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草の根かきわけてV − 旧・小説投稿所A
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草の根かきわけてV
− オオカミの涙と真実 −
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 「ビンバ・・・・・」

 まだ目が覚めないそいつに、俺は呼びかける。頼む、返事をしてくれ。



 最短時間で戻ってきた俺は、薬草を傷口に当てて脚に添え木をしてやったけど、それ以上はどうしようもねえ。後はこいつを信じてやるしか。

 「なあビンバ、おめーの無駄な強運はどうしちまったんだよ? おい、いいかげん目を覚ませっての」

 もう会わないつもりだったのに、なんでお前って奴は・・・・・

 「ん・・・・・」


 !?



 「ビンバ! 気が付いたのか」

 良かった! 良かったー!

 「ここは・・・・・? ってうっわああああああオオカミ!?」

 急いで逃げようとするビンバは、脚の痛みにその場でうずくまった。

 「くっ、来るなー!」

 はぁ・・・・・やっぱそうなっちまうよな。そこまで怖がられると、さすがのに俺でも傷付くぜ。おいおいそんなに角振って威嚇するなっての。

 「落ち付けって、薬草が剥がれちまうぜ?」

 ビンバはがたがたと震えている。

 こりゃあダメだな。ちょっとやそっとじゃ心を開いてくれそうにない。ちくしょう、ついこの間までは仲良くやってたってのに、水臭いじゃねえか。

 文句は言ってもしょうがないが、こいつの傷口が広がっちまったらいけねえしな。今は大人しくしていて貰わねえと。

 「じっとしていろよ」

 俺は刺激しないようにゆっくりと薬草を貼り直した。

 ビンバはといえば、とうとう泣きだしちまいやがったよ。







 そうさ、俺はオオカミが怖い。どうしてか、知っているからなんだ。襲われる側の立場は嫌だ。だから俺はあの時に・・・・・・



 「それでね、キツネと兎は入れ替わったんだってさ」

 「へえ、そりゃずいぶんと眉つばものだね」

 群れに伝わる昔話、遠くへ見えるあの山へ草食動物と肉食動物で行けば、体を入れ替えられるという話さ。けれど、もちろん俺は信じてなんかいなかった。どうせ御伽噺の類、そう思っていた。

 「嘘じゃないんだってば。本当にちょっと昔にあったんだよ?」

 「そうかいそうかい」

 俺は軽くあしらって無視した。どうも俺はそういう話が嫌いなんだよ。何があっても、どうせ最後には 「めでたし、めでたし」 なんだ。

 現実は、何一つめでたい事なんて起こりはしないんだよ。



 一度は馬鹿にした俺だけど、どうしてもその話を忘れる事ができなかった。肉食動物は襲われる事がない。俺も父さんも肉食獣だったら、あんな事は起こらなかった。いいな、いいな。もう被食者でいるのはごめんだよ。

 その気持ちは、日を追うごとに強くなっていったんだ。

 類は友を呼ぶ。昔の言葉だ。そしてあいつが俺の目の前に現れたんだよ。







 「また気絶しちまったのか。いや、それとも泣き疲れたのかもな」

 ビンバは苦悶の表情を浮かべたまま、だらんと伸びてしまいやがった。

 「ごめんよ、ビンバ。俺の事が怖いだろうに。傷だけ治してやったら、すぐにどこかへ行くからよ」

 もう俺にはビンバと仲良くやっていく資格はねえ。この間の満月の日から、俺は鹿にとって本物の敵になったんだ。もうすっかりオオカミ色に染まっちまったよ。

 「ビンバ・・・・・お前と出会ったのは、いつだっけか」

 気が付いたら、お前は俺の傍にいた。親の居なかった俺だけど、育ててくれたじーちゃんと親友だったお前がいてくれたからよ、平気だったんだ。



 いや、待てよ?



 何か、何か大切な事を忘れている気がする。

 そもそも、どうして俺はビンバとつるむようになったんだ? 昔の事はあんまり覚えちゃいねえけどよ。



 「うう・・・」

 「起きたか。もう動くんじゃねえぞ」

 よし、今度は大人しく従ってくれたみてえだな。

 俺は傷口を冷やしていたヨモギの葉を新しいものと交換する。

 「なあ、どうしてあんたは俺を助けてくれたんだい?」

 言うまでもないじゃねえかよ、ビンバさんよ。

 「いいや、その質問は野暮だったかもな。何となく読めてはきたよ。はっきり聞くよ。ルンバ・・・・・お前なのか?」



 !?



 俺は一瞬息を詰まらせた。

 「やっぱりそうなんだな。ルンバ!!」

 繰り返し呼ばれた俺の名前。そして呼んでくれたのは・・・・・

 「ビンバあああああああああああああああああああ!!!」

 俺は泣いた、幼い子供みてえに泣いた。体の中の水分が1滴も無くなっちまうんじゃないかって程に泣いた。ビンバ、やっぱおめえは親友だよ。

 もう鹿になんざ未練はねえ。けれどよ、お前との仲を壊さねえくらいのわがままは許してくれよな。





 「落ち着いたかい?」

 「おうよ」

 大泣きしちまったてれ臭さに少しうつむいて俺は答える。さっきとすっかり立場逆転だ。情けねえな、おい。だけど、さっきのは不可抗力って奴だぜ?

 「そうか、やっぱりその姿になっていたんだな」

 「知っていたのか!?」

 やっぱりってのは、一体どういう事だい。

 「まだ、思い出せないのか」

 ビンバ? 何を言って・・・・・

 「お、おい。どういう事なのか説明してくれよ?」

 俺は少し声を震わせながら尋ねる。



 一瞬の間の後、ビンバが口を開いた。

 「そりゃあ分かるさ。俺だって一度はオオカミになった事のある雄だからな」

 「なっ・・・!」

 どういう事だ!? ビンバがオオカミになった事あるって? 昔っから俺とずっと一緒だったじゃねえか? お前は鹿だろ?

 「それだけじゃない、思い出したんだよ。一度しか見た事がないし、すっかり変わっていたから分からなかったんだけど」

 俺はごくりと生唾を飲み込む。

 「ルンバは元に戻っただけなんだよ。本当の姿、オオカミに」



 え・・・・・?



 空気は止まった。底冷えするような寒さが、足先から俺を侵食していくようだった。





<2013/03/02 14:20 ぶちマーブル模様>消しゴム
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