「ここか?」
「うん」
ケイスケの後についてたどり着いた先は、お化け屋敷だった。
雰囲気を出すためか、わざわざ旧校舎を使って作られているだけあって、かなり臨場感がある。床もどこか頼りなくギシギシと歩く度に音をたて、抜けてしまうんじゃないかという危機感を煽っていた。
「こ、これは、結構……怖そうだね」
「そうか?」
「そうか? って、そんな普通の顔して言わないでよ。アキラァ」
自分で誘っておいて物怖じしているケイスケを後目に、列の最後尾へと並ぶ。やはりその雰囲気のせいか、なかなか人気があるらしい。二人の後にもすぐに列ができた。
何気なく出口を見ていると、出てくる客達は皆青ざめた顔をしている。そんなに怖いのだろうかと思いながら、自分達の順番を待った。
「中は暗くなってますので、足元に気をつけてくださいね。それと、入ったら戻れませんので頑張って出口を目指してください」
しばらくして二人の番が回ってくると、受付の生徒がそう言ってケイスケにろうそくに見立てたライトを手渡す。
「お連れ様とははぐれないようにお願いします。ライトないとキツイので」
入り組んでますから。と、念押しされて見送られ、二人は教室の中へと足を踏み入れた。
「本当に真っ暗だな」
「アキラ。危ないから掴まって」
外からの光を完全に遮断してある教室内は、廊下とは違ってどことなく湿気が漂っている。
並んでいた時には少し怖がっているように見えたケイスケだったが、落ち着いた口調でそう言って明かりを向けた。
確かにこれはこの小さなライトに頼らなければ前に進むのも大変そうだ。そのためアキラもわかったと答えを返してケイスケの服を軽く掴む。そしてゆっくりと暗闇の中を進んでいくとと、突然背後に何かの気配を感じた。
「っ!」
「な……っ?」
ケイスケもそれを感じとったのだろう。二人は同時に息を飲んでその方に明かりを向けるが、暗い空間があるだけで何もない。
「……何もないな」
「これ……脅かされたりするのよりキツイかも」
弱気なケイスケの声に、アキラは思わずハッとなる。それはさっきまでとは明らかに違う声のトーンだった。気になって表情を見ようとしたが、薄暗い部屋のせいでそれもできず、思わず掴んでいた手に力が入る。
「アキラ? 平気?」
「あぁ」
お前の方が大丈夫なのか? と問い返そうとして、アキラは顔を上げたが、結局言葉にはできなかった。
入ってしまった以上戻ることはできない。それならば下手に言葉にして怖いと思う気持ちを煽るより、足を進めた方がいいのではないかと思ったからだ。しかし、やはり様子がおかしいケイスケは前に進まずに呆然と立ち尽くしている。
どうするべきか。と悩んだ末、アキラは掴んでいた服を離し、ケイスケの手をとってそっと指を絡める。
「あ……」
「進めるか?」
「うん。ごめん……」
謝ることなど何もないのに、薄暗い明かりの中に微かに見えた笑顔はやはり申し訳なさそうに歪んでいる。アキラはそれを気にしつつも、言葉では気にするなと呟いて軽く首を振った。
「うん。もう……大丈夫だから。本当にごめん」
「そうか。なら行くぞ」
「うん」
暗い部屋を抜けた先には、墓場をモチーフにした部屋があった。墓石や井戸などかなり作り込んであるが、さっきの部屋よりも不思議と怖さは感じない。それはケイスケも同じらしく、どうやら少し落ち着きを取り戻したようだ。
「わ、アキラ見て……あれすごいよ」
「……雰囲気あるな」
「うん。あ、あれは……。うわっぷ!」
「ケイスケ?」
「な、なんか……なんか当たってっ」
奥の方を指差したケイスケが突然叫び声をあげてしゃがみ込む。その声にアキラが指差していた方を向くと、頬に冷たい何かがぶつかってきた。
「……っ! ん?」
一瞬驚いたが、それを手にとってみると、すぐに正体がわかる。
「こんにゃくだ」
「――え?」
「お前にぶつかったのはこれだろ」
アキラの言葉に立ち上がり、ぶら下がって揺れているそれにケイスケは手を伸ばす。そして大きく息を吐いてから、あはは……。と情けない声で笑った。
そんな様子を見てまったく。と思うが、やはりさっきの部屋との反応の度合いが違うせいか、なんとなくホッとしながらその様子を見守る。それにこのお化け屋敷を作った側とすれば、これだけ驚きひっかかる客がいるのは本望だろう。
「せっかくアキラに飛びついてもらえると思ったのになぁ……」
「お前……そんなことを考えてたのか」
「うん」
すっかり落ち込んでしまったケイスケとそんな会話を交わしながら、しばらく歩いてようやく出口へとたどり着く。
結局嫌な感じがしたのは最初の部屋だけで、他は凝った作りやケイスケの反応を見ていたようなものだったが、それも悪くないか。と、見えてきた明かりを見て思う。
「どうでしたか?」
出口の手前で係員の生徒が二人にそう問いかけてきた。
「すごい作り込んであって、色々とびっくりしました」
正直な感想を述べたケイスケに笑顔を見せて頷いた後、急にその生徒は声をひそめる。
「そう言えば最初の部屋はどうでした?」
「え……?」
急な変化に笑顔を返していたケイスケの表情も固まる。アキラは変わりに一番嫌な感じがしたと答えると、それに納得した声が返ってきた。
「なにかあるのか?」
「本当はあの教室も後半部分と同じように装飾する予定だったんです」
「予定だった?」
「はい。でも、いざ道を作ったりする段階で担当の生徒達が次々と怪我をして……」
「そ、それってまさか」
明らかに怯えた声になったケイスケの言葉に生徒は頷いて、さらに声を潜めた。
「なんでもあの教室には本当の――」
「う、わああー!」
「な……っ、け、ケイスケっ」
叫び声と共に失礼しました! という言葉を告げて、ケイスケは繋いでいたアキラの手を引き廊下へと駆け出した。ちょっと待てと止めても勢いは衰えないまま、二人は一気に旧校舎を後にする。
「落ち着けって、ケイスケ!」
「ご、めん……」
そのアキラの声でようやくケイスケの足が止まる。たどり着いたのは体育館の裏で、二人は乱れた息を整えながら階段に座り込む。
これはあくまでも予測に過ぎなかったが、さっきの生徒の言葉は恐らく演出の一つだ。本当に装飾をして怪我人が続出したなら、学校側からストップがかかってもおかしくない。しかし、知らない側としては一番シンプルで嫌な感じがしたのも事実のため、出口であの話を聞くとケイスケのような反応を皆もしていたのだろう。そう考えると青ざめて出てくる客が多かったのも納得がいった。
「大丈夫か?」
「う、うん。もう平気」
ようやく落ち着いたらしいケイスケにさっき考えていたことを説明すると、どうやらホッとしたらしく階段に座ったまま深呼吸をはじめた。
「実は……さ、最初の部屋でちょっと色々思い出しちゃって」
「……そうか」
それがなんのことかは聞かなくてもアキラにはすぐわかった。だからそれ以上何も言わず、黙ってケイスケの手を再び握る。それが少しだけ震えているように感じて、アキラは瞳を細めた。
「ごめん。俺が誘ったのに、こんな……」
「お前がもう平気なら俺はいい」
「……ありがとう」
握った手をゆっくりと額に押し付けながら、ケイスケはそう言って微笑んだ。
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