15. 暁に聞いた話だ。 陽海は3年に進級した時、父親に高校卒業後はアメリカの大学に留学するよう言われたのだそうだ。 鳴滝家の跡継ぎとしては、妥当な進路だろう。陽海はずっと悩んでいたらしい。だが、最終的に進路を決めなければならないぎりぎりのタイムリミットまで悩み抜いて、結局、光や聡一郎と同じ大学へ進学することを決めたのだそうだ。 せっかく出来た家族との時間をもう少し大事にしたいから、と言って。 父親も、陽海の考えを聞いて、大学卒業までの猶予期間をくれたらしい。 3歳で勝手な実父に引き取られ、光がくるまでずっと一人で暮らしてきた陽海にとって、家族 そして、家族としてだけではなく、暁のことを、心底大切に思っているのだろう、と光は思う。 気持ちが決まるまでは、触れることもしなかったのだから。どうしても留学を選択しなければならなくなった時は、関係を清算することも考えていたのだろう。暁の為に。 光達が、陽海の部屋に押しかけたあの直前、ここのところ機嫌が悪かったその事情を話して、キスしてくれたんだと、暁は真っ赤になりながら報告してくれた。 堅物な兄貴らしいや、と光は笑って暁の頭をぽんと撫でた。 みんなが幸せなら、何があっても、今はそれでいい。 高く薄い青空の下で、風に吹かれて枯れ葉が転がっていく。 息が真っ白になるほど風は冷たい。休日の昼だというのに、道を歩く人の姿が少ないのも、この寒さのせいだろう。 弱々しい真昼の陽差しを浴びても少しも暖かくならず、光は風が吹くたび、コートの中で首をすくめた。 隣の聡一郎は、艶やかな栗色の髪が風で乱されても、しゃんと背筋を伸ばして歩いている。緊張で寒さもあまり感じていないのかもしれない。 「聡」 呼びかけるとようやく振り向いた。 「無理しなくていいんだぞ。聡が気を遣う必要なんか全然ねー相手なんだから」 聡一郎は、薄く微笑んで首を振った。 「待ってるかもしれないから。それに……会えたら、ちゃんと謝りたいし」 彼が釈放されたという話は、昨日弁護士から聞いていた。 正直、光は聡一郎の考えに賛成ではない。聡一郎の優しさに向こうがどこまでも付け入って、ああいうことが起きたのだ。聡一郎が責任を感じることは何もないし、罪は100%向こう側にある。 それでも聡一郎が行くと言い張るから、光はついてきたのだ。一人で行かせるなど、それこそ冗談ではない。 枝だけになった街路樹の並木を折れ、図書館の門を通る。 入り口近くのベンチに、彼はいた。 ずっと待っていたのか。いつ来るか分からない、来ないかもしれない人を、こんな寒空で。 聡一郎がベンチに歩み寄る。その姿をじっと見つめていた彼は、聡一郎が前に立つと立ち上がった。 光は少し離れて2人を見ていた。 彼は、聡一郎に片手を突き出した。 「これ、返す」 聡一郎のマフラーだった。 「もう聡なんかいらねーから。だから返す」 「それで、待っててくれたの?」 ぶっきらぼうに、彼は言う。 「俺、母さんと暮らすことになったから。家も引っ越すし、学校も転校する。もう、ここに来たりしねーし、聡に会いに行ったりもしねーよ」 「うん」 渡されたマフラーを握りしめて聡一郎がうつむく。 「幸……ごめん」 「なに? 同情してくれんの?」 意地悪く笑った。 「俺、本当にもう聡のことなんか何とも思ってねーから。同情なんかウゼーんだよ。止めてくんない?」 聡一郎はますますうつむいて、小さく「ごめん」と呟いた。そのつむじを見つめて、彼は眼を細めた。 「……聡、言ったよな。俺がここで待ってたのは、聡じゃないって。他のものとすり替えただけだって。けど、やっぱ俺が待ってたのは聡だよ」 聡一郎が顔を上げる。彼はにこっと笑った。 「だってさ、今日もやっぱり来てくれたじゃん。信じて待っててよかった」 「幸……」 切るような風が吹き抜ける。「さぶっ」と首をすくめて身震いした彼は、どこか晴れ晴れとした顔で「じゃあな」と歩き出した。 「幸!」 振り返る彼に、聡一郎は泣きそうな顔で言った。 「ありがとう」 「なんで?」 「だって……」 見つめ返す彼の笑顔が、かすかに歪んだ。 「……やっぱ、聡は笑ってる時の方がかわいいな。ずっとそうして笑ってろよ」 そう言って、彼は背を向け歩き出した。 図書館の門を出るまで無言で見送る聡一郎に歩み寄ると、彼もまだ泣きそうな顔をしていた。その頭をそっと撫でる。 「やっぱ聡はすげーな」 聡一郎が顔を上げる。 「あのバカ男も救われたんだよ、聡のおかげで」 かすれ声で聡一郎が言う。 「……そうかな」 「そうだよ。俺もそうだから。いつだって聡に救われてる」 こつん、と額に額を重ねる。柔らかな髪の感触とぬくもりが伝わって、彼がようやく笑った。 「僕もそうだよ。いつでも、光に救われてる」 微笑み合って、鼻と鼻を触れ合わせ、唇にキスを贈る。 冬の風にさらされて冷たくなった唇は、それでもとても甘かった。 晴れた空から薄日が注ぐ。 冬のスコールは通り過ぎて、穏やかな冬晴れの空が戻ってくる。 また、いつ激しい土砂降りの雨が降ったとしても、今が幸せなら、その幸せを守っていけるなら、それでいい。 過ぎ去った雨の強さを思いながら、光はそう微笑んだ。 FIN. * * * * * * * * * * ご感想などありましたら、ぽちっとしてくださると嬉しいです→ ≪ back top * * * * * * * * * * ご注意。 このあとのおまけは、ほのぼの甘々ではありません。 アダルトです! そして、鳴滝兄弟&聡一郎の話ではありません。 以上のことをふまえつつ、それでも読んでもいいかな〜と思われる方のみ、 お進みください。 でも、たぶんきっと18禁ではありません(笑) 実は、今回私が書いてて一番楽しかったのは、このおまけでした(;・∀・) extra ≫ |