第6話 保護者面談会は大パニック!(part 2) 第7話 保護者面談会は大パニック!(part 3) |
In every generation, there is a Chosen One. She alone will stand against the vampires, the demons, and the forces of darkness. She is the Slayer. 「ところで、ヒャクメ......」 天気の良い朝。 美神は、通信鬼で日本の神族と連絡を取っていた。 「横島クンが……文珠を 使えなくなっちゃったみたい。 ......理由わかるかしら!?」 ここはアメリカ、カリフォルニア州のサニーデール。一見平凡な田舎町であるが、サニーデール高校の真下には、この世と異界をつなぐ穴『ヘルマウス』が存在している。 そのヘルマウスを通ってこの世界へ来たといわれる異世界のバンパイアたち――現在では世界中に広がっている――は、近年、ここサニーデールに集まり始めていた。それに呼応するかのように、一人の少女もまた、この町に引っ越してきている。 いつの時代にも、常に一人、『選ばれしもの』がいる。彼女だけが、バンパイアや悪魔や闇の力に対抗できるであろう。彼女こそ、ザ・スレイヤーなのだ。 ウオッチャーと呼ばれるガイドのもと、超人的な体力・筋力・回復力などを駆使して、人知れず悪と戦い続ける少女。当代のスレイヤーはバフィー・サマーズという高校生であり、ウオッチャーであるルパート・ジャイルズも、表向きは図書館司書として同じ高校に勤務していた。 そして、神族からの依頼を受けて、美神・横島・おキヌの三人も、同じサニーデール高校に潜り込んでいる。ジャイルズ邸を宿としている美神たちだが、他の三人――横島・おキヌ・ジャイルズ――が学校へ行った今、この家にいるのは美神一人である。 『ああ、それは当然なのね。 「こんにゃくユビワ」の副作用だわ。 説明しとくべきだったんだけど ……忘れてたのねー!』 「はあ!? 副作用......!? 忘れてた......!?」 『ああっ、美神さん! ちゃんと説明するから…… 怒らないで聞いてほしいのね!』 ヒャクメが口にした『こんにゃくユビワ』、それは、今回の仕事のために神族から渡された翻訳装置のことだ。 目には見えない指輪に視線を向けた美神は、 (長い仕事なのよね......) ふと、依頼内容を思い返す。 異界から来ると言われる『はじまりの邪悪』、それがこの世界に与える影響を小さくしたい。近年サニーデールで生じる奇怪な事件の数々にも、この『はじまりの邪悪』が関与している可能性があり、スレイヤーと協力して欲しい......。 とりあえず『はじまりの邪悪』が表立った動きを見せるまでは、スレイヤーたちの手助けをするだけ。ただし、時々神族へ現状報告するのも仕事のうちだ。だから今も近況を告げていたわけであり、最近生じた問題点の一つとして横島の文珠の件を持ち出したのだが。 『文珠を使うには、イメージを 漢字一文字で表す必要があるんだけど、 今の美神さんたちには、それ無理なのね』 「......どういうこと!?」 『えーっと......。 美神さん、今、自分が 何語しゃべってるかわかるかしら?』 「はあ!? そんなもん日本語に決まってるでしょ!?」 ヒャクメは、ゆっくりと首を横に振る。その仕草が美神に見えていないことなど、うっかり失念していた。ヒャクメは通信鬼で会話しているだけでなく、自分の『目』を使って遠視もしているのだ。ヒャクメの方からは美神の怒りも困惑も丸見えである。 『実は......今 美神さんは英語を口にしてるのねー』 例えば先程の美神の言葉も、ヒャクメには「What? Of cource, it's Japanese!」と聞こえている。 これが、翻訳アイテム『こんにゃくユビワ』の弊害だった。脳の思考言語そのものを自動変換しているために、日本語で会話し日本語で考えているつもりであっても、表に出てくるものは、全て英語になってしまう。 『例えば「火」という字を イメージしたつもりでも、 言葉として頭に浮かんでるのは ……「fire」なのねー!』 だから、文珠なんて使えるわけがない。それが、ヒャクメの説明だった。 「ちょっと待って......!? アメリカに来た翌日は使えたわよ!?」 『それは......たぶん、 まだ脳の変換が定着してなかったから ……完全には脳が変わってなかったから なんとか「漢字」に出来たのねー!』 美神は『模』文珠の例を挙げたのだが、あのときの文珠の効果が短かったことには、気付いていない。 「......ということは、 文珠を使う際には 指輪を外しちゃえばいいのね!?」 ヒャクメの話から解決策を捻り出し、安心する美神。 しかし、ここでヒャクメが溜め息をつく。 『......そんな簡単じゃないのねー。 「こんにゃくユビワ」は、 日本に戻るまで外せないのねー』 「ええっー!?」 脳の言語イメージそのものを変換している以上、そう頻繁にオンオフを繰り返しては、頭が混乱してしまう。それを防ぐための安全装置として、帰国するまでは取れない仕様になっていた。 美神の指輪は透明化しているが、横島とおキヌの分には、その機能はない。お揃いの指輪をする口実として、二人は『婚約者』という設定になっている。それも、実は、アメリカにいる間ずっと指輪を外せないからなのだ。 (でも......今、 『婚約者』の件を持ち出したら……。 たぶん、美神さん、 ますますイライラしちゃうのね) それが読めるヒャクメなだけに、これ以上、この指輪の話をしたくなかった。ここは、話題を変えるべきである。 「そんな大事なこと、 なんで先に言わないのよーッ!?」 『だから、ごめんなのねー! 美神さん、それより...... 今日は……ちゃんと 学校いったほうがいいですよ!?』 交換留学生という形の三人だが、美神は、他の二人とは違う。おキヌや横島は、こちらでの出席状況や成績などが日本の高校へ振り替えられることになっているが、美神は、とっくに高校など卒業した身。高校生を演じているに過ぎない。スレイヤーやその仲間たちと接触した後は、あまり真面目に通う意味もなく、遅刻欠席も当然だった。 そんな美神の生活態度は、ヒャクメも把握している。時々チラチラ日本から覗いているからだ。そして、時には美神以上に、美神を取り巻く様子を理解していた。 『美神さん......今日、 校長先生に呼び出されてますよ!?』 「......え?」 第5話 保護者面談会は大パニック!(part 1) 「アメリカって......なんだか 日本より昼間が長い気がしません? まだ朝なのに、お日様も けっこう高い位置まで上ってる......」 「......そうかな?」 おキヌと横島が、腕を組んだまま、サニーデール高校の廊下を歩く。片側が外に面している、ベランダのような――おキヌ曰く縁側のような――廊下である。今日のような晴天日には、朝の日差しが心地良かった。 「......あ! 横島さん、 日本では遅刻ばかりしてたから......。 『朝』を知らないんですね!?」 「そりゃあ言い過ぎだ、おキヌちゃん。 俺だって、シロの散歩に付き合わされて 早起きしたことが何度も......」 「……ほら! そんなときだけじゃないですか! ふふふ......」 美神の事務所にて三人で朝食を取ったこともあるのだから、おキヌの発言は、冗談に過ぎない。ただ横島をからかっているだけなのだが、おキヌの顔に浮かんでいるのは、揶揄するような笑いではなく、幸せの笑顔だった。 ここでは毎朝、横島と一緒に登校し、学校でも授業はずっと一緒。ただし、通学はジャイルズの車だし、クラスに行けばバフィーたち友人がいる。なかなか『二人きり』にはなれないが、それでも十分だった。人前では『婚約者』という役柄のために腕を組んでおり、 (ピタッと体が密着していると...... 心と心も触れ合っているような気がします......) とまで、おキヌは思ってしまう。 そんな二人に。 「よう!」 「おはよう! オキヌチャン、ヨコシマクン!」 クラスメートが声をかけてきた。 陽気な少年ザンダーと赤毛の少女ウイロー。バフィーの親友であり、スレイヤーの秘密を知る仲間でもある。 「バフィーさんは一緒じゃないんですか?」 「バフィーは図書室へ行ったわ」 「......パトロールの報告ですか?」 「そういうこと」 おキヌの質問に、ウイローが答えた。 バフィーは、人々が寝静まった夜中に、こっそりベッドから抜け出して、外を徘徊するのだ。太陽光線を弱点とするバンパイアが動き出すのは夜間であるし、また、全く別のモンスターが出現することもある。深夜のパトロールは、スレイヤーとしての日課であり、翌日にジャイルズへ報告することも、それに含まれていた。 「ミカミサンは、また遅刻かい!?」 「ああ。 朝が弱い上に、マイペースなひとだからな」 ザンダーと横島は、おキヌたち二人がバフィーについて語る横で、美神を話題にしていた。だが、美神の名前を耳にして、ウイローが、こちらの会話に参加する。 「大丈夫かしら、ミカミサン!? 『放課後、校長室へ来るように』 って呼び出されてるんだけど......」 「ええっー!?」 「心配することないぜ、オキヌチャン。 バフィーも一緒だからな。 安心していいぜ……!」 「おい、ザンダー。 それはバフィーも 呼び出しくらってるってことか? ......そのどこが『安心』なんだ!?」 サニーデール高校の校長シュナイダーは、バフィーの正体を知る仲間ではない。むしろ、スレイヤーのことを知らないからこそ、バフィーを胡散臭い学生として嫌っていた。ちなみに美神たち三人のことは、ただの交換留学生だと認識しているはずだ。 「それってオオゴトなのでは......!? だって校長先生って...... えらい人なんですよね!?」 日本とアメリカでは違うかもしれないと思いつつ、おキヌが疑問を口にする。 「ま、えらそうには見えないけどね」 「二頭身・三頭身まではいかないけど、 いかにも小男って感じだもんな」 「ネズミっぽい雰囲気もないか?」 「横島さん、それは言い過ぎなのでは......」 ウイローやザンダーが評したように、シュナイダー校長は、小柄な男だ。頭の中央はすでに禿げ上がっており、髪は、側頭部にちょこんとついているだけ。そのために耳がやや目立っているし、また、歯並びも少し悪いため、げっ歯類という印象を横島が感じたのも無理はなかった。 「校長なんかじゃなくて、 商人のほうが似合いそうだよな」 「そうだぜ! それも、どこか宇宙の片隅でな!!」 横島の言葉に、SFオタクのザンダーが食いつくが、 「......そんなネタ、 誰もわかんないわよ、きっと?」 冷静に突っ込むウイローであった。 ___________ その日の放課後、校長室にて。 シュナイダー校長に説教されていたのは、バフィーと美神だけではなかった。他にもう一人、シーラという学生も呼び出されていたのである。 「校長先生は友人だと思え。 ......と多くの教育者が学生に語っている。 しかし私の意見は違う。 校長は判事であり、処刑人なのだ」 そう宣言した後で、彼は、三人の少女を順々に見渡す。 「シーラは...... 校舎に放火するような学生ではない」 シーラに向かって呼びかけながら、なぜか視線はバフィーに向けるシュナイダー。 「公式報告では…… あれはネズミが原因の失火なのよ? 私のせいっていうのは、根も葉もないウワサ!」 「ネズミ......!?」 「そう、ネズミよ! ......ネズミが煙草でも吸ってたんでしょ」 自分が責められていると思い、反論するバフィーだが、シュナイダーは応じない。そして彼は、シーラへと向き直る。 「一方、バフィーは...... 教師をスコップで刺すような学生ではない」 口ではバフィーの名前を出しているが、シュナイダーがシーラの行状を述べているのは明白だ。その内容が予想外だっただけに、バフィーは目を丸くする。 二人の後ろに座る美神は、それほど驚いていない。 (世の中ナメた小娘は、 とんでもないことするもんよね) と思いつつ、自分がここにいるのは場違いだと感じていた。 「あの......校長先生!? 二人の凄さはわかったとして...... なんで私まで呼び出しくらったのかしら? 私には、そんな武勇伝はないわよ!?」 口を挟んだ美神に対して顔をしかめてから、シュナイダーは溜め息をつく。 「毎日毎日遅刻する学生なんて ......君が初めてだよ、ミス美神」 彼にとっては、美神も立派な問題児の一人だった。特別措置でやってきた交換留学生なだけに、シュナイダーの権限では放校処分には出来ない。それでも、大げさに言い放つ。 「君は学校をなんだと思っているのだ!? アメリカに遊びに来たつもりなら サッサと日本に帰ってもらうぞ!? ......他の二人を見習いたまえ!」 そして、あらためて、バフィーとシーラに宣告する。 「ミス美神だけではない。 君たち二人が退学になるのも このままでは時間の問題なのだが......。 三人に最後のチャンスを与えよう!」 ___________ バフィーと美神が小言を聞かされている間、横島・おキヌ・ウイロー・ザンダーの四人は、校舎の玄関前で二人を待っていた。 「......あっ、終わったようね!?」 二人が出てきたことに最初に気付いたのは、ウイローである。 残りの三人も、そちらに視線を向けた。バフィーも美神も、明らかに不機嫌な顔をしている。 「こりゃあ......近寄らんほうがいいぞ!?」 「おつかれさまです、美神さん」 「ありがと、おキヌちゃん」 怯える横島とは対照的に、おキヌは、駆け寄って一言声をかけた。それに頷いてから、美神は横島のもとへ歩み寄り、ポカリと殴りつける。 「なにするんスか、美神さん!?」 「......遅刻のことで怒られたのよ!? あげくに、横島クンを 見習えって言われたのよ!? 日本で遅刻常習犯だった横島クンをよ!? ......まったく、冗談じゃないわ!」 「まーまー、美神さん。 横島さんがここで真面目にしてるのも、 別に悪気があるわけじゃないんですから......」 美神の八つ当たりを理解して、なんとか慰めようとするおキヌ。そんな三人の横では、バフィーが、ウイローとザンダーを相手に愚痴を吐いていた。 「ほんと、ひどい話だわ! 私はスレイヤーの仕事があるから やむなく学業を怠けているのに......。 ミカミサンだって、GS仕事があるわけでしょ? でも……シーラは何なのよ!? いっしょにして欲しくないわ」 「バフィー......。 シーラは特別だから気にしちゃダメ!! ちっちゃな頃から喫煙して、 今じゃオトコ遊びに嵌ってるような、 典型的な不良少女なのよ……」 「......ともかく、 怒られただけで済んだんだろ!? 嫌なことは忘れて…… 二、三日パーッと遊ぼうぜ!!」 ザンダーが気分転換を勧めるが、バフィーを首を横に振る。 「明日から私たちは...... 保護者面談会の準備しなきゃいけないの」 ___________ 保護者面談会。 その言葉から横島やおキヌが思い浮かべたのは、『保護者が学校へ来て個室で教師と面接をする』というイベントだ。 しかし、ウイローとザンダーが、二人のイメージを訂正する。 「そんな厳格なもんじゃないわ。 廊下のホールで簡単なパーティーするだけよ」 「バフィーとミカミサンがやるのは、 小テーブルを並べて、看板を作って、 つまみやドリンクを用意して……。 ……ま、そんなところか」 二人は、なんとなく理解した。同じ場所で少し前に行われていた『科学祭』と、同じような感じなのだろう。 「こういう小イベントが 頻繁に行われるんですね?」 「......だから廊下の一部が 広いスペースになってるのか」 納得するおキヌと横島。だが、バフィーが首を横に振っていた。 「一般的にはそうだけど ......今回は少し違うわ。 シュナイダー校長は、 私たちの親と個人面談したいみたい」 バフィーは、保護者面談会のことを母親には告げていない。シュナイダーと会わせるわけにはいかなかったからだ。 バフィーの母親はスレイヤーの秘密を知らないので、日頃の素行の悪さを知ったら、天然の乱暴娘だと思うに違いない。前の高校では暴力少女扱いだったバフィーだが、そこから逃げるように、サニーデールへと引っ越してきたのだ。その件で母親が胸を痛めているのを、バフィーは、ちゃんと理解している。 「大変だろうけど、 ......頑張りなさいね?」 美神は、横島を叩いて気が晴れたのか、まるで他人事な顔だ。 「なに言ってるの!? シュナイダーの話、聞いてなかった!? ......ミカミサンも『個人面談』よ!?」 「大丈夫よ! 私の両親は、ここにはいないから!! ママは日本でお役所仕事してるし、 パパはジャングルでフィールドワーク。 ......保護者面談会なんて、来れるわけないの!」 胸をはってバフィーの言葉も笑い飛ばす、そんな美神であった。 ___________ 「......でもバフィー、 面談会の準備なんてする暇あるかしら? 今週は、宿題も結構あるし......。 それに、バンパイアのほうは......!?」 「最近おとなしいわ、バンパイアの活動。 ......しばらくは学業に専念しても平気かも」 ウイローがさりげなく話題を転換し、バフィーもそれに応じてきた。 ザンダーも冗談を飛ばす。 「マスターも倒したし、 マスター復活も阻止した。 これ以上バンパイアが現れないなら、 スレイヤー廃業してもいいんじゃないか? ……少し前に 『私、この戦いが終わったら スレイヤー稼業から足洗うんだ』 って言ってなかったっけ……!?」 しかし、これは調子に乗りすぎだった。 「ええっ!? バフィーさん、 そんなこと言ったんですか!?」 「スレイヤーって...... 自分から辞めることできるんか!?」 おキヌや横島は本気で受け取ってしまうし、バフィーとウイローからは、こっぴどく叱られる。 「スレイヤーは…… 辞めたくても辞められない。 私が苦しんでるの、知ってるでしょ!? それを冗談にするなんて ……信じらんないわ!」 「そうよ! ......それに、そんなセリフ、 あからさまな死亡フラグじゃないの!? ......不吉だわ、ザンダー!!」 「いったい何考えてんの!?」 「もしかして、 全く何も考えてないんじゃない......?」 そんな三人のやりとりを聞きながら。 (死亡フラグと言えば...... さっきの美神さんの発言も 一種の『フラグ』だったような......) 妙な心配をするおキヌであった。 ___________ その夜。 すでに使われなくなった倉庫か工場のような場所。そこに、大勢のバンパイアが集まっていた。 「マスター亡き今! 誰かが代わりにバンパイアたちを 統率しなければならない!」 気弱そうなバンパイアたちを前にして熱弁を振るうのは、一人の大柄なバンパイア。自信に満ちあふれた彼は、その場の面々を見下していた。 (しょせん、こいつらは マスターの力に惹かれて サニーデールへ来た烏合の衆。 ......全員、俺様のしもべにしてやるぜ!) そんな男の内心を知ってか知らずか。 「でも......スレイヤーがいる以上、 リーダー席は地獄への特等席ですぜ!?」 「それに......俺たちには 『救世主』様がいるんで......」 バンパイアたちが、一人の子供へ視線を向ける。 『救世主』と呼ばれる彼は、外見こそ普通の子供であるものの、伝説に語られるほどのバンパイアであった。マスターにも可愛がられていた彼こそ、ある意味、マスターの正統な後継者といえよう。 (ふん......。 特殊な能力があるわけでもない、 ただの非力な小僧など...... 名ばかりの『救世主』ではないか!?) 自信過剰バンパイアは、心の中で、『救世主』のことまで馬鹿にする。しかし、それを口には出さない。『救世主』のカリスマは利用できるからだ。 「『救世主』様は、まだ御子様だ。 俺様がスレイヤーを殺し、 『救世主』様の摂政役を 務めようじゃないか!?」 「スレイヤーを殺す......!? そんなことが可能なの!?」 『救世主』が身を乗り出す。彼にとってもスレイヤーは憎い敵。誰かが抹殺してくれるならば、頼みたいくらいだった。 「もちろん! 今週末は『聖ビシャスの日』。 バンパイアの力が最大になる晩だ。 だから俺様が......」 「......すいぶんな自信だが、 おまえ、今までに何人の スレイヤーを殺してきたんだい!?」 自信過剰バンパイアの言葉を遮る声は、入り口から聞こえてきた。 ガラリと扉を開けて入ってきたのは、短めのブロンドヘアをオールバック気味に決めて、赤いシャツの上に黒いコートをカッコ良く羽織った青年。もちろん、バンパイアである。 「君は誰......!?」 「俺はスパイクだ!!」 『救世主』の無邪気な問いかけに、青年が、決然と名乗りをあげる。その途端、場の雰囲気が変わった。 ざわざわ。 どうやら、彼の名を知るものが、何人かいたらしい。 「そういえば聞いたことがある! スパイクとは......」 「金属クギ(スパイク)を 愛用する恐怖のバンパイア!!」 「すでにスレイヤーを 二人も殺しているそうだが......!?」 バンパイアたちの言葉を聞いて、スパイクは、ニヤリと笑う。 名称の理由は、『金属クギが由来』ということになっている。本当は間違っているのだが、噂なんてそんなものだ。 しかし、彼が二人のスレイヤー――中国で一人とニューヨークで一人――を始末してきたことは、嘘偽りのない事実である。 そして、そんな有名なバンパイアが来たことを面白く思わない者が、ここに一人。 「どうせ名前を騙るニセモノだろう! 本物だというなら、俺様と勝負しろ!」 自信過剰バンパイアだ。 宣言と同時に、スパイクに突撃。 だが軽く足払いをかけられ、すっ転んでしまう。打ち所が悪かったと見えて、そのまま失神してしまった。 そんな出来事などなかったかのように、スパイクは話を続ける。 「俺のことを知ってるなら話が早い! スレイヤーは俺が倒す! そのかわり...... しばらく、ここに厄介になるからな! 俺と、あともう一人......」 そこまでスパイクが語った時。その『もう一人』が入ってきた。 質素な白いドレスを着た女性。やはりバンパイアなのだが、普通のアンデッド以上に蒼白い顔色をしている。 「ドゥルシラ...... ダメじゃないか、出歩いては。 病弱な身なのだから......」 「スパイク......。 私、このボウヤから 不思議な力を感じるわ」 「そうさ......。 彼がウワサの『救世主』だよ」 これまでとは全く違う、優しい声色で話しかけるスパイク。 彼の言葉に頷きながら、ドゥルシラは、『救世主』へと歩み始めた。 「ボウヤ......。 デイジーのお花は好き!?」 質問の意図が分からず、怪訝な顔をする『救世主』。それにも構わず、彼女は言葉を続けている。 「デイジーのお花、私は大好きなの。 だから......いっぱい植えるんだけど ......いつも枯れちゃうの。 いつも、いつもよ」 『救世主』を見つめる彼女の目は、どこか遠くに向けられている雰囲気だった。それから、突然視線を逸らし、つぶやき始める。 「スパイク......寒いわ......」 「大丈夫だ、ほら!」 「私......まるでお姫様ね」 寒がるドゥルシラに、自分のコートを脱いで着せてやるスパイク。 その返礼として、ドゥルシラは、彼の頬に爪で傷をつけ、滲み出た血をペロッと舐めあげた。 二人の特異な抱擁を見て、バンパイアたちの間に、再びざわめきが走る。 「そういえば聞いたことがある! ドゥルシラは......」 「スパイクをバンパイアにした張本人!!」 「頭が少しイカレている上、 バンパイアのくせに体が 弱いという不思議な存在らしい」 「しかし...... 何かを見透かす力も持つという!」 知っている噂話を語り合うバンパイアたち。 彼らを見上げながら、『救世主』がつぶやいていた。 「君たち...... なんでそんなに事情通なの? ......便利だね」 ___________ 同じ頃。 バフィーは、すでにパジャマに着替えて、ベッドに入るところだった。 最近のバンパイアの動きから考えるに、夜のパトロールは隔日で構わないだろう。それがバフィーとジャイルズの当座の結論であり、したがって、今日はゆっくり眠ることが出来るのだ。 「たまには......しっかり休まないとね」 と、バフィーがつぶやいたとき。 トントン。 部屋のドアをノックして、彼女の母親ジョイス・サマーズが入ってきた。 「バフィー!? ちょっと話があるんだけど......」 彼女は、一通の手紙を手にしている。保護者面談会の確認通知だ。 「ここには、 『すでに御存知のはずですが』 と書いてあるんだけど......。 いつ私に伝えるつもりだったの!?」 「えーっと......明日......かな!?」 バフィーは笑顔を作りながら返事し、それを聞いたジョイスは溜め息を吐く。 「バフィー......。 私を先生たちと会わせたくないの? ......ということは、 また問題起してるのね? 頼むから、もう学校から 追い出されるようなことはしないで。 せっかく新天地に来たというのに......」 母親の愚痴混じりの叱責を、延々と聞かされるバフィー。彼女にとって、これは、バンパイアとの戦い以上の死闘なのであった。 ___________ 次の日の放課後。 バフィーと美神は、学校に残って保護者面談会の準備をしていた。面談会までは、もう一日ある。今日の作業は『保護者面談会』の立て看板を用意することだ。 「シーラはどこ行っちゃったの!?」 誰とはなしに、美神が尋ねた。 もう一人の問題児シーラも含めて三人でやることになっていたのに、彼女は、これもサボっているのだ。結局、ウイロー・ザンダー・横島・おキヌの四人が手伝っている。 「......安酒場じゃない? 『the Fish Tank』っていう店の 常連らしいわ、シーラって」 「あそこなら 高校生にも酒出すからな」 ウイローとザンダーが美神の疑問に答えたが、二人とも顔をしかめている。 アメリカは、ビール購入の際には大人でも身分証明を示す必要がある国。ティーンエイジャーに呑ませてしまうバーなんて、立派な店でないことは明らかだった。 「『魚戦車』とは...... 変わった名前の居酒屋だな!?」 「横島さん......!? この場合の『タンク』は違いますよ! 『水槽』ですよ、どう考えても」 横島とおキヌは、翻訳装置が 『Fish Tank』を訳してくれなかったので、二人で小声で意見を交わしている。 実は、『Tank』には『酔っぱらう』という意味もあり、ダブルミーニングだからこそ、指輪も直訳を遠慮したのだ。しかし、そこまでは、おキヌにも分かっていない。 「シーラのことは、どうでもいいわ! サッサと終わらせちゃいましょう。 ......シュナイダーが来たら、 『無関係の者に手伝わせるな』 って怒られそうだからね」 バフィーが率先して、赤いペンキを塗っていく。六人でやれば、すぐ終わる作業なのだ。 しばらく黙ってペタペタと塗っていた一同だったが、黄色を担当していた美神が、ふと、小さな疑問を口にした。 「シュナイダーといえば......。 バフィー、あんた 『校舎に放火』って言われてたけど ......そんなこと本当にしたの!?」 「そうよ? 前の学校での話だけど......。 襲ってきたバンパイアの集団を やっつけるために仕方なく、ね」 淡々と答えるバフィー。当時は、バフィーもスレイヤーになってから日が浅く、しかも、初めてのウオッチャーを戦いの中で亡くしていた。協力してくれる友人も一人しかおらず、孤軍奮闘に近い状態だったのである。 その頃と比べれば、今は、恵まれている。ジャイルズというウオッチャーの他に、ウイローやザンダーという親友たちも仲間だ。バンパイアでありながらバフィーとは相思相愛のエンジェルだっているし、最近では、美神たち三人のGSも協力してくれる。 そんなことを思って心が軽くなったバフィーは、自分でも気付かぬうちに微笑みを浮かべて、一同を見渡していた。 「......どうしたの、バフィー!?」 「わかった! 今晩遊ぶことを考えてるんだろ!?」 バフィーの表情の変化に、ウイローとザンダーが反応する。しかし、ザンダーの言葉は、バフィーの心に、少し影を落とすのだった。 「そういえば......今晩は 『ブロンズ』へ行く約束だったわね」 ナイトクラブ『ブロンズ』は、この辺りの若者の溜まり場だ。バフィーたちも、時々、そこで遊ぶ。今日も、気分転換の意味で、皆で行くはずだったのだが。 「あれ!? 行けなくなっちゃったの!?」 「うん。 昨日ママに叱られたからね......。 今日は宿題やらないと。 ウイロー、悪いけどフランス語の勉強、 つきあってくれない......!?」 「おいおいおい!? ウイローは俺たちと遊ぶんだぜ!?」 バフィーの提案を、本人に代わって却下するザンダー。だが、友達思いのウイローとしては、どちらも断れなかった。 「......じゃあブロンズで 勉強会ってことでいいかしら!?」 間をとって、中途半端なプランを持ち出すウイロー。 この計画に、おキヌが大賛成する。 「あっ、いいですね! 私と横島さんにも、 フランス語、教えてくださいね」 「えっ!? せっかく遊びに行くのに ......そこで勉強すんのかよ!?」 「だって、こっちでの成績が 日本にも送られるんですから! ......英語と違ってフランス語は 自動翻訳されないんだから、 しっかり勉強しないと!」 参加確定と言わんばかりに、おキヌは、横島の腕をしっかりつかんでいた。横島が拒否しないのを確認してから、彼女は、美神に目を向ける。 「......美神さんも行きますよね!?」 みんなで一緒に勉強会。それは、おキヌにとっては楽しいイベントなのだろう。目を輝かせている。横島も、口では嫌がっていたものの、その表情は、まんざらでもなさそうだ。 そんな二人を見ていると、美神は苦笑してしまう。 (ま、みんな若いのよね......) もはや高校生ではない彼女は、今さら『宿題のための勉強会』など、気が進まない。 「私は......パスだわ。 こっちの授業なんてどうでもいいから」 「美神さん......。 そんなこと言ってると、また シュナイダー校長に呼び出されますよ!?」 「大丈夫よ。 遅刻欠席だけは減らすつもりだから」 そして美神は、不参加の意思表示として、軽く両手を上げてみせる。ちょうど担当していた部分のペンキ塗りも終わったので、そのまま、ハケを缶の中に投げ入れるのであった。 ___________ こうして、ワイワイ騒ぎながらも、六人は看板作りを終わらせる。 台にしていたテーブルや道具も片づけて、帰り支度をしていたところに、ジャイルズとミス・カレンダーが通りかかった。 二人は、何やら口論している。 「痴話ゲンカかな!?」 身も蓋もないコメントを吐くザンダー。 彼の言うとおり、最近、二人はデートを重ねているようだ。ジャイルズは中年の図書館司書、特にハンサムなわけでもない。一方、ミス・カレンダーは、少しミステリアスな雰囲気もある若い美人教師だ。外見だけ考えるとお似合いには見えないが、二人には、共通点もあった。 ジャイルズはバフィーのウオッチャーであり、モンスターや魔法に関して多くの知識を持っている。そして、ミス・カレンダーは、科学的魔術師を自称するだけあって、呪文や魔術に造詣が深いのだ。 そんな接点で結びつくカップルだから、現在の口論の内容も、普通の痴話ゲンカとは少し違っていた。 「メソポタミア暦を基準にすると......」 「でも太陰暦では......」 暦に関して議論しているように聞こえるが、実は、話題に上がっていたのはバンパイアのことだった。 ジャイルズが、バフィーに話しかける。 「ああ、バフィー。 ……ちょっと聞いてくれ。 ミス・カレンダーの計算では、 明後日の土曜日が 『聖ビシャスの日』になるらしい」 「聖ビシャス......!? いかにも悪者って感じの名前ね!?」 軽く答えるバフィー。 ちなみに、横島やおキヌの耳には、『聖ビシャスの日』は『聖なる悪意の日』と聞こえている。 「聖ビシャスは、昔々、 聖戦と称して大勢の バンパイアを率いた人物でね......」 「......とってつけたような うさんくさい設定ね!?」 美神が小さく突っ込むが、それを無視して、ジャイルズが説明を続けた。 聖ビシャスによる『バンパイア十字軍』は、エデッサやハランといった都市を経て、東方へと突き進んだ。彼らが通った跡には、血を吸われた死体のみが転がっていたという。 「......その名残で、 今でもバンパイアたちは、 『聖ビシャスの日』になると、 いっそう凶暴になるそうだ」 「それは大変そうな話ね。 ......でも明後日のことは 明日を乗り越えてから考えるわ」 「何を言ってるんだ、バフィー!? しっかり準備しないといけないよ! 最近バンパイアがおとなしかったのも、 きっと『聖ビシャスの日』に備えて 鋭気を養っていたからに違いない......。 これは......大きな戦いになるぞ!?」 深刻なジャイルズとは対照的に、バフィーは冷めた態度をとっている。彼女には彼女なりの事情があるのだ。 バンパイアが大挙して攻めてきたところで恐くはないが、高校を退学になってしまったら大変。だから、今は、保護者面談会の件に専念したいのだった。 それを理解していないジャイルズに対して、状況を把握する友人たちがフォローを試みる。 「ジャイルズ! 私たちも手伝うから大丈夫よ!」 「そうだぜ! 今までだって、 みんなで何とかしてきただろ!?」 ウイローとザンダーがサポートを約束。その後ろでは、美神たち三人も頷いていた。 ___________ そして、その晩。 美神以外の五人の若者は、ナイトクラブ『ブロンズ』で遊んでいた。 「こんなことしてて、 いいんでしょうか......!?」 「平気、平気!」 一緒になって遊びながらも、少し心配してしまうおキヌ。 つい先程まで、バフィー・ウイロー・横島・おキヌの四人は、丸テーブルの一つを占拠して勉強会をしていたのだ。しかし、照明も薄暗く音楽も騒々しい中では、勉強なんて、はかどらなかった。 ザンダーだけは、ダンスフロアで遊んでいたのだが、 「俺を一人にしないでくれよ。 ......踊ろうぜ!?」 「......そうね。 少しパーッと遊んで、それから 集中して勉強しましょうか!?」 仲間を誘惑にきて、バフィーがそれにのってしまう。 その結果、今、五人はフロアで踊っているのであった。 「おキヌちゃん…… 心配しすぎじゃないか!? ......とりあえず楽しもう!」 最初『ダンス』と聞いて、少し緊張していた横島である。 日本でもバブル崩壊前には、クラブでボディコン姿のねーちゃんたちが踊っていたのだ。直接見たことはなくとも、話には聞いている。だから、そうしたイメージで来てみたのだが......。 なんのことはない、『ダンス』と言っても、ただ、アマチュアバンドの演奏に応じて、体を適当に動かしているだけだった。これがアメリカの若者たちの典型的な遊び方であるというのなら、横島にも、十分楽しめそうだ。 もちろん、中には、本格的なダンスを披露する者もいる。例えばバフィーは、腕の動きも腰のくねらせかたも、ザンダーやウイローとは明らかに違っていた。素人目に見ても、立派な『ダンス』だったのだ。 「バフィーさん、カッコいいですね......」 「そう思うなら...... オキヌチャンも真似してみたら!? ヨコシマクンの『婚約者』でしょ!」 ウイローが、意味ありげな視線で、おキヌをけしかける。 バフィーのダンスがサマになっているのは、一つには、踊りながら器用に立ち位置を変えているからだった。友達の間を動きつつ、ザンダーや横島といった男性陣に近づいたときには、体を妙に接近させる。そうした行動が、いやらしくない程度のセクシーさを醸し出しているのだ。 「......こうかな!?」 婚約者設定をウイローに持ち出され、おキヌも、ちょっとその気になる。踊りっぽくはないものの、ヨロヨロと横島のほうへ近づき、そのままピタッと寄り添った。 「......お、おキヌちゃん!?」 「へへへ......。 『楽しもう』って言ったのは 横島さんじゃないですか。 ......これで少しは 踊ってるカップルらしく見えるかな?」 可愛らしく笑うおキヌだったが。 「オキヌチャン何やってるのかしら?」 「なんで…… 踊るのやめちゃったんだろ!?」 「オキヌチャン...... 無理言っちゃってゴメンね......」 バフィーたち三人からは、ただ横島に抱きついているようにしか見えないのであった。 ___________ (なんで俺様が...... こんな偵察のようなマネ、 しなきゃならんのだ……!?) ブロンズの片隅で嘆くのは、自信過剰バンパイアである。 スパイクにメンツを潰された彼だったが、なぜかスパイクには抜擢されて――「俺の右腕として働け!」と言われて――、ここまで連れて来られたのだ。 悪名高いスパイクの副官になるならば悪くないと思ったが、命じられたことは、スレイヤーの観察。 彼としては、せっかくスレイヤーに近づいたのだから、ひと暴れしたかった。だが、横にスパイクが張り付いている以上、勝手な行動は出来ない。 「......おい、おまえ!」 突然、スパイクが振り返る。その顔には、冷笑が浮かんでいた。 「そろそろ空腹じゃないか!? ......スレイヤーのことは しばらく俺一人で見ておくから 外に行って、何か食べて来いよ!?」 もちろん、バンパイアたちの『何か食べる』は、人間を襲って吸血することだ。 (スレイヤーのこんな近くで!? 大胆なことを言うんだな......) 少し躊躇する自信過剰バンパイア。だが、ふと、考え直す。 スパイクがスレイヤーを見張っている以上、スレイヤーを心配する必要はない。安全に『食事』出来るのだ! (さすがスパイク......! けっこう話がわかる奴だな。 やっぱり有名バンパイアは ちょっと違うってことか......) 大きく頷いてから、自信過剰バンパイアは、裏口へと向かった。 ___________ (バカなやつだ......。 ああいうのをコントロールするのは ホントに簡単だぜ......) 心の中で自信過剰バンパイアを馬鹿にしてから、スパイクは、ダンスフロアへと歩き出す。 踊っているバフィーの後ろに忍び寄り、彼女に背を向けたまま、声を上げた。 「おい、大変だぞ! 裏の通路で......異様な大男が 女性に噛み付こうとしてる!」 フロアの喧噪や音楽に紛れてしまい、そう多くの者には聞こえていない。しかし、耳元で聞かされた言葉なだけに、バフィーには、しっかり届いていた。 「大変......!! 行きましょう、みんな!」 バフィーと仲間たちが、慌てて裏口へと向かう。 それを見送りながら、ニヤリと笑うスパイクだった。 ___________ 「オキヌチャン、例の笛は!?」 バフィーが問いかける。 おキヌの使うネクロマンサーの笛は、バンパイアにも、その動きを鈍らせる程度の効果があるのだ。 「ごめんなさい、バフィーさん! 今日は持ってきてないです〜〜。 バンパイアさんが来るのは 土曜日だと思ってましたから......」 「まあ、いいわ。 相手が一人なら、 私とヨコシマクンだけで十分でしょ!?」 そう言いながら、バフィーは裏口から飛び出した。 目に入ってきたのは……。 今まさに、一人のバンパイアが女性に噛み付こうとする場面だった。 ___________ 「こらっ!! どうせなら…… ネーチャンじゃなくて野郎を襲え!」 横島の声に、自信過剰バンパイアがハッと顔を上げた。 バンパイアの動きが一瞬止まった隙に、走って距離を詰めるバフィー。バンパイアを羽交い締めにして引きはがす。 投げ飛ばされたバンパイアだったが、即座に立ち上がって身構える。 「スレイヤー......!? ええい、これも 名誉回復のチャンスだと思えば!!」 しかし、これは一対一の勝負ではない。自信過剰バンパイアは、ちょうど、バフィーと横島に挟撃される位置に立っていた。 「......ぐわっ!?」 彼の背中に何かが投げつけられ、爆発する。横島のサイキック・ソーサーだ。 そして、のけぞったところに、いつのまにか接近していたバフィーが、蹴りを叩き込む! 「くっ!!」 モロに顔面にくらってしまうバンパイアだったが、彼は踏みとどまった。逆に殴りにいくが、バフィーには、左腕でガードされてしまう。 その体勢から叩き込まれる、バフィーの右ストレート。 だが。 「......遅い!」 バンパイアは、彼女の右腕をガッシリとつかんだ。さきほどのお返しとばかりに、片手で彼女を放り投げる。 建物の壁に叩き付けられたバフィーは、少し苦しそうだ。 それを見て、彼はバフィーを嘲笑う。 「スレイヤー......。 ウワサほどではないな!」 だが、実は、彼にも余裕はなかった。再び、サイキック・ソーサーが襲ってきたのである。 今度はかろうじて回避したが、その間に、スレイヤーは立ち上がっていた。 「やはり......まずはおまえだ!」 自信過剰バンパイアは、スレイヤーに突撃する。 そして、二人の壮絶な殴り合いが始まった。 ___________ (しばらく...... 俺の出番は無しだよな!?) 人間にしては身体能力の高い横島だ。前衛だってこなせるのだが、バフィーがいる以上、彼が無理する意味はなかった。 スレイヤーとバンパイアの格闘戦は、かなりレベルが高い。下手に手出しするのは危険。二人の距離が開いた時に援護射撃をすれば、それで十分。 (おキヌちゃんたちも大丈夫だろう) バフィーや横島と一緒に来た三人は、今、この場にはいない。バンパイアに襲われていた女性を、安全な場所までエスコートしているはずだった。 うまく役割分担されており、皆が、それを忠実にこなしているのだ。 (そして、俺のもう一つの仕事は......) 自分の役目を考えつつ、横島は、バフィーとバンパイアの殴り合いを見守る。彼は、慎重にタイミングを見計らっていた。 ___________ (くそうッ!? なんてタフなんだ......) 自信過剰バンパイアは、スレイヤーの打たれ強さに驚愕していた。 先に自分がグロッキー状態になるだなんて、まったく想定外だったのだ。 「スパイク、手を貸せ!」 近くに仲間がいると信じて、救援を乞うバンパイア。彼は、もはや一人では戦えないくらいフラフラであった。今はスレイヤーが木製のクイを持っていないから助かっているが、もし彼女がクイを手にしていたら、とっくに心臓を貫かれていただろう。 (おお、スパイク!) 視界の片隅で、仲間の影をチラッと確認する。安心感から気が緩み、一瞬、自信過剰バンパイアの動きが止まった。 ___________ この隙を見逃すバフィーたちではない。なにしろ、今までだって、バンパイアが弱るのを待っていたのだ。 「ヨコシマクン、今よ!」 「おう!」 それまで後衛に徹していた横島が、バンパイアに向かって走り出す。駆け抜けた時には、すでに、横島の霊波刀がバンパイアの首を斬り落としていた。 ザーッ! チリになって崩れ落ちるバンパイア。 しかし、バフィーも横島も、まだ気持ちを緩めてはいない。敵がもう一人いることに気付いているからだ。 パチ、パチ、パチ......。 手を叩きながら、黒いコートを羽織ったバンパイア――スパイク――が現れる。 「バフィー......こいつ強いぜ! 俺の霊感がそう告げている!」 「そうね......。 こっちの手の内を見るために 仲間をひとり犠牲に するようなやつだもんね」 「あんなやつ仲間じゃないさ。 かませ犬にもなりやしない!」 スパイクは、軽く笑った後、スーッと目を細めた。 「時代が変わったようだな。 スレイヤーが...... 妖術使いをパートナーにするとはな!」 スパイクの言葉に対し、横島が怪訝な顔をする。 「妖術使い!? パートナー!?」 「ヨコシマクンのことみたいね。 ......思いっきり勘違いだけど。 で......あんた誰!?」 バフィーは、ちゃんと相手の言いたいことを理解していた。名前も、先ほどのバンパイアの発言から『スパイク』だと判明している。だが、さらなる情報を入手するために、敢えて質問したのだ。 しかし、スパイクは、これをはぐらかす。 「土曜日になったら、わかるさ」 「ふーん。 土曜日に何してくれるの!?」 「おまえを殺す......」 そう言って、再び物陰へと後退するスパイク。 バフィーと横島には、彼が闇の中へ消えていったように見えるのだった。 ___________ 横島たちがバンパイアと戦っていた頃。 美神は、ひとり、ジャイルズ邸でノンビリ休んでいた。 家主であるジャイルズは、高校の図書室に残って調べものをしている。『聖ビシャスの日』のことが気になるようで、 「今晩は徹夜になるかもしれない」 と言っていたくらいだ。それを聞いてもバフィーたちは平然としていたので、どうやら、ジャイルズが図書室に泊まり込むのは珍しいことではないらしい。 (横島クンもおキヌちゃんも 遅くならないうちに帰ってくるはず。 そうなると今夜は私たち三人。 ......まるで美神除霊事務所ね) ジャイルズ邸を乗っ取ったかのような気がして、美神は、クスッと笑う。 その時、誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。 「......もう帰ってきたのかしら?」 ちょうど二人のことを思い浮かべたタイミングなだけに、なんだか不思議な気持ちがする。美神は玄関へと急ぎ、ガチャリと扉を開けた。 そこに立っていたのは……。 『こんばんわー。 お届けものでーす』 「......ちょっと!? あんたたち......!!」 非常識な時間にやってきた運送業者というわけではなく。 小竜姫の部下の鬼門たちだった。 第一声で軽いボケをかました二人であるが、すぐに、いつもの口調に戻る。 『妙神山守護鬼門、右の鬼門!!』 『同じく左の鬼門!!』 『姫さまの命によりただ今見参!!』 『小竜姫さまからの 届け物を持ってきたぞ!!』 彼らは、八つの三角形からなる物体を抱えている。 「なによ、これ......!? 香港編のオマージュのつもり!?」 そう口にしてから、嫌な予感がする美神。 かつて香港でメドーサと戦った際にも、鬼門たちは、全く同じ八面体を運んできていた。そのとき中に入っていたのは、二人のGSである。 「まさか......!?」 『では御免!!』 美神の視線から逃げるかのように、鬼門たちが瞬間移動で撤退する。そして、二人が退くと同時に、八面体の箱が開いた。 中から現れたのは、やはり、二人の人間だ。ただし、今回は......。 「ひさしぶりだね、美神さん」 「元気そうね、令子」 「横島クンのお母さま!? それに......ママ!?」 横島百合子と美神美智恵だった。 (第6話に続く) 改稿時付記; この機会に「Buffy」を見たことがない人のために、少し説明を。 作中の横島とザンダーの会話で、シュナイダー校長について『商人のほうが似合いそう』『どこか宇宙の片隅で』と言わせましたが、これは演じている俳優の関連です。シュナイダー校長役の Armin Shimerman は、日本でも有名な海外ドラマ「Star Trek」シリーズに出演していました。「Deep Space Nine」のレギュラーであり「The Next Generation」や「Voyager」にもゲスト登場していた「クワーク」役です。彼の演じたキャラクターで一番日本人に馴染み深いのはクワークであろうと思って、外見のイメージ喚起を兼ねて、このようなネタとして使いました。 |
「ひさしぶりだね、美神さん」 「元気そうね、令子」 横島百合子と美神美智恵。 ナルニアと日本にいるはずの二人が、今、アメリカで暮らす美神令子の目の前に立っていた。 「横島クンのお母さま!? それに......ママ!?」 なぜ、二人が、ここサニーデールにいるのか。 そんな疑問を口にしそうになる美神だが、聞くまでもなく、答が頭に浮かんできた。 「......ヒャクメね!?」 「そ。 ヒャクメさまと…… 小竜姫さまが教えてくれたのよ。 令子の高校で明日、 保護者面談会があるって」 「だからって......わざわざ ママが来る必要ないじゃないの!?」 美神が横島やおキヌと共に交換留学生としてアメリカの高校に入り込んでいるのは、小竜姫たちから依頼された仕事のためである。目的の第一段階を果たした以上、真面目に『高校生』を演じる意味はないし、『母親』を付き合わせる意味もないのだ。 美神はそう考えているのだが......。 「ヒャクメさまが気を利かせてくれたのよ。 ほら、令子が高校生のときには、 私、死んだふりをしてたでしょう? 母親らしいこと、 何もしてあげられなかったから......。 ......いい機会をいただいたわ」 美智恵の顔には、笑顔が浮かんでいた。アシュタロス戦後と同じ――五年間の死んだふりをやめてヒョッコリ顔を出した時と同じ――和やかな微笑みだ。その表情のまま、美智恵は語り始める。 彼女は、ヒャクメから、美神の近況や保護者面談会のことを聞かされたのだ。オカルトGメンに勤務する美智恵であるが、一日や二日の休みを取ることは難しくなかった。現在の日本では、霊障はめっきり少なくなっているからである。アシュタロスが大暴れした後だけに、まるで台風一過のように、霊や妖怪の活動はおとなしくなったのだった。 そして、ヒャクメが声をかけたのは、美智恵だけではない。 「しばらく忠夫の顔も見てなかったからねえ」 ヒャクメたちは、横島の両親にも連絡をとった。彼らは、日本からもアメリカからも遠い国ナルニアに住んでおり、普通、横島のもとを訪れるためには、長い長いフライトを必要とする。しかし、今回は、小竜姫の部下の鬼門たちが瞬間移動で運んでくれるという。そこで、百合子も話に乗ったのだった。 「氷室さんも来れたら良かったんだけど......」 さらにヒャクメは、おキヌの養父母のところにも顔を出していた。 だが、氷室家の人々は、いきなりヒョイと現れたヒャクメに驚いてしまう。神族との接触など経験なかった上に、かつて死津喪比女に襲われたことがある彼らだ。最初、ヒャクメを魔物だと思ったらしい。もちろん、事情が判明した後は、平謝りの上に平謝り。どうやら、今回の話を断ったのも、神様の配下に運んでもらうのを畏れ多いと思ったかららしい。 「なるほど...... ヒャクメが『気を利かせた』のね」 一通り話を聞いた美神は、二人をジャイルズ邸の中に招き入れてから、自分は外に出た。そして、夜空を見上げながら、大声で叫ぶ。 「ヒャクメ......! あんた気を利かせたんじゃなくて、 面白がってるだけでしょう!? ......どうせ今も こっちの様子を覗いてるのね!? ......あとで覚えてなさい!!」 例によって例のごとく、神様を神様扱いしない美神。 こうして騒いでいるところに。 「どうしたんですか、美神さん!? 真っ暗な中で大声出したりして......」 「近所迷惑っスよ!?」 おキヌと横島も帰ってきた。 二人の質問に答える代わりに、美神は、黙って家の中を指し示す。 そこには、ソファでくつろぐ美智恵と百合子の姿。もちろん、これは、 「えっ!? 隊長に......それにおふくろ!?」 「なんで……お二人がここに!?」 横島とおキヌを驚かすにも十分なのであった。 第6話 保護者面談会は大パニック!(part 2) 家主のいないジャイルズ邸のリビングに集う五人。その中で一番緊張していたのは、母親の来ていないおキヌである。 (初対面じゃないけど......でも 失敗しないよーにしなきゃっ......!!) 何しろ、百合子が話しかける相手は、もっぱら彼女なのだ。 「すまないねえ、おキヌちゃん。 演技とはいえ、 忠夫の婚約者なんてさせちゃって......」 「いえ、そんな......。 むしろ光栄です。 私にはもったいないくらいです」 カチンコチン状態のため、おキヌの対応は少しおかしい。しかし、百合子は、気にせず話を続ける。 「それに......朝から色々と 面倒みてくれてるんだって!? おかげさまで学校にも キチンと行くようになったそうだね。 日本ではバイトにかまけて サボってばかりだったのに......」 チラッと美神に視線を向ける百合子。 それを受けて、美神は思う。 (なんだか当てつけがましいわね) だが、その気持ちを口にする余裕も、おキヌの緊張をからかう余裕もなかった。美智恵からお叱りの言葉を浴びているところだったのだ。 「令子......あなたは 不良学生してるんですって?」 「何言ってるのよ!? 今さら高校生やれるわけないでしょ!?」 「『今さら』ですって......!? あなた、まだ二十歳じゃないの! 高校生だったのはホンの少し前よ!? これも仕事なんだから、 しっかり『高校生』やってなさい!!」 「そんなのおかしいわよ、ママ!?」 美神には、美智恵が少し悪ノリしているように思われた。赤ん坊のひのめはベビーシッターに預けてきたそうだが、それも『高校生の頃の美神には妹なんていなかった』ことを再現するためなのではないだろうか。 そして、美神母娘が話をしている横では。 いつのまにか百合子も、おキヌではなく我が子に話しかけていた。 「ここにホームステイしてるんだろ!? ちゃんと挨拶しておきたいんだけど...... 家主のジャイルズさんとやらは、 もう寝ちゃってるのかい!?」 この一言を聞いて、横島とおキヌの顔色が変わる。ハッとしたような表情で、二人は顔を見合わせた。 「あ、それです! ジャイルズさんも他のみんなも 図書室に集まってます!!」 「美神さん、俺たちも行かないと......。 新しい強敵が現れたんスよ!!」 母親たちの襲来で吹き飛んでいたが、大事な用件があったのだ。 ナイトクラブ『ブロンズ』での勉強会を台無しにした、スパイクというバンパイアの出現。その対策を相談するために、美神を呼びにきたのだった。 「新しい強敵......!?」 「そうっスよ、美神さん!! 今回は、みんなで話し合わないと……。 オイシイとこ取りはダメっすよ! 今までのザコのバンパイアとは 明らかに雰囲気の違うやつが 出てきたんスから……!!」 ___________ 一方、バフィー・ウイロー・ザンダーの三人は、一足先に高校図書室へ着いていた。 そこには、ジャイルズだけでなくミス・カレンダーもおり、三人は少しニヤリとしたのだが、二人をからかっている場合ではない。手短に、ブロンズでの出来事をジャイルズへ報告した。 「スパイク!? もう一人のバンパイアから そう呼ばれていたのかね!? ......ふむ。 かわった名前だな」 「おいおいおい!? バンパイアなんて どうせモンスターなんだから、 どんな名前でもおかしくないだろ!?」 「......ザンダー。 バンパイアだって 生前は人間だったのだから、 普通の名前を持っていたはずだよ!?」 ザンダーが混ぜっ返すが、ジャイルズは、真面目に対応する。その横では、ジャイルズの言葉を聞きとめたウイローが、無邪気な口調でバフィーに質問していた。 「ねえ、バフィー!? もしかして『エンジェル』も 本名ではないの……?」 「彼の名前はリーアムよ」 善の心を持つバンパイア、通称エンジェルは、バフィーのボーイフレンドである。ウイローたちが怪物話よりも恋愛話を好むのは普通の乙女心であるが、今は、そうした状況ではない。 「ジャイルズ......!? 何か心あたりがあるの!?」 「スパイク......か。 聞いたことがある ......ような気がするんだよ」 バフィーが、考え込むジャイルズの表情を見て質問する。だが、はっきりした返答は得られなかった。 ジャイルズは、そのまま書架のほうへと向かう。 「そのバンパイアの正体は ともかくとして...... こっちも土曜日までに 準備しないといけないわね」 ミス・カレンダーが、ここで口を挟んだ。 もともと、土曜日は『聖ビシャスの日』だと言い出したのは、彼女である。スパイクが『土曜日にバフィーを殺す』と宣言した以上、これこそ『聖ビシャスの日』関連であることは間違いない。 「現代版バンパイア十字軍を 率いて攻めて来るというなら......。 逃げちゃうっていうのはどうかな!?」 「そんなのダメよ、ザンダー! ......でも 隠れるっていうのはどうかしら!?」 「たしかに並の相手じゃなさそうだけど、 最強ってわけでもないでしょ。 力を合わせれば大丈夫よ!」 安全策を提案したザンダー・ウイローに対し、バフィーは、あくまでも立ち向かう意思を表明する。 逃げも隠れもしない。彼女はバンパイア・スレイヤーなのだ! しかし。 「彼は『最強』じゃない。 ......『最恐』だ」 入り口から投げかけられた声が、一同の戦意に水を差した。 エンジェルが現れたのだ。 「一度コトを起したら、 スパイクは決して止まらない......。 彼の前にいる全てを殺しつくすまで!」 不気味な発言に、一瞬、場が静まり返る。その静寂を破ったのは、ジャイルズの奇声だった。 「ああっ!? ああっ、ああ......」 調べものをしていた彼は、スパイクに関する記述を発見したのである。 「スパイクは…… 『流血のウイリアム』とも呼ばれる。 約200年前にバンパイアとなった。 二人のスレイヤーと戦って...... ......その両方とも殺している!!」 書物から顔を上げたジャイルズの表情は、少し青ざめていた。 バンパイア・スレイヤーとは、バンパイアに立ち向かうに足る力を与えられた存在。バンパイアの天敵のはず。そのスレイヤーを一度ならず二度までも打ち破るとは、恐ろしい相手である。 「エンジェル…… これを知っていたの!?」 ジャイルズの衝撃発言から立ち直り、振り返るバフィー。しかし、そこにエンジェルはいなかった。皆の注意がジャイルズの方へ向いていた間に、姿を消していたのだ。 その代りであるかのように、ちょうど、美神・横島・おキヌの三人が図書室に飛び込んできた。 「ちょっと......何!?」 「どうしたんスか......!?」 「まるで...... お通夜みたいですよ!?」 異様な雰囲気に気付く三人。 それに対して。 「実は......」 ジャイルズが、一同を代表して、再びスパイクの説明を始めるのだった。 ___________ 「聖ビシャス様......!! 大量虐殺なさった貴方を...... 我々は崇拝します......。 どうか我々の弱さをお祓いください......」 バンパイアのアジトでは、バンパイアたちの集会が行われていた。『聖ビシャスの日』に向けて、熱心に祈りを捧げている。 しかし、全員ではない。スパイクとドゥルシラはこれに参加せず、与えられた部屋で休んでいた。 スパイクは黒いコートを着ており、ドゥルシラは病弱そうな白さのドレス姿。薄暗い一室ではあるが、ベッドや椅子などの家具は、ドゥルシラの感性を満足させるように整えられている。 「エディスちゃんはダメなコねえ。 今日はケーキは無しよ......」 壁際に並べられた人形の一つに話しかけてから、それをクルッと反転させるドゥルシラ。 そんな彼女にスパイクが背後から近づき、優しく肩を抱きしめる。 「ドゥルシラ...... 何か食べなきゃダメだよ」 「スパイク...... 私、おなか減ってないの......。 それより......プラハが懐かしいわ」 「プラハじゃ死にそうだったじゃないか! ......愚かな群衆どもめ!!」 スパイクは、ドゥルシラを向き直らせて、さらに話しかけ続けた。 「ここが俺たちの場所だ。 ヘルマウスがあるくらいだから、 ドゥルシラだって回復する......!! 頬にも赤みが増して、 それから二、三週間後には......」 「夜空のお星様が私たちに微笑みかける......」 「そうさ! そして......この町は燃える! でも、まずは......」 会話しながら、スパイクは、ドゥルシラをベッドへと誘う。彼女を横たえた彼は、自分も彼女の横に寝転がりながら、壁の一面を指し示す 「......何か食べてくれないかな!?」 そこには、女性が一人、手足も口も縛られた状態で吊るされていた。 ドゥルシラの食事用としてスパイクが捕まえてきた生け贄である。彼女は、ドゥルシラが近づいてくるのを見て、恐怖に顔を引きつらせていた。ドゥルシラは、よくわからないことをブツブツつぶやいているのだ。 「あなた...... エディスちゃんは見えるかしら!? いいコにしてたら...... これからも見えるようにしてあげる」 生け贄女性の首筋に、ドゥルシラの牙が迫る。 もし、この女性がレギュラーキャラであるなら、きっと今こそ助けが入る瞬間であろう。しかし彼女は、不良少女シーラ。バフィーとは面識があるものの、残念ながらレギュラーではないのであった。 ___________ 翌日の放課後。 保護者面談会も、間もなくである。 「あのシーラってコ......。 全然手伝わないじゃないの!!」 「まーまー、美神さん。 シーラさんにも事情があるんですよ。 ……きっと」 「今日は授業もサボってたわ。 ......まだ学校に来てないみたい」 不良少女シーラが来ないので、美神とバフィー二人で準備をしていた。もちろん、横島・おキヌ・ウイロー・ザンダーの四人も協力しているが、公式には手伝ってはいけないことになっているので、シュナイダー校長にバレない程度に留めている。 「......これは何だい、ザンダー!?」 美神のなだめ役をおキヌとウイローに任せ、横島は、テーブルの上を指さした。 そこにあるのは、大きなサラダボウルのような、ガラスの器。黄色い液体がタップリと入っている。 「バフィーが準備したジュースさ」 「レモネードよ! ......新鮮そのものなんだから!!」 ちょうどバフィーがやってきて、ザンダーの解答を補足した。 こんな口が大きく開いた器で飲み物が用意されているというのは、日本人の横島には、少し違和感があるが、 (これが......アメリカ式か!?) と、自分を納得させていた。 横島が見守る中、バフィーは、おたまのような器具で、ジュースをカップに注いでいる。 「ちょっと味見してやるぜ!」 「じゃあ俺も......」 ザンダーがカップに手を伸ばし、横島も一つ手に取る。口にしてみると、レモンの酸味そのものだった。 (これが...... アメリカ式のレモネード!?) そう思う横島の横では、ザンダーとバフィーが、言葉を交わしている。 「バフィー!! 砂糖はどれくらい加えたんだ!?」 「砂糖......? なんのこと!?」 アメリカ式ではない。たんに、バフィーの作り方が間違っているだけであった。 ___________ 「これで準備は終わりね!?」 「あとは......ママとシュナイダーを 会わせないようにするだけだわ!!」 シュナイダー校長から問題児扱いされた二人だが、美神とバフィーの態度は対照的だ。 美智恵には全て知られているので、美神は、今さらバタバタしてはいない。だが、バフィーは、二人の対面を防ごうと必死だった。 そこへ、ちょうど、母親の一人がやってくる。 「こんにちは、サマーズさん」 「あら、ウイロー。 こんにちは……!」 バフィーの母親、ジョイス・サマーズだ。彼女は、ウイローと言葉を交わした後、美神たち三人にも挨拶する。 「あなたたちが...... 日本から来た留学生? バフィーから話は聞いているわ。 ......よろしく」 しかし、この調子で長話をされては、バフィーは困る。 「ママ!! ウイローが学校を案内してくれるって。 まずはジャイルズのいる図書室から......」 「バフィー、図書室は 書庫の整理中で立入禁止よ! ……かわりに、最初は フランス語教室あたりからね。 行きましょう、サマーズさん!」 ウイローとともにジョイスがその場を立ち去ったが、これは、バフィーにとっては間一髪のタイミング。シュナイダー校長がツカツカと歩み寄ってきたのだ。 「バフィー! ......あれが君のお母さんかね!?」 「そうです! ちょうど紹介しようとしたんだけど ......あら、ごめんなさい!」 シュナイダー校長にレモネードのカップを手渡しながら、ウッカリにみせかけてこぼすバフィー。これで彼の服を濡らしでもすれば時間稼ぎになると思ったのだが、シュナイダー校長は、うまく避けていた。 彼は、何も言わずに、ジョイスの後を追う。 「もう......」 「......作戦失敗ね」 心配そうなバフィーの横では、美神が、からかうような表情を見せていた。 ___________ 続いて、百合子と美智恵も、その場に現れる。 バフィーたちに挨拶した後。 「ジャイルズさんと話をしたいんだけど......」 「ちゃんと御挨拶しておかないとね」 と言い出す二人。 現在、図書室では、明日の『聖ビシャスの日』に備えて色々と準備しており、そのために一般人立ち入り禁止にしている。しかし、スレイヤーたちのことを知る二人ならば構わないだろうということで、横島は、二人を図書室へと案内する。 そんな三人の後ろ姿を見ながら、ザンダーがふと疑問を口にした。 「なあ......!? なんでオキヌチャンやヨコシマは、 ミカミサンのお母さんのことを 『隊長さん』とか 『隊長』とか呼ぶんだい!?」 ___________ 「別に隠すことじゃないからね......。 おキヌちゃん、教えてあげたら!?」 「えっ!? 私が説明するんですか!?」 美神から水を向けられて少し驚いたおキヌだったが、押し付けられた気にはならなかった。自分のほうが一般人に近い感覚を持つから説明役を任されたのだろうと解釈する。 「えーっと......。 美神さんのお母さんは 国際刑事警察機構ICPOと日本政府から 全権を委任されたことがあって......」 おキヌは、アシュタロス事件のことを語り出した。 美神とアシュタロスとの関わりなど、詳細を全て説明する必要はない。世界規模の大事件の際に、対策本部の指揮官として美智恵が働いたことだけ述べれば十分だった。 「おいおいおい!? アシュタロスって......あの有名な 核ジャック事件の悪魔のことかい!?」 アシュタロスの名前は、ザンダーも耳にしたことがあった。 なにしろアシュタロスは、核ミサイル搭載の原子力潜水艦を何隻も手に入れて、世界を脅迫した悪魔。その後のコスモ・プロセッサの稼働も、世界中の大都市などに配下の魔物を送り込んだこととして、世間には認知されていた。 もちろん、サニーデールのような田舎町は、直接の被害を受けてはいない。それでも、当時、ニュースは世界中を駆け巡ったのだった。 「スゲーな......! ミカミサンのお母さんって ……あのアシュタロスを 相手にした大功労者だったのか!」 ザンダーは、美智恵たちが立ち去った方向に、尊敬のまなざしを向けていた。全く別世界の人間を見るような表情を、顔に浮かべている。 そんなザンダーを見て。 (この様子では...... アシュタロスさんにとどめをさしたのが 美神さんと横島さんだってこと...... 黙っておいたほうが良さそうですね) おキヌは、そう決意するのだった。 ___________ しばらくして。 教師や保護者でにぎやかになったホールに、美智恵が、一人で戻ってきた。 「ジャイルズさん...... 忙しいみたいだったわね」 美智恵は、こちらのバンパイアのことなど、色々と専門的な話もしたかったのだが、適当なところで切り上げていた。今のジャイルズは、明日の『聖ビシャスの日』のことで頭がいっぱいだったからだ。 「横島さんたちは......? まだ図書室ですか?」 「二人は親子水入らずで過ごしてるわ」 どうやら百合子は、横島に校舎を色々と案内させているらしい。 「横島さんだって...... ここに来てまだ日が浅いのに......」 そんな横島に案内役が務まるだろうかと、おキヌは苦笑してしまう。 「そう思うなら、 おキヌちゃんも行ってあげたら? ......まだ図書室近辺を ウロウロしているはずですよ」 「え......!? でも『親子水入らず』なら その邪魔をしては......」 「あら、おキヌちゃんは 『フィアンセ』なんでしょう!? ......二人にくっついて歩いても むしろ自然なんじゃないかしら!?」 「それじゃ......行ってきます!」 美智恵に笑顔で促されて、おキヌは、図書室の方へ駆けていった。 「......なんのつもり、ママ!? 何を企んでるの!?」 「あら......!? 別に何も考えてないわよ!?」 娘の質問に対して、ホホホと笑い返した美智恵であるが、別にとぼけているわけではない。本当に、ただ何となく、おキヌを横島たちに合流させたほうがいい気がしただけだ。 霊能者独特のカンが働いたのかもしれない。だが、そんなにハッキリしたものではないため、美智恵は、敢えて口にしなかった。 ___________ 美神母娘から少し離れて立つバフィー。自分の母親のことで気を揉んでいる彼女に、戻ってきたウイローが声をかける。 「ごめんね、バフィー。 結局...... シュナイダーにつかまっちゃった」 どうやら、ジョイスとシュナイダー校長は、今頃、校長室で話をしているらしい。 明らかに落胆した表情を見せるバフィーの傍らで、ザンダーは、何だか興奮していた。 「聞いたかい、ウイロー!? 美神さんのお母さんって 凄い人らしいぜ!?」 ザンダーは、おキヌから聞いた話を今までバフィーに語っていたのだ。しかし、バフィーは、そんな話に耳を傾ける心境ではなく、当然、上の空だった。ザンダーにしてみれば、戻ってきたウイローは、かっこうの聞き手である。 「どうしたの、ザンダー!?」 「ウイローも知ってるだろ、 アシュタロスって名前くらいは!? あの事件で活躍したのが......」 ウイローとしては、今はバフィーを慰める役に回りたい。しかし、ザンダーの話が少しでも場の空気を変えてくれることを期待して、聞き役を務めるのだった。 ___________ さらに時間が経過して、外もすっかり暗くなった頃。 ジョイスが、シュナイダー校長とともにホールに戻ってきた。 「バフィー、帰りましょう。 色々と話もあるから......」 「わかったわ......」 厳しい表情を見せる彼女に連れられ、バフィーも歩き出す。 一方、シュナイダーは、これで面談会も終わりだと言わんばかりに、ホールの電灯のスイッチを消して回る。本当は他の問題児たちの保護者とも話をする必要があったのだが、バフィーの母親と話し込むだけで、すでに疲れてしまったのだ。 こうして、その場が、外と同じように暗くなった瞬間。 ガシャーン! ガラス窓が割れ、いくつかの人影が飛び込んできた。 母親とともに帰り始めていたバフィーも、思わず振り返ってしまう。彼女の視線の先に入ってきたのは......。 「......明日まで待てなかったぜ!」 手下を引き連れたスパイクだった。 ___________ スパイクたちは、すでに気持ちが高揚しているのだろう。バンパイア・フェイスになっている。 それは、一般の人々からは、顔の一部が引きつったり盛り上がったりしているように見えた。暗がりであったため牙までは見えていないが、異様な集団が襲ってきたことは、誰の目にも明らかだった。 「なんだ......!?」 「キャーッ!?」 ホールが騒然となり、人々は、てんでばらばらの方向に逃げ惑う。 そんな中、美智恵は、素早く美神と言葉を交わしていた。 「令子! 武器は......!?」 「......図書室よ!」 この高校の図書室は、スレイヤーのための秘密基地でもある。木矢を放てるボウガンや木製のクイなど、バフィーの武器の多くは、そこに保管されていた。最近では美神も、先端を木製にした特殊神通棍の予備をいくつか、図書室に置かせてもらっている。 「じゃあ、令子は図書室へ!」 「......ママは!?」 「私は、この人たちを 安全な場所まで連れてくわ!」 この場は、一般人の避難が最優先。それが美智恵の判断だった。 「でも、どこへ!? ママは、この校舎のこと よくわかってないでしょう!?」 「......令子はわかるの!?」 「ごめん......」 ここの学生のはずの美神であるが、休んでばかりいる彼女は、横島やおキヌ以上に、ここを把握していないのだ。 (......こういうこともあるのね) ちょっと反省した美神の耳に、バフィーの声が聞こえてきた。 「みんな、こっちよ! ......早く!」 彼女は、人々を先導しているらしい。 顔を見合わせて頷きあってから、二人は、それぞれの方向へ走り始めた。 ___________ バフィーは、母親ジョイスの手を引きながら逃げていた。 「みんな、こっちよ! ......早く!」 バンパイア・スレイヤーとして、その場の全員を守りたいバフィー。 しかし、スパイクの標的がバフィーであるために、バンパイアたちは、バフィーを追いかける。結局、バフィーとともに逃げる人々も、ともに追われる形になっていた。 「もう......!!」 これは、バフィーの想定外の状況である。普通ならばバンパイアたちは、それぞれの衝動に従って、個々に逃げ惑う人々を襲うのだ。彼らの統制が取れた行動こそ、スパイクのリーダーシップを示す一例でもあった。 キィイィイィイン! 後方で何かが光ったようだ。 だが、今のバフィーには、後ろを振り返る余裕はなかった。 ___________ (ヒャクメ様たちが言うとおり...... 普通の魔族や妖怪とは違うのですね) 美智恵は、バフィーが率いる集団のしんがりを務めていた。迫り来るバンパイアたちに対し、イヤリングの精霊石を投げつけたが、霊力をぶつけてもたいしたダメージにはならないらしい。それでも、閃光が目くらましとなり、多少の足止めは出来たようだ。 「今のうちに! ここへ......!!」 と、バフィーが言っているのが聞こえる。 教室のひとつを避難所として、そこに立てこもるつもりなのだろう。入り口に立って、人々を招き入れていた。 「私で最後ですわ......!」 美智恵の言葉にバフィーも頷き、二人は教室に飛び込む。 そして、逃げ込んだ人々と協力して、棚や机などで中からバリケードを築くのだった。 ___________ 「バンパイアの集団が襲ってきたわ!」 「例のスパイクってやつだぜ!」 ウイローとザンダーは、図書室に駆け込んでいた。二人はバフィーとは別の方向に逃げてしまい、ここへ辿り着いたのだ。 「なんだって......!?」 「でも『聖ビシャスの日』は 明日でしょう……!?」 ジャイルズもミス・カレンダーも、今日の襲撃は予想していなかった。だが、ジャイルズは一人、納得する。 「そうか......。 こちらの不意を打つ作戦だったのか」 ブロンズでの話を思い出したからだ。バフィーの力量を試すために仲間を一人犠牲にするスパイクならば、それくらいやりかねないと考えたのである。 「そんなことはどうでもいいぜ! 早くバフィーを助けに行かないと!」 「私たち…… バフィーとははぐれちゃったの。 でもバフィーも 武器がなくて困ってるはずだわ!」 ザンダーとウイローがまくしたてているところへ。 「バフィーなら 大集団を率いて教室で篭城中! ......私のママも一緒よ! 私が二人に武器を持っていくわ!」 美神が飛び込んできた。 「そうか......。 そうしてもらえるとありがたい! 一人でも多くの戦力が必要だからね」 そう言いながら、ジャイルズは、現在の戦力を考える。 スレイヤーであるバフィーはもちろんとして、ゴーストスイーパーである美神。さらに、美神の母親の美智恵も、やはり凄腕のゴーストスイーパーらしい。そして、ゴーストスイーパーと言えば、もう一人。 「......ヨコシマクンはどこかな!?」 ジャイルズの問いかけに、美神もウイローもザンダーも首を横に振る。 横島は百合子とおキヌとともに三人で行動しており、バンパイアが襲ってきた際にもホールに戻ってきていなかった。だから、誰も彼らの行方を知らないのだ。 「でも横島クンなら大丈夫よ! ハンズ・オブ・グローリーがあるから」 「そうだね。 彼は光る剣を出せるんだったね」 横島は横島で、百合子やおキヌを守りながら戦っているはず。それが美神の認識であり、ジャイルズも賛同するしかなかった。 こうして、ジャイルズが少しずつ現状を把握しているところへ、ミス・カレンダーが情報を加える。 「ジャイルズ! 電話線も切られてるみたい!」 「外へは連絡が取れないのか!? ......エンジェルも呼びたいのだが」 エンジェルは、今でこそバフィーたちの味方であるが、かつては人々から恐れられていたバンパイア。その力は、今でも強大。ジャイルズとしては、当然、貴重な戦力としてカウントしている。 「俺たちが呼んで来るぜ!」 「書架の奥に裏口があったわよね!? そっちから行けば安全だと思うわ!」 ザンダーとウイローの提案に頷いてから、ジャイルズは、武器の入ったバッグを美神に渡す。 そして。 「それじゃあ...... みんな、頼んだよ!」 「三人が出て行ったら、 本棚で中から入り口をふさぎましょう!」 ジャイルズとミス・カレンダーに見送られて、三人が図書室から飛び出して行った。 ___________ その頃。 横島・おキヌ・百合子の三人は、用具室のような小部屋に隠れていた。 「今日襲って来るなんて...... 完全に騙し討ちだな」 「明日来るって聞いてたから ネクロマンサーの笛も持ってきてないです」 二人の会話を聞きながら、百合子が横島の背中を軽く叩く。 「おキヌちゃんはともかく、 忠夫は何もなくても戦えるんだろ!? ......行ってきな! バンパイアどもを倒してきな!」 「だけどよ......」 だが横島は躊躇してしまう。百合子とおキヌの二人を、無防備な状態で置いていきたくないのだ。 (こういうとき…… 文珠が使えないって不便だよな) 結界用に『防』文珠を預けていければ安心なのだが、試しに一つ出してみても、やはり、文字を入れることは出来なかった。 「......なんだい、その光る玉は!?」 「文珠ですよ、お母さん」 横島の苦悩が分かるだけに、おキヌが、代わりに説明役を引き受ける。一般的な文珠の概念だけでなく、こんにゃくユビワという装置のせいで、アメリカにいる間は使えないのだということまで語った。ヒャクメの説明は美神から伝え聞いていたので、おキヌも、ちゃんと理解していたのである。 「......情けないねえ。 道具のせいにするんじゃないよ」 文珠が使えなくなった理由を聞き、百合子がつぶやいた。 「......お、おふくろ!?」 「でも仕方ないんですよ、こればっかりは」 横島はハッとしたように顔を上げ、一方、おキヌは取りなそうと試みる。 だが、百合子は、二人を否定するかのように手を振って、話を続けた。 「会社の同僚が言ってたんだけど......。 英語圏で暮らすとね、 脳がグルングルンかき回されるような、 そんな感覚になることがあるそうだよ」 英語慣れしていない日本人が、英語をしゃべる必要に迫られた場合。いったん言いたいことを日本語で考えてから、頭の中でそれを英語に翻訳する。それでも、何とか生活していけるし、通用するのだ。 そのうち、自然に最初から英語で考えるように――日本語ではなく英語のフレーズが頭に浮かぶように――なってくる。しかし、最初は部分的なものなので、脳内で言語感覚が混在するせいか、独特の頭痛を感じるらしい。 そして、その時期を乗り越えると、すべて英語主体で考えるようになって、独り言まで英語になったりする。この状態になると、特に意識せずに英語が出てくるが、もちろん、意識すれば日本語での読み書きも会話も出来るのだ。 もちろん、百合子のようなスーパーOLは、なんでもサッと対応してしまうから、そんな経験はない。だが、話としては、理解できる話であった。 「今の忠夫も、それと同じだろ? ......『指輪』のおかげで、 こっちで長く暮らしたのと 同じ状態になっただけさ」 百合子は、ニヤリと笑う。 「心ん中で思い浮かべた漢字が 自然に……勝手に 英単語になってしまうというなら、 それは道具に流されてるってことさ」 神族のアイテムもたいしたものではないかのように、彼女は語った。 「だから今の忠夫にだって、 日本語を思い浮かべることも できるはずだよ……。 ……ちゃんと集中すればね!」 言いきると同時に、百合子は、息子の肩をポンと叩く。 (道具に流されてる......。 ちゃんと集中すれば......) 横島は、百合子の言葉を噛み締めて、もう一度、文珠を見つめた。 結界のイメージを『防』という漢字一文字で表そうと意識を研ぎすます。 「集中しな!」 と、再び百合子が声をかけるが、横島の耳には聞こえていない。 (そうか......。 おふくろが言ったのは ……これのことか!?) 今、横島は、頭の中がかき回されるような感じになっていたのだ。脳の言語感覚が、日本語と英語で揺れ動いているのだろう。 そんな横島を見て、突然おキヌが立ち上がり、彼の背後に回った。 「......私も協力します!」 後ろから、ギュッと抱きつく。 「横島さんの霊力は...... いや全ての力の源は、煩悩です。 だから、横島さんが 『集中』するためには......」 百合子の前でこんなことをするのは恥ずかしい。しかし、今のおキヌが役に立てるのは、この程度なのだ。 一方、横島も、おキヌの気持ちがわかるからこそ、女性の体の密着によって集中力が乱されることなく、むしろ高めることができるのだった。 そして、二人の想いが、『こんにゃくユビワ』に支配された英語脳を、一時的に日本語脳へと回帰させる。 「......横島さん!」 おキヌが歓声をあげる。 今、横島の手の中の文珠には、『防』という漢字が刻まれていた。 「いつもの文珠より…… 効果は短いかもしれない。 でも一時しのぎにはなるはずだ。 もしバンパイアが来たら......」 「心配しなくても平気だよ。 ......行っといで!」 「横島さん! この文珠ならば...... 大丈夫ですから!」 二人に見送られ、今、横島が出撃する! (第7話に続く) 改稿時付記; この機会に少し、あとがきのようなものを。 昔々、私が日本で学生だった頃、英語の堪能な友人が、日本語脳とか英語脳とか、そんな単語を口にしていました。その後、私自身がアメリカで働くようになった時、そうした意識はありませんでしたが、いつのまにか「頭の中で翻訳する」という作業をしなくなったのも事実。頭の中がかき回されるような感覚の起こる時期を経て、テレビを見ていて口から出た独り言が英語だった時は、自分でも驚きました。 SFに頻出するような自動翻訳装置があれば、そのようなことはないでしょうが、しかし、それはそれで弊害があるのではないか。そう考えて『漢字のイメージ』を必須とする文珠能力と絡めました。自分自身の実体験を作品に取り入れる場合、同じ経験がない読者に「なるほど」と思われるか「そんなわけないやろ」と思われるか、それは作者の書き方次第。作品に巧く活かせているならばよいのですが、作中で説得力のある記述が出来ているかどうか、少し心配です。 |
「心配しなくても平気だよ。 ......行っといで!」 「横島さん! この文珠ならば...... 大丈夫ですから!」 百合子とおキヌは、隠れていた小部屋から横島を送り出した。 彼を見送るおキヌの手には、『防』と刻まれた文珠が握られている。百合子とおキヌの協力のもと、横島が久しぶりに文字を刻むことのできた、貴重な文珠だ。 そして、息子が出ていった後、百合子は、フーッと溜め息をつく。 「......まだまだだねえ、あのコも」 その言葉の響きに何かを感じ、おキヌは、ハッとした表情で百合子を見つめた。 「お母さん......。 もしかして文珠のこと、 知ってらしたんですか!? 保護者会だけじゃなくて ......このために来たんですか!?」 「......いや。 そんなつもりはなかったけどね」 と否定する百合子だが、その口元には意味深な笑いが浮かんでいる。 それを見て。 (やっぱり......!) と、おキヌは思うのであった。 第7話 保護者面談会は大パニック!(part 3) 「誰なんだ、あいつらは!?」 「何が目的なんだ......!?」 「それに......あの顔! 普通じゃなかったぞ!?」 バフィーたちが立てこもる教室では、バンパイアのことなど知らぬ人々が、事情が分からずに騒然となっていた。 襲撃者は、悪名高きスパイクに率いられたバンパイア集団。だが、それを知る者は、この部屋の中ではバフィーと美智恵の二人だけだ。 「クスリのせいだ! 顔も頭も…… クスリでおかしくなった連中だ!」 シュナイダー校長が決めつけ、人々も納得する。ここまでは、バフィーとしても反対する必要はなかったが。 「こんなところに 閉じこもってたら危険だ! 早く逃げ出そう!」 「ダメよ! 殺されちゃうわ! ここにいたほうが安全よ!」 シュナイダーが窓をこじ開けるのは、止めなければならなかった。 しかし、シュナイダーから見れば、バフィーなど一人の不良学生である。 「何様のつもりだ!? ......私が校長だぞ! 私が逃げろと言ったら逃げるんだ!」 「何様ですって......!? 私は...... 連中を止めることができる者よ! あいつらは私が何とかするわ!」 スレイヤーの秘密を暴露するわけにもいかないので、バフィーの言葉には説得力がない。母親のジョイスまで、バフィーに反対する。 「何言ってるの、バフィー!? あなたが暴力娘だって 非難されてるのは確かだけど、 でも、これは…… 子供のケンカじゃないのよ!? ……あなたには無理だわ!」 だが、ここに美智恵がいたことが幸いした。 美智恵は、オカルトGメンという自分の身分を述べた上で、バフィー擁護に回ったのだ。 「彼女の言うとおりですわ。 ここに留まるほうが懸命でしょうね。 それも...... なるべく静かにしたままで」 警察との連絡もつかない状況なのだ。ICPOの一員からそう言われてしまえば、皆、それが適切な判断なのだと思い始める。 とりあえず人々が落ち着いたところで、美智恵は、バフィーに近寄ってソッとささやいた。 「もうすぐ令子が図書室から 武器を持ってきてくれますわ」 「ミカミサンが......!?」 「ええ。 行き違いにならないように、 私たちも……ここで 待っていた方がいいでしょう」 ___________ 一方、その美神はというと。 「これじゃ......さすがに多勢に無勢だわ!」 廊下の角で様子を伺っていた。 バンパイアたちは、バフィーを探しだそうとして、校舎中をうろつき回っている。ターゲットであるバフィー以外の者を見つけた場合は、エサとして吸血するつもりだろう。 今の美神は、先端を木製にした対バンパイア用の神通棍を握りしめているが、反対側の腕では、武器のつまったバッグを抱え込んでいた。これでは、一対一ですら戦いづらい。バフィーや美智恵と合流するまでは、戦端を開きたくなかった。 チョンチョン。 そんな美神の肩を、誰かが叩く。 美神がゆっくりと振り返ると......。 「よう! 遅れちゃったんだけど...... なんだか変な奴らが たむろしてるわね!?」 そこに立っていたのは、不良少女のシーラだ。 「なんだ、あんたか......。 おどかさないでよ! バンパイアかと思ったわ」 「バンパイア......!? あの連中、バケモノなの!? ......クールね!!」 「クールじゃないわ! 殺されちゃうわよ!? ......とにかく私から離れないでね」 美神は、シーラを背後に隠すような形で、再び状況を観察する。 近くをうろつくバンパイアは、全部で三人。ザコばかりのようで、スパイクの姿は見えない。 (ママたちのいる部屋は もう見えてるんだけど......。 あそこへ行くまでに捕まっちゃうわね) と、前方に注意を向けていた美神。 突然、背後に殺気を感じた。咄嗟にステップして横に移動、さらに、振り返って神通棍を叩き付ける。 その美神の棍を右手でつかんで防御した敵、それは、顔を異形に変えたシーラだった。 「あんた......バンパイアだったの!?」 「なったばっかりだけどね」 そう。 ドゥルシラのエサとしてあてがわれたシーラは、血を吸われた後、ドゥルシラによってバンパイアにされていたのだ。 だが、新参者のバンパイアとはいえ、バンパイア本来の怪力はすでに兼ね備えている。シーラは、右手で神通棍を握りこんだまま、左手を美神の首元に伸ばした。 「......ぐっ!!」 美神は、半ば首を絞められる形で、そのまま壁に叩き付けられてしまった。かばんも神通棍も手放して、両手で振りほどこうとするが、全く通じない。 「さーて、それじゃ...... いただきましょうか!」 ニヤリと笑ったシーラが大きく口を開けた時。 スパァーン! 何かが切れるような音に続いて、シーラの首が、ゴトリと床に落ちた。チリになって消滅するシーラ。その後ろから姿を現したのは......。 「危なかったっスね、美神さん!」 「......遅いわよ、もう!」 霊波刀を構えた横島だ。 口では文句を言う美神だが、自然に顔がほころぶ。 ただし、喜んでいる暇はない。 「......いたぞ!」 「スレイヤーだ!!」 今の攻防で、近くのバンパイアたちに気付かれてしまった。しかも、どうやらバフィーと誤解されているらしい。前方からだけでなく、左右からも後ろからもやってくる。 「こうなったらもう強攻突破しかないわ! いくわよ、横島クン!!」 「はいッ!!」 美神は、横島を従えて走り出した。 ___________ 「なんだか外が騒がしいわね......!?」 「これは、きっと......!」 バンパイアたちの騒ぎは、教室の中の美智恵やバフィーの耳にも届いていた。 騒動の中心には美神がいるはず。そう思った二人は、顔を見合わせて頷き合う。 そして、美智恵は、室内の人々に宣言するのだった。 「みなさんは、もう少し ここで待っていてください! 私が外の様子を見てきますから!」 「......私も行くわ!」 バフィーも美智恵とともに部屋を出ようとしたが、その腕を母親のジョイスがつかむ。 「あなたはダメよ、バフィー! 危ないわ! ここはプロにまかせて......」 「大丈夫よ、ママ! 私を信じて!」 バフィーの目は、今までジョイスが見たことがないくらい、真摯に輝いている。 「......わかったわ」 ジョイスが小声で頷くのを見てから、バフィーも教室から飛び出した。 ___________ 「こりゃあ…… シャレになんないっスよ!?」 「泣きごと言わないの!」 横島と美神は、二人して壁際に追いつめられていた。後ろは気にしなくていいし、お互いに左右をカバーし合う形だ。それでも、二人で大勢のバンパイアを相手にするのは大変だった。 横島は霊波刀を、美神は特製神通棍を得物にしているが、急所以外に当てても大したダメージにならないのだ。奇襲でシーラを倒した以外、まだ一人も仕留めることは出来なかった。 バタン! 苦戦する美神の耳に、扉の開く音が聞こえてきた。そちらにチラッと目をやると……。 (ママ! バフィー!) 二人が飛び出して来るところだ。 (......お願い!) 心の中で祈りながら、美神は、足下のバッグを蹴飛ばす。バンパイアにブロックされることなく、うまく二人のところまで滑っていった。 「......新手か!?」 「おい、あっちが…… スレイヤーじゃないのか!?」 バンパイアたちも、美智恵とバフィーに気付いたらしい。しかし、乱戦の中で注意を逸らすのは命取り。 ザーッ! ザザーッ! 一人は美神に心臓を突かれ、もう一人は横島に首を斬り落とされ、二人のバンパイアがチリと化す。 「......てめえ、この野郎!」 「やりやがったな......!!」 何人かのバンパイアたちが、今まで以上の勢いで美神と横島に立ち向かったが......。 ザーッ! ザーッ! ザザーッ! 彼らも次々とチリになっていく。美智恵に背を向ける形になったバンパイアは、ボウガンで木矢を心臓に打ち込まれてしまうのだ。このボウガンは本来バフィーの武器なのだが、かつて霊体ボウガンを愛用していた美智恵なので、簡単に使いこなしていた。 「この女、スナイパー気取りか!? ......だが近づいてしまえば!」 美智恵としても、さすがに、正面から向かってくるバンパイアを正確に射抜くのは難しい。敵が少し体を捻っただけで、矢の刺さる場所は心臓以外になってしまうからだ。 しかし、美智恵の隣には、もう一人いる。 「......私を忘れるなんて馬鹿じゃないの!?」 それは、木製のクイを手にしたバフィー。 不用意に二人に近づいたバンパイアは、スレイヤーの餌食となるのであった。 「なんだ、この連中!?」 「......冗談じゃねえ!」 「これじゃ挟み撃ちじゃねーか!!」 オロオロしているうちにチリになる者もいた。 恐れをなして逃げ出す者もいた。 そして......。 たいして時間もたたないうちに、その場からバンパイアはいなくなっていた。 ___________ 「さあ、今のうちです!」 美智恵の先導で、隠れていた人々が教室から出てきた。 とりあえず近辺のバンパイアは一掃したが、まだ校舎の中は、完全に安全なわけではない。だから、外までは美智恵がついて行くつもりだった。 「安全な場所まで送り届けたら、 私も戻ってきますから! それまでは三人でお願いね」 そう言って立ち去ろうとした美智恵だが、最後に振り返って、横島に声をかける。 「あ、そうだ! 横島クン…… 念のために文珠ちょうだい」 「......え!? でも俺の文珠は今......」 百合子とおキヌの協力で一個だけ文字を入れることは出来たものの、現状では、文字をこめるのは簡単ではないのだ。 「そうよ! 横島クンの文珠は使えないのよ!?」 美神に至っては、文珠復活の経緯を知らぬため、まだ『全く使えない』のだと思っている。 しかし、そんな二人に対して、美智恵は笑いかけた。 「文字の入ってない文珠でいいのよ!? ......私だって霊能力者ですからね!!」 「あっ!」 美神は気付いた。美神・横島・おキヌとは違って、神族の翻訳アイテムなど使っていない美智恵ならば、文珠に漢字を入れることができるはず。 (もしかして......) 美神は、美智恵のアメリカ訪問にはウラがあるような気になるのだった。 ___________ 「スパイクさん、大変です!」 「スレイヤーが出てきました! 「しかも…… スレイヤーもどきも出てきたんです!」 「そいつらが......みんな強いんですよ!」 美神・横島・美智恵・バフィーとの戦いから逃げのびたバンパイアたちは、スパイクのもとへ集まっていく。 「スレイヤーに加えて スレイヤーもどきだと......!? ......面白いじゃないか!! 案内しろ!!」 彼らの道案内で、戦いの現場へと歩き始めたスパイク。 だが。 「スパイク!」 後ろから大声で呼び止められてしまった。 振り返ってみると、そこに立っていたのは、古い友人でもあるバンパイア。 「アンジェラス!? ......アンジェラスじゃないか!!」 エンジェルである。 (そうか......。 スパイクにとっては おれは、まだ…… 『アンジェラス』なんだな!?) かつて悪のバンパイアだった頃には、『アンジェラス』とラテン語で呼ばれていたのだ。そして、今でもスパイクがそう呼ぶということは......。 (いける! スパイクは……まだ おれを仲間だと思ってる!) エンジェルは、ゆっくりとスパイクへ歩み寄って行く。 「ダメじゃないか、スパイク。 ここまで誰もいなかったぜ!? ちゃんと周囲には 手下を配しておけと教えたろ!?」 「配置したぜ。 だが俺の周りは愚か者ばっかり。 みんなやられちまったんだろ!? そして、愚か者と言えば......」 スパイクは、笑いながら近寄ってきて……。 ドカッ!! 突然、エンジェルを殴りつけた。 「......おまえもだよ、エンジェル! ふぬけの『エンジェル』になったって とっくに知れ渡ってるんだ……!!」 エンジェルに背を向けて少し歩いてから、スパイクは、再び振り返る。 「おまえは俺のサイヤーだろ!? ヨーダみたいなもんだったろ!? それが......」 スパイクは『サイヤー』という言葉を使ったが、厳密には、エンジェルはスパイクのサイヤーではない。『サイヤー』とはバンパイアにした張本人のことだから、スパイクのサイヤーはドゥルシラである。エンジェルは、そのドゥルシラのサイヤーだった。 しかし、エンジェルは、敢えてその点は追求しない。サイヤーではなかったが、確かに、色々と教え込んだのはエンジェルだ。昔を思い出しながら、小さくつぶやく。 「物事は変わるんだよ......」 「俺たちは変わらねえ! 悪魔は変わらねえんだよ!!」 激高したかのように、大声で叫ぶスパイク。 これに対してエンジェルは、 「......決別だな」 と言いながら、クルリと背を向け、走り出した。 つられて、バンパイアたちがエンジェルを追いかける。 (それでいい......) エンジェルは、内心でニンマリする。スパイクの懐に入り込むプランが失敗した以上、次善の策は、この建物からバンパイアたちを引き離すことなのだから。 ___________ 「......俺は行かないぜ」 手下のバンパイアたちは、皆、エンジェルを追って出て行ってしまった。だが、スパイクは、ジッと動かずに立ったままだ。 「よーく熟した良い香りが...... 血の匂いがするからなあ......」 そう言いながら、ゆっくりと振り返る。彼の視線の先に立っているのは……。 「......来てあげたわよ」 クイを手にしたバフィー。その後ろには、神通棍を構えた美神と、霊波刀を発現させた横島の姿も見える。どうやら、エンジェルとの騒ぎを聞きつけて、ここへやって来たらしい。 「おやおや......。 今日は妖術使いの小僧だけじゃなくて もう一人連れてきたのか!? なるほど......そいつが 『スレイヤーもどき』ってわけか」 からかいの言葉を投げかけるスパイク。 「妖術使いじゃねーぞ!?」 「『スレイヤーもどき』とは何よ!? 私はゴーストスイーパー......美神令子よ!!」 「ヨコシマクンもミカミサンも! 挑発に乗っちゃダメよ!!」 バフィーが二人を制止する。 スパイクとしては、横島や美神が反応してきたところで面白くない。あくまでも、彼のターゲットはバフィーである。 「まあ......スレイヤーひとりじゃ 俺の相手には物足りないからなあ。 ......前に殺したスレイヤーなんて さんざん命乞いしたんだぜ......!?」 「そんなホラ話...... 私は信じないわよ!?」 言葉を交わしつつ、ゆっくりと歩き出す二人。 それぞれ、自分の斜め前方へ。 回りこみながら、距離を詰めていく。 一方、美神と横島は、最初の立ち位置から動かない。 そして、スパイクの話は、まだ続くのだった。 「ホラ話じゃないんだがな!? まあ、いいさ。 おまえと遊んでもつまらなそうだ。 ......サッサと殺してやるぜ!? 痛い思いをせずに済むようにな!」 「いいえ、スパイク。 いっぱい痛い思いしてもらうわ!」 と、バフィーが言った瞬間。 スパイクの右拳がバフィーの顔面を襲った。戦闘開始である! ___________ バフィーとて、会話に夢中になっていたわけではない。スパイクの動きには、ちゃんと注目していた。だから、顔に向かってきたパンチも素早くかわし、逆に左ストレートでスパイクに殴りかかった。 この一撃は左腕でガードされてしまったが、こうして上体の攻防に意識を向けさせたのは、次への布石。 (足下がお留守よ......!) 腰にひねりを加えて、強烈なローキックを叩き込む! 完全な不意打ちだったはずだが、スパイクは、これをジャンプして回避。着地の反動をバネにして、今度はスパイクが左ハイキックを打ち込む。 (なかなかやるじゃないの!) 右腕一本で防御したバフィーは、スパイクが体勢を戻さぬうちに、再び蹴りを入れた。今度はミドルを狙ったのだが、スパイクは、斜めにしゃがみ込む形で回避する。 しかし、これは、かなり無理な姿勢だった。起き上がってきたスパイクに、 (まずは一撃!) バフィーの右ストレートが初ヒットする! ___________ 「あらためて近くで見ると......凄いわね、 スレイヤーとバンパイアの殴り合いって」 「......でしょう!? 俺たちじゃ、遠くから 援護くらいしか出来ないっスよ!?」 横島の言うとおりだった。バフィーとスパイクの攻防は、一手一手が素早いのである。普通の身体能力しか持たない人間が参加できる挌闘戦ではなかった。 (遠距離攻撃となると......棍ではダメね) 美神は、神通棍に霊力を流し込み、それを鞭に変える。 「あれ......!? バンパイア向けの神通棍も 鞭にできるんスか!?」 横島は、木製だから鞭化は無理だと思っていたようだ。木を使っているのは一部だけなのだが、そこのところを理解していなかったのだろう。 美神は、そんな横島に微笑んでから、彼の背中をポンと叩く。 「さあ、私たちも行くわよ!! ......バフィーひとりに まかせるわけにはいかないからね」 「えっ!? でも......」 「ここからじゃ援護も出来ないでしょう!? スパイクの背後に回りこむのよ!」 ___________ 一方、その頃。 教師や保護者などの一般人を少し離れたところまで送り届けた後。 美智恵は、再びサニーデール高校へと向かっていた。バフィー・美神・横島の手助けをするためだ。 そして、校舎の入り口で、異様な一団と鉢合わせする。 「......この女は!」 「さっきのやつだ......!!」 スパイクの手下のバンパイアたちだった。彼らは、エンジェル一人にボコボコにされ、今、スパイクの手を借りようと戻ってきたところだったのだ。 「こいつは......スナイパーだったよな!?」 「正面から立ち向かえば大丈夫だ! それなら心臓に当たるわけがねえ!」 「今度は…… 横でカバーするスレイヤーもいないぜ!」 美智恵一人ならば容易い。 そう考えて、美智恵に襲いかかるバンパイアたち。 「あらあら。 せっかく校舎から出たなら、 そのままアジトへ 逃げ帰ればよかったのに......」 同時に迫ってくる大勢のバンパイアに対して、なぜか、美智恵は余裕の色を見せていた。ボウガンを構えることもしない。 代わりに彼女が手にしたのは、小さな光る玉。横島からもらった文珠である。バンパイアに対して効果的な文字も、すでに考えてあった。 「極楽へ......行かせてやるわッ、バンパイアたち!!」 ザーッ! ザーッ! ザーッ! ザザーッ! 美智恵が投げつけた『塵』文珠の輝きに飲み込まれ、一度に四人のバンパイアが、文字どおりチリと化した。 「さすがに…… バンパイアに『塵』は利くわねえ」 ややノンビリした口調でつぶやく美智恵。バンパイアには、そんな美智恵が、いっそう恐ろしく見えてしまう。 「な、なんだ今のは!?」 「バ......バケモンだ!」 「......逃げろーッ!!」 生き残ったバンパイアたちは、一目散に逃げ出すのだった。 ___________ スパイクは、まだバフィーと殴り合っていた。 互いに何手かヒットはさせているが、どちらもタフな者同士。大きなダメージには至っていない。 (けっこう面白いじゃねえか!) 口ではバフィーを馬鹿にしていたスパイクだが、いざ戦ってみると、これまで倒したスレイヤー以上の強敵だったのだ。だが。 (これは楽しめるぜ!) スパイクは、自分が負けるとは思っていない。 それが慢心になったのだろうか。直後、彼は背中に痛みを感じた。 「妖術使いの小僧か!」 「だから違うって言ってんだろ!」 背後に回りこんだ横島が、サイキック・ソーサーを投げつけたのだ。 しかし、スパイクには後ろを振り返る余裕などない。バフィーの左ストレートが、顔面に迫っていたからだ。 咄嗟に両腕でガードしてしまうスパイク。横島のことが念頭にあって、正しい判断が出来なかったのかもしれない。この瞬間、スパイクの体の前面はガラ空きになってしまった。 ___________ (......今だわ!) これは、バフィーにとって好機だった。 スパイクの心臓目がけて、右手を突き出す。それも、今回はパンチではない。握り込んだ木製クイで突き刺すのだ。 (これで終わりよ、スパイク!) グサッ!! バフィーのクイが、スパイクの胸に深々と差し込まれた。 ___________ バキッ!! スパイクがバフィーを蹴りとばした。彼の胸には、まだクイが突き刺さった状態だ。 「......ちょっと!? なんで生きてんの、あいつ!?」 「はずしたのよ......」 美神の呼びかけに、バフィーが律儀に答える。バフィーは、倒れ込んだまま、体をくの字に曲げていた。スパイクのキックは、もろにみぞおちに決まったのだ。 「危なかったぜ! それに......」 口元に薄ら笑いを浮かべながら、スパイクがつぶやく。 そう、クイが差し込まれる瞬間、彼は体をわずかに捻ったのだ。ギリギリで間に合って、その結果、心臓から少しだけ逸れた部位に刺さったのだった。 しかも、体を捻った勢いを利用してバフィーに蹴りを入れたのだから、本当に一瞬の攻防だ。 「今のは痛かったぞーッ!!」 叫びながら、スパイクがバフィーに突撃する。バフィーの武器はスパイクの体に刺さったままで、バフィー自身は、苦痛で起き上がれない。 バフィー絶体絶命......かと思いきや。 「......おっ!?」 バフィーのところまで行く前に、スパイクは転んでしまう。 「今度は何だ!? ......スレイヤーもどきのほうか!!」 いつのまにか、両足に鞭が巻き付いていたのだ。 美神の神通鞭である! ___________ (......今だ!) スパイクが転ぶと同時に、横島は駆け出していた。 近づいて挌闘戦をするつもりはない。だが、『チョウのように舞い、ハチのように刺し、ゴキブリのように逃げる』というのは横島の得意技だ。ハンズ・オブ・グローリーで首を斬り落として、サッと逃げるつもりだった。 (転んで動きが止まった一瞬。 ......この一瞬に賭ける!) スパイクが振り返った時には、すでに横島は、彼の真横まで来ていた。 「......妖術使いの小僧か!?」 「おーじょーせいやあ おどれあああっ!!」 横島がハンズ・オブ・グローリーを振り下ろす! 「まずいっ!?」 首だけは守らなければならない。スパイクは、右手を突き出した! スパァーン......。 ___________ 「こいつ......右腕一本を犠牲に!? ......いや違う!!」 最初、スパイクの右手首を斬り飛ばしたと思った。しかし、よく見ると、スパイクの手首は無事。 横島が斬り落としたもの、それは木のクイだった。 あの瞬間、スパイクは、自分の胸に刺さっていたバフィーのクイを引き抜き、それを霊波刀に合わせてきたのだ。 そして、こうして状況把握のために動きが止まった一瞬。 「甘いな、小僧!」 スパイクの左ストレートが、横島の腹に叩き込まれた。 その一撃で、大きく弾き飛ばされてしまう横島。どうやら、これもみぞおちに決まったらしく、苦しそうに倒れている。 「これで残りは...... おまえだけだな、スレイヤーもどき!」 スパイクが、いまだ転んだ姿勢のまま、美神を睨みつける! ___________ 「......何言ってるのよ! そんな状態で…… 寝転んだままで強がっても無駄よ!?」 バフィーも横島も倒れてしまった。 しかし、スパイクの動きも制限されている。これだけがアドバンテージだ。 そう判断した美神。 だが。 「そうかな!? これでも......色々できるんだぜ!」 「えっ!? ......きゃあっ!!」 スパイクが、足に絡まったままの鞭を両手で引っ張った。 神通鞭をつかんだままの美神は、引きずられてしまう。手を放せばいいと気付いた時には、すでにスパイクの目前に来ていた。 (......やばっ!?) 視界いっぱいに広がるスパイクの牙。これでは噛み付かれてしまう! 「精霊石よ!!」 「なにっ!?」 イヤリングの精霊石を目くらましとして、急いで距離をとる美神。 その閃光が収まった頃には......。 「寝転んだ状態がどうしたって......!?」 すでに鞭を振り払って、スパイクは、しっかりと両脚で立っていた。 ___________ 「令子......!」 美智恵が現場に駆けつけたのは、このタイミングだった。 二人が接近しすぎているため、『塵』文珠は使いたくない。人間に与える影響が分からないのだ。だから、美智恵は、ボウガンで木矢を射る! ドスッ!! しっかりスパイクに突き刺さったが、心臓には命中しなかったようだ。 「......チリにはならんが これだって痛いんだぜ!?」 言葉とは裏腹に、苦痛の色ではなく余裕の色を見せるスパイク。だが、その余裕も、ここまでだった。 「......だから 『いっぱい痛い思いしてもらう』 って言ったじゃないの......」 スレイヤーであるバフィーが、立ち上がってきたのだ。 いや、彼女だけではない。 「俺ひとり...... 寝てるわけにはいかんからな」 横島も、ゆっくりと立ち上がる。右手には、霊波刀も出していた。 「新手が来た上に...... おネンネしてた連中まで復活かよ!?」 スパイクは、取り囲む四人を見回す。 バフィーと美神の二人は、すでに武器はない。だが、横島と美智恵は、上手く使えばスパイクを殺し得る武器を持っていた。 バフィーと横島の二人は、かなりダメージを食らっている。しかし、美神と美智恵は、まだノーダメージ。 一方、スパイク自身は、バフィーとの格闘で何度も殴られているし、クイと木矢で胸を貫かれているのだ。バンパイアとはいえ、これは辛い。 (さすがに分が悪いな。 今日のところは撤退か......!) スパイクは、もう一度、四人を見比べた。 (逃げ道は......ここしかない!) バフィーと横島の方向に突撃しながら。 「行くぜ......!」 わざと、戦闘再開のような掛け声をあげる。そして、二人が『自分に向かってくる』と思って身構えている隙に、二人の間を駆け抜けていく! 「......!」 「えっ!?」 「逃げたんスか!?」 「......そのようね」 四人があっけにとられているうちに。 スパイクは、足早に逃走したのだった。 ___________ 「図書室のジャイルズさんたちには ……私が連絡しとくわ!」 「おふくろとおキヌちゃんの様子 ......見に行かないと!」 戦いが終わり、美神と横島が、それぞれの方向へ歩き出す。 そしてバフィーは、美智恵にポンと肩を叩かれるのだった。 「......行きましょう!? あなたを待ってる人がいますからね」 「......!?」 美智恵に連れられて、バフィーが校舎を出たとたん。 一人の女性が駆け寄って来る。 「バフィー!!」 「ママ......!?」 それは、バフィーの母親ジョイス。彼女は、娘のことが心配で、校舎の入り口まで戻ってきていたのだ。 バフィーのほうでも、母親のことは気になっていた。 無事を確かめ合うかのように、抱き合う二人。 そこへ歩みよった美智恵が一礼する。 「御協力ありがとうございました。 娘さんのおかげで…… 襲撃者たちを追い払うことが出来ました」 それだけ告げて、美智恵は、その場をあとにした。 残されたのは、母と娘のみ。 「ママ......私......」 「何も言わなくていいのよ、バフィー。 私の娘は......自分で自分の面倒を しっかり見ることのできるコなのね。 ......それがよーく分かったから、もう シュナイダー校長の言うことも気にしないわ」 今宵のバンパイア襲撃は、バフィーにとって大きなプラスとなったらしい。 ___________ 図書室には、明るい空気が流れていた。 スパイクは倒せなかったものの、それでも、戦勝ムードである。 ジャイルズとミス・カレンダーの他に、いつまにか戻って来ていたウイローとザンダー。そして、報告に来た美神。さらに、横島・おキヌ・百合子の三人も、すでに合流していた。 それが、美智恵が扉を開けた時の状況である。 しかし彼女は、人々の輪の中へ入ることはせず、美神を手招きした。 「令子......ちょっといいかしら?」 「なーに、ママ!?」 「百合子さんはどうするか分からないけど ......私は今夜のうちに日本へ帰るわ」 「えっ......!?」 「本当は…… もう一日いるつもりだったんだけど。 でも『聖ビシャスの日』も 一日早く来たみたいですからね」 「ママ......それじゃ、やっぱり......」 美智恵の発言は、彼女が『聖ビシャスの日』に備えた助っ人だったことを意味していた。しかし彼女は、美神の言葉を直接肯定することはせずに、一言付け加える。 「ヒャクメ様も...... ああ見えて立派な神様なのですよ!? ウッカリした分はフォローしようと 頑張っておられるのですから。 あんまり罰当たりなこと 言ってはいけませんよ!?」 この時の美神は、まだ、文珠復活の話も、そこで百合子が果たした役割も、横島から聞いてはいない。それでも、美智恵の言いたいことは、何となく見当がつく。 「それじゃ、令子。 しっかり頑張るのですよ。 いつもいつも助けに来る…… ってわけにはいきませんからね!!」 最後にそう言って、美智恵は、静かに立ち去るのだった。 ___________ その頃、バンパイアたちのアジトでは......。 「勝手なことして失敗したんだろ!? 罰を与えるのは当然じゃないか!」 駄々っ子のように騒いでいるのは、子供の姿をしたバンパイア、通称『救世主』だった。 逃げ戻ってきたスパイクに制裁を加えようとしたのだが、周囲のバンパイアたちに猛反発されたのだ。 (みんなおかしいよ!? これが……『マスター』の やりかただったじゃないか!?) 外見は子供であるものの、彼は、自他共に認めるマスターの正統な後継者。だから、同じシステムを踏襲するつもりだったし、マスターを信奉するバンパイアたちも当然従ってくれるものだと思っていた。 それなのに......。 「フン……!」 今、敗軍の将であるはずのスパイクは、上座にあたる椅子に深く腰を下ろしている。いつもの黒いコートをマントのごとく着こなし、膝の上には、白いドレスのドゥルシラを座らせていた。 さながら、王と后のようでもあった。 そういう見方をすれば、周囲のバンパイアたちも、スパイクに従う兵士のように思えてくる。 「もうボウヤの時間は終わったのよ。 ゆっくりおやすみなさい......」 ドゥルシラが、スパイクの頬を指で撫でながら、『救世主』に宣告する。 もちろん、スパイクも、これに賛同していた。 「そういうことだ。 あとのことは俺にまかせろ。 スレイヤーは......俺が倒す!」 他のバンパイアたちも、誰も反対しない。 彼らを見回した『救世主』は、悟っていた。ドゥルシラの言葉は……死刑宣告なのだ! (冗談じゃない......! こんなところで...... こんな連中に…… 殺されてたまるかーッ!!) 彼は、ゆっくりと後ずさりし始める。出口に近づいたところで、一言。 「覚えてろ......! 僕が大きくなったら おまえなんか......やっつけてやる!!」 捨てゼリフを吐いてからクルリと反転、外へと駆け出していった。 『救世主』がここを出て行くというのであれば、スパイクとしても、無理に彼を消す必要はない。もはや、この件は、おしまいだ。 そして、その場のバンパイアたちは、走り去る『救世主』を見ながら囁き合っていた。 「バンパイアは成長しないよな!?」 「子供の状態でバンパイアになった以上、 もう大人になることはないんだから......」 「『僕が大きくなったら』は ......ありえないんだがなあ!?」 (第8話に続く) 改稿時付記; この機会に少し、あとがきのようなものを。 漫画でもドラマでも、長くシリーズが続くうちに後付け設定が膨れ上がり、序盤の設定とは矛盾する部分が出てくることがあります。「Buffy」は7年間続いたシリーズですが、そのような矛盾はほとんどありません。 数少ない矛盾の一つが、スパイクの設定です。初当時のエピソードではエンジェルによってバンパイアにされたかのような発言があるのですが、後々スパイクが主要キャラになってから、ドゥルシラによってバンパイアにされるシーンが出てきます。その点を補足するつもりで、該当の発言に関して、作中のような説明をしてみました。 |