一日一東方
二〇〇八年 一〇月二十五日
(地霊殿・霊烏路空)
『さとり棒 vs うつほ棒』
お燐とおくうは、大のなかよし。
「こないださー」
「うんー」
主であるさとりからお役目を言い付かっているとはいえ、その名に相応しい灼熱を取り戻した地獄の跡地で、すべきこともさほど多くない。怨霊との付き合いにも慣れ、新しく授けられた能力の扱いにも慣れて、ふたりは適当に用意したテーブルに顎を乗せ、ごろごろと喉を鳴らして暇を持て余している。
口を開いたのは、お燐が先だった。
「あたいも字の勉強をしようと思って、そのへんの土に『古明地さとり様』って延々と書きなぐってたらさー」
「うゅー」
おくうは眠たそうだ。
「そのうち『さとり様』がゲシュタルト崩壊して、だんだん『さとり棒』に見えてきたよー」
「あははー、何それー」
「あははー」
「はは」
「はー」
「……新しい」
無駄に使命感を帯びた瞳でもって、おくうはぼんやりと呟く。
お燐はすこぶる嫌な予感がしたが、危機回避よりも顎を上げることの面倒くささが勝った。
「さとり棒……、なんて新しいんだろう……」
「おくうー、帰ってこーい」
適当に呼びつけてみるが、おくうにお燐の声が届いた気配はない。地上の神に唆されて調子に乗っていた頃も含め、どうにも勝手に突っ走る傾向のある地獄鴉なのだ。霊烏路空は。
「うつほー」
「そうだ、うつほ棒!」
何かに気付いてしまったらしいおくうは、テーブルの下に放り投げていた第三の足を引っ張り出す。攻撃性が高く、気持ちが昂っている時はこの制御棒を右腕に嵌め、並み居る猛者たちをばったばったと薙ぎ倒すとか倒さないとか。ちなみにやってきた人間には薙ぎ倒されていた。
暇潰しにお燐と喋っている時など、滅多に使うことのない制御棒だが、おくうは何を思ってかそれを右腕にかぽっと嵌めた。一度、その棒の構造が知りたいものだと、お燐はしみじみ思う。
ふと見れば、おくうは何故か瞳をきらきらさせている。
我が友ながら、ほんとに大丈夫なのだろうか。地上にいい医者がいるらしいから、一度診てもらった方がいいんじゃなかろうか。多分、診せたところで鳥頭ですと言われるのが落ちだろうが。
「これが、うつほ棒!」
「うつほ棒……」
「新しいね!」
「新しい……かなあ」
そんなんで同意を求められても正直困るのだが、何だかおくうが凄く嬉しそうなので、お燐もとりあえずは祝福してあげることにした。
「確かに、ご立派ではあるね」
「でしょ!」
「うん。マーキングの名所になるくらいには」
「だめじゃん!」
おくうはご立腹である。
だが彼女が何を期待しているのか知り得ない以上、お燐も迂闊に突っ込んだことは言えないのであった。困ったものだ。
「とにかく、これならさとり棒といい勝負が出来るわね!」
「……てか、さとり棒って何なの? そもそも実在すんの?」
今更すぎる質問にも、おくうは自信満々に回答する。
「うつほ棒があるくらいだから、さとり棒もきっと存在するに違いないわ! さとり様を倒したら手に入るんだわ、レアアイテムだから4%くらいの確率で」
「じゃあ二十五回くらいさとりさま倒さないといけないね。大変だ」
「でも、うつほ棒なら!」
「てか、うつほ棒も何なんだよ……」
わからないことだらけである。
ただひとつ確定していることと言えば、変な方向に覚醒してしまったおくうが、数分としないうちに古明地さとりの元を訪れるだろうということだった。
やめた方がいいと思うんだけどなあ。
「じゃ、行ってくる!」
「いってらっしゃーい」
やる気のない見送りの言葉にも全力で答え、おくうは眠気など何処へやら、全速力で地霊殿の中庭めがけて飛び出して行った。途中、あらぬ方向に閃光が走ったところを見ると、我慢できずに何発かぶっ放したようである。
全く、困ったものだ。
「寝よ……」
おくうの見限った睡魔が、かわりにお燐の側へ忍び寄る。ほのかに熱が感じられる灼熱地獄、それでも炬燵の中にうずくまる飼い猫の心意気で、お燐はすやすやと眠りの中に落ちて行った。
どこか遠くの方で、爆発音及び震動が鳴り渡ったような気もするが、それさえもお燐にとってはちょうどいい子守唄にしかならなかった。
地霊殿の入り口の前に焦げた地獄鴉がいると思ったらおくうだった、と後に星熊勇儀は語った。
その際、さとり棒がどうとか、ゆうぎ棒がどうとか言いながら勇儀の角を掴んだとか掴まなかったとかいう話だが、真偽の程は定かでない。
キスメ
黒谷ヤマメ
水橋パルスィ
星熊勇儀
古明地さとり
お燐
古明地こいし
SS
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