winter squall



9.


 付き合っている女の家なら、人ひとり監禁するには格好の場所だ。
 釈放された2人と聡一郎がいる可能性は高い。
 裏に回って、閉められたカーテンの隙間から室内に灯りが点いているのを確かめてから、階段を上って部屋のチャイムを押した。
 しばらくして、ドアの向こうから「里奈か?」と男の声がした。彼女は外出中らしい。光は声を低くして、「NHKの集金でーす」とうそぶいた。
「はぁ?」と途端に声が裏返る。
「国営テレビなんか見てねーよ。帰れボケ!」
「そんなこと言われましてもねぇ、テレビを持っていらっしゃる方には全員払って頂く義務があるんですよ。今月からでも構わないんで、払ってください」
 がちゃり、とドアが開いた。
「何が義務だ、ふざけんな!」
 殺すぞ、の「こ」の字に口を開けたところで、男は停止した。光が開いたドアのふちを掴む。
「よお。昨日はどうも」
「な……っ?!」
 ドアを跳ね開け、どもりながら逃げ出そうとする男の頬を殴り飛ばす。狭い玄関の壁にくずおれる身体をまたぎ越えて、光は土足で中へ駆け込んだ。
 玄関を上がってすぐの台所の先に部屋が一つ。そこでテレビを見ながら寝そべっていたもう一人が跳ね起きようとするところを、思い切り蹴った。ガラス戸の入った本棚に背中から倒れ込み、派手な音が上がった。
「な、なんだお前!?」
「なんだじゃねぇよ」
 低い声を発する。
「てめぇら、聡一郎はどこだ」
 台所の方から暁の声がした。
「風呂にもトイレにもいねぇよ、兄貴」
 光は飛び散ったガラスを踏み、男の胸ぐらを掴み上げた。先制攻撃ですっかり萎縮した男の喉から、ひぃっと声が洩れる。
「おい、聡一郎をどこへやった」
「なっ、なんのことだ」
「とぼけんじゃねぇ!」
 もう一度、頬を殴りつける。再び身体が本棚に倒れて、ガラスが落ちた。
「シラ切るつもりか? 死にたいのかよ、てめぇ!」
 頬とガラスで切った腕から血を流して、男は必死に首を振った。
「ちが……訳が分からねぇ。聡一郎って誰なんだよっ」
 まだとぼけるつもりか。カッと頭に血が上った。男の脇腹を蹴り上げ、跳ね上がった身体を掴んで思い切り殴る。2発目のこぶしを振り上げた時、険しい声が飛んだ。
「光、止めろ!」
 目頭を覆っていた、眼のくらむ熱さがふっと消える。我に返ってこぶしを降ろし、男の胸元を掴んでいた手を離して立ち上がると、陽海が肩にポンと手を置いた。
 また暴走しかけてしまった。肩で息をしながら脱力感を噛みしめる。
 陽海は代わって半死半生の男の前にかがみ込んだ。
「お前、昨日釈放されてからどこで何をしていた」
「き、救急車、呼んでくれよ」
「答えたら呼んでやる。釈放されてから、もう一人と何をしていた?」
 血だらけで顔を腫らした男は、泣きながらごもごもと言った。
「あの後、健二とここに上がり込んで、それから一歩も外に出てねぇ。マジだよ。信じてくれよ」
「あっちの男もそうか?」
「そうだよ。俺も健二も何もしてねぇよ」
「昨日の夜、俺達の連れが誘拐された。心当たりはあるか?」
 男は「へ?」と間の抜けた声を発した。
「誘拐って……俺らじゃねぇよ! 藤野さんはまだ出てきてねぇし。大体そんなことする理由なんか、俺らにねぇよ! 俺らだって散々パシリに使われて、藤野さんには迷惑してんだ。あの人の代わりに報復なんかする訳ねぇだろ!」
「そうか」
 陽海は立ち上がり、光を振り返った。
「こいつらじゃない」




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