師と会ってから2ヶ月近く経った森の中で、火にあたりながら師が作った夕食を食べていたときだった。
「和樹、お前もう2ヶ月近く走ってるよな」
「え、あ、はい」
突如として、師が今までとは関係のない話−それまでは近くの街の話だった−を言ったので、訝しげに思いながら答えると
「2ヶ月文句も言わず、黙々と走ったんだよなぁ」
どこか感心したように、師は言った。
それを聞いて、何かまずいことをしただろうかと少しあせり
「え……いけなかったんですか」
そのころには、風呂に入ったり水浴びするとき以外いつも着ていた重い服に慣れてきたので、自分で走る量を増やしていたから、それがまずかったのかと思いながらいう自分に
「いや全然。その服にも慣れただろ」
「はい」
「じゃあ、これからは仙術と精霊魔術も教えるからな、飯食ったら始めるぞ」
と、飛び上がるほど嬉しいことを言ってくれた。だから、急いでご飯をかきこみ始めて、のどを詰まらせそうになり、師にからかわれた。
「最初に俺が教える、仙術と精霊魔術についてだが……」
夕食後、コップ片手に師は語り始めた。
「精霊魔術っていうのは、前に言ったように火・風・水・地の四元素の中の1つのうちのどれかに、大抵属していて、その属性の精霊を魔力で集めて――「意志」で「世界」に現出させるんだ」
「大抵ですか?」
「ああ、偶にその四つに当てはまらない奴がいるらしいが……まあそれは、今のところどうでもいい。それに当てはまらなくてもその四つに無関係ってことは、ありえない。これはルールで定められているから、どうしようもない」
「先生は、風術師何ですよね―――僕は、何なんですか?」
「それをこれから、確かめるんだ。まあ、どの精霊にしろお前が自分で使い方考えなきゃいけないからな。で、仙術についてだが……これが結構ややこしくてな」
「ややこしいですか?それに……前にも聞きましたけど、先生って仙人じゃないんですか」
「ああ―――俺みたいな奴は仙術使いって呼ばれていて、仙人とは違う」
「違うって、どのあたりが?」
「俺も仙人のことは詳しくないんだが……仙人って奴らは己の不老不死を目指していて、その研究の証や過程で、宝具(パオペイ)って呼ばれる自らの最高作品や偉大な先人のコピーに近いものをいくつか作って「蔵」にしまうらしい。」
「宝具って何なんですか?」
「世界を作り変えたりするものとか、頭吹っ飛ばされても死なないものとか、いろいろあるらしいがよく分からん……まあ、一人前の仙人の条件は自分が作った宝具を使いこなすことらしいが――で、仙術使いって奴は基本的に、自分じゃ宝具を作らず他人の宝具使うだけの奴らに対する呼称だ。当然、嫌われている。今でも仙人の禁は、他者の「蔵」を荒らして宝具を盗む事なのに、仙術使いは、そればっかりやってるんだからな。」
「先生も……何か、盗んだんですか?」
「いや、何も盗んでないし、たぶんこれからも盗まないだろう。その必要があまりないし、仙人を敵に回す余裕なんてない」
「じゃあ、なんで仙術使いって呼ばれるんですか?」
そう自分が聞くと師は、ため息をつきながら
「そこなんだよ、ややこしいのは―――俺が教わって、お前に教える仙術は、特殊なんだ」
「特殊って、どういうところが?」
「まずな、宝具なんてものがない。作るどころか、使うって概念さえないんだ」
「へ?」
「と言うより―――いや、見たほうがいいな」
そう言うと師は、近くの直径2mはある岩の前に立つと握り拳を作り――――その岩を一撃で粉砕した。
「なっ!」
と叫んだきり、呆然としていた自分のほうを向き
「今のが―――“特殊”な仙術だ、俺の師は「仙法」とか呼んでいた」
「は、はあ……」
「一万年ぐらい前にな、1人の女が居て、そいつが人間の根源を知ろうと自分の体を調べ、鍛えている内に偶然見つけたらしい……効果は、見てのとおり人間の能力の強化―――ただ、こいつが凄まじいのは、肉体だけじゃなく、脳とかの内臓、精神、魂も強化するから、俺のような精霊術師だと、自分の限界をはるかに超える精霊を制御下に置いて使いこなすことが出来る。まあ、その分えらく疲れるから、使い時ってものがあるがな。今の俺じゃさっき位の身体能力だけの強化だったら、連続してやれば六時間ぐらいで力尽きる。しかも、この時間は能力を強化する場所を増やしたり、強化する力の量を増やしたりしたら、さらに減る……この「仙法」を創り出した女は、その時理由は知らんが、仙人たちから離反した後だったらしいんだ。で創り出した後、仙人に戻れといわれたのに戻らなかったから、出て行った後とんでもないもん創りやがって、って仙人達が怒ったから仙術使いって蔑まれる様になったんだ。―――何か、聞きたいことあるか?」
そう言ってこちらを見る師に
「1つ聞いていいですか。連続で、ということは回復するんですよね―――どうやって回復するんですか」
聞くと、師はよくぞそれを聞いた、というように頷き
「寝たり、飯食ったり、異性と性交したりすれば回復する」
「え?せい…こう?」
意味が分からず聞く僕に、今まで黙っていた朧が呆れたように
『和樹は7歳だぞ、分かるわけないだろう』
というと、師は少し考え込むとこちら見て
「回りくどいの、めんどくさいからはっきり言うぞ……お前さ、捕まってたとき、裸の女に体の上に乗られたことってないか。んで、その後、女の股のところにお前のモノ入れさせられたことなんか―――?」
『おい……それはさすがに……』
「ありますよ」
『へ?』
その時のことを思い出しながら言うと、師はやっぱそういう趣味の奴いるわなー、と言い、朧は―――剣なので感情が読みにくいが、放心状態にあるようだった。
「それが、性交だ。仙法を修めてれば特別何もしなくとも、やるだけで回復する……ん?何だ?」
すぐにまた話し始めた師に聞きたいことがあったので、手を挙げた
「あんな痛いのを……ですか?」
水晶から出される前に、チューブを使って薬を体に入れられるのはいつものことなので気にしたことはなかったが、押し倒された後の行為自体は苦痛で仕方なかった。そのことを思い出し、不安げな表情を浮かべた自分を見た師は
「今すぐなわけねーだろ、あと……そうだな、二、三年は経たなきゃ無理だ、それまでは体が追いつかない。それに……」
「それに……」
「余程不感症じゃなければ、気持いいもんだ。だから、昔のことは気にせず、押し倒せ」
「押し倒す、ですか?――誰を?」
「女に決まってんだろ、男を押し倒すのは色々な意味でやばい……それとやる時は、時と場所は選べよ」
――――それが、その晩自分の頭に最も強くインプットされた言葉だった……
ジリリリリリリリリリ……カチッ
ゆっくりと、目覚ましを片手に持った少年がベッドから身を起こした。中肉中背の特に特徴のない少年だが、その動作や呼吸に何の澱みもなく武道の達人に通じたものを感じさせる。が、そのことを緩んだ目と柔和な表情で感じさせないというのが特徴といえば特徴だった。
ここは、葵学園彩雲寮の二一二号室で、表札には「式森」と書かれてある。中は2人部屋を1人で使っているので広く、冷蔵庫と本棚と机とベッドがあるごく普通の部屋になっている。妙な所は、小さなベッドのようなものがベッドの傍にある事ぐらいだ。
(やな事思い出したな、もう気にしてないのに……まあ、もし男にやられてたら今でもトラウマになってるに違いないから、その意味では助かったんだけど……そんなことよりも時間だな……)
それだけで式森和樹は、過去の性的虐待を脳裏から消し去ると、八時をさしている時計を置き、昨晩もまた自らのベッドに潜り込んだ、右隣に居る侵入者のほうを見た。
(―――しかも、また人間体だし……)
そこに居たのは、どう見ても8歳を超えていない少女だった。銀の髪に、寝ている横顔でも整っているのが分かるが冷たいものはなく愛らしさを抱かせる顔、そして……
(―――なんでいつも、俺のワイシャツを……パジャマがあるのに……)
まあ、そういう服装で和樹の方に体を向け丸くなって寝ている、まるで、そこが自分の居場所とでもいうように
(こんなことになるんなら、あれ作るんじゃなかった)
結構疲れたのにと、ぼやきながら和樹は部屋に違和感を与えるベッドもどきを見た。1度も使わないので捨てようとしたが、少女が泣く―和樹が作ってくれたものを捨てられたくないからなのだが、和樹はよっぽど気に入ったんだなと思っている―のでこのままだ。
(とりあえず、朝食を作るか)
と、少女に振動をあたえない、滑るような動作でベッドから出て、部屋に取り付けの小さなキッチン―というほどのものではないが)―に向かった。
そして、冷蔵庫から二個の生卵を取り出すと、出した皿にそのまま―――割った。が、皿に落ちた時には、全く崩れていない目玉焼きになっていた。
さらに食パンを取り出し、適量に切ったらこんがりといい具合に焼け、冷蔵庫から取り出した牛乳をコップとスープ皿に注ぐと、コップの方は冷たいままだったがスープ皿の方は人肌の温さになっていた。
それを他者が見ていれば、驚愕しただろう。和樹は魔法を使わずにそれを行ったのだから……
「ん……ああ、おはよう。エリス」
低いテーブルに朝食を並べ終わると、和樹はベッドから起きて、金の目をこすっている自らの使い魔の少女に笑いかけた。その声を聞くとエリスは満面の笑みを浮かべて
「おはよー、ますたー」
何故か、後半の「ますたー」だけ舌足らずな声で言った。が、和樹にはそれが自分の師が吹き込んだことだと知っているし、言っても直さないことも知っているので、諦めていた。
「うぃ、じゃあ、起きてご飯食べよう」
コクコクと頷きエリスは、和樹の正面に座った。
このエリスという少女は、人間ではない。過去和樹が、龍の王・ドラゴンの王の両者と契約したとき色々あって預かった、知られる限り唯一のドラゴンと龍の合いの子であり、両王の孫でもある。
龍は主に東洋の中国の伝説にある、蛇のような胴体に鱗が生え、その胴体から手が数本あり頭に枝のような角があるもの―ドラゴンボールの地球の神龍を想像してください―で、ドラゴンは西洋の伝説にある、蝙蝠の翼をもち、肉食恐竜のような胴体に、頭に牙のような角があるもの−R・P・Gとかでよく見るのを想像してください―になる。
最近両種とも、人間の姿になって人間界をぶらつくので、エリスも人間の姿になれる―――というよりもエリスはいまだ幼いので、人間界では和樹の魔力を大量に使わなければ、本来の姿になれないので、人間の姿か、猫の姿―和樹が猫好きなので―になって力を抑えているというべきだろう。
「「ごちそうさま」」
そうこうしている内に食事も終わり和樹は、制服に着替えると鞄を持ち扉に向かいながら
「じゃあ、いつもの通り食器の片付けよろしく。今日は土曜だからすぐ戻るけど……それまでどうする?……ここにいる。分かった、じゃあ光学迷彩と鍵を忘れずに」
扉の前で顔だけ振り返り、自分の後ろをちょこちょことついてきた少女と部屋の壁に掛けてあるコルクボードにある二枚の写真―片方には三人がもう片方には四人が写っている―を見ながら
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、ますたー」
エリスの声に送られながら、和樹はいつものようにギリギリの時間に寮を出た。
そして、葵学園についた。去年から和樹が通っている「魔法エリートを育てる」学園である。
(まあ、俺には関係ないけど、なんたって先祖のおかげだもんなぁ)
自分の師をはじめとする周りのもの―人間だけじゃなかった―が自分の魔力の高さに疑問を持ち調べたら、どこの誰かは分からないが、自分の先祖のおかげだと分かった。
向うの世界の人々を思い出すと、去年の三月にこちらの世界に来るまでのことを人の流れに流されるように歩きながら思い出した。
(桜ちゃんにはおにいちゃんいっちゃやだぁって泣かれたし、ベナウィさんは難しい顔して黙ったし、張さんはこの忙しいときに何いってるんですって半泣きで言われるし……とにかく、皆に賛成してもらえなかったな)
皆に反対されたので、最難関だと思っていたため最後に回していた師のところに行き、こちらの世界に一度戻りたい旨を告げると、大量の書類と格闘していた師は手を休めて「ちょっと待て」といい、机から一抱えほどの袋を取り出し自分に向かって投げた。
受け取って、師に開けてもいいかと確認し、袋を開けると―――数億円は確実にある貴金属と宝石類で埋まっていた。驚く自分に
「持ってけ、自分でコントロールできる範囲の金は、お前にとっての自由を保障してくれる。必要だと思ったときに必要なだけ使え、金があって使い道に困ることはまずない……第一、その金は今までお前がこなしてきた仕事の分に少し色をつけたのだから、お前は受け取る権利が充分にある」
「―――はい、それなら、有難くもらっていきます」
「じゃあ、その左手に持ってる書類よこせ。保護者のサインいるんだろ、俺とお前の戸籍については適当にやっとけ、できるな?」
「はい、大丈夫です。おかげ様で何回か経験あるし」
「そうか……和樹、他の誰のものでもないお前の人生だ、だから誰にも遠慮せず好きなところに行っていいんだ。それと」
「はい」
「……風邪引くなよ」
「ええ、たまには帰ってきます。ここは、俺の家ですから」
それ以上誰とも語らず、自分はその足でこちらの世界に来た。それから貴金属の換金などでひと悶着あったのを思い出しそうになったが……予鈴直前で人の流れが速くなったのに気付き教室に入ることにした。
二年B組の教室に入ると同時に、スポーツマンっぽい少年が和樹に近寄り小声で
「式森」
「俺は男に寄られて喜ぶ趣味はないんで離れてくれないか、仲丸」
半眼でいう和樹に仲丸は人差し指を口に立て、静かにしろとした。
(入り口でそんなことすると、かえって目立つだろうに……)
そう思い少し周りを見ると、案の定クラス中からの視線を集めていた。
「安心しろ、俺もない。……ところで式森、最近上がりそうな株ないか?親友のよしみで俺にだけ教えてくれ」
とりあえず何時から親友になったのか、とか突っ込みたくなった和樹が何か言おうとした時
「ちょっと!仲丸君!あんた式森君に何聞いてるのよ!」
教室の中ほどから松田和美の叫び声が轟いた
「う、うるさい!男同士の話に口を……」
「へえ、私は式森君に株の情報を聞こうとしているようにしか見えなかったんだけどね!」
その株という一言を聞いたクラスメイトたちが
「仲丸!貴様!抜け駆けする気か!」
「式森君情報は、みんなで一緒に聞くっていう取り決めよ!」
等の発言が飛び出し大騒ぎになった。それを尻目に和樹は自分の席に歩きながら念話で
《エリス聞こえる》
《あー♪ますたー♪何、何、どうしたの?》
《また、なんだけど……いつものやつ今言える?》
《えー、またー》
途端に不機嫌そうになった少女に心の中で微笑みながら
《また、和菓子の美味しい店につれてくから》
《え!本当!約束だよ》
《ああ、もちろん、じゃあ教えて》
《うん、じゃあね……埼玉の春日部にある、田中商事って所》
《ああ、ありがとう。じゃあ何時もみたいにそこの株買っといて》
《うん!》
念話が終わると同時に、仲丸が喧騒から離れ、自分の机にかばんを置いた和樹に気付き
「おい!しきも……」
声を上げようとしたがその途中で和樹が言った
「埼玉の春日部にある田中商事って所がいいと思う、俺も買ったし」
言葉にクラス全員が一瞬で静かになった――
そしてその静寂が解けたとき、ほぼ全員が携帯電話を掛け始めるか教室から出て行った。
その騒動を横目で見ながら和樹は毎度の事ながら呆れていた
(サギにもならないものなんだけどな)
種は恐ろしく単純である、十万単位の金額が死活問題の潰れそうな小さな株式会社を紹介しただけだ。
当然そんな会社は、株価がえらく低い、そのため一度に彼らにとって巨大な融資を受ければ株価は上がる、そりゃもう上がる。だが……
(あいつら、バブルって言葉知ってるのか?こっちにもあったぞ)
そんな潰れそうな会社が融資を受け取っても、実態が実態なので突然株価が暴落するにきまっている。だが、このクラスの人間にとっては目先の「株価が上がっている」事が重要でそれ以降のことは考えてないようだ。
(これで、確か十四回目だったよな。最初が一年の九月だったから……さて、今回はどうなるかな)
これで、いつも暴落したらさすがに和樹を疑うだろうが――――今まで、三回も会社が立て直され、今でも株価が上がり続けているという「実績」が、あるため誰ももう和樹の言葉を疑ってなかった。
(最初のほうは……なんか疑ってたけど、七回目辺りからはそれもなくなってきたし)
初期のほうは、「なぜ、あいつは上がる株なんかをわざわざ言うんだ」だの「何かたくらんでんのか」だの、上がる株を教える和樹を疑いの目で見続けていたが、中盤あたりから「あいつは変わっている」などに変わり、最近では「式森和樹は(上がる株の情報を教える)いい奴」というように変わった。
しかも和樹は株がまだ上がっている途中で、抜ける―ある程度儲かったからなのだが―ためさらに好意―B組にとっての―を集め、「式森和樹情報に対する抜け駆け等を禁止とする」事がB組法廷―本人不在―で、議論三時間という最短記録で可決された。
その時、担任の中村が久しぶりに教室に入ってきた。顔色がどす黒くやつれはて、足元はふらつき、目はすでに死人の目だった。
(墓場に下半身までは、完全に埋ってるな)
僅かばかり同情の念が和樹を襲った、昨年の一学期は、はつらつとした青年教師だったがこのクラスにどっぷりはまり込み、今や内臓に疾患どころか、切除手術を行うところまで逝ってしまったらしい。
(少し、生真面目過ぎたんだな……慣れるとそれほど変わってないのに)
今までの人生で会った変人(人外もいたが)方―トップはもちろん師だった―たちを思い出しながら和樹は思った……和樹が変人と断定した者達がそれを聞けば、全員が自分はまともだが、他は和樹も含めて変人だと断じるだろう―――結局和樹はこのクラス向きの人間なのである、ここでは表に出さないためよりたちが悪く、騙されるものが多い。例えば
「式森、他は何やってるんだ……」
死にそうな声で言う中村や他のほとんどの教師は、和樹のことを「B組で唯一まともな生徒」とか「B組のオアシス」などと呼んでいる。
その声を聞き和樹はすまなそうな顔と口調で
「さあ、また何か。仲丸が言い出したんですけど……それ以外は」
内心で「意図的に言葉を少なくすることは、状況下によっては多大な利益となる――嘘を混ぜなければ、さらに良し」という師の言葉を浮かべながら言った。周りの生徒が全く聞いてないのを承知の上で……
「そうか、又か……」
胃を押えながら言う中村に和樹は少し本気で
「中村先生、伝えておくことがあったら、俺が伝えておくんで……今日は早退したらどうです」
その言葉を聞き中村は、砂漠でオアシス(実は蜃気楼)を見つけた人間そのものの表情で、涙ぐみながら
「ああ……そうさせてもらうよ……式森、お前がいてくれたおかげで……私は……私は……」
(男に言われたくないセリフ、トップ10に入るな〜)
と内心思いながら和樹は柔和な表情を変えずに、ここまで追い詰められた中村氏の次の言葉を待った
「じゃ、じゃあ……今日は魔力診断があるという事を伝えておいてくれ……じゃ、私は早退する」
「あ、はい、お元気で……」
反射的に言葉が出たが和樹の頭の中は、魔力診断という言葉で頭がいっぱいだった。
式森和樹は、魔力診断を入学時の一回だけしか受けたことがない。なぜなら……
(紅尉晴明の巣に行くわけにはいかない……今回は何でサボろうかな)
保健室の主にやばい目で見られているからである。
入学してすぐの魔力診断のときだった……
「次、式森和樹君」
「はい」
「ほう、君が……では、座ってくれ」
少しその科白に引っかかったが、特に気にせずに椅子に座ると腕にクッションみたいなテープを巻かれ計測し始めたが
(あと五回だと思うけど、思わぬところで使ってるかもしれないから今回は計ろう……次からはどうやってサボるかな)
自分はこっちの世界の魔法を使う必要がほとんどないと分かっている和樹には、意味のないことだった。が、何時まで経っても結果を目の前の男が言わずに、傍らの資料の方に目をむけ始めたのを見て、自分の直感が警告を発したので、少し身を乗り出し男の手元にある機械の数字のところをみると
八十七回
と表示されていたので、驚愕したが何とかその感情は、顔や動作には出さずにすんだ。
(何で、増えてるんだ。どうして)
とりあえず思うまま原因を挙げ始めたが―――百を超えたところで考えるのが虚しくなり、今そんなことをしている場合じゃないという事に気付いた。
(まずい、確か魔法回数ってのは、産まれたときに戸籍に登録されてる。俺の戸籍は魔力回数までいじってなかったから……多分)
その和樹の考えを聞いていたように、紅尉は資料から和樹に目を移し、1つ咳払いをすると
「こほん……いや、失礼、少し驚いたのでね」
そういいながらも、ヤバイ光で輝く目をこちらから逸らさずに言う紅尉をごまかす手段―殺害まで―を考えている和樹に、紅尉は続けて
「君の戸籍には魔法回数八回と書かれている、これはどういうことなのか、教えてくれないか?」
疑問の形をとっているが、目には「さあ、吐いて楽になれ」といいながら嬉々として拷問を繰り返す奴と似た妖しい光が宿っていた。
が、紅尉のセリフの中の戸籍という単語で1つ閃いた。産まれた後、次に魔法回数を計るのは、通常では小学校なので、自分は今まで一度しか計っていない。なぜなら……
「紅尉先生、おそらくその書類は間違っています。俺の魔力回数は、産まれたときは八十八回で、その後一度しか使ってませんから」
「なぜ、そう言い切れるんだね。君は今まで魔法診断を……」
「一度しか受けていません」
「何?」
「調べてもらっても結構ですが俺は小学校に上がる前に事故で行方不明になってから、治安の悪い外国をうろついて最近日本に帰ってきたので、一度しか受けてないんですよ」
それを聞き僅かに紅尉は、眉を上げると「少し待ってくれ」といい、電話に話しかけた。
―――そして電話を終えると、こちらに頭を下げながら
「すまなかった……君の過去を探ってしまって……」
と謝ったので少し感心したが―――顔をあげた、紅尉の目に未だ疑いの意思があり、納得してないということが分かったので、取り消した
(無理ないか……魔力回数が増えた可能性が強い人間を見て反応しないタイプじゃなさそうだ、と言うよりマッドだな―――早急に逃げよう)
とりあえず一刻も早くここから逃げるべきだと自分の直感が、絶叫し始めたので
「いえ、別に、それでは紅尉先生、後が詰まってるようなので……」
といいその場から、振り返らずに逃げ出した。
あれ以来何度か紅尉が、呼び出しを掛けてきたがことごとく様々な理由を付けて断ってきた。それに、保健室の前も出来るだけ通らないようにしたり、紅尉の気配を感じたら、早急に別の道を歩いた。が、ここに来て魔力診断―――
《よし、今回は頭痛にしよう。理由はB組の空気に当てられたって事で》
おそらく、担任は居ないが学年主任の副島なら納得して早退の許可をくれるだろう。そこまで考えいざ職員室に向かおうとする和樹に、突然慌てたエリスから念話が来た
《ますたー!ますたー!大変!》
《ん、どしたの?》
そう言いながら、職員室に鞄を持って向かい始めた和樹にエリスは
《侵入者が、入ってきたの》
《はあ?鍵は》
《なんか向うでガチャガチャやってたら、いつの間にか開いてた》
《ピーキングか……エリス、今そっちどうなってる》
簡単な鍵とはいえやすやすと入った、侵入者に少し呆れたが――害意を持って侵入した場合迎撃装置が侵入者を攻撃した上に、例えどこにいても自分が気付くようになっているので、特に緊張せずに聞いた和樹に
《私は猫の姿でー、チョコレート貰ったから食べてるの♪》
嬉しそうにエリスは言った
《……エリス、光学迷彩は忘れていたのかい。寮はペット禁止なのに》
静かにそういう和樹に、いきなり怯え始めた
《ま、ますたー、えっとね、そのね、あの……ごめんなさい》
シュンという音が聞こえそうなほど、気を落として謝るエリスに
《別にいいよ、これから気をつけな……で、侵入したのはどういう奴で今何してんの?》
それを聞くとエリスは少し戸惑い
《えーとね、女の子で……》
《幾つぐらいで、容姿は?》
瞬時にそう聞く主人に少しむくれながら
《……ますたーと同じぐらいで……その、あの……可愛いと思う。……で、今掃除してる》
《……エリス、すぐに帰る。もしものことに備えといて》
念話を切った和樹は掃除という行動に少し驚いたが、とりあえず不法侵入者に会おうと思い、職員室に行き早退許可を取ると帰路に着いた。
そして彩雲寮の玄関の前に着くと
《ますたー!そこでじっとしてて!》
慌てふためいたエリスの声を聞き立ち止まり、魔術で中を探ろうとしながら
《どうした!何があった》
と声をかけると、さらに慌てた意味不明の声が響いたので、はっきり言うんだと、強く言うとエリスが渋々といった感じで
《そのね……今ね……女の人……服脱いで、きが》
ガチャ
「ただいま、エリス、留守番ご苦労様」
とさっきまで寮の玄関にいたはずの和樹が二階の自分の部屋の扉を開け、エリスに声をかけながら―――目はしっかりと下着姿の少女の方に向けていた。
《ますたー……》
それ以上何も言わず、エリスは和樹に冷たい目を向けた。
エリスが言った通り―――いや美女とか美少女というものに見慣れている和樹でも、高得点を付けることができるくらいの可憐な美少女である。
(体にボリュームが少し足りないけど、それはこれからどうにでもなるし、今でも充分スタイルがいい―――目の保養の価値充分だ、白い下着+ブラウスを手に持っているのもOK)
……ドアを開けてから少女と目を合わせるまでの一瞬で、式森和樹はその少女の体の細かいところまで頭に入れた。
「き……きゃああああああああっ!!」
目が合った後の一瞬の空白後、少女は悲鳴を上げ、ブラウスで胸を隠してしゃがみ込んだ。
が、和樹はそれを見て冷静な声で
「……で、昼間から人の部屋で服脱いでる君は誰?」
と少女から目を逸らさずにいった。が、少女は冷静な和樹の声に反して、下着姿を見られたためパニックに陥った声で、あたふたとしながら
「い、いえ、あの、その……と、とりあえず……」
「……で、昼間から人の部屋で服脱いでる君は誰?」
「は、はい……あの……それよりも先に……」
「……で、昼間から人の部屋で服脱いでる君は誰?」
「それよりも……」
「……で、昼間から人の部屋で服脱いでる君は誰?」
ことごとく台詞を遮断され挫けそうな少女だったが……何とか気を取り直して
「すいませんが……服着るんで……後ろ向いてもらえませんか」
そう言う少女に和樹は冷酷といっていいほどの声音で
「君が強盗で……俺が後ろ向いた瞬間刺さないって保障は?」
言い放つと少女は、キッと顔をあげてこちらを見
「そんな!私、強盗なんかじゃ」
「不法侵入しといて、何言ってんだ……で、保障は」
という和樹の冷たい言葉に撃沈され、「うう……」と呻き顔をふせたが……「保障」と聞きすぐに顔を跳ね上げ
「私が……誓いま」
その科白の途中で和樹は口元を吊り上げ、笑みを浮かべると
「君が何をしても、保障になるわけないだろう」
和樹に下着姿を見られながら、自分が何言っても意味がないと言われた衝撃に少女は俯き、僅かに泣きの入った口調で
「じゃあ、どうしろっていうんですか……」
その言葉を聞いた和樹が「簡単だ」と言ったので、少女は顔を上げ希望の混じった目で和樹を見た。その顔を見ながら和樹が
「俺が見ている前で、君が着替え」
「――ればいい」と、言い終わる前に、にゃー、といいながら白い体に金の目をした猫の体のエリスが和樹と少女の間に入り込み、和樹と念話を始めた
《ますたー、酷いよー》
《不法侵入に対する罰だ》
《でもやりすぎ……私が見てるから後ろ向いてあげて》
そこまで言われると、エリスには甘い和樹は少女に向かって
「エリスが、保障するらしいから、今から後ろに向くよ。着替え終わったら教えてくれ」
そう聞くと少女は不思議そうな顔で「エリス……さん?」と呟くので少女の前にいる猫を指差すと、少女は理解して
「そうですか、エリスさんっていうお名前だったんですね。ありがとうございます、これからよろしくお願いします」
とエリスに頭を下げ、和樹が後ろを向いているのを確認して着替え始めた
少女が着替え終わったことを和樹に知らせると、和樹はエリスがベッドの上で丸くなっていることを確認してから、何故か三つ指をついて頭を下げている少女のほうを向き、テーブルを挟んで床に座りながら
「で……君は誰?」
「あ、はい、私、今日から式森和樹さんの妻になる宮間夕菜と言います。不束者ですが、これからよろしくお願いします」
という夕菜に和樹はとりあえず
「君さ」
「はい、なんでしょう」
「今、自分が目を覚ましているって分かってる?」
重度の夢遊病者を心配する声でいった。その言葉を聞き夕菜は微笑みながら
「和樹さんたら、冗談ばっかり。起きてますよ、当たり前じゃないですか」
その夕菜の反応に夢遊病者に見られる特徴が全くなかったので、夕菜が本気で自分の妻だと言っていることが分かってしまった―――催眠術等にかかっているという願いも夕菜の反応が全くの正常なので消えた
(結論、この少女はどうやら自分の妻になりに来た模様。……理由は―――おそらくというより間違いなく遺伝子だな、そして……)
先ほどから感じていた1人の若い女性の人間の気配が、こちらに向かっているようなので
(同じようなタイミングで複数の人間がバラバラで来るってことは、ここ二、三日で自分の遺伝子の情報が流れたって事か……しくじったな、夕菜で遊びすぎた。先に夕菜だけでも「始末」しておけば、各個撃破できたのに)
目の前で「前から知っていた……」とか「和樹さんなら……」とか「先越されない様に……」等のほとんど聞き流していた言葉に対して、ほぼ自動で相槌を打っていた自分に話し続ける夕菜を見ながら―――式森和樹はとりあえずこれから起こるであろう、くそ厄介なことに対して最後まで戦う覚悟を決めた。
かなり乱暴なノックの音がするのと同時に夕菜が
「あっ……来た!」
(来た、か……しかももう1人接近中だし)
片方は、自らを鼓舞するように……もう片方は、師に体長六十メートルを超える蛇の親玉のような魔物の体内に放り込まれながら「お前が体内から破壊しろ、がんばれよー」と言われたときに似た心境、という違いがあったが、両者は同じことを考えていた。
夕菜が立ち上がりドアに行こうとした時には、またも無断でドアが開き、三年生の徽章を付けた、これまた女優のような美少女というより美女というような少女が立っていた。
そしてそのまま夕菜と言い合い―適当にあしらい―和樹に近寄りながら
「さあしましょ……て……え、ええっ!」
押し倒そうとした和樹に逆に押し倒され、驚愕の声を上げる少女の下半身の動きを封じて、肩に手をやりながら和樹は静かに
「誰かは知らないが、昼間からとはね……」
笑みを浮かべながら少女の顔や背中を撫で始めた。その和樹の行動に少女は何故か自分からやろうとしたのに
「え、ええっと……あ、そ、そうよねー……昼間からは……」
僅かに混乱して、戸惑いと怯えの混じった声を出し始めた少女に、成り行きを呆然と見ていた夕菜がはっとした様に声を上げようとしたが
「ちょ……和樹さ」
「き……貴様ー!玖里子さんに何をしている!」
日本刀を、玖里子を押し倒している和樹に向ける少女の叫びに遮断された
もう1人来ていると分かっていた和樹は、真剣を向けられているのにも動じず少女を見た。
前髪を綺麗に切りそろえた日本人形のような可愛らしい少女が、こちらを睨みながら真剣を突きつけている。
(初対面の何もしてない無実の一般市民に真剣を向けるとは、なんてひどい子だ!……)
と、逃れようとする玖里子の動きを両足だけで封じながら思った和樹が、小言を言おうとすると
「凛さん、何をするんです!」
そう言いながら夕菜が和樹を守るかのように、和樹と凛の間に立った。
「何を……ですか」
凛が何かを耐えるように言いながら、剣で玖里子の上を覆うような体制のままの和樹を指した。
それを見て夕菜も凛の言葉にえらく納得したように
「和樹さん!離れてください!……そんな、羨ましいことは私に」
後半は口の中でもごもごと聞こえない声で言ったが、和樹は唇を読みその意味を理解した。が、追及する気にはならず、「ああ」と言って玖里子から離れた。
あまりにもあっさりと離れたので、和樹と寝ているエリス以外の三人は少し惚けたが、玖里子があたふたと立ち上がると同時に凛が和樹に剣を向けたまま淡々と言い始めた。
「貴様のことを調べさせてもらった、成績は外国語がトップクラスでその他の教科もかなりのもの、運動は上位に食い込んでいる。教師からの受けもよく、クラスでの評判も良い。趣味は読書と旅で、そのためか動植物に対する知識は図抜けている……だが」
勝手に調べるなよ、と言いそうになった和樹だったが黙って聞いていると、凛の身に纏っている空気が変わり
「だが……その、う、ううっ……」
その言葉から先を言えば、自分が汚されるとでも言うように、歯軋りさえして和樹を睨みつける凛だが言葉を吐き出すように
「だが……い、いかがわしい店に通っているという目撃情報がある。それも制服で!あくまで噂だし、証拠もないので学校側は信じていない、が」
それを聞き玖里子が「あ、それ私も聞いた」といい、夕菜が「そんなっ!和樹さん」とこの世の終わりのような表情で固まり、凛が顔をキッとあげ
「先ほど貴様は、玖里子さんを―――やはり、貴様のような男を婿になどできん、ここで、斬る!」
と剣を構えて「死ね」と言いながら斬りかかろうとする凛の前に夕菜が立ちふさがり
「和樹さんを傷つけさせません、そんなの噂に決まっています!」
「夕菜さんどいてください、私は貴方と戦うつもりは……」
「いえ、私は和樹さんの妻として凛さんや玖里子さんから守る必要があります。だから貴方たちをここで倒します。」
その宣言を聞いた玖里子は「私も」と一瞬驚愕したが、すぐに不敵な表情を浮かべ
「そうね、あたしもここは引けないわね、なんとしても……」
(こっちに自己紹介もなしで、こいつらは……いや、落ち着こう……茶でも入れて座らせて話を聞くべきだ――「始末」の方法はそれから考えよう)
勝手に盛り上がり始め、自分に対する注意が薄くなった三人から離れると、和樹は蛇口からでた水道の水を一瞬で湯にして、緑茶の葉を入れた急須に四人分の量の湯を入れ、湯飲みに入れたお茶を盆に載せて振り返り―――とりあえず、その茶を三人にぶっ掛けたくなった。
(何で他人の部屋の中で……魔法使うってことになるんだ)
夕菜は腕の周りに水精霊を集め、玖里子は霊符を持ち構え、凛は刃に剣鎧護法を掛けて、今にも激突しようとしていた。
それを見た和樹の中で「何で、我慢しているんだい」だの「さあ、やってしまおう」だの「口で分からないのなら、力で」等の声が鳴り響いたが
(いや……待て、魔術はまずい、魔術は……使えば洒落にならんことになる……それに、まず……話が先だ)
その後はもうどうでもいいや、などと考えつつ和樹はとりあえずテーブルの上に湯飲みを置き、その目を緑に輝かせながら
「いきます!」
「覚悟!」
「いくわよ!」
そう言いながら今まさに魔法を発動させようとする三人の前で、左手に持っていた盆を大きく弧を描くように振ると
「「「なっ」」」
発動しようとしていた魔法がキャンセルされたので、驚きの声を上げ一斉に和樹のほうを見る三人に
「とりあえず、聞きたいことがあるから、茶を飲みながら話そう」
と、テーブルを指しながら変わらない柔和な表情で和樹は言った
「さて……君らは何なんだ」
全員がテーブルに座ったのを確認し、正面の夕菜、右手の玖里子、左手の凛を見ながら言う和樹に玖里子が
「ねえ、あんたさっき何やったの?」
その科白を聞き夕菜と凛も何かいいそうになったので、それを止める意味と何をやったか教えたくなかった和樹は
「で……君らは」
「え、あ、その前にあんたさっき」
「で……君らは」
「っ……分かったわよ、まず私たちのことね」
先にあたしらから言うからその後あんたも話しなさい、というニュアンスを込める玖里子に
「ああ、まず自己紹介からしよう。君らは知り合いのようだが、俺は君らと初対面なんでね」
ニュアンスが伝わってないと、玖里子に思わせる口調で和樹が言うと、夕菜がその科白の後半を聞くと身を震わせて和樹を見たが、誰にも気付かれなかった
先ほどのことを教えないと取れる和樹の返事に不服そうな顔をした玖里子だったが
「そうね……私は風椿玖里子、葵学園の三年生」
とりあえず、自己紹介をした。次に
「神城凛だ、葵学園の一年生」
そう正座した凛が静かに言うと夕菜が自己紹介しようとしたが
「君は宮間夕菜だろ。さっき聞いたからいいよ」
と、和樹に止められて不服そうな顔をした
そして和樹は一同を見渡しながら
「で、君らの狙いは俺の遺伝子?」
疑問の形をとっているが、確認の意味で言った。
その言葉を聞き夕菜が
「ち、違います、私は……」
慌てて否定しようとしたが和樹は
「それ以外になさそうだからな……で、どうなんです」
静かに夕菜の科白を止め、この場で一番事情を話してくれそうな玖里子の方を向いて聞いた。
すると玖里子は頷きながら
「ええそうよ、何だ、あんた先祖の事知ってたの」
「いや、誰は知らないんだ。でも、すごい奴だとは聞いたことがあるんだ」
それを聞いた玖里子が「1人じゃないのよ」と呟くのを聞き、怪訝そうな顔になった和樹を見た玖里子は
「あんたの家系ってねえ、賀茂保憲とか安部泰親とかの息子や娘が沢山混ざってんの、日本歴史上の有名魔術師だけでも五十はいくんじゃない。しかもそれだけじゃなく、魔術師トファルドフスキとかスイスのパラケルススとかイタリアのミランドーラとか呉の董峰とか。世界からも入ってんのよ。」
そう言われて和樹は、自分の魔力や魔術に対する素質が異常なまでに高い理由がよく分かった。
(教科書を埋め尽くすほどいるとはな……先生が聞いたら……)
「先祖がどれだけ凄くてもそれだけでお前が凄くなる訳ないだろ、大事なのはこれからお前がどうするかだ――魔術に対する素質とは先祖のおかげで他の奴より走り始めるのが早くて、ちょっと得したとでも思っとく位にしとけ」“昔は昔、今は今”と言うに違いない師を想像して少し気分が和らぎそうだったが、聞くことがまだある。
「で、それは二、三日前ぐらいに明らかになったのか?」
そう、静かに言った和樹に三人は驚き
「「「なんで、知ってる(んですか)(んだ)(のよ)」」」
口々に言う三人に和樹は「やっぱりな」と呟くと三人を冷たい目で見た。
その目と柔和な表情のギャップに少し怯んだ三人に
「で、今日あたりにあんたらの「家」から言われたのか?」
と、いつの間にか「君ら」が「あんたら」に変わっていたが、それに気づかず三人はそれぞれ頷いた。すると和樹は柔和な表情と冷たい目のまま、静かな口調で
「あんたらさ、馬鹿だろ」
と、言い放った。
それを聞き、三人が何か言おうとすると、前の言葉を受け継ぐような形で
「もしくは、何も考えず「家」の言うままに生きているのか―――人形みたいにな」
それを聞くと同時に凛は刀を抜き放ち、玖里子は血相を変え、夕菜は蒼白になり
「貴様……」
「あんた……」
「和樹さん……何でそんな酷い事言うんですか……和樹さんはそんな事、言う人じゃ―――」
それ以降は言葉にならない夕菜を和樹は見、その後周りを見ながら
「酷いのはあんたらだろ」
「えっ」
「何故だ」
「どうして……確かに無理矢理って所は有るけど、あんたにとっても……その、悪い話じゃ」
玖里子の言葉を聞き、和樹は
「確かに……新興とはいえ有数の財閥の風椿家、落ち目だが旧家で伝統もあり日本でもかなりの家である神城家、最近他の家に追いつかれているが未だ日本での西洋魔術の権威である宮間家、確かに俺個人としては、どこかに婿になるというのは最悪の選択ではないな……そんな飼われた生活ごめんだが」
最後のほうは聞こえないように言う和樹に、玖里子は
「だったら……」
「だが、その子供はどうなる……「家」のためにあんたらの腹痛めて生んだ子供は」
「「「えっ……」」」
その言葉の意味を理解していない三人に和樹は
「その子供が、魔法回数数十回だったらどうするんだ。俺は、それだけの血があっても八十八回だぞ。君らとの間の子がそうじゃないなんていう、保障なんてどこにもない」
「で、でも……あんたの子供は大魔術師間違いないって」
「だから、なんで間違いないなんて言えるんだ。何か確たる証拠でもあるのか」
「「「…………」」」
そう言われて黙り込んだのは、三人全員だった。確かに和樹に濃縮されているだけで、それが次に出る等という保証はないことに気づいたのだ。
「それだけなら、まだいいんだ……」
そう、静かに言う和樹にいつの間にか俯いていた全員が顔を上げた。その三人を見ずに
「もし、複数の子供が生まれて、そのうち1人でも魔法回数数十回という子供が生まれて、他が魔法回数数十万回という場合よりはな……」
「「「っ……」」」
その言葉を理解した三人の顔が、さらに強張った。
「そうなると、魔法回数数十回の子供は……追放で済めばいいが、最悪あんたらに殺されるかもな」
それを聞き、三人は顔を上げて否定の言葉を言おうとし、凛が真っ先に
「そ、そんなことするわけないだろう!」
その声を聞き、和樹は座ってから初めて表情を一瞬だけ動かした―――嘲笑という表情に
「さっき、あんたは何をした」
「何を、だと……」
「貴様みたいな男を婿にはできんと、刀を向けたな」
「た、確かにそうだが……あれは貴様が……」
「「家」に向けずに、俺にな」
その言葉の意味を悟り凛は―――何も言えなくなった。そんな凛に和樹は柔和な表情で、優しいといっていい声音で
「そうだろう。あんたは「強い」家より「弱い」俺を攻撃したんだ……そんなあんたが、子供のときだけ違う対応を……冗談としては最高だぞ、小娘」
最後まで優しく言う和樹に、凛は顔を伏せるだけだった。
そして、周りを見回し凛以外に和樹に言おうとする者はいないと判断した和樹は
「今日、あんたらは聞いたんだよな。俺を婿にしろと」
「ええ……そうよ」
「はい、でも……」
「………」
何とか答える玖里子と夕菜と違い、凛はまだ黙ったままだったが、
「で……あんたらここに来るまで、何も考えなかったんだな、産まれる子供のことさえも考えてやらなかったんだな。俺でさえあんたらから聞いて、すぐに考え付いた事をまるで自分には関係ないことのように……だから、あんたらは酷いんだ。さらに―――」
下を向いた三人を見てまたも嘲笑した。
「―――ここに来て、あんたらがやったことは何だ。俺に何も説明せず、不法侵入するは、押し倒そうとするは、剣を突きつけるは、挙句の果てに、人の部屋で魔法だと……」
そこまで言うと和樹は呆れ果てたように頭を振り
「茶飲んだら、出て行け。もう、あんたらと話すことも、そのつもりもない」
その最後まで荒げることのなく過去を語るように淡々とした言葉が終わる前に、宮間夕菜は部屋を飛び出した
「あの……さ」
おずおずと玖里子が和樹に声をかけると、和樹はぬるくなった茶を口に含みながら頷いた。
「……夕菜ちゃんって帰国子女なのよ」
「………」
「外国に行く前に男の子に優しくされて、凄くはげまされたらしいのよ……覚えてない?」
「それは……どのくらい前」
「大体、十年くらい」
その言葉を聞いて式森和樹は唯一覚えていた、自分が向うの世界に飛ばされる前の記憶を思い浮かべた。
泣いていた少女、顔も交わした言葉も覚えていない。ただ、少女のために魔法を使ったこと、それで少女が泣き止んだことが、嬉しかった自分……唯一自分がこの世界の出身だと証明できたもの、この世界に来て何よりも探したもの。
だが、和樹は
「知らないな……人違いじゃないか」
「そう……じゃあ、私達も……凛、行こう」
そう言って玖里子は未だ、うつむいたままの凛の腕を取って
「じゃま、したわね。ごめん」
部屋を出て行った。
「結局、誰も茶飲んでいかなかったな」
その言葉と同時に式森和樹は、三人の少女の名を脳裏から消した。これで、もう終わりだというように―――