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草の根かきわけてV − 旧・小説投稿所A

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草の根かきわけてV
− 守られし命 −
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※残酷描写が含まれます







 風に乗って運ばれてくる匂いを俺は嗅ぎ当てる。野生で生きていくのには、必要不可欠な能力だ。オオカミの姿なら、それはたやすい。

 「みつけた」

 ラッキー。すぐ近くから草食動物の血の匂いが漂ってきた。きっとどこかで怪我でもしているんだろう。

 俺は牙を剥き出して舌舐めずりをする。きっとあの岩場の裏側だな。

 「いただきー!」

 俺は喜び勇んで飛び出した。







 「はあ・・・はあ・・・」

 胸が締め付けられるように痛い。脚が折れているみたいで、立ち上がる事もできない。せっかく、助かったのに、このままじゃ。



 「グガアァァァァァァァァァァ!」



 オオカミの声だ! せっかく逃げ出したのに、もうここで終わりなのか? 嫌だ・・・嫌だ・・・

 だけど意志に反して体は動かない。

 「もうダメだ」

 あの恐ろしい牙に引き裂かれてしまうんだ。俺は固く目を瞑って涙を流した。



 だけど・・・



 オオカミの牙が俺の首筋に届く事はなかった。



 恐る恐る目を開けると、オオカミは襲いかかって来るでもなく、俺をじっと見つめていた。心なしか、困惑の表情を浮かべているように見える。

 しばらく俺達は無言で睨み合っていたが、オオカミは踵を返していった。



 「仲間でも・・・呼びにいったのか?」

 力が抜けたように、また俺は気を失った。







 「なんてこった。なんであいつがこんな場所に?」

 覗いてみてびっくり、なんと倒れていたのは俺の幼馴染のビンバときやがった。ずいぶんと酷い傷を負って、息も絶え絶えといった感じだったぞ。

 「やっぱり不味いよな」

 この辺りは俺の縄張りとはいえ、荒らしに来る輩はいくらでもいる。そいつらに見つかったら大変だ。ルウに見つけられても不味い。有無を言わせずに回収されちまう。いいや、そうでなくともあんな重傷まま放っておく訳にはいかねえしよ。



 とにかく、だ。



 今は薬草を取りにいく事が最優先だ。ちくしょう、あんまり脚が速くないのが悔しいぜ。急げ俺、間に合ってくれ!

 俺は巣穴に向かってひたすらに走った。







 薄らいでいく意識の中、俺は夢を見ていた。



 「僕はオオカミになりたい! 誰よりも、強くなりたい!」

 「ははは、そうだね。きっとなれるさ」

 無邪気な俺を可愛がってくれる親父。優しかったな。結局、俺は最後まで迷惑を掛けっ放しだったけどな。俺は静かに苦笑いをする。



 心の中に靄がかかる。美しかった草原は、殺風景な荒地へと変わっていた。

 そう、この時に俺の全ては壊れてしまった。



 「いいかいビンバ、父さんがオオカミを引きつけて遠くまで逃げるからお前はここで待っておくんだぞ」

 「やだよ・・・怖いもん」

 無数のオオカミはこちらに一直線にやってくる。絶体絶命だ。

 「ビンバ」

 怯える俺を親父は優しく諭してくれた。

 「誰よりも、強くなるんだろう?」

 俺はこくりと頷く。

 「それじゃあ約束だ。お前は強い、だから怖がらずに一匹で待っていられるね」

 俺はじっと親父の顔を見つめる。それは自信に満ち溢れた、誰よりも頼もしい顔だった。

 「父さんが帰ってくるまでの辛抱だから、じゃっ頑張れよ」

 そう言い残して親父は飛び出して行った。



 現実ってのはいつも良い方向にいくとは限らないんだな。語りものとは違って、敗者がそこらじゅうにいるんだよ。俺も、親父も、立派な敗者だった。

 俺達は命がけだったけど、それはオオカミだって同じだったんだ。だから、上手く事は運ばなかったんだ。



 岩陰からこっそりと覗いていた俺は親父の最期を見届けた。

 かなうはずがなかったんだ。オオカミはあっという間に親父に飛びつき、獰猛な爪と牙で背中を切り裂いた。最初は抵抗していた親父だけど、次から次へと現れるオオカミ達にその姿は埋まって行った。

 どすりという重い音がして、その場に倒れ伏した。オオカミ達は喜んで肉を口に納めていく。表情は見えなかったけど、どれほど苦しかったかは考えるまでもないな。

 そんな光景でも、俺は目を逸らすことができなかった。いいや、逸らす事すら忘れていたのかも知れないな。

 後にはもう何も残っていなかった。その先の事は覚えていない。





<2013/02/23 13:11 ぶちマーブル模様>消しゴム
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