winter squall



11.


 負傷した2人には、ケンカでお互いを殴り合ったということにさせて、3人は救急車を呼んでアパートを後にした。
 聡一郎を捜す手がかりは、途切れてしまった。光達は、見当違いの方向へ突っ走っていたのだ。
 近くにあった公園のベンチに座り込んで、光は膝の上に肘をついて頭を抱えた。
 陽は、もう傾き始めている。時間を無駄にロスしてしまった。そのせいで、聡一郎の身に何かが起こってしまったらと考えると、自分を滅茶苦茶にしてしまいたくなる。
 聡一郎は今、どこにいるのだろう? 無事だろうか?
 隣に座った陽海がため息をついて言った。
「……警察に任せるしかないな」
 頭を抱えたまま、返した。
「……警察にやる気あんのかよ。藤野の仲間んとこにだって、全然聞き込みにきてなかったじゃねーか」
 素人の自分達でさえ簡単に行き着けたあの女のアパートにも、警察が先に現れたという話は聞かなかった。
「真鍋さんから、ロンドンにも連絡するように言ったから、おじさん達から捜索願は出てるはずなんだけどな」
 暁が口を挟む。
「プチ家出扱いされてんじゃねぇ?」
 陽海が声を荒げた。
「一人暮らししてる聡一郎が、なんで家出するんだよ」
「なんで俺が睨まれなきゃなんねーんだよ」
 またいつものケンカが始まるのかと思ったら、暁は光の前で足を止めた。
「兄貴」
 重い頭を上げると、暁が缶コーヒーを差し出していた。訝しむように見遣ると、大きな眼をなごめてにこっと笑いかけた。
「何か考える時は、脳みそに栄養送らないと、いいアイディア浮かばないぜ」
 わずかの間、ぽかんとした。
 今、自分はどんな顔をしていたんだろう?
 すさんだ考えにばかり陥っていたことに、気づく。ホッと息をついて、少し、自分を恥じた。彼を案じているのは光だけではないし、辛い思いをしているのも光だけではない。誰より一番辛のは、光ではなくて聡一郎だ。
「ん」
 缶コーヒーを受け取る。冬の外気に馴染んだ手に、痺れるほど熱かった。
 陽海にも同じものを渡して、自分の分のプルトップを開けながら暁が言う。
「もし、本当に普通の身代金目的の誘拐事件だったりしたらさ、俺達には全然犯人の見当もつかないし、捜しようがないよな」
「いや」
 陽海が即座に否定した。
「さっき聡一郎ん家に連絡入れたら、まだそういう身代金要求の電話は入ってないと言ってた。聡一郎が拉致られたのは、昨日の夜だろ。金銭目的なら、もうそういうたぐいの連絡は入っているはずだ」
 暁が首を傾げる。
「じゃあ……なんなんだろ」
「一般的な場合……」
 言いかけて、コーヒーに口をつけた陽海が、むぐっとむせた。
「なっ、なんだよ、この味! コーヒー牛乳じゃねーか!」
 地面をつついていたハトの群が、大声に驚き一斉に飛び立った。
「なに言ってんだよ。カフェオレだろ」
「こんな甘いコーヒー、飲めるかよ!」
 こぶしを握って立ち上がった陽海に、暁も眉をつり上げる。
「無糖のコーヒー飲んだって、脳みそに栄養いかねーだろ! だからミルクと砂糖入ったヤツにしたんだよ」
「だからって、ものには限度ってもんがあんだろ!」
「知るかよ! そんなもん作ったヤツに言えよ!」
「お前みてーに、こんな砂糖の入った泥水みてーなもんを喜んで飲むヤツがいるから……」
「兄貴」
 バトルが本格化する前に、光は冷静に2人の間に割って入った。
「ケンカは後でしてくれ。さっきの話、続けて」
 はた、と我に返った陽海と暁は、何事もなかったかのように再びベンチに腰を下ろした。
「……一般的な場合で失踪の原因は、本人の意志じゃない場合は、怨恨か、通り魔による連れ去りだな。けど怨恨は聡一郎にはあり得ねーし、近所に通り魔が出るって話も聞かない。ひき逃げを隠す為に連れ去るってこともあるらしいけど、家の前にそういう痕跡があったら、俺らのうちの誰かが気づいてる」
「じゃあ……ストーカーとか」
「ストーカー?」
 陽海と光が声をそろえて暁を振り返った。
「ほら、ドラマでよくあるじゃん。たとえば、雨降ってて困ってる人に親切で傘貸してやったら、自分のことを好きなんだって勘違いされちゃって、一方的につきまとわれるってヤツ。聡一郎さんって誰にでも優しそうだし、ストーカーされやすそうじゃねぇ?」
 光は図書館に誘われた時のことを思い出した。藤野にからまれてつい忘れてしまっていたが、あの時くらいから、聡一郎は確かに元気がなかった。何かを光に隠しているようだった。
 まさか。
「……そうだよ」
 陽海がぼぞりと言った。
「あいつだ。1年の……確か……」
 暁がぎょっとする。
「え? マジでストーカー!?」
「そうだ、コハタだ。そいつに図書館でマフラー貸したって言ってたぞ、聡一郎」
 図書館。思わず立ち上がっていた。
「それ、マジか」
 陽海も立ち上がる。
「ああ。そいつ、学校の図書室で聡一郎に言い寄ってた。なんか、性格的にヤバイ感じだった」
「な……なんで俺に言わなかったんだよ」
「お前に心配かけたくないからだろうが。聡一郎も一人でなんとかするって言ってたし……」
「なんとかならなかったから、こんなことになったんだろ!」
 激高する光を押さえるように暁が身を乗り出した。
「なあなあ、ちゃんと確かめようよ。そいつが本当にストーカーやってたのか、どうか」
 陽海が苛立たしげに見返す。
「どうやって」
「やっぱ、当事者に訊いてみないとさ。ウチの学校にマジでストーカーなんかいたら、嫌だぜ?」
「バカかお前。本人にストーカーしてるかって訊いて、正直に答えるヤツが……」
 そこで陽海は何か気づいたらしく、慌ただしく携帯を取り出した。
「なに?」
「今日コハタが学校来てるかどうか、訊き出す」
「訊くって誰に」
「1年の学年主任」
 学校に電話をかけた陽海は、応対に出た教師としばらく話し合いをし、  一部、理事の父親の力を盾に脅迫的な言葉も出たが  通話を切った。
「名前は小幡幸紀。今日、無断欠席している。最近無断欠席が多いそうだ。父親は単身赴任、母親も働いている。兄弟はなし」
 暁が口を挟んだ。
「つまり、家に誰かを連れ込んでも、見つかりにくい?」
 陽海が頷いた。
「そういうことだ」




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