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『復元されてゆく世界』
初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」(2007年12月から2008年2月)

第八話 予測不可能な要素
第九話 シャドウぬきの実力
第十話 三回戦、そして特訓
第十一話 美神令子の悪運
第十二話 遅れてきたヒーロー
第十三話 とらわれのおひめさま
第十四話 復活のおひめさま






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第八話 予測不可能な要素

 横島とのデートではカラオケには入らなかったおキヌだが、今、美神や横島や冥子といっしょに四人でカラオケに来ていた。
 ここ数日の間、この四人は、眠れなくなってしまったために連日徹夜で遊び倒しているのだ。
 不眠の原因は、ナイトメアという悪魔を除霊するために美神の夢の中へ入ったことである。美神の夢の中へ入っている間、美神以外の三人も昏睡状態となり、それが三日も続いたのだ。それだけ眠れば、眠くなくなってもおかしくはない。

「おキヌちゃん、次デュエットしましょ〜〜」
『あ、私これ好き!! 『ウインク』の曲』

 冥子に言われて選曲をすませたおキヌは、ステージに目を向けた。美神が横島とデュエットしている。
 それを見ながら、

(美神さん・・・)

 おキヌは、ナイトメア事件のことを思い出していた。
 ・・・美神の夢の中に入った三人の目の前に現れたのは、大きな城だった。美神の精神構造をイメージ化したものであり、中に入ると、たくさんのドアがあった。美神の記憶や思考へと通じる扉だ。

『関係者以外
 絶対立入禁止』

 と書かれたドアもあって、開けようとした横島などは、美神から日頃以上の制裁を受けていた。
 また、鎖でがんじがらめになっている扉もあったのだが、その鎖には、四つの光る球がぶら下がっていた。横島が近づくと輝きを増したが、冥子が近づいても何も反応しないので、

「横島くんには〜〜
 絶対見せたくないって意味じゃないかしら〜〜?」
「・・・そんなに嫌われてるんっスか、俺」

 という言葉のやり取りもあったのだが・・・。
 実は、立ち去る際、こっそりとおキヌも近づいてみたのだ。それでも光は強くなったのである。

(・・・違いますよね、美神さん?)

 冥子の解釈が正しいとは思わない。それでも、あの四つの光る球のことが妙に気になるおキヌであった。




    第八話 予測不可能な要素




 それから半月ほど経過した、ある日のこと。

「竜神の小竜姫が
 こんなとこに来るなんて・・・」

 ドアの隙間から、美神が自分の事務所の応接室を覗いている。中では、小竜姫が一人ソファに座って、キョトキョトと室内を見回していた。
 しかし、美神は、小竜姫の落ち着かない様子にも気づいていない。

「どうしよう・・・!
 きっと、修業の際に
 本当は横島クンが倒したんだって
 バレたんだわっ・・・!!」

 と勝手に決めつけて、焦っていた。

「ほほほほっ、
 どーもお待たせしちゃって・・・!
 あいにく、お神酒が切れてまして・・・」

 美神は、おキヌが煎れたお茶を手に、部屋へ入っていった。
 おキヌも、その後ろからついていく。初対面の際に予知したビジョンがビジョンなだけに(第六話「ホタルの力」参照)、違うかもしないと思いながらも、まだ小竜姫のことが気になるのだ。

「おかまいなく!
 今日は忍びの用で来たのですから・・・。
 実は・・・」

 小竜姫は、最初は冷静に対応していたのだが、すぐに取り乱してしまう。

「私はとても困っているのですっ!!」
「ああっ!!
 ごめんなさいっ!!
 何でもするから許してっ!!」   
「よかった・・・!!
 唐巣さんが外国に行ってて、
 あなたしか頼れる人がいなかったんです!」

 少し落ち着いた小竜姫だが、まだ平静ではない。
 その耳に、

「え? あれ?
 修業でズルした話じゃ・・・?」

 美神の言葉は全く入っていなかった。


___________


「竜神の王子が行方不明!?」

 美神の手には、小竜姫から渡された一枚の写真。おキヌも、美神の後ろから覗き込んでいる。
 その写真には、竜神族らしき子供が写っていた。

「ええ。
 竜神王さまは今、
 地上の竜族たちとの会議のため、
 こちらに来ているのですが、その間、
 ご子息を私にあずけて行かれたのです。
 それが、ちょっと目をはなしたスキに、
 出て行かれてしまい・・・」

 ようやく落ち着いた小竜姫は、事情を説明し始めた。
 地上の竜神族の中には、仏道に帰依した竜神王に対して、よからぬ感情を抱いている者もいる。俗界に降りてきたのを好機とみなし、子供である天龍童子の命を狙う計画まであるらしい。

「私のところならば、
 結界に守られているから大丈夫だと思われたのですが・・・。
 殿下はなぜか強力な結界破りを持っておられて、
 自ら結界を破って出て行ってしまったのです。
 あわててあとを追ったのですが、
 人間の都は勝手がわからず・・・」
「ふーん。
 で、どこ行ったか、心当たりはあんの?」
「はい。
 てれびじょんを見て、
 『余も東京デジャブーランドに行きたい!!』
 と騒いでおられたので、おそらく、そちらへ・・・」

 ここで、ふと小竜姫が尋ねる。

「そういえば、横島さんは?
 あの方の力も借りようと思っていたのですが・・・」

 本当に天龍童子が襲われた場合、横島のシャドウの能力は役に立つ。
 小竜姫は、そう考えていたのだ。
 横島のシャドウに幻を作らせて、襲撃者にはそれを追わせることも可能だろう。
 何しろ、あの幻には自分も惑わされたくらいである。あれならば、誰が相手でも十分通用するはずだ。
 小竜姫が、そんな意向を伝えたところ、

「え?
 シャドウって、あの修業場以外でも使えるの?」

 美神が驚いてしまった。
 妙神山では修業場の異界空間から出なかった美神達である。シャドウが使えるのは、あそこだけだと考えていたのだ。
 その後、美神の夢の中でナイトメアと戦う際にもシャドウは活躍した。だが、それはあくまでも精神世界の中という特殊な環境、例外中の例外だと思っていた。

「ええ、使えますよ?
 もちろん、普通は、わざわざ外で
 シャドウを引き出したりはしませんが」

 シャドウは、霊的なエッセンスそのものだ。本人の霊能力以上のものを持ってはいない。そして、本人が特殊な霊能力を持つ場合、シャドウを通してそれを発揮するより、自分で直接出した方がコントロールしやすいはずなのだ。
 逆に、シャドウには大きなデメリットがある。シャドウが攻撃されたら自分もダメージを食らうのだ。何もわざわざ攻撃される的を増やすこともない。だから、修業でもないのにシャドウを使おうなんて、普通は考えないのだが・・・。

「横島さんの場合、なぜか、シャドウの方が・・・」

 こめかみに軽く手をあてて、小竜姫が呟いた。
 小竜姫の説明を聞きながら、美神は考えこむ。

(あのシャドウさえ発現させちゃえば、
 いつもの除霊でも、かなりラクできるかも。
 精神世界じゃなくてもシャドウを引き出せるかどうか、
 今度、冥子に相談してみなきゃ)

 ナイトメアの一件では、冥子の式神が横島のシャドウを引き出したのだ。美神は、それを思い出していた。
 しかし、そうした考えはおくびにも出さない。

「横島クンなら、今日は休みよ。
 でも、あいつのことだから、
 特に用事がなければ、
 そのうちメシたかりに来るんじゃないかしら」
『近くまで来てるかもしれませんね。
 私、探しに行ってきまーす』

 美神の言葉を受けて、おキヌが窓から飛び出していった。

「ちょっと待って、おキヌちゃん!」

 美神は止めようとしたのだが、それはおキヌの耳には届かなかった。
 

___________


 その頃、話題にされていた横島は・・・。
 近くのデパートの屋上にいた。なんと天龍童子もいっしょである。
 童子は、子供向けの乗り物で遊んでいた。コイン式電動遊具とか電動ライドと呼ばれるシロモノだが、乗っている本人は満足していなかった。

「おい!
 余はデジャブーランドに行きたいのじゃ!
 こんなもんでごまかされると思っておるのか!」
「ガキのくせに
 なかなか目はしがきくじゃねーか・・・!」

 この二人が知り合ったのは、ついさっきだ。
 横島が不良にからまれていたところへ出くわした王子が、弱い者いじめは良くないということで助けに入ったのだ。だが、むしろ返り討ちにあいそうになってしまい、その場を引っかき回した横島に助けられたのだった。

「余はおまえの恩人なのじゃ!
 感謝のしるしに、
 ちゃんとデジャブーランドに連れてゆけ!」
「助けたのはお互いさまだろー!!
 さしひきで、ここがちょーど
 おりあうとは思わんか!?」
「小竜姫といい、おまえといい、
 余はちっとも家臣に恵まれんのう・・・!」
「誰がおまえの家臣・・・」

 ここで、横島がハッとする。

「小竜姫!?
 そういや、そのツノといい刀といい・・・。
 おまえ、小竜姫の知りあいか!?」

 言われてみれば、服装も小竜姫とそっくりだった。ヘアバンドやリストバンドまで同じだ。今まで気づかなかったのが、不思議なくらいである。

「おっ・・・おまえ、
 小竜姫を知っておるのか!?
 さてはおまえ、小竜姫のはなった追手かああっ!!
 近づくなー!!
 小竜姫のお仕置きは過激なのじゃっ!!
 近づけばこの場で自害するぞっ!!」

 よほど嫌な思い出でもあるのだろうか。
 王子は、体を震わせながら、刀の柄に手をかける。
 その時、

『横島さーん!』

 という声が、上空から飛んできた。


___________


 事務所を飛び出したおキヌは、かなり高いところをフワフワ漂っていた。その状態で近くを一回りしてみたが、横島の姿は見つからない。

『横島さん・・・』

 少しずつ探索範囲を広げるおキヌは、だんだん駅の方角へ向かっていた。横島とデートしたルートを、無意識のうちになぞっていたのかもしれない。そして、
 
(ここには来なかったなあ)

 駅前の百貨店へと目を向けたおキヌは、そちらへ何となく近づいていった。
 そこに横島がいると知っていたわけでも、期待していたわけでもない。だが、

(・・・あ!)

 探し人を見つけることができた。
 おキヌの表情がゆるむ。そして、朗らかな声を飛ばした。

『横島さーん!』


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 横島のもとへ降り立ったおキヌは、天龍童子に気がついた。

『あれ・・・。
 竜神の王子さまですよね?
 はじめまして』

 写真を見ていたから認識できたのである。

「・・・な!」

 おキヌのことも追手の一人だと思ったのだろうか。童子が身構えるのだが、後傾姿勢である。
 一方、横島は不思議そうな表情で疑問を投げかける。

「おキヌちゃん、なんで知ってるの?」
『ちょうど今、小竜姫さんが
 美神さんのところに来てるんです、
 こちらの方を探しに。
 横島さん、ここで待ってて下さいね。
 私、二人を連れてきますから』

 答えを返した後、おキヌはニッコリ笑って、また飛んでいってしまった。
 残された横島と童子。一瞬、沈黙したまま目を合わせた二人だったが、

「小竜姫のお仕置きは過激なのじゃー!!」

 先程と同じ言葉を叫びながら、童子が走り出した。

「こら、待て!」

 横島が追いかける。


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『あ! 美神さーん!』

 事務所まで戻る途中で、おキヌは、美神と小竜姫に出くわした。美神はいつものスタイルだが、小竜姫は違う。美神にアドバイスされて、ハーフジャケットにミニスカートという現代風の服装に変わっている。
 二人は、天龍童子を探しに、デジャブーランドへ行こうとしていたのだ。幸い横島たちがいたデパートが駅ビルだったため、そこへ美神たちも向かう形になっていたのである。さもなければ、行き違いになっていたかもしれない。

「・・・おキヌちゃん。
 横島クンと天龍童子を見つけてくれて、
 ありがとう。
 でも、二人を連れてきてくれた方が
 もっと良かったんだけど」

 おキヌの話を聞いて、美神は、ちょっと顔をしかめた。

『あ、そうですね。
 ごめんなさい・・・』
「まあ、いいわ。
 じゃあ、そこへ案内して!」
『はい!』

 人間の駆け足くらいのスピードで、おキヌが空をゆく。
 美神と小竜姫は、走ってついていく。

(別に先導してもらわなくても、
 『デパートの屋上』という話で、
 場所は十分特定できるんだけどね。
 でも責めるようなこと言っちゃった後だから、
 働かせてあげたほうが、
 おキヌちゃんも落ち込まなくていいでしょう)

 美神は、そんなことを考えていた。
 しかし、彼女は気づいていない。
 おキヌの誘導は、美神が思っている以上に重要な役割を果たしているのだ。
 なにしろ、飛んでいるおキヌを目印に追う形だからこそ、人込みの中でも小竜姫は迷子にならないのだ。もし、おキヌ抜きで百貨店に向かったら、小竜姫ははぐれてしまっていたであろう。


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 非常階段を駆け下りた天龍童子は、館内の通路を走っていた。
 どうやら従業員用通路のようで、今のところ、誰にも出会っていない。だが、それもここまでだった。
 
『い、い、いたんだな、アニキ・・・!』
『へっへっへ・・・!!
 つかまえるぞ・・・!!』 

 目の前に、二人組の男が立ちふさがった。
 大きな目をしたモヒカンの小男と、ノッポ姿に似合う帽子をかぶった長身の男である。

『キシャーッ!!』

 突然、二人の姿は人外のものへと変貌し、童子へ襲いかかった。

「え・・・」

 慌てた童子は、その場で反転。二人組から逃げるために、また走り出したのだが・・・。

「はあ、はあ・・・。
 ようやく追いつい・・・」

 今度は、横島が目の前に!

「・・・たぜ。
 え?」

 童子は、横島が肩で息をしているうちに、その横を走りぬけた。
 ちょうどその時、

『に、逃がさないんだな!』

 二人組のうちの片方、イームの腕が、童子へ向かって伸びた。

「わああっ!!」
『あ・・・。
 ま、まちがえたんだな』

 二人が交叉するタイミングだったこともあって、童子ではなく横島の方をつかんでしまった。
 そのドタバタの間に、童子はドンドン走っていってしまう。今の彼に、横島を救出しようという気はなかった。
 童子は勘違いしていたのである。この二人組も、小竜姫からの追手なのだ、と。
 そして、横島のことも同様だと思っていた。タイミング悪くおキヌが来てしまったせいで、横島は、『小竜姫のはなった追手か』という言葉を否定していなかったから。

『ど、どうしよう、こいつ?』

 イームの言葉を受けて、もう片方のヤームが、横島に目を向けた。

『・・・おめえ、殿下の行き先、知ってるか?』


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 脱兎のごとく走り続け、ようやくデパートの一階まで来た天龍童子。
 そのまま正面から外へ出たのだが、

「もう大丈夫かな・・・?」

 走りながら後ろを振り向いたのがいけなかった。

 ドンッ!!

 前から来た人物にぶつかってしまった。

「いてて・・・」

 衝突した勢いで転んだ天龍童子が顔をあげると、目の前にいたのは、亜麻色の髪の女性。童子の知らない人だ。
 だが、その左側にいる者は知っている。『おキヌちゃん』と呼ばれていた先程の幽霊だ。そして、右側に立っているのは・・・。

「うわっー!
 小竜姫ぃっ!!」

 恐怖にまみれて、逃げ出そうとした童子だが、

「殿下!
 もう逃がしませんよ!」

 小竜姫に首根っこを掴まれてしまった。

「ところで・・・。
 横島クンは、どうしたの?」

 美神が、いまだにバタバタしている童子に質問した。

「何を言うておる!!
 おまえたちの仲間の二人といっしょであろう!」

 天龍童子は、イームもヤームも横島も、小竜姫の仲間だと思っているのだ。しかし、

「変ねえ・・・?」

 美神は眉をひそめて、小竜姫と顔を見合わせた。
 美神や小竜姫にしてみれば、『仲間の二人』と言われれば、鬼門のことなのだ。
 小竜姫は、下山する際、人間に化けた鬼門を二人とも連れてきていた。美神との会談時には事務所ビルの前で待たせていたが、今は、事務所の中で留守番をしているはずだった。
 美神と小竜姫が事務所を出た時点では、横島の居場所は分からなかったし、おキヌも彼を探しに出ていってしまった状態だった。二人が来たときのために、誰か事情を知る者が残っている必要があったのだ。
 
「そういうことなら、事務所に戻りましょうか」
 
 一行は、近くのタクシー乗り場で車をひろい、事務所へ向かった。


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「美神さん・・・!」

 事務所のドアの前で、小竜姫の表情が険しくなる。中の気配を察知したのだ。
 美神は、気配は読めなかったが、小竜姫の表情は読み取れた。無言で一つ頷く。

 バン!!

 勢いよくドアを開けて、小竜姫だけが入っていった。
 室内を見渡す。
 鬼門の二人は、ボロボロに打ちのめされて、床に倒れていた。
 ソファでは、
 
「しかたなかったんやああー!」

 横島が騒いでいる。
 その両側には、ノッポと小男の二人組。イームとヤームである。今は人間の姿をしているが、それが見せかけに過ぎないことを小竜姫は見抜いていた。

「人質・・・というわけですか?」
『そうだ。
 殿下を差し出してもらおう』

 小竜姫の問いに、ヤームが頷く。そして、さらに言葉を続けた。
 
『・・・お優しい竜神さまが、
 人間を見殺しにするんですかい?』
「だからといって、
 殿下のお命を危険にさらすわけには・・・」
『安心してくだせい!
 いくら俺たちでも、そんな大それたこたしやせんよ。
 竜神王陛下の竜宮での会談が終わるまで
 閉じこめるだけでさ』

 ここで、

「貴様ら!!
 こんなことをして、ただですむと思っておるのか」

 天龍童子が部屋へ入ってきた。美神とおキヌも、仕方がないといった表情でそれに続く。

「殿下!!
 なぜ・・・!?」

 小竜姫は、外で待っていることの出来ない童子を諌める。
 だが、童子は毅然とした態度で答えた。

「横島も余の家臣の一人じゃ」

 童子は、誤解していたことを反省しているのだった。
 二人組が敵だと知らなかったせいで、こんな事態を招いてしまった。ちゃんと分かっていれば、あの場で、すぐに横島を救出できた。
 童子は、そう思っている。
 一方、横島は、

(このバカ!!
 おまえが来たら、全部台無しじゃないか!)

 と、心の中で童子に叫んでいた。
 童子の行き先について心当たりを聞かれて、美神の事務所をあげた横島だったが、別に童子を売ったつもりはない。あの時点で、横島は、童子が美神たちと合流することを予測していなかったのだ。
 童子は一人で勝手にデジャブーランドへ行くであろう。その間、この魔物二人を事務所へ連れて行けば、美神や小竜姫が何とかしてくれるに違いない。
 それが横島の考えだった。
 小竜姫や美神が来てくれたのは計算通りだが、天龍童子まで来てしまっては、意味がないのだ。
 
『申しわけねえですな、殿下!
 俺たちにも事情ってもんがあるんでさ』
 
 童子や横島の思惑とは無関係に、ヤームが童子に答えた時。

 ビュンッ。

 突然、もう一人の人物が室内に現れた。瞬間移動してきたのだ。
 フードのついたマントで全身を覆い隠し、ご丁寧に口の部分も大きな布でマスクしている。

『! だんな・・・!?』
「ご苦労! イーム、ヤーム!」

 会話から察すると、二人組のボスのようなのだが、

(!! こいつ・・・、
 ただの魔物じゃない・・・!?
 少なくとも小竜姫クラスの霊格・・・!!)

 美神は、この人物に対して、並々ならぬ警戒心を抱いた。

『ご苦労?
 だんな、まだ殿下は手に入れてませんが・・・』

 ヤームが少し不思議そうな表情で尋ねた。まだ終わってないことを責められるのも嫌なので、恐る恐るといった態度でもある。

「いや、これで十分だ
 しかも、小竜姫というオマケまで。
 フフフ・・・」
「私を知っているところを見ると、
 おまえも竜族かっ!?
 何者です!! 名乗りなさい!!」
「死にゆく者に名乗る名前はない」

 突然、部屋の中に黒い板が何枚も出現した。
 一同を囲むように配置されている。囲みの外側にいるのは、フードの人物だけだった。

「これは!! 火角結界!!」
『だんなっ!! これはいったい!?』

 小竜姫とヤームが叫ぶが、

「知る必要はない!
 おとなしく死ね!」

 フード姿は、捨てゼリフを残して消え去った。

『ア・・・アア、アニキ!!
 どっ、どどど、どーいうことなんだな!?』
『あの野郎ハナっから俺たちごと
 殿下を消す気だったんだ・・・!!』

 騙されていたことに気づいたイームとヤーム。

「なんなの、この頑丈な結界は!?」

 攻撃してみる美神だが、全く効果がない。

「カウントダウンしてるみたいっスけど・・・!?」

 横島が指摘した。板に浮かぶ数字が一秒ごとに小さくなっているのだ。もはや『八』となっている。

「これは中に閉じこめた物を吹きとばす超強力な結界です!!」

 小竜姫が説明し、さらに、

「でも大丈・・・」

 続きを言いかけたのだが、

「なに!?
 私までまきぞえで死ぬわけっ!?」
『大丈夫! 死んでも生きられます!』
「ひええっ、あと3秒ー!!
 3秒でやれることを精一杯やりましょー!!」

 その場の喧噪に埋もれてしまった。


___________


「う・・・、うーん・・・。
 あ、あれ!? ここは・・・?
 俺たち死んだっスか・・・!?」

 横島が意識を取り戻したとき、そこは、もはや美神の事務所ではなかった。
 もうすぐ爆発するというところで、美神に飛びかかって、しばかれて・・・。
 そこまでしか記憶がない。
 気づいたら薄暗いジメジメした場所へ来ていたのだから、これでは、縁起でもない想像をしても不思議ではなかった。

「なんですか、ここは・・・!?」
「ビルの真下に通ってる下水道よ!
 こんなこともあろーかと、
 緊急脱出用のシューターを、
 ビルのオーナーに内緒で作っといたの!」

 と、美神は自慢げに説明する。

「・・・よく間にあいましたねー」
「運よく余が天界の結界破りを
 持っておったからな!」

 と、天龍童子も自慢げに答える。
 そもそも、その『結界破り』で童子が妙神山から抜け出したせいで、こんな状況に陥ったのだが・・・。ケロッと忘れているようだ。

「・・・よく3秒でそこまでやれたなー」
「私の霊波で、少しの間、
 カウントダウンを止められましたから」
 と、小竜姫も胸をはる。
 確かに、彼女がいなければギリギリだっただろう。小竜姫が誇るのは間違いではない。
 とりあえず脱出の状況を理解した横島は、

「・・・これもやっぱ、
 こんなこともあろーかと用意しといたんスか?」

 目の前のものを見ながら、美神に質問した。

「まーね。
 ギャラ払えない客の持ち物を差しおさえたりとかは、
 たまにあるから」

 それは、個人用のモーターボートだった。
 いつのまにか仲間になっているイームとヤームが、鬼門二人とともに出航準備をしている。

「さーて、これで
 エンジンが動くよーになったと思うんだけど・・・」

 美神は、一同を見渡した。
 美神自身の他に、横島とおキヌ、小竜姫、天龍童子、鬼門二人、イームとヤーム。
 全部で九人いるのだが、ボートは六人乗りだ。最後列のロングシートに三人座らせても、それでも七人しか乗れない。

「全員は無理ね。
 ちょっと作戦会議が必要だわ」

 美神の言葉を聞いて、

「あ、それなら、今のうちに・・・」
 
 小竜姫が横島に歩み寄った。


___________


「おろか者め・・・!
 逃げられると思うか!!」

 フード姿は、今、河口の空に浮いていた。
 火角結界はきちんと爆発したが、小竜姫もいたのだ。彼らが脱出できたことくらい、分かっていた。だから、眷族のビッグ・イーターを彼らにけしかけていた。
 それに追われる形で、一台のボートがやってきた。

「・・・ん?
 もっと大勢だったんじゃないのかい?」

 ボートを運転しているのは横島で、中列のシートに小竜姫と美神が、後列に天龍童子と鬼門の二人が座っている。そして、横島の隣には、見覚えのない者がいた。横島のシャドウである。
 
「まあ、いい。
 問題は、天龍童子だ。
 死ね!」

 ボートに向かって魔力を放つ!
 だが、それはボートには届かなかった。

「仏道を乱し、殿下に仇なす者は
 この小竜姫が許しません!!」

 小竜姫に神剣で遮られたのだ。鬼門の二人を従えて、こちらへ向かって飛んでくる。

「やはり来たな、小竜姫!
 ならば本気で相手をせねばなるまいな」
 
 ここで、フードもマントもマスクも脱ぎ去った。
 中から現れた姿を見て、

「女・・・!?」
「しかも、ええちちしとるやないかっ!!
 意外だった・・・!!」
「大丈夫よ、
 小竜姫が勝つでしょう」
「ええ、
 なんぼええちちしとっても年増は年増!!
 若く明るい小竜姫さまのミニスカにはかなうまいっ!!」
「なんの勝ち負けを解説しとるかっ!!」

 ボート上では、美神と横島が掛け合いをしていた。
 一方、小竜姫は、真剣な表情を見せていた。

「おまえは・・・!!
 竜族危険人物ブラックリスト『は』の5番!!
 全国指名手配中、メドーサ!!」
「ほう、あたしを知っておいでかい!!」

 からかうような口調で応じたメドーサ。そこへ小竜姫が斬り掛かってくる。

 ガッ!!

 小竜姫の神剣を、メドーサは、自分の刺又で受けとめた。
 
 ギン!! ババッ!!

 二人が互いの得物を打ち合うたびに、霊力が飛び散る。
 
「小竜姫様!!」

 鬼門の二人も加勢に入ろうするのだが、

「フン!!」

 メドーサに魔力を放たれると、近づくことすら出来ない。
 しかし、メドーサが鬼門に注意を向けた僅かな隙、それを小竜姫を見逃さなかった。

「もらった・・・!!」

 勢いをつけて、斬りかかる!

 バシッ!!

 そのまま、小竜姫は駆け抜けた。後には、

「ウッ!!」

 メドーサが腹をおさえていた。
 勝機と見て、左右から鬼門も迫って来る。

「・・・なんてね」

 小竜姫の一撃は、確かに当りはしたものの、浅く薙いだだけ。
 実際以上にダメージを食らったかのような演技に騙され、鬼門たちは、半ば無防備に攻め込んでしまっていた。彼らに対し、メドーサは、強大な魔力を左右の手から放った。

「直撃・・・じゃない!?」

 だが、それは鬼門の体を通り過ぎていく。
 戸惑うメドーサだが、これに構っている場合ではない。小竜姫に背後へ回られた形になっているので、その身を反転させ、再び小竜姫と対峙する。
 しかし、

「何!?」

 ここでメドーサの困惑は増大した。
 今、目の前に、二人の小竜姫が浮かんでいたのだ。

「どういうことだー!!」

 メドーサの咆哮とともに、魔力が放たれる。それは両方の小竜姫に直撃したはずなのだが、爆発もなく透過してしまう。

「こういうことです!!」

 耳元で小竜姫の声が聞こえると同時に、メドーサは、背中からバッサリ斬りつけられていた。

「ウッ!!」

 今度は演技ではない。本当に、浅くはないダメージを受けてしまった。

「大馬鹿ヘビ女ーっ!!
 バストに栄養全部行っちゃって、
 頭に回ってないんじゃないのっ!?」

 眼下では、逃げたはずのボートが戻ってきて、美神が叫んでいた。

「・・・小竜姫に、
 こんな能力があったとは」

 自分が幻を見ていたのだと理解したメドーサは、実物の小竜姫を睨みつけた。

「ええ。
 二人の鬼門は、最初から幻です。
 私の姿は、最初は本物。
 あなたの横を駆け抜けて、
 背後に回ってからは二人ともニセモノでした」

 小竜姫は、メドーサがカラクリに気づいたことを悟り、頷いてみせた。
 だが、これでは質問に肯定したことになってしまうので、あわてて付け足す。

「でも、これは私の力じゃありませんよ?
 あそこにいる横島さんの能力です」

 小竜姫は、誇らしげな表情のまま、ボートの上の横島を指さした。

「人間ふぜいが、こんなことを・・・。
 あ、まさか?」

 突然、メドーサは気がついた。こんな幻影を作り出せるということは!
 メドーサの視線が、横島にではなく天龍童子に向かう。
 それを見て、小竜姫が、

「あら、ようやく気づいたんですか?
 ええ、あの殿下もニセモノです。
 今頃、本物の殿下は鬼門たちにエスコートされて
 妙神山へ向かっています」

 メドーサの想像を裏付けた。
 ボート部隊は完全に囮であり、本隊は、下水道のマンホールから地上へ出ていたのだ。

「完全にしてやられたね。
 しかも、人間ごときに・・・。
 横島ッ!!
 その名前、覚えておくよ!!」

 怒号とともに、メドーサが魔力弾を乱射した。
 小竜姫たちが対応している間に、それを煙幕として、メドーサは逃げていってしまった。

「・・・逃がしちゃったわね」
「私のミスですね。
 最後にワザワザ会話したのは、
 ダメージから回復するための時間稼ぎだったようです。
 ・・・気づいてませんでした」
「あの・・・。俺、
 なんだかトンデモナイ奴に目を付けられたのでは?」

 美神と小竜姫が、横島に目を向ける。
 その視線には、同情やら謝罪やらがこもっていたのだが、
 
「そうね。
 あれは、しつこそうね」
「逃走したのも、ダメージのせいだけじゃないですね。
 戦いに予測不可能な要素が加わったので
 無理を避けたんでしょう。
 横島さんのおかげです」

 二人の言葉は、全く慰めになっていなかった。

 ここで横島自身も見落としていたことがある。
 小竜姫はメドーサにキチンと説明していなかった。『横島さんの能力』と言ってしまっていたのだ。
 だから、あれがシャドウの能力であることも、横島が自分でシャドウを出せるわけではないことも、メドーサは知らない。当然、メドーサは横島を過大評価してしまう。

 こうして、かなり早い時点で・・・。
 横島は、メドーサから、実力以上に注目されてしまったのである。


(第九話「シャドウぬきの実力」に続く)

第七話 デートへ戻る
第九話 シャドウぬきの実力へ進む



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第九話 シャドウぬきの実力

「・・・これで、取引は完了ですね?」
 
 須狩は、目の前の女性に問いかけた。

「その予定だったんだが。
 気が変わった」

 そう言われて、須狩の表情が変わる。

(まさか『死んでもらう』とか
 言い出すんじゃないでしょうね?
 だから魔族なんかと取引するのは嫌だったのよ!)

 そう、『目の前の女性』は姿こそ人間だが、実は魔族なのだ。それも小物ではない。須狩の知識が正しければ、神話にも登場するような大物である。

(確か、もともとは女神として扱われていて、
 それから魔物にされて・・・)

 自分の立場も忘れて、一瞬、そんな神話を思い出す。

「フフフ・・・。
 なんだか悪い想像してるようだね?
 安心しな、ちょっと貸してもらいたいものがあるだけさ」

 須狩の表情から心境を読み取ったのであろうか。メドーサは、軽い口調で話を持ちかけた。

(こりゃあ都合がいい。
 ビビってしまったっていうのなら、
 こっちの要求も断れないだろうさ)

 内心の愉悦は表には出さず、

「使えそうな魔物一匹、いないかい?」

 そう言って、物色する視線を周りへ向けた。
 ここは、南武グループの研究機関の一室だった。心霊兵器の開発を試みている南部グループなだけに、様々なものが視界に入る。
 実は、須狩たちは、メドーサが武力行使に出る可能性も考慮していた。その場合でも対処できるようにと、それなりに戦力の整った本丸へ招き入れていたのだ。
 だが、ここでは、それが裏目に出てしまったらしい。
 メドーサの目に止まったのは、一つの壺だった。

「ああ、これはアレかい、
 精霊(ジン)が閉じこめられてるやつだね?」

 メドーサの言葉に、須狩は慌ててしまう。

「ダメよ、それは!
 まだコントロール不十分だから!」

 意識は全く制御出来ていないが、その試みの過程で、力そのものは抑制されている。兵器として使おうと考えた場合、須狩たちが行ったことは逆効果なのだ。
 須狩は、そうした事情をキチンと説明したのだが、

「意識があるなら、大丈夫さ。
 私の力が理解出来るなら、ちゃんと従うだろうよ。
 それに、少しくらい力が落ちていたって、
 私の目的には使えるからね」

 メドーサの返事は、にべもない。

(『貸してもらいたい』っていうんだから、
 いずれ返してくれるのよね?
 ハア・・・。上司には、
 『実戦テストのために貸し出しました』って言うしかないわね)

 須狩は、ため息をつきながら、メドーサに従うことを決めたのだった。
 そんな須狩に追い打ちをかけるように、

「あとは、コイツを人間に偽装する手段だが・・・。
 なんかあるだろ?」

 という言葉が飛んでくる。
 口調は柔らかいが、その目には殺気が込められているように見えてしまう。それをはねのけることが出来る須狩ではなかった。

「え、ええ。
 それなら、他の部門が開発したアイテムで・・・」




    第九話 シャドウぬきの実力




「え!? GS資格試験に潜りこむ!?」

 横島が叫んだ。
 今、ここ美神の事務所には、美神、横島、おキヌの他に、小竜姫が来ていた。前回同様のミニスカ姿である。
 ただし事務所は、以前に小竜姫が訪れたのと同じ事務所ではない。メドーサの火角結界で事務所を爆破されてしまった美神は、その後、普通のビルからは入居を断られるようになっていた。結局、魂を持っているという特殊な屋敷を手に入れ、そこを事務所として使っている。

「横島さん、メドーサのこと覚えてますね?」

 すでに美神には説明済みなのだが、横島のために、小竜姫は最初から話し始めた。

「あいつの次の動きがわかりました。
 今度の狙いは、どうやらGS業界を
 コントロールすることらしいんです」
「GSを・・・?」
「妖怪や悪魔にとって、GSはジャマな存在よ。
 でも、もしGSが連中と裏でつながったとしたらどう?」

 美神のフォローで、横島も状況を理解した。

「情報では、とりあえず
 息のかかった人間に資格をとらせるようです。
 でも、それが誰なのかはわかりません」
「で、私たちの出番ってわけね。
 試験にもぐりこんで・・・」

 ここで、横島は、美神の言葉に違和感を抱く。

「あれ!?
 今『私たち』って言いました?」

 美神の笑顔が、その答えだった。

「よく気づいたわね、横島クン。
 私だけでなく、あなたも潜入するのよ。
 ややこしいことは私に任せて、
 あんたは、ただメドーサ一派の目を
 引きつけておくだけでいいから」

 かつての天龍童子誘拐事件において、横島のシャドウはずいぶん役に立った。そのため、メドーサは、横島の能力を過大に評価しているようだった。GS試験に送り込まれる手下たちにも、横島のことは伝わっているはず。だから横島がGS試験に参加すれば、彼らの警戒心は横島に向けられるだろう。
 その間に、美神が、受験生の中に怪しい奴がいないか探ればいい。
 これが、小竜姫と美神の作戦だった。

「・・・ま、いいか。
 小竜姫さま来たんだから、
 シャドウ使えるわけだし」

 囮にされると聞かされても、横島は気楽に構えている。椅子に深々と座りなおしたのだが、

「ダメよ、横島クン。
 あんたは『フリ』だけじゃなくて
 本当に試験受けるんだから、今回はシャドウは封印。
 神様がいないと使えない能力なんて、ズルもいいとこだわ」
「ええっ!!」

 美神の言葉を聞いて、椅子から飛び上がってしまった。
 ここで美神が敢えて小竜姫を『神様』と呼んだのは、横島のシャドウの特殊性を強調するためである。
 しばらく前に、美神は、他にもシャドウを引き出す方法はないか検討した(第八話「予測不可能な要素」参照)。だが、色々試してもダメだったのだ。
 日頃の除霊仕事で使えないような能力を、GS試験で使わせるわけにはいかない。それが美神の結論だった。

「まっ・・・待ってくださいっ!!
 俺、おふだもたいして使えないんスよ!?
 シャドウぬきで、どうしろっていうんですか!?」

 横島は、思いっきり駄々をこねた。手足をバタバタさせている。
 そんな姿を見て、

「・・・仕方ないですね」

 小竜姫が、横島のもとへと歩み寄った。

「そのバンダナ、いつも身につけてますよね?」

 彼女は、横島が頭に巻いているバンダナに関して確認をとった。
 そして、左手を横島の首に添えて、右手で彼の前髪を軽くかきあげる。横島の頭を、自分の方へ引き寄せた。さらに、

『我、竜神の一族小竜姫の竜気をさずけます・・・!
 そなたの主を守り主の力となりて
 その敵をうち破らんことを・・・!!』

 呪文を唱えながら、小竜姫は、横島の額のバンダナにキスをした。

「バンダナに神通力をさずけました。
 あなたは自分では眠っている力を引き出せないようですが、
 きっとそのバンダナが、手助けをしてくれることでしょう。
 これは殿下と私からのプレゼントです」

 小竜姫は説明しているのだが、その場の三人は、聞いちゃあいなかった。

「小竜姫さまああっ!!」

 横島は、唇を突き出しながら小竜姫に飛びかかっていって、小竜姫に踏みつぶされている。
 一方、女性二人は、キス映像に唖然としていた。
 だが、おキヌは驚きながらも、どこか納得していた。これこそ、初めて小竜姫と会った時に見えたビジョンなのだ(第六話「ホタルの力」参照)。
 美神も、それに気がついたらしい。

「おキヌちゃん・・・。
 もしかして、前に言ってた『キス』って、これのこと?」

 美神は、なぜか安堵したような表情を浮かべながら、おキヌに問いかけた。

『はい』
(でも、なんで美神さんがホッとするんですか?)

 質問には肯定しながらも、内心穏やかではないおキヌであった。


___________


「受験者数1853名、合格ワクは32名。
 午前中の一次審査で128名までしぼられて、
 午後の第一試合で64名になっちゃうのよ。
 で、続きは明日」

 GS資格試験の日がやってきた。
 会場に着いた美神は、まず、横島とおキヌに向かって試験のシステムを簡単に説明した。
 そして、

「一次審査で落ちるんじゃないわよ?
 ある程度進んでくれないと、囮として役に立たないからね。
 あんたにだって霊能力が眠っていることは確かなんだから、
 少しでいいから引き出しなさいよ?」

 と、横島に凄んでみせてから、

「じゃ、ここからは別行動よ!
 私が来てるのは秘密にしといてね」

 横島をおいて、どこかへ行ってしまった。
 おキヌも、美神についていく。
 残された横島が、さきほどの美神の表情を思い出して、

(こりゃあ、落ちたらトンデモナイ目にあわされそうだな)

 ビビってしまっていたところに、声がかけられた。

「横島さん!!
 横島さんも来てたんですか・・・!!
 教えてくれればいいのに!」

 バンパイア・ハーフのピートである。
 最初こそおとなしかったが、

「故郷の期待背負ってるんで、
 プレッシャーがすごいんです!!」

 取り乱して、横島の胸に泣きついてしまう。
 なんとかなだめているところへ、もう一人やってきた。

「横島サーン!!
 わしジャアアアー!!」
「タ、タイガー!!」

 この二メートルくらいの大男は、外国から来た留学生で、名をタイガー寅吉という。小笠原エミの助手をしている精神感応者であり、横島のクラスメートでもある。

「わっしは・・・、
 わっしはキンチョーして・・・!!」

 そんな三人の様子を、少し離れたところから見ている一人の女性がいた。

「ふーん、
 あれが横島ってボウヤね」

 ウエーブのかかった髪と小麦色の肌をもつ美人である。やや肉厚な唇にも色気があった。
 ゆったりと広がりのある、しかし裾がしまったズボンをはいている。さらに腰にスカーフを巻いており、下半身の露出は少ない。
 だが上半身を覆うものは殆どなかった。肩からショールを羽織り、腕や首には環状のアクセサリーをしているものの、胸はアクセサリーでトップを隠している程度。豊満なバストの大部分が丸見えだった。
 もし横島がここで彼女の視線に気付いたら、いつものようなセクハラダイブをかましていたであろう。しかし、今、横島はその存在には気がつかず、

「そろそろ一次審査が始まりますよ。
 ・・・僕らは同じグループみたいですね」

 ピートに連れられて、審査会場へと向かうのであった。


___________


「諸君の霊力を審査します。
 足元のラインにそって並んで
 霊波を放射してください!」

 試験官に言われても、横島には意味が分からない。

「霊波って・・・」
「精神集中して『気』を発するんです」

 こっそり右隣のピートに聞くと、教えてもらえた。だが、横島にはそれを実践できなかった。

「では始めて!」

 合図とともに、ピートやタイガーは、強力な霊波を放出し始める。
 
(おいおい。
 美神さん、無茶言ってくれたな。
 俺にゃー、こんなことはできねーぞ)

 と嘆いている横島の耳に、試験官の言葉が入ってきた。

「46番、何やってる!!」

 その言葉につられて、横島もそちらへ目を向ける。
 『46番』のプレートを胸につけていたのは、さきほど横島に注目していた女性だ。彼女は、今、なまめかしく体をくねらせていた。

「あら、これがあたしのスタイルよ?
 こうやって踊ることで、集中させてるの」

 その衣装と踊りから、彼女はベリーダンサーだと思われた。確かに、踊っている彼女から強力な霊波が出されている。
 周りの男たちの中には、彼女の動きが精神集中の妨げになっている者もいたのだが、

「ああっ、たまらんっ!!」

 煩悩を霊力の源とする横島にとっては、彼女こそ天の配剤。グングン霊力が上がり、それが体からにじみ出る。
 しかも、

「おおっ!?
 こっちのネーチャンも・・・!?
 美神さんに勝るとも劣らず・・・!!」

 ベリーダンサーを見るために左側へ目を向けたことで、自分の二つ隣にも色っぽい女性がいることに気づいたのだ。
 それは、チャイナドレスと丸い眼鏡を特徴とする美少女であった。横島が『美神さんに勝るとも劣らず』と評したように、スタイルも抜群だ。
 髪は、チャイナ服に似合うように、横でアップにまとめている。耳の辺りから少し垂れているが、それはウィッグなのだろうか、髪全体とは違う色をしていた。二色の髪にも違和感はなく、むしろチャームポイントとなるであろう。
 しかし、横島が注目していたのは、そんな部分ではない。

「スリットも過激な・・・!!」

 下半身のスリットは、腰のくびれ辺りまで伸びていたのだ。そこへ横島の目は釘付けになるのだが、隣の僧侶姿の男が半ば視界を遮っている。

(どけっ・・・!!
 どかんか、くそボーズ!!)

 だが、これが幸いした。
 見えにくい部分を見ようと集中したことで、上昇した横島の霊力が一気に発揮される。

「!? あの13番、急に異常なパワーを・・・!!」

 それは、試験官も瞠目するくらいの霊力だった。
 額のバンダナに目が開き、同時に、横島の霊力が爆発した。

「へ?」
「よ・・・、横島さん!?」

 タイガーやピートも、思わず横島を仰ぎ見るほどだ。

「よーし、そこまで!!」

 こうして横島は、無事、一次審査を通過したのだった。
 

___________


「一次審査受かっちゃったの!?
 俺が・・・!?」
「自分で気づかなかったんですか!?
 ものすごい霊波を出してましたよ!
 そのバンダナに目が開いて・・・」

 横島たちが驚いているところへ、一人の女性が近づいた。
 チャイナドレスの眼鏡っ娘である。

「行きましょ!
 試合前にお昼食べないと・・・」
「!!」

 美少女に声をかけられて驚く横島。
 こういうことに慣れているのであろうか、ピートはあまり慌てていない。だが、女性と接するのを苦手としているタイガーなどは、顔に汗を浮かべてビクついている。
 横島は、

「地獄のはてまで
 おともさせてくださいッ!!」

 飛びかかるかのような勢いで応えたが、横からピートに水をさされた。

「あ、僕は弁当持ってきたんで・・・」
「バカ者お!!
 俺のためにつきあえっ!!
 おまえがおらんと・・・」

 誰がモテて誰がモテないか、ちゃんと把握している横島である。何とかピートを同行させたかったのだが、

「じゃ、君だけね。いらっしゃい!」
「え。俺ひとりでもいーんスかっ!?」

 その必要はなかった。
 なお、タイガーもその場にいるのだが、すっかり存在を忘れ去られているようだ。
 そこへ、

「あーら。
 そのボウヤには、あたしも興味あるんだけど?
 御一緒してもよろしいかしら」

 もう一人、別の女性が声をかけてきた。『46番』のベリーダンサーである。

「春・・・!!
 初夏だけど人生の春・・・!!」

 今までなかった状況だ。横島は、飛びかかることも忘れて、幸福にひたっていた。

「私が先に声かけたのよ。
 邪魔しないで欲しいわね」

 睨み合う二人の女性。だが、すぐに、

「ふーん。
 じゃあ、あたしは次の機会に」

 ベリーダンサーが、あっさり引き下がった。ただし、立ち去る際に、横島に向かって投げキッスをしている。
 それを見た眼鏡っ娘は、少し表情を険しくした。横島の腕を強くつかんでレストランへと引っ張っていく。
 後に残されたタイガーとピートは、

「試験中に男をナンパ・・・。
 余裕ジャノー」
「し、しかも横島さんを奪いあっている・・・!?」

 唖然とするしかなかった。
 しかし、彼らは知らない。この直後、

「サギー!!
 ウソツキー!!
 悪女ーっ!!」

 横島の絶叫がレストランに響き渡ったことを。
 そう、横島は現実を知らされてしまったのである。
 チャイナドレス娘は、実は美神の変装であったのだ。ベリーダンサーを遠ざけたのも、打ち合わせのためだったのだ。

「モテたと思ったのにーっ!!
 あっちのネーチャンにしとけばよかったー!!」

 最後の一言が、なぜか美神の気に触ったらしい。
 横島は、美神に思いっきりシバかれた。


___________


 そして、午後。
 一次試験の合格者たちが、試合会場に入場する。
 実技試験は、トーナメント形式の試合である。二試合勝ち抜いたものが合格となるのだ。三回戦以降は成績を決めるだけ。だが、それが後々の仕事に関わってくるだけに、合格者は首席を目指して戦うことになる。
 試合は、特殊な結界の中で行われる。その中では、霊力を使わない攻撃は相手にダメージを与えられない。霊力のこもった攻撃のみが伝わるのだ。
 会場には、そうした結界で覆われた試合場がいくつも用意されていた。同時に複数の試合が行われるシステムである。

「どーやら組み合わせが決まったよーです。
 ではまず注目の一戦。
 ドクター・カオスの試合を見てみましょう!」
「ありゃ!?
 令子ちゃんとこのボウズあるな」

 記録用ビデオのため、実況と解説者も用意されていた。
 実況はGS教会から出されていたが、解説者は違う。厄珍という名のこの小男、言動は怪しげだが、一流のオカルトショップの店主である。いい意味でも悪い意味でも、美神たちと交流があった。横島とも顔なじみである。
 もともとドクター・カオスはこの世界では既に有名なため、皆の注意を集めていた。その対戦者の横島は無名だったのだが、ここで、彼が美神令子の事務所の者であることを、厄珍が指摘してしまった。
 これで、横島の試合は、会場の誰もが注目する好カードとなったのだが・・・。

「勝負あり!
 勝者、横島!!」

 道具として持ち込まれたマリアの腕から弾丸が乱射されたとたん、銃刀法違反ということで、あっさりとカオスの負けになってしまった。
 運よく第一試合を勝ち抜いてしまった横島。
 もちろん、

「勝者、ミカ・レイ!」
「勝者、ピエトロ・ド・ブラドー!!」
「勝者、神宮ラン!!」

 美神もピートも例のベリーダンサーも、順当に勝ち抜いていた。
 こうして、GS試験一日目は終了したのである。


___________


 そして、二日目。
 今、試合が始まろうとしていた。

「いよいよ合格ラインを決める第二試合です!
 最初の試合がそれぞれの結界で始められます。
 注目すべきはどこでしょう?」
「あれある!! あそこ!!
 あのねーちゃん!!」

 実況に促されて厄珍が指さしたのは、美神の試合だった。

「ミカ・レイ選手ですねっ!?」
「たまんねーあるなあっ!!」
「対するは陰念選手!
 彼は一回戦で霊波を刃のように飛ばしてみせました。
 ぜひとも彼女のドレスのあちこちに
 スリットを増やしてもらいたいものです!!」

 実況席では、好き勝手なことを言っている。記録用のビデオであることを忘れているんじゃないかという程だ。
 そんな彼らには構わず、試合が始まった。

「白龍GSか・・・」

 ミカ・レイこと美神は、目の前の相手を見ながら呟く。
 美神の相手は、『白龍』と刺繍された道着の男。背は高くないのだが、少し逆立った髪型や、くぼんだ目付き、何より、顔や全身の至る所にある傷跡が、凄みを増していた。
 白龍会からは、この陰念の他に、伊達雪之丞、鎌田勘九郎という者が試験を受けていた。三人とも、今日の試合へとコマを進めている。美神は、彼らがメドーサの手の者ではないかと疑っていた。今頃、小竜姫と唐巣神父が、白龍会へ調査に向かっているはずである。

「なかなかやるな・・・」

 開始早々、陰念は、何度も攻撃をしかけた。時には刃のように、時には塊のようにして霊波を放ったのだが、美神の手にした扇により、ことごとくはじかれていた。
 
「もしメドーサの手下なら、
 この機会にシッポをつかみたいところね・・・」

 美神としては、倒してしまうのは簡単だと思うのが、まだ早すぎる。それなりに手がかりを得た後で、コテンパンにノシてしまおうと考えていた。

「でも、このままじゃ仕方ないから・・・」

 防戦一方だった美神が、今、再び飛んできた霊力の刃をかわしながら、陰念へと走り寄る!

「なっ!」

 技を放った直後の、一瞬の無防備な状態。陰念は、対応することも出来ず、

「ぐっ・・・!!」

 霊力のこもった扇で、カウンター気味に叩かれてしまった。
 一撃の後、美神は、すぐに飛び退って距離をとる。陰念にダメージを与えたものの、それは思ったほど大きくなかったのだ。

「結構、丈夫なのね。
 ・・・え!?」

 冷静に観察していた美神だったが、突然、陰念の波動が変わったことに気がついた。

「貴様をナメたことをわびておくぜ!
 はーッ!!」

 陰念の体から放出された霊波が、彼の全身を覆う。
 幽然としたそれは、化物のような姿をしていた。

「悪魔と契約した者だけが使える『魔装術』だわ!!
 あれを使える人間が・・・!?」

 美神は、この術を聞き知っていた。叫ぶと同時に、

(間違いない!!
 メドーサに教わったんだわ・・・!!)

 と確信する。
 一方、陰念は、

(自らを一時的に魔物に変え、
 人間以上の力を発揮するこの術・・・。
 これがメドーサさまにいただいた俺の切り札よ・・・!!
 しかし、こんなに早く使うことになるたあ思わなかったがな)
 「くらえッ!!」

 渾身の力をこめて、美神に殴り掛かった。
 ヒラリと飛んでよけたはずの美神だったが、

「うっ!!」

 その身に痛みが走る。
 ドレスの左サイドの腰の部分が、大きく破けていた。肌にも傷がついている。

「乙女の柔肌を・・・。
 よくもー!!」

 吼える美神であったが、内心では冷静に状況を分析していた。

(近づくだけで、これ!?
 直撃したら即死じゃないの!!)

 通常の除霊では、神通棍や破魔札を駆使するのが美神のスタイルだ。しかし、この試合で持ち込める道具は一つのみ。しかも正体がばれないように、得意の神通棍はさけ、神通扇を武器としていた。
 こちらの攻撃力は、決して高くはない。

(魔装術なんて、そう長くは使えないはず。
 時間を稼ぐしかないようね)

 それが、美神の考えた戦略であった。
 幸い、陰念は慣れないパワーを持て余して、動きが大仰になっている。再び攻め込んできたが、

(うまく見定めれば・・・!)

 美神は慎重に対処した。ただ避けるだけではなく、扇を通して霊波を放射し、相手の威力を少しでも抑える。
 今度はノーダメージですませることができた。

(これを続けるしかないわね)

 そして、同じことが何度も繰り返された。
 陰念が攻撃し、美神が回避する。
 劣勢ではあるが、美神の思惑通りの展開である。
 やがて・・・。

「グワアアーッ!!」

 陰念が苦しみ始めた。

「陰念選手、どーしたのでしょう!?
 霊波のヨロイがくずれているよーですが・・・!?」

 実況席からも分かるくらいの変化である。
 
「魔装術のコントロールが限界を超えたわ・・・」

 美神の目の前で、陰念は、その姿を変貌させていた。 
 おぼろげな被りもののようだった霊気のヨロイが、今や、完全に皮膚と一体化していた。ハッキリと、化物そのものになってしまったのだ。

「邪悪な術に頼った者の末路ね・・・」

 憐憫の情すら顔に浮かべて、美神が呟く。
 これでもう試合は終わりなのだと、彼女は分かっていた。
 
『クキェーッ!!』

 魔物と化して理性を失った陰念には、誰が敵なのかすら分からないらしい。周囲の試合からくる殺気にあてられたのだろうか、結界を破って外へ出ようとしている。

「誰か・・・!!
 誰でもいい、彼をとりおさえろー!!」

 審判が慌てて叫んだ時。
 結界の外へ半身を乗り出した化物に対し、一条の霊波が飛来した。
 陰念と同じ道着の男、鎌田勘九郎が発したものだ。

『グ・・・ウ・・・』

 かつて陰念であった化物は、たった一撃でその場に倒れ伏した。


___________


 美神の試合を見てすっかり怯えてしまった横島だが、

「九能市氷雅、18歳です。
 お手やわらかにお願いしますわ」

 対戦相手を目にした途端、そんな恐怖は消え去っていた。
 目の前の女性は、多少目付きはキツイものの、それでも美人である。髪型はおかっぱで、服装はマントに隠れて全く分からなかった。

「横島いきまーす!!」

 試合開始とともに、横島が氷雅に飛びかかる。

 ビュッ!!

 それに対して、氷雅は刀で応えてみせた。

「おや・・・?
 私の居合いをおかわしになりましたね・・・」

 マントを脱ぎ捨てた氷雅は、忍び装束と武家姿を足して二で割ったような格好になっていた。
 目付きもいっそう鋭くなり、最初の柔らかい印象は全く無くなっていた。
 氷雅の刀は、霊刀ヒトキリマル。銃刀法違反にはならない。その斬撃も物理的なものではなく、霊力によるものだった。
 
「実を申しますと私・・・。
 生きた人間を斬るの初めてなんですの。
 ああ・・・楽しみですわ・・・!!」
「こ・・・こいつ・・・。
 本気でアブないっ・・・!!」

 横島の顔から血の気が引いた。

(こりゃあギブアップするしかない!!)

 そう思った横島だったが、それを口にする前に、刀を手にした氷雅が既に目前まで迫ってきていた。

「うわーっ!!」

 焦る横島。
 観客席でも、

『逃げてーっ、
 横島さーん!!』

 おキヌが泣き叫んでいる。
 だが、この時、

『大丈夫だ!!
 案ずるな!!
 このような敵に倒されるそなたではない!』

 横島のバンダナに目が開き、そこから声がした。
 それに重なるように、横島自身の頭の中で、別の声がする。

「強くならんといかんのだ、俺は!!」

 それは、忘れていた記憶の中から紡ぎ出されたかのような、強い想い。一瞬の想いでしかなかったが、咄嗟の行動を横島にとらせるには、十分だった。

「うおーっ!!」

 右手を前に突き出し、向かってきた刀の刃の部分をつかんだ。
 白刃どりですらない。
 片手で、素手で、刃を握り込んでいるのだ。

『それでいい!!
 拳に霊力を集中させるのだ』

 そう、無意識のうちに右手に霊力を集めているからこそ、素手で刀を受け止めることが出来たのだ。
 横島の中で、心の奥底から一瞬わいた想いなど、すでに何処かに沈んでしまっていた。しかし、このバンダナの声はハッキリ聞こえる。

「バンダナが・・・!?
 バンダナがしゃべってるのか!?」
『いかにも!
 小竜姫の命によりそなたを守り
 敵にうちかつ力を与えよう!』

 対戦相手の氷雅だけではない。美神のチャイナドレス姿や、神宮ランのベリーダンサー姿など、横島の煩悩を刺激するものは、たくさんあった。
 横島の霊力は、すでに十分練り上げられていたのである。

『その手を放すなよ!?
 強く握り込め!!
 刀を引かせるな!!』

 刀というものは、引いてこそ、その切れ味を発揮する。横島の手が無事なのも、霊力を込めているからだけではなく、両者の霊力が正面からぶつかり合っているからだった。

「くっ!!」

 根負けしたのは、氷雅のほうだった。

「刀など不要!!
 忍びの極意は己のすべてを凶器にすること!!」

 自ら刀を手放し、いったん後方へジャンプして、

「霊的挌闘モードチェーンジ!!」

 服の一部を脱ぎ捨て、身軽なレオタード姿となる。
 そして、横島へと飛びかかった。

「!」

 身軽なレオタード姿ということは、体に密着した薄い衣装ということである。強調されたボディラインが、横島に向かって飛んで来るのだから・・・。
 横島にとってはオイシイ構図だった。

「ちちしりふとももーっ!!」

 絶叫とともに、横島の霊力が溢れ出す。それはバンダナの目からビームのように放射された。

「きゃーっ!!」

 強力な霊波のカウンターをくらう形となった氷雅は、結界をぶち破って外へ放り出されてしまう。これで試合は終了だ。

「勝者、横島!!
 横島選手、GS資格取得!!」

 こうして横島は、シャドウぬきの力で、GS資格試験に合格したのであった。


(第十話「三回戦、そして特訓」に続く)

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第十話 三回戦、そして特訓へ進む



____
第十話 三回戦、そして特訓

「勝者、ピエトロ・ド・ブラドー!!」

 ピートも二回戦を勝ち抜き、GS資格を取得した。
 
「きゃーっ!!
 ピートー!!」

 ピートに対してあからさまに好意を示しているエミは、今日も、応援席から黄色い声を飛ばしていた。
 おキヌも同席しているが、彼女はピートに対して個人的な思い入れはない。
 そこへ、

「エ・・・エミさん・・・」

 傷だらけの男がやってきた。タイガーである。

「ま、負けてしもーたです・・・!!」
「タフなだけがとりえのおたくが・・・!?」

 タイガーは自分の助手なのだが、彼の試合など全く見ていないエミであった。

「つ・・・次の横島さんの相手・・・、
 神宮ランって女性・・・。
 ありゃあとんでもないですケン・・・!!」




    第十話 三回戦、そして特訓




 治療を受けたタイガーは、おキヌとエミに対して、神宮ランとの対戦を物語った。

「彼女には、わっしの精神感応が
 全く通用しなかったですケエ!」

 ジャングルの幻覚を見せて、自分の姿も消したはずだったのに、神宮ランは、まっすぐタイガーへ向かってきたのである。
 しかし、それでも、タイガーが慌てることはなかった。
 実はタイガーは、神宮ランの一回戦をちゃんと観戦していたのだ。女性と対戦するのであれば、心の準備も必要だったからだ。
 一回戦の彼女の相手は、タイガー以上の大男だった。パワー志向の蛮玄人である。10%の力で勝負するなどと蛮玄人が大言壮語している間に、神宮ランはスタスタと歩みより、霊力を込めたショールで払いのけた。弾き飛ばされた蛮玄人は、この一撃でノックアウトだった。

「わっしも大男ということで、
 同じ戦法でくるだろうと予想しとりましたんジャー!!」

 予想通りショールの一撃をくらったタイガーだったが、蛮玄人などとは鍛え方が違う。叩き飛ばされることもなく、その場に踏みとどまった。
 耐えきる自信があったからこそ、敢えて一発受けてから反撃しようと考えたのだ。攻撃の直後ならば隙も出来るだろうと思っていた。
 しかし、反撃する余裕などなかった。
 霊力をこめて叩き付けられたはずのショールは、直後、その硬度を失う。ショール特有の柔らかさで、ふわりとタイガーの体に巻き付く。顔まで覆われて、視界も体の自由も奪われてしまった。
 そして、霊力を込めた膝蹴りがタイガーのみぞおちにぶち込まれた。それでも倒れずに、こらえたタイガーだったが・・・。
 体をくの字に曲げたところで、背中への肘うち! 
 顔が上がり気味になったところで、顔面へのパンチ!
 体がよろめいたところで、再び、みぞおちへの膝蹴り!
 タイガーが倒れるまでずっと、霊力を乗せた打撃が、体のあちこちに連続して打ち込まれたのだった。

『そんな・・・』

 タイガーの話を聞き終えて、茫然とするおキヌ。彼女が試合場へ目を向けると、

「次は三回戦、横島選手対神宮選手!!」

 ちょうど、二人の試合が始まるところだった。
 

___________


「ううう・・・。
 ハダカのネーチャン・・・」

 タイガーの敗戦など知らない横島にとって、神宮ランは、単なるえっちなねーちゃんに過ぎなかった。
 二回戦の九能市氷雅も色っぽかったが、神宮ランは、その比ではない。上半身など裸同然、これはもうフェロモンのかたまりだ。

(オイシイ!!
 こんなオイシイ思いをして、いいのだろうか!?)

 横島がそう考えているところへ、

「ふふ・・・。
 おいしそうね、ボウヤ」

 神宮ランが、ますます横島をその気にさせるような言葉を投げかけた。

「うおーっ!!」
「試合開始!!」

 横島は、ややフライング気味に、神宮ランへと飛びかかっていく。

『横島さーん!!
 ダメー!!』

 観客席からおキヌが叫ぶが、今の横島の耳には全く届かない。
 横島が神宮ランへ抱きつこうとした瞬間、

「ハーイ!!」

 神宮ランは、横に一歩飛んでかわす。しかも、ショールを闘牛士のマントのように使って、それで横島を包み込んでしまっていた。

「お!?」

 二回戦のタイガー同様、視界を奪われた横島。それでも、本能で神宮ランの方へ向かい、彼女に抱きついた。

「ふーん、やるねえ!!」

 密着する横島を引きはがそうともせず、神宮ランは、横島のみぞおちに膝蹴りを叩き込む。
 それでも横島は倒れない。神宮ランから体を離そうともしない。

「ふふ・・・。
 それでこそ、あたしの獲物だよ!!」

 嬉しそうな表情のまま、横島に打撃を加える神宮ラン。みぞおちへの膝蹴りに加えて、背中への肘うち、顔面へのパンチなど、タイガーにしたのと同様のパターンだ。
 しかし、横島には全く効果がない。それどころか、

「ぐふふ・・・」

 ショールの中から聞こえる横島の声は、むしろ満足しているかのようだった。

(やわらかい・・・。
 気持ちいい・・・)

 ショールで包まれた横島だったが、何とか両手だけは外へ抜け出させている。左手は、神宮ランの尻へと伸びていた。右手は、背中から回すような形で、バストのすそに少し触れていた。この両手に伝わる感触が横島を満足させ、また、煩悩エネルギーを高めているのだった。

(これくらいの痛み、
 いつもの美神さんのに比べれば・・・)

 両手の感触だけではない。神宮ランの攻撃までも、横島は楽しんでいた。攻撃のたびに密着する手、膝、肘。それらの感触もまた、どこか心地よかったのである。
 いつも美神にシバかれているから自分は打撃に慣れているのだ。だから大丈夫なのだ。
 横島は、そう思っていた。
 だが、もちろん、そんなわけはない。日頃いくら美神が霊力をこめてシバいているとはいえ、さすがに100%の力を入れているわけではない。今の神宮ランの霊打のほうが断然レベルは高いのだ。
 それでも横島が耐えられてしまうのは、攻撃を受ける場所に意識を集中するからであった。『心地よい』と思ってしまうが故に、そこに意識を向けてしまう。そして、煩悩エネルギーにより霊力が十分高まった横島が意識を向けたところには・・・。
 霊力が集まって、そこに、うっすらとした盾を形成しているのであった。
 つまり、横島は、無自覚の霊的防御をしていたのである。
 しかも、美人と体を密着させていることで、そのエネルギー源は無限に近い。さらに、この状態を続けたいからこそ、倒れて終わりになってしまうのは避けたいからこそ、無意識の防御も的確に発揮されつづけているのだ。

「えーい、面倒だね!!」

 このままではラチがあかないと思ったのか、神宮ランは、戦法を変えた。
 抱きついている横島の両手を引きはがし、横島を蹴り飛ばしながら、その反動で後ろへ飛ぶ。
 距離をとったのである。

(ええ・・・!?
 もうサービスタイム終わり!?)

 はたから見れば攻撃から解放された立場の横島なのだが、その表情は暗かった。残念なのである。
 横島は、体に巻き付いていたショールを投げ捨てた。ここで、

『よく耐えきったな』

 額のバンダナが、目を開いた。

「あ、おまえ、いたのか」
『なんだ、その態度は!!
 わしは今まで、前の戦いで
 おぬしが放出したエネルギーを
 たくわえておいたのだぞ』
 
 すでに、エネルギーは十分たまっている。

『タイミングを見計らえ!!
 こちらから行くぞ!!』
「え!? あ、うん」

 バンダナに言われるがまま、神宮ランへ向かって駆け出す横島。

『ショールがなければ、
 さっきのような戦い方は出来まい!!』

 バンダナの意思にあわせて、横島は、殴るかの素振りで右の拳を振りかざした。だが、これは牽制。拳には霊力はこもっていない。
 神宮ランが、それに対処しようと身構えた瞬間、

『今だ!!』

 横島のバンダナから、強力な霊波が放射された。
 直撃すればタダではすまない威力だったが、

「フン!!」

 神宮ランは、踊るようにして腰をくねらせ、最小限の動きでかわしてしまった。
 そして、向かってくる横島に対して、霊力をのせたパンチを叩き込む。

「うわっ!!」

 横島自身も勢いがついている。避けられない。
 横島は、咄嗟に、大きく開いた左手を前に突き出した。霊力がそこへ集中する。

 ギン!

 その手の平には、ハッキリとした形の盾が浮かび上がり、神宮ランの攻撃を防いでいた。
 横島の必殺技の一つ、サイキック・ソーサーの誕生である。

「横島選手、タテのようなもので攻撃を防いだーっ!!」
「煩悩エネルギーを一点に集中して
 小さなバリアーをつくったあるよ!!
 さっきまでの攻撃も、あれで食い止めていたあるな!!」

 ショールに隠された攻防の際も、横島はこれを使っていたのだろう。
 実況席や観客たちは、そう勘違いしていた。
 神宮ランも、横島のサイキック・ソーサーを警戒し、後ろへ飛び下がる。

「フフフ・・・。
 いくら攻撃しても、
 それで弾いちまうってわけかい!?」
 じゃあ、これはどうかな?」

 横島から距離をとった神宮ランは、突然、腰をくねらせて踊り始めた。軽やかなステップをふみ、腕もリズミカルに動かす。体を回転させることまでしている。音楽こそなかったが、かなり本格的なベリーダンスだった。

「今なら・・・。
 隙だらけ・・・かな?」

 苦笑するような口調で呟く横島だが、表情は違っていた。神宮ランのダンスに魅了されて、目をギンギンとさせている。

『気をつけろ!!
 奴のエネルギーが上がっておるぞ!!』

 バンダナの言うとおりだ。踊っている間に、神宮ランの霊力はグングン高まっていた。
 しかし、彼女だけではない。横島の霊力も上昇している。悩殺されればされるほど、煩悩エネルギーもアップするからだ。

「神宮選手と横島選手、すごい霊力です!!」
「こりゃあ、次の一撃で勝負が決まるある!!」

 実況席も観客も、二人に注目している。

「ハーッ!!」

 突然、神宮ランの踊りが止まり、そのエネルギーが一気に全身から放射された。

「あんなカッコで踊って、チャージした霊力を・・・。
 何あれ? 霊体撃滅波のパクリなワケ?」
『肌の色まで似てますね』
「エミさん、キャラ被ってますノー。
 しかも、あっちの方が色っぽ・・・」

 観客席では、余計な発言をしたタイガーがエミに殴られたりしている。
 一方、そんな騒ぎとは無関係に、横島も、

「うおーっ!!」

 額のバンダナから霊力を打ち出していた。
 二人のエネルギーが中央でぶつかり合い、相殺される。
 飛び散る余波を、横島はサイキック・ソーサーで、神宮ランは素手ではねのけた。
 激突の後の短い静寂。
 その間に、神宮ランは、

(もう十分だろうねえ。
 ここいらが潮時なんじゃないかい!?)

 内心の思いをのせて、視線を二階の応援席へ向けた。
 応援席の一番奥で壁を背にして立っている女性が、それに応えて小さく頷く。
 了承を確認した神宮ランが笑い出した。

「ハハハ・・・、やってらんないね。
 もう疲れたよ、あたしゃ」

 その場に倒れ込み、きれいな大の字になった。

「え・・・!?」

 そんな神宮ランを見て、横島は戸惑ってしまう。
 神宮ランの行動はギブアップに近いのだが、本来、三回戦以降はギブアップは認められない。
 それでも、審判は、これをノックアウトとみなしてくれた。

「勝者、横島!!」

 横島の勝利が確定した後で、神宮ランがヒョイと起き上がる。

「なかなか楽しかったよ、ボウヤ。
 今度また、遊ぼうね」

 彼女は、横島に投げキッスをしてから、その場を立ち去った。
 出口へ向かう途中で、神宮ランは、ふと顔を上げた。

「色々とわかったよ。
 フフフ・・・」

 その視線を、再び、二階の応戦席の奥へと向けたのである。
 壁際でこれを受け止めていた女性は・・・。
 メドーサだった。


___________


「・・・試合は!?」
「どうやら三回戦のようですね・・・」

 小竜姫と唐巣神父が、応援席へと入ってきた。白龍会などの調査を終わらせてきたのだ。
 入り口近くに立ちすくむ二人に、左手から声がかかる。

「遅かったわね、小竜姫」

 小竜姫には聞き覚えのある声だった。

「メ・・・、メドーサ!?」
「ふふふ・・・。
 そんなに怖がることなくてよ。
 私は試合の見物に来ただけなんだから」

 平然と言ってのけるメドーサだが、もちろん小竜姫は信じない。

「お前がGSに手下を送りこもうと
 してるのはわかってるのよ!
 白龍会の会長を石に変えたわね!?」

 小竜姫がメドーサに迫った。二人は対照的な表情を浮かべている。

「何のことかしら?
 GSが妖怪にやられるのは
 よくあること・・・。
 なんの証拠になるの?」
「お前を斬るのに証拠など必要ありません・・・!!
 御仏の裁きを受けなさい!!
 メドーサ!!」

 小竜姫の手が、腰の神剣へと伸びる。
 しかし、

「いかん!!
 ここでは・・・!!
 小竜姫さまっ!!」

 常識人の唐巣神父が、冷静に状況を把握して、小竜姫を制止した。
 唐巣の想定通りの言葉が、メドーサの口から紡ぎ出される。

「くっくっくっ・・・。
 ここでやるなら相手になるわよ。
 ただし・・・、何人死ぬかしらね?
 私は人間をタテにすることなんか
 何とも思っちゃいないのよ」
「ぐ・・・!!」

 会場に視線を向ける小竜姫。
 悔しいが、ここはこらえるしかない。

「ほーほほほ!!
 私はよくても、あんたは困るわよねー!?
 私を目の前にしても
 お前には何もできないのよー!!」

 憤怒の表情を見せながらも自重している小竜姫。その様子が面白いのであろう、ここぞとばかりにからかうメドーサである。
 そこへ、もう一人の人物が現れた。

「オネエサンたち、楽しそうね。
 あたしもまぜてくれる?」

 試合を終わらせてきた神宮ランである。
 彼女に対して、

「危ないから下がっ・・・」

 と口にしかけた唐巣神父だったが、すぐに、その目を細めた。

「君は・・・。
 メドーサの知りあいかね?」

 言いながら、神宮ランとメドーサの両方を見るが、その表情は読めなかった。

「メドーサ?
 あたしには『芽堂サー』って名乗ったじゃない。
 偽名だったの?」
「偽名じゃないよ。
 源氏名ってやつさ」

 二人は冗談を交わしている。
 その様子を見て、少し冷静になった小竜姫が何かに気づいた。

「あなたも人間ではないですね?
 うまく化けているようですが、
 私の目はごまかせませんよ?」
「ええ!?
 この女性も!?」

 唐巣でさえも気づかなかった事実を指摘してみせた。

「あいつらの『変化のコロモ』とやらも、
 小竜姫には通用しないか・・・」

 メドーサがポツリともらした横で、

「正体を見せなさい!!」

 小竜姫が神宮ランに詰め寄った。

「フフフ・・・」

 ポンッという音と同時に、神宮ランの周りに煙が立ちこめた。
 煙が晴れたとき、中に立っていた彼女の姿は、あまり変わっていなかった。
 ショールやヒップスカーフなど、アクセサリーの一部が消え去っただけだ。肌の色も若干変わったが、露出度は変わらない。胸を申しわけ程度に隠していたアクセサリーは消えたが、刺青のような模様が肩からのびてバストトップを覆っていた。
 しかし、顔には明らかな変化が見られた。髪型は同じだが、その間から、額に生えた二本のツノが小さく姿をのぞかせている。少し尖った耳も、あからさまに人外のものであった。

「食人鬼女!! グーラーか!!」

 唐巣神父は、その姿を知っていた。直接会ったことはないが、書物の上での知識も豊富な唐巣である。

「ご名答。
 これでGS資格も取り消しだね。
 でもいいさ。
 そんなもん、あたしゃいらない。
 ちょっと遊んでみたかっただけだよ、
 うわさの横島ってボウヤと、さ。
 ・・・ね?」

 グーラーは、メドーサに向かってウインクしてみせる。

(GS資格もいらない・・・?
 メドーサが送り込んだわけではないのか?
 いや、白龍会の三人をサポートするため?)

 色々考えてしまう唐巣神父だったが、とりあえず、この場をおさめることが先決だ。

「あっそーだ、
 飲みもの勝ってきましょう!!
 何がいーですかっ!?」

 と言ったところ、

「オレンジ!!」
「ウーロン茶!!」
「コーヒー!!」

 三人から注文されて、廊下へと消えていく唐巣神父であった。


___________


「げっ・・・!? メドーサ・・・!?
 な・・・何がどーしちゃったの!?」

 応援席の奥を見やった美神は、ピリピリした雰囲気の小竜姫たちに気がついた。

「私たちは奴の計略にはまったよーだ。
 白龍会がメドーサの手下だとはわかったが、
 何ひとつ証拠がない」

 唐巣神父が応える。彼は、飲み物を買いにいく途中で、美神のもとへ立ち寄っていたのだ。
 唐巣神父は、まず、美神に白龍会の様子を報告した。道場の寺には妖気が立ちこめており、メドーサの使い魔であるビッグイーターがたむろしていた。しかも、中では白龍会の会長が石にされていたのだ。
 殺すのではなく、記憶を消した後で石にする。それこそ、小竜姫たちを引きつけて時間を浪費させるための罠だった。それを察知して会場へ飛んできたところまでは、小竜姫も冴えていたのだが・・・。
 今では、完全にメドーサに翻弄されている。

「あいつめ、我々をからかって楽しんでるんだ」
「もう一人いるみたいね?
 あれって、ひょっとして・・・」

 メドーサの傍らに控えている女性。この距離からでも、見覚えのある姿だと認識出来た。

「ああ、白龍会の三人以外にも、
 手下を送り込んでいたらしい。
 グーラーを人間に化けさせて、
 潜り込ませていたんだ」

 唐巣神父の言葉に、その場にいたエミも驚く。

「グーラー!?
 そんなのが紛れこんでたワケ!?
 タイガーがやられるのも、無理ないわね・・・」
「フン。
 うちの横島クンは、あれに勝ったわよ!?
 やっぱり師匠の実力は弟子にも反映するわねっ!!」
「何ですって!?
 あんなの、向こうの試合放棄なワケ!!
 弱すぎて見逃してもらったくせにっ!!」

 いつもの口喧嘩を始める二人。
 ここでも唐巣神父が仲裁役に回る。

「二人ともやめたまえ!!
 そんな場合じゃないだろう」

 そして三人は相談を始めた。
 いくらここには霊能者が大勢いるとしても、人間がメドーサと直接やりあったら、犠牲は大きいだろう。メドーサのことは小竜姫にまかせて、三人の資格を剥奪することに専念するべきだ。

「あの通り正体を見せたから、
 『神宮ラン』の資格は無効にできるだろう」
「ジンの一種のグーラー、
 だから『じんぐうらん』とは
 安直なネーミングね」
「そこはこだわるポイントなワケ!?」

 あらぬ方向に逸れそうになった会話を、

「まぜっかえさないでくれたまえ!!
 問題は白龍会の受験者だ。
 一人は美神くんのおかげで不合格となったからいいが、
 あとの二人、鎌田勘九郎と伊達雪之丞を何とかしないと」

 唐巣神父が軌道修正した。

「連中に自分の口からメドーサの手下だと
 自白させるしかないわね」
「自白!?
 そんなことできるのかね?」

 美神が、何やら策を練る。

「悪魔や妖怪と裏でつながってるGSなんかを、
 世の中に放すわけにはいかないわ!
 私にまかせて!」

 格好良く言いきった美神であったが・・・。
 美神の計画は、いきなり崩れてしまった。
 三回戦、ピエトロ・ド・ブラドー対伊達雪之丞。ここで雪之丞をコテンパンに叩きのめすはずだったのだが、ピートのほうが負けてしまったのだ!!


___________


「あんな嘘まで吹きこんだのに・・・」

 美神が、試合前の一コマを回想する。
 彼女はミカ・レイの姿でピートに接触し、

「唐巣先生があいつの不正を調査中、
 魔物に襲われて・・・。今夜が峠だそうよ。
 あなたには知らせるなって。
 ツノのある女のコが美神令子と
 話してるのを聞いちゃったの・・・」

 と、作り話を聞かせたのだった。ピートの怒りを煽るためだ。
 横島は横島で、その試合の勝者が自分の四回戦の対戦者だと知ったために、

「勝て、ピート!!
 男の約束をしろっ!!
 次の試合、お前と戦えるのを楽しみにしてるぜ!!」

 と、ピートの熱血心をくすぐっていた。もちろん本音は

(ピートが相手なら俺はケガせずに
 円満に負けさせてもらえる・・・!!)

 だったのだが。
 二人の言葉もあって、ピートは奮闘した。唐巣神父仕込みの神聖なエネルギーを用いた攻撃だけでなく、吸血鬼本来の能力に目覚めて、体を霧化させることまでしてみせたのだ。
 しかし、それでも伊達雪之丞の魔装術を圧倒することはできなかった。
 彼の魔装術は陰念のものとは違い、霊体をヨロイとしてほぼ完全に物質化していた。エビやザリガニを思わせるような硬質のヨロイ。至る所にトゲ状の小さな突起も付随していた。
 互角の戦いを繰り広げた二人だったが・・・。
 最後にはピートの敗北で幕を閉じたのである。

 そして、今。
 一同は、救護室に集まっていた。

「雪之丞をここへ送りこむはずが・・・。
 とんだことになっちゃったわね」
 
 ベッドに寝かされたピートを囲んでいるのは、美神、横島、唐巣神父、おキヌ、エミ、タイガー。さらに、救護班として待機していた六道冥子が、その式神に心霊治療(ヒーリング)をさせていた。

「ここだけ他のキズと違うわ・・・?
 雪之丞の攻撃とは質の違う霊力によるダメージ・・・!!」

 ピートの足に触れたエミが、異常に気がついた。
 それに反応して、

「そういえば、あんた・・・。
 結界に穴がどうしたとか・・・」
「い、いや、はっきりとは
 わかんなかったんですが・・・」

 美神が横島を振り返る。
 彼らは詳しく知らないが、この傷は、鎌田勘九郎が結界内へ投げ込んだイヤリングによるものだ。イヤリングは、その後すぐに自動消滅しているから、誰にも分からない。しかし、投げ込まれた瞬間、結界に開いた僅かな穴。その穴に、横島だけは気づいたのだった。

「審判に抗議しよう!!
 こんなことが・・・!!」
「無駄よ、先生!
 証拠がないわ!」

 ピートは唐巣神父の弟子である。そのため、今の唐巣神父は、少し冷静さを欠いていた。美神が、なだめ役に回る。

「まだチャンスがなくなったわけじゃないわ。
 雪之丞か勘九郎のどっちかを叩きのめして
 ここへ連れて来るのよ!
 横島クンのシャドウで
 メドーサのこと白状させてみせるわ!」
「え? 俺っスか!?」

 話を振られて、焦る横島だが、

「あんたのシャドウなら、
 メドーサの幻を作ることもできるでしょ。
 ニセのメドーサ相手に喋らせれば、
 あいつらだって口をすべらせるはずよ」

 美神は、横島を落ち着かせるように、笑顔で説明した。
 
「いい?
 横島クンは計画の要になるんだから、ここで待機。
 雪之丞と戦う必要なんてないわ。
 棄権しなさい」
「え?」
「そうだね、その方がいい。
 もともと小竜姫さまの依頼で
 私たちが始めた仕事だ」

 美神の言葉に、唐巣神父も賛同する。

「GS資格は失っちゃうけど・・・。
 ここまでよくやったわ。
 『ある程度進んでくれないと』
 って言ったけど、私の期待以上に勝ち進んでくれた。
 正直、見直したわよ。もう十分でしょ?」

 美神が横島に向けた表情は、笑顔ではないものの、今まで見せたことがないような優しさにあふれていた。

「・・・!」

 美神の態度に少し戸惑う横島だったが、その耳に、

「先生・・・!
 横島さん・・・!
 すみ・・・ません・・・」

 ピートのうわごとが入ってくる。
 それが、横島に決意させるキッカケとなった。
 これまで、横島の心のなかでモヤモヤとたゆたっていたもの。それが、ピートの言葉で、形を成したのだ。

「美神さん・・・。
 俺、雪之丞と戦います」

 横島の一言に、その場の全員が凍りついた。中には、

(カッコよすぎる・・・。
 変なものでも食べたのでは・・・?)

 なんて思っている者までいた。
 その静寂を破ったのは、美神である。

「バカ言ってんじゃないのっ!!
 相手はメドーサの手下なのよ!?
 あんたみたいなドシロートじゃ
 ケガじゃすまないのよっ!?」

 堰を切ったように、他のみんなも美神に続いた。口々に横島を諌める。

「そうだ、美神くんの言うとおりだ。
 無理だ、やめたまえ」
「何!?
 グーラーに勝ったからって
 調子にのってるワケ!?」
『横島さん、死んじゃいますー!!』
「凄いわ〜〜。
 令子ちゃんに逆らうなんて〜〜」
「わっしだけ取り残さないでほしいノー。
 来年またいっしょに受験するんジャー!!」

 さらに美神がたたみかけた。

「もしかして、あの霊気の盾で戦うつもり!?
 あれこそ危険なのよ!!」

 霊力を小さく絞り込めば、どんな攻撃もかわせる硬いバリアーになるかもしれない。しかし、逆にほかの部分は、一般人以下の防御力すらなくなってしまう。誰しも体にいくらか霊的エネルギーを帯びているはずなのに、それをどこかに集めてしまえば、大部分が無防備となるのだ。

「あんな作戦じゃ本当に死ぬわっ!!」

 半ば取り乱すようにして、横島に詰め寄る美神である。
 しかし、横島は冷静に、

「美神さん・・・。
 ありがとうございます、心配してくれて。
 でも、カッコつけたいとか、
 勝算があるからだとか、そんなんじゃないんです」

 と返す。そして、フッと遠くを見上げるような表情を見せてから、言葉を続けた。

「戦って負けるならまだしも、
 こんなところで逃げちゃいけない。
 ただ、そう思っただけなんです。
 ここで逃げてたら、この先・・・」

 バシッ!!

 横島の言葉を阻むかのように、美神の平手打ちの音が鳴り響いた。

「勝算はない!?
 逃げちゃいけない!?
 むざむざ負けると分かってるイクサに、
 うちの人間を送り込めるわけないでしょう!!
 そんなの美神流の戦いじゃないわ!!」

 美神に叩かれた横島は、ハッとしたような顔をしていた。
 別に美神の言葉に感銘を受けたわけではない。美神に叩かれたことそのもので、いつもの自分を取り戻したのである。

「えっ!? 
 あの、俺・・・。
 うわーっ!!」

 取り戻し過ぎた。
 ふと気がついてみると、目の前には、もの凄い形相の美神が立っているのだ。もはや、その迫力に勝てる横島ではなかった。

「ごめんなさーいっ!!」

 走って逃げ出してしまった。

「・・・バカ。
 私は試合があるから、誰か、
 あのバカを捕まえてきてくんない!?
 あんなバカでも、作戦には必要なんだから」

 ヤレヤレといった態度を見せる美神。彼女は、最後に横島の表情が変わったことに気づいていた。

(いつもの横島クンに戻ったわね。
 もう大丈夫だわ・・・)

 美神は安堵していたのだ。
 そんな美神を見て、おキヌも安心している。

『じゃあ、私が・・・』

 横島を探しに行こうと立候補したのだが、エミに遮られた。

「私が行くワケ!!
 冥子、ピートをお願い!!」
「まかせて〜〜」

 冥子の返事を背にうけて、エミは救護室をあとにした。


___________


「ああ怖かった。
 俺、なんであんなこと言っちゃったんだろ?」

 横島は、近くの公園まで走ってきていた。
 金網にもたれかかって、誰にとはなく問いかけたのだが、答えが返ってきた。

『立派だったぞ、おぬし。
 わしも手伝ったかいがある』
「うわっ!!
 おまえ、あれ聞いてたのか」

 さきほどの自分の言葉を思い出し、少し恥ずかしくなった横島だが、ふと違和感を抱いた。

「・・・ん!?
 『手伝ったかいがある』って、
 もしかして、あれ、
 おまえが言わせたのか!!
 コンニャロー!!
 きさまのせいで、美神さんに・・・!!」
「勘違いするな!!
 わしが手伝っているのは、
 おぬしの戦いだけだ。
 わしはそなたの精神エネルギーをコントロールし、
 100%活用するためのアイテムだ!
 それ以上でも以下でもない。
 そなたの感情や意思に干渉する力はないぞ」

 即座にバンダナに否定されて、横島は、再び考え込む。

「そうか・・・。
 じゃあ、あれが本当の俺!?
 結構カッコいいこと考えてるんだな」

 冗談半分、口にしたのだが、

「うむ。
 おぬし、表面ではチャラチャラしているが、
 内心ではシッカリとした意思をもっておるのであろう」

 バンダナに肯定されてしまい、かえってテレが増す。そこへ、

「そうよ。
 ちょっとカッコ良かったワケ」

 エミが追いついてきた。

「う・・・、エミさん!?」

 美神からの追手だ。そう思って焦る横島だが、エミは笑顔を浮かべている。

「安心していいワケ。
 私はおたくのミ・カ・タ」

 エミは、横島の背中に回り、その肩に手をかけた。自らの豊かな胸を横島の背中に押し付け、さらに耳に息を吹きかける。

「あああっ!
 まただー!!
 おっぱいが背中ああ。
 いや耳に息ああああ」
『うむ。いいぞ。
 こやつの霊力が上昇しておる』

 横島は、以前の経験(第五話「きずな」参照)を思い出し、嫌な予感にとらわれた。一方、バンダナは、横島の霊力が上がったことを純粋に喜んでいる。

「・・・難しいことは言わないわ。
 ただ、おたくのしたいようにして欲しいワケ」

 横島の耳に、エミの誘惑がささやかれる。

「嘘だー!!
 絶対ウソだー!!
 なんか企んでるんだーっ!!」

 口では否定する横島だったが、頭の中では、色々と妄想してしまう。
 ベッドに横たわるエミ。すでに下着姿だ。

「ピートじゃだめなワケ。
 やっぱり人間じゃないと・・・」

 色っぽい目付きを横島に向ける。

「お願い・・・。
 早くして、早く・・・」

 そう言って、ブラジャーに手をかける・・・。
「うおーっ!!
 エミさーん!!」

 くるりと反転し、エミに飛びかかったのだが、サッと避けられてしまった。

「・・・あれ!?」
「もう煩悩エネルギーも十分たまったでしょう?
 これで雪之丞との戦いも大丈夫なワケ」
「・・・え?」
「雪之丞と戦いたいのよね、
 それが『おたくのしたいこと』でしょ?」
「そんなこったろーと思ったよチクショー!」

 横島が泣き叫ぶ中、バンダナがエミと会話する。

『すまん、エミどの。
 おかげで煩悩エネルギーは満タンだ!
 これでも雪之丞とやらに
 勝てる保証はないがな』
「それくらい私にもわかってるワケ。
 エネルギー補充だけなら、
 そのこらへんでノゾキでもさせておけば十分。
 何のために私が来たと思ってるワケ?」
『・・・どういうことかな?』

 答える代わりに、エミは、横島を引きずって歩き始めた。
 人のいない広場まで来たところで、宣言する。

「特訓よ!!」

 同時に、横島に向かってブーメランを投げつける。エミが常用している武器だ。

「ひえー!!」

 かろうじて避けた横島に対して、エミは語りかけた。

「私としては、ピートのカタキをとって欲しいワケ!!
 そのための特訓として、ここで私と戦ってもらうわ!!」

 エミの意図を理解し、バンダナが補足する。

『なるほど・・・。
 戦うことで力を引き出すつもりか。
 こやつの力試しも兼ねているのだな』
「そういうワケ!!」
『ならば、わしも協力する。
 霊波のエネルギー砲は、
 ほどほどに抑えよう。
 その方が、こやつの力を見定める上でも
 潜在能力を引き出す上でも
 都合がよかろう』

 エミとバンダナが勝手に話を進めている。

「ちょ・・・、ちょっと待ってください!!」

 横島の制止など全く通じなかった。

「行くわよ!!」
『来るぞ!!』

 エミとバンダナによる特訓が、今、始まった。


___________


「鎌田勘九郎選手、ベスト16進出!!」
「ベスト16はこれで全員出そろったあるな!」

 三回戦が終了した。
 試合を終わらせたばかりの勘九郎は、

「弱い奴ばっかでつまんないわ」
「話しかけるな!
 俺はもう仲間じゃない!」

 雪之丞に話しかけ、拒絶されている。
 彼らは仲違いしたのだ。ピートとの戦いでの不正が、雪之丞にとっては、手助けではなく横槍であったからだ。
 事情を知らない美神は、

(メドーサの手下ども・・・!
 今にみてらっしゃい!!)

 二人を横目で見ながら、奥へと引っ込んだ
 美神の試合は、四回戦も後半だ。急いで試合場に戻る必要はない。白龍会の選手の試合が始まってからでいいのだ。
 美神は、しばらく通路を歩く。そして、おキヌに出会った。

「あ、おキヌちゃん!
 横島クン、見つかった?」

 エミが出て行った後、それを追うようにして、おキヌも横島を探しに行っていたのだ。

『はい・・・』

 頷くおキヌだったが、うなだれている。
 それを心配する美神だったが、とりあえず何も気づかないフリをして、会話を続けた。

「そう。よかったわ。
 もう小竜姫さまのところへ連れていった?
 シャドウは引き出してもらった?」

 美神の問いかけに対し、おキヌは、頭を深く下げた。

『・・・ごめんなさい』

 謝罪の意思を示したのである。

「へ?
 どうしたの、おキヌちゃん?」

 おキヌの態度に、美神は深刻な印象を受けたが、敢えて軽い口調を続けた。
 それを聞いたおキヌの心の中で、こらえきれない感情が溢れる。顔を上げたおキヌの目には、涙が浮かんでいた。

『横島さんは・・・。
 試合へ向かいました』

 美神の表情が変わる。

「もう・・・!! あのバカ!!」

 ただ、そう言って歩き出す。
 会場へ行って、横島を棄権させるのだ。
 だが、

『美神さん!!』

 おキヌの大声が、美神の足を止めた。
 立ち止まった美神の背に、さらに言葉が投げかけられる。

『横島さん、大丈夫ですから!!
 死んだりしませんから!!
 絶対に勝ちますから!!』

 泣きながら懇願するおキヌは、最後に、

『・・・横島さんを信じて下さい』

 ポツリと付け足した。
 美神は振り向いて、おキヌの顔を見る。
 その目には、涙とともに、横島に対する信頼の情が浮かんでいた。

「おキヌちゃん、
 そこまであなたが言うんだったら・・・。
 おキヌちゃんに免じて、今回は許してあげる。
 でも、ここまでした以上、
 負けたら承知しないわよ?
 事務所の看板に泥ぬったら、許さないんだから!」

 『事務所の看板に泥』という意味では、たとえ負けたとしても、逃げ出すよりはマシであろう。だが、そういう話ではないのだ。
 理屈ではなく、こういう言い方をするのが、いつもの美神なのだ。
 美神の表情を見て、おキヌの顔にも笑顔が浮かんだ。

『はい!!』

 おキヌが力強く頷いた時、

「試合開始!!」

 ちょうど、横島の戦いがスタートした。


(第十一話「美神令子の悪運」に続く)

第九話 シャドウぬきの実力へ戻る
第十一話 美神令子の悪運へ進む



____
第十一話 美神令子の悪運

「おおーっと雪之丞選手、いきなり魔装術!!
 霊波のヨロイを物質化したーっ!!」
「ボウズも、すでにタテを出しているあるね!!」

 試合開始とともに、雪之丞も横島も霊力を全開にしていた。




    第十一話 美神令子の悪運




「間合いをつめて連続攻撃してやる!!
 全部よけきれるか、横島!!」

 雪之丞が横島へと向かっていく。
 彼は、これまでの横島の試合を観察していた。特に三回戦で出現した霊気の盾、それに対して対策を立てていたのだ。
 雪之丞が叫ぶ。

「『防御は最大の攻撃なり』っていうが、
 そんなこたあねえ!!
 よけきれなきゃ、おしまいだ!!」

 応援席では、

「『防御は最大の攻撃なり』?
 ・・・逆なんじゃない?」

 とツッコミを入れている者もいるが、戦っている二人の耳には届かない。

「おまえの言うとおりだ、
 防御は最大の攻撃になるぜ!!
 くらえっ!!」

 横島が攻撃に出た。
 向かってくる雪之丞が、いまだ間合いを詰め切れないうちに。
 霊気の盾、サイキック・ソーサーを投擲したのだ。

「う・・・!!」

 見事に直撃する。

「伊達選手、モロにくらってしまいましたー!!
 そのまま床に激突ー!!
 決まったかー!?」

 実況も、まるで勝負がついたかのような口ぶりだ。
 この喜びを伝えようと、横島は周りを見渡して美神を探すのだが、見つからない。この時彼女は、まだ通路にいて、こちらへ向かっている途中だった。

『気を抜くな!! 後ろ・・・』
「へ・・・」

 バンダナに言われるがまま、横島は飛び退ける。その跡へ霊波砲が炸裂した。一瞬でも遅れていたら、直撃していたであろう。
 その様を、恨みをこめた目でにらむ者がいた。
 
「・・・の・・・やろう・・・!!」

 雪之丞である。
 いまだ健在ではあるものの、左肩より先の魔装術は完全に消滅している。雪之丞自身の左腕は、血だらけで、だらしなく垂れていた。
 
「うおおおおっ!!」

 しかし、彼が霊力をこめると、魔装術の左腕部も回復した。ただし、外見は元に戻っても、ダメージそのものが回復したわけではない。

「貴様にもそれだけ攻撃力があるというなら・・・。
 間合いをつめるまでもない。
 くらえ!!
 俺の連続霊波砲!!」

 今度は不用意に距離を詰めることもなく、そのままの位置から連続攻撃をしかける雪之丞。
 
「うわーっ!!」

 ほんの僅かな時間差で迫り来る霊波を、横島は、右手の盾だけで弾き続けた。モグラたたきゲームの要領だ。

「額からの怪光線はどうした?
 防御に集中している状態では、使えないのか?」

 連続攻撃の最中、雪之丞が不適に笑う。
 このタイミングで、

「絶体絶命ね・・・」
『横島さん・・・!!』

 美神とおキヌが、試合場の近くまでやってきた。

(とにかく今は、ねばるしかないわ!!
 雪之丞だっていつまでも霊力は続かない・・・!)

 冷静に観察し、美神は心の中で応援する。
 しかし、横島の対応は、美神の想定を超えていた。

「怪光線か・・・」

 右手は忙しく動かしながらも、雪之丞の言葉に対してニヤリと笑ってみせる。

「あんなもの、いらないのさ。
 いっけー!!」

 突然、横島の左手に、右手と全く同じ霊気の盾が浮かんだのだ。

「何!?」

 そして、それを雪之丞に投げつける!!
 意表をつかれた雪之丞は、攻撃に専念していたこともあって、回避出来なかった。

 バキッ!!

 正面に直撃する。

「きっ、貴様・・・」

 胸を押さえて立つ雪之丞は、苦しそうだ。
 一方、両手にサイキック・ソーサーを構えて立つ横島は、堂々たる風格をただよわせていた。

「なんと横島選手!!
 霊気のタテを二つ、同時に両手に出して見せました!!」
「煩悩エネルギーを一点ではなく二点に集中させたあるよ!!
 なんて器用な・・・!!」

 実況席も興奮している。
 横島は、彼らに向かって、

「両手に花!!」

 と叫んでみせた。

「どういうことでしょう?
 あのタテの名前でしょうか?」
「ボウズの考えてることは、わからないある」

 実況席は横島の言葉を理解できなかったが、美神にはピンときた。

「あのバカ・・・!!
 煩悩があいつの霊力を生んでるということは・・・」

 横島が何かよからぬ妄想をしているのだろうと見当がついたのだ。
 美神の想像は当たっていた。
 横島は、今、二人の女性を思い浮かべているのである。

(右手に美神さんのイメージ!!)
 エプロン姿の美神がフライパンを握っている。

「夕食の支度は
 交代でやろうって約束だったのにさ、
 結局いつも私がやるんだから・・・!」

 すねたような表情を横島に向ける。

「あ・・・あの、美神さん・・・」

 オドオドした横島の声に対し、

「『美神さん』・・・!?
 なーに今さら!
 結婚して2年にもなるってのに?」

 小さくプッと吹き出す美神。

「もしかして、怒ってるって思った?
 バカね。
 別に怒ってやしないわよ。
 今じゃあなたも一流のGSですもの、
 時間に遅れるくらいしかたないわ」

 そして横島のネクタイに手をかけ、

「これでも一応
 ちゃんと理解してあげてるんだぞ」

 自分の方へグイッと引き寄せる。

「姉さん女房もいいもんでしょ?」

 そう言って、唇と唇をあわせる・・・。
(左手におキヌちゃんのイメージ!!
 それも、なぜか幽霊じゃなくて人間バージョン!!)
「あ・な・た」

 おキヌの笑顔が、寝起きの横島の目に飛び込む。

「そろそろお食事とって出かけないと
 遅刻しちゃうわよ」

 朝食をのせたトレーを手にしたおキヌが、
 ベッドに腰をおろす。

「お・・・、
 おキヌちゃん・・・!」

 寝ぼけマナコをこする横島の声に対し、

「『おキヌちゃん』・・・!?
 もう、そんな昔の呼び方!!
 まだ夢の中なんですか?」

 小さくプッと吹き出すおキヌ。

「お仕事大変でしょうけど、
 あと少しで一戸建ての頭金が貯まるんだから、
 がんばって!」

 そう言って、おキヌが横島の頬にキスをする・・・。
 こんな二つの妄想を一度にしてしまうのだから、さすが横島である。
 そもそも、この技は、エミとの特訓中おキヌがやってきたことで閃いたのであった。その際は、エミとおキヌを妄想したのだが、やはり横島としては美神のほうがよかった。

『ね、凄いでしょう?
 これが特訓の成果なんですよ、美神さん!!』

 横島の思い描いている内容を知らないおキヌは、満面の笑みで美神に問いかける。

「・・・まあね」

 半ば呆れたような口調で、美神はおキヌに同意した。そして、

(横島クン、もうひと息よ!)

 心の中で声援を送る。
 一方、雪之丞は、苦痛に顔を歪めながらも、

(さすがあのヘビ女が見込んだ奴だ・・・!!)
「ゾクゾクする・・・!
 貴様のようなやり手を
 引き裂いてやれると思うとな・・・!!」

 バトルマニアの血をたぎらせて、悦びにふるえていた。
 だが、残念ながら、そろそろ魔装術も限界だった。

「ケッ・・・!
 まあいい、こういう事態も想定はしていた!!」

 雪之丞は自ら魔装術を解いた。
 そして、

「どうだ!!」

 右手を前に突き出し、横島と同じ霊気の盾を展開したのだ。

「げ!!」
 
 驚く横島だったが、

「三回戦で貴様がこれを出したのを見ていたからな。
 こっそり練習してみたのさ、俺も」

 雪之丞は平然と言ってのけた。さらに、

「試したことはないが・・・」

 と呟きながら、左手も前に突き出し、右手同様の盾を出してみせた。

「ぶっつけ本番だったが、案外うまくいくもんだな。
 貴様を倒すには、これしかなかろう・・・!!」

 魔装術が使えるくらいだ。雪之丞は、霊気を物質化するコントロールには長けているのだ。
 だが、これを見て横島は勘違いした。自分と同じように妄想しているのだと思ってしまったのだ。

「くそう・・・、
 貴様にもネーチャンが二人いるというのか!!
 女のいる奴は敵だ!!
 二人もいる奴は人類の敵だー!!」

 横島が絶叫する。
 自分も二人妄想しているというのに、しかもそれは妄想でしかないというのに、微妙に矛盾した発言をする横島。
 そして、怒りをぶつけるかのように、雪之丞に向かって突撃する。

『馬鹿者!!
 何をするつもりだ!?』

 バンダナの声も、横島の勢いを止めることはできない。

「ちっ!!」

 右手を突き出してきた横島に対して、雪之丞も右手で応じた。
 霊気の盾と盾とがぶつかり合う。
 両者のエネルギーがバチバチと火花を散らす。

(もらった!!)

 飛び散るエネルギーを隠れ蓑にして、横島の左手が、サイキック・ソーサーを展開させたまま、雪之丞を襲った。
 心の中で、横島が嘲笑する。

(バカめ!! 右半身がガラ空きだ!!)

 右手がぶつかり合っている以上、雪之丞の右側、つまり横島から見て左手側をガードするものは何もなかった。横島は、左手を大きく回りこませて、雪之丞の右側頭部に叩き付ける!!
 しかし、このとき、横島は失念していた。両者の右手を支点として、二人の体勢は全く点対称な位置関係にあったのだ。つまり、横島の右半身も、雪之丞から見たらガラ空き。雪之丞の左手にとって格好の標的だったのだ。

 (何ー!!)

 横島の左手が霊気の盾ごと雪之丞の右側頭部に叩きつけられた瞬間、雪之丞の左手の霊気も、横島の右側頭部に叩きつけられていた。

 ズゴォオォンッ!!

 壮絶な衝撃の音が会場に響き渡った。

「救護班!!
 救護班急げーっ!!」

 横島も雪之丞も、立ったまま気絶していたのだ。

「ああーっ!!
 審判が救護班を呼んでます・・・!!
 これは珍しい!! 両者KOです!!」

 四回戦、横島忠夫対伊達雪之丞。
 この試合は、引き分けという形で幕を閉じた。


___________


「はっ!!
 ・・・ここは!?」

 救護室のベッドで、横島は目を覚ました。

『頑張りましたね、横島さん』

 傍らには、慈愛の表情を浮かべたおキヌが浮かんでいた。

「あっ、おキヌちゃん。
 ・・・え?」

 横島がとまどうのも無理はない。
 おキヌが、ゆっくりと横島の胸に飛び込んできたのだ。
 ケガに触らぬよう、やさしく横島を抱きしめるおキヌ。その目には、涙の跡があった。

「・・・えっと、他のみんなは?」

 その部屋には、横島とおキヌしかいなかった。
 横島の問いかけに対しても、おキヌは何も答えない。
 黙って両腕を横島の背中に回していた。
 しばらくの静寂。

「・・・ありがとう」

 それを破る横島の言葉。
 同時に、おキヌは体を離した。
 だが、すぐに、その顔を横島に近づける。

「え?」

 困惑する横島には構わず、おキヌは、横島の頬にキスをした。
 計画的な行動ではなかった。
 今日の横島が輝いていたから。ただ、それだけだったのかもしれない。あるいは、以前に見た小竜姫がキスする姿、それも刺激になっていたのかもしれない。

『へへへ・・・。
 頑張ったごほうびです』

 自分のキスなんて、たいそうなものではないとおキヌにも分かっている。だが、照れ隠しから、そう言ってしまった。
 一方、

「あっ!!」

 おキヌのこの行動は、横島を大きく慌てさせた。
 おキヌが優しく横島の頬にキス。
 それは、まさに、試合中に妄想していた二つの光景の一つ、そのものだったのだから。
 二人とも顔を赤らめてしまい、再び、救護室は無音となる。

「・・・えっと、他のみんなは?」

 とってつけたように、横島が、さきほどの質問を繰り返した。
 今度は、おキヌも素直に答える。

『美神さんの試合を見に行ってます』
「え?」
『横島さんが寝てる間に、
 試合は決勝まで進んでるんです』

 横島は、かなり長い間、意識を失っていたのだ。
 もし雪之丞との戦いによるダメージだけならば、もっと早く回復していたであろう。しかし、横島の体には、エミとの特訓や、『神宮ラン』ことグーラーとの試合による疲労も蓄積していたのだ。

「あ・・・!!
 雪之丞、あいつは!?」
『引き分けでしたから、やっぱり救護室へ・・・』
「じゃあ、俺が・・・」

 横島は、ガバッと起き上がる。
 美神に言われていたことを思い出したのだ。
 横島のシャドウでメドーサの幻を作り、それを白龍会の奴らと対話させる。その会話の中で彼らの口から、証拠となる発言を引き出す。
 それが美神の計画だったはずだ。

『あ、大丈夫ですから。
 それも、もう終わりました』
「え?」

 おキヌが説明する。
 横島が意識を取り戻さなかったので、シャドウで幻を見せる代わりに、冥子の式神を使ったのだ。冥子には、変身能力をもつマコラという式神がいる。それを腹話術の人形のように使い、ドアの影からエミが喋ったのだった。

「そうか、美神さんに迷惑かけちゃったかな」

 計画変更を気にして、横島は呟いたのだが、

『むしろ、ずいぶん心配してましたよ。
 ふふふ・・・』

 おキヌは面白そうに笑った。
 横島が気絶している間、美神は、本気で取り乱していたのだ。周りで見守る誰にとっても、見たことがないような美神の姿であった。

「大丈夫〜〜。
 治療は終わったから。
 ただ疲れて眠ってるだけよ〜〜。
 それより〜〜、令子ちゃん、試合行かなきゃ〜〜」

 冥子に言われて、ようやく、美神自身の試合へ向かったくらいだった。
 そこまで詳しい事情をおキヌは説明しなかったが、おキヌの笑顔を見て、横島も安心した。

「まあ、エミさんと冥子ちゃんが
 上手くやってくれたんだったら、
 それでいいか」
『・・・ええ。
 バレちゃいましたけどね』

 雪之丞は、部屋に設置してあったビデオカメラに気づいたらしい。
 途中からはカメラ目線になっていた。だが、それでもペラペラと白状したのだ。
 白龍会の三人がメドーサの配下であることや、首尾よく資格をとったら必要に応じて妖怪たちに手心を加える計画だったことなど。

「え? どうして・・・!?」
『ピートさんとの試合の後で、
 仲間とケンカしちゃってたらしいですよ』
「そうか・・・」

 横島にとって、雪之丞は、自分が死闘を繰り広げた相手である。勝つためには手段を選ばぬ卑怯者であるよりも、悪には加担していても不正を好まぬ者であったというほうが、なんだか嬉しかった。

『あ、そうだ。
 横島さんに伝言がありました』

 おキヌは、ゴソゴソとメモをとりだし、横島に見せた。
 そこには、

『メドーサも一目おいてた横島と引き分けたんだ。
 俺にしちゃあ、上出来だ。
 だが、あんなものが実力じゃないだろ?
 おまえには幻を作る能力があるって聞いてたが、
 どうやら試合では使えなかったらしいな。
 今度はフルパワーでやろうぜ!!
 あばよ、横島。
 次は必ず叩きのめしてやるぜ!』

 と書かれていた。

「ええっと・・・、これって?」
『はい、言われたことを書き留めたものです』
「いや、そうじゃなくてさ。
 『次は必ず』ってどういうこと?
 あいつ、捕まってるんじゃないの?」

 当然の疑問であったが、

『いいえ、それだけ言い残して、
 逃げちゃいましたよ?』

 おキヌはあっけらかんと答えた。

(次は殺されちゃうかもしんない・・・)

 横島は、頭を抱えることしかできなかった。


___________


 その頃、試合場は大混乱に陥っていた。

「試合はそこまでだ!!
 鎌田選手、術を解きたまえ!
 君をGS規約の重大違反のカドで失格とする!!」

 証拠を手に入れたことで、GS協会のものが決勝戦を止めに入ったのだが、

『証拠・・・?
 それがどうしたっていうの?』

 勘九郎は、それを意に介さず、

『人間ごときが・・・、
 下等な虫ケラがこのあたしに
 さしずすんじゃないよ!』

 大暴れを始めたのだ。

「とりおさえろー!!」

 GS協会の関係者ならびに、その場の霊能者たちが大勢で飛びかかっても、

「わああっ!!」

 全く歯が立たない。

「もう遠慮は無用ね!
 このGS美神令子が・・・
 極楽に行かせてあげるわっ!!」

 美神は変装を脱ぎ捨て神通棍を構え、

「おたくにばっかりおいしいとこ
 もってかせないわよ、令子!!」

 エミはブーメランに霊力をこめ、

「ビカラちゃん〜〜!!
 あいつをおさえつけて〜〜!!」

 冥子は式神をけしかける。
 しかし、彼ら一流GS達の攻撃さえも、勘九郎ははねのけてしまった。

「ゲ!?
 な・・・なに!?
 こいつの霊力強すぎない!?」

 エミの焦りに対して、

「気をつけて!
 私たちとはまるで力の質が違うわ!
 普通のGSは妖怪や悪霊と
 戦うための力を使うけど・・・。
 こいつの力は霊力を使う人間に
 最も効果的に作用するわ!」

 美神が警告を発する。決勝戦から戦い続けた彼女なだけに、いち早く勘九郎の特徴にも気がついたのだ。
 しかし、美神としても、有効な手段はない。冥子の式神暴走を考えてはみたが、すでに冥子は最初の攻撃で気絶してしまっていた。

「ど・・・、どうなってるんですか!?」
『何ですか、あれは!?』

 横島とおキヌがその場に現れたのは、そんなタイミングだった。


___________


 二人の声を聞きつけて、美神とエミが振り返る。

「横島クン!! おキヌちゃん!!」
「ようやく気がついたワケ!?」

 詳しく説明している暇もなく、それぞれ、

「勘九郎が暴れてるの!!」
「あれが勘九郎の魔装術なワケ!!」

 と、一言で終わらせた。

「いっ!? あれが魔装術!?
 ほとんどバケモンじゃないですか!!」
『前の二人とはずいぶん違いますね。
 でも、どっかで見たような雰囲気・・・』
「ああ!! あれってシャドウじゃないっスか!?」

 横島の言葉に、美神は頷く。

「そうよ。
 陰念や雪之丞の術は不完全だったみたい。
 霊力を物質化してヨロイに変える魔装術ですもの、
 100%変換すればシャドウに似るのは当然ね」
「令子!!
 悠長に説明してる場合じゃないでしょう!!」
「そうだった!!
 横島クン!!
 小竜姫さまのところへ行って!! 
 あんたのシャドウがこっちの切り札なの!!」

 横島のシャドウで幻惑する。いよいよの場合は、麻酔能力で意識を失わせる。小竜姫すら眠らせた横島のシャドウである、勘九郎にも十分通用するだろう。小竜姫の目前であの麻酔能力を使いたくはないのだが、背に腹は代えられない。
 それが美神の最終プランだった。しかし、

『美神さん、あそこ!!』

 おキヌの指し示した場所を見て、

(しまった!! 遅かったわ!!)

 すでに自分の策も使えないと悟った。 
 おキヌが示したのは、二階の応援席の奥。
 そこでは、小竜姫とメドーサが、それぞれ神剣と刺又を手に向かい合っていた。その傍らで、グーラーが唐巣神父の首に手をかけている。

(先生が人質にとられてる!!
 これでは小竜姫は何もできないわ!!)

 小竜姫の様子に目が行き、少しの間勘九郎から意識をそらしてしまった美神であったが、

『美神さん、危ないっ!!』
「きゃーっ!!」

 おキヌに注意されて、慌てて跳び逃げた。
 勘九郎の攻撃が、美神たちのいたところへ炸裂したのだ。

『来たわね、横島忠夫・・・』

 勘九郎が、横島に視線を向ける。

「ひえーっ!!」
「あいつのねらいは、横島クンのようね」
「じゃあ横島から離れたら安全なワケ!?」

 怯える横島から、少し距離をとろうとする美神とエミ。
 だが、それを許す勘九郎ではなかった。

『あんた達も殺してあげるわ。
 死ねエエエーッ!!』

 美神に向かって、再び、勘九郎の刀が振り下ろされる。
 その時、

『美神どの!!』

 横島のバンダナが開眼し、エネルギーが発射された。
 勘九郎に向かったのかと思いきや、

『バカめ!!
 どこを狙ってるの!?』

 よけるまでもなく、勘九郎にはかすりもしなかった。
 それでも美神は、バンダナに礼を言う。

「でも助かったわ、サンキュー!!」

 勘九郎の攻撃を一瞬牽制するには十分だったからだ。

『それだけではないぞ』
「あっ!!
 もしかして、あれを狙ったワケ!?」

 意味深なバンダナの呟きに、エミが反応する。
 今のエネルギー波は、二階席奥の通路へ直撃していたのだ。
 その爆煙が晴れた後には・・・。
 グーラーの手から逃れた唐巣神父と、メドーサの首に神剣を突きつけた小竜姫の姿があった。

「形勢逆転ってやつね・・・!!
 勝手なマネもここまでよ、メドーサ!!」

 小竜姫の声は、美神たちのところにまで届いていた。
 その様子を見て、

『メドーサさま!!』

 勘九郎の動きも止まった。


___________


『バンダナさん、凄い・・・!!』

 おキヌが小さく呟く。

『うむ。
 おキヌどののおかげで、
 こやつのエネルギーも満タンだったからな』

 バンダナは冷静に答えたのだが、

『えっ・・・、あっ!?』
「おまえ、ずっと起きてたのか!?」
『さよう。
 ただ、口をはさむべき時かどうか、
 ちゃんとわきまえておるだけだ』

 おキヌと横島は、救護室での様子を思い出して、少し顔を赤らめてしまった。

『もう!!』

 おキヌなど、バンダナをポカリと叩いてしまい、

「痛っ!!
 おキヌちゃん、それ、俺の頭・・・」
『あああ!!
 ごめんなさい、横島さん・・・』

 謝りながら横島の頭を撫でている。

「おたくたち・・・。
 なにやったワケ!?」
「まあ、それは後でゆっくり
 聞かせてもらうとして・・・」

 美神は、こめかみをピクピクさせながらも、ジト目を二人に送った。そして、表情を真剣なものに戻してから、勘九郎へ向き直る。

「終わりよ、勘九郎!!
 メドーサの命が惜しければ、おとなしくなさい!!」


___________


「・・・私を人質にするつもりかい?
 エリートさんの小竜姫も、なかなかやるねえ」

 神剣を喉元に突きつけられながらも、余裕のある態度をとるメドーサ。

「いや、あれは美神さんが勝手に言ってるだけで・・・」
「まあ、美神くんだからなあ」

 小竜姫は苦笑し、唐巣神父も少し呆れている。
 ここでグーラーが提案した。

「オネエサン、そろそろ引きあげようよ」
「・・・たしかにここまでのようだね」

 賛同したメドーサは、

「勘九郎!! 引きあげるわよ!!」

 と試合場へ声を飛ばした。

『・・・わかりました』

 了解した勘九郎の手に魔力が集まる。

「みんなここから離れて!!
 早く!!」

 美神が叫ぶが、間に合わなかった。
 勘九郎が大きくジャンプすると同時に、試合場を囲むように大きな黒い板が出現した。

「か・・・!
 火角結界!!
 それもでかい・・・!!」
「閉じこめられた!?」

 慌てる美神たちに、上空から、魔装術を解いた勘九郎が声をかける。

「決着つけられなくて残念だわ!
 美神令子、あんたの名前も覚えたわよ。
 生きてそこを出ることができたら
 また会いましょう・・・!」

 しかし、それに相手している場合ではなかった。

「だーっ!!
 カウントダウンしはじめたーっ!!」

 横島が叫ぶ。

「あと30秒で爆発っスよーっ!!
 30秒でやれることをー!!」
「おのれは進歩とゆーものをせんのかあっ!!」
『横島さんったら・・・、もう!!』

 お約束で横島が美神に飛びかかっている間に、

「いかん!!
 あの結界は簡単には破れんぞっ・・・!!」

 唐巣神父も二階席からとんできた。

「全員で霊波をぶつけるんだ!!
 霊圧をかけてカウントダウンを遅らせる!!」

 唐巣の指示に皆が従う。
 美神、エミ、横島。そして、いつのまにか気絶から回復していた冥子、忘れられがちだが奮闘していたタイガー。さらにGS協会の霊能者たちや他の受験者たち。
 だが、あまり効果はない。人間の霊力では、とても足りないのだ。
 二階席の小竜姫にも、それは理解出来た。
 メドーサに、

「どーする、小竜姫?
 今日は引き分けにした方がいいんじゃなくて?」

 と言われて、剣をおさめる。

「今回はほんのお遊びだったけど、
 次は本気で来るわ。
 楽しみにしてることね・・・!!」

 捨て台詞を残し、メドーサが勘九郎とグーラーを連れて去っていく。
 憎々しげに見送った小竜姫は、急いで試合場へ飛び込み、火角結界に霊波をぶつけた。

「大丈夫!!
 私の霊波ならしばらく
 カウントダウンを止めていられるわ!!」

 すでにカウントは『一』となっていた。

「美神さん、右側の結界板の中央に
 神通棍でフルパワーの攻撃を・・・!!
 急いで!!」
「こ・・・、こう!?」

 小竜姫に言われるがまま、強力な一撃をぶつける美神。

「穴があいた・・・!?」
「そいつは結界の霊的構造の内部よ!!
 分解してるヒマはないけど活動を止める
 チャンスはあります!!」

 小竜姫は、右側の美神に指図を飛ばす。
 正面の結界板に霊波を放射しつつ、首だけを右へ向けているのだ。

「中に二本、管があるでしょう!?」
「あるわ!
 赤いのと黒いの!
 でも・・・」
「どちらかが解除用、どちらかが起爆用です。
 切断すれば事は終わるわ!
 選んで!!」

 必死の表情で説明する小竜姫だったが、答えた美神の口調は、どこかノンビリしていた。

「それって、まちがえると爆発するとゆー・・・。
 TVや映画でよくあるやつよね・・・?」
「そうです!
 調べる方法はありません!
 確率は二分の一よ!
 早く決めて!!」
「決めるも何も・・・。
 すでに黒いのは断線してるんだけど・・・!?」
「え・・・!?」

 美神の言葉の意味を理解し、小竜姫が、ギギギッと顔を正面に戻した。
 目の前では、結界板の表示が『停止』に変わっていた。

「どうやら、さっきの攻撃が内部にまで届いちゃってたみたい。
 ははは・・・」

 乾いた笑い声を立てる美神に対して、

「美神さんのパワーが
 私の想像以上だったようですね」
『でも、もし赤い方が切れていたら・・・』
「令子ちゃん〜〜、危ないわ〜〜」
「令子の悪運に助けられたってワケ!?」
「わっしもそう思いますケンノー」
「美神くんの悪運の強さは筋金入りだな」
「『地球が滅んでも自分だけ生き残る』
 って言ってるくらいっスから」

 冷や汗を流しながらも、呆れる一同であった。


(第十二話「遅れてきたヒーロー」に続く)

第十話 三回戦、そして特訓へ戻る
第十二話 遅れてきたヒーローへ進む



____
第十二話 遅れてきたヒーロー

「なんでなんスか
 なんでなんスか
 なんでなんスかーッ!?」

 横島の絶叫が、美神の事務所に響き渡った。

「死ぬ思いでやっと手に入れたGS資格なのにーっ!!
 『資格とってもまだGSにはなれない』って
 どーゆーことです!?」
「だーかーらー!
 あんたがプロのGSになるには私の許可が要るの!」

 泣きわめく横島に対して、美神が説明する。
 一人でGSとして活動するためには、もしものための保証人が必要なのだ。美神の事務所で働いている横島の場合は、当然、美神がその立場にあたる。

「あんたが一人前になったと私が思うまでは
 当分見習いスイーパーよ!
 今後は雇い主としてだけじゃなく、
 師匠としても私をあがめることね!」

 こうして、横島の見習いスイーパーとしての活動がスタートしたわけだが・・・。
 あるときは、

「横島クン!!
 バンダナからビビビって光線出して!! 早く!!」
「あのバンダナなら、試合の後で
 小竜姫さまに取り上げられちゃいました。
 今してるのは別のっスよ!!」
「なんであんな便利なもの返しちゃうの!!
 バカッ!!」

 と美神に叩かれ、またあるときは、

「横島クン!!
 試合で使ってたあのタテはっ・・・!?」
「ドシロートで落ちつきのない俺が、
 そうそう都合よく
 いつも使えるはずがないでしょう!!」
「威張って言えることか!!
 バカッ!!」

 と、やっぱり美神に叩かれる。

「なんか・・・資格取って
 ますます立場がさがったような・・・」

 そんな生活が半月ほど続いたところで、美神が横島に申し渡した。

「横島クン。
 あんた一人で妙神山へ行ってらっしゃい」
「ええっ!?」
「今のままじゃ、あまりにあんまりだからね。
 修業してきなさい。
 あんた例のバンダナのおかげで
 合格しちゃったようなもんでしょ?
 ちょっと小竜姫に責任取ってもらわなきゃ」

 口では散々なことを言う美神だったが、内心では、合格したのは横島の実力だと認めている。
 しかし、その実力を日頃の除霊仕事で発揮出来ていないのも事実である。美神は、このままでは情けないと思ったのだ。
 それに、横島がGS資格を取ったら妙神山で修業させようというのは、前々から考えていたことでもあった。

『横島さん、死んじゃいますよ・・・』

 美神の修業を思い出し、心配するおキヌであったが、

「大丈夫よ、おキヌちゃん。
 私と同じ修業を受けてこいなんて言わないわ」

 美神は優しい口調でおキヌを安心させた。そして、

「横島クン、あんたは・・・」

 横島に課題を与えた。
 それは、試合で使ったサイキック・ソーサー、あれを常時使用可能にすることだった。しかも、それを半分の霊力で作るようにと注文をつける。全霊力を集めるのは危険だと美神は心配したからだった。

「無理言うなー!!
 そんなこと出来るわけないっスよ!!」
「出来ないって思うな!!
 あんた、両手に同時に作ってみせたじゃない。
 あのとき、両手にあったのは、どっちも
 『半分の霊力のタテ』でしょ?
 もう、それを作ることには成功してるのよ」

 横島をその気にさせるように、美神はウインクしてみせる。
 そして、

「出来るまで、帰ってきちゃダメだからねー!!」

 と、横島を送り出したのであった。




    第十二話 遅れてきたヒーロー




『横島さん、どうしてるかな・・・』

 おキヌは、窓の外を眺めていた。雨が降り出しそうな空模様だ。
 今、事務所の中にいるのは、おキヌと美神だけだった。
 美神は、リラックスした姿勢で椅子に座っており、

「大丈夫よ。
 何かあったら、小竜姫さまが連絡くれるでしょ」

 おキヌに顔を向けずに、その独り言に応じた。
 もはや神様も友人であるかのような、そんな気楽な口調である。

『でも、いつ戻ってくることやら・・・』

 振り向いたおキヌは、不安そうな表情を見せていた。
 美神が与えた課題が終わらないんじゃないかと心配しているのだ。
 ここで、おキヌのほうを向いた美神は、

「あんまり遅くなるようなら、
 こっちから迎えにいくわよ。
 妙神山に永住されても困るからね。
 あれでも私の大事な丁稚なのよ?」

 おキヌを安心させるつもりで微笑んでみせた。だが、

『私の大事な・・・』

 おキヌは、美神の言葉の一部をリフレインしている。
 それを見て、

「ちょっと、そういう意味じゃないわよ。
 『うちの事務所の』って意味よ?」

 美神は、慌ててバタバタと手を振った。

「おキヌちゃん、
 若くて死んじゃったあんたには
 わかんないでしょーけど、
 大人の女から見れば、
 あいつは男の範疇に入ってないの!」

 そう言いながら、美神は、考えてしまう。

(前にも同じこと言ったっけ。
 横島クンのお父さまが帰国した時だったかな?
 あの時のおキヌちゃんは、
 冷やかすような笑顔を見せてたわ。
 でも今は、ちょっと違う・・・)

 そして、言葉を続けてしまうのだ。

「おキヌちゃんも、物好きねえ」 

 からかうような口調の美神だったが、

(なんで私こんなこと言ってるんだろ・・・?)

 内心では、自分の発言を不思議に思っていた。
 なんだか、ちょっと痛い。小さなトゲが心のどこかに刺さったような感じがしたのだが、言葉は止まらなかった。

「あいつのことが好きなんでしょ?
 つきあってるんでしょ?」
『え?』

 心の中のトゲが大きくなる。

「部屋で二人で過ごしてさあ。
 掃除してあげたり、
 ご飯作ってあげたり、
 下着の洗濯まで・・・。
 そういう関係をね、
 世間では『つきあってる』って言うのよ」
『違いますよ、美神さん。
 そういう雰囲気じゃないですから』
 
 心の中のトゲがドンドン大きくなる。

「一日デートしたのよねえ?
 楽しかった? その後は?」
『あっ、はい。
 楽しかったです。
 でも、あの一度だけです』
「GS試験のとき、キスしたんでしょ?
 救護室で二人っきりになったからって。
 あれっきり?
 それとも、横島クンの部屋でも?」
『あの時だけですよー。
 あの日の横島さんって、なんだか・・・。
 それに、キスっていっても、
 ほっぺたにチュッてしただけです』

 いつのまにか、おキヌは、うつむいてしまっている。
 そんなおキヌを見ていられなくて、美神は、

「ごめん、おキヌちゃん。
 ちょっと言い過ぎたわ・・・」

 と言いながら、窓の外へ視線をそらせた。
 いつのまにか、外では雨が降っていた。

『えっ?
 美神さん・・・』

 おキヌが美神に声をかけた時。

 ドガシャァアアァン!!

 事務所ビルの前に雷が落ちた。


___________


「いったいぜんたい・・・!!」

 美神とおキヌがビルから飛び出すと、そこには、一人の女性が立っていた。
 三歳くらいの女の子を腕に抱きかかえている。
 その女性を見た美神は、

「・・・!!
 マ・・・!?」

 驚きの表情を浮かべた。
 一方、おキヌは、腕の中の幼児を見て驚いていた。

『こっ・・・
 子供の頃の美神さん・・・!?』

 美神は以前にパイパーという悪魔によって子供にされてしまったことがあり、おキヌは、それを見ている。だから、目の前の女の子の正体がすぐに分かったのだ。

「この子を・・・。
 娘をしばらくお願いします・・・!!」

 女性は、子供を美神の手に押し付けた。

「お願い!
 この子を守るには
 今はこれしか方法がないの!」
「ちょ・・・ちょっと待って・・・!!
 わけを・・・!!」

 彼女が美神の質問に答える時間はなかった。

 ドグワァアァアッ!!

 雷が女性に直撃し、彼女の姿が消える。
 美神とおキヌは、茫然と立ちすくむしかなかった。
 美神がつぶやく。
 
「マ・・・、ママ・・・!!」
『えっ!?』

 突然現れて、そして消え去った女性。
 彼女は、美神の死んだはずの母親、美智恵であった。


___________


「時間移動だわ・・・!
 それしか考えられない・・・!!」
『時間移動・・・!?』
「ママは腕のいいゴーストスイーパーだったの。
 何か・・・危険な敵に狙われて・・・、
 子供の私を守るために未来へ来たのよ!」
『腕のいいスイーパー・・・だった・・・?』
「ええ、私が中学生のとき亡くなったわ」

 美神の言葉を聞いて、おキヌは、

『美神さん、えーと、
 あの、死ぬことはちっとも・・・。
 だから・・・あの・・・。
 ううう・・・』

 美神を慰めようとしたのだが、泣き出してしまい、逆に美神から言葉をかけられた。

「いいのよ、おキヌちゃん。
 ありがと」

 今この瞬間、二人の間に、さきほどのわだかまりは完全になくなっていた。
 
「ま、ともかく、
 ママにあんな能力があったとは私も初耳だわ。
 くわしい話を聞きたかったけど・・・」

 美神がそこまで話したとき、

「あえおあぁぇあぁんっ」

 幼児の泣き声が、部屋中に鳴り響いた。
 ソファに寝かされていた子供の美神、『れーこ』が目を覚ましたのある。
 
「ママ!?
 ママーッ!?
 ママ、どこなのーッ!?」


___________


 お菓子とオモチャと子供番組で、美神たちは、なんとかれーこを泣き止ますことができた。

『・・・だからほんのしばらくがまんしてね、
 いいコにしてたらママはすぐにお迎えに来るわ』

 おキヌが子供の相手をしている。
 美神は、すでに疲れ果ててしまい、何も出来ないのだ。

「れーこ・・・、
 ママが来ゆまで待ってゆ」
『えらいわ、れーこちゃんは強いのねえ』
「うん!
 れーこ、ママの子だもん!」

 純真な子供の笑顔を見て、美神が回復した。

「かわいいっ!!
 さすが私だわっ!!」

 れーこを抱きしめながら、美神は決意する。

「さーてと、
 ママが迎えに来るまでは
 この子の面倒みなくちゃね・・・!」
『いったいいつまで・・・?』
「さあ・・・?
 未来の私に預けられたことなんて、
 覚えてないからね・・・」

 おキヌは、

『仲良くしましょうね、れーこちゃん!』
 
 れーこに笑顔を向けたが、心の中では、横島のことを思い出していた。

(こんなとき、横島さんがいてくれたら・・・)

 横島は子供をあやすのが得意であると、おキヌは知っている。前に美神が子供にされてしまったときは、横島が上手に相手していたからだ。 

(そばにいて欲しいときに
 あなたはいない・・・。
 横島さん・・・)


___________


 翌日。
 美神は、東都大学の構内を歩いていた。
 美神の父親が、ここで教授をしているのだ。彼の研究室にコンタクトをとった美神は、彼が不在であることを知らされると同時に、美神に渡すものがあると言われたのだった。
 手渡されたものは、美智恵からのメッセージだった。

「十何年も前の約束だったろーに
 よく覚えてたわね・・・」

 美神は、芝生に腰をおろして、読み始めた。

『令子へ
 あなたがこの手紙を読むのは
 私がタイムスリップした翌日のはずです。
 あなたには隠していましたが
 私には時間を移動する特殊な能力があります』

 という書き出しで始まった手紙には、プライベートなメッセージの他にも重要な内容が書かれていた。
 美智恵は人面鳥ハーピーに襲われた。そして、大昔から魔族が時間移動能力者を狙っているということを知らされたのだ。そうした特殊能力を持った一族は皆殺しにするのだそうだ。

「なんですって・・・っ!?
 それじゃ、あの羽根は・・・!?」

 美神は、昨夜妖怪が事務所に襲撃しようと試みたことを知っていた。
 前にも説明したように、美神の事務所ビルには人工霊魂が取り憑いている。彼は常時事務所に結界を張り続けているのだが、そこへ侵入しようとしたものがいたのだ。結界に阻まれて帰っていったが、今朝、美神が外へでてみると、鳥の羽根が一枚落ちていた。
 あれはハーピーの羽根だったのだ。
 ちょうど美神が気がついたとき、空から、そのハーピーが襲撃してきた。

『死ね!!
 美神令子!!』

 昼間の太陽を背にしたハーピーの攻撃を、美神は避けることができない。
 強烈な羽根の弾丸(フェザー・ブレット)が、美神に直撃した。


___________


『フッ!
 あっさり仕留めたじゃん!
 母親の方はこのフェザー・ブレットを
 全部よけたもんだったがね!』

 勝ち誇りながら、ハーピーが降りてくる。

『ほーっほほ、ほほほっ!!
 だめな二代目でよかったわ!!
 関西弁で言うところの
 「あかんたれ」ってやつじゃん!
 「アホボン」とも言うじゃん!!』

 ハーピーは、かつての美智恵との戦いを回想した。
 美智恵を追いつめたハーピーだったが、フェザー・ブレットをかわされ、霊体ボウガンで反撃されてしまう。さらに、対悪魔用の退魔護符をくらってしまい、長い間、暗い冥府をさまようハメに陥ったのだった。

『ちょうど大人と子供、
 両方の美神令子がそろってたみたいで、
 どっちを殺そうか迷ったんだけどね、
 この方が17年前の恨みがスカッと晴らせたじゃん!』

 地面に降り立ったハーピーは、横たわる美神に、ゆっくりと近づいていく。
 その時。

「誰がダメな二代目だって!?」

 突然美神が起き上がり、

「よけられなきゃハネ返しゃいいだけよ!
 私がママより弱いなんて思わないことね!!」

 神通棍の一撃をハーピーに見舞った。
 美神は、服の下に強化セラミックのアーマーを着込んでいた。だから、フェザー・ブレットにも耐えることが出来たのだ。

『うわあっ!!』

 しかし、ハーピーも美神の攻撃を耐えきった。

『ちっ!』
「待ちなさいっ!!」

 飛んで逃げていくハーピーを見送りながら、

「奴のねらいが私だとしたら・・・。
 次に行くところはひとつ・・・!!」

 美神も、慌ててその場を後にした。


___________


 その頃、美神の事務所では、

「おねーちゃん遅いね」

 ぬり絵で遊んでいたれーこが、おキヌに話しかけていた。

『もうすぐ帰ってきますよ』

 当たり障りのない言葉を返したおキヌは、コツコツと窓を叩く音に気がついた。

『あれっ・・・?
 鳥だあ・・・!!』

 雀でも鳩でもない。都会では見かけぬ二羽の鳥が、窓のそばまで来てたのだ。

『かわいい・・・!
 れーこちゃんも来てごらん!』

 おキヌがれーこに声をかけたとき、鳥たちはバサバサと飛び立っていった。その行く先に目を向けると、事務所ビルの前に一人の女性が立っているのが見えた。
 ショートカットのスーツ姿の女性だ。

「私、令子さんに頼まれて
 子供をお預かりしに来ました。
 子供の世話は大変でしょう?
 プロの私にお任せくださいな」

 彼女は、二階の窓に顔を向けて、おキヌに語りかけた。

『え? 美神さんに・・・?』
「少し急いでますので、
 子供をここへ連れてきていただけます?」
『美神さんのいいつけですって・・・。
 下へ行きましょう』

 女性の言葉を疑いもせず、おキヌは、れーこを抱えて階下へ向かった。
 ビルから出た二人に、女性が声をかける。

「いらっしゃい・・・」

 彼女は、実は、美神に頼まれたベビーシッターなどではない。ハーピーの変装だった。
 ハーピーは、結界に入れないが故に、騙して子供を外へ出させようと考えていたのだ。
 ようやく目の前まで誘い出せたが、ハーピー自身が結界ギリギリまで近寄って立っていたために、まだ、おキヌとれーこは結界の中だった。

「さあ・・・!」

 しかし、あと一息というところで、

「やだ!」

 れーこが駄々をこね始めた。
 子供ながらに、嫌な予感がしたのだ。

「れーこ行かない!!」
『あっ、れーこちゃん・・・!!』

 おキヌの腕を振り払って、令子は走り出してしまった。
 計画とは違うが、ハーピーとしては、これでも十分だった。

『いい子だ!!
 結界の外へ出たね・・・!
 今殺してあげるじゃん!!』
 
 正体をあらわしたハーピーは、フェザー・ブレットを投げつけた!!

(れーこちゃん!!)

 おキヌも全く反応出来ない。
 一直線に、れーこへと向かうフェザー・ブレットだったが・・・。

 ギィィイン!!

 それは、霊気のタテに防がれていた。

『横島さん!!』

 嬉しそうにおキヌが叫ぶ。
 サイキック・ソーサーを展開させた横島が、そこに立っていたのだ。

「へへへ・・・。
 ギリギリで間に合いましたね。
 『遅れてきたヒーロー』ってとこかな?」

 二枚目然として、横島がつぶやいた。


___________


「あれ!?
 美神さん、また子供にされちゃったんですか!?」

 振り向いた横島は、れーこを見て不思議そうな顔をした。

『横島さん・・・!!』

 そんな横島に抱きつくおキヌ。
 そこへ、一台の車がやってきて停車した。美神の愛車、シェルビー・コブラである。
 運転席の美神は、

「れーこ!!」

 まず、れーこの無事を確認する。
 それから、横島とおキヌに気がついた。
 横島が片手にサイキック・ソーサーを出しているため、絵にはならないが、それでも二人は抱き合っている。

「横島・・・。
 この大変なときに、
 いきなり現れて何をやってるかーっ!!」

 美神は、横島を足蹴にする。

「ああっ、美神さん!!
 濡れ衣だーっ!!
 俺が助けたのに・・・!!」

 横島は、口ではそう言いながらも、久しぶりの感覚を少し楽しんでいた。

『見ちゃダメよ、れーこちゃん』

 おキヌは、れーこを抱きかかえるだけで、横島を助けようとはしない。
 美神は本気で怒っているわけではない。れーこが無事で安心したからこそ、いつものような行動に出たのだ。おキヌはそう思っていた。
 しかし、この場にいたのは三人だけではない。

『あたいを無視するなーっ!!』

 ハーピーが、再びフェザー・ブレットを投げつけた。
 今度は簡単には防がれないよう、いくつも同時に、複数の方向へ打ち出している。

「くっ!!」
 
 美神のところへ向かった弾は、すべて横島のサイキック・ソーサーが抑えたが、

「きゃあっ!!」

 れーこを抱きかかえていたおキヌには、なんの盾もない。なんとか直撃はさけたものの、おキヌは、足をもつれさせて倒れてしまった。
 その拍子に、れーこが放り出される。
 美神が、れーこへ向かって駆け出した。
 それと同時に、

『これで終わりじゃん!!』

 ハーピーの攻撃が、また、れーこを襲う。

「伏せてっ!! れーこ!!」

 美神が飛び込む。

 ズガァアン!!

 ギリギリで間に合った。
 ハーピーのフェザー・ブレットは、すべて美神のボディ・アーマーに弾かれていた。

『チイッ!!』

 悔しげな表情を見せるハーピーだが、それどころではなかった。
 美神がれーこへと向かう間に、横島がハーピーの目の前にまで迫っていたのだ。

「おーじょーせいやあっ!!
 ハンズ・オブ・グローリー!!」

 突然、横島の手から、霊気の刀が伸びた。

『何っ!!』

 ハーピーの腹部に直撃する。
 深い傷ではなかったが、ハーピーは、このままやりあうのは危険だと感じた。

『あたいは諦めないからね!!
 また来るじゃん!!』

 捨てゼリフを残して、ハーピーが空へ逃げていく。
 それを見上げる美神は、立ち上がることが出来なかった。

「さ・・・さすがに何発もくらうと・・・
 アバラを痛めたみたい・・・!!」

 一発ならば問題はない。二発くらいでも、痛みはすれども、まだ大丈夫だっただろう。しかし、もともと一撃受けていた上に、今、れーこを庇って幾つもくらってしまったのだ。美神のダメージは、決して軽いものではなかった。
 そして、ここで、さらに問題が発生する。

「うわーん!! 
 ママーッ!!」

 すっかり怯えてしまったれーこが、また走り出してしまったのだ。

『あっ、待って!!』
 
 おキヌが声をかけたが、れーこは止まらない。細い路地に逃げ込んでしまう。
 
「まずいわ・・・!!
 ハーピーに見つかったら・・・」
『私、あの妖怪ほど速くはないけど・・・。
 飛んで追いかけてみます!』
「無線持って!
 れーこを見つけたらすぐに知らせるのよ!」
『はいっ!』

 おキヌが飛び去ったところで、横島が美神に尋ねた。

「あの・・・。
 美神さん、子供になったり、二人になったり・・・。
 そろそろ事情、説明してもらえますか?」


___________


「・・・というわけなのよ」

 痛みをこらえながら、なんとかコブラを運転する美神。
 今、彼女は、助手席の横島に、これまでの経緯を語り終わったところだった。

「それって無茶苦茶まずいんじゃないっスか?」
「ええ。
 あいつが私たちより先に『れーこ』を
 見つけちゃったら私は終わりね・・・」
「そうなったら・・・。
 このちちもッ!!
 この尻もフトモモもッ!!
 この時代に存在しなくなってしまう・・・!!」
「そういう問題じゃないでしょ!?
 バカたれッ・・・!!」

 鉄拳制裁をくだす美神だったが、いつもの勢いはない。
 運転中だからという理由だけではない。それだけ美神が受けたダメージが大きいのだ。
 今もズキズキとアバラの痛みが続いている。美神は、気を紛らわせるために話を続けた。

「ところで横島クン・・・。
 戻ってきたってことは、修業うまくいったのね!?
 それに、さっきの霊波刀・・・」
「はい、いつでも出せますよ。
 見てください、ホラ!!」

 満面の笑顔で、横島は、左手に霊気の盾を、右手に霊波刀を出してみせた。

「カッコいいっスよね!?
 剣と盾を装備して、いかにも冒険の主人公って感じ。
 貧弱な坊やでしかなかった俺が、
 ついにヒーローへの道を歩み出したんです。
 まさにこれは栄光をつかむ手ーッ!!
 『栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)』ッ!!」

 一人盛り上がる横島に、美神がジト目を向ける。

「仰々しいネーミングだけど、
 よーするに、ただの霊波刀でしょ?
 そんなもん出せる霊能力者、結構いるわよ。
 私には無理だけど」
「『私には無理だけど』・・・!?
 おお、ついに俺が美神さんを超えたんだーっ!!
 これで美神さんも俺を・・・」

 美神に飛びかかろうとした横島を、

「超えてない!!」

 美神の右ストレートが黙らせる。
 ちょうどそのとき、雨が降り出した。

「ほら、あんたが馬鹿なこと言うから、
 神さまが怒っちゃったじゃないの」

 そんな美神の言葉と同時に、無線機のインカムにおキヌの声が飛び込んできた。

『美神さんっ!!
 早く来てーっ!!』


___________


 おキヌは、ハーピーに飛びついていた。
 
『て・・・てめェ・・・!!』
 
 ハーピーは、れーこを見つけてフェザー・ブレットを投げつけたところだった。だが、おキヌに抱きつかれて、狙いが逸れてしまったのだ。
 
『れーこちゃん逃げてーっ!!』

 おキヌに言われるまでもなく、地上のれーこは駆け出している。

『ちイッ!!』

 ハーピーはおキヌを蹴り飛ばし、れーこを追う。
 れーこは、近くのショッピング・モールに逃げ込んでいた。

『やっかいなとこへ逃げこんだな・・・!!』

 モールのビルの中には、子供が隠れる場所はいくらでもあった。

『ここでかくれんぼしようってかい?
 フン、甘いね・・・!!
 出て来い!!
 さもないと無関係な人間をひとりずつ狙撃してくよ!!』

 ハーピーが叫ぶ。
 それは、れーこの耳にも届いていた。
 もし、れーこが大人の美神令子だったら、

「関係ない人間がどーなろーと
 私が知ったこっちゃないわよ!」

 とか、

「他人の命より自分の命が優先よ!
 出ていく必要ないわ!!」
 
 と言っていたかもしれない。
 しかし、彼女はまだ純真な子供である。どうしていいか、わからなかった。
 れーこが困惑している間に、

「れーこちゃん!!」

 横島とおキヌが、入り口から飛び込んできた。
 れーこにとって、おキヌは昨日から遊んでくれたお姉さんであり、横島は、さきほど助けてくれたお兄さんである。

「あっ!!」

 小さく叫んで、隠れ場所から一歩踏み出してしまう。
 その姿を、ハーピーが見つけた。

『そこか・・・!!』

 ハーピーは、れーこへ向けて、フェザー・ブレットを三発同時に投げ放った。
 横島もおキヌも間に合わない。美神に至ってはモールに入ってきてすらいない。傷のために、コブラからおりることも出来ないのだ。
 
 ズバン!!
 
 しかし、フェザー・ブレットは、三発とも叩き落とされた。横合いから飛んできた破魔札に迎撃されたのである。
 それを投げつけたのは、

「ママ!!」

 れーこのママ、いつのまにか来ていた美神美智恵であった。
 横島の言葉ではないが、まさに『遅れてきたヒーロー』というタイミングである。

『貴様・・・!!』
「娘に手出しはさせません!!」
 
 退魔護符を構える美智恵に対し、

『遅い!!
 退魔札を使うより早く
 あたいのフェザー・ブレットで・・・!!』
 
 ハーピーは勝利を確信する。しかし、

「そうはさせるかーっ!!」

 横島のサイキック・ソーサーが投げつけられた。直撃をくらったハーピーは、地面に叩き付けられてしまう。
 追い打ちをかけるように、
 
「退け!! 妖怪!!
 今度こそ二度と戻って来るなっ!!」

 美智恵の退魔護符がハーピーを襲う。

『ギャアアアアッ!!』

 しかも、それで終わりではなかった。
 
「とどめだーっ!!」

 駆け寄ってきた横島が、ハンズ・オブ・グローリーを振り下ろす。

『くそ・・・!!
 これですんだと・・・』

 何か言いかけたハーピーだったが、言い終わる前に、一刀両断されてしまった。


___________


 戦いを終わらせた横島たちがモールから出ると、すでに雨はやんでいた。
 雷が通り過ぎてしまえば、次に落雷があるまで美智恵は帰ることができない。少しの間、美智恵は娘のところに滞在することになるのだ。
 美神たちとともに、事務所へ向かう。
 美神は、痛み自体は激しいが、肋骨がやられているだけだ。夜分に病院へ行くほどではなかった。
 事務所で応急処置を終わらせた美神は、横島から、修業に関してさらに詳しい話を聞いたのだが・・・。

「何ですって!!
 シャドウがパワーダウンした!?」

 話を聞いて椅子から飛び上がってしまった。

「霊能力が上がったら、
 シャドウの姿が少し変化したんです。
 なんと喋るようになったんですが、
 『コワイ・・・。タタカイ、キライ』とか言い出して」

 新しいシャドウは、横島の言うこともきかないらしい。

「それでも無理矢理使わせてみたんスよ!?
 でも、幻惑能力も麻酔能力も弱くなってるんです」

 一度に一つしか幻を作れない。それもすぐに消えてしまったり、見るからに幻とわかるぼんやりしたモノだったり。
 麻酔も、眠らせるというより少し痺れさせるくらい。
 その程度になってしまったのだった。
 横島は知らなかったのだが、かつてのシャドウの能力は、横島の霊基構造に僅かに含まれる不純物に由来するものだった。以前の横島は、本人の霊能力自体が少なかったからこそ、シャドウ化した際にその不純物の影響が強く出ていたのだ。だが、本来の霊能力が上がるにしたがい、その割合も薄くなってしまったのである。

「このバカ!!
 霊波刀なんてありきたりなもの手に入れて、
 せっかくの便利な能力、失うなんて!」
 
 美神が横島を蹴り倒す。
 だが、ふと、途中で足をとめて、

「ん? 今なんて言った?
 まさか、小竜姫の前で
 『麻酔能力』使っちゃったの?」

 と尋ねた。
 以前の美神の修業において、小竜姫は、横島のシャドウの麻酔能力によって倒された。だが美神がやっつけたことにして、パワーアップを勝ち取っているのだ(第六話「ホタルの力」参照)。
 そんなズルがバレたら大変なので、美神は、『麻酔能力』を使わないようにとクギをさしていたのだった。

「すんません・・・」
「バカバカ!!」

 横島はボロボロにされた。

『心配しないでくださいね。
 これ、いつものことですから』

 おキヌが平然と解説する横で、美智恵は唖然として我が娘の様子を観察する。
 そして、理解した。
 美神は、喜々として横島をシバいている。では、いったい何が嬉しいのか。

(素直じゃないのね・・・)

 美智恵は、心の中で苦笑する。
 一方、美神自身も気がついていた。
 こうしていると、心の中で、欠けていたものが満たされていくのだ。

(そうか・・・。
 私もおキヌちゃんと同じだったのね。
 寂しかったんだわ、このバカがいなくなって)

 少しだけ自分に正直になった美神は、

(横島クンのことで
 おキヌちゃんをいじめちゃったのも、
 半分、八つ当たりみたいなものね・・・。
 もう一回、ちゃんと
 おキヌちゃんに謝らなきゃ・・・!!)

 と思うのであった。


(第十三話「とらわれのおひめさま」に続く)

第十一話 美神令子の悪運へ戻る
第十三話 とらわれのおひめさまへ進む



____
第十三話 とらわれのおひめさま

「何かしら・・・?」
「何かの部品のようだが・・・」

 美神と唐巣神父がつぶやく。
 彼らの前には、鉄製の針のようなものが置かれていた。中央部はふくらんでおり大きな穴があいている。片方の先端は尖っており、反対側には装飾があった。
 ここは、唐巣神父の教会。いつもは唐巣とピートしかいないここに、今、美神たち三人が呼び出されていた。
 昨夜、ここが何者かに襲撃されたからだ。
 襲撃者は、不気味な仮面をつけた女だった。何かを探していたらしい。そこへ唐巣とピートが帰宅したのだが、賊は、霧となったピートにまでダメージを与えるほどの強者だった。
 賊は何者なのか。何を探していたのか。
 その手がかりを探す上で、唐巣は、美神たちにも助けてもらうことにしたのだ。そこへ、ちょうど、

「ごめんくださーい。
 となりの者ですけど、
 昨日お留守のあいだに届いた荷物をあずかってまして・・・」

 と渡されたのが、この鉄針だった。

「あて名は僕になってる・・・!?
 誰からだろう・・・?」

 ピートがつぶやいたとき、

「俺さ!」

 と言いながら、一人の男が入ってきた。
 帽子を深めにかぶったトレンチコートの男。

「おっ・・・おまえは・・・!!!」

 それは、この場の誰もが知る人物だった。

「伊達雪之丞!!」




    第十三話 とらわれのおひめさま




「ちょいとワケありでな、
 おまえなら、奴らにそいつを
 渡すようなヘマはしないと踏んだのさ」

 雪之丞はそう言ったのだが、

「問題は俺が・・・、
 ヘマだって事・・・だ・・・!」

 突然、その場に倒れてしまった。
 そして、その後ろから複数の人影が姿をあらわす。

「昨夜のヤツ・・・!!」
「しかも・・・今日は団体さんでおこしだよ」

 ピートと唐巣が言うとおり、それは、不気味な仮面をつけた女の集団だった。
 さらに、その集団の背後から、

「・・・やっぱりブツはここだったのね?
 手間どらせてくれるんだから!」
「つまんないことにまきこんで、悪かったね。
 これはあたしたちの問題なのさ」

 聞き覚えのある声が二つ、飛んできた。
 
「かっ・・・、鎌田勘九郎!!」
「グーラー!!」

 唐巣たち一同が身構える中、勘九郎が平然と話を続けた。背広とコートを着こなし、ビジネスマンのような姿だが、相変わらずのオカマ口調である。

「ブツをちょうだいな!
 あんたたちには用のないシロモノよ!」

 横では、グーラーがウンウンとうなづいている。
 しかし、唐巣は、

「・・・事情はわからんが、
 メドーサの手下の言うことはきけないね。
 我々を頼って来た以上、雪之丞くんは友人だ!
 おひきとり願おう!」

 鋭い目付きで、拒絶した。

「すると、おじさんと吸血鬼のボーヤは、
 私の敵にまわるのね?
 美神令子さんはどうする?
 そいつをかばっても、一文にもならないわよ」

 勘九郎が、美神に問いかけた。
 メドーサたちは、美神ではなく横島を危険視しているのだが、勘九郎は少し違う。GS資格試験の決勝戦にて美神の実力を認識し、その名をシッカリ覚えていた。さらに時間の許す範囲で、美神の噂についても調べあげ、弱点がお金であることまで把握していたのだ。
 一方、グーラーも、

「ボウヤはどうするの?
 また、あたしと遊びたい?」

 横島に参戦するかどうか尋ねていた。

「神宮ラン・・・、いや、グーラー・・・。
 おまえ、やっぱり・・・」

 横島の言葉は、直接の返答にはなっていなかった。
 GS試験の『神宮ラン』という女性が、実はメドーサの配下のグーラーであったこと。それ自体は、横島も聞かされていた。しかし、自分が対戦した感触として、グーラーのことを悪い奴だとは思えなかったのだ。

(最後には、勝ちを譲ってくれたし・・・。
 それに、戦い自体も、気持ちよかったな。
 やわらかい・・・)

 横島は、つい、グーラーとの試合に思いを馳せてしまった。直接手を触れたグーラーの体。横島に密着してきたグーラーの体。その感触を思い出してしまったのだ。
 これが、思わぬ影響を及ぼした。横島の霊力は、煩悩エネルギーをもとにしている。女体の感触を考えてしまったが故に、横島の手に、霊力が集まり始めたのだ。

「フーン、そうかい」
「・・・いっ!?
 あ、これは・・・」

 グーラーが、それを参加の意志とみなした。慌てて否定しようとした横島だが、もう遅い。

「横島クンまでそのつもりなら・・・。
 しょーがないわねっ!!」

 勘九郎の言葉に半ば納得していた美神も、唐巣に加勢することを決意した。

「あーら、そう・・・!
 でも誰にも私たちの目的を
 ジャマさせるわけにはいかないわよ・・・!!
 行け!!」

 勘九郎の合図とともに、仮面の女たちが襲いかかった。


___________


「草よ木よ花よ虫よ、我が友たる精霊たちよ!!
 邪をくだく力をわけ与えたまえ・・・!!
 アーメン!!」

 唐巣の攻撃が、仮面の女たちを迎え撃った。
 直撃にもひるまない彼女たちだったが、唐巣の一撃は、女の仮面を吹き飛ばすには十分だった。
 仮面の下からあらわれた顔を見て、

「こいつらゾンビか!!」
「こりゃあやっかいだぞ・・・!!」

 ピートと唐巣が、女たちの正体を悟った。
 神通棍を振るっていた美神も、

「先生!!」

 一瞬、そちらへ目を向けた。
 横島は、美神と背中を合わせるようにして戦っていたが、

「チクショー!!
 期待させやがって・・・!!」

 と嘆いている。
 その様子を見て、

「クスクス・・・。
 やっぱりボウヤの弱点は女なのね」

 と笑っているのはグーラーだ。そもそも、ゾンビ兵が女性型なのは、グーラーの報告に基づいているのだ。GS試験においてグーラーは、メドーサに命じられて、横島の様子を詳しく観察していたのだった。
 一方、勘九郎も、グーラー同様この乱戦には手を出していない。彼は、頃合いを見計らって、

「このあいだのケリをつけてもいいんだけど、
 今はちょっと急いでるのよね」

 将棋のコマのようなものをいくつか投げつける。その表面には『土』という文字が書かれていた。それは、唐巣や美神たちを囲むように着弾する。

「しまった・・・!!」
「足下が固められて・・・!!」

 美神たちを束縛するかのように、それぞれの立っている場所から、土の板がせり上がってきた。

「メドーサさまにいただいた結界兵器、土角結界よ!
 じゃあね・・・!」

 勘九郎の手元にも、土の柱があらわれた。勘九郎は、スイッチを押すかのように、その上に手を置く。
 
「ブツは手に入れたよ」

 いつのまにか、鉄針はグーラーの手に渡っていた。

「引きあげよ!」

 勘九郎の合図とともに、女ゾンビが退却していく。
 グーラーも、

「バーイ、ボウヤ!!
 全部終わったら、そこから解放してあげるわ!!」

 そう言い残して、勘九郎に続いて去っていった。
 残された美神たちは、全く身動き出来なかった。

「どんどん固められていく・・・!!
 早く脱出しないと全員置物にされちゃう!!」

 すでに土角結界は、腰のあたりまで覆っていた。

「美神くん、精霊石を私に!!
 早く!!」

 唐巣が、かろうじて自由になる手を伸ばしながら叫ぶ。
 美神は、アクセサリーとして身につけていた精霊石を外し、唐巣に投げ渡そうとしたのだが、

「どうする気・・・」

 と言いかけて、その手を止めてしまう。
 美神の頭の中に、まるで一度経験したかのように、ハッキリとした光景が浮かんできたのだ。
 それは、皆を解放するために、一人、土角結界に塗り込められた唐巣の姿。

(先生は、自分を犠牲にするつもりなんだわ・・・!!)

 その思いが、一瞬美神を躊躇させてしまったのだ。

「美神くん!!」

 唐巣の声に、ハッと我に返る美神だったが、もう遅い。すでに美神の肘まで土角結界に埋もれてしまっていた。精霊石を握り込んだ手は、まだ土の外にある。しかし、これでは、上手く唐巣へ投げることは出来ない。

(私のミスだわ・・・!!)

 後悔している暇はなかった。

(自分のミスは、自分で取り返す!!)

 決然とした表情で、美神は唱える。

「精霊石よ!! 私に力を貸せ!!」

 美神の手の中で、精霊石が強く輝いた。

「・・・あとを頼んだわ、先生!」

 美神がささやく。
 同時に、美神以外の土角結界が、消え始めた。

「すぐにここから離れるんだ!!」

 唐巣の叫び声とともに、全員が飛び退いた。

 キンッ!!

 その場が大きく輝く。

 シュウウウウウッ。

 光が消えた跡には、土像と化した美神がたたずんでいた。

「・・・どうなったんですか!?」
「精霊石のエネルギーで攻撃を
 全部自分に集中させたんだ!
 私がやるつもりだったのに・・・」

 ピートの疑問に、唐巣が答える。

『美神さんが・・・!!』
「あのひとが、自分を犠牲にするなんて・・・」

 おキヌと横島は、唖然としていた。
 そんな中、

「あ・・・あわてるな・・・。
 元に・・・戻す方法はある・・・」

 雪之丞が意識を取り戻した。

「どうやるんだ!?
 早く言え!!」
『横島さん、
 この人ケガしてるみたいだから・・・!』
「あのチチが尻がフトモモが
 元に戻らない時は
 貴様を殺してやる!!」

 横島は雪之丞の胸ぐらをつかみ、おキヌの制止も聞かない。
 そんな横島に対する雪之丞の答えは、一言だけだった。

「は・・・腹へった・・・!」

 何日も何も食べていない雪之丞は、ケガをしていたわけではなく、空腹で倒れていたのであった。


___________


 香港。
 その空港に、今、日本のGSたちが降り立った。
 横島、おキヌ、唐巣神父、ピート、雪之丞。さらに、六道冥子、小笠原エミ、タイガー、ドクター・カオス、マリアまでいる。
 メドーサたちが香港にいることを雪之丞から聞かされた唐巣は、知己のGSたちを招集し、ここへやってきたのだ。冷静な唐巣は、メドーサたちを相手にするには十分な戦力が必要だと判断したからだ。
 だが、実は、もう一つ理由があった。美神が土角結界に固められた以上、あの場に残されたメンバーでは、誰も香港へ行く旅費が出せなかったのだ。
 
(これは美神くんを救出するミッションでもあるのだから、
 後で必要経費くらいは出してくれるよな?)

 と唐巣が考えていることは内緒だが、皆、薄々感づいている。

「雪之丞!
 これからどーするワケ!?」
「とりあえずどっかに宿をとって、
 作戦会議といこう!」
「本当に美神くんは元に戻るんだろうね!?」
「土角結界は作動すると解除は不可能だが、
 仕かけた奴をおさえりゃ別だ。
 生きてよーが死んでよーがかまわんから、
 勘九郎の手をもう一度あそこに置けばいいのさ。
 そーすりゃ息を吹きかえす」
「あら〜〜雪之丞クンって〜〜、
 勘九郎さんとは〜〜仲間だったんじゃないの〜〜?」
「メドーサは裏切り者をいつまでも
 生かしとくほど甘くはないんでな。
 こっちも遊びじゃないんだ」

 エミ、唐巣、冥子の言葉にきちんと答える雪之丞だったが、彼は空港のロビーだというのにラーメンを立ち食いしている。
 しかも、この後、土地勘のある雪之丞が『作戦会議』と称して一同を連れて行ったところも、中華飯店だった。

「ガツガツガツガツいつまで食ってるワケ、
 おたくたちっ!!」
「話が〜〜進まないわね〜〜」

 女性陣の叱責も、男どもには通用しない。
 雪之丞は黙々と食べ続けているし、

「おかわり四つくれーっ!!」
「二つで十分ですよ、横島さん・・・。
 あ、先生、今のうちにシッカリ食べてくださいね」
「すまないね、ピート君」
「タンパク質ー!!」
「こらうまいっ、こらうまいっ!!」

 横島もピートも唐巣もタイガーもドクター・カオスも、この調子である。
 ここの食事代もどうせ必要経費で落ちるということで食べまくっていたのだ。彼らが満腹になった頃、ようやく雪之丞が説明を始めた。
 
「メドーサの配下を辞めた俺は、
 香港にズラかることに決めた。
 こっちにゃモグリのGSも多くてな、
 俺にとっちゃ色々と好都合だったんだ」

 しかし、妙な事件が起きた。香港の有力な風水師が次々と行方不明になったのだ。
 風水とは、大地の気の流れを利用する技術である。西洋の環境生理学と中国の地理地相学を融合したもので、香港が一番さかんだ。企業が業績を上げるために、ビルのデザインにも取り入れているほどだ。

「・・・で、俺はある人物に
 行方不明事件の調査を依頼された。
 ヤバイ事件なのはわかってたが
 断れない事情もあってな」

 そして雪之丞は、勘九郎たちがあの『針』を作っている現場に行き当たったのだった。
 彼らは、風水師の生き血を鉄針に吸わせていたのだ。それも大量に必要とするために、次々と誘拐していたのである。

「フイをうって『針』を奪ったまではよかったが、
 こっちも油断してあとは知っての通りだ。
 ま、そんなわけで、
 早いとこもう一度奪い返したい!」

 雪之丞が一通りの説明を終わらせたところで、唐巣がゆっくりと顔を上げた。

「雪之丞くん・・・。
 まさか、あの鉄針の正体は・・・」

 唐巣の知識の中に、思い当たるものがあったのだ。

「さすが察しがいいな!
 あれは『原始風水盤』のためのものだ」

 雪之丞が唐巣に頷いてみせた。

「原始風水盤!?
 奴ら、あれを使うつもりなワケ・・・!?」

 エミも、その名前には聞き覚えがあった。
 
「風水盤って〜〜風水師さんが使う磁石よね〜〜?
 原始風水盤っていうのは何〜〜?」
「普通のとは違って、こいつは地脈の流れを
 思い通りに変えることができるワケ!
 大地の『気』の流れを自由に
 動かせるってことはつまり・・・」

 冥子の質問に、エミが説明する。
 原始風水盤を使えば、地上のバランスを意のままに出来るのだ。地震はもちろん、世界中を霊的混乱に陥れることが可能だ。いや、神と人間を駆逐して魔族の世界を作ることさえ無理ではないだろう。

「もしかして〜〜、
 令子ちゃんが針を手にしたら〜〜
 世界中のお金を支配することも出来るのかしら〜〜?」

 冥子の言葉に、一瞬、美神が来てなくてよかったと思ってしまう唐巣たちであった。


___________


「メドーサの居所は・・・?」
「もうわかってる!
 あれだけ強力な霊的要素がそろってんだ、
 すぐわかったぜ!
 ここさ・・・!」

 マイクロバスをレンタルした一同は、雪之丞の案内で、香港島と九龍をつなぐ海底トンネルの中に来ていた。
 壁の裂け目を前にして、

「見な、霊気がもれてる!
 香港島の地下にアジトがあるらしいんだが、
 地盤の中にいくつかキレツが走ってるのさ!」

 と説明する雪之丞。
 それを見て、

「そうか・・・!!
 僕なら身体を霧にして侵入出来る・・・!!」

 と、ピートが気付いた。

「ひとりで行くワケ!?」
「・・・もうひとりだけなら
 僕の能力で一緒に連れて行けますが・・・」

 エミの問いかけに答えて、ピートは面々を見渡す。
 エミがピートの肩に手をかけ、

「ピート・・・。
 もちろん私を・・・」

 と言いかけたが、ピートの視線は、エミには向けられていなかった。

「私が行こう」
「はい、先生!!」

 師弟コンビの間に、熱い空気が流れる。

「決まりじゃな」

 と、ドクター・カオスがつぶやいた時。

「冥子ちゃん・・・。
 確かテレポートできる式神があったよね?」

 横島が、冥子に尋ねた。
 冥子の式神の一つに、メキラがある。短距離ならば瞬間移動出来るし、誰かを乗せていくことも可能だ。

「え〜〜、でも〜〜、
 行ったことない場所は無理だと思うわ〜〜」
「一度行けば大丈夫なワケ!?」
「たぶん〜〜」

 これで計画変更となった。
 ピートは、冥子とともに霧化して、壁の中へと消えていった。
 それを見送った後で、

「・・・冥子ちゃんって、
 透視とか遠視とかできる式神も持ってたような・・・」
「あ・・・!!」

 横島がクビラのことを思い出した。それが有効なのかどうか定かではないが、どちらにせよ、すでに遅かった。


___________


『身体が霧になるって〜〜変な感じ〜〜』
『もう少しで通り抜けますから
 心をおちつけてください・・・!』
『冥子、こわい〜〜。
 うっ、うっ〜〜』
『ちょっと冥子さん!!
 こんなところで暴走しないでくださいよ!!』

 慌てるピートだったが、それほど長い時間を必要とはしなかった。

『ようし、外へ出・・・』

 しかし、壁を通り抜けて洞窟らしき場所にたどり着いた瞬間、

「たっ!?」

 何かに捕まったような感触とともに、強制的に実体化させられてしまった。

「・・・来ると思ってたわ。
 結界に気づかなかったの?」

 勘九郎が、その場に立っていた。

「ちょっとメンツが予想と違うね?」

 勘九郎の後ろから、グーラーも姿をあらわす。

「まあいいわ!」

 言うとともに、勘九郎は魔装術を展開させた。

『かかってらっしゃい!』
「先へは行かせないし、逃げることも許さないよ!」

 勘九郎とグーラーの言葉に、ピートも熱血する。

「二対二か、ちょうどいい!!
 勘九郎!
 美神さんのために殺してでも
 貴様を連れて行く!」
「令子ちゃんを〜〜救うのよ〜〜。
 みんな〜〜、お願い〜〜!!」

 珍しく冥子も怖がることなく、やる気満々だ。十二匹の式神を全部繰り出してコントロールする。
 しかし、これを見て勘九郎が不敵に笑った。

『あら・・・。
 そちらは大勢さんね?
 じゃあ、こっちも・・・。
 ゾンビ軍団のみなさーん!!』

 勘九郎の合図とともに、女ゾンビ軍団が出現した。
 すでに仮面が外れて、その不気味な顔をあらわにしている者までいる。
 冥子には、刺激がキツすぎた。

「き、きゃ〜〜〜〜っ!!」

 冥子がプッツンし、式神が暴走する。

『わっ、何!?』
「ちょっと、何よコレ!?」

 初めて目にするその勢いに、勘九郎やグーラーまでもが驚く中、

「すいません、冥子さん。
 ここはおまかせします。」

 ピートは、奥へ向かって駆け出した。


___________


「うまいっ、こらうまい!」
「うむっ、なかなかこれは・・・」
「タンパク質ジャー!!」

 横島、雪之丞、タイガーは、再び中華料理を楽しんでいた。
 少し早いが夕食である。

『あの・・・』

 彼らに意見する者も、ここにはおキヌしかいない。
 ピートと冥子が潜入した、あの後。
 残されたメンバーは、他にも入り口がないか調べようということになったのだが、そこで、

「二つに分かれて、手分けして探そう」

 と唐巣が提案したのだった。
 一つは、唐巣、エミ、ドクター・カオス、マリアの大人グループ。
 もう一つは、雪之丞、タイガー、横島、おキヌの若者グループ。
 唐巣としては、土地勘のある雪之丞に先導させたかったのだが、自分がいなければエミが素直に雪之丞の指図に従うとは思えなかった。それならば雪之丞をリーダーとして若者だけで一グループ作ってしまえばいい。彼らの修業にもなるかもしれない。
 そういう意図で班分けしたのだったが・・・。
 雪之丞に率いられたグループは、どこを調査するわけでもなく、真っ先にレストランに入ってしまったのだ。

『いーんですか、こんなことしてて・・・。
 冥子さんたちを助けるためにできることは・・・』
「ない!
 ま、せいぜい神さまにでも祈るこったな!」

 おキヌの言葉を、雪之丞がキッパリ否定する。

「ほへはほはへ
 はふひょーひゃはいは!?」

 モグモグと食べながら意見する横島の言葉は、意味をなさない。
 それはおまえ薄情じゃないかと言っているのだと理解したおキヌは、

『・・・説得力ないですよ・・・!』
 
 と苦笑したが、ここで雪之丞が口元に笑いを浮かべた。

「ピートにはこっそりお守りを持たせといた。
 心配はいらねーさ」


___________


「こ、これが・・・!!
 原始風水盤・・・!!」

 今、ピートの目の前には、白と黒の二色で描かれた大きな円盤があった。中央には、すでに問題の鉄針がセットされていた。

「こいつをはずして・・・」

 ピートが鉄針に手をかけたとき、警報が鳴り響いた。そして、

「うわあああっ!!」

 エネルギー波が飛来し、ピートを襲う。
 衝撃とともに、ピートは身体の自由を奪われた。
 続いて、

「・・・おーやおや、吸血鬼のボウヤ?
 勘九郎もグーラーも遊んでくれなかったの?」

 メドーサがあらわれた。

「メ・・・、メドーサ!!」
「あのコたちにも困ったもんねえ・・・。
 ま、私が相手してあげることを
 光栄に思いなさい・・・!!」

 メドーサの手に、魔力が集まる。その時、

『そうはいきませんよ、メドーサ!!』

 もうひとつ別の声が飛んできた。

「!?」
「誰だっ!?」

 ピートもメドーサもわからなかったが、直後、ピートは声の主に気がついた。その瞬間、

「呪縛がとけた!?」
『逃げるのよ、ピートさん!!
 早く!!』
「は、はいっ!!」

 声に促されるまま、ピートは体を霧と化し、近くの岩肌の隙間へと逃げ込んだ。
 一方、メドーサも、

「そうだったのか・・・!!
 どうもジャマが多いと思ったら
 奴のせいだったのね・・・!!
 おのれ・・・!!」

 ようやく、声の正体を理解していた。


___________


 その頃、冥子は、

「うーん〜〜。
 令子ちゃん・・・」

 すでに意識を失って、うわごとを呟いていた。
 その体には、重度のダメージが蓄積している。
 何体かの女ゾンビは、式神の暴走にも怯まずに冥子自身へ突撃したのだった。そして、冥子が気絶するまで殴る蹴るの暴行を加えたのだ。

「連れている化物は凄いけど、
 お嬢さん自身は、強くなかったわね」

 魔装術を解いた勘九郎が、冥子を見下ろしていた。

「女をいたぶるのは趣味じゃないのよ、
 すぐ楽にしてあげるから安心なさい!」

 とどめをさすつもりの勘九郎だったが、

「お待ち!
 殺すのはまだよ!
 そいつは人質にするわ!」

 そこへやってきたメドーサが、勘九郎を止めた。


___________


「どうやら・・・。
 雪之丞の依頼人は
 小竜姫さまだったようだな・・・」

 なんとか脱出したピートは、香港の夜の街を駆けていた。
 体はボロボロだが、右手には、問題の鉄針をシッカリと抱えている。
 ポケットの中のものを左手で取り出し、

「ポケットに彼女のツノが・・・。
 雪之丞が入れたのか・・・。
 おかげで脱出はできたが・・・」

 それを見つめながらつぶやくピートだったが、もはや限界だった。
 その場に膝をついてしまう。

「冥子・・・さん・・・。
 早く・・・助けに戻らないと・・・」

 ついにピートは、意識を失い、倒れ込んでしまった。


___________


「ピート・・・!!」

 ベッドに寝かされたピートに、エミがすがりついた。
 場所は、唐巣たちが宿泊するホテルである。

「冥子さんは、メドーサに捕えられたようです。
 奴らは『針』と交換を要求するかもしれません。
 ・・・だとしたらしばらくは無事でしょう」

 ツノから実体化して説明する小竜姫だったが、一同は混乱してしまった。

「小竜姫様さま・・・!?」
「何で小竜姫さまが・・・!?」
「ちょっ・・・一体全体・・・」
「冥子が捕まったって・・・!?」

 小竜姫が落ち着いて答える。

「今回の依頼人は私なんです。
 あなた方をまきこんだのは偶然ですが・・・」
「そ・・・そうだったのか!?」
「まーな」

 小竜姫は、頷いた雪之丞に対して、厳しい視線を向けた。

「それにしてもまずいやり方ね、雪之丞さん!
 計画はいきあたりばったり、ミスも多いわ!
 あげくに、冥子さんとピートさんを
 こんな目にあわせてしまって・・・!!」
「俺はもともと一匹狼でな、
 団体行動は苦手なんだ」

 土地勘や能力を考慮した上で、小竜姫は、美神や唐巣ではなく雪之丞を選んだのだ。しかし、雪之丞の性格までは把握しきれていなかったのである。

『どうして今まで
 姿を現してくれなかったんです!?』
「私は妙神山にくくられている神なので、
 山から離れて長く活動できません。
 こんな外国ではなおさらです」

 小竜姫は、おキヌの質問に答えた。
 これまでの事件で小竜姫が美神たちと行動を共にすることが出来たのは、それが日本国内であったからだ。東京ならば、山から離れた影響も、さほど気にする必要がなかったのだ。

「・・・だから、今、私にできるのは
 これぐらいしか・・・」

 小竜姫は、手に霊力を集め、それでピートにヒーリングを施した。
 ピートの意識が回復し、ベッドから飛び起きる。

「たっ・・・大変です!!
 メドーサの冥子さんがっ・・・!!
 地下は針だけはなんとか
 勘九郎からゾンビだらけ・・・!!」
「落ち着きたまえ、ピート君!!」

 そんな騒ぎの横で、

「・・・!
 どうやら香港での活動限界時間がきたようです」
『小竜姫さま、大丈夫ですか?』
「安心しな、メドーサとケリをつけたいんだろう?
 時間がきたら起こしてやるさ。
 うまくいったら日本GS協会の
 プラックリストから俺をはずす件・・・」
「・・・わかってます」

 小竜姫は、再びツノになって眠ってしまった。


___________


 その頃、メドーサたちのアジトでは、

「針をもう一度作り直すには少し時間がかかるわ。
 でも、その間に小竜姫が妙神山管理人を辞めて、
 自由に動けるようになるかもしれない・・・。
 そんなわけであんたを使って時間を節約したいのよ」

 メドーサが、人質の冥子に話しかけていた。
 冥子は、大きな土の板に塗り込められている。唐巣の教会で使われた土角結界と似ているが、その効果は若干違う。完全に土像と化した美神とは異なり、冥子の場合、土板からはみ出た顔や両手は、生身のままだった。

「むにゃむにゃ〜〜。
 にんじんキライ・・・」

 冥子はメドーサの話を聞いていなかった。寝言をつぶやいている。

「この状況で寝るか・・・?」

 勘九郎は呆れているが、メドーサとしては面白くない。

「えーい、起きんかっ!!
 自分の置かれた立場がわかっているのかえ!?」

 ハイヒールをグリグリと顔に押し付けてみたが、それでも冥子は目を覚まさない。
 メドーサは、冥子を相手にするのを諦めて、

「勘九郎! グーラー!」
「はッ!」
「はいよ!」

 二人に指示をとばした。

「明日は満月よ!
 原始風水盤は月の力で作動する。
 それまでに『針』を手に入れなさい!
 連中、すぐにここへ戻ってくるでしょうから・・・」

 メドーサは、勘九郎とグーラーに、それぞれ別の命令を与えるのだった。


___________


「・・・まだ先なのかい、その抜け道というのは!?」
「もうそろそろのはずなんですが・・・」

 唐巣たちは、地下鉄の駅から線路へと降り、壁際を歩いていた。
 ピートが、脱出の際に見つけた抜け道を目指して、一行を先導している。

「ドクター・カオス!
 ここから・霊気の反応・します!」

 マリアのセンサーが、入り口をカバーする部分を発見し、

「どいてろ!」

 雪之丞が、霊波砲で強引にこじ開ける。

「行くぜ!!
 みんな十分気ィつけろよ!!」
「なんでおたくが仕切ってるワケ!?」
「くっくっくっ・・・。
 戦える・・・!!
 全力で戦えるぞ・・・!!」

 エミが注意をしても、バトルマニアの血が騒ぐ雪之丞を止めることは出来なかった。
 雪之丞を先頭にして、みんなでゾロゾロと洞窟らしき通路へ入っていく。

「おい、見ろ!!」

 入り口近くに、大きな石像が鎮座していた。

「三つの頭を持つ地獄の番犬・・・」
「ケルベロスってワケね」

 唐巣とエミが、言わずもがなの説明をする。

「ここにある以上、
 ただの像じゃなさそーだなー!!」

 と雪之丞がつぶやいた瞬間、ケルベロスの目が輝き、一行に襲いかかってきた。

「さけんじゃねーっ!!」

 こちらの攻撃の一番手は、雪之丞。
 だが、ケルベロスは、その霊波砲を弾き返してしまう。

「よく見たまえ!!
 表面を妙な素材で覆っているぞ!!」

 唐巣の指摘を受けて、

「じゃあ、これはどうだ!!」

 横島がハンズ・オブ・グローリーで斬りつけたが、それでも効果はなかった。

「あらゆる霊的ダメージをハネ返すってワケ!?」

 その時、

「下がっておれ!!
 やれ! マリア!!」
「イエス・ドクター・カオス!」

 ドクター・カオスの声と同時に、マリアのロケットアームがケルベロスを攻撃する。
 三つの首のうちの一つに直撃し、根元から吹き飛んだ。

「そうか、物理攻撃には弱いってワケ!!」

 ケルベロスの動きが鈍った。
 反射コーティングは表面だけだったようで、首がもげたあとの断面は、別の色をしている。

「今だ!! みんな、あそこを狙え!!」

 唐巣の指示にあわせて、そこへ打ち込まれる霊的エネルギー。
 ケルベロスは、あっけなく爆散した。

「さすがにこれだけのメンツがそろえば、
 何とかなりそうだな?」

 安心した横島の気が緩んだ時、一振りの大刀が横島の背中めがけて飛んできた。

『危ない!! 横島さん!!』

 おキヌが叫んだ。しかし、横島の回避は間に合わない。 
 その時、マリアが横島をかばうようにして飛び込んだ。

 ドッ!!

 大刀がマリアを貫いた。

「マ・・・、マリア・・・!!」

 横島が、腹から刀を生やしたマリアを心配したが、

「アンドロイド・だから・平気。
 マリア・トモダチ・守る・・・」
「うわーっ、大丈夫じゃないぞ!!
 どうしてくれるんだー!!」

 マリア自身よりも、ドクター・カオスが慌てふためいていた。
 そこへ、

『メドーサさまお気に入りの横島を
 先に片づけたかったんだけどね・・・』

 すでに魔装術を展開させた勘九郎が、ゆっくりと姿をあらわした。


___________


『雪之丞・・・!!
 あたしの魔装術はあんたのより
 はるかに完成されてるわ!
 たくさんお友達つれてきたようだけど、
 それでも勝てないわよ?』
「・・・そいつはどーかな。
 俺も一度てめーとは本気で
 やってみたかったぜ・・・!
 だが・・・」

 雪之丞の手に霊力が集まる。

「これくらいのハンデはあってもいいよなっ!?」

 雪之丞が、横島のサイキック・ソーサーの要領で、集めた霊力を投げつけた。
 魔装術で来ると予想していた勘九郎は、一瞬、対処が遅れてしまった。
 勘九郎の右腕に直撃し、肘から先がポトリと地面に落ちる。
 いち早くその意味に気付いた唐巣が、指示をとばした。

「ドクター・カオス!!
 あれを持って、ここから離脱してください!!
 私の教会へ行って、美神くんを・・・!」
「ようし、まかせておけ!
 マリア、飛べるか!?」
「イエス・ドクター・カオス!!」

 勘九郎の右手とドクター・カオスを抱えて、マリアが飛ぶ。来た道を逆に辿って、この場を脱出するのだ。 

『逃がさないわよ!!』

 それを追おうとした勘九郎だったが、

「てめーの相手は、この俺だ!!」

 魔装術を展開させた雪之丞が勘九郎に突撃していく。
 両者激突の後、

『・・・前のあんたより、
 はるかにマシになったようね・・・!!』

 と声をかける勘九郎は無視して、雪之丞は、一同を振り返った。

「ここは俺にまかせて、おまえたちは先に行けーっ!!」

 唐巣神父が、ゆっくりと頷いた。

「行こう、みんな!!」

 そして、奥へと向かって駆け出した。
 横島、おキヌ、エミ、タイガーもそれに続く。
 走りながら、唐巣は、

(頼んだよ、雪之丞くん。
 ・・・そしてピート君!!)

 心の中で声援を送っていた。
 ピートがついてきていないと、分かっていたのだ。
 一方、そのピートは、

「・・・さすがに一人では手に余るでしょう。
 僕も助太刀します」

 雪之丞の背後から、静かに声をかけていた。

「すまんな。
 ・・・試合のときは、悪かったな」
「・・・わかっています。
 あなたの意志ではなかったのでしょう?」

 そんな二人に対して、

『友情ゴッゴも、そこまでよ!!』

 勘九郎の霊波砲が襲いかかった。
 雪之丞とピートは、左右に飛んで、それをかわす。
 二人が飛んだ先は洞窟の壁だ。そのまま壁を蹴って、その勢いをのせて勘九郎を挟撃した。

「ダブルGS・・・キーック!!!」


___________


 一方、先へ進んだ唐巣たちは、地面から湧いて出た無数のゾンビに襲われていた。しかし、

「聖なる父、全能なる父、永遠の神よ!!
 ひとり子を与え、悩める我らを
 破滅と白昼の悪魔から放ちたもうた父!!
 ぶどう畑を荒らす者に恐怖の稲妻を下し、
 この悪魔を地獄の炎に落としたまえ!!」

 唐巣の攻撃で、一度に何体ものゾンビがダメージを受ける。

「唐巣のおっさんも意外とやるわね・・・」
「エミさんの霊体撃滅波なみジャノー」

 エミとタイガーが、唐巣の実力に感銘を受けている間に、唐巣が振り返って指示を出した。

「横島くん!!
 君は小竜姫さまのツノを持って、
 メドーサのところへ行きたまえ!!
 ここは私たちで食い止める!!」

 メドーサを何とか出来るのは小竜姫しかいない。唐巣は、そう考えたのだ。

「はい・・・!!」

 横島とおキヌが、奥へと走り出す。
 止めようとして横島へ向かうゾンビもいたが、

「唐巣のおっさんばっかり
 おいしいとこもってかせないわよ!!」
「わっしも頑張りますジャー」
「・・・その調子だよ、君たち!!」

 エミ、タイガー、唐巣の三人が、それを迎え撃った。


___________


 その頃・・・。

『例のモノ見つけたよ、
 オネエサン!!』

 メドーサは、グーラーからの電話を受けていた。
 勘九郎には侵入者の迎撃を命令していたが、同時に、グーラーには、彼らの宿泊先を調べるように指示しておいたのだ。メドーサの作戦通り、今、グーラーがホテルで『針』を見つけたのだった。

「よくやったわ!
 すぐに戻りなさい!!
 『勝手口』は今とりこんでるから
 『表口』から入ってきてちょうだい!」

 月が昇るまでには、まだ時間がある。間に合ったのだ。

「ハハハ・・・。
 これで私の勝ちだね!!」

 と、メドーサが勝ち誇った時。

 ビュッ!!
 
 何者かの拳が、メドーサの顔をかすめた。

「え・・・!?」
「まだよ、メドーサ!!
 おまえのしたこと、私が裁いてやるわ!!」

 小竜姫が、そこに立っていた。

「しょ、小竜姫・・・!?
 どうしてここまで・・・」

 一瞬、動揺するメドーサだったが、すぐに、小竜姫の背後の人影に気がついた。

「やはり貴様か・・・。横島!!」
「へ・・・へへ・・・。
 助けに来ました・・・!
 まずは、こっちの『おひめさま』っスね!」


(第十四話「復活のおひめさま」に続く)

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____
第十四話 復活のおひめさま

「んーむにゃむにゃ。
 マーくん・・・、やめて〜〜」 

 冥子の口から、そんな言葉が飛び出した。

『・・・冥子さん、眠ってるようですね』
「・・・そうだね」
『夢の中でも、怖い思いをしてるみたい・・・』
「こんな状況だからな・・・」

 おキヌと横島は、小竜姫とメドーサが対峙している間に、冥子の近くへと歩み寄っていた。
 冥子は大きな土の板に塗り込められているので、眠っているとは言っても、全く色気のない寝姿である。しかし、横島は、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。冥子の寝言から、色々と妄想してしまったのだ。
 マーくんこと鬼道政樹が、冥子の前に立っている。

「冥子はん・・・、
 掟はご存知でっしゃろ」
 
 冥子の洋服は既にボロボロで、
 隙間から下着や生肌を覗かせていた。

「ええ〜〜。
 『戦いに負ければ〜〜
  自分の式神を〜〜相手にさしだす』
 だったわね〜〜!?」

 オドオドした冥子の声に対し、

「くっくっく・・・。
 少し違うやろ、冥子はん!?
 『自分の式神を』じゃない、
 『自分と式神を』だ!!
 『自分と式神を相手にさしだす』だ!!」

 残忍な笑いを浮かべる鬼道。
 その後ろには、彼の式神の夜叉丸だけでなく、
 冥子の十二神将が全て並んでいた。

「君の話はきいとるよ、
 すごい肉体を
 そのお嬢様衣装の下に
 持ってはるんやろ?
 欲しいんや、そいつが」

 そして冥子に襲いかかる・・・。
 もちろん、実際の冥子の夢は、こんな卑猥なものではない。鬼道との式神デスマッチのことを思い出しているのは確かだが、それは、横島の妄想のようなイヤラシイ内容ではなかった。
 
(ううっ、冥子ちゃん・・・!!)

 煩悩が高まった横島の手に、霊力が集まる。
 横島の表情からその心中を察したおキヌが、顔をしかめた。そして、

『横島さん、こっち・・・!!』

 ギュウッと横島の耳をつかんで、引っぱっていく。

「あ、こいつが結界の鍵・・・!!」

 すぐ横に土の柱があったのだ。唐巣神父の教会でみたものと、良く似ている。だからおキヌや横島にも分かったのだった。

 ビシッ!!

 霊力を込めて、その上に手を置いた。
 横島が作動させた結界ではないので、もし雪之丞の説明通りならば、これでは意味がない。
 しかし、雪之丞の解釈が間違っていたのだろうか。あるいは、これは通常の土角結界とは異なるものであったのだろうか。あるいは、そうした理屈を超えるくらい、横島の霊力が高まっていたのだろうか。
 今、パキンと音を立てて、冥子を束縛していた土板が壊れ始めた。

「う〜〜ん。
 あれ〜〜、横島クン?
 何やってるの〜〜?」

 眠っていた冥子も、ようやく目を覚ました。寝ぼけマナコをこすっているが、まだ頭がハッキリしないようだ。

「何って・・・。
 冥子ちゃんを助けに来たんスけど・・・」

 苦笑する横島だったが、その表情には、どこかホッとした感じがあった。

『冥子さん・・・』

 そして、横島の後ろに浮いているおキヌも、安堵の表情を見せていた。




    第十四話 復活のおひめさま




 一方、横島たちのすぐ横で向き合っている小竜姫とメドーサ。二人は、横島たちとは全く別の空気をただよわせていた。

「おまえの顔を見るのは、もうたくさんだわ!
 今日でケリをつけます!!」
「フン・・・!
 威勢がいいねえ!
 香港じゃロクに活動できないクセにさ!」

 そんな二人の様子を見て、冥子は、

「あれ〜〜、小竜姫さま?」

 だんだんハッキリしてきた頭を、また混乱させてしまったらしい。
 確かに、冥子が捕まる前には、小竜姫は全く表に出てきていなかったのだ。

「ああ、冥子ちゃん!!
 とにかく、ここは小竜姫さまの言うとおりに!!」

 横島が声をかけると同時に、小竜姫も声をかけた。

「冥子さん、これを!!
 予備の武器です!」

 そう言って小竜姫が投げ渡したのは、神通ヌンチャク。しかし、

「ええ〜〜!?
 私、こんなもの〜〜使えないわ〜〜」

 当然の反応である。

「・・・。
 じゃあ、使える誰かに渡して!!
 急いでみんなを助けに行ってください!
 頼みましたよ!」
「は〜〜い!!」

 今度は冥子も素直に頷き、

「こっちです、冥子ちゃん!!」
『早く!!』 

 横島とおキヌに連れられて、その場を後にした。
 このやりとりの間、黙って見ていたメドーサは、

「いいこと思いついたわ・・・」

 と、小さくつぶやいていた。


___________


 雪之丞とピート。
 勘九郎を前にした二人は、すでに肩で息をしていた。
 しかし、それはこの二人だけではない。

『・・・この・・・
 くたばりぞこないどもが・・・!!』

 口では威勢のいい勘九郎にも、すでに疲労の色が見え始めていた。何しろ、彼は右腕の先を失って、そのまま戦っていたのだ。
 
「あんまりねばってると魔装術が
 おまえに残ってる最後の理性まで
 うばっちまうぜ・・・!」

 雪之丞が、勘九郎の異変に気付いて声をかけた。

「ここらへんで手を引け、勘九郎!!
 魂まで化物になって強くなっても意味はねえ!!」

 しかし、その理屈は勘九郎には通じない。

『そういうセリフは・・・。
 勝ってる方が言うもんよ!!』

 勘九郎は、強力なエネルギー波を二人に向けて発射した。

「くー!
 これはもう防げな・・・」

 あきらめの言葉がピートの口からこぼれた時。

 キンッ!!

 二人の前に差し出されたヌンチャクが、勘九郎の攻撃を防いだ。

「お待たせ・・・!!
 ピートをいじめる奴は、私が許さないワケ!!」
「エミさん!!」

 神通ヌンチャクを構えるエミ。
 その後ろに、唐巣、タイガー、冥子、横島、おキヌも続いている。
 一同は、勘九郎を取り囲む。
 そして、唐巣が叫んだ。

「勘九郎くん!!
 もう観念したまえ!!」


___________


 小竜姫とメドーサは、戦いの舞台を空へと移していた。
 アジトの上にあった屋敷の屋根をも突き破って、大空へ飛び出したのだ。
 ちょうどその時、『針』を手にしたグーラーが屋敷の玄関に入るところだった。

「おや、ブツが届いたようだね!
 そいつを風水盤にセットしちまいな!」
「ハーイ」

 メドーサの指示を受けて、グーラーが地下へと向かう。
 小竜姫もそれを目にしたのだが、今はメドーサと戦うのが先決だった。

「このッ・・・!!」
「ほほほほほっ!!
 あと何分動けるんだい!?
 その間逃げまわってりゃー
 あたしの勝ちさね!!」

 小竜姫は神剣をブンブン振り回すのだが、メドーサはそれをヒョイとかわしてしまう。

「さあ・・・、
 それはどうかしらねっ!!」

 ここで小竜姫は、『超加速』という術を発動させた。誰にも見えないくらいのスピードでメドーサへ向かう。しかし、

「おそれいったね!
 『超加速』は本来、韋駄天の技なのに・・・。
 私以外にも使える竜神がいたとはね!」
「な・・・。
 メドーサも超加速が使えるの・・・!?
 そんな・・・!!」

 メドーサも同じ術を使ってみせた。ただし、メドーサは、

「ちったあまじめに相手して・・・
 やると思ったら大マチガイよっ!!
 おほほほほっ!!
 勝負は勝った者の勝ちだもんねっ!!」

 これを逃げに用いる。
 小竜姫をからかって、逃げる自分を追わせれば、やがて小竜姫の行動時間が尽きる。そうなれば自分を止められる者はもういない。それが、さきほどメドーサが思いついた作戦だった。


___________


『くそ・・・!
 体力さえ十分なら、おまえらごときに・・・!!』

 勢揃いしたGSたちの猛攻にさらされた勘九郎は、ついにその場から逃げ出した。

「あッ!
 逃げる気なワケ!?
 させるかッ!!」

 勘九郎を追おうとしたエミだったが、

「ま、待ってくれ・・・!!」

 それを雪之丞が制止する。

「もう十分だ!!
 あとは俺にまかせてくれ!
 奴は必ず捕まえる!!」

 雪之丞は、エミの前に立ちふさがるようにして懇願した。

「あんな奴でも昔は仲間だったんだ!
 これだけ屈辱を味わえばあいつだって・・・」
「甘いわ!
 勘九郎はもう魂まで魔物になってるワケ!
 何をするかわかったもんじゃないわ!」

 言い争う二人に、唐巣が割って入った。

「勘九郎くんが
 本当に魔物になってしまったかどうか、
 それは定かではないが・・・」

 そして、優しい目を雪之丞に向けて、

「雪之丞くん・・・。
 気持ちはわかるが、君一人で
 勘九郎くんを捕まえるのは無理だろう。
 今はみんなで彼を止めに行くべきではないかね?
 この奥には風水盤もあるからね」

 と説いて聞かせる。
 その時だった。

 ドガッ!!
 
 奥の方から、大きな音が鳴り響いた。


___________


「何!?
 今の音は・・・!?」

 メドーサと戦闘中の小竜姫の耳にも、その音は届いた。
 しかし、それは前兆でしかなかった。

 ドッ、ドガガシャアアッ!!

 再度の轟音とともに、巨大な光の柱が立ちのぼった。
 原始風水盤が作動し始めたのだ。

「いよいよだね!
 人間どもの文明とやらも
 月の出とともに終わる・・・!!」

 メドーサが、光柱を見ながらつぶやいていた頃。
 風水盤のもとでは、

『死ね!!
 人も神もひとり残らず死ぬといいわ!!
 わーっはははは!!』

 勘九郎が高笑いを上げていた。
 その様子は、

「かっ、勘九郎・・・」

 傍らのグーラーも引いてしまうほどであった。


___________


「・・・なんてこった!!
 あの野郎、本当にやりやがった・・・!!」

 洞窟をゆるがす音響から、雪之丞は、風水盤が起動したことを感じとった。

「言ったでしょう!?
 勘九郎はもう人間じゃないワケ!!」
「これで〜〜世界も終わり〜〜!?」

 そんな中で、横島は、

「ちくしょう・・・!!
 ここに美神さんがいたら・・・!!」

 と叫んでいた。
 その頭を

『もうっ!!』

 おキヌがポカリと叩いた。

「おキヌちゃん・・・。
 な・・・なぜなぐる・・・!?」
『そろそろ私にもわかります。
 美神さんがいたら、
 「どーせ死ぬんやあ、せめて一発!!」
 とか言って飛びかかるつもりだったんでしょう!?』

 ついにおキヌにまで言われてしまった横島である。

「なんてこと言うんだ!!
 俺はただ、あの人なら反則ワザでも何でも使って、
 きっと何とかしてくれるに違いないと思って・・・」
『え・・・。
 そうだったんですか!?
 今までが今までだったから、てっきり・・・。
 ううっ、ごめんなさい!!』

 手で顔を覆うようにしながら、しおらしく謝るおキヌ。
 それを見た横島は、

「こーなったらもー
 おキヌちゃんで・・・」

 とおキヌに抱きついてしまう。
 しかし、

『「こーなったらもー」!?
 「で」!?』
「あ・・・、ごめん!!」

 ブルブル震えているおキヌの表情を見て、慌てて離れた。
 そんな二人のやり取りを、

「おたく幽霊にも発情しちゃうワケ!?」
「さすが横島さんジャノー」
「『一発』って〜〜何〜〜?」

 呆れながら眺める面々。
 一瞬惚けてしまった空気を、

「・・・って、バカやってないで急ぐんだ!!」

 唐巣が引き締めて、その場を取りまとめるのであった。


___________


 唐巣たちは、奥へと急いだ。
 彼らの前に、一度は蹴散らしたはずのゾンビたちが再び湧いて出て来たが、その数は以前よりも少ない。

「ここは私にまかせたまえ!!」
「先生!! 僕も残ります!!」

 唐巣とピートが叫ぶ。
 一瞬、自分も残ろうかと考えて足を止めたエミだったが、

「わかったわ!!」

 先導するかのように走り出した。
 他のメンバーは、冥子、雪之丞、横島、おキヌ、タイガーである。

(私がまとめ役になるしかないワケ!!)

 エミは、そう考えたのだった。
 
「遅れるなよ!!」

 と言いながら雪之丞がエミに続き、残りもそれに従う。
 そして、彼らは、ついに風水盤のもとへ辿り着いた。
 
「いらっしゃい、ボウヤたち!!」

 風水盤の左側にはグーラーが、そして右側には勘九郎が立っていた。
 グーラーはこちらを向いているが、勘九郎は背を向けている。

「勘九郎!!」

 雪之丞の呼びかけを受けて、

『月の出が近いわ・・・!
 臨界まではまだ少しかかるけど、
 風水盤はすでに低い出力で作動している・・・』

 勘九郎がゆっくりと振り向いた。

『感じない!?
 魔界から邪悪なエネルギーが流れ込んでくるのを・・・!
 とても・・・いい気分だわ!!』

 勘九郎の顔を見て、誰かがつぶやいた。

「あれはもう魔装術じゃない・・・!」
「魔物そのものだわ・・・!!」

 魔装術のときはシャドウのマスク状だったのだが、今ではそれが顔と一体化し、鬼のような形相となっていたのだ。
 もはや、勘九郎が完全に魔族になってしまったことは、誰の目にも明らかだった。


___________


『ウオオオッ!!
 オオオオン!!』

 魔物と化した勘九郎が咆哮する。それだけで、その場の空気が震えた。

「な・・・なんて霊圧だ・・・!!」
「ひっ、ひええっ!!」

 GSたちが怯むだけでなく、

「こいつ、変化したての新米妖怪のクセに・・・。
 オネエサンに匹敵するくらいのパワーね!!」

 グーラーまでもが感心している。
 勘九郎は、今、自分の力に酔いしれていた。

『いい気分よ、雪之丞・・・!
 思ったよりずっといい・・・!
 とてもいいわ・・・!!』

 そう言ったかと思うと、口から強烈な魔力を発射した。
 
「いかん!!」

 慌てて飛び退ける雪之丞たちだったが、勘九郎は、逃がすつもりはなかった。
 口からエネルギー波を放射したまま、ゆっくりと体を回転させて行く。
 まるで周囲のすべてをなぎ倒すかのような勢いだ。

「ちょっと、勘九郎・・・!!」

 それは、味方のはずのグーラーにまで向けられてしまう。

「危ねえっ!!」

 咄嗟に飛び込んで、その場からグーラーを救い出したのは、横島だった。

『横島さん・・・!?』
「おたく、どういうつもりなワケ!?」
「横島・・・!!」

 おキヌ、エミ、雪之丞が問いただすような視線を投げ掛ける中、

(どういうつもりも何も・・・)

 横島は動揺していた。
 別に理由があったわけではない。何も考えずに体が動いてしまっただけである。
 横島にとっては、グーラーは、GS資格試験でオイシイ思いをさせてくれた美人のネーチャンなのだ。いまだにグーラーを敵と割り切ることの出来ない横島であった。
 しかし、それを正直には言いづらかった。代わりに、

「こいつは、GS試験で拳を交えた
 戦友(とも)ですからね・・・」

 と言ってのける。

「すまないね、ボウヤ・・・」

 感謝の視線を向けるグーラーに対しても、

「いいってことさ。
 試合で勝ちを譲ってくれたろ?
 そのお返しさ」

 と言いきってみせた。

(・・・決まった!!
 今のはカッコ良かったんじゃないか!?)

 内心で自画自賛する横島。
 そこへ、

「おや?
 グーラーは裏切ったのかい!?」

 メドーサがやってきた。


___________


 グーラーは、メドーサと横島とを見比べた。その視線には、哀しみの色すらただよわせていた。

「すまないね、ボウヤ・・・」

 さきほどと同じ言葉を、別のニュアンスでつぶやくグーラー。
 彼女は、メドーサのもとへと走り寄り、その横にたたずんだ。
 それを見て、メドーサが笑い出す。

「はっはははっ!!
 それが賢い選択ってものさ」

 そして、その場のGSたちを見渡しながら、

「勘九郎がここまで使える魔族に化けるとは、
 正直思ってなかったわ。
 クズとはいえ人間も結構便利ね。
 そっちのみんなもお仲間になれば
 素敵だと思うんだけど・・・?」

 と続けた。
 メドーサは、本来、人間を見下しているタイプだ。
 かつて、天龍童子誘拐事件で横島の特殊能力にしてやられたときには、横島という人間を警戒するようにもなった(第八話「予測不可能な要素」参照)。しかし、その対策としてGS試験に送り込んだグーラーからの報告や、ここまでの戦いを通して、自分の反応は過剰だったと悟っていた。あの特殊能力は、いつでも使えるわけではないようだ。
 やはり、人間なんて恐れるに足らない。クズの集まりなのだ。
 今またメドーサは、そう思っていた。
 しかし、

「ねぼけてるワケ・・・!?」

 メドーサの提案など、到底受け入れられるものではなかった。
 代表してエミが反発したのだが、続くメドーサの言葉が、それを黙らせた。

「断れば死ぬ!
 それだけのことよ。
 ・・・言っておくけど
 小竜姫はもういないのよ」

 メドーサと小竜姫の空中戦は、小竜姫の敗走で幕を閉じたのだった。メドーサの策にはまってエネルギーを浪費した小竜姫は、妙神山へ瞬間移動して逃げるのが精一杯だったのだ。

「私の手下になるか、それとも死ぬか・・・!
 選びな!!」

 その場の空気が凍りつく。
 小竜姫ぬきでメドーサを倒せると思う者はいなかったのだ。
 しかし、その時、

『待てえええーい!!』

 洞窟内に、何かがテレポートしてきた。

『妙神山守護鬼門、右の鬼門!!』
『同じく左の鬼門!!』
『姫さまの命によりただ今見参!!』

 小竜姫からの援軍であった。

「小竜姫の手下だと!?」
『いかにも』

 メドーサの問いに、律儀に答える鬼門たち。
 援軍とは言え、彼らもここで長時間活動することは出来ない。

『あッ、いかん!!
 もう帰らんとエネルギーがっ・・・!!』
「おたくたち、何しに来たワケ!?」

 エミに突っ込まれるくらいだが、彼らの任務は戦闘ではなかった。

『小竜姫さまからの届け物を持ってきたのだ!!』

 荷物は、八つの三角形からなる立体だった。

『では御免!!』

 鬼門たちが消えると同時に、八面体の箱が開く。
 中からあらわれたのは・・・。

「お待たせ・・・!!
 真打ち登場ってヤツよ!!」
「わしもおるぞ」
「イエス・ドクター・カオス!」

 美神令子とドクター・カオス、そしてマリアだった。
 ドクター・カオスが持ち帰った勘九郎の右手により、美神の土角結界も解除されていたのだ。

「美神さん!!」

 美神に駆け寄る横島を見て、おキヌは、冥子を助けに行った際の言葉を思い出していた。
 あの場で横島は、冥子のことを、こっちの『おひめさま』と呼んだのだった。

(横島さん。
 これで、ようやく、
 もう一人の『おひめさま』も復活しましたね)


___________


 メドーサ、勘九郎、グーラーの前に、GSたちがズラリと並んでいた。
 美神、横島、おキヌ、エミ、冥子、雪之丞、タイガー、カオス、マリア。

『来たわね、美神令子・・・!!』
「フン!
 死ぬためにわざわざ集まってくるとは・・・」

 勘九郎とメドーサがつぶやく。グーラーは何も言わない。
 一方、美神は、

「このオカマ野郎にクソヘビばばあ・・・!!
 世話になった分、借りはキッチリ返すからね!!」

 と、啖呵を切っていた。
 だが、雪之丞がそれに水を差す。

「威勢がいいのはいいが・・・、
 後悔するぜ。
 月がもう昇る・・・!!」
「時間です、ドクター・カオス」
「わかっとる!
 原始風水盤が作動するぞ・・・!!」

 マリアとドクター・カオスも、現状を認識していた。

「あきれたわ!
 わかってて来るとはね!」

 メドーサの言葉とともに、外では月が姿を見せ始めていた。
 
 ブン!!
 
 そして、原始風水盤が音を立てて、香港は魔界に沈んだ。


___________


 彼らを取り囲む様相も一変していた。
 洞窟の岩肌は不気味な色を示し、その質感も変わってしまったようだった。
 地面には、見たこともないような植物が生えている。花も葉も持たぬだけではない。中には、小さな牙のある口を擁するものまであった。

「・・・これでもう私たちには後がない・・・!
 魔界に放り出された人間は
 陸にうちあげられた魚みたいなもんよ!
 今ある霊力と体力を使いきれば
 二度と回復せずに死ぬしかない!」
 
 美神の言葉を、

「そう、さっきまでは
 私たちが侵入者だったけど、今は逆!
 しかもどんどん魔界は広がっている」

 と、メドーサが肯定してみせた。
 彼女の言うとおり、ここを起点として魔界の浸食は広がっている。二、三日もすればアジア全域で人間と魔族の勢力が完全に入れかわるだろう。

「メドーサ相手じゃ
 バラバラに攻めても効きめないわ!
 協力するしかないワケ!」
「OK!
 全員の霊力をひとつにたばねて相乗させる!」

 エミの提案に、美神が頷いた。
 それを合図にするかのように、

「やれ! マリア!!」
「イエス・ドクター・カオス!」

 マリアが、胸の前で両手をクロスさせる。六つの穴があき、そこから煙を噴射した。

「煙幕!?」

 全員の視界が奪われる。

「今よ!
 みんな私に波動を送って!!」

 美神が叫んだ。

「・・・あんたが一番体力満タンだからね」
「令子ちゃん、受けとって〜〜!!」

 エミと冥子が、美神の背にエネルギーを流し込んだ。

「こ・・・、こうか・・・!?」
「可能な限り出力を上げてツカサイ!!」
「すまん・・・!! 頼むぜ!!」

 横島、タイガー、雪之丞も美神に霊力を送りこむ。

「あんたは人間をクズよばわりするけど・・・。
 GSを・・・
 なめんじゃないわよ!!」

 みんなの霊力と美神の意志をのせて、今、強力なエネルギー波が美神の手から放たれた。
 
 ドッ!!

 それがメドーサに直撃する。
 まだメドーサを倒すには十分ではなかったが、

「人間に耐えられる限界近くまで
 出力が上がってる・・・!
 これが効かなきゃ・・・もう・・・」

 美神は、霊波を放射し続けていた。このまま押し切るしかないのだ。

「人間がこんなに高出力の攻撃を・・・!?」

 驚くメドーサだったが、まだこらえきれる。しかも、左右の勘九郎とグーラーに目配せする余裕もあった。
 そのアイコンタクトを受けて横にとんだ二人は、大きく回りこんで、GSたちの背後をとった。美神に供給されているエネルギー源を断つのだ。
 勘九郎が冥子とエミを、グーラーが横島たち三人を強襲しようとした時・・・。

「アーメン!!」
「ダンピールフラッシュ!!」

 唐巣とピートの攻撃が、勘九郎とグーラーの背を撃った。ようやくゾンビ軍団を蹴散らして、駆けつけてきたのだ。
 
『グッ!!』
「ぎゃあっ!!」

 不意打ちを食らった勘九郎とグーラーが倒れている間に、

「美神くん!!」
「僕たちのパワーも!!」

 唐巣とピートの霊力も、美神に加えられた。

「今度こそ・・・!!
 行っけーっ!!」

 美神のエネルギー波が、その勢いを増した。
 全員の思いが一つになったのだ。
 そして、それは、

「何ー!!」

 ついにメドーサを吹き飛ばした。


___________


 地面に叩き付けられたメドーサが顔を上げると、原始風水盤を解析するドクター・カオスの姿が目に入った。
 ドクター・カオスは、マリアに自分の身を守らせながら、原始風水盤を逆操作しようと試みていたのだ。

「ようし、わかった・・・!!」
「や・・・やめろー!!」

 メドーサの悲鳴を遮るかのように、今、ドクター・カオスがその手をスイッチに押し付けた。


___________


「元に戻った・・・!!」

 その場の光景は、最初の洞窟のものに戻っていた。
 宇宙空間へ行ったり原始時代へ行ったりという多少の間違いもあったものの、それでも、ついに逆操作に成功したのだ。

「これって・・・!?」
『体が急に重く・・・!?』

 起き上がったグーラーと勘九郎が異変に気がついた。
 ただ元に戻っただけではなかった。邪悪な気が一掃されて霊的に清められていたのだ。
 美神もそれに気付き、

「完全に形勢逆転!!
 ここでは私たちはパワーアップ、
 奴らはその逆・・・!!」

 皆に知らしめるように、声を張り上げた。

「この・・・クソ共がああ!!」

 メドーサが美神に突撃したが、

「スピードもパワーも半減してる!
 今のあんたなんか恐かないわ!」
「グワッ!!」
 
 それすらも軽くあしらってしまう美神である。

「降伏したまえ、メドーサ!!」
「おたくは負けたのよ!」

 唐巣とエミの言葉が、メドーサに追い打ちをかけた。


___________


「人・・・間・・・ごときに・・・!!」
『メドーサ様・・・!!』
「オネエサン・・・」

 膝をついたメドーサのもとに、勘九郎とグーラーが駆け寄った。
 メドーサは顔を上げて、もう一度全体を見渡した。
 美神、唐巣、エミ、横島、おキヌ、冥子、ピート、雪之丞、タイガー、カオス、マリア・・・。

(冷静に・・・!!)

 メドーサは自分に言い聞かせる。

(私はプロだ・・・!!
 こんなところで人間ごときに
 除霊されるわけにはいかない!!
 頭を冷やすんだ・・・!!)

 そして、二人の手下の方へ顔を向けた。

「勘九郎! グーラー!
 計画は失敗だわ!
 撤退します!!」

 メドーサの口から『失敗』及び『撤退』という言葉が出たのを聞いて、二人がハッとする。
 しかし、それにも構わず、メドーサは続けた。

「プロとして私は致命的なミスを犯したわ!
 人間を軽蔑するあまり、
 連中を過小評価しすぎたのよ」

 途中までは横島一人を警戒し、その後は、やはり人間は皆クズだと見下していたメドーサである。勘九郎が横島よりもむしろ美神を気にしているのは分かっていたが、メドーサは、部下のセンスを信用していなかった。

(勘九郎・・・。
 おまえのほうが正しかったようだね。
 横島よりも、むしろ美神令子こそ・・・!!)

 今、メドーサは己の間違いを悟った。決して人間を侮ってはいけないのだ。この失敗を次への教訓とするためにも、この場を脱出しなければならない。

「しかし・・・。
 上級魔族の私がただ引きさがるのでは
 あまりにも屈辱的だわ!」

 メドーサは、勘九郎に決然とした視線を向けた。

「魔族の一員として、
 主のために何をすればいいのか、
 おまえはわかっているね?」

 勘九郎は、その意を汲み取った。

『・・・はい、
 おまかせください、メドーサ様!』


___________


 勘九郎が、GSたちの方へと向き直る。メドーサを守るかのように、大きく立ちはだかった。

「警報!!
 目標02に霊的エネルギー急速増大!」
「ムダなあがきはよせ!!
 ブッ殺されてーのか!!」

 マリアの感知と同時に、雪之丞が勘九郎を諌める。しかし、

『クックックッ・・・。
 教えてあげる・・・!
 魔族であることの喜びが
 いかに大きいかを・・・!!』

 勘九郎は、刀を地面に突き立て、自身のエネルギーを流し込んだ。
 大地が割れ、美神たちの足場が崩れる。

「頼んだよ、勘九郎!!」

 その間に、メドーサはグーラーを連れて、そこから飛び去っていった。

『それじゃカタをつけましょうか・・・!!』

 勘九郎の手に魔力が集まった。

『クックックックックッ・・・!
 今回は逃げられないわよ・・・!!』

 一瞬、意味がわからない一同だったが、

「令子ちゃん〜〜!!
 外におっきい火角結界が〜〜!!」
「またか・・・!!
 バカのひとつおぼえね・・・!!」

 式神の霊視能力により、冥子が事態を察知した。
 アジトを上の屋敷ごと取り囲むようにして、巨大な火角結界が出現したのだ。
 高さ十メートルはある。大きい分だけ時間がかかるようで、『九九九』という数字が表示されていた。

「・・・15分あれば・・・」
『横島さん・・・!!』

 同じくバカの一つ覚えで美神に飛びかかろうとした横島は、おキヌに押さえつけられていた。

「エミくん・・・!?」
「・・・状況を打開するには
 もう選択の余地はないわ!」

 呪いのプロとしての意見を唐巣から求められて、エミが答えた。
 それだけで、唐巣と美神には十分だった。

「結界は大きすぎて手に負えない。
 ただし・・・」
「起動させた勘九郎が死ねば結界は消滅する!!」


___________


『フン・・・!!
 貴様たちにはわからないさ!
 永遠にね!』

 勘九郎が、洞窟の壁にエネルギー波をぶつけた。
 ここに抜け道があるのだ。
 それで結界から脱出できるわけではないが、逃げ出す必要はなかった。勘九郎は、ここでGSたちと心中するつもりなのだ。それが、メドーサが勘九郎に命じたことだった。
 だから、爆発までの時間さえ稼げればよい。
 そう思って抜け道に飛び込もうとした勘九郎だったが・・・。

「なに・・・、これ・・・!?」

 足を前に進めることが出来なかった。
 目線を落とすと、腹から細い霊波刀が突き出ているのが見えた。

「これが本当の使い方さ、
 ハンズ・オブ・グローリーの!!」

 首を後ろに回すと、勝ち誇ったような横島の姿が目に入った。
 横島は、右手を前に突き出し、そこから霊波刀を勘九郎まで伸ばしていた。
 長くなった分だけ通常よりは細くなったそれが、勘九郎を背中から貫いていたのだった。

「横島クン、それ・・・!?」

 美神ですら知らなかったことだが、横島のハンズ・オブ・グローリーは、形が自在に変わる霊波刀なのだ。
 別に、今まで隠していたわけではない。ただ、そうした特殊な使い方をする機会がなかっただけだ。いつもの除霊仕事では、普通の霊波刀の形で十分だった。
 今回は強敵相手だったが、それでも洞窟内では『先に行け』と言われる立場だったため機会は少なかった。それに、その時には美神もいなかったのだ。美神が合流してからの戦いは、美神にエネルギーを集めてまかせる形だったので、そこでも、ハンズ・オブ・グローリーを見せることはなかったのだ。
 一方、横島にしてやられた形になった勘九郎は、

『メドーサ様の言うとおりだったわね・・・』

 横島を危険視していたメドーサのことを思い出していた。
 そこへ、エミが声をかける。

「あきらめなさい!
 おとなしく火角結界をひっこめたら?」

 横島も、勘九郎が降参するものだと思って、ハンズ・オブ・グローリーを引き抜いた。
 もはや勘九郎としても、終わりだと悟っていた。
 それでも、最後の虚勢をはって、

『ふざけるなクソ共が!!
 死ね・・・!!』

 左手に魔力を集めた。
 しかし、それを放つことは出来なかった。

「この・・・バカヤローが・・・!!」

 雪之丞の強力な霊波砲が、横島の霊波刀による傷跡を押し広げるようにして、勘九郎の体を貫いたのだった。

「・・・てめーだって本当は
 わかってたんだろーによ・・・!」

 雪之丞がつぶやいた頃、外では、火角結界がそのカウントを停止させていた。


___________


「はあ!?
 今回の仕事は私を救出するためだったから、
 必要経費は私が出すんですって!?」

 事件が解決し、安心して帰路についた一同だったが、美神の一言がまた物議をかもし出した。

「食事代も私が出す!?
 誰がそんなこと言い出したのよ!?」

 美神に言われて、全員が視線を唐巣に向けた。

「え・・・!?
 いや、私はそんなこと言ってないぞ!?
 だが美神くん、
 ここは感謝の気持ちをこめてだね・・・」

 唐巣の弁明は通じなかった。

「そんなわけないでしょ!!」
「じゃあ自分が食べた分は自分で払うワケ」
「私は〜〜それでいいわよ〜〜
 令子ちゃん〜〜」

 美神の言葉を、エミと冥子はあっさり受け入れる。
 貧乏人集団も、それほど問題にはならないだろう。これだけの大仕事に関わったのだから、雪之丞以外にも、小竜姫がそれなりに払ってくれるはずだ。
 しかし、ここでドクター・カオスが、

「マリアの補強費と修理費、それに家賃・・・
 これだけで、わしは手一杯じゃ。
 何とかならんかの!?
 以前のようにマリアを貸し出すということで、
 手を打たんか!?」

 と食い下がった。

「OK!! じゃあ時々貸してね」

 実は美神としても、食費請求の件は半ば冗談だった。だから、これで十分である。
 そして、このカオスの交渉を見ていて、雪之丞が何か思いついた。

「そういうことなら・・・。
 俺も時々仕事を手伝う、
 ってことでどーだ!?」

 雪之丞は、日本に住居を構えているわけではない。しかし、日本に立ち寄ることもある。その際、美神のところで一時的に働くというのは、修業のタシになるかもしれなかった。
 一匹狼を自称する雪之丞としては、横島のように美神の事務所で常時アルバイトすることは出来ない。だが、横島の働きぶりを見るのも悪くはないはずだ。
 美神としても、これは悪い提案ではなかった。もし戦闘の要素の大きい仕事であれば、雪之丞は貴重な戦力になるだろう。

「・・・そう!?
 ま、雪之丞がそう言うんだったら、
 あんたにも手伝ってもらおうかしら」

 こうして、臨時ではあるものの、雪之丞も美神の事務所で働くことになったのだった。


(第十五話「魔女と剣士とモンスター」に続く)

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