「や、止めて!いじめないでっ!」 自宅への帰路の途中、雨と傘に当たる雨の音の中、僕の耳が幼い涙声を捉えた。 「ん?・・・なんだろ・・・」 街道のすぐ側に公園があり、その隅からその声が聞こえた。 「・・仔犬・・?いや・・狼・・?」 最初は犬かと思ったが、よく見れば、耳は鋭く、尾を見ても、確かに狼。仔狼だった。 特に狼が珍しい訳でもなく、喋っていても珍しくない。 僕が足を止めた理由はその言葉だった。 「いじめないでっ・・お願い・・お願いだからっ・・」 雨に打たれ毛は全てペタリと体に垂れており、さらに酷いことに右目に大きな切創、両足にもそれはあった。 毛は血に濡れ、地面の雨水は真っ赤だ。 「うぅ・・・もう・・嫌・・痛いのは・・・」 顔を腕で庇って体をビクビクと震わせている。 その目には確かな恐怖と怯えを僕に伝えている。 傷は動物にやられたとは思えなかった。あきらかに人間の手だ。 つまり、この狼は人間・・僕に怯えている訳だ。 「大丈夫・・・もう、大丈夫だよ・・・」 涙を流し、震える仔狼を優しく抱き上げる。 「ひっ!は、離してっ!!」 驚いたせいか。それとも殺されると思ったか。 そのどちらか分からないが、仔狼は僕の腕の中で暴れだし、挙句の果てに腕に牙を突き立てた。 まだ小さい牙は顎の力が弱いこともあり、皮膚を喰い破るまでには行かなかった。牙も震えており、力が分散する。 「っ・・大丈夫。もう、何もしないよ。何もされないよ・」 「ぅえ・・ほ、本当ぅ・・・?」 濡れた毛並みを優しく撫でながらそう言うと、噛むのを止め、明るさの少し戻った表情で僕に問いてきた。 「もう、大丈夫だよ。怪我の手当をしてあげるからね。」 「うぅ・・えぐっ・・わぁぁぁぁぁん!」 堪えていた涙が途端に溢れ、仔狼が僕の腕の中で泣きだした。 雨と涙と血で濡れる服。そんなのは洗濯すればすぐに綺麗になる。 だが、この仔狼の傷はそんな簡単には治らないだろう。 片手で傘を差して、たまたま持ち合わせていたタオルをその傷ついた仔狼にかけた。 * * * 「ねぇ・・君は何を食べるの?」 自宅に戻った僕は服を着替え、仔狼の手当に当たった。 両足に包帯を巻き、顔半分にも包帯が巻いてある。 巻いた直後はいいが、今となるとジワリと血が滲んでいる。 改めて思うに、まだ幼くて可愛い。 その表情は何かを言いにくそうにしている。 「どうしたの?」 「ぼ、僕・・ち、血しか・・・食べられないの・・」 「血・・?」 「お、お願いっ!眼も紅いし、気味が悪いけどいじめないで!一日一食で我慢するからっ!!」 公園では暗くて気付かなかったが、確かに仔狼の眼は血のような深紅だ。気味が悪くないとは言えない。さらに血を飲むというのだから、不吉を運ぶとも思える。 「・・・・・・・」 「もう・・暗くて・・寒くて・・・痛いの嫌だよ・・・」 恐らく、幾多の人間に拾われてその血しか受け付けない体と紅い眼が災いし、見捨てられたと言うことだ。 心ない人間がこの仔狼の右目を奪ったのだ。 「・・ずっと我慢してたんだね。」 「え・・?」 僕はしゃがんで、右腕の袖をあげた。 「一日一食じゃ足りないでしょ?三食でいいよ。」 「で、でも・・いっぱい飲んだら・・」 「そこはなんとかするから、さぁ。」 「・・うん・・あ、ありがと・・」 ガプッ・・・ 「ッ・・・う・・」 目に涙を浮かべ仔狼が右腕に牙が突き立てられた。 今度は牙が皮膚を喰い破り、血が流れる。 その血を遠慮しがちに舐めて体に取り込む。 「だ、大丈夫。気にしないで。」 ズキッと痛みが走るたびに、顔をしかめる僕を心配そうに仔狼が見上げる。 余計な心配をかけないように笑顔を作る。 が、少しすると仔狼が牙をはずし血を舌で舐めとった。 「ど、どうしたの?お腹いっぱい?」 「う、ううん・・し、食欲がなくて・・」 それは・・嘘だ。と、すぐ分かった。 表情とその言動から見れば、仔狼自信が罪悪感を感じ、血を飲むのを止めたのだ。 |
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