い、カップに手を伸ばしたが
「言い忘れたけど、あなたのことは心配しないで良いわ。あなたは充分な能力を持っていそうだし、持っていなくても生活の保障はします。このことは風椿の名に掛けて、誓紙を書いてもいいわ」
そこまで聞いても和樹は外見上全く変わらなかったが、先程からの暴言に玖里子が血相変えて立ち上がろうとした時
「もし、俺と風椿先輩の間に子供が生まれなかったら?」
冷静な声で、和樹は言った。だが、麻衣香たちからは死角のこめかみにできた青筋を斜め横にいる玖里子には見れた。さらに、姉から遠ざかる玖里子。
そうとは知らず、麻衣香はあっさりと
「人工受胎という手があるし、玖里子に問題がある場合は、家の女性に手を出して構いません」
それを聞き玖里子は化け物を見る目で姉を見たが、当の和樹は
「なるほど、綺麗ごとの入る余地は無いと」
まるで嵐の前の静かさのような声―玖里子にはそう聞こえた―で言った。それに気付かない(気付こうとしない)麻衣香は、満足そうに
「ええ、話が早くて助かるわ。まだ聞きたいことはあるかしら?」
「はい……あなたにも手を出してもいいんですか」
(妹や家の女性に強要しておいて、自分はどうするんだ)
和樹の言葉を聞いて、麻衣香は笑いながら
「冗談としては面白いけど、妹の夫とそういう関係になったら、色々とまずいことになって家に悪影響を与えるわ。だから、その時はそういう人を雇うことになるでしょうね」
「そうですか……」
静かだった、本当に静かな声だった。
―――昨日の三人が聞いたら逃げたしたくなるくらいに
「それで、どうかしら」
微笑みながら言う麻衣香に、和樹も微笑んで
「最後に聞いて良いですか?」
「ええ」
「あなたが、風椿先輩に俺の遺伝子をとって来いと?」
「ええ、その通りよ。風椿の家に取ってとても良いことになるし、あなたにとっても悪い話じゃないと思っているわ……それで、この話を分かってくれたかしら。それとも時間が必要かしら」
その言葉を聞いて和樹は目を閉じたが、すぐに開けて
「よく、分かりました」
「そう、分かってくれて嬉しいわ。では、すぐに部屋を用意させるからこれから玖里子と」
満足そうな笑みを浮かべた麻衣香がそこまで言うと、全く温和な表情と声を変えない和樹が
「あんたが、狂牛病にかかった牛以上に頭イカレタ体だけの女だってことがな」
淡々と言った。
それから、唖然とする麻衣香に和樹の口撃が始まった。
この時の和樹の麻衣香に対する舌鋒は、冷たく、鋭く、苛烈で、容赦なく、離れたところに居る口撃対象外の玖里子が
(凛、夕菜ちゃん、あたしたちって、ものすごく手加減してもらっていたのよ)
と、思わず何か巨大なものに感謝の祈りを捧げたくなるものだった。
一方、麻衣香及び秘書の女性は顔色を失っており、麻衣香などは口をパクパクさせるだけだった。
秘書が雇用主を助けようと、止めさせるか反論しようとしたが、彼女の忠誠心は、和樹の言葉の凶器がこちらに来たらという恐怖の前にあえなく敗北した。
何せ和樹の話を聞いていると、風椿麻衣香という女性が存在している事が、人類最大の罪であり許されないことだと思えてくるし、麻衣香本人さえも「そうかもしれない」という自己嫌悪に陥ってしまうのである。
和樹の口撃は、麻衣香が体を痙攣させながら白目を向き口からだらだらと涎を垂らしながら失神するまで続いた。
それを見ると和樹は、この程度で気絶したことに心底残念そうな口調で
「残念ですが、理事は話せる状態に無いようですね」
と秘書に向かって言ったが、その秘書も器用に立ちながら気絶していたので舌打ちしながら
「玖里子さん」
和樹の言葉の機関銃が終わり、ほっとしている玖里子に声を掛けた。そうしたら玖里子が弾かれたように
「は、はいっ!?」
ピンッと背筋を伸ばして立ち上がったので
「どうかしたんですか?」
「いえっ、何でもないの……です」
「そうですか。じゃあ、俺帰るんで後よろしく」
ライオンに対するウサギのような玖里子の態度に少し驚いたが、気にならなかったのかすぐに帰ろうと扉に歩き始めた。
「う、うん。分かった。後任せて」
そう答えた玖里子に、扉の前まで来ていた和樹は頷くと
「じゃあ、また」
あっさり出て行った。
「あいつ、どういうやつなんだろ」
銃口を突きつけられても平然としていた姉をあそこまでにした口撃から想像できないほど、ひょうひょうとした和樹の態度に玖里子は少し固まっていたが、すぐに姉たちを起こさずに―何か色々とうるさくこちらに言いそうだったから―車を手配して、車が到着すると気絶したままの姉たちを頼み、自分は叔父の仕事を手伝いに行った。
数時間後、意識を取り戻した麻衣香と秘書は仕事が一段落したため車に乗って一度家に戻る途中、街中の車内から突然消えた。
慌てた運転手の通報を受けた風椿家が状況から魔術師の仕業と断言し捜索を始めたが、車から魔法の残滓が全く見つからなかったためいきなり暗礁に乗り上げた。
深夜、疲れきった家のものが麻衣香の部屋に入ると、呆然と天井を見つめる麻衣香と秘書が見つかったため大騒ぎになり、すぐに家の医者に診察させたが精神に多大な損傷を受けているのはともかく、痣や傷等の肉体的な損傷がないのに、レントゲン等で調べると筋肉や神経がまるで重いものに体当たりされたり押しつぶされたりした時の損傷を受けているという不自然な結果が出た。
そして、この時も魔法による治癒跡がなかったのでさらに大混乱に陥った。
せめて犯人を割り出そうとしたところ麻衣香が式森和樹の文句を消える前に言っていたという運転手の証言で、和樹の今日何をしていたのかを調べたが、麻衣香たちが消える一時間前から閉館時間まで図書館にいて、その後途中で買い物をした後寮に戻り部屋に居たという情報が、複数のソースから判明したので除外された。
―――和樹が和麻から、自分そっくりの人形をすぐに作る方法を教えてもらっていたというのは………ここの世界では未だ誰も知らない。
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