winter squall



8.


 弁護士から釈放された2人の名前と住所を訊き出して、光達はすぐに彼らの家へ向かった。
 1人目の自宅はアパートの2階で、友人を装ってチャイムを押すと、出てきたのは平日の午前中だというのに小学3、4年生くらいの女の子だった。
 本人が出てきたらとりあえず殴るつもりで身構えていた光は、想定外の少女の登場に面食らった。
「お兄ちゃんならいないけど」
 めんどくさそうに話す少女の目線にかがみ込んで、暁がにっこり笑いかける。
「それ、本当かなぁ。もしよかったら、部屋の中見せてもらいたいんだけど」
 少女の妙に大人びた眼が、うさんくさそうに制服姿の3人を見遣り、細まる。
「なんで?」
「君のお兄ちゃんね、俺達の友達を誘拐したかもしれないんだ。だから捜してるの」
「誘拐?」
 少女の眼が一瞬驚きに見開かれ、そして元に戻った。
「そう。あのお兄ちゃんならやるかもね。いいよ。中見ても」
 部屋へ入る少女について行こうとした暁を陽海が止めた。
「確かめなくていい。あの子は嘘をついてない」
「うん。でも手がかりとかあるかもしんねーじゃん」
 大人物のつっかけを脱いで狭い玄関を上がった少女が、無表情に暁を見て言った。
「長谷川さんって人の家だと思うよ」
「長谷川さん?」
「お兄ちゃんのカノジョ。お兄ちゃん、最近全然帰ってきてないよ。ずっとカノジョのとこにいるみたい」
「そうなんだ。その長谷川さんの家、分からないかなぁ?」
「知らない」
 少女は、にべもなく首を振った。「だよなー」と、暁は大袈裟に肩を落とす。
「長谷川さん、駅前のマックでバイトしてる。髪の毛金髪のケバい人。訊いてみたら?」
「え? マジ? よく知ってんなー」
 少女はことさら無表情で言った。
「お兄ちゃんがお金寄こせって帰ってきた時、一緒に来てたから。その後でバイトしてるとこ、見かけたの」
 3人とも唖然として黙ってしまった。暁がしゅんとして、少女を見遣る。
「ごめんなー。ヤなこと訊いて」
「別に。事実だもん」
 少女はそっけない。
「じゃあ、マックで訊いてみるな。ありがとう」
 頷いてドアを閉めようとする少女に、陽海が訊いた。
「学校、行かなくていいのか?」
 少女は上目遣いに陽海を見た。
「昨日ママがお兄ちゃんのことで警察に呼び出されて、その後寝込んじゃったから私が看病してるの。仕方ないでしょ」
「そうか」
「じゃあね」
 パタン、と目の前でドアは閉められた。



 昼休みの混雑が過ぎようという時間帯で、駅前の店は客がまばらだった。
 カウンターで営業スマイルを浮かべているバイトに訊いても怪しがられるだけなので、暇そうにしていた店長を呼んで事情を話すと、中年の店長はそれでも充分うさんくさげな顔で3人を見比べた。
「そういうことは警察がするもんでしょ。あんた達、どこの高校?」
 平日の昼間に、制服姿でうろうろしているから余計説得力がないのだろうが、はなから偏見で見られているようで、気分は悪い。
「そんなバイトの子の個人情報なんか、教えられる訳ないでしょ。あんた達が里奈ちゃんのストーカーだったら、どうすんの」
 さすがにムッとして光が口を挟もうとすると、先に陽海が前に出た。
「俺達の父親は鳴滝一臣という。俺達の身元を疑うんなら、今から父親に電話をかけるから、直接奴と話をして確かめてくれ」
「えええ?!」
 驚いたのは、店長ではなく暁だった。光も耳を疑った。平然と携帯を取り出す陽海の手を、慌てて暁が引きとめる。
「ちょっ、陽海、そんなことして大丈夫かよ? 会議とか商談とか、いろいろ仕事中なんじゃねぇ?」
 あれでも大会社の社長を掛け持ちしている鳴滝一臣は、仕事中は-
  アフターファイブもそうかもしれないが   分刻みのスケジュールで動いている。家族でも連絡しようとしても捕まらないくらいだから、たとえ必要があっても自分から父親に電話をかけるという行為を、光はしたことがない。
「なあ、捕まるのか?」
 光が訊くと、陽海は表情を変えず言った。
「緊急用の直通番号にかける。聡一郎の身の危険に関わることだ。親父も協力くらいするだろう」
「分かった、分かりましたよ」
 店長が両手で会話を遮るようにしながら、言った。
「私がお父さんに怒られても困るわ。あんた達を信用しましょ。ただし、後で警察沙汰になったっていうんじゃ困るから、あんた達の名前と住所は控えておくからね」
 妙に女性っぽい口調でぶつぶつ言いながら、店長は奥へ引っ込み、書類の挟まったファイルを持って戻ってきた。
 金色に脱色した長い髪と、派手な化粧の顔写真が付いた、長谷川里奈の履歴書が探し出される。
 住所はこの近くのアパートだった。
 電話番号と一緒にメモさせてもらって、お礼をいい、店を後にする。車通りの多い道の前で、目的のアパートへの方向を確認しながら、光は陽海に訊いた。
「直通番号なんか、あったんだな」
 陽海はそっけなく言った。
「俺が必要だと判断した時にかけろと言われた。隠しておいた訳じゃねぇけど、言わない方がいいと思ってお前らには言わなかった。悪かったな」
 歩き出しながら、光はビルの間の細長い青空を仰ぎ見た。
「いいや。親父を少しだけ、見直した」
 隣で暁が頷く。
「あれでも父さん、責任感をちょっとくらいは持ってたんだなぁ」
 陽海が苦笑した。
「このくらいでほめるな。世間の父親はもっと普通に立派だ」



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