winter squall



6.


 お隣の家政婦さんが夕ご飯をごちそうしてくれるというので  時々あることなのだが、もちろん家政婦さん独断のお誘いではなく、隣家の息子達からの要望だ  お邪魔すると、夕食の後、黙っておいてほしいと言う光を制して陽海が今日の事件を話してくれた。そうしてくれるように、聡一郎が頼んでおいたのだ。
 幸い誰も怪我はなかったようだが、その事件を聞いた時、聡一郎は心臓がぎゅっと縮まったのを感じた。
 無事でよかったと思うより、怖いと思う方が大きかった。
 粟立った手で痛む胸を押さえる。家政婦さんはもう帰ってしまって、みんなの分のコーヒーを運んできた暁が、「はい」と聡一郎にカップを差し出した。
「大丈夫だって。あいつら逮捕されたし」
 人懐っこい顔で微笑みかけるから、聡一郎も暗い顔は出来ずに微笑み返した。
「うん」
 鳴滝家は聡一郎がお邪魔しているせいか、今日は全員リビングにいる。父親は相変わらず不在だが。
「心配するな、聡一郎。親父に手を回させて、またしばらく出てこれないようにするから」
 陽海が言うと、聡一郎の隣に座る光が眉をしかめた。
「兄貴、そういうのは俺好きじゃねーんだけど」
「バカ。ああいう奴らは、心底懲りたと思わせねー限り、何回でもタカってくるんだよ。第一、あいつらに同情の余地はない」
「俺も陽海に賛成」
 暁が陽気に言う。
「兄貴だって、あんな刃物振り回すような奴らに、毎回付き合わされるのは嫌だろ?」
「まあ、そうだけど」
「こんな時でもなきゃ、他に父さんの使い道なんかないじゃん。今使わないでいつ使うんだよ」
 光が呆れたように笑った。
「うわ、ひでー息子」
「それ言うなら、ひでー親だよ」
「だな。あんだけひでー親も、そういねーだろ」
 堅苦しい長兄まで賛同している。ここまで言われる父親も、ある意味極めていて立派なのかもしれない。兄弟達と一緒になって笑いながら、少しだけ気持ちが軽くなった。
 大丈夫だ、光には頼るべき兄弟がいる。普段の影は薄いけれど父親もいる。きっともう、前と同じようなことにはならない。
 最近話題のドラマをみんなで見て、「この会話ありえねー」とか「こいつら絶対別れるな」とか好き勝手に言い合って、少し遅くなった頃、鳴滝邸を後にした。
 玄関まで見送りにきた光に、遅いから送っていこうか? と訊かれたのだが、鳴滝邸の玄関から自宅の玄関までは数分だ。申し出を笑って断って、聡一郎は彼におやすみを言い、門扉を閉じた。
 街灯の輪から外れた薄暗い自宅の前に、車と人影らしきものを見たのは歩き始めて数歩だった。
 素朴に誰だろう、と思った。両親はまだ帰ってくる予定ではないし、そもそも合い鍵を持っている。家政婦さんも同じだ。友達が訪ねてくるのなら事前に電話が入るだろうし、この時間にセールスもない。
 聡一郎の足音に気づき、人影が動いた。まさか自分に襲いかかってくるとは思わず、「あっ」と声が漏れた口を布で塞がれ、塀に押しつけられて身動きを封じられた。息苦しくてもがいたが、すぐに手足が重くなって頭がぼうっとなった。布に染みこませた薬品のようなものを吸い込んでしまったらしい。
 肌が痺れたようになって感覚がなくなっていく。眼が開けていられない。
 聞こえるのは、自分を押さえつける人間の荒い呼吸だけ。それも急速に降りてくる闇の中で消こえなくなった。





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