「そう・・でもまたお腹が減ったら言ってね。」
「う、うん・・・」
笑顔を投げかけてみるも、仔狼は浮かない表情をする。
「そんな顔しない。ちゃんと面倒みてあげるから。」
「・・わっ!?」
ぽんっ・・と手を頭に乗せ、優しく撫でる。
ビクッと体を震わせるが、僕を見上げるその目には涙。
銀色の美しい毛並みが小さく震えていた。

 * * *

「・・・そんな事もあったな。」
「ええ・・そうですね・・・」
俺は全高が俺より大きく、すっかり育った、銀狼に振り返った。
大きな切創のある右目は開いていない。左の深紅の眼が俺を優しく見つめる。
「お前もすっかり美人だな。」
「・・・そう・・ですか?そうだったらあなたのお陰です。」
あの頃の幼さは微塵もない。今は誰でも惚れる程の美貌の持ち主だ。気味の悪い深紅の眼もその美貌を引き立てるひとつだ。
「俺のお陰か・・フッ、あははははっ・・」
「フフ・・ははははっ・・」
俺は不意に笑ってしまった。銀狼は怒ることなくそれに続いた。
と、その時クゥ・・と何かが鳴った。
「あ・・・」
「おっと、もうそんな時間か。」
「・・・恥ずかしい・・」
銀狼は頬を赤らめ、身を捩りながらこちらを見つめる。
シュルシュルッ・・パサッ・・
俺は右腕の包帯を取る。
痛ヶしい無数の白い噛み跡の残る右腕が姿を現す。
「ほら。いいぞ。」
「・・頂きます。」
ガプッ・・キュウウゥゥゥ
スッと目を閉じてその細腕に牙を突き立て皮膚を喰い破り、血を舐め取る。血を吸い、血を飲む。
「っ・・」
数年もこの行為に付き合ってきたが俺はまだこの痛みに慣れない。噛み跡はこの狼の食事の痕。
成長するにつれ、血の摂取量が増え、俺は大変な思いをした。
ゴクッ・・・ゴクン。
「頂きました。」
十分もの間、銀狼は俺から食事を取る。
毎度の事ながら、俺は血を流したまま倒れそうになって、よく倒れる。なぜなら、極度の貧血に陥るためだ。
この狼の食事は最早、吸血鬼なみの吸血行為だ。
「く・・うっ・・・」
今回も取った包帯を拾おうとして視界がグラリと歪み、足が折れ、体が傾く。
トンッ・・
「わ、悪いっ・・・」
その体を銀狼が前脚で受け止めた。
「いえ・・・いつもの事です。」
ポタッ・・ポタッ・・・
「ん?どうした?」
その時、俺の頬に暖かい雫が落ちてきた。
何だろうと思い、銀狼を見上げると・・
銀狼は・・・泣いていた。
「私の名前・・・分かりますか・・?」
「名前・・?まだ・・聞いてなかったな・・・」
俺はずっと銀狼の事をお前と呼んでいた。今更、名前を知ってもそれが変わるかは分からない。
だが、次の瞬間、俺は背筋が凍った。
「私・・私の名は・・・フェンリル・・」
「!?フェ、フェンリルっ!?あ、あの、人間のみを喰らい、その命を永らえる・・」
「そう・・・そうです・・・分かっているのなら、話は早いですね・・・」
未だに頬には涙の筋が流れるも、フェンリルの声は力を失っていない。涙声でもない。凛とした声。
フェンリルが俺を遠慮しがちに前脚で押さえつける。
「俺を・・・喰う気か・・?お前を拾った俺をか?」
「・・・・・貴方には感謝しています・・・貴方の血を数年もの間頂いて迷惑をかけても、貴方は私を見捨てなかった。」
「あぁ・・俺はお前に死んでもおかしくない程の血を飲ませたな。」
「何一つ恩返しできなくて・・・申し訳ないです・・・でも・・・ここまで育った私はもう血だけでは体を維持できない・・・私は生き永えるには・・人間を・・貴方を・・・・・」
「もういい・・・」
「えっ・・・・」
「薄々分かっていた・・苦しまなくていい。お前は本能に従え。俺の心配はするな。」
「・・分かっていたのですか?私の事を・・・」
「ま、まあな・・・少し・・怖いけどな・・」
いくら、前にわかって、喰われる身なのだと覚悟していた今でもそれを迎えるとやはり怖い。
自分でも体が震えるのが分かった。
「貴方は・・どうして、そこまで・・・」
「何も言うな・・・俺を喰えなくなるぞ・・」
フェンリルの涙が俺の頬にずっと滴っている。
声一つ上げずに泣いていたその雫は人肌よりも熱を帯びてその思いを俺に伝えていた。

ーありがとうー

 

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