「創立祭?」
「うん! 今日駅前でチラシを貰ったんだ」
買い物から帰るなりアキラにチラシを見せながら、ケイスケは笑顔を向けてきた。
一緒に買い物をしていたはずなのに、いつの間にそんなものを貰っていたのだろう。
チラシとケイスケを交互に見ながら思うが、全く興味がないわけでもなく突き出されたそれを手にとった。
そこには“トシマ学園創立祭。今年は一般公開あります”と、派手で大きな文字がトップを飾っている。
「今年からは外部参加も大歓迎なんだって」
「そうなのか……」
「ほら、俺達の時ってそんな雰囲気じゃなかったでしょ?」
だから、せっかくだし一緒に行ってみない?
そう言いながら、ケイスケは壁に掛けられているカレンダーを指差した。
「ちょうど仕事も休みの日だし。どう……かな?」
問われて気がつくが、アキラには別にそれを断る理由もない。その日が休みなのだからなおさらだ。ケイスケが行きたいのなら行ってもいいかと思い、アキラはわかったと頷いた。
「えっ、いいの?」
「あぁ」
あっさり了解したことに驚いた顔を見せたが、もう一度答えた瞬間ケイスケは飛び跳ねて喜び出した。
「な……っ、おい、はしゃぐな」
「だってアキラとデートできるんだよ。すっごい嬉しくって」
「デートってお前、二人でならいつも出かけてるだろ」
「それは買い物。これは全然別だよっ」
何が違うのかわからないアキラは首を傾げるしかない。すっかりデートということになってしまったが、こうして喜んでいるのを見るのも悪くはないかと諦め半分に思った。
そして週末。
「アキラ! 早く早くーっ」
「だからはしゃぐなって言ってるだろ」
朝から……いや、正確には昨日の夜からずっとこんな調子のままのケイスケと共に、アキラは目的地である学校へとたどり着く。
派手に飾りつけされた校門や、何度も鳴り響く花火。そして何よりもそこに集まる人々の賑わいが、創立祭というイベントを盛り上げているように見えた。
「あ、この前の!」
二人で門をくぐってすぐ、そう声がして人影が駆け寄ってくる。
「……?」
「あ! こないだチラシをくれた!」
自分にはその顔に見覚えはない。アキラがそう思った瞬間、隣でケイスケが声をあげる。
「チラシ?」
「あ、うん。ほら、アキラにも見せたこの創立祭のチラシだよ」
「あぁ……あれか」
ここに来る発端のいつの間にかケイスケが貰っていたチラシ。そのことを思い出して頷く。しかし、普通チラシは通りすがりに渡すだけだろうと思っていただけに、ケイスケを覚えていることに少し興味を持って駆け寄ってきた青年に目を向けた。
「オススメのデートコースとかを聞いてきたから、絶対来てくれると思ったんですよねー」
「な……っ」
「あ、あははっ」
聞いた瞬間アキラは思わず横にいるケイスケを睨む。それに苦笑いを浮かべながらも、だって楽しそうだったからつい。と、青年には聞こえないように小声で言った。
つまり、最初からそのつもりで話をふってきたわけか。
もう一度ケイスケを睨むが、状況を察した青年が助け船を出す。
「とにかく来たからには思いっきり楽しんでいってくださいね!」
「それはもちろん! ねっ、アキラ?」
「……あぁ」
なんて調子のいい奴だと思うが、微笑み全開でそう言ってきた青年には悪気はないだろう。そう思いアキラは頷いた。
「で、早速なんですけど、お二人で制服なんか着てみません?」
「制服って?」
今はそこの客入れを頼まれてて。と前置きをしてから、校舎の方を指差して歩きはじめる。
「やっぱこういう時は気分を味あわなきゃ! ってコンセプトなんですよ」
「制服かぁ……。どうする? アキラ」
言うまでもない。答えは「着ない」に決まっている。しかし、言い返そうとしてケイスケの顔を見ると、そこにはしっかりと「着たい」と書いてあった。
こういう顔をした時のケイスケはかなり強情なため、なんとなく嫌な予感がよぎる。
「俺はいい。着たかったらお前だけ着ればいいだろ」
「……アキラが着たのが見たいんだけど」
「それは無理だ」
きっぱり断った途端、倒れそうなくらい落ち込んだケイスケを見て、青年が申し訳なさそうに笑う。
「あ……あの」
「ん?」
「お二人は多分着ても違和感ないんじゃないかなー……なんて」
どうやら青年はケイスケの味方らしい。いや、客入れを頼まれているのだから、必然的にそうなるのも無理はない。
「そうだよアキラァっ」
そしてやはりここぞとばかりにケイスケも詰め寄ってきた。
「この人には色々と教えてもらったんだよ。美味しい屋台とか……」
断りにくい方に話を持っていかれて、困ったアキラの視線は断る理由を探してその制服を貸し出している場所へと向く。しかし、着替えて出てくる皆が気に入った様子で出てくるため、その状況も味方してはくれなさそうだ。
「今日一日の出費は俺の小遣いから出していいから……っ。ね?」
「気に入らなかったらすぐに着替えても構いませんから、ね?」
「助けると思って!」
二人の声が重なる。青年はともかく制服を着るのがケイスケの助けになるとは思えないのだが、二人に頭を下げられ、とうとう逃げ場がなくなったことを悟った。
そして、恐らく今日一番であろう大きなため息を吐き出した。
数分後。
やっぱり、変だろ……これ。
渋々ながらも着替え終わり、鏡に映った自分を見て、感じる違和感にアキラは複雑な表情になる。
さすがに本物の制服を貸し出すわけにはいかないらしく、校章のエンブレムは着いていないが、それ以外はあまり本物と大差なかった。
だからこそ余計に妙な気持ちになるせいか、鏡に映る顔は変わらない。
やっぱり脱ぐか。
「アキラー。終わった?」
脱いでしまおうかと再びネクタイに手をかけた時、外からケイスケに呼ばれ、仕方ないと腹をくくってカーテンを開く。
「……わ」
すると、どういうわけかアキラの姿を見たケイスケが声に出した「わ」の状態で口を開けたままピタリと止まっている。
「ケイスケ?」
「……っ」
「おい」
「わ……あああっ」
「……?」
全く言葉になっておらず、何が言いたいのかわからないため、小さく首を振った。
「脱ぐぞ」
「だ、だだ駄目だよ。そんなのっ、もったいないっ」
もったいないって……何がだよ。
そんなアキラの心のぼやきも知らず、ぶんぶんと首を振って、ようやく理解できる単語を話したケイスケも、アキラと同じ制服を着ている。
意外に違和感ないんだな……。
自分が鏡を見て感じた違和感が不思議とケイスケからは感じられず、自分の時とは違う意味で複雑な気分になりアキラはその姿を少し見つめた。
「あ、アキラ?」
「ん?」
「制服。すっごく似合ってる」
「……っ」
急に落ち着きはらってにっこりと微笑みながらそう言われ、頬にカッと熱が帯びる。何言ってるんだよ。と、ケイスケの足に軽く蹴りを入れ、入り口のドアに向かって勢いよく歩き始めた。
「いたた……。あ、アキラァ」
「行くぞ」
「えっ?」
「だから、色々と見て回るんだろ」
「あ、うん」
「なら、さっさと行くぞ」
足をさすりながら大きく頷いたケイスケが駆け寄ってきて隣に並ぶ。そして二人は青年や教室内の生徒達にに見送られ、校内へと歩き出した。
「どこに行くんだ?」
「うん。最初はやっぱり……」
・射的
・お化け屋敷
・一休みする(下にスクロールで話が先に進みます)
▼ ▼ ▼
考えていたよりも凝った内容の出店にアキラも驚きながら、ケイスケの言う通りいくつかの場所を回って、一息つくことになった。ベンチに座って「お勧めのクレープ屋さんがあるから」とアキラに場所取りを任せ、クレープを買いに行ったケイスケの姿に目を向ける。
「あ、おーい、アキラー!」
するとアキラを見ていたケイスケが、ぶんぶんと手を振ってアキラの名前を呼んだ。
「あ……のバカっ」
大声をあげたため、もちろん並んでいる他の人の視線付きだ。途端に恥ずかしくなって思いきり視線をそらす。
気を取り直すように息を吐いて、改めて辺りを見回した。こうしてみると、本当に不思議な気分になる。
自分達にはありえなかった世界。もし、こんな風に学校へ行っていたら、今と何かが変わっていたのだろうか。
そして、ケイスケは自分にとってどんな存在になっていたのだろう。
そんなことを考えながら、ふとケイスケの方に視線を戻す。
「……?」
だいぶ列は進んではいてもまだ買えていないケイスケが、さっきまでの雰囲気とは一転して複雑な表情を地面に向けていた。
無視したから落ち込んだのかと思うが、やたら真剣な瞳がアキラの心に引っかかる。
また何か考えているのか?
答えが返ってこないのはわかっているが、その横顔にそう問いかけていた。しかし、ちょうどケイスケの番が来てその複雑な表情は消える。
「お待たせ。はい、イチゴとブルーベリー、どっちがいい?」
何事もなかったかのように戻ってきたケイスケにクレープを差し出され、アキラはイチゴのソースがかかったクレープに黙って手を伸ばした。
「噂通りすっごく美味しそうだよね」
「あぁ。そうだな」
笑顔を向けられてそれが一瞬さっきの表情と重なる。しかし、それを今出さないのはケイスケなりに考えてのことだろう。結局そのことには触れないまま渡されたクレープを口に運ぶと、甘酸っぱい味が一気に広がった。
「ん……美味いな」
「うん! あ……あのさ、アキラ」
「ん?」
「あの。アキラのクレープも一口貰ってもいい?」
「あぁ。ほら」
そう言って手にしたクレープを差し出す。
「アキラもこっち食べてみる?」
アキラが頷くと、「あーん」という言葉と共に目の前にクレープが差し出された。
「ちょっと待て、自分で持って食べられる」
「えー、いいじゃん」
「だから――っん」
言い返そうとするが、ケイスケが隙あり! とクレープを口に入れてきたため、自動的に口の中へ味が広がる。
「う、酸っぱい……」
「へへへ」
ケイスケからふいっと顔をそむけ、笑うなよと突っ込むと、ごめん。と、それでも笑っている声で言葉が返ってきた。
「んー。イチゴは結構甘いんだね。はい」
「……」
戻ってきたクレープを再び口にする。やはりブルーベリーに比べると甘くて、自分にはこっちの方が好みだとアキラは思う。
そして通り過ぎていく人々の流れを見ながら、次はどうするのかとケイスケに問いかけた。
「次はね、せっかくだし学校らしい場所に行こうと思うんだ」
「学校らしい場所?」
大きく頷きながら、時計がある校舎へ目をやって、時間もちょうどいいみたいだし。と、呟く。
「時間?」
「行けばわかるよ」
勢いよく立ち上がったケイスケがアキラの手の中に残るクレープの包み紙を奪った。そしてそれをゴミ箱へと捨てに駆けていく。
「行こう、アキラ」
「……あぁ」
呼ばれてアキラも立ち上がった。
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