『美神・ザ・バンパイア・スレイヤー』
第8話 その身を捧げた少女たち(part 1)
第9話 その身を捧げた少女たち(part 2)
第10話 その身を捧げた少女たち(part 3)
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『美神・ザ・バンパイア・スレイヤー』 第8話 

 In every generation, there is a Chosen One. She alone will stand against the vampires, the demons, and the forces of darkness. She is the Slayer.


 『文化交流 特別展示 南米の秘宝』という垂れ幕のかかった博物館に、サニーデール高校の学生たちがゾロゾロと入っていく。
 大部分はアメリカ人だが、学生たちの中には、美神・横島・おキヌの姿もあった。

「高校生にもなって学校行事で
 博物館見学だなんて......
 なんだかガキっぽいわねえ」
「いいじゃないですか、美神さん。
 私、古いもの大好き!
「うーん......。
 おキヌちゃんのその言葉、前にも
 どこかで聞いたことがあるような......。
 美神さん、今回は神さまに
 ケンカ売ったらダメっスよ!?」

 最後の一言が余計であり、横島は美神に叩かれてしまう。
 現在、この三人は、小竜姫たちからの依頼を受けて『交換留学生』という名目でサニーデール高校に潜り込んでいる。バンパイア・スレイヤーであるバフィーと接触・協力することが当面の目的であるが、三人は、すでにバフィーとは顔見知りになり、いくつかの事件解決にも協力していた。
 いつの時代にも、常に一人、『選ばれしもの』がいる。彼女だけが、バンパイアや悪魔や闇の力に対抗できるであろう。彼女こそ、ザ・スレイヤーなのだ。
 ウオッチャーと呼ばれる後見人に導かれ、その正体どころかスレイヤーという存在すら秘密のまま悪と戦い続ける。それが本来のスレイヤーなのだが、バフィーの周囲には、スレイヤーの秘密を知る者が、すでに何人もいる。
 今もバフィーは、秘密を知る親友二人......陽気な少年ザンダーや赤毛の少女ウイローと一緒に歩いていた。

「ひどい話じゃない!
 ママったら一言も教えてくれないんだから!」

 博物館の展示品にも注意を向けず、文句を言い続けるバフィー。
 話題の対象は、文化交流イベントであった。サニーデール高校では、明日から二週間、南米からの交換留学生を受け入れることになっているのだ。これは、美神たちのようなインチキではなく、本物の『交換留学生』である。交流が目的なので、サニーデール高校の学生のところにホームステイすることになっているのだが、バフィーの知らぬ間に、バフィーの家も受け入れ先になっていたのだ。

「見知らぬ他人が二週間も一緒なのよ!?
 ......頭おかしくなっちゃうわ!!」

 バフィーには、スレイヤーとして秘密裏に行動しなければならないことも色々ある。母親の目をかいくぐるだけでも大変なのに、交換留学生が家にいたら、その苦労も増してしまう。
 それに、バフィーのボーイフレンドであるエンジェルも、普通の人間ではない。彼はバンパイアなのだ。他人に正体を知られるわけにはいかないから、『この二週間は家に近づかないように』と伝えてあった。
 こうしたバフィーの気苦労には気付かず、

「いいじゃないの、バフィー。
 きっと楽しいわよ!?」
「そうだぜ!
 交換留学プログラムって、
 いいアイデアだと思うけどな。
 二つの文化が溶け合うんだぜ!?」

 ウイローもザンダーも、気楽なことを言う。
 このイベントには肯定的らしいが、そうした意見を持てるのも『二人のところには誰もホームステイしないから』かもしれない。
 そんな三人の近くを、別の一団が通りかかる。

「あら、バフィー!
 バフィーのところにも誰か来るんでしょう!?」

 取り巻きを連れたコーデリアだ。
 後ろにいる『取り巻き』たちは、アルバムらしきものを見ながら、ワイワイキャアキャア言っている。
 コーデリアも、バフィーの秘密を知る一人であるが、バフィーたちと親しくはない。お高くとまったコーデリアは、むしろバフィーたちとの関わりを自分の友人にしゃべりたくないため、スレイヤーの秘密も公言してはいなかった。
 いつもはバフィーたちを『人生の負け犬』と馬鹿にするコーデリアであるが、今日の彼女は、なんだか機嫌がいいらしい。バフィーの返事も聞かずに、話を続けていた。

「私の家に泊まるのはスヴェン。
 ......ハンサムな男の子よ!
 そして......」

 ホームステイする学生に関して、さらにひとしきり述べた後、彼女は立ち去っていった。
 その後ろ姿を眺めながら、ザンダーがつぶやく。

「まあコーデリアなら......
 ハンサムボーイと二週間一緒なら
 ......何かあるだろうな」
「ザンダー!
 そんなこと言っちゃダメよ!」

 いやらしい笑いを受かべたザンダーは、ウイローから注意されてしまうが、ここで、ふと気が付いた。

「......ん!?
 もしかして、バフィーんちに来るのも男か!?」
「......さあ!?
 写真なんてもらってないみたいだけど......
 でも『アンパタ』って名前だから、
 たぶん男のコなんじゃないかしら!?」
「おいおいおい!?
 そりゃダメだぞ!?
 男なんてみんなケダモノだ。
 そんな奴が二週間もバフィーの
 家に泊まるなんて......!!」

 先程までとは態度も一変、今さらになって交換留学イベントに反対し始めるザンダーであった。




    第8話 その身を捧げた少女たち(part 1)




「あれ......!?
 あんなことしていいんでしょうか......!?
 仮面さんがかわいそう......」
「これも自由の国アメリカだからっスかね!?」
「そんなわけないでしょ、横島クン」

 おキヌは、一人の学生が展示品の仮面を削っていることに気付いたのだった。彼は、どうやら一部を採集して持ち帰るらしい。

「あいつはロドニー・マンソン。
 ......奴に関わっちゃいけないぜ!?」

 そう言いながら三人のところにやってきたのは、ザンダーである。バフィーとウイローも一緒だ。

「ザンダーはロドニーが嫌いなのよ。
 昔、毎日毎日いじめられてたから。
 ......それも、五年に渡って」
「おいおいおい!?
 そういう問題じゃないだろ、ウイロー!?
 見ろよ、あれ!
 ......展示物の破壊だぞ!?」

 彼らの説明で、ロドニーを問題児だと認識した美神たち三人。

「サニーデール高校って......
 問題児の集まりなのかしら!?」
「美神さん......
 これもヘルマウスの影響じゃないでしょうか!?」

 サニーデールには、この世界と異界とをつなぐ穴『ヘルマウス』があり、そこから怪物や邪気などが流入してきている。それを理由にしたおキヌだったが、

「それより......少し前まで美神さんも
 『問題児』にカウントされてたんスよね!?」 

 おキヌのフォローも聞かずに、つい余計なことを言ってしまった横島。
 彼は、当然のように美神に叩かれていた。
 そんな美神たち三人を横目で見ながら、

「ま、ロドニーもあのままじゃ
 トラブルになりそうだし......。
 私が行って止めてくるわ」

 と、歩き出したバフィー。
 しかし、親友二人が肩をつかんで制止する。

「私が行くわ、バフィー。
 暴力に訴えないほうが無難だから」
「そうだぜ!?
 ここはウイローにまかせな!」

 バフィーの代わりに、ロドニーのところへ行ったウイロー。彼女が言葉で説得するのを見ながら、バフィーは、

「私だって......
 いつもいつも『力づく』ってわけじゃないのに」

 とつぶやくのであった。


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  『学生の皆さん!
   こちらに注目してください!
   インカ帝国の王女の棺です』

 博物館のガイドが、遠くで何か叫んでいる。

  『......その身を犠牲にした少女の物語の始まりです』

 この一言は押し殺したような低い声だった。だが、皆の注意を向けた後であり、また、マイクも使っているため、学生たちの耳にハッキリと届く。

「......これが今日のメインみたいですね」
「じゃあ私たちも行きましょうか」
「......ういっス」

 おキヌ・美神・横島が歩きだす。
 その後ろから、バフィー・ウイロー・ザンダーの三人も続いた。

「博物館の定番だよなあ。
 人身御供の話ってさ」

 ザンダーの何気ない一言に、バフィーとウイローが顔をしかめる。
 おキヌの経歴を思い出したのだろう。二人は、美神たち三人と知り合った夜に、おキヌから直接、彼女の身の上話を聞いているのだ(第2話参照)。
 バフィーとウイローが投げかけた視線に気付いたらしく、おキヌが振り返った。その顔には、微笑みが浮かんでいる。

「気にしなくていいですよ、私のことは。
 ......今では、こうして生きてるんですから」
「......え!?
 何のこと......!?」

 理解していないザンダーだったが、バフィーとウイローの表情を見て、それ以上は何も言わなかった。
 そして、彼らがこうした会話を交わす間にも、ガイドの説明は続いている。

  『500年前、インカ帝国の人々は
   一人の美しい少女を王女として選出しました』

 ガイドの先導で歩く学生たちの集団の中で、

「『そして彼女は幸せに暮らしました』
 って話で終わって欲しいわ......」
「ハッピーエンドが一番ですからね」

 ウイローがポツリとつぶやき、おキヌも賛同した。
 しかし現実は非情である。

「見ろよ、ウイロー!
 『そして彼女は色あせたミイラになりました』
 だと思うぜ......!?」

 ザンダーが指し示したように、棺の中には、ひからびたミイラが一体。
 一方、ガイドは解説を続けている。

  『インカ帝国の人々は、彼らの王女を
   山の神サバンカヤに捧げました。
   王女は、生きたまま暗い墓の中に
   埋葬されてしまったのです......』

「山の神サバンカヤか......悪い神さまもいるもんスね」
「違うでしょ、横島クン。
 神さま自体じゃなくて、
 民衆の間違った信仰が問題なのよ」
「どっちにしても......王女さん、かわいそう......」 

 おキヌは日本で山の神になるはずだったし、美神は、代わりに別の幽霊を神にしてしまった張本人だ。インカの話も、あまり他人事とは思えなかった。
 一方、バフィー・ウイロー・ザンダーの三人は、もっと一般的な視点からミイラを眺めている。

「せめて映画みたいに
 きれいな白い包帯で包んであげたらよかったのに」

 ウイローが指摘したように、ミイラは、一枚の簡素な布を巻き付けただけの状態だ。そして、両手で皿のようなものを抱え込んでいる。
 ちょうど、ガイドがこの『皿』に関して説明するところだった。

  『王女は「封印の皿」に守られています。
   ここには、王女の眠りを妨げる者への
   警告が書かれているのです......』

 これでミイラ王女の説明も終わりらしい。ひと仕事終わらせましたという顔で、ガイドは立ち去っていく。彼は、別の展示品の説明もするのだが、それは少し時間を置いてからだ。

「......私たちも次へ行きましょうか?
 まだまだ見る物はたくさんありますよ!」

 横島の腕を引っ張り、歩き出すおキヌ。
 そんな二人に、美神もついていく。チラッと後ろを振り返ると、バフィーたち三人は、まだ王女のミイラを覗き込んでいた。
 しかし、実は三人も、すでにミイラへの関心は失っている。ただ、そこで立ち話をしているだけだった。

「で、そのアンバサだけど......」
「『アンパタ』よ!
 アンパタ・グティエレス......
 そんな名前だったと思うわ。
 明日の夜に空港から長距離バスで来るみたい。
 だからバスターミナルで待ち合わせしてるわ」

 ザンダーが、まだ『バフィーの家に男のコが宿泊する』ことに文句を言っているのだ。
 あんまりザンダーが不満を述べるものだから、バフィーは鬱陶しくなったらしい。この件をもともと嫌がっていた彼女なのに、『もう、どうでもいいや』という気分になっていた。
 だから、

「どんな奴なんだ、そいつ!?」
「さあ?
 よく知らないけど......」

 と、留学生アンパタに関して聞かれても、知りうる限りの情報を淡々と述べていく。
 ......この時の彼らは、この会話がアンパタの運命を変えることなど、全く知らないのであった。


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 そして、博物館見学イベントも終わり......。
 学生たちが帰っていき、真っ暗になった館内。
 こっそり隠れていた少年が、柱の影から姿を現す。

「ウイローには心配されたが......
 誰も見てなきゃ大丈夫だろう!?」

 ロドニーである。
 彼は、注意された後も、まだ諦めていなかったのだ。

「これが一番のお宝だよな......!?」

 ロドニーは、インカ王女のミイラへと近づいていく。
 棺の中に手を伸ばし、『封印の皿』を取ろうとしたが......。

「なんだよ、これ!?」

 皿は、ミイラにガッチリ抱えられているのだ。
 しかし、こうなると、よけいに欲しくなる。思いっきり力を入れて引っ張ったところ、

「あっ!!」

 ガシャン!

 ミイラの手からは外せたものの、勢い余って、棺の内壁にぶつけてしまった。丸かった皿も割れてしまい、ギザギザの楕円形になっている。

「ま、いいか。
 削る手間が省けたぜ」

 破片の一つを拾おうとしたロドニーだが、その手を、何者かがつかむ。

「......ぎゃあーッ!?」

 思わず声を上げてしまったのも無理はない。彼の手を握っているのは、棺の中のミイラなのだ。

『......ありがとう』

 乾いた口から、ミイラがかすれた声を発した。
 皿が壊れたことで封印が破られ、インカの王女が、今、復活したのである!


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 翌日の放課後。
 『休館中。書庫の整理のため』とドアに書かれた図書室に、バフィー・ザンダー・ジャイルズ・横島・おキヌが集まっていた。
 図書室を閉め切って何をしていたかというと、スレイヤーであるバフィーのトレーニングである。

「いつもすまないね、ヨコシマクン」
「お疲れさまです、横島さん!」

 ジャイルズに続いて、おキヌが、椅子に座り込んだ横島の労をねぎらう。
 かつてはウオッチャーであるジャイルズが、プロテクターなどで身を固めて、バフィーの組み手の相手をしていた。しかし最近では、打たれ強い横島にその役割を任せているのだ。

「なあ、バフィー。
 明日のダンスパーティーのことだけど......」

 ザンダーが、トレーニングを終わらせたバフィーに声をかけた。
 『明日のダンスパーティー』というのも文化交流イベントの一環であり、バフィーのように交換留学生を泊める者は、その学生と行くのが普通であるが、

「俺と一緒に行こうぜ!?
 バフィーのお母さんから車を借りられたら
 俺が運転手をするからさあ......!」

 ザンダーは、バフィーを誘う。バフィーのところにホームステイするのが男子であることを、いまだに心配しているのだ。

「あら、ザンダーはウイローと
 一緒に行くんじゃないの!?」
「......もちろんウイローも一緒さ!
 だからバフィーも含めて三人で行こう」

 バフィーの切り返しにも、ザンダーは負けていない。
 そんな二人の会話を耳にして、

「私たちは美神さんの車で行きますから」
「全員じゃ多過ぎるもんな。
 そっちはそっちでやってくれ」

 と、おキヌと横島も声をかける。

(でも......美神さん、
 本当に行くのかな!?)
(今日も『事件なんてないから』って
 サッサと帰っちゃったくらいだし......。
 『めんどくさいから行かない』って言うかもな)

 内心ではそんなことも考える二人だが、敢えて口にはしなかった。

「......じゃあ決まりね。
 オキヌチャンたちは三人で行く。
 私は留学生と一緒に行く。
 ザンダーはウイローをエスコートする。
 ......それでいいじゃないの!?」
「おいおいおい!?
 バフィーは俺たちと一緒......」

 ザンダーの意図せぬ方向に話を進めつつ、バフィーは、彼に笑いかける。

「ねえ......ザンダー!?
 ウイローと二人でもいいじゃないの。
 ......まるでデートみたいで。
 ロマンスに花束に......」
「......それに、やわらかい唇。
 それがデートってもんだ。
 でも......相手がウイローじゃなあ」

 ザンダーが否定したが、バフィーは、まだニヤニヤ笑っていた。

「でもさあ......ザンダーは
 ウイローとは長い付き合いなんだから......
 ......彼女の唇とか思い描いたくらいあるでしょう?
 正直に言いなさいよ!」
「おいおいおい!?
 そんなわけないだろう!!」

 必死に否定するザンダーを見て、横島が、男として助け舟を出す。

「......なんかわかるな、それ。
 妄想の対象にしちゃいけない
 女のコっているんだよな」
「そういうものなんですか!?」
「そうだよ、おキヌちゃん。
 大切な女のコは、かえって......」

 しかしザンダーは、横島の言葉も否定する。

「おいおいおい!?
 そういう意味でもないぜ!?」

 実は、このタイミングでウイローが図書室に入ってきたのだが、それに気付かず、ザンダーは話を続けてしまう。

「たしかにウイローのことは好きだし、
 彼女は俺の一番の親友だ......」

 ザンダーの言葉を耳にしたウイローの表情が明るくなる。だが、これで終わりではなかった。

「......でも『親友』ってことは
 『女のコ』じゃないってことだぜ!?」

 異性として意識していないと宣言され、ウイローの顔が暗くなる。
 しかし、

「ねえ、みんな!
 ......何の話をしてたの!?」

 ウイローは、たった今来たような、聞いてなかったようなフリをして、一同のところへ歩み寄るのであった。


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「ウイローさん......!」
「やっちゃったな、ザンダー......」

 横島が座っていた椅子は、入り口が見える位置に向いていたし、おキヌは、彼の後ろに立っていたのだ。だから二人には、ウイローが入ってくるところも見えていた。
 それでも敢えて何も言わなかったのは、ちょうどザンダーが好意的な言葉を口にしていたからだ。まさか、ザンダーの言葉があのように続くとは思わなかったのである。

「なあ、おキヌちゃん......」
「......なんですか!?」

 横島が首を回して、おキヌにささやきかけた。おキヌも、顔を近づける。

「もしかして......ザンダーってにぶい!?」
「横島さん、それは禁句です......」

 『おまえが言うな』とは言えないおキヌであった。


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「ロドニーが行方不明らしいわ。
 ......昨日の夜も帰ってないんですって」

 ウイローが図書室に来たのは、このニュースをバフィーたちに伝えるためだった。しかし、

「ロドニー......!?
 そう言えば聞いたことがあるな。
 ......ああ、問題児の一人か」

 と、ジャイルズは、特に重要視しない。悪魔やバンパイア関連でない以上、スレイヤーが関わる必要もないと思ったのだ。
 バフィーとザンダーも、笑いながら、

「昨日の帰りのバスの中にも
 いなかったんじゃない......!?」
「じゃあ博物館に残ったんだな。
 ミイラにイタズラでもしてるんじゃないか!?」
「それでミイラを起こしちゃって......」
「眠りから目覚めたミイラに
 襲われたのさ......!!
 ハハハ......」

 冗談として話を進める始末。
 だが、二人のストーリーを聞いていたおキヌと横島は心配してしまう。

「あの......バフィーさん、ザンダーさん!?」
「その話......シャレになってないんじゃないか!?」
「なーに、オキヌチャン!?
 ............あっ!」

 ここでようやく、バフィーも、今の『冗談』が現実である可能性に思い至るのだった。


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「『封印の皿』は大丈夫かい!?」
「ここにあるわ、ジャイルズ。
 でも......少し欠けちゃってるみたい」
「バフィー、それって......
 ミイラは逃げちゃったってこと!?」
「いや、ウイロー。
 大丈夫みたいだぜ」
「ザンダーの言うとおりね。
 王女様はちゃんと眠っているわ」

 ジャイルズは、バフィー・ウイロー・ザンダーの三人を連れて博物館へ来ていた。
 なお、横島とおキヌはサニーデール高校においてきている。二人は、ジャイルズ邸にいる美神に電話し、彼女が来るのを図書室で待っているはずだ。

「......どうやら絵文字のようだね!?」

 皿を手に取ったジャイルズは、そこに何が書かれているのか解読したいが、インカ帝国の絵文字など、彼の知識の中には含まれていなかった。

「これは......
 帰って書物と比べ合わせないと読めないな」

 と、ジャイルズがつぶやいた時。

「ウオーッ!!」

 突然、ナイフを持った男が現れ、彼らに襲いかかった!


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「なんだか知らないけど......敵ね!」

 バフィーがカウンターで蹴りを入れたが、ナイフ男には避けられてしまった。
 ナイフ男は、昔風の麻服を着込んでいるが、その動きは素早い。

「......えっ!?」

 相手をするつもりのバフィーだったが、ナイフ男のほうでは、バフィーと戦うつもりはないようだ。彼は、ひたすらジャイルズを追いかける。

「ひえーっ!?」

 回りこむようにして、棺の向こう側へと逃げ出すジャイルズ。
 ナイフ男の視線も、それに応じて動き......。

「......!?」

 棺の中身が目に入ったところで、ナイフ男の表情が変わった。そして、ジャイルズやバフィーを放置して、走り去っていく。

「......どういうこと!?」
「俺は何もしてないぜ!?」
「ともかく彼が戻って来る前に
 ここから早く逃げよう......!!」

 バフィーやザンダーは戸惑い、ジャイルズは冷静な判断を下す。そんな中、ウイローひとりが、棺の中のミイラを覗き込んでいた。

「ジャイルズ......!?
 インカ帝国って......
 進んだ技術を持っていたのよね!?」
「そうだよ、ウイロー。
 そんなことより、早く逃げよう!」
「ジャイルズ......。 
 インカ帝国には
 現代のような歯医者さんまでいたの!?」

 ウイローが注目していたもの、それはミイラの前歯だ。
 そこには歯科矯正金具がつけられていたのだ。
 ザンダーとバフィーも、ようやく、そこに気が付いた。

「おいおいおい!?
 それじゃ、このミイラは......」
「......インカの王女じゃないわね。
 私たち、ロドニーを見つけたようだわ」


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「ミイラの王女が逃げ出して
 代わりのミイラが置かれてたってわけね!?」

 図書室で待っていた美神たちは、戻ってきた四人から事情を聞かされた。

「ミイラって言っても......
 昨日まではピンピンしてたロドニーよ!?」
「一夜にして500年が経過したってわけだぜ!?」

 と、バフィーとザンダーが説明を補足する。

「その襲ってきた男のナイフが......
 呪いのナイフか何かなんスかね!?」
「違うと思うわ、ヨコシマクン。
 ナイフ男も、棺の中を見て驚いてたみたい」

 よく観察していたウイローだけは、ナイフ男が走り去った理由に気付いていたのだった。

「そうなると......手がかりは、それね!?」

 美神が目を向けたのは、ジャイルズが持ち帰った『封印の皿』だ。
 皿に描かれた絵文字に、秘密があるに違いない。
 頷くジャイルズだが、

「しかし......
 山の神サバンカヤに関する書物は
 持っていなかったはずだな......。
 とりあえずペルーの絵文字を調べてみるが......」

 と、あまり期待できそうにない口ぶりである。

「山の神サバンカヤね......。
 それじゃ私は日本に連絡とって
 知り合いの神さまたちに聞いてみるわ!
 ......帰るわよ、横島クン、おキヌちゃん!」

 美神は、二人を連れて、図書室から出ていった。ジャイルズ邸に戻って、そこから日本へ連絡するらしい。

「『神さまが友だち』って便利そうね......」
「なんかスケールが違うぜ......」

 ポカンとしながら、三人を見送るバフィーとザンダー。
 その横ではウイローが、

「私はネットで調べてみるわ!」

 と言って、コンピューター席に向かっていた。
 コンピューター教師のミス・カレンダーがいるならば彼女に任せるところだが、あいにく彼女は、休暇をとって帰省中。それならば、ネットでの調査はウイローの役目であった。
 さらにウイローは、カタカタとキーボードを叩きながら、別の提案もする。

「ねえ、バフィー!?
 インカの絵文字だったら......
 南米からの留学生が
 何か知ってるんじゃないかしら!?」
「あっ、忘れてた!!
 ......今、何時!?」

 ウイローの言葉で、バフィーは思い出した。交換留学生のアンパタを迎えに行かねばならないのだ。
 しかも、すでに約束の時間は過ぎていたのだった。


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 その頃、博物館から逃げ出したミイラの王女は、

(この町のバスターミナル!
 そこまで行けばいいんだ......!!)

 棺の上でバフィーたちが話していた内容を思い出しながら、アンパタ少年の待つ地へと向かっていた。
 すでにロドニーから生気を吸い取った彼女は、完全なミイラではなく、半ミイラ状態だ。もう一人分の生気を吸収すれば、完全な『人間』の姿を......生前の姿を取り戻せると信じていた。

(ここね......!?)

 目的地に辿り着いた彼女は、無人のバスの影に隠れながら、

「アンパタ......!?
 迎えに来たわよ......!」

 と、声を上げる。
 それに誘われるように、

「私がアンパタ、です。
 バフィーさん、ですか!?」

 少し辿々しい英語を使う少年が、近づいてきた。

(キター!)

 ミイラ王女が、アンパタの前へと飛び出す!


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「40分の遅刻!
 とんだ『アメリカへようこそ!』だわ!」
「もう帰っちゃったかもしれないな!?」
「そんなわけないでしょ、ザンダー。
 バフィー、私たちも一緒に謝るから......」

 少し遅れて、バフィー・ウイロー・ザンダーの三人もバスターミナルへやってきた。

「アンパター!
 アンパタ・グティエレスー!!」

 名前を叫びながら走り回るバフィーの前に、

「私なら......ここです」

 黒髪の女性が姿を現す。
 男物のようにも見えるシャツとズボンを華麗に着こなした、ラテン系美人である。

「私がアンパタです」

 と名乗る少女に対し、バフィー・ウイロー・ザンダーは声が出ない。『アンパタ』は男子だと思っていたからだ。
 それに加えて、ザンダーは、彼女の美しさにも心を奪われていた。
 このアンパタの正体がミイラ王女だとも知らずに......。


(第9話に続く)

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『美神・ザ・バンパイア・スレイヤー』 第9話 

「何か飲む!?
 ミルクと......古いミルクと
 ジュースくらいしかないけど......」
「ありがとう、バフィー。
 ジュースをお願い」

 交換留学生のアンパタを家に招き入れたバフィーは、一通り案内した後、彼女をキッチンへと連れて行った。
 あいにく、バフィーの母親ジョイスはまだ仕事から帰っていない。だが、バフィーを手伝うために、ウイローとザンダーの二人が一緒であり、それで十分だった。
 今、アンパタはキッチンテーブルの席の一つに座り、その隣には、ザンダーが腰掛けている。まるでエスコート役だと言わんばかりだ。

「アンパタは......女のコなのね。
 私たち、男のコが来るんだと思ってたわ」
「ちょっとしたカン違いさ、ウイロー。
 気にしなくていいですからね、アンパタさん!?」

 ジュースを注ぎながら話しかけるウイローだったが、ザンダーがその話題を終わらせてしまう。

「アメリカは初めて!?」

 お茶うけのクッキーを用意......するのではなくて自分でつまみながら、今度はバフィーが話しかけた。しかし、

「いいえ、ツアーで色々回ったわ」
「どこへ行きましたか?」

 この会話も、アンパタの隣のザンダーが奪ってしまう。

「連れて行かれたのは......
 アトランタにボストンにニューヨーク......」
「ニューヨーク!
 大都会ね......!!
 どんな感じだった!?」
「ごめんなさい......。
 私、あんまりたくさん見てないの......」

 再びウイローが口を挟んだが、アンパタの解答は明るいものではない。
 それを察知したザンダーが、話題を変える。

「あなたの英語は、とても上手ですね!」
「......たくさん聞いてますから」
「ちょうどいい!
 それじゃ俺はたくさんしゃべりますよ!」

 そして、ザンダーとアンパタは、顔を見合わせて笑い合った。
 そんな二人を見て、バフィーとウイローは、何も言えない。
 ......アンパタの正体(第8話参照)に全く気付かぬ、若い三人であった。




    第9話 その身を捧げた少女たち(part 2)




「えっ!?
 それじゃバフィーのところに
 来たのは女のコだったのか!?」

 翌日の朝。
 校舎の入り口は、心地良い朝日に照らされていた。
 そこで美神・横島・おキヌの三人と出会ったウイロー・ザンダーは、昨晩の出来事を語ったのだ。
 アンパタに関する話に飛びついたのは、もちろん横島である。

「美人なのか!?
 そーなんだな......!?」
「おいおいおい!?
 ヨコシマが興奮しても無駄だぜ!
 バフィーの家に泊まってるんだからな!」

 と返すザンダーの顔には、根拠のない余裕があった。
 その表情を見た横島は、考えてしまう。

(こいつ......先にツバをつけたつもりか!?
 この世の女は......みんな俺のものなのに!!)

 一方、横島の頭の中などスッカリ分かっている美神とおキヌは、かたわらで苦笑していた。
 特におキヌは、『婚約者』という役柄のために横島と腕を組んでいるのだ。『婚約者』を無視した形で新しい女性に興味を示されては、もう笑うしかなかった。
 しかし、いつまでも不毛な言い合いを聞いているつもりはない。おキヌは、空いてるほうの手で、横島の腕をチョンチョンと小突く。

「あの......横島さん!?
 『ウワサをすれば何とやら』みたいですけど......」

 おキヌは、向こうからバフィーが来るのに気付いたのだった。バフィーは、一人の美人女性を従えている。
 それを見た横島は、おキヌの腕からスルリと離れ、

「ぼく横島忠夫ーッ!!」

 と、いつものセクハラダイブを試みる。
 しかし、美神が制止するより早く、ザンダーが彼を止めるのだった。

「気をつけてください、お嬢さん。
 こいつは......ケダモノです」

 一歩前に出て、紳士のような態度でアンパタに告げるザンダー。
 当然、横島も黙っていない。

「なんだと、ザンダー!?
 ケダモノはおまえだ!!」
「おいおいおい!?
 俺は女に飛びかかったりしないぜ!?
 ヨコシマといっしょにするな!」

 ケンカを始めてしまう男たち。
 そんな二人を見て、

「面白い人たちですね......
 ザンダーさんもヨコシマさんも」

 アンパタは、笑顔を浮かべていた。


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 ウイロー・ザンダー・美神・横島・おキヌに紹介した後、バフィーは、アンパタを連れて図書室へと向かった。他の五人も、当然のように後ろからついていく。
 そして図書室では、よそいきの笑顔を浮かべたジャイルズが待っていた。

「はじめまして。
 早速なんだが、頼みがあるんだ。
 これを訳すこと......出来るかな?」

 ジャイルズは、『封印の皿』をアンパタに手渡し、そこに書かれた絵文字を示す。
 受け取ったアンパタの顔色が変わった。バフィーと美神がそれに気付いたが、

「アンパタ......!?」
「何か問題でもあるの!?」
「......いいえ。
 なんでもないわ」

 アンパタは、サラリとかわす。そして、逆に聞き返すのだった。

「なんで......私に頼むんですか!?
 これを訳すことに、どんな意味が!?」
「その皿は......
 君が住んでいる地方からの出土品だからね。
 実は......インカ帝国のミイラの付属品なんだ。
 それを翻訳するのは......
 あの......その......」

 話せる限りの真実を伝えるジャイルズだったが、ここで言葉に詰まってしまう。
 だが、ウイロー・バフィー・ザンダーの三人が、サクッと嘘でフォローした。

「私たちは『考古学クラブ』なの!」
「そして私がクラブの部長よ」
「そういうことだぜ!
 ジャイルズ顧問とバフィー部長のもと、
 俺たちは色々調べてるのさ!」

 丸め込まれたアンパタは、美神たちを振り返り、

「皆さんも部員なんですか?」

 と聞くが、美神たちも調子を合わせて、頷いておく。
 納得したらしいアンパタは、ようやく、皿に真剣な視線を向けた。

「これは......壊れてますね!?」
「私たちの手に入ったのはそれだけよ」

 バフィーが『部長』として対応する。
 早く訳して欲しいのだが、

「それでも......とっても古くて
 貴重なものだと思いますから
 ......どこかに隠すべきだわ!」

 アンパタは、いっこうに翻訳しようとしない。
 業を煮やしたジャイルズが、『顧問』として口を挟んだ。

「それより......
 書かれている内容はわからないかな?
 ほら、例えば......
 ここには、ナイフを持った人物が描かれている。
 何か意味があると思うのだが......!?」
「正確にはわかりませんが、
 用心棒とか......守護者とか......
 そんな意味じゃないかしら!?」
「守護者......か!?
 ふむ、興味深い」
「伝説では......
 ミイラを守る者がいると言われています。
 王女の横に張りついて番をしているんです」

 語り出したアンパタに対し、美神も言葉を投げかけるが、

「......詳しいのね?」
「ええ、有名な話ですから」

 サラリとかわされてしまい、それ以上は追求しなかった。


___________


 放課後。
 運動場の応戦席に座る一組の男女の姿があった。
 ザンダーとアンパタである。
 グラウンドでは、どこかの運動部が練習をしているが、二人は、それを見ているわけではない。ただ、開放的な手頃なベンチとして、ここを使っているだけだった。
 今までザンダーは、

「ごめんね......。
 私は考古学クラブの部長として
 色々やることがあるから......」

 というバフィーの代わりに、アンパタの案内役をしていたのだ。学校中を回った後、一休みしようということで連れてきたのが、ここである。
 アンパタの隣に腰を下ろしたザンダーは、

「そして、これが......
 アメリカのスナック菓子さ!」

 自分のバッグの中から、スポンジケーキを引っ張り出した。
 二人っきりで行動している間にいっそう親しくなったらしく、アンパタに対するザンダーの口調も、くだけた感じになっている。

「アメリカの......スナック菓子?」
「そうだぜ!
 やわらかくて美味しくて......
 中にはクリームも詰まってる。
 そして......こうやって食べるのさ!」

 ザンダーは、それを一口で頬張った。やや長めのケーキだが、なんとか口に収まったようだ。

「わあっ、ザンダー!?」

 彼の食べっぷりが面白かったようで、アンパタは、楽しそうに笑っている。
 そうやって喜んでもらえたら、ザンダーの計算どおりだ。女のコの気を惹くために、この程度のことしかできないザンダーである。

「でも......
 ザンダーが全部食べちゃったら
 私は味わえないわね......?」
「だからもう一つ持ってきたのさ!」

 口をモゴモゴさせながらも、何とかしゃべるザンダー。彼は、二つ目のスポンジケーキを取り出した。

「さあ、試してごらん!」
「ええ、それじゃ......」

 口を大きく開けたアンパタは、ザンダー同様、一口で食べようと試みる。だが、半分以上は入ったものの、全部は無理だった。

「まだまだだな!」
「難しいわね......!」

 口の中にケーキが詰まっているため、不明瞭な言葉ではあるが、それでも二人は語り合う。そして、必死にケーキを咀嚼するお互いを見て、笑い合うのだった。


___________


 こうしてザンダーが幸せな時間を過ごしていた頃。
 他の面々は、図書室に集まっていた。

「うーん......頭が痛くなりそうだ。
 ジャイルズさんは......
 いつもこんなことやってるんスか!?」
「そうだよ、ヨコシマクン」

 ジャイルズの指揮のもと、バフィー・美神・横島・おキヌは、大テーブルで書物を広げて、絵文字を調べている。
 ひとりウイローだけが、皆から離れて、コンピューター席でネットを駆使している......はずなのだが、実際にはボーッとしていた。
 なお、ザンダーがアンパタの案内役に行ってしまったのも、別に調べものをサボっているわけではない。バフィーたちは、ミイラ王女が逃げ出したことやナイフ男が襲撃してきたことなど(第8話参照)、事件の話そのものをアンパタに告げるつもりはなかった。だから、アンパタによって得られた情報に基づき、さらに詳しく調べるためには、アンパタを遠ざける必要があったのである。
 ただし、その『案内役』をザンダーが引き受けたことは、また別の問題に通じていた。ウイローである。
 親友を慰めるべく、バフィーが、そのウイローに近づいていった。

「ウイロー......大丈夫よ。
 アンパタは二週間でいなくなるわ」

 バフィーは、ウイローの心配事の種をちゃんと理解している。ザンダーがアンパタに一目惚れのような態度を示し、アンパタも好意的に受け入れていることが、原因なのだ。

「あのアンパタってコなんだけど......」

 バフィーに続いて、美神までウイローのもとにやって来た。
 彼女は、パソコン机の端に腰掛けて、脚を組んだ状態で、話を続ける。

「なんか怪しいのよねえ......」
「怪しい......!?
 それは霊能者としてのカン!?」
「違うわ、バフィー。
 カンというより......何て言うのかな?
 あのコ、横島クンがセクハラしようとしても
 あんまり嫌がってなかったでしょう!?
 ......それが怪しいのよ」

 美神は語る。
 横島はモノノケのたぐいに好かれるキャラクターなのだ。
 これまで横島に好意を示したのは、人魚とか乙姫様とか食人鬼女とか......幽霊とか。
 ここで、

「横島さんの前世も、
 魔族が恋人だったんですよね」

 いつのまにか近くに来ていたおキヌが、さらに情報を足す。
 二人とも意図的に一人の女魔族を省いているが、それでも例としては十分だった。

「あ!
 それを言うならザンダーだって......」

 今度はバフィーが、話し始める。
 かつてザンダーは、美人教師のフリした化け物カマキリから、誘惑されたことがあったのだ。

「やっぱりアンパタって......魔物!?」

 本気なのか冗談なのか、そんな結論をウイローに告げるバフィー。だが、ウイローは首を横に振る。

「いいのよ、アンパタを悪者扱いしなくても。
 アンパタ個人は問題じゃないんだから。
 どうせアンパタがいなくなっても......
 またザンダーは......別の女のコに
 一目惚れして執着するだけよ」
「ウイロー......」
「ウイローさん......」

 彼女の言葉を正論と思い、バフィーもおキヌも、名前を呼びかけることしか出来なかった。一方、美神は、何も言わずにウイローを見守るだけだ。
 そのウイローは、顔を上げて、声をかけてきた二人に応える。

「大丈夫よ、バフィー。
 ザンダーは今でも少しバフィーのことを
 想ってるかもしれないけど......。
 でもバフィーが相手にしないのは
 わかってるから......」

 と、まずはバフィーに告げてから、おキヌにも語りかける。

「オキヌチャン......。
 ヨコシマクンも気が多いみたいだから
 ......オキヌチャンも大変ね。
 でもヨコシマクンの場合は初対面のセクハラだけ。
 ある程度親しくなってからは、
 そんなこともしなくなるみたいね。
 ......ザンダーもそれくらい
 アッサリした性格ならよかったんだけど」

 そしてウイローは、自嘲気味に笑うのだった。

「私には二つの選択肢があるわ。
 ザンダーが世界中の女のコとデートして、
 そして最後に残った私に気付くまで待つ。
 ......それが一つ。
 もう一つは、
 もうザンダーのことなんて諦めて
 ......我が道を行くことね」


___________


 なお、静かな図書室の中なのだ。
 彼女たちの会話は、大テーブルの男二人の耳にも届いていた。

「ヨコシマクン......君も大変だねえ」
「そんなもんスよ、俺の人生なんて......」

 ジャイルズにまで慰められてしまう横島である。しかし、もちろん横島は、美神とおキヌの言葉も、表面的にしか理解していないのであった。


___________


 一方、ザンダーの幸せな時間も、いつまでも続くわけではなかった。

「ウオーッ!!
 『封印の皿』はどこにやったーッ!?」

 突然、ナイフを持った男が現れ、彼らに襲いかかったのだ。博物館でもバフィー・ウイロー・ザンダー・ジャイルズの四人を襲撃した、麻服の男である。

「おいおいおい!?」
「きゃあっ!?」

 男のナイフは、ザンダーとアンパタの間に、まるで二人の仲を引き裂くかのように振り下ろされた。
 攻撃が空振りし、ナイフ男がよろめいた隙に、

「冗談じゃないぜ!?」

 ザンダーが彼を蹴りとばす。そして、アンパタの手をとって逃げ出した。
 一目散に走る二人は、もちろん、後ろを振り返ったりはしない。だから、ナイフ男のつぶやきも耳には入らなかった。

「あの女は......!!」

 そう、ナイフ男は、アンパタの正体に......アンパタこそがミイラ王女であることに、気付いたのだった。


___________


「どうやら......
 ロドニーを殺したのはミイラ王女のようだな」

 図書室では、絵文字の解読がかなり進んでいた。
 ジャイルズの言葉を耳にして、バフィー・美神・おキヌが、ウイローのところから戻ってくる。

「今さら何言ってるの、ジャイルズ?」
「そんなの当たり前じゃない?」
「あれ......?
 バフィーさんと美神さんは
 わかってたんですか......!?」

 おキヌだけではなく、横島も同じ表情をしている。
 犯人はナイフ男なのかミイラ王女なのか、今まで、それを決めかねていたのだろう。
 一方、バフィーや美神は、

「ミイラ王女が逃げて
 代わりのミイラが置かれてたんだから......」
「その王女がやったって考えるの普通でしょ!?」

 と理解していたのである。

「まあ、ともかく......。
 これでハッキリしたわけだ」

 ジャイルズが、絵文字の説明を続けた。
 そこには、ミイラ王女は人間の生気を吸い取ることが出来るのだと書かれていた。そして、生気を失った犠牲者は干涸びてしまうのだ。

「......早く止めないといけないわね」
「そうね。
 王女を捕まえないかぎり、
 ミイラが量産されてしまいそうだわ」

 と、美神とバフィーが発言した時。

「大変ですーっ!」
「ナイフ男が現れたぞーッ!!」

 アンパタとザンダーが、図書室に駆け込んできた。


___________


「これでも飲みなさい」
「ありがとうございます」

 気が動転しているアンパタに、ジャイルズが一杯の紅茶を用意した。
 カップに口をつけるアンパタと、彼女の横で心配そうに見守るザンダー。そんな二人を見ながら、ウイローがつぶやく。

「ナイフ男......
 博物館から私たちを追ってきたのかしら?」
「だとしたら......何か理由があるはずね」

 バフィーの言葉を耳にして、ザンダーとアンパタが反応する。

「『封印の皿』をよこせ......
 って言ってたみたいだな」
「壊してください!
 あんな皿......壊して捨ててください!
 そうしないと......危険です!!」

 必死に懇願するアンパタだが、バフィーたちにとって『封印の皿』は、ミイラ王女やナイフ男に通じる貴重な手がかりだ。そう簡単に捨て去るわけにはいかない。
 誰も肯定の表情を浮かべないのを見て、アンパタは、突然、立ち上がった。そして、拒絶に傷ついたかのように、そのまま図書室から駆け出していくのであった。


___________


「......アンパタ!!」

 彼女を追って、ザンダーも飛び出してきた。
 二人は、廊下のベンチに腰を下ろして、静かに言葉を交わす。

「なんで......あの皿を......。
 なんでそんなに危険なことを続けるの!?」
「大丈夫さ、アンパタ。
 誰も君を傷つけたりはしない。
 そんなことは......俺がさせないさ!」

 ザンダーは、アンパタを安心させようと、彼女の手をしっかりと握りしめる。
 しかし、アンパタは、心配そうな表情のまま、ザンダーの顔を覗き込んだ。

「ザンダー......何か隠してるのね?」
「えっ!?」

 ビクッとしてしまうザンダー。
 たしかに、ザンダーたちは、バフィーがスレイヤーであることも、美神たちが神さまから送り込まれたGSであることも、アンパタには話していない。

「ああ、アンパタ......。
 俺たちは......本当は
 考古学クラブなんかじゃなくて......」

 秘密を漏らしそうになったが、ザンダーは、ギリギリで思いとどまった。

「......探偵クラブなんだ。
 だから......今、
 ミイラ王女失踪事件について調べてるんだ」

 バフィーや美神たちのことを隠したまま、ミイラ王女やナイフ男などの現状を説明する。そのために、ザンダーは、『探偵クラブ』という新たな嘘を作り出したのだった。

「そんな......
 クラブ活動でそんな危険なことを......!?
 私は......普通の少女の生活を......
 普通のアメリカ生活を楽しみたいだけなのに!!」

 再び立ち上がったアンパタは、今度は女子トイレへと駆け込んでしまった。
 これでは、ザンダーも追うわけにはいかない。

「アンパタ......」

 アンパタが入ったトイレのドアをジッと見つめるザンダー。
 そんな彼に、いつのまにか近寄ってきたウイローが、声をかける。

「ザンダー、アンパタの様子はどう......?」
「ああ、ウイロー。
 アンパタは......」

 さきほどの会話をザンダーが説明すると、ウイローは、優しく微笑むのだった。

「ザンダー......。
 今晩のダンスパーティー、
 アンパタと二人で出かけたら?
 そのほうが......アンパタも喜ぶと思うわ」

 今晩のダンスパーティーも、文化交流イベントの一環である。もともとウイローはザンダーやバフィーと一緒に行くつもりだったが、ミイラ事件が片付いていない以上、スレイヤーであるバフィーは行けないだろうと理解していた。ならばアンパタも含めて三人で行くことになりそうだったが、ここで、ウイローは気を利かせたのだ。

「えっ!?
 でも、ウイロー......」
「大丈夫よ。
 私は私で、一人で行くから。
 あるいは、ミカミサンの車に余裕があれば、
 ミカミサンたちと一緒に行くわ。
 ......向こうで会いましょう?」
「そ、そうだな......。
 ありがとう、ウイロー。
 さすが......ウイローは俺の親友だ!」

 ザンダーの『親友』という言葉には、『異性として意識していない』という意味もこめられているのだ(第8話参照)。
 それを知るウイローだから、素直には喜べないのだが、複雑な乙女心など、顔には出せない。表情を変えないまま、クルリと後ろを向き、図書室へと戻っていく。
 その図書室の入り口には、おキヌが立っていた。

「ウイローさん......」

 彼女は、一部始終を見届けていた。ウイローにあたたかい声をかけたかったが、言葉が思いつかない。

「いいのよ、オキヌチャン。
 私なら大丈夫だから......。
 だって、もしオキヌチャンが
 私の立場だったとしても......
 同じことをするでしょう!?」

 そう言って、ウイローは、おキヌの横を通り過ぎる。
 図書室へ戻るウイローを見ながら、おキヌは、かつての屋根裏部屋での出来事を思い出していた。アシュタロスとの戦いの後、大きく落ち込んだ横島の手を握って、

「小竜姫さまたちも一生懸命考えてくれてます。
 きっとなんとかなりますよ......!」

 と言って彼を励ましたことを。


___________


 一方、女子トイレのアンパタは、洗面台の鏡をボーッと覗き込んでいた。
 彼女は、別に用を足したかったわけではない。ただ一人になりたいだけだった。

「大丈夫よね......」

 アンパタは、自分に言い聞かせるかのようにつぶやく。
 彼女の正体は、実はミイラ王女なのだが、別に人間たちに害をなすために蘇ったわけではない。ただ『選ばれしもの』として若いまま死んだことを嘆き、生きていれば得られたであろう『普通の幸せ』を味わいたいだけだった。

「ふふふ......。
 ザンダーは私のことを気にいってくれてる。
 それに......私もザンダーのことが好き......」

 これこそ、普通の少女が経験する恋愛なのだ。今、ようやく、500年前に出来なかったそれを為しているのだ。
 そう思えば、アンパタの顔も自然にほころぶ。鏡に映る自分の笑顔を見て、現状の幸せをかみしめたアンパタだったが......。

「......!!」

 鏡の隅に映り込んだ人影を見て、凍りつきそうになった。
 いつのまにかアンパタの背後に立っていた人物、それは、博物館から追ってきたナイフ男だったのだ。

「おねがい......見逃して!!」

 アンパタは、振り返って懇願する。
 彼女はジャイルズに『王女の横に張りついて番をしている』と説明したが、厳密には、このナイフ男は王女を守っているわけではなかった。王女が目覚めて逃げ出さないよう、見張っていたのだ。
 だから今も、王女を再び棺に送り込もうとしているのであった。

「おねがい......私を殺さないで......」
「おまえはすでに死んでいる。
 ......500年前にな」

 ナイフ男が、冷酷に宣言する。

「でも......そんなの不公平だわ。
 なんで私が......。
 無実なのに......
 何も悪いことしてないのに!!」
「そうやって人間の姿をしているということは
 他人の命を吸い取った証だろう......。
 そのものたちこそ無実だったのだ。
 今のおまえは......もはや無実ではない」

 ナイフ男が、ゆっくりとアンパタに歩み寄る。
 後ずさりするアンパタだったが、後ろは洗面台だ。逃げ場はなかった。

「でも......おねがい......」
「おまえは『選ばれしもの』だ。
 ......死ななければならない。
 おまえに選択の余地はないのだ」

 彼は、ナイフを振りかぶった。
 だが、おとなしく殺されるアンパタではない。おのれの生への執着心に従って、精一杯、逆襲する。

「いいえ......!
 私にだって......
 『選択の余地』はあるわ!!」

 彼女は、両手でナイフ男の手を捻りあげて、そのまま、男の動きを止めた。
 そして......。
 男に口付けし、彼の生気を吸い取るのだった。


(第10話に続く)

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____
『美神・ザ・バンパイア・スレイヤー』 第10話 

「バフィー?
 口紅もってないんだけど
 ......貸してもらえるかしら?」

 アンパタは、今晩のダンスパーティーへ行くために、すでにドレスに着替えていた。けばけばしく化粧するつもりはないが、せめて唇には紅を塗ろうと思い、二階のバフィーの部屋へ借りにいく。

「いいわよ!
 ところで、バスターミナルから
 トランクが届いてたけど......?」
「トランク......!?
 ああ......すっかり忘れてたわ」

 バフィーは、パーティーへ行くアンパタの代わりに、荷解きをするところだった。アンパタは、慌てて彼女を制止する。

「あんまり......こまかい私物を見られたくないから」

 と恥ずかしそうに笑うアンパタだが、これは演技である。
 アンパタの正体は、ミイラ王女だ。彼女は、青年『アンパタ』を殺して、すり替わっているのだ(第8話・第9話参照)。本物の『アンパタ』の死体は、このトランクの中に隠されているのだった。

「そう......?
 それじゃ......」

 バフィーは、トランクから離れて鏡台へ向かい、引き出しから、口紅を一本取り出した。バフィーはバフィーで、引き出しにスレイヤーの道具の一部を隠しているので、勝手に開けて欲しくなかったのだ。

「......この色でいいかしら?」
「ありがとう、バフィー。
 ......あら?」

 口紅を受け取ったアンパタは、ふと、不思議そうな視線をバフィーに向ける。
 バフィーは、Tシャツにジーンズというラフな格好なのだ。

「......バフィーは、パーティーに行かないの?」

 ダンスパーティーは異文化交流を意識した『仮装』ということになっており、アンパタも、インカ帝国の王女をイメージしたドレスを着ている。『王女』だなんて、アンパタの正体そのままであるのだが、アンパタには、他に思いつくものがなかったのだ。

「私は......探偵クラブの部長だからね。
 やることがいっぱいあるのよ」

 バフィーがスレイヤーであることも、美神・横島・おキヌが普通の留学生ではないことも、アンパタは知らない。ザンダーから聞かされた通り(第9話参照)、彼らの活動は『探偵クラブ』だと思っていた。

「そう......。
 まだ......
 ナイフの男とミイラのこと調べてるのね?」
「大丈夫よ、アンパタ」

 アンパタの不安そうな表情を見て、気休めを言うバフィー。
 実はアンパタが心配しているのは、ナイフ男やミイラ王女に襲撃されることではない。ナイフ男は既にアンパタ自身が殺しているし(第9話参照)、アンパタこそがミイラ王女なのだ。彼女が恐れているのは、真相が露見することなのだが、そこまでバフィーは気付いていない。

「まあ、バフィーがそう言うなら......。
 でも......インカの王女も、かわいそうね」
「......え?」
「伝説では......。
 彼女だけが民衆を守ることができると言われて、
 みんなのために、山の神サバンカヤへ
 ......その身を捧げたのよ」

 薄く口紅を引きながら、アンパタは、インカ帝国の王女の話を始めた。『伝説では』などと言っているが、本当は、自分のことを語っているだけだ。

「同じ世代の女の子がたくさんいる中で、
 ただ彼女だけが......」
「『選ばれしもの』......だったわけね」
「知っているの、バフィー?」
「......まあ、どこにでも
 似たような伝説は転がってるのよ」

 と、つぶやくバフィー。
 バフィーは、インカ帝国の王女の境遇を、バンパイア・スレイヤーである自分と重ね合わせたのだ。
 インカの王女のように生け贄にされたわけではないが、バフィーも『選ばれしもの』として......スレイヤーとして戦ううちに、一度、命を落としたことがあった。奇跡的に復活できたが、それ以降だって、危険な目にはあっている。
 また、スレイヤーである以上、普通の少女としての生活は犠牲にしていた。例えば、今日のダンスパーティーだって行きたいのに、ジャイルズに命じられて断念したのだ。バフィーは、ナイフ男やミイラ王女が人々に危害を加えないよう、パトロールをすることになっている。
 そんなバフィーの事情は知らないアンパタだが、バフィーの表情から、理解してもらえたのだと判断し、話を続けた。

「......それならばバフィーにもわかるかしら?
 彼女は......私たちと同じ16歳だったの。
 これから幸せなことがたくさんある年頃......。
 それなのに......死ななければならなかったのよ」
「アンパタは......
 すいぶん王女さまに同情してるのね」
「ええ......。
 彼女は......私たちの祖先のために
 犠牲になったんですから......」

 遠い目で語るアンパタは、とても優しい少女のように見えた。
 バフィーは、昼間ウイローの前で『アンパタって......魔物!?』と冗談を言ったことを、今さらながらに後悔する。
 さらにバフィーは、アンパタが語る伝説を聞いているうちに、ふと、おキヌのことを思い浮かべた。博物館でガイドの説明を耳にした際にも思い出したことだが(第8話参照)、おキヌも、かつて村人を救うために、その身を犠牲にしたことがあるのだ。彼女の場合は、その後300年間の幽霊生活を経て、無事に人間に戻れたわけだが......。

「アンパタ......。
 ミイラ王女のこと、
 オキヌチャンと語り合うといいと思うわ」
「......え!?」
「私の口からは言えないけど......
 彼女には彼女の人生経験があるから。
 オキヌチャンも......きっと共感してくれるわ」

 バフィーにとって、インカ帝国の王女は、もはや、人間の生気を吸い取った上でサニーデールを徘徊する魔物である。アンパタのように『かわいそう』などと同情することは出来ない。
 だから、せめて。
 バフィーは、おキヌを話し相手として勧めるのであった。




    第10話 その身を捧げた少女たち(part 3)




「それじゃ......私は
 下でザンダーが来るのを待ってるわ」

 そう言ってアンパタが部屋から出ようとした時、階下から、バフィーに声をかける者があった。バフィーの母親、ジョイス・サマーズである。

「バフィー!?
 ジャイルズさんから電話よ......!」
「わかったわ、ママ!」

 バフィーは、一階へ降りて、ジョイスから受話器を受け取った。

「もしもし、ジャイルズ!?
 ......どうしたの!?」
「ああ、実は......」

 ウオッチャーであるジャイルズからの電話なのだ。スレイヤー活動に関する内容だと思ったバフィーは、受話器を耳に押し当て、ジャイルズの声が外に漏れないようにした。母親のジョイスにも、スレイヤーのことは秘密にしているからだ。
 しかし、今、そこまで気にする必要はなかったようだ。ジョイスは、娘のプライベートを尊重したらしく、電話から離れていく。
 それを確認してから、バフィーは、ジャイルズの話に集中する。

「ナイフ男が見つかったんだ。
 ......ミイラ状態の死体になってね」
「ええっ!?
 ミイラにされたということは......
 王女にやられちゃったの!?
 でも......ナイフ男は
 ミイラ王女の守護者だったんじゃないの!?」

 博物館や運動場で襲ってきたナイフ男は、ミイラ王女を守る存在......。それがバフィーやジャイルズたちの理解だったのだから、バフィーが混乱するのも無理はない。

「いや......ナイフ男は、
 王女が目覚めないように見張っていたんだ」

 王女はミイラではあるが、生きたまま埋葬された存在なだけに、少しくらいは動けるのだ。だが、山の神サバンカヤに捧げられた以上、王女がそこから逃げ出したら、神の怒りを買ってしまう。
 インカ帝国の人々は、そう信じていた。だからこそ、『守護者』を用意したのだった。
 先祖代々引き継がれてきた任務のために、ナイフ男は、ミイラとともにアメリカへやってきた。そして、『封印の皿』が割れたことを察知して博物館へ直行。その後も王女を追いかけ回したが、最後に返り討ちにあってしまったらしい。
 一通り話を聞いたバフィーは、

「ジャイルズ......。
 ずいぶん詳しい背景がわかったのね。
 ......そんなに絵文字の解読が進んだの?」

 と質問する。今までと解釈が変わったというのであれば、今度の解釈こそが正しいという確認が欲しかったのだ。

「いや......これはミカミクンからの情報なんだ」
「ミカミサンから......!?」

 『知り合いの神さまたちに聞いてみる』という宣言どおり、昨晩、美神は日本の神族に連絡をとった。ところが、『サバンカヤなんて神さまはいない。それは伝説、ただのインカの信仰にすぎない』という解答が返ってきてしまう。それでも、神さまは知りうるかぎりの情報を集めてくれたらしく、今晩、日本から連絡が入ったのだった。

「そういうことなら......信用してもよさそうね」
「ああ......なにしろ『神さま』だからね。
 そして......」

 ジャイルズは、さらに語る。

「ミイラ王女を倒す鍵は、あの『封印の皿』なんだ。
 あの皿が元に戻れば、王女は再び封じられてしまうらしい。
 だから私は......今から博物館へ行くつもりだ」

 『封印の皿』のメインの部分はジャイルズが持っているが、破片は、まだ棺の中にあるはず。接着剤で修復すれば、『封印』の効力も戻るというのが、ジャイルズの考えだった。

「......接着剤で!?
 そんなんでいいのかしら!?」
「まあ......試してみる価値はあるだろう」

 電話の向こうで、ジャイルズ自身が苦笑している。
 とりあえずバフィーも賛成し、

「じゃあ、その間......
 私は予定どおり近辺をパトロールするわ。
 ミイラ王女は健在みたいだからね」
「ああ、頼む。
 ミカミクンたち三人も協力してくれるそうだ。
 彼女の車でそちらへ向かうそうだから、
 四人で手分けしてミイラ王女を探してくれ」

 と、今晩の計画を話し合った。
 これで、電話の用件は済んだのだが......。


___________


 母親ジョイスが横にいた時には、受話器を耳に押し付けていたバフィーである。しかし、彼女が離れていってからは、特に意識せず、普通に電話を使っていた。
 その結果......。
 柱の影に隠れていたアンパタは、バフィーとアンパタの会話を立ち聞きすることが出来たのだ。

(博物館......!?
 『封印の皿』を修復......!?)

 もちろん、ジャイルズの言葉を全部聞き取れたわけではない。しかし、バフィーの対応もあわせれば、内容を推測することも容易だった。

(そんなこと......)

 ようやく、追手であるナイフ男も撃退したのだ。これで『普通の少女』として生活できるはずだったのに、封印が復活したら、全ては水の泡である。

(そんなことさせない!)

 アンパタは、ソーッと家から抜け出して、博物館へ向かって走り出した。


___________


「アンパタ......?」

 電話の後、一階のリビングを覗いてみたバフィーだが、そこにアンパタはいなかった。二階の部屋もチェックしてみたが、そこにもいない。

「......どこいっちゃったのかしら?」

 アンパタは、ザンダーが迎えに来るのを待っていたはずだが、もちろん、そのザンダーはまだ来ていない。

「そう言えば......アンパタって......」

 バフィーは、ふと、気が付いた。
 インカの王女に関して、あんなに詳しく語っていたアンパタだったが、王女とナイフ男の関係については間違っていたのだ。ナイフ男は、ミイラ王女の仲間どころか、むしろ敵だったのだから。
 もちろん『伝説』が誤解されたまま伝承されていた可能性もあるが、

「もしかすると......意図的に嘘ついてたのかも!?」

 とも考えられるではないか。
 アンパタは、王女を封じ込めるアイテムだった『封印の皿』も、破壊するように主張していた。
 また、インカの王女のことも、他人事ではないくらい共感していた。
 それに、『アンパタって......魔物!?』という考察もあった。
 いや、それだけではない。決定的なのは......。

「いくら文化や風習が違うとしても、
 いまどきの女の子が......
 口紅も持たずに旅行するなんて!」

 バフィーは、慌てて部屋に駆け戻る。そして、鍵を壊して、アンパタのトランクを開けた。
 中から出てきたのは......ミイラと化した死体。

「これが本物の『アンパタ』なのね。
 今のアンパタこそ......
 ミイラ王女だったんだわ!!」

 ようやく、バフィーも真相に気付いたのだった。


___________


(きっとアンパタは......
 電話を立ち聞きして逃げ出したのね!
 封印復活を阻止するために、
 博物館へ向かっているのかもしれないわ!)

 そこまで想像したバフィーの耳に、ジョイスの声が階下から飛んできた。

「バフィー!?
 ミカミサンたちが来たわよ......!」
「わかったわ、ママ!」

 急いで降りていき、美神・横島・おキヌの三人を出迎えるバフィー。

「ジャイルズから話は聞いているわね?」
「俺たちも手伝うっス。
 さっさとミイラ王女倒せば......
 パーティー行けますよね!?」
「横島さん......
 もうあきらめましょうよ」

 美神はボディコン姿、横島はジーンズの上下、おキヌは巫女服。つまり、三人とも、いつもの除霊仕事の格好である。仕事の後でダンスパーティーに直行するとしても、異文化交流というテーマに合うのは、おキヌの巫女姿くらいだろうか。
 だが、今はパーティーどころではない。ジャイルズが危ないのだ。

「ミカミサン......!
 予定変更よ、私たちも博物館へ行くわ!」
「......えっ!?」
「時間がないの。
 ......詳しいことは車の中で説明するから!」

 バフィーは、美神たちを追い立てるようにして、家から出る。そして、美神の車の後部座席に乗り込んだ。


___________


 しばらくして......。
 もはやジョイスのみとなったサマーズ家を、今度はザンダーが訪れた。
 南米をイメージした仮装なのだろう。そちらのカウボーイや農民などが用いるソンブレロをかぶり、さらに、メキシカンなマントを羽織っている。横島が見たら『貧乏神』と言いそうな格好だが、その横島は、すでにいなかった。

「......え!?
 みんな先に行っちゃったんですか!?」
「そうなのよ、ザンダー。
 ミカミサンの車で出かけたみたい。
 ......でもアンパタはザンダーが
 エスコートするはずだったんでしょう?
 私も変だと思ったんだけど......」

 アンパタが一人で家から出るところは見ていなかったため、ジョイスは、アンパタもバフィーたちと一緒に行ったと思っているのだ。

「......そうなんですか!?
 それじゃ俺も急いで行きますよ」

 予定が変わったことを不思議に思いながら、ザンダーは、パーティー会場へ向かった。

(先に行っちゃうなんて
 ......どうしたんだろ?
 それに......バフィーは
 行けないんじゃなかったのか?)

 車を調達することは出来なかったので、アンパタと二人で歩いていくつもりだったザンダー。二人なら歩きも楽しかっただろうが、一人では面白くもない。
 それでも、今晩のパーティーに思いを馳せれば、ワクワクしてくる。
 ザンダーは、アンパタの正体も、彼女が博物館へ行こうとしていることも知らない。だから、会場にはアンパタが待っていると思って、足早に歩くのであった。


___________


 一方、博物館では......。
 ジャイルズが一人で『封印の皿』の修復に励んでいた。

「インカ帝国の概念では......
 鳥の頭は......えーっと......」

 破片の形だけでなく、絵文字の内容も考慮して、パズルのようにつなげていくのだ。絵文字解読のための書物も持参してきていた。

「ここは......どう見てもこれだな。
 そうすると......」

 独り言を続けながら、ジャイルズは作業する。
 やがて......。

「ふう。
 あとは......この破片だけだ!」

 と、最後のひとかけらを手に取った時。

「そうはさせない!」
「......えっ!?」

 ジャイルズは、突然、声をかけられた。
 振り返ったジャイルズの目に入ってきたのは、悲壮な表情を浮かべたアンパタである。

「アンパタ......!?
 なぜ、ここへ......」

 疑問を口にし始めたジャイルズだが、自分でそれを飲み込んでしまう。
 アンパタの両腕が異常な状態になっていることに気付いたからだ。
 彼女の腕はカサカサであり、先端から少しずつ、ミイラ化しているのだ。

「まさか......!?」
「そう......あなたが......
 封印をそこまで修復したから!!」

 アンパタは、右手でジャイルズの胸ぐらをつかみ、左手で『封印の皿』を叩き割った。


___________


(これで......ミイラ化も止まる!)

 アンパタは、そう信じていた。
 本当は、アンパタがミイラに戻り始めたのは、『封印の皿』のせいではない。完全に修復するまで、封印の効果はないのだ。
 実は、ミイラ化の原因は、単なる時間切れだった。人間の生気を吸い取ることで生前の姿を取り戻したアンパタだが、その姿を保つためには、定期的に『生気』を補給する必要があったのだ。
 だから、今、アンパタがするべきことは、新たな生気を吸収することだ。そうした事情は理解していなかったが、

(ミイラになっちゃった部分を戻すには
 ......もっと生気が必要だわ!!)

 これからしようとしていることは、間違っていなかった。
 彼女は、目の前でバタバタしているジャイルズに、顔を近づけていく......。


___________


 バキッ!!

 突然、アンパタの背中を衝撃が襲った。
 誰かにキックを叩き込まれたらしい。
 吹き飛ばされたアンパタだったが、立ち上がって周囲を見渡し、状況を理解する。

「今の一撃は......あなたなのね!?」
「そうよ、アンパタ......。
 いいえ、王女さまと呼ぶべきかしら!?」

 いつのまにかバフィーが博物館へ来ていたのだ。
 アンパタに対して、ファイティング・ポーズを構えている。
 そして、バフィーの後ろには、美神・横島・おキヌの三人も並んでいた。
 彼らを見ながら、アンパタは、後ろ手に背中をさする。さきほどバフィーに蹴られた箇所が、まだ痛むのだ。

「バフィー......
 あなたも普通の少女じゃなかったのね!?」
「ミイラに言われる筋合いはないわ。
 少なくとも私は魔物じゃないもの。
 ......むしろ魔物を倒す者なのよ!」


___________


 バフィーとアンパタが会話している間、美神たち三人は、ジャイルズを助け起していた。彼は、アンパタと共に蹴り飛ばされていたのである。

「バフィーさんのやり方......
 荒っぽい救出劇でしたね」
「しょうがないでしょ、おキヌちゃん。
 とっさの場合だったんだから」
「まあ......美神さんだって
 味方を巻き込むことを気にしない主義っスからね」

 三人は、無駄話を交わしながらも、ジャイルズの無事を確認する。それから、アンパタに対して向き直った。

「アンパタ......!!
 これだけの人数に囲まれて
 ......勝てると思うの!?」

 と言いながら、美神は、手にした神通棍を伸ばす。
 横島も、霊波刀を発現させた。
 そして、おキヌは、

「アンパタさん......!
 もうやめて下さい!!」

 と叫んでから、ネクロマンサーの笛を吹き始める。
 その笛の音に、自分の数奇な半生をのせて......。


___________


 幽霊だった経験があるからこそ、悪霊を成仏させることができるおキヌである。
 ここでは、かつて村を救うための犠牲となった過去を活かして、山の神へ捧げられたアンパタを説得するつもりだった。

(......えっ!?
 オキヌさんに......そんな過去が!?)

 アンパタの表情が変わった。
 笛の音に変換されたおキヌの霊波が、物語を紡いでいく。そして、アンパタにシッカリ伝わったのである。

(でも......)

 おキヌの物語は、幽霊時代の話から、死津喪比女の襲撃をきっかけとした復活劇へ、さらに、記憶を取り戻して美神たちのもとへ戻った場面へと続く。

(オキヌさんは......ヨコシマさんと......)

 ネクロマンサーの笛を介しているのだ。
 嘘は伝わらない。
 だから、そこで語られているのは、おキヌの正直な想いだった。

(恋人ではないけれど......
 幸せにすごしているんだ......)

 アンパタのインカ帝国から遠く離れた日本で、アンパタと同じように若くして『その身を捧げた』おキヌ。
 しかし、彼女は、300年間の幽霊生活を経て、今、『普通の女の子』の幸せを手に入れたのだ!
 アンパタは、おキヌの境遇を、自分のものと重ね合わせてしまう。

(私だって......
 500年間のミイラ状態を経て蘇ったんだから!!)


___________


「オキヌさんも......
 つらい経験をしてきたのね。
 そして今の幸せがある......」

 ジッとおキヌを見つめるアンパタの顔に、もはや悲壮感はなかった。

「アンパタさん......」

 笛を吹くのを止めて、おキヌは、アンパタに歩み寄る。説得が届いたと思ったからだ。
 しかし、

「......だから私だって
 これから幸せになるんだーッ!!」

 おキヌの物語は、アンパタには逆効果だった。それは、アンパタの『自分にも幸せになる権利がある』という気持ちを強めるだけだったのだ。

「えっ!?
 ......アンパタさん!?」
「そのために......
 おまえの生気を吸い取ってやるッ!!」

 戸惑うおキヌに、アンパタが襲いかかる。
 おキヌが一番身近にいたからだろうか。
 あるいは、おキヌが一番弱いと感じたからだろうか。
 あるいは......おキヌのことをうらやましく思ったからだろうか。
 ともかく、アンパタは、おキヌをターゲットにしたのだった


___________


 アンパタが穏やかな表情を浮かべていただけに、彼女の突然の動きに、美神もバフィーも対応できなかった。
 ジャイルズは、まだボーッとしている。
 今、おキヌを救うために行動を起したのは、

「やめろ、アンパタ!!」

 おキヌの淡い片思いの相手、横島だった。
 彼は、おキヌを守るかのように、その前に立ちふさがる。
 しかし、アンパタは、それでも突撃してきた。

「......すまんな、ザンダー!!」

 アンパタにではなく、ザンダーに対して詫びてから......。
 横島は、霊波刀を振るった。


___________


「そんなことがあっただなんて......」

 翌朝、サニーデール高校の敷地内。
 芝生の中のベンチに腰を下ろし、ウイローは、バフィーと美神から昨夜の詳細を聞かされていた。
 朝の日光の心地良さとは裏腹の、ミイラ王女の物語だ。

「アンパタは......
 この事件の加害者だったけど、
 でもインカ帝国の間違った信仰の
 犠牲者だったとも言えるわね」

 二人の話をまとめてあげて、ウイローが、そんな感想を述べた。
 そして、校舎の入り口へと視線を向ける。
 そこでは、ザンダーと横島とおキヌの三人が話をしていた。


___________


「......ということだったんです」

 横島とおキヌは、人通りの少ないところへザンダーを連れ出した。
 そして、おキヌが説明役になって、アンパタの正体やその最期を語って聞かせたのだった。

「おいおいおい......」

 信じたくない話ではあったが、おキヌが嘘をつくとも思えない。
 それに、ここで『そんなバカな!?』などと叫ぶのは自分のキャラではない。
 そう考えたザンダーは、

「......なるほどな。
 話がうますぎると思ったぜ」

 あくまでも『陽気なザンダー』として、あっけらかんとした口調で笑い飛ばすのだった。


(第11話に続く)

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