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『復元されてゆく世界』
初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」(2007年12月から2008年2月)

第十五話 魔女と剣士とモンスター
第十六話 三人の花嫁
第十七話 逃げる狼、残る狼
第十八話 おキヌちゃん・・・
第十九話 おわかれ
第二十話 困ったときの神頼み
第二十一話 神は自ら助くる者を助く






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第十五話 魔女と剣士とモンスター

「どーもー、
 やっぱり来ちゃいましたー!」

 元気よく挨拶しながら、横島が事務所の広間のドアを開けた。
 今日は、雪之丞とマリアが手伝うので、横島は休んでよいと言われていた。しかし、ここへ来ればメシにありつけるだろうと思って、横島は美神の事務所に来たのだった。

「あれ?」

 横島に答えるものは誰もいない。
 今この瞬間、おキヌは別の部屋へ行っていた。除霊仕事の荷物を準備するようにと美神に言われたからだ。美神も、突然思いついて神通棍を新しいものに取り替えようと、やはり別の部屋へ行っていた。雪之丞は遅刻で、まだ事務所に来ていない。
 マリアがポツンと椅子に座っているだけだった。そのマリアも、充電中でスリープしていたから横島には反応しないのだ。

「何やってんだ・・・?」

 何も知らない横島は、マリアに近づいた。恐る恐る手を伸ばしたところで、

「よう! おまえも来たのか!」

 後ろから雪之丞に肩をたたかれた。ちょうど雪之丞も今、事務所に着いたのだ。

「うわっ!!」

 雪之丞に押される形で、上体を倒してしまう横島。彼の前には充電中のマリアが鎮座しているわけだが・・・。

 バチバチッ!!
 バチバチバチバチッ!!

 マリアに触れた横島は感電してしまった。横島の肩に手を置いたままだった雪之丞も同様である。

「のわーっ!?」

 そんな状況のところに、

「よ・・・、横島クン!? 雪之丞!?」

 美神が顔を出した。うっかり近づいてしまったところ、

「だずげでっ・・・!!」

 横島と雪之丞に手を伸ばされて、美神まで感電してしまう。

 カッ!!

 この瞬間、美神の中で眠っていた能力が目覚めた。

『どうしたんですかっ!?
 美神さん!?』

 騒ぎを聞きつけて部屋に入ってきたおキヌが見たものは・・・。
 時空の彼方へと消えていく、美神たちの姿であった。




    第十五話 魔女と剣士とモンスター




「な・・・何が起きたの!?
 ここはどこ・・・!?」

 さっきまで事務所の中にいたはずなのに、今、美神は暗い森の中にいた。

「うぐが・・・」
「ががが・・・」

 横島と雪之丞は、まだ感電のショックから立ち直っていないようだ。

「マリア・・・!!」

 美神に呼ばれてマリアは起き上がり、

「現在地・および・時刻測定・します」

 星の位置を観測する。データと照合した結果、答えが出た。

「北緯・46度22分17秒、東経・10度41分03秒、
 スイス・イタリア国境付近!」
「す・・・すいすいたりあ
 こっきょおお・・・!?」

 美神が絶叫し、横島と雪之丞がようやく起き上がった。
 マリアの解析は続く。

「時刻は22時28分56秒・・・
 11月2日・・・
 ・・・西暦1242年・・・!!」

 彼らは、時間移動してしまったのである。


___________


「マリア、大丈夫!?」

 神通棍を杖代わりにして森の中を歩く美神は、後続に声をかける。

「電圧・・・低下・・・!
 バッテリー警報・・・!!」

 横島と雪之丞がマリアに肩を貸しているのだが、マリアはもう限界だ。

「電圧・危険値まで・低下・・・!!
 スリープ・モードに・強制移行!
 ・・・すみません・マリア・眠ります・・・!
 グッド・ラック・・・!!」

 ついにその場に倒れ込んでしまった。
 こうなると、マリアは重たい鉄の塊である。もはや、その場に置いていくしかなかった。

「寒い・・・!」
 
 美神は、いつものボディコン姿である。冬の夜の森林を歩けば、寒いのも当然だ。美神の愚痴は続く。

「お金も道具もない、おキヌちゃんはいない、
 マリアは動かない・・・、
 こんなとこでバカ二人と三人っきりなんて・・・!!」
「バカとはなんだ!!
 だいたいタイムスリップしたのは・・・」

 言い返そうとした雪之丞だったが、何かの気配に気がついた。そちらへ目も向けずに、

「フン、そこか!!」

 と、いきなり霊波砲を放つ雪之丞。
 それに応えるように、

『ギョアアアーッ!!』

 木々の間から、一体のモンスターが飛び出してきた。


___________


「こいつは・・・」
「『動く怪物の石像(ガーゴイル)』だわ・・・!?」
「ひえええっ!?」

 それは、大きな翼をもつ鳥型のモンスターだった。美神の言うとおり、その表面は石で覆われている。

「いくら中世ったって 
 こんなのがそこらへんをウロついてるなんて・・・!」
「面白い・・・。
 俺好みの展開になってきたじゃねーか!!」

 不審がる美神とは対照的に、バトルマニアの血をたぎらせる雪之丞。
 彼は魔装術を展開させて、殴り掛かっていく。だが、

「何っ!?」

 表面を削ることしか出来なかった。
 美神や横島が攻撃しても、

「こいつ、装甲がぶ厚くて、
 神通棍じゃ歯がたたない!!」
「俺のハンズ・オブ・グローリーも!!」

 やはり効果がない。

「なんて装甲だ!!
 ええい、この時代のモンスターはバケモノか!?」

 雪之丞が驚愕している中、

「新手・・・!?」

 さらにもう一体、出現した。今度のはサイズも小さく、雰囲気もガーゴイルとは全く違う。ロボット犬のようだった。

「グルルルッ!!」

 ロボット犬は、美神たちではなくガーゴイルへと飛びかかり、口から強烈なエネルギー波を放った。

 ズバッ!!

 美神たちが苦労したガーゴイルを、なんと一撃で破壊してしまった。
 それを見た雪之丞が、

「攻撃力はスゲーようだが・・・。
 防御の方はどうだ!?」

 霊波砲をロボット犬に向けて打ち出す。
 ロボット犬はガーゴイルを攻撃した直後で、回避出来ない。
 雪之丞の攻撃がロボット犬の腹部を貫いて、ロボット犬は地面に倒れ伏した。

「フン、もろいもんだぜ。
 ・・・ん?」

 勝ち誇る雪之丞だったが、

「・・・囲まれてるぜ」

 自分たちを取り囲んでいる小さな気配に気付き、美神に進言する。

「えっ!?」

 言われて、美神が周囲に目を向けた時。

「カオス様のバロンがやられた!!」
「姫さまに知らせるんだ!!」
「逃げろーっ!!」

 周りの茂みの中からあらわれた人々が、クモの子を散らすように逃走していった。
 
「あれって、ここの村人なんじゃないっスか!?」

 横島は、彼らの服装から、そう判断していた。彼らが手にしていた武器も、鍬や鎌や手斧など、生活用具の範囲内だった。

「そうね」

 美神の肯定を受けて、

「そりゃあマズイんじゃねーか!?
 現地の人間の協力がないと・・・」

 と言う雪之丞だったが、ロボット犬を攻撃したのは彼である。雪之丞のせいで、彼らと敵対してしまったのだ。

「そんなことより、
 『カオス様のバロン』って言ってたわね?
 ここにドクター・カオスがいるんだわ・・・」

 美神は、ロボット犬にチラッと目をやった。その雰囲気から、ガーゴイルではなくこちらがカオス作だと感じていた。

「どうします・・・?」
「『カオス様』と呼ばれてたくらいだから、
 お偉いさんと通じてるんでしょ、カオスが。
 ここの領主と面会しましょう」
「そうだな。
 領主くらいだったら、
 そこらへんの村人とは違って、
 俺たちを誤解することもないだろう」

 雪之丞は、美神の意見に全面的に賛成したわけではなかった。
 ドクター・カオスが領主のところにいるとは限らない。村人から慕われているだけで、支配者層とは仲が悪いかもしれないのだ。だが、その場合でも、領主のところへ行けば何らかの助けが得られるだろう。
 そう考えて、雪之丞は美神の言葉に従うことにしたのだった。
 横島は美神の考えに異存はなく、こうして三人は、城を探して歩き始めた。
 マリアほどではないがバロンも重量があったので、その場に放置することに決まった。
 この時バロンのアンテナから信号が送られていたことに、彼らは気付いていないのであった。


___________


「!!
 緊急コールサイン!!
 バロンからか!?」

 ドクター・カオスが、バロンからの信号をキャッチした。
 すでに三百歳近いはずのドクター・カオスだが、その外見は、青年のようだ。
 彼は、今、地中海の上空を飛んでいた。エイのような形状の航空機『カオスフライヤー』を操り、ここで猛威をふるう吸血鬼を退治しようとしていたのだ。
 ちょうど銀の機銃弾を撃ち込んだところだったのだが、

「とどめはまた今度だな・・・!!」

 緊急信号を優先して、反転。その場をあとにした。
 そのまま、しばらく飛び続ける。
 サインの発信源に近づいたところで、
 
「そろそろだな・・・」

 カオスは、眼下に注意を向けた。そして、

「ん? あれは・・・!?」

 カオスフライヤーの高度を下げた。
 森の中の道を歩く三人に気付いたのである。
 先頭は女性のようだが、その格好は、村人のものとも貴族階級のものとも異なっていた。異常なほど脚や腕を露出させている。
 右後ろの男の服装も少し妙だったが、何より彼の特徴は、手にしている剣と盾だ。金属の光沢とは全く異なる輝きをはなっていた。
 そして、左後ろの人物が一番奇妙だった。その上半身は甲殻類の殻らしき物に覆われていたのだ。

「面妖な・・・。
 魔女と剣士と・・・エビ男?
 捕獲したモンスターを仲間にしているのか!?」

 この一党こそが、バロンの緊急コールサインの原因であろう。そう察知したカオスは、カオスフライヤーの高度をさらに下げた。


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「また・・・!?」
「来たぞ!!」

 一方、地上を歩く美神たちも、上空から迫り来る存在に気がついていた。

「今度はエイの化物っスか!?」

 横島は、サイキック・ソーサーを投げつけた。ハンズ・オブ・グローリーを伸ばすには、まだ距離がありすぎたからだ。

「くらえ!! 連続霊波砲!!」

 横島の攻撃に併せるように、雪之丞も、エネルギー弾を空へ放った。
 しかし、サイキック・ソーサーは機銃で迎撃され、霊波砲は全て回避されてしまった。上空の飛行物体は、その巨体にも関わらず、高い旋回性能を持っていたのだ。
 その様子を見て、

「横島クン!! 雪之丞!!
 やめなさい!! あれは・・・」

 美神が気付いた。あれはガーゴイルの仲間のモンスターではない。バロン同様、カオスの作品だ。
 しかし、一度攻撃の意志を向けてしまった以上、もう遅かった。

 ズガガッ!! ガガガ!!

 銀の機銃弾が美神たちを襲う。

「きゃあっ!!」

 慌てて飛び退く美神たち。

「・・・仕方ないわね。
 とりあえず隠れるわよ!!」
「え? 隠れるって、どこへ!?」
「こっちだ・・・!!」

 三人は、木々の中へと飛び込んだ。


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「ふっ、逃げおったか・・・。
 まあよい」

 カオスは、敢えて三人を追撃しようとは思わなかった。さきほどの銃撃も、牽制程度に過ぎなかった。

「あの剣士の盾は、武器にもなるのだな・・・。
 それに、エビ男には光線砲があるわけか」

 それだけ分かっただけで十分だ。所詮、小手調べだったのだから。
 本格的に戦うというのであれば、絨毯爆撃のようなことも出来る。しかし、カオスには、近辺の森林を破壊する意図はなかった。
 
「奴らの探索は、明日になってからでもよかろう。
 まずはバロンを回収する方が先だ」

 三人にはこだわらず、その場を離脱するカオスであった。


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 その頃、近くの村では、

「姫さま!! 大変です!
 カオス様のバロンがやられてしまいました!!」
「なんですって!?」

 村人が一軒の家に駆け込んでいた。
 報告を受けた女性は、辺り一帯の領主の娘、マリア姫である。彼女は、この村で生活していた。

「相手は誰ですか、
 プロフェッサー・ヌルの人造モンスターですか!?」

 マリア姫の質問にあるプロフェッサー・ヌルというのは、最近現れた邪悪な錬金術師である。彼は、マリア姫の父である領主を妖術でたぶらかし、利用しているのだ。その要求に応じて、領主は、マリア姫をヌルの妻にと差し出そうとしたくらいだった。さらに、城に居座ったヌルが、そこを人造モンスター製造のための工場としてしまったため、マリア姫は城から逃げ出したのだった。

「・・・わかりません」

 村人が答えたが、要領を得ない。
 彼を補足するように、続いて入ってきた人々も、口々に説明する。

「一人は人間のようにも見えるモンスターで、
 今までの人造モンスターとは雰囲気が違いました」
「他に二人、魔女と剣士がいっしょです」
「ヌルの人造モンスターに襲われていました」

 マリア姫は、考え込んでしまう。

(では、プロフェッサー・ヌルの他にも、
 邪悪な輩が現れたというのか・・・?)

 そこへ、さらに別の者たちが報告にきた。

「その近くで、おかしなものを見つけました。
 こちらへ・・・」

 村人に案内されて、マリア姫は、村の広場へ向かう。
 木製の台車でそこに運ばれてきたのは、鉄でできた機械人形だった。若い女性を模しているのだが、髪型や顔立ちなど、どこかマリア姫と似た雰囲気があった。
 
「これは・・・!!」

 類似に気付いて驚くマリア姫だったが、そんな彼女に、遠くから声をかける者がいた。

「私が少し留守にした間に、
 色々とあったようですな」

 ドクター・カオスである。
 彼は、今、村へ歩いて入ってくるところだった。

「カオス様!!」

 マリア姫が、そちらへ走っていく。

「戻ってきてくれると・・・。
 戻ってくれると信じていたぞ・・・!!」

 そう言いながら、彼女は、カオスの胸に飛び込んだ。


___________


「ガーゴイルTFC02577の反応が
 西の村で消えた・・・」

 城の広間に、一人の男が立っている。
 彼は、大画面に映し出した地図を眺めながら、つぶやいていた。
 顎から耳まで続くヒゲを生やした禿頭の男、彼こそが、プロフェッサー・ヌルであった。

「どうやらネズミたちは
 あのあたりのようですね」

 そう言いながら、ヌルは後ろへ振り返る。彼から離れたところで、部下の一人が命令を待っていた。

「ドクター・カオスも
 戻ってきているかもしれません。
 行って捕えてきなさい」
「はッ!!」

 部下が退室した後で、ヌルは、ドクター・カオスのことを考えていた。

「・・・ぜひ会ってみたい。
 彼なら『我々』の野望にも理解を
 示してくれると思うのですが・・・。
 できれば良い友になりたいものです。
 天才は天才としか
 解りあえないものですからね・・・!」


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「ひどい奴らだ・・・!!
 中枢機能が無事だったのは幸いだったな、バロン!」

 ドクター・カオスは、修理のためにバロンを台の上に寝かせた。
 ここは、ドクター・カオス秘密研究所。その入り口は、滝の裏に隠されている。
 今、彼は、ここにバロンとアンドロイドを運び込んでいた。マリア姫も同行している。

「・・・にしても驚くことばかりだ!
 私以上の天才が城を乗っ取って
 モンスターを作っているだと!?
 で、さらに例の三人組か!!」

 マリア姫が一通り説明したので、ドクター・カオスも、マリア姫をとりまく状況を把握していた。
 マリア姫は、さらに、

「まずはヌルの方だ!!
 ヌルは父上をあやつり、領地を乗っ取るつもりだ!!
 村人はモンスター造りの資金をしぼりとられ、
 私の身も危うい・・・」

 と迫ったが、カオスはマリア姫の言葉を制した。

「それより・・・。
 姫は、こちらには興味ないかな!?」

 カオスが指さしたのは、アンドロイドのマリアだった。
 それを見て、マリア姫も黙り込んでしまう。それから、ゆっくりと口を開いた。

「私と似ているようにも見えるが・・・」
「さよう」
「これもヌルが作ったものだろうか・・・!?」

 彼女は、おぞましいと感じて、体を震わせた。ヌルが自分を欲しているのを知っていたからだ。執着のあまり、身代わりの機械人形を作り上げるとは、正気の沙汰ではない。

「いや、違いますな。
 これをご覧ください・・・!!」

 そう言いながら、カオスが奥の引き戸を開けた。

「あっ!!」

 マリア姫が驚く。
 中には、作りかけのアンドロイドがあった。

「カオス様も機械人形を!?」
「人造人間試作M-666です!」

 カオスの人造人間には、まだハッキリとした顔はなかったが、他の部分はほぼ完成しているようだった。マリア姫にも、それが捕まえたアンドロイドと酷似していることは理解出来た。

「では、誰かがカオス様の設計図を盗んで・・・」
「いや、こいつの設計図は、私の頭の中です。
 まだ、紙に起してはいない。
 誰にも真似されるはずがないのです」

 説明しながら、カオスは、アンドロイドのマリアを解析する。同時に、その充電まで始めていた。

「しかも、これから私が加えようという装備まで、
 こいつには既に備わっている。
 私の考えを先取りしたかのようです」
「では、いったい・・・」
「これは未来の私が作ったもののようですな・・・。
 つまり、こいつは未来から来たのです!!」
「未来から!?
 そんなことが・・・!?」

 驚くマリア姫だったが、内心では、

(では、この機械人形を私に似せたのも、カオス様なのか!?)

 と、そちらが気になっていた。
 しかし、それをヌルにされたと思ったときには嫌悪を感じたのに、同じことをカオスがしたと聞かされると、むしろ嬉しく思ってしまうのだった。
 そんなマリア姫の内心には気付かず、カオスは作業を続けていた。

「・・・どうやら充電完了のようだ。
 これで、こいつも起動するでしょう」

 カオスの言葉と同時に、アンドロイドのマリアが動き出す。そして、

「ドクター・カオス・・・!!
 マリア・会いたかった・・・!」

 人間に害がない程度の力で、カオスの手をキュッと握るのであった。


___________


「・・・と・いうわけ・です」

 カオスは、アンドロイドのマリアから、美神たちに関する説明を聞かされていた。

「ふむ・・・。
 やはり未来から来たのか。
 すると、あの三人組は敵ではないのだな?」
「イエス・ドクター・カオス!
 みんな・マリアの・友だち」

 これで、カオスとマリア姫は、ようやく全貌が理解出来たのだった。
 もちろん、理屈としては、このアンドロイドが嘘をついている可能性もある。アンドロイド自体に嘘をついている自覚はなくても、敵に捕まって再プログラムされてしまい、間違った情報をインプットされたかもしれないのだ。
 しかし、カオスの心情として、それはないだろうと考えていた。再起動直後のアンドロイド・マリアの様子を見て、このマリアを信じていいと直感したのである。

「バロンへの攻撃も
 お互いの誤解として水に流して・・・。
 彼らと協力してヌルと戦うのが得策でしょうな」

 カオスは、美神たちの戦力を思い出しながら、頭の中でプランを練っていた。カオスの想像が正しければ、彼らが未来へ帰るためにはカオスの協力が必要なはずだ。お互いさまだろう。
 こうして、ようやく話がまとまったところへ、

「姫さま!! 大変です!
 プロフェッサー・ヌルの部下どもが村を・・・!!」

 村人が走り込んできた。


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 村を襲ったのは、ヌルの親衛隊『暗黒騎士団』だった。しかし、名前は仰々しいものの、隊長のゲソバルスキー男爵以外は、ザコソルジャーの集団にすぎなかった。
 人造モンスターの火竜も連れていたが、それでも、カオスと戦うには十分な戦力ではなかった。
 何しろ、カオス側は、まだカオスフライヤーも健在だ。さらにアンドロイドのマリアと、修理を済ませたバロンを擁していたのだ。
 ヌルの手下たちは、

「い・・・一時退避だ!!
 ヌル様に知らせろ!!」

 ほうほうの体で逃げ帰っていった。それ見て、

「口ほどにもない奴らでしたな・・・。
 これならば、例の三人組と合流するまでもない。
 この機に一気に叩きましょう!!
 姫の城を取り戻すのです!!」
「カオス様・・・!!」

 カオスたちは、ヌルの居城へ乗り込むことを決意した。


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「・・・ここが領主のお城よね?」

 美神たちは、ようやく目的地に辿り着いていた。森の中から高台の城が目に入ったので、そこを目指して歩き続けた結果だった。
 ここは今やヌルの城なのだが、美神たちは現状を知らない。正当な領主が治めていると信じきっていた。

「・・・それにしても、すいぶん物騒だな!?」
「モンスターやら何やらの世界だからね。
 当然なんじゃないかしら!?」

 城の正面にズラリと並んだザコソルジャーを見て、雪之丞が警戒したが、それを美神は流してしまう。また雪之丞が戦端を開いてしまうのではないかと心配したからだ。
 美神が、ズイッと一歩前に出る。そして、

「領主様に会いにきたの。
 取り次いでくれない?」
「何者だ・・・!!」
「そうねえ・・・。
 あんたたちじゃわかんないだろうから、
 『遠い遠いところから来ました』
 とだけ伝えてくれる?」

 いつもの高圧的な態度で、接見を要求した。
 後ろで聞いていた横島や雪之丞は、

(そんな言い方ないっスよ、美神さん)
(これじゃあダメだな)

 と思ったのだが、美神の要請は通じてしまった。兵士たちが命令されることに慣れていたせいかもしれない。
 兵士の一人が、伝達のために城の中へ入っていった。彼は、そのままヌルのもとまで進み、
 
「ヌル様!!」
「何事です!?」
「それが・・・」

 出来る限り詳しく、事情を告げた。
 しかし、その説明では、おかしな格好の三人組が領主に面会に来たことしかわからない。

「都からの勅使か何かでしょうか・・・?
 あるいは、ドクター・カオスの使い・・・?」

 好奇心を刺激されたヌルは、三人と会うことにした。


___________


 美神たち三人がヌルの面前まで案内された。
 美神は単刀直入に、

「領主様・・・、
 ドクター・カオスをご存知ですよね?
 彼の助けを借りたいのですが・・・」

 と要望した。
 ヌルは、それに対して正直に答えてみせる。

「ドクター・カオス・・・!?
 もちろん、その名は存じております。
 彼は私と同じ種類の人間、いわば同志だ。
 二人で共同研究をすることになるでしょう」
「共同研究・・・?
 あんた、ここの領主じゃないの?」

 美神が眉をしかめた。何か話がおかしいと気が付いたのだ。

「ほっほっほっほっ。
 申し遅れましたが、私の名はヌル。
 プロフェッサー・ヌルとお呼びください。
 領主様は私の仕事に大変興味と理解を示して、
 この城を私にまかされました。
 ですから私は領主代理とでも言いましょうか。
 もっとも、領主様は
 娘を私の妻にともおっしゃっているので、
 次期領主と言うことも出来るでしょう」

 ヌルは、さらに、聞かれてもいないことまで話してしまう。

「私はここで人造モンスターを製造しています。
 大量生産して世界中に
 売りさばきたいと考えているのです。
 どこの国も喜んで買ってくれることでしょう。
 あっという間に私は巨万の富を得る!
 この土地も、すぐに豊かになりましょう!」

 そこまで話を聞いたところで、美神がヌルをにらんだ。

「ペラペラと喋っちゃって・・・。
 自分の悪事を自分で暴露するなんて、
 あんた典型的な悪役ね」
「悪事・・・?
 巧みな商売で国を豊かにすることが、
 悪事だというのですか・・・?」

 意外そうな表情を見せるヌルに対して、美神は、呆れたように返した。

「あのさあ・・・。
 なんでモンスターなわけ?
 この時代、武器を売るなら
 別にモンスターでなくても、
 銃や爆弾でも十分とんでもない
 新兵器になると思うんだけど?」

 美神の言いたいことを察知して、ここで雪之丞が口を挟む。

「なるほど、そりゃそうだな。
 人造モンスターと言やあ、
 技術も工程もはるかにデリケート、
 材料も特殊なものが必要だもんな。
 普通の人間なら、モンスターは作らんだろう。
 普通の人間なら、な」
「そういうこと。
 さてはあんた魔族ね!?」

 自分の直感をズバリと口にした美神に、一瞬ヌルも怯んでしまった。
 その反応を見て、

「・・・やっぱりね。
 そのくせカオスと共同研究なんて言ってたの?
 バカね、いくらカオスでも
 魔族と手を組むわけないでしょう!!」
「それに、世界が人造モンスターで
 あふれたなんて歴史もないからな」

 美神と雪之丞が言葉を投げつけた。
 ようやく横島も事情を理解したのだが、彼は気の利いた言葉は何も思いつかなかった。
 一方、彼らの言葉の端々から、ヌルも一つの事実に気が付いていた。

「『この時代』・・・!?
 『歴史』・・・!?
 そうか、未来から来たのか!!」

 魔族上層部からは、時間移動能力者は始末するようにという通達が出ている。だからヌルは、そうした者たちの存在も、彼らが来る可能性も分かっていたのだった。
 しかも、自分の正体を知られてしまったというのであれば・・・。

「あなたたちには、
 ここで死んでもらいましょう!!」

 ヌルの言葉とともに、その場の兵士たちが、美神たち三人に襲いかかった。
 しかし、ザコソルジャーなど、美神たちの敵ではない。

「だああっ!!」

 美神の神通棍が、横島の霊波刀が、雪之丞の魔装術が、次々と兵士たちを薙ぎ倒す。

「ええい・・・!
 ザコソルジャーを何体呼んでも
 役には立たないようですね・・・!
 ならば!」

 ヌルがそこまで叫んだ時、慌ててその場に駆け込んでくる兵士があった。

「ヌル様!!
 ドクター・カオスの襲撃です!!」


___________


 城門では激戦が繰り広げられていた。
 元々そこを守護していた兵士たちに、ゲソバルスキー男爵以下、敗走してきた一団が加わっていた。彼らが、バロン並びにカオスフライヤーを迎え撃っているのだった。
 しかし、このカオスフライヤーは自動操縦で動かされていた。

「あれだけの化物を量産する以上、ヌルには
 おそろしく強力なエネルギー源があるはずだ!!
 それを取り上げん限り奴は倒せん!」

 カオス自身は、空飛ぶ絨毯に乗って反対側から城に迫っていた。バロンとカオスフライヤーの攻撃は、警備の注意を引きつけるための囮だったのだ。
 カオスの横には、マリア姫もいる。そして、二人を守るように、アンドロイドのマリアが後ろを飛んでいた。

「中庭へ降りて!
 秘密の通路があるのじゃ!
 地下のモンスター工場へ直行できる!」

 マリア姫の言葉にしたがって城に潜入したカオスたちは、攻撃を受けることもなく、巨大な地下工場にたどり着いた。

「これが・・・人造モンスター工場!!
 素晴らしい・・・!!」

 カオスが感嘆するように、そこには、大小さまざまなモンスターがズラリと並んでいた。

「M-666・・・いやマリア!
 この工場の魔力供給源の位置は!?」
「イエス!
 スキャン・します!」

 マリアが認識した一つの扉を、カオスが開ける。

「な・・・これは・・・!!」

 そこには巨大なエネルギー炉があった。丸ガラスを通して中を覗くと、この世のものとは思えぬ光景が目に入った。

「ま・・・まさか・・・!!」
「なんなのです、これは!?」

 姫の問いに、カオスが答える。

「『地獄炉』です!!
 ヌルの奴、地獄からパイプラインをひいて、
 直接魔力の源にしていたのだ!
 文字どおり、この城には
 地獄へ通じる穴が開いていたのですよ!」

 姫の質問に答えながら、カオスは考えていた。

(いくらヌルが天才とはいえ、
 こんなものを作り上げるとは・・・。
 それに人造モンスター・・・。
 もしかすると、奴は人間ではない!?
 ・・・魔族か!?)

 地獄炉を目の当たりにして、カオスもまた、ヌルの正体に気が付いたのだった。


___________


 一方、城の広間では。

「ドクター・カオスの襲撃だと!?
 ならば、おまえたちは、そちらへ向かいなさい!!
 こいつらは、私自ら相手しましょう!!」

 ヌルは、兵士たちに指示を飛ばし、

「本物の魔法の威力を見せてあげましょう!」

 美神たちに向き直った。

「何!? あの杖は・・・!?」

 美神たちが警戒したように、ヌルは特殊な杖を取り出し、それを手にしていた。

「魔族一、術に長けた私の前では・・・。
 貴様などカエルに等しい!!」

 ヌルの叫びとともに、杖から光が放たれた。

「美神さん!!」

 横島が、かばうかのように美神の前に立ち、サイキック・ソーサーを構えた。だが、サイキック・ソーサーでは耐えきれなかった。

「わっ!!」
「横島クン!!」
「横島!!」

 美神と雪之丞の目の前で、横島はカエルに姿を変えてしまった。

「あの杖、見たこともないパワーだわっ!!」
「それなら!!」

 雪之丞が、ヌルの手めがけて霊波砲をうった。

「しまった!!」

 ヌルの手から杖が弾き飛ばされる。サッと飛んで美神がそれをキャッチした。

「今度はこっちの番よ、
 プロフェッサー・ヌル!!
 ブタになれ!!」

 魔力の光が、ヌルへと向かった。しかし、

「フン!!
 私にはそんなものは効きません!!」

 杖の魔力を、ヌルは素手で弾き返してしまう。

「わっ!?
 反射した・・・!?」
「プギー!?」

 今度は雪之丞がブタになってしまった。
 仲間を変身させられた美神を、さらに追いつめるかのように、

「未来へは帰さん!!
 おまえらの命は私の知識を
 増やすために使わせてもらう!!」

 今、ヌル自身もその姿を変えつつあった。

『これが私の真の姿・・・!!
 我がおぞましき姿に
 おそれおののくがいい!!』

 巨大なタコの悪魔と化したヌルだが、ヌルのセリフは、日本人の美神にはピント外れだった。日本では、タコは食用である。

「おいしそう・・・!」

 森の中を延々歩いたせいで、空腹だったのだ。

「タコ焼きにしてやるわっ!!」

 美神は、アクセサリーの精霊石を投げつけた。

『フ・・・!』

 不敵に笑いながら、自らの足でカバーするヌル。
 何本かは消し飛び、一本は切り落とされた形となった。だが、全ての傷口から、すでに新しい足が生えようとしていた。しかも、

「何・・・これ!?」

 切り落とされた足の先端が形を変え、ゲソバルスキーがもう一人誕生していた。

『そうです。彼は我が分身!
 足を切れば数が増えるばかりですよ・・・!』

 すでに切り札の精霊石を使ってしまった美神に、なす術はない。

「戦略的撤退ーっ!!」

 彼女は、その場から逃げ出した。カエルとブタも、美神の後を追う。


___________


「元に戻れ!!」

 城の台所らしき場所に逃げ込んだ美神は、ようやく、横島と雪之丞を人間に戻すことが出来た。
 しかし、彼らがホッとする間はなかった。
 台所の壁を突き破って、

『逃がしません!!』

 大ダコのヌルが現れたのだ。足の一つをもたげて、美神たちを攻撃する。

「うわ!?」
「熱っ!!」

 ヌルは、余裕綽々で自分の特性を説明し始める。

『我が八本の足には八つの力が宿っている!
 今のは火炎の足!
 次は雷の足!!』

 その言葉どおり、美神たちに電撃が襲いかかった。
 美神は、

「こなくそっ!!」
 
 手近にあった四角いタンクを蹴り飛ばす。そこには油が入っていたようで、美神たちとヌルとの間で引火した。
 火炎が視界を遮っている間に、

「えいっ!!」
「美神さん、この穴へ!!」

 雪之丞が、霊波砲で床に脱出口を作っていた。横島に促されるまま、美神は二人に続いた。

「!!」

 しかし、台所の下は、美神たちの想像を超える巨大な空間だった。人造モンスター工場である。

「ふん!!」
「伸びろーっ!!」

 雪之丞は下に向かって霊波を放出、その反動で落下のスピードをゆるめた。横島は、ハンズ・オブ・グローリーを伸ばして床に突き立て、やはり落下の衝撃をやわらげる。

「助かった・・・!!」

 そして美神は、二人の背中の上に降り立ち、彼らをクッションとした。
 しかし、美神の言葉は少し早過ぎた。

『死ね!!』

 彼らを追うように降りてきたヌルが、三人を攻撃したのだ。

「わーっ!!」

 その勢いで、美神たちは、近くの小部屋へと押し込まれてしまう。
 室内では、ちょうどカオスが作業をしていた。

「おまえたち!? なんで・・・!!」

 ここに美神たちが来ていることなど知らなかったカオスである。アンドロイド・マリアの説明で敵ではないと分かっていたのだが、それでも一瞬、美神たちがヌルと手を組んだのだと思ってしまった。
 だが、美神たちの様子は、追手のものではない。カオスは、すぐに誤解だと気が付いた。
 一方、美神たちも最初は困惑していた。

「あれ・・・!?
 あんた、もしかしてドクター・カオス!?」
「こ・・・これがカオス・・・!?
 う、うわーマジ!?」

 この時代のカオスと顔を合わせるのは初めてなのだ。そのカオスの外見は、美神たちが知るものよりも遥かに若い。だが、その服装や雰囲気、かたわらのマリアの存在などから、美神は、カオスだと認識することが出来た。

「何してんのよ、こんなところで!?」
「俺たちは敵じゃないんだ。
 悪かったな、あの攻撃は・・・」

 美神の質問に続いて、雪之丞が謝ろうとしたが、

「わかっておる!!
 ヌルのエネルギー源を止めるところだ!!」

 カオスは、雪之丞の言葉を遮り、美神の質問に端的に答えた。そこへ、

『貴様ら、私の地獄炉に何をしている!?』

 ヌルも入ってきた。
 カオスが何をしようとしているのかを見抜いて、

「させるかーッ!!」

 氷の足から散弾を放つ。

「マリアの後ろに下がって・・・!!
 こんなの食らったら生身の人間は・・・」

 そう叫ぶ美神の前では、横島がサイキック・ソーサーを展開させて立っていた。

「え」

 しかし、横島のサイキック・ソーサーは、全身をカバーするには不十分だったらしい。彼の腹には、大きな氷塊が突き刺さっていた。

「な・・・、なんじゃあこりゃああ!!?」

 横島が、ゆっくりと倒れ込む。

「横島クン!!」
「横島!!」

 美神と雪之丞が慌てて駆け寄った。

「横島クン!!
 しっかりしなさい!!」

 横島を抱きかかえる美神に対し、返ってきた言葉は、ただ一言。

「美神さん・・・」

 美神の腕の中で、横島はその生気を失っていく。
 そして・・・。
 全く動かなくなった。
 カオスが近寄り、横島の脈を、瞳孔をチェックする。

「死んどる」

 そのカオスの言葉が、美神の頭の中で反響する。

「死・・・?」

 美神はブチ切れた。

「ヌルゥウウッ!!
 よくも・・・!!」

 逆上してヌルに突撃した美神に、

『ほほほほ!!
 そう怒らなくても、
 すぐにあなたも殺して上げます!
 くらえ!! 雷の足!!』

 ヌルの雷が直撃した。


___________


「美神さん!?
 どーかしたんスか!?」
「よ、横島クン!?」

 美神が気付いた瞬間、目の間には横島が立っていた。

「よかった、無事だったのね・・・!!」

 横島の胸に飛び込んでしまう美神。

「え!? あの・・・」

 しっかり美神を抱きしめる横島だったが、ありえないシチュエーションに困惑している。

「どうしたんだ!?
 普通、逆だろ・・・!?」

 雪之丞も不思議がっている。
 
「ここはどこ・・・!?」

 ゆっくりと横島の胸から顔を上げた美神は、辺りを見回した。
 そこは、少し前に美神たちがいた台所だった。

「・・・台所!?
 !! そうか・・・!!
 あの時、逆上してヌルに向かっていって・・・。
 たしか電撃を食らったわ・・・!!」

 ようやく気付いた美神は、唇を近づけてきた横島を蹴り飛ばし、体を離した。

「雪之丞!!
 かまどを撃って! 早く!!」

 美神は、かまどの後ろの壁をにらんだ。

「まちがいないわ!
 私は奴の攻撃を使って、
 とっさに時間を逆行したんだわ!!」

 美神が叫んでいる。
 雪之丞は、わけが分からないながらも、言われたとおり霊波砲を放った。それは、

『ぐわああっ!!』

 ちょうど現れたヌルに直撃する。

『な、なぜ私の位置が!?
 くそっ!!』

 位置だけではなく、今の美神には、ヌルの次の攻撃も分かるのだった。

「横島クン!!
 ダブル・サイキック・ソーサー!!」

 横島に両手で盾を展開させて、それで炎撃を防ぎ、

「変化の杖よ!
 己自身を鉄と変えよ!!」

 杖を避雷針として、雷撃をかわす。

「カオスたちと合流するわ!
 床に脱出口を開けて!!」 
「カオスが来てるんスか!?」
「なぜ分かる・・・!?」

 横島と雪之丞が疑問を投げかけてくるが、それに答えている暇はなかった。


___________


「まだ停められんのか、カオス様!?」
「そうせかさんでくれ、姫!
 うかつなことをすれば地獄炉が暴走する!!
 そうなったら一瞬で城は蒸発し・・・」

 マリア姫とカオスの会話を、

「そんなこと言ってる場合じゃないわ!!
 急いで!!
 今すぐ停めないと手遅れになるわ!!」

 駆け込んできた美神が遮った。

「こ・・・これがカオ・・・」
「俺たちは敵・・・」

 横島と雪之丞も何か言いかけるが、

「あんたたちは黙ってて!!」

 振り向いた美神の一喝で、口を閉ざした。
 美神はカオスへ向き直り、再び詰め寄る。

「さっきは偶然うまくいったけど、
 次も時間を逆行できるか自信がないの!」
「な、何を言っておるんだ!?」
「早く・・・!!
 急がないと横島クンが・・・!!
 横島クンがまた死んじゃう!!」

 この時代のカオスは、頭の回転も速い。
 美神と話をするのは初めてだった。だが、アンドロイドのマリアから聞かされていたので、美神が時間移動能力を持つことは既に知っている。そのため、すぐに美神の言葉を理解することが出来た。

「おぬし、ひょっとして・・・
 時間を超えたのか・・・!?」
「お願い・・・!!」

 カオスは心を決めた。

「よかろう!!
 しょせん人間一度は死ぬ!!
 不老不死などと大口をたたいている私といえども、
 いずれ少しずつこの身は朽ちてゆく運命!!
 ならばホレた相手と共に死ぬのもまた一興!!」

 カオスの言葉の意味を悟ったマリア姫が、

「お供します!
 どうかご随意に!」

 と頷いた。


___________


『貴様ら、私の地獄炉で何をしている!?』

 ヌルが入ってきた。

「カオス!!」
「大丈夫!! まかせろ!!」
『させるかーッ!!』

 しかし、ヌルの攻撃は間に合わなかった。すでにカオスの指は、スイッチを押している。

『地獄炉を逆操作したのか・・・!?
 な・・・なんてことを・・・!!』

 炉の異常を感じ取ったヌルは、カオスが何をしたのか悟った。

「吸いこまれるー!!」
「炉に落ちたら最後だぞ!!
 こらえろっ!!」

 美神やカオスたちも余裕はないが、ヌルは彼ら以上だった。
 魔族は本来、人間界ではその力を一部しか使うことができない。それなのにヌルが強大なパワーを振るうことが出来たのは、地獄炉のおかげだったのだ。

『く・・・!!
 いかん! 力が抜けていく・・・!!』

 ヌルの悲鳴に、雪之丞が反応する。

「そういうことなら・・・。
 借りを返すには、いい機会のようだな」

 雪之丞と横島が、右手をヌルへと向けた。

「よくもブタにしてくれたな!!」
「これはカエルにされたお返しだ!!」
『グワアアアッ!!』

 雪之丞の霊波砲と横島のサイキック・ソーサーが炸裂。爆発とともに、ヌルは地獄炉へ吸い込まれていった。


___________


 一同は、村へ戻る。
 カオスとマリア姫は、今後、城を元通りに戻さなければならない。それには村人の手助けが必要だった。
 だが、彼らが村に着くと、お祭り騒ぎが待っていた。
 凱旋を祝う村人たちを遠巻きに見ながら、

「・・・現代に戻るために
 なんとか力を貸して欲しいのよ」

 美神は、カオスに協力を求めた。

「ふむ。
 確かに、おまえさんだけでは不可能だろうな」

 あらためて美神の口からその能力について説明されて、カオスは一つの結論に達していた。
 時間や空間を超えるには、ただジャンプする力があればよいわけではない。時空を見通し、座標を直感的に把握する感覚が必要だ。美神の母親にはそれが本能的に備わっていたようだが、美神自身は、そうしたイメージをすることが出来なかった。城で短い時間を逆行したのも、偶然に過ぎない。
 
「おまえたちをここへ導いた者は、あのマリアだな」

 カオスは、村人に混じって料理を手伝うアンドロイドを見ながら、つぶやいた。
 マリアに組み込まれた時間座標のために、美神たちは、ここへやってきたのだ。

「じゃあ、マリアといっしょなら帰れるわけね!?」
「ああ、間違いなかろう。
 私がマリアを解析すれば、確認も出来よう」

 嬉しそうな美神の問いかけに、カオスは頷いた。
 安心した美神は、自分の能力に思いを馳せる。

「時間移動か・・・。
 たしかに最強の力だと思うけど、
 危なっかしくて私には
 あつかいきれそうにないわ」
「小竜姫なら封印できるんじゃねーか?」

 いつのまにか横に来ていた雪之丞が意見を述べた。

「そうね、それがいいかも。
 もう二度と、
 あんなにうまくは使えそうもないから・・・」

 美神は賛成した。
 彼女の視線は、村人といっしょになって楽しんでいる横島のほうへ向いていた。
 そして、心の中でソッとつぶやく。

(横島クン・・・)


___________


 こうして美神たちは、カオスの秘密基地に一度も立ち寄ることなく、中世を後にしてしまった。
 あの時代のカオスの研究室に垂涎もののアイテムがあったとは知らず、また、それらをガメることもなく、現代へ戻ってしまったのだ。
 そして、現代の事務所に戻った美神たちを出迎えたのは・・・。


___________


『美神さん!! 横島さん!!
 へーん!! よかった・・・!!』

 おキヌが、泣きながら横島の胸に飛び込んでいく。

「ちょっと、これ・・・。
 どういうこと!?」

 周囲を見回した美神が驚く。その場にいたのは、おキヌだけではなかったのだ。
 唐巣神父、ピート、六道冥子、小笠原エミ、タイガー、現代のドクター・カオス・・・。
 そこには、知りあいのGSたちが勢揃いしていた。

「・・・このコに呼び出されたワケ」

 親指でおキヌを示しながら、エミが説明する。
 美神たちが消え去って、一人取り残されてしまったおキヌ。彼女は、相談しようと思って、仲間のGSたちに電話をかけまくったのだ。ちょうど全員が集まったところへ、美神たちが帰ってきたのだった。

「・・・なにはともあれ、
 無事でよかったじゃないか」

 と、唐巣が笑顔で言った時、

「令子ちゃん〜〜!!」

 冥子が美神に駆け寄って、抱きついた。そして、

「令子ちゃんが〜〜消えちゃったって〜〜!!
 うわ〜〜ん!! よかった〜〜!!
 ふえ〜〜ん!!」

 感極まって泣き出してしまい・・・。
 冥子の式神が暴走した。

「ちょっとーっ!!」

 中心にいた美神たちが最も被害を受けたことは、言うまでもない。
 せっかく時間旅行をのりきったのに、冥子の暴走のせいで三日間寝込むことになる彼らであった。


(第十六話「三人の花嫁」に続く)

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____
第十六話 三人の花嫁

『はいっ。
 今年のばれんたいんちょこです!』

 きれいにラッピングされたハート形のチョコレートを、おキヌが横島にプレゼントした。

「いつもありがとう・・・!」

 感謝の気持ちを口にした横島は、続いて、

「さーて、
 これをオカズにメシでも・・・!」

 と言い出す。これでは、ムードも何もない。
 ここは、横島のアパートの部屋。
 彼は本当にチョコで食事するつもりで、ご飯を炊いているところだった。

『もうっ、横島さんったら・・・』

 おキヌは、苦笑してしまう。内心では、

(せっかく部屋で二人っきりなのに・・・)

 と思うと同時に、以前の美神の『そういう関係をね、世間では「つきあってる」って言うのよ』という言葉(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)を思い出し、少し顔を赤らめてしまう。
 そんなおキヌの気持ちに気付かぬ横島は、

「だって、他にオカズないから・・・」

 と笑うしかない。
 おキヌもいっしょになって笑顔を見せたのだが、少し意味が違っていた。

『ふふふ・・・。
 そう思って、ちゃんとオカズの材料も持ってきました。
 今から作るんで、待っててくださいね!』

 と、台所へ向かった。
 台所と言っても、入り口横の小スペースだ。トントンと野菜を刻むおキヌの姿は、部屋の中の横島からよく見える。
 おキヌが料理しているのを眺めながら、

「いーコだよなー。
 やさしいし、かわいいし。
 あれで幽霊でさえなけりゃ・・・」

 横島は、つい妄想してしまう。
 おキヌがご飯をよそいながら、問いかける。

「おいしいですか? 横島さん」

 おキヌの服装は、可愛らしいジャンパースカートだ。
 場面が場面なだけに、エプロンのようにも見える。

「ごちそーさま!
 さて・・・」

 満腹になった横島が、

「おキヌちゃん!!」

 と言いながら、飛びかかった。

「あっだめ・・・!!
 でも横島さんなら・・・」

 拒絶するようなことを言いながらも、
 おキヌは横島を受け入れる・・・。
「身体さえあれば
 ナイスバディしかとりえのない美神さんより
 ポイント高い!!
 ポイント高いぞ、おキヌちゃんっ!!」

 狭い部屋なので、横島の声は、おキヌにも丸聞こえだ。

(もうっ、横島さんったら・・・)

 おキヌの顔は、赤みを増してはいるものの、笑顔である。
 おキヌは、何も聞こえなかったふうを装って、

『横島さん、ちょっと来てくれますか?』
「ん? 何・・・?」
『味見出来ないのが
 幽霊の不自由なとこですから・・・。
 だいたいうまくできたと思うんですけど』

 小皿にのせた煮汁を、横島に味見させた。

「ん!! うまい!!
 おいいしいよ、おキヌちゃん!!」
『えへへ・・・』

 二人がそんな会話を交わしているところに、誰かがドアをノックした。

「はい?」

 横島がドアを少しだけ開けると、廊下に、制服姿の女子学生が立っていた。
 髪は三つ編みで、可愛らしい顔立ちだ。何か言いたそうに口を少し開けている。
 彼女は、おずおずと話し始めた。

「あ・・・あの・・・。
 私、隣の花戸と申しますが・・・。
 えっと・・・」
「隣?」
『浪人さんのあとに入った方ですか・・・?
 はじめまして』

 横島の後ろからおキヌも顔を出し、挨拶する。横島もおキヌも、以前の住人とは面識があったが、新しい隣人とは初対面だった。
 二人の様子を見て、女子学生は、

「ご・・・ごめんなさいっ・・・!!
 何でもないんですっ!!」

 自分の部屋へ駆け戻り、パタンとドアを閉めてしまった。

「な、なんか知らんが・・・。
 隣にあんなかわいいコが・・・!?」
『横島さん・・・!?』
「うわあっ、違うんだ、おキヌちゃん!!
 何ていうか、これは男のサガで・・・」




    第十六話 三人の花嫁




 横島がおキヌに言いわけしていた頃。

「小鳩・・・。
 お米は貸してもらえたの?」
「ごめんなさい、母さん。
 お願いしそびれちゃったの。
 お金も食べものもなくなったし、
 給料もまだ先・・・」

 隣の部屋では、さきほどの女子学生と寝たきりの母が、貧困に喘いでいた。

「・・・でも、あの人たちに
 お米を貸してくださいなんて、
 恥ずかしくて・・・」

 ペタッと座り込んだ小鳩が、そこまで言った時。

 ばんっ!!

 小鳩の部屋のドアが開いた。

「話は聞いてしまいました・・・!!
 君のよーなかわいい娘に
 涙は似合わない・・・!
 どーぞっ!!」

 そこには、炊飯ジャーを抱えた横島が立っていた。その後ろから、

「ちょうど出来たところです。
 こちらもどうぞ」

 煮物の鍋を持って、おキヌも顔を出した。

「え・・・あの・・・」
「いいんだ、恥ずかしがることなんかないんだ。
 自慢じゃないがボクも貧乏さっ!!
 困ったときはお互いさまだよ!」

 最初は躊躇した小鳩だったが、横島の言葉に押されて、

「あ・・・ありがとうございます・・・!!」

 横島たちの親切を受け入れるのだった。その目には、ジワッと涙も浮かんでいる。

(この人たちもすごく貧乏そうで・・・。
 それなのに二人で『ささやかな幸せ』
 って感じだったから言い出せなかったのに・・・。
 優しい人たちなんだな)

 小鳩がそんなことを考えている横で、おキヌが、

『あの・・・。そちらは?』

 部屋の奥の人物を指さしながら、質問していた。
 それは、五十センチくらいしかない小さな人物だった。頭には、南米のカウボーイや農民などが用いるソンブレロをかぶっている。さらに、その身にマントをまとっているので、典型的なメキシカン・スタイルだった。だが、なぜか首からがま口の財布をぶら下げている。
 しかも、彼は宙に浮いていた。

「な・・・なんだこいつは!?」
「あ、あなたたち、貧ちゃんが見えるんですか?」

 おキヌや横島の対応に小鳩が驚く中、

「貧ちゃん?」
「まいど!『貧乏神』いーます!」
 
 貧乏神は、陽気に挨拶するのだった。


___________


「貧乏神・・・!!」
「はい・・・。
 そのせいでうちはとことん貧しいのです」

 正座したまま、うつむきながら説明する小鳩。
 何もない部屋の中央では、布団から出た小鳩の母親が、貧乏神といっしょになって、

「小鳩っ!!
 早く来ないとなくなりますよっ!!」
『こらうまい!!
 こらうまいっ!!』

 横島たちが持参した食事をむさぼっている。
 そんな様子を眺める横島とおキヌは、それぞれ、

「貧乏神のせいだけじゃないよーにも見えるが・・・」
『せっかく横島さんのために作ったのにな・・・』

 と苦笑しながらつぶやいていた。

「ごめんなさい・・・」

 おキヌに目を向けて小鳩が謝る。
 二人が恋人同士でないことは既に聞かされていたのだが、それでも、罪悪感を持ってしまうのだ。
 ここで、女性たちの胸の内など想像つかない横島が、

「安心してくださいっ!!
 ぼか、こーみえてもGSなんです!
 こんな妖怪、一発っスよー!!」

 と叫びながら立ち上がった。
 おキヌも、背後から横島の両肩に手をおいて、

『そうです!!
 横島さん、すごいんですから!!』

 GSとしての横島を小鳩に売り込んだ。
 おキヌは横島の背に乗っかるような形で、頭を横島の顔の横に突き出す。
 二人には、

「でも貧乏神は・・・」

 という小鳩のささやきも聞こえないようだ。おキヌと横島は顔を見合わせて笑っていた。自信に満ちあふれた笑顔だ。

「ハンズ・オブ・グローリー!!」

 横島が右手に霊波刀を出現させた。横島の右腕に、おキヌもソッと自分の手を添える。そして、

「くらえ貧乏神ー!!」
『えーいっ!!』

 二人して貧乏神に斬り掛かった。
 その瞬間、アパート全体を光が満たした。


___________


「貧乏神・・・!?」

 美神の顔がヒクついた。

「そ・・・そうなんです」

 横島の頬を冷や汗が伝う。

「ふーん」

 ニッコリ笑った美神は、バタンと音を立てて、横島の目の前でドアを閉めた。

「あっあっ!!
 美神さん!?」

 横島が叫んでいるが、美神は耳をふさいでしまう。
 最近、事務所の手伝いも増えたのだが(第十四話「復活のおひめさま」参照)、雪之丞は現在日本にいないし、マリアも今日は休みだ。横島やおキヌを閉め出したら美神自身が困るのだが、それでも、貧乏神と関わった人間を中に入れるわけにはいかなかった。

「薄情者ー!!」
「何とでも言って!!
 貧乏は外! 金は内!」

 二人がドア越しにそんなやりとりをしているところへ、一人の男がやってきた。
 女のような長い髪をもつ、スーツ姿の男である。彼の名は西条輝彦、美神の母親の弟子の一人であり、小さい頃の美神が憧れた男性だ。発足したばかりのオカルトGメン日本支部の一員として、最近イギリスから帰国。その際には、横島と一悶着起こした人物でもある。彼は、美神は妹のような存在であると言いながらも、彼女を口説く意志があると横島に宣言していた。
 今、西条は、
 
「な・・・なんだこれは・・・!?」

 事務所の入り口の騒動を見て驚いていた。
 そこには、横島、おキヌ、小鳩の他に、貧乏神がいたのだが・・・。
 貧乏神の大きさは、天井まで届くほどになっていた。


___________


「貧乏神というのは祓おうとすると
 逆にそのエネルギーを吸収して
 強力になってしまうんだ。
 一応は神さまのはしくれだから、
 悪霊や妖怪と同じ手は通用しないのさ」

 西条の取りなしで事務所に入れてもらった横島たちは、美神も交えて、西条の説明を聞いていた。
 西条は、公的なオカルト機関に務めているだけに、知識も豊富なのだろう。

『どないしてくれんのや!!
 わいかて好きで小鳩ちゃんに
 とりついてんのとちゃうぞっ・・・!!』

 貧乏神が横島に詰め寄った。
 その横で、小鳩が説明する。
 小鳩の曽祖父は悪徳高利貸しで、借り主だけでなくその親兄弟からもお金をむしり取っていた。そしてバチがあたって巨大な貧乏神にとりつかれたのだが、被害者の恨みが強すぎるせいで、子孫にまで受け継がれていたのだ。

『それでも時間がたつにつれて、
 だいぶ小そうなってきて、
 あと二、三年できれいさっぱり消えられると
 思とったときにこのガキが!!』

 貧乏神が、再び横島を糾弾する。

「いいの、もうやめて貧ちゃん。
 今までどのGSも何もしてくれなかった。
 そんな私を横島さんは
 助けようとしてくれたんですもの」

 という小鳩の言葉も、横島の罪悪感を増すばかりだ。

「それに、貧乏なんてへっちゃら・・・!
 今じゃ貧ちゃんは私の大事な家族なんですもの!」

 小鳩は、彼女にしか見えないスポットライトを浴びながら、独特の世界に入ってしまった。目の端に、うっすらと涙を浮かべている。

『泣いたらあかん!!
 泣いたら負けやぞ小鳩・・・!!』
「そう・・・そうね!
 ひまわりさんに笑われちゃう!!」

 貧乏神も、小鳩の世界に参加する。

『銭の花は白い・・・!!
 せやけど、その根は血のように赤いんや・・・!!
 泣いたらあかん・・・!!』
「うん・・・!!
 貧乏に負けたら
 本当の貧乏になっちゃうもの・・・!!」

 二人の世界では、きっとバックに大きな荒波が描かれていることだろう。
 他の面々にも、それが見えるような気がした。

『どうしても除霊してあげられないんですか?』

 おキヌが美神に尋ねる。
 横島をもち上げて一緒になって貧乏神に斬りつけたのだから、おキヌも責任を感じているのだ。だが、それだけではない。
 実は、あの時のおキヌには、困っている人たちを助けたいという親切心だけでなく、別の気持ちもあった。せっかくの二人の時間を邪魔されたと思い、早く問題を終わらせてしまいたかったのだ。誰にでも優しいおキヌにしては、珍しい感情である。それが今、罪悪感となっているのだった。

「まーね。
 GSにはどーしようもないわ」

 と見放す美神だったが、西条は違った。

「いや、手があるにはあるが・・・」
「ど、どーするんだ!?
 教えてくれっ西条っ!!」

 横島の剣幕に対して、西条は笑いながら答えた。

「簡単さ。
 男らしく責任とって彼女と結婚するんだ!」

 ブーッと吹き出してしまった横島が、

「ふざけんなーーー!!」

 と西条に詰め寄ったが、西条は冗談を言っているのではなかった。
 西条は、キチンと説明した。
 この貧乏神は、祖先の罰プラス横島の与えたエネルギーで小鳩にとりついている。つまり外からの圧力で彼女と結びつけられているのだから・・・。

『そうか・・・!!
 小鳩とこいつが夫婦になれば、
 二人は身内や!
 少なくとも横島にもろたエネルギーは
 中和される・・・!!』

 貧乏神自身が、西条の理論を肯定した。

『最初の罰の分、
 まだ二、三年は貧乏やけど、
 がんばってくれるか?』

 貧乏神が、ノーとは言わせない目をして、横島に問いかけた時。

『ちょっと待ってくださいっ!!』
「待ちなさいよっ!!」

 二人の女性の大声が部屋中に響き渡った。おキヌと美神である。
 この瞬間、おキヌの頭の中には、『恋人が出来たら横島は不幸になるから、それは阻止しなければならない』という以前の決意(第三話「おキヌの決意」参照)など全くなかった。ただ純粋に、横島を結婚させたくなかったのだ。
 一方、美神は、

「勝手なこと決めないでよ!!
 こいつを持ってかれたら、私が困るわ!!」

 と言い出した。この言葉に、

「令子ちゃん、まさか・・・」
「美神さん・・・。
 そんなに俺のことを・・・!!」

 男たちが反応したが、横島の顔面に叩き込まれた美神の右ストレートが、二人を黙らせた。

「あんたは私の丁稚で、
 あんたの生殺与奪の権利は私にあるのよ!!
 それだけよ!?
 カン違いすんじゃないわよ!?」

 と、美神が横島に言い聞かせている横で、おキヌが話を進める。

『と、とにかく、
 小鳩さんの気持ちだってあるのに、
 結婚なんて・・・』

 しかし、これはやぶ蛇だった。
 小鳩が、ポッと顔を赤らめながら、次のような言葉をつむぎ出したのである。

「わ、私は・・・。
 私は・・・あの・・・
 横島さんって、
 素敵だなって思いますけど・・・」


___________


 カラーン、カラーン。

 唐巣の教会の鐘が鳴る。

「汝、横島忠夫は
 病めるときも健やかなるときも・・・」

 牧師役を務めるのは西条だ。
 その後ろでは、唐巣神父が何やら文句を言っている。彼にとっては、偽りの結婚式なんて神への冒涜なのだろう。しかし、唐巣は貧乏神に押さえ込まれていた。

「もー誓いはいいから指輪を交換しよう!」

 と言い出した西条の前には、今日の主役の二人がいた。
 横島と小鳩である。
 横島は、頭にはいつものバンダナを巻いているものの、服装は全く違う。ビシッと燕尾服を着こなし、まさに馬子にも衣装といった風情であった。

「はい指輪よ、横島クン!」

 女性なのに新郎の付き添い役をしている美神が、横島に指輪を渡す。

「み・・・美神さん・・・」

 横島から見ると、美神の表情は、内心の腹立ちを隠している時の顔に似ていた。それでも怯まず、

「あくまでこれは貧乏神を
 鎮めるための儀式っスから・・・!!
 俺が好きなのは美神さんだけ・・・」
 
 と言いながら美神に飛びかかっていき、顔面に美神の肘を食らった。さらに背中には、

(『美神さんだけ』・・・!?)

 おキヌの怒気を含む視線が突き刺さっている。
 そんな横島を、西条が、

「心配しなくても17歳の君は
 法的には結婚できない。
 あくまで『結婚』という習慣のまねごとだよ」

 と安心させると同時に、

「ほらほら、新婦がおまちかねだよ!」

 と促した。
 ここで、横島が視線を小鳩に向ける。
 小鳩は、ふだんの学生服姿ではない。純白のウエディングドレスに身を包まれていた。
 肩から胸元まで大きく開いたデザインが、小鳩の胸もそれなりに豊かであることを示していた。しかし、それでいて清楚な雰囲気は保たれている。また、頭のベールにあわせて、いつもの三つ編みではなく、髪はアップにまとめていた。それがドレスのデザインと相まって、小鳩の白いうなじをあらわにしている。
 今日の小鳩は、とても大人びて見えた。
 そんな彼女が、横島の視線に応えて、小さくニコッと笑顔を返した。
 あからさまにドキッとした横島を見て、美神がクギをさす。

「マネゴトだからね。血迷うんじゃないわよ?」

 さらに美神は、小鳩に対しても、

「かわいそーに。
 どーせ結婚ゴッコするなら、
 もーちょっとマシな男の方が
 よかったのにねえ」

 と言ってのけた。
 しかし、小鳩は美神を否定する。

「そんな・・・!
 私、横島さんとご縁ができて嬉しいです・・・!
 自分に正直であけすけで、
 その分誤解されたり傷ついたりしてて、
 でも、そんな人だから、
 そばにいて安らげるっていうか・・・」

 会ったばかりのはずなのに、小鳩は、すでに横島を理解しているらしい。
 これを聞いて、おキヌは、

『横島さんの良さに、
 ちゃんと気づくなんて・・・。
 なんかくやしいな、私・・・』

 とつぶやいているし、横にいる美神も、無言ではあるがおキヌと同じ表情をしている。

『まま、その辺の話は、あとでゆっくり・・・。
 ホレ、指輪や!』
「あ・・・ああ・・・」

 貧乏神に急かされて、横島が小鳩の指にリングをはめた。
 
 カッ!!

 貧乏神が光って、その大きさが変わる。だが、

「やった!!
 小さく・・・なった・・・ぞ・・・?」

 横島の戸惑いが、結果をあらわしていた。
 貧乏神は、小さくなったとはいえ、まだ人の背丈ほどのサイズなのだ。元の大きさには戻っていない。

『あの・・・』

 これを見て、おキヌがおずおずと口を開いた。

『もしかして、私のせいなんでしょうか?
 横島さんが斬りつけたとき、
 私も手を添えていたから・・・』

 おキヌが、その時の状況を詳しく説明し、

『私の霊力というか幽霊力というか・・・、
 そんなエネルギーも影響してるんでしょうか?』

 と言い出した。

「いっ!?」
「ちょっと、おキヌちゃん!!」

 横島と美神が慌てる横で、西条が顎に手をあてて考えていた。

「そんな可能性は・・・」

 彼の結論としては『ない』だった。だが、

「・・・あるだろうね。
 少なくとも、試してみるべきだろう」

 と口にする。
 この機会に、横島に出来るだけ多く女性をあてがってしまおうと西条は考えたのだ。
 西条も噂は聞き知っていた。おキヌは幽霊ではあるが、横島に気があるらしい。その気持ちを横島は分かっていないが、それでも二人は少しイイ雰囲気のようだ。
 それならば・・・。
 西条は、オカルトショップの厄珍堂に電話をかけた。

「・・・そうか、あるかい?
 そりゃよかった。すぐにここへ届けてくれ」

 電話を切った西条は、おキヌに笑顔を向けた。

「君たちへの結婚祝いを用意したよ!!」


___________


 カラーン、カラーン。

 再び、唐巣の教会の鐘が鳴る。

「汝、横島忠夫は
 病めるときも健やかなるときも・・・」

 西条の目の前に立つのは、やはり横島だ。格好もさきほどと同じである。
 しかし、横島の横の女性は別人だ。今度は小鳩ではなく、おキヌが立っていた。
 おキヌの服装は、いつもの巫女装束ではない。真っ白なウエディングドレスだった。
 小鳩のドレス以上に、胸元は大きく開いていたが、そこには可愛らしくフリルがあしらわれていた。肩口も短く、同様の装飾が施されている。
 西条が厄珍堂から取り寄せた、幽霊用のドレスである。残念ながら、頭を飾るものは何もなかったが、それでも、おキヌには十分だった。
 そして、横島から見ても、今のおキヌは天使のように美しかった。
 
「おキヌちゃん・・・」

 小さくつぶやいた横島の様子を見て、西条が、横島に耳打ちする。

「おキヌちゃんって、
 物にも人にも触れるんだろ? 
 逆に言えば、人間がおキヌちゃんの体に
 ふれることもできるわけだよな?」

 西条の甘言は続く。

「ああやって衣装を着替えることができるんだ、
 当然、衣装の中身があるわけだな?
 もしもの場合でも下手に責任問題にならない分、
 小鳩ちゃんより幽霊のほうが
 手を出しやすいかもな??」
「おい、西条・・・」

 西条の言葉は、横島を大きく動揺させるものだった。
 確かに横島は、おキヌに抱きついたこともある。おキヌを妄想の対象にしたこともある。しかし、

(今までおキヌちゃんのことを、
 そういう目で見てなかったのに!!
 これから、おキヌちゃんと、
 どう接したらいいんだ・・・!!)

 心の中で頭を抱えてしまう横島であった。
 そんな横島の葛藤も、他の者には分からない。
 学生服姿に戻った小鳩は、少し寂しそうに横島を見つめ、

『辛抱しいや。
 これも小鳩のためや・・・!!』

 と貧乏神から慰められていた。 
 また、後ろの方ではピートが、

「唐巣先生、寝こんじゃいましたよ・・・!」

 とつぶやいている。
 そりゃそうだ。一日に二人の花嫁と式を挙げる花婿なんて、前代未聞だろう。一夫多妻制の国ならともかく、ここは日本なのだ。

「はい指輪よ、横島クン!」

 再び美神が、横島に指輪を渡す。美神は、もう呆れたという表情をしているが、内心は違うようだ。
 横島は、今度は美神に飛びかかることもしない。素直にリングを受けとって、おキヌの指にはめた。
 だが・・・。

「効果無いみたいね!?」

 美神の言うとおり、貧乏神のサイズに明らかな変化は見られなかった。

「おキヌちゃんまで結婚ゴッコに
 つきあわなくてもよさそうね?」

 と、美神はおキヌに笑いかけたが、

「いいえ。
 いいんです、このままで・・・」

 拒否されてしまった。
 おキヌは、何だか幸せそうだ。
 
「そ、そう・・・!?」

 美神が不機嫌になる。
 そんな二人を見ながら、横島は、

(美神さん・・・。
 あのひと、
 反抗されるのに慣れてないからなあ・・・)

 と、美神の心中を誤解し、さらに、

(おキヌちゃん、
 ウエディングドレスが
 そんなに嬉しかったのかな?
 このまま着ていたいなんて・・・)

 と、おキヌの本心にも全く気付かないのであった。


___________


 コトコトコト・・・。

 小鳩とおキヌが、横島の部屋で夕食を作っている。

『できました!』
「おまちどおさまです」

 二人は、それをコタツで待つ人々のところへ持っていった。
 そこには、小鳩の母、貧乏神、横島の他に、西条と美神もいた。別に、二人は相伴にあずかるつもりなのではない。
 貧乏神が、

『やっぱ、あんな式だけやと
 元の大きさには戻らんな・・・』

 と言いながら、小鳩の母とともに食事にかぶりつく横で、西条は、

「困ったねえ!」

 と他人事のように笑っているだけだ。
 しかし、貧乏神の次の言葉で、場の空気は一変した。

『やっぱし・・・
 ほんまに結ばれなあかんのとちゃうか?』

 これを聞いて、横島などは、鼻血だけでなく頭の血管からも何か噴き出している。

(本当に・・・結ばれる!?
 本当に・・・
 結ばれる・・・
 れる・・・
 れる・・・)

 横島の頭の中で、その言葉が反響した。

(か、考えてみれば、
 夫婦と言えば何でもアリの関係・・・!!
 このねーちゃんが・・・
 このねーちゃんがまるごと俺のモノ・・・!?)

 横島は、今までとは違った目で小鳩を見つめた。

(な・・・何をしようがオールOK・・・!!
 ・・・マジ!?)

 横島の視線からその内心を察した小鳩が、かあっと顔を赤らめて横を向いた。しかし、その表情は・・・。

(あんまり・・・。
 いやがってない・・・?)

 横島は、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 そして、自分に向けられた別の視線に気づいて、そちらを向いた。
 視線の主はおキヌだった。だが、横島と目が合った途端、顔をそらしてしまった。
 小鳩と同じく、真っ赤な顔をしている。その横顔に浮かんだ表情は・・・。

(小鳩ちゃんと同じ・・・。
 えっ、おキヌちゃんまで・・・!?
 何を期待してるんだ・・・!!)

 横島は、昼間の西条の言葉を思い出してしまった。

(『おキヌちゃんの体に
  ふれることもできる』・・・!?
 『幽霊のほうが手を出しやすい』・・・??)

 そのとき突然、横島は、背中に霊気ならぬ冷気を感じた。振り向くと、それは美神からのものだった。
 
(はっ!?)

 さらに横島は気づいた。美神の近くでは、西条が目を怪しく光らせている。

「こ・・・この図式は!?
 しまった・・・!!
 罠だっ!!!」

 横島が気づいたときには、すでに遅かった。
 目の前には美味そうな餌がある。しかも二つも!! だが、その道を進んだが最後、完全にオリにとらわれてしまう。それが分かっていながらも、彼は、仕掛けられたトラップに足を踏み入れようとしていたのだ。

「じゃ、我々はジャマだから・・・」
「そうね!
 帰りましょう、西条さん!」
「あ・・・ちょっと待って、
 美神さん・・・!!
 今、置いてかれたら・・・!!」

 西条と美神は、横島の懇願も聞き入れない。
 二人は部屋を立ち去ってしまった。
 その帰り際、チラリと横島を見た西条の目は、まるで時代劇に出てくる悪代官のようだった。
 そして美神は、横島に見せつけるかのように、西条と腕を組んでいた。


___________


「ヤバい・・・!!
 ヤバすぎる・・・!!
 俺という男がそういつまでも
 理性を保てるはずがない・・・!」

 横島は、湯船につかりながら、気持ちを静めようとしていた。
 風呂なしアパートに住んでいる横島は、小鳩とともに、銭湯に来ているのだ。壁の向こうの女湯には小鳩がいる。つい、彼女のことを考えてしまう。

「・・・。
 ・・・小鳩ちゃんて・・・
 かわいいよな・・・。
 それに、おキヌちゃん・・・、
 今まであんなに尽くしてくれて・・・。
 難攻不落の美神さんより・・・。
 いや・・・!!
 みすみす西条の思いどおりになど・・・っ!!」

 自分にそう言い聞かせるのだが、

「でも・・・。
 ・・・小鳩ちゃんて・・・」

 と、思考の堂々巡りに落ち込む横島であった。 
 風呂に入りながらなので、これでは、すっかりのぼせあがってしまう。
 外が雪であることを思えば、体を暖めるのはよい。だが、それにしても長湯し過ぎだ。
 キリがないので考えるのをやめて、外に出たのだが・・・。
 銭湯の入り口では、まだ雪が降っているというのに、小鳩とおキヌが立っていた。
 小鳩が声をかける。

「一緒に帰りましょ、横島さん!」
「こ、小鳩ちゃん!! 
 待ってたの!? 寒いのに・・・」

 そして、おキヌも声をかける。

『遅いので迎えに来ました。
 私もあなたの妻ですから・・・。
 えへへっ・・・』

 『あなたの妻』という言葉に、横島は少し引いてしまった。横島は、小鳩の方を向く。

「言ってくれりゃ
 もっと早く上がったのに・・・」
「あ、いいえ、
 私も今出たところだから・・・」

 しかし、小鳩の頭には雪が積もっていた。

「やだ・・・私ったら・・・!」

 と小鳩が照れたところへ、横島の知りあいが通りかかった。

「おーっ!
 小僧ではないか!」

 ドクター・カオスである。カオスは、動きやすい格好の防寒具を着込み、頭には工事現場のヘルメットをかぶっていた。カオスが自転車に乗っている横を、マリアがツルハシをかついで歩いている。

「なんじゃ?
 両手に花か!?
 ・・・小僧もやるのう!」

 と、カオスは横島をからかう。そして、ふところから一冊の本を取り出した。

「まあいい。
 ちょーどいい所で会った。
 これを美神令子に渡してくれ!」

 それは貧乏神退治の方法を記した古文書だった。カオスは、これを美神から頼まれていたのだ。
 カオスとマリアがバイトのために去っていった後、

「美神さん、
 こっそりこんなものを・・・」
『さっそく見てみましょうか・・・?』

 横島が手にした本を、おキヌが開けようとする。しかし、

『そおはいくかーッ!!』
 
 そこへ貧乏神があらわれ、横島から本を取り上げてしまった。

『こいつはもらうで・・・!!
 困ったもんを手に入れてくれたな・・・』

 そんな貧乏神に対して、

「び・・・貧ちゃん!?」
『どうして・・・!?』
「何しやがる、貧乏神!!」

 三人が表情を険しくしたが、貧乏神は冷静だった。

『理由は言えんが、おまえらに
 この本を読ませるわけにはいかん!
 せやけど悪気で言うんやないで。
 小鳩のためや、わかってくれ!』

 しかし、

「わかるわけないでしょ!!
 悪気がないなら
 とっとと退治されるのが
 スジってもんでしょ!?
 その本返しなさい!!」

 思いもよらぬ方向から、反論が飛んできた。そこには、美神が立っていた。

「い・・・いつからそこに・・・?」
 
 横島の問いかけに、美神は、偶然通りかかったと主張する。だが、頭には、小鳩と同じくらいの雪が積もっていた。
 その会話の間に、貧乏神は本を飲み込んでしまった。
 怒った美神は、

「こらーっ!!
 吐き出せー!!」
 
 神通棍を手に立ち向かう。

「だめっ・・・!!
 美神さん!!」
 
 小鳩が止めたが、時既に遅し。

 ばきッ!!

 美神の攻撃は、貧乏神の頭にヒットした。

「しまった!!
 ついうっかり・・・!!」


___________


 カラーン、カラーン。

 翌日。
 唐巣の教会で、三たび、横島の結婚式が行われた。
 美神のウエディングドレスは、小鳩やおキヌのものとは異なり、裾が締まった形状をしていた。胸元も背中から続くショールで隠され、長髪を後ろでまとめた髪には、花で飾られたティアラのみが乗っかっていた。年齢以上に大人っぽい雰囲気である。

「・・・というわけで、
 私、美神令子、プロとして
 責任をとらせてもらいます・・・!」

 美神は、横島の手を借りることもなく、自ら指輪をはめた。
 その瞬間、貧乏神のサイズが変わる。昨晩の美神の一撃の後には怪獣並みの大きさになったのだが、これで、人間の身長の二倍くらいに収まった。

『・・・前より大きいけど、なんぼかマシか』

 貧乏神がつぶやく横では、

「こんなことになるなんて・・・!!
 令子ちゃん、早まるんじゃないーっ!!」
「ああ・・・!!
 ありがとう貧乏神!!
 もはや我が人生に悔いなしっ!!
 かわいコちゃんと大和撫子とナイスバディ、
 みんな俺の妻じゃああああっ!!」

 西条と横島が心のままに叫んでいる。
 当然横島は美神の制裁をくらうのだが、それを見つめる小鳩は、何か考えこむような顔つきだった。


___________


「何? 
 二人だけで話したいことって・・・?」
「はい・・・」

 美神と小鳩は、近くのファミレスで、向かい合って座っていた。
 ウエディングドレスを着た女性と制服姿の女子学生の二人組。ファミレスではあまり見かけない組み合わせである。周囲の注目を浴びているのだが、本人たちは気づいていなかった。
 
「あの・・・美神さんは・・・
 横島さんがお好きなんですか!?」

 小鳩の質問に、美神はぶっとジュースを吹き出してしまう。そして、美神が答えるよりも早く、

『いいえ、美神さんにそんな気持ちはありません』

 と言いながら、おキヌが現れた。

『「大人の女から見れば、
  あいつは男の範疇に入ってない」ですよね?』

 美神の以前の言葉(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)をキチンと引用するおキヌである。

「本当に・・・?」
「たりまえでしょうっ!!」

 小鳩の確認に、美神は、強い口調で返した。

「なんだ・・・よかった・・・!」
 
 とささやいた小鳩は、続いて、おキヌに目を向ける。
 小鳩が口を開こうとしたのを見て、おキヌは、この場に乱入したことを非難されると思った。

『ごめんなさい。
 でも、私も当事者ですから・・・』

 と、先んずるように言い訳したが、小鳩の用件は、それではなかった。

「それはいいんです。
 ただ、聞きたいことが・・・」

 小鳩は、いったん言葉を切ってから、

「前にもお聞きしましたが・・・。
 お二人は恋人同士ではないんですよね?」

 と続けた。
 そこに、今度は美神が口を出す。

「おキヌちゃん本人は、否定していたわ。
 『そういう雰囲気じゃない』ってね?」

 美神は、おキヌに軽くウインクしてみせた。
 これに対して、おキヌは、

『美神さんの言うとおりです。
 そういう関係ではありません』

 と答える。おキヌの顔は、真面目な表情にも見えたが、内心の感情を表していないようにも読み取れた。

「よかった・・・。
 だって、お二人には
 私、とてもかなわない・・・」

 小鳩が安心したようにつぶやくのを聞いて、美神が苦笑した。

「あのね、小鳩ちゃん・・・」

 自分たちが結婚ゴッコをしているのは、あくまでも貧乏神に与えてしまったエネルギーを中和するためである。そういう現状をもう一度説明した上で、

「もっと自分を大事にしないと事故に遭うわよ!!」

 と説いた。

「は?」
「あなた、横島クンのこと
 善意に解釈しすぎてると思うの!
 言っとくけどあいつ、
 サイテーのケダモノよ!!」

 グイッと顔を近づけて、美神は、小鳩に言い聞かせた。
 さらに、おキヌの方を向いて、そちらにも説教する。

「おキヌちゃん、あなたもよ!?
 幽霊とはいえ、おキヌちゃんは
 私の妹みたいなものだから・・・。
 体を大切にしなさい、いいわね!?」
「えっ!? 美神さん・・・」

 おキヌとしては、美神から『私の妹みたいなもの』と言われれば嬉しいのだが、

「横島クンなら幽霊にも
 何かするかもしれないわ。
 部屋で二人っきりになるなんて、
 危ないわよ?
 もう、やめときなさい」

 この美神の言葉は受け入れられない。

「大丈夫です。
 私、信じてますから!!」

 とおキヌがキッパリ言いきった時。
 コンコンと、近くの窓を叩くものがあった。
 マリアである。

「あれ!?」
『留守番のはずじゃ・・・』

 今日はカオスからマリアを借り出しており、美神は、事務所の留守をまかせていたのだ。それがワザワザ来たというのは、何か事件があったに違いない。

「マリア!!
 何があったの!?」
「ミス・美神が・口座を・持ってた・
 スイスの・銀行・倒産・しました!!」

 美神にも、貧乏神の影響が出始めたのだった。


___________


「私を巻き込んだ以上、
 タダですむとは思わないでよ!?
 覚悟しなさい・・・!!」

 美神が貧乏神に詰め寄る。
 時間は既に夜になっているが、『結婚ゴッコ』をしている四人は全員、貧乏神とともに横島の部屋にいた。
 
「悪気はないと言うてるのに・・・。
 わからん3号はんやなー」
「誰が3号よーっ!?」

 貧乏神の返事は美神を怒らせたが、それだけではない。
 横島を刺激したようだ。

「3号だなんてっ!!
 ちゃんと平等にかわいがって・・・」
「やかましいっ!!」

 横島は美神に飛びかかり、いつものように殴られていた。

「・・・あげるから
 さあ、寝ようか!!!」
「ああっ、一発のツッコミじゃ
 正気に戻らない!?」

 と、今までとは若干パターンが違うのだが、

『横島さんったら、もうっ!!』

 後ろからおキヌが飛びつき、横島を押さえ込む。
 おキヌは、仕方がない人ですねとでも言いたそうに苦笑しているが、心の中では、

(口では『ちゃんと平等に』とか言っても、
 美神さんばっかり!!)

 とプンプンしていた。
 そんなタイミングで、ドアをノックする音が聞こえてくる。

「準備・できました、ミス・美神!」

 マリアだった。
 美神は、マリアの言葉に頷いてから、上着に袖を通した。

「じゃ、ちょっと出かけるわよ!
 小鳩ちゃんもおいで!
 おキヌちゃんと横島クンも一緒よ!
 マリア、留守番はお願い!」

 美神の言葉を聞いて、

『どこへ行くんや!?
 わいも一緒に・・・』

 と、貧乏神も腰を上げる。美神たちに続いたのだが、ドアのところで見えない壁に阻まれてしまった。

『で、出られへん!?』
「結界よ!」

 美神の目付きは鋭かったが、その口元には不敵な笑いが浮かんでいた。

「完全に封じるのは無理だけど、
 しばらく足止めはできるはずよ」

 結界が破られた後も、マリアが少しは時間稼ぎしてくれるはずだ。マリアならば霊力を伴わないので、貧乏神の前に立ちふさがる程度は大丈夫だろう。エネルギーを吸収されることもないだろうと、美神は解釈していた。

「なんとしても退治してあげるから
 覚悟してなさい!!」


___________


 美神が三人を連れて向かった先は、ドクター・カオスのアパートだった。
 退治方法の書かれた古文書そのものは貧乏神に飲まれてしまったとしても、カオスが、その内容を少しは覚えているかもしれない。
 そう期待して、美神はここへ来たのだった。

「ホレ、頼まれとった本じゃ!」
「え?」

 美神の予想以上の収穫だった。
 昨夜カオスは、間違って別の本を美神に渡そうとしていたのだ。
 本物の古文書は無事だった。
 カオスが部屋に引っ込んだ直後、

「これでケリがつけられる・・・!!
 えーと・・・なになに・・・」

 美神が、その本を開く。
 横島とおキヌも、美神の後ろから覗き込んでいる。
 小鳩は、黙って彼らが読むのを見ていた。自分が入り込む場所がないからか、あるいは、専門家にまかせるつもりなのかもしれない。

「しまった・・・!!
 こ・・・これじゃ
 もう私には・・・!!」
「どうしたんですか!?
 貧ちゃんのこと、
 何かわかりましたか!?」

 美神が叫び、小鳩が問いかけた時、

『・・・読んでしもたか・・・』

 スウッと、貧乏神が現れた。

『悪意で読ませまいとしたんとちゃうんや。
 ・・・わかってくれたか?』
「まあね。
 うたがって悪かったわ」
「どういうことなの!?
 私には何のことか・・・」

 理解した美神とは対照的な小鳩に向かって、貧乏神が説明し始める。

『貧乏神を退治することは可能なんや・・・!
 見てみい!』

 彼は、首からぶら下げているがま口を開けて、中身を見せた。
 真っ暗な広がりと、星々や銀河のような煌めき。まるで宇宙のようだ。

『こん中は超空間や。
 中に入った者には試練が与えられ、
 それにうち勝てば貧乏神の呪いは消えるんや』
「そんな簡単なことなの!?
 どうして今まで・・・」
『危険が大きすぎるんや!』

 貧乏神は語る。
 成功すれば貧乏神は消えるが、失敗したら永久に取り憑かれることになってしまう。だから、簡単に挑戦できる賭けではないのだ。

「この本には試練の内容も勝ち方も
 全部解説されてるけど・・・」
『答えを知っている者は挑戦権を失う!
 それが掟や!』

 美神が説明を続けたが、話の最後は、貧乏神が締めくくった。
 それを、美神がもう一度まとめあげる。

「退治の方法を知った者は実行できない。
 知らない者にはリスクが大きすぎる・・・。
 どうりで誰も手が出せなかったはずよ・・・!」
『知ってしまった以上、
 あんた達にはもうどうにもできへん。
 あきらめて帰ろ。な!』

 諭すように声をかける貧乏神だったが、ここで、おキヌが口を開いた。

『あの・・・。
 美神さんも横島さんも私も
 読んじゃいましたけど・・・』

 おキヌが小鳩に目を向ける。それを見て、美神も気が付いた。

「そうね。
 小鳩ちゃんは、読んでないわ。
 小鳩ちゃんには、挑戦権があるのよね!?」

 美神も、小鳩に目を向けた。
 小鳩は、システムそのものは聞いてしまったが、まだ、試練の内容も答えも知らないのだ。だから、試練を受けることは可能なはずだ。
 そんな美神とおキヌの考えに対し、小鳩本人よりも、むしろ貧乏神が驚いた。

『な・・・!!
 言ったやろ!?
 危険なんや!!
 そんな危ない橋を
 簡単に渡らすわけにはいかへん!』

 貧乏神の言葉にも動じず、おキヌと顔を見合わせる美神。どちらからともなく、二人は頷きあった。そして、小鳩に優しく語りかける。

「小鳩ちゃん・・・!!
 今のあなたなら、大丈夫よ」

 横島も何か言おうとしたが、その口をおキヌが押さえてしまう。
 そんな三人を見ながら、小鳩は小さく、

「・・・わかりました」
 
 と、つぶやいた。


___________


「・・・ここは!?」

 貧乏神のがま口に飛び込んだ小鳩は、道の分岐点に立っていた。どちらの道も、それぞれ一枚のドアに通じている。
 ドアの横に小さな窓があったので、小鳩は、中を覗いてみた。


___________


「お食事の支度ととのいました、小鳩さま」
「ありがとう、セバスチャン!!」

 レストランかと見まごうばかりの、広く豪華なダイニングルーム。
 いかにも執事といった名前と服装の男が、女性に頭を下げていた。

「おいしそうですね。
 ヨーロッパからシェフを
 呼びよせただけのことはありますわ」

 その女性は、小鳩だった。しかし、着ているものは深窓の令嬢ふうであり、また、彼女の笑顔にも、何一つ苦労したことがないといった雰囲気がただよっていた。


___________


「わ・・・私なの、あれが!?」

 室内の光景に驚いた小鳩だったが、こうなると、

「こっちは・・・!?」

 もう一つのドアにも興味がわく。小窓から、そちらの中を覗いてみると・・・。


___________


「四人で、かけそば一杯、
 よろしいでしょうか?」

 そう言いながら安食堂に入ってきたのは、くたびれた様子の四人。着ている物はヨレヨレな上にツギハギだらけで、彼らの頬もこけていた。体を壊しているのか、一人の女性などは、ゴホゴホと咳をしている。
 小鳩と美神とおキヌと横島だった。

「貧乏神はいすわったままだし・・・」
「私は破産・・・」
『幽霊じゃ稼げないし・・・』
「金がないのは首がないのと一緒やな・・・」

 テーブルについた四人だが、彼らの首はうなだれたままだ。

「おまちー!」

 簡単に作られたそばが差し出される。その器には、たいした量も入っていなかった。


___________


 室内の様子に愕然とした小鳩だったが、ふと我に返る。

「貧乏か・・・。
 でも、それももう慣れました」

 程度の差こそあれ、今見た光景は、自分が長年経験してきたものと同じだった。
 同じ・・・?
 いや、違う。
 あの中では、自分の過去の生活の中にはいなかった人が、一緒だった。

「『ささやかな幸せ』・・・」

 小鳩は、横島との初対面で頭に浮かんだ言葉を、再び思い出していた。あの時の横島は、おキヌと共に、同棲中のカップルのように見えたのだ。貧乏でも、それでも幸せなカップル・・・。

「あっちの部屋は、確かにお金持ちみたいだけど・・・」

 小鳩は、もう一度最初の部屋を覗いてみた。
 その中では、裕福な『小鳩』が、豪華な食事をしている。給仕の者はいるが、食べているのは『小鳩』一人だ。テーブルの上には、小鳩が話でしか聞いたことがないものが並べられているが、

「一人で食事なんて、味気ないでしょうね」

 小鳩は、そう思ってしまう。

「やっぱり、私は・・・」

 どちらのドアを選ぶのか。
 もはや明白だった。


___________


「え!?」

 ドアを開けた小鳩は、がま口から飛び出して現実世界へ戻ってきていた。

『小鳩!!
 これでわいは・・・』

 同時に、貧乏神の姿が薄くなっていく。

「貧ちゃん!?」
『おまえはもう大丈夫や!!』

 貧乏神はそう言うが、別れを悟った小鳩の目には、涙が浮かんでいた。

『泣いたらあかん!!
 幸せになるんやぞ、小鳩・・・!!』

 そして貧乏神は消え去った。

「貧ちゃん・・・。
 ありがとう・・・!!」

 そんな二人の感動シーンの横で、他の三人は胸をなで下ろしていた。

『ちゃんと「赤貧のドア」を選んだんですね』

 おキヌがつぶやいたように、小鳩が開けたのは『赤貧のドア』だった。もし『裕福のドア』を選んだら、永久に貧乏が続く。金銭欲を捨てた者だけが貧乏神から逃れられる。それが試練の内容だった。

(でも、なんか複雑な気持ち・・・)

 普通は、貧乏神に取り憑かれた者が裕福を望まないわけがない。だから危険な試練なのだ。だが、小鳩がそれをクリアできた理由を、おキヌはちゃんと理解していた。
 おキヌも美神も、小鳩の気持ちを知っていたからこそ、小鳩に挑戦させたのだった。

「二人とも、よく小鳩ちゃんを信じましたね・・・。
 でも、なんで大丈夫だと思ったんです?」

 一人分かっていない横島が、今さらのように美神に質問した。

「そうね・・・。
 女の直感、ということにしときましょうか?」

 美神は一応の答えを横島に返したが、彼女の顔は、おキヌの方を向いている。二人の顔には、共犯者の笑顔が浮かんでいた。
 それから美神は横島へと向き直り、

「まあね、いざとなりゃあ、
 離婚するつもりだったわよ?」

 と、アッサリ言ってのけた。

「そんな、自分だけ・・・」

 横島が口をアングリと開けながらつぶやいたが、

「あら、私だけじゃないわ。
 みんなも、よ」

 と、美神はウインクした。
 さらに美神は説明する。
 小鳩が失敗したせいで一生貧乏神にくくられるというのなら、小鳩一人がその責任をとればいいのだ。

『でも私たちが離れたら、
 また貧乏神さん、大きくなっちゃいますよ?』
「何言ってるの、おキヌちゃん。
 『一生貧乏神に』という時点で、
 もう大きさなんて関係ないじゃない。
 私たち三人が結婚ゴッコにつきあう必要もなくなるのよ」

 美神はアッケラカンとした口調で答えた。
 これに横島が呆れる。

「ひどい・・・。鬼だ」

 横島は、それなりに理屈が通っていると思って、美神の言うことを信用してしまったのだ。
 一方、おキヌは、

(口ではそんなこと言ってても、美神さんは本当は・・・)

 と、美神の発言ではなく、美神の人間性を信じていた。
 そんなおキヌに近づいて、美神がソッと耳打ちする。

「でもね、あれだけ小鳩ちゃんが
 横島クンに惚れてるってことは・・・。
 強力なライバルよ!?」

 これに対して、おキヌは、ニッコリ笑いながら答えるのだった。

「はい、でも私、負けませんから!!」

 ただ『ライバル』と言っただけで、誰にとってのライバルなのか、それを明言しなかった美神である。
 おキヌの返事を聞きながら、美神は、その素直さを少しうらやましく思うのであった。


(第十七話「逃げる狼、残る狼」に続く)

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____
第十七話 逃げる狼、残る狼

「ぐあ・・・」

 都会の夜の公園で、仕事帰りの一般人が斬りつけられた。
 彼は、その一太刀で絶命する。
 逃げようとしたために後ろから斬られる形になったのだが、彼の背中には、複数の刃傷がつけられていた。
 彼の命を奪った男は、

「くくくくく・・・」

 刀を手にしたまま、満足げに笑っているようだ。ただし、その表情は、深くかぶった編み笠のために全く見えない。
 刀や編み笠、それに辻斬りという行為だけでなく、着ている物も時代劇の登場人物のようだった。だが、その手の爪は、武士らしくもなく妖しくのびていた。

「さすがは妖刀『八房』・・・!!
 血を吸えば吸うほどに斬れ味が増しおるわ」

 自分の刀に酔いしれている男に、後ろから声をかける者がいた。

「『妖刀』か・・・。
 面白そうな事件には事欠かねえな、この辺りは」

 それは、夜の闇が似合いそうな、暗いコートに身を包んだ男だった。帽子を深めにかぶっているが、顔はハッキリ見えている。そこに浮かんでいるニヒルな笑いといい、着ているものといい、男はハードボイルドを気取っているようだ。
 伊達雪之丞である。
 しばらく日本を離れていた彼は、今、美神令子の事務所に向かう途中だった。特に面会の約束があるわけではないが、帰国した以上、とりあえず顔を出そうと思っていたのだ。
 以前の『時々、美神の事務所を手伝う』という言葉があるからなのだが(第十四話「復活のおひめさま」参照)、それだけではない。美神や横島たちと関われば、バトルマニアとしての雪之丞を満足させるような大仕事が、向こうからやってきてくれる。半ば無意識で、そんな期待をしていたのだった。
 だが、美神のところへ行くまでもなかった。聞こえてきた悲鳴と怪しい気配に惹かれて来てみれば、こんな現場に出くわしたのだから。

「ずいぶんと時代錯誤なカッコしてるが・・・。
 てめえ、人間じゃねえな?」

 雪之丞の目が、スーッと細くなった。
 彼には分かったのである。目の前の男は、悪霊でも魔族でもないようだが、確かに人間とは違う空気をただよわせていた。

「ほう。
 そう言うおまえも、
 普通の人間ではなさそうだな?
 ・・・霊能者か。
 面白い!!」

 言葉と共に、武家姿が刀を構えた。
 これに応じて魔装術を展開させた雪之丞を見て、

「ははは・・・!!
 これは本当に面白い!!
 なんだ、その姿は!?
 貴様の方こそ、化物ではないか!!」

 男が、声高々に笑った。そこへ、

「ゴチャゴチャ言ってられるのも、今のうちだ!!」

 雪之丞が、いきなり大きなエネルギー波を放った。
 人外のものから化物呼ばわりされたことだけでなく、その笑い声も態度も気に障ったのだ。
 だが雪之丞の攻撃は、簡単に迎撃されてしまう。

「拙者にそんなものが通用するか!!」

 男が刀を一振りするだけで、幾つもの剣気が刃となって飛んできたのだ。雪之丞の霊波とぶつかり合って、爆煙が巻き起こる。
 その煙が晴れたとき、

「おや・・・?」

 男が不審げにつぶやいた。
 雪之丞の姿が消えていたのだ。今の攻撃で吹き飛んだわけでもなさそうだが・・・?

「あめえんだよ!」

 突然、男の斜め後ろから声が聞こえてきた。さきほどの爆発の間に、雪之丞が背後に回りこんでいたのだ。
 刀を振るう間もなく、男は、頬を殴りつけられる。雪之丞の拳には、男の全身を地面に叩きつけるだけの勢いが込められていた。

「くっ!!
 きっ、貴様・・・!!」

 口元に滲む血を手で拭いながら、男は、すぐに立ち上がった。今の攻撃で、編み笠は既に遠くへ吹き飛ばされている。
 男の顔が、月の光に照らし出された。
 その両眼には白目の部分がなく、魔が満ちていた。また、口の端からは牙が姿を覗かせている。髪型こそ普通の浪人武士のようだったが、その正体が人間でないことは明白だった。

「やっぱり、テメエこそ化物じゃねえか・・・」

 雪之丞が苦笑した。




    第十七話 逃げる狼、残る狼




 月明かりの中、二人の男が対峙する。

「バンパイア・・・か?」

 雪之丞が、頭に浮かんだ単語を口にした。
 牙だけでなく、耳が若干尖っているのも、話に聞くバンパイアを連想させたのだ。
 しかし、

「・・・いや、違うな」

 すぐに自分の言葉を否定する。
 友人のバンパイア・ハーフのことを思い出したからだ。

「フ・・・。
 拙者をバンパイアごときと一緒にしてもらっては困るな」

 一撃は食らったものの、男は、依然として傲慢である。

「ああ。
 辻斬りなんかと比べたら、アイツに失礼だろうさ!」

 同じく強気な姿勢の雪之丞だったが、

(たいして効いてないようだな・・・?
 魔装術のパワーで殴りつけても、この程度とは・・・。
 ナメてかかれる相手じゃねえな、コイツは)

 内心では、相手の強さを冷静に分析していた。
 そんな雪之丞に対して、

「由緒正しき人狼をバカにした報い、
 思い知るが良い!!」

 男が斬り掛かってきた。刃から攻撃を飛ばせるらしく、距離を詰めもせずに刀を振り下ろしている。

「『人狼』だと・・・?
 バカはお前だ!!
 これだけ距離がありゃあ・・・」

 避けるのも容易い。
 そう思って横にジャンプした雪之丞だったが、

「ぐわっ!!」

 予想以上の数の剣撃に襲われて、幾つか食らってしまった。
 実は、最初の攻撃の際の一振りでも同じ数だけ飛んできていたのだが、それは雪之丞には見えていなかったのだ。あの時は、雪之丞自身のエネルギー波が視野を遮っていたし、また、相手の背後に回りこむだけで手一杯だったのだから。

(コイツ・・・!!
 タフなだけじゃねえ!!
 攻撃力のほうがシャレにならねえぞ!!)

 雪之丞は、胸を押さえた。
 魔装術で厚くガードされているはずの部分が、大きく抉れていたのだ。血がドクドクと流れ出ている。
 直撃を避けたはずの腕や脚にも、大きな刀傷が残っていた。

(・・・!!
 これじゃ当たりどころが悪かったら、
 手足の一本や二本、
 簡単に持ってかれちまうぞ!!)

 雪之丞は戦闘狂かもしれないが、だが、このまま戦い続けるのは自殺行為だと認識できていた。

「もう終わりかな?
 さっきまでの威勢はどうしたのだ?
 口ほどにもない・・・」

 男が挑発してくるが、これに乗ってしまっては負けだ。
 雪之丞は、グッとこらえて、

「どうやら俺一人で楽しんでちゃ、
 もったいないみたいなんでな・・・。
 今度はダチも連れて来るぜ!!」

 と言うとともに、連続霊波砲をうつ。

「何?」

 男が一瞬動揺した。雪之丞の攻撃は、全く見当違いの方向なのだ。それは地面を穿って・・・。

「そういうことか・・・!!」

 爆発ともに巻き上げられた土砂が、視界を遮った。それがおさまった頃には、既に雪之丞は逃げていた。

「こざかしい・・・。
 逃げられると思うのか?
 狩りは狼のお家芸だ!
 おまえの匂い、おぼえたぞ・・・!!」

 男は、雪之丞を追おうと思ったが・・・。
 ふと、気が変わった。

「まあよい。
 奴の霊力はゴッソリ吸い取った。
 こよいの『八房』は満足しておる!
 今日のところは見逃してやろう!」

 今の彼は、機嫌が良かった。
 霊力の吸い殻となった男を追うこともなかろう。それより、『今度はダチも』という逃げゼリフ通りに、別の霊能者を連れてきてくれるなら・・・。
 その方が旨味がある。

「新たなる『狼王』誕生の日は近い!!
 ははははははは
 ははははははは!!」

 歓喜の声が響き渡る夜空には、きれいな満月が浮かんでいた。


___________


「助かったのは、彼一人だけです。
 他は全員、鋭利な刃物でズタズタに斬られている」
「く・・・!!
 なんてむごいことを・・・!!」

 それが、西条が見せた写真を手にした唐巣の、第一声だった。
 二人は今、美神の事務所で、美神とともにテーブルを囲んで座っていた。唐巣の後ろにはピートが立っており、美神の近くには横島とおキヌもいる。

「なるほど・・・!
 明らかに、霊刀で斬られた傷ね。
 『妖刀・八房』か・・・」

 同様に写真を見ていた美神は、雪之丞の言葉を思い出していた。
 昨晩病院に駆け込んだ雪之丞は、連絡先として美神の事務所の名前を出していた。そのため、美神と横島とおキヌは、真っ先に見舞いに行ったのだった。
 そこで雪之丞から事情は聞かされていた。
 敵が武士姿の人狼であること、その武器が『八房』という名の妖刀であること、一振りで幾つもの攻撃が飛んでくること、等々・・・。
 それらは、霊刀による連続殺人事件を調べていた西条にとっても、貴重な情報となったのだった。

「霊刀は使えば使うほどその力を増す。
 一刻も早く何とかしないといけない。
 しかし、雪之丞くんが歯が立たないとは・・・」

 唐巣の言葉が、敵の強さを如実に現していた。
 何しろ、雪之丞の大ケガは、

「これじゃ退院しても、
 とうぶんは地味な仕事しか出来そうにねーな」

 と、彼自身が認めるほどだったのだ。
 そんな雪之丞の姿を思い出して、ピートも考え込んでしまう。
 雪之丞とはGS試験で対戦しているし(第十話「三回戦、そして特訓」参照)、その後、肩を並べて戦ったこともある(第十三話「とらわれのおひめさま」参照)。ピートは、雪之丞の実力を最も理解している一人だった。

「人狼か・・・。
 昼間は普通のけものになっているはずです」
「だから犯行は夜のみ、
 それも満月の前後に限られているわけね」

 ピートのつぶやきを聞いて、美神も、人狼に関する知識を頭の中から引っ張り出していた。
 農耕が始まり、人々が森を切り拓いて家畜を飼うようになると、人間と人狼は深刻な対立をするようになってしまった。今ではその数も少なくなり、どこかに隠れ住んでいるらしい。
 だが、人間がまだ専ら狩猟をしていた頃は、人狼は神として尊敬されていたのだ。そもそも人狼の祖先は、ギリシャ神話の月と狩りの女神アルテミスに従う狼だと言われている。人狼が月に支配されるのも、そのせいだ。

「・・・西条さんには悪いけど、
 オカルトGメンの手には余る相手のようね」
「ああ、残念ながら、令子ちゃんの言うとおりだ」

 美神の言葉に、西条が頷いた。
 西条としても、GS協会に協力を要請しようかと考えていたところだった。そんなタイミングで美神の知りあいが事件に巻き込まれたので、他の有力なGSも招集してもらったのだが・・・。
 西条は、あらためて室内を見渡した。
 テーブルから離れた椅子では、
 
「お、もーちょっと右だ、マリア!」

 一人の老人が、従者のアンドロイドに肩を揉ませていた。
 『ヨーロッパの魔王』という異名をもつドクター・カオスと、彼の最高傑作とも言われるマリアである。
 また、ソファでは、褐色の肌をした女性が、一人でゆったりと座っていた。後ろに、二メートルくらいの大男を従えている。
 呪術を得意とするGSの小笠原エミと、その助手のタイガー寅吉である。エミは、渡された資料を眺めている分、カオスよりはマシだった。だが、その態度は、あまり真剣そうには見えなかった。
 彼らの様子を見た西条は、

「ちゃんと話を聞いているのか・・・?」

 と、小さく言葉をもらす。

「尊い人命が奪われているというのに!!
 それに、雪之丞くんは友人だろう!?
 君たち、もっとマジメに・・・」

 西条の嘆きを受けて、唐巣が年長者らしく叱るが、この面々には無駄だった。

「んなこと言われてもなー。
 わしらも生活があるから
 先だつもんがないことには・・・」
「あの雪之丞がやられるほどの相手と
 戦わせようってワケ?
 でもオカルトGメンができて以来、
 警察は払いがシブいのよねー」

 カオスに続いて、エミに至ってはイヤミを言う始末だ。

「わかった・・・!
 僕が自腹を切ろう!
 犯人逮捕に成功した者には1億出そう!」
「マジ!?」
「さすが道楽公務員!!」
「少し前借りしていいかっ!?」

 西条の提案に、美神とエミとカオスが、目の色を変える。
 しかし、

「確かに僕たちは、オカルトならプロですが・・・。
 剣術となると、話は別ですよ?」
「たしかにね。
 気をつけないと返り討ちで
 バッサリってことになりかねないわ」 

 ピートに指摘されて少し我に返った。
 特に美神は、入院中の雪之丞から

「気をつけろ、普通の刀じゃない。
 傷からゴッソリ霊力をもってかれたぜ」

 とも聞かされていたので、いっそう慎重になる。

「霊能者が狙われるかもしれないわ・・・」
「令子ちゃんの言うとおりだ。
 犯人の目的は、どうやら
 斬った人間から霊力を吸収することらしい」

 西条は、入院中の雪之丞が襲われることも想定して、病院にも警備を残していた。オカルトGメンだけではなく、美神の友人のGSにも、病院で待機してもらっている。女性ではあるが、美神も敵わないほどの強力な十二の式神を擁しているとの話なので、もし襲撃されても何とかなるはずだ。

「この中で、
 一番剣術に詳しいのは誰でしょう・・・?」

 ピートの質問で、考え込んでいた二人が顔を上げる。

「やっぱり、西条さんかしら?」

 美神は、西条の方に目を向けた。彼の武器は霊剣ジャスティスであり、今も持ち歩いている。

「それと、もう一人・・・」

 言葉を続ける美神は、視線を動かした。その先には、横島がいる。
 それに反応して、西条も、

「ふむ。そうだな・・・」

 と、横島を見た。
 これに慌てたのが横島である。

「み・・・美神さん!?
 それに西条・・・!?
 一体どういうつもりで・・・」
「横島クン、あんた、
 小竜姫さまのところで修業してきたでしょ?」

 美神がアテにしているのは、横島の霊波刀だ。
 あまり美神が横島をキチンと指導していないので、横島の技は、戦闘中に追いつめられて我流で編み出したものばかりである。
 しかし、霊波刀だけは違う。あれは、横島が妙神山へ修業に行って、小竜姫の指導のもとで引き出されたものだ(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。何しろ小竜姫は、『音にきこえた神剣の使い手』とも呼ばれるほどの神様だ。横島には、剣技の基礎も叩き込まれているはずだった。

「人間性はともかく、君の腕は確かだからな。
 もちろん、この僕には及ばないがね」

 西条も、横島の実力は知っている。日本に来たばかりの頃、横島を試す意味もあって、剣を交えたことがあるからだ。
 美神と西条の言葉を聞いて、

「そういうことなら・・・」

 一同の目が、横島へと向けられた

「いっ!?
 お・・・俺っスか!?」


___________


「ぶっそうですね。
 霊力を吸い取る辻斬りなんて・・・」 
「あの西条とかいうヤツ、
 『学生は帰れ』じゃと!!
 ワシらの力をナメとるのう!!」
「何言ってんだ!!
 解放してくれて助かったぞ。
 もうヘトヘトだ・・・」

 ピートとタイガーと横島が夜道を歩いていた。美神の事務所からの帰路だ。三人の後ろから、おキヌもついてきている。
 口では文句を言っていても、タイガーや横島の顔は、どこか満足そうだった。ごちそうを腹一杯食べたあとだからだ。

『横島さん、頑張りましたからね』
「まったく、
 あんなこと俺にやらせるなんて・・・」

 おキヌに言われて、横島が、事務所での出来事を振り返る。
 美神と西条の言葉により、皆の注目を浴びた後。
 横島は、GSたちの前で、西条とともに剣術の講義をするハメになっていた。美神の言うとおり、確かに横島は小竜姫のところで霊波刀の修業をしたことがある。その意味では、小竜姫から剣を学んだとも言えるかもしれない。だが、知識として頭に入れたのではなく、むしろ感覚で覚えていた。それを他人に説明するのは難しい。
 しかも相手は、美神や唐巣などの一流GSなのだ。そうした面々を相手に教師役を務めるというのは、それだけで大変なことだった。さらに、彼らが欲していたのは、刀を使ってどう戦うかよりも、刀を手にした相手とどう戦うかという情報だ。そのことも、横島の苦労を倍増させたのだった。

「美神さんに物を教える横島さんなんて、
 なかなか見れませんからね」

 ピートも、昼間の横島の姿を思い出したらしく、苦笑する。
 ただし、横島の奮闘には、それなりの報酬もあった。美神の手料理である。

「今日は私が作るわ。
 西条さんにも食べていってもらいたいから」

 と美神は言っていたが、それが本当の理由でないのは明白だった。
 もちろん特定の人間にだけ食べさせるわけにもいかず、その場の皆で夕食という形となる。だから横島だけでなく、特に何もしていないタイガーまで満腹になったのだった。
 さらに、貧乏な横島とタイガーは、翌日の弁当にということで、残りものを包んでもらっていた。

『横島さん、今回はアテにされてますからね』

 おキヌが横島に笑顔を向けた。
 横島も、夜の捜査からは外された形ではあるものの、いざ敵が現れたら呼び出される可能性があった。そのために、西条から一時的に携帯電話を持たされているくらいだ。
 さらに、今の四人の中でも、もし敵と遭遇した際には横島が主戦力となる予定だった。タイガーが弁当を自分で持っているのに対し、横島は手ぶらだ。おキヌがわざわざついてきているのも、横島の分の包みを代わりに運ぶためなのだ。

「まあ・・・たまには、な」

 おキヌの顔を見ながら、当たり障りの無い言葉を返す横島。
 心の中では、全く別のことを考えていた。

(おキヌちゃん・・・。
 大丈夫そうだな?)

 小鳩の貧乏神対策で結婚ゴッコをしていたときには、『横島さんの妻ですから』と言い出したり、夜になって顔を赤らめたり、どうも様子が妙だったおキヌである(第十六話「三人の花嫁」参照)。横島自身も、西条から色々と吹き込まれておキヌを見る目が変わったりもした。だが横島は、自分のこと以上に、おキヌの態度の変化を心配していたのだ。
 あの一件がすっかり片付いた今・・・。
 横島の目にうつる彼女の表情は、もとのおキヌと全く同じようだった。

(あのときは・・・。
 みんな、どうかしてたんだよな。
 雰囲気に酔ったというか、あてられたというか・・・)

 と解釈している横島は、おキヌとの仲がギクシャクしていないのでホッとしていた。
 このように、この瞬間の横島は、辻斬りのことも全く考えていなかったので・・・。

 ドン!!

 彼は、横手の路地から飛び出してきた人影とぶつかってしまった。

「うわっ!! おい・・・」

 文句を言おうとした横島だが、言葉を飲み込んだ。横島と衝突して倒れているのは、小さな子供だったからだ。
 頭の中央を前髪まで赤く染めた子供である。背中には、一昔前の泥棒や夜逃げをイメージさせるような風呂敷包みを背負っていた。

「大丈夫かい、君・・・?」

 助け起こそうと近寄ったピートだったが、重大なことに気が付いた。

「あっ!! シッポがある!
 人狼の子ですよ!」

 ピートの言葉で、一同が緊張する。

『・・・人狼!?』
「じゃあ、コイツが辻斬りですカイノー・・・?」

 その場の空気を察知したのだろう。起き上がった子供は、

「拙者、怪しい者ではござらん」

 と言いつつも、木刀のようなものを取り出した。自衛のためなのだが、これが裏目に出た。

「おい・・・。
 それが例の『妖刀・八房』ってやつか?」

 目を細めた横島に対して、子供も、ピクリと反応する。

「・・・知っておられるのか?」

 子供の持つ木刀が『八房』だったわけではない。だが、子供は『八房』を持つ相手を追っており、しかも『八房』は世間に知られているシロモノではなかった。手がかりを得たと思って反応しただけなのだが、彼の返答は、誤解を招いてしまった。

「そうか・・・」

 横島が、その手にボウッと霊波刀を出現させる。
 これを見たピートが、

「待ってください!!
 聞いていた話と違いますよ!?」

 と、横島を止めにかかった。
 昼間の会議の際、横島やタイガーは資料をキチンと見ていなかったが、ピートは犯人のモンタージュ写真にまで目を通していた。だから、目の前の子供が辻斬りではないと分かったのだ。

「ああ。
 俺だって、雪之丞の話は覚えている・・・」

 横島は、雪之丞から、犯人は侍のような格好だったと聞かされていた。それと照らし合わせると、確かに、目の前の子供の姿は違う。だが・・・。

「狼のバケモノなんだろ、コイツ?
 キツネやタヌキだって人を化かすんだ。
 人狼にとって、子供のフリするくらい・・・」
「横島さん、今日は冴えとるノー」

 タイガーは横島の言葉に賛同し、一歩下がった。
 ピートは迷っているようだが、それでも、足をとめた。
 おキヌは、黙って横島を見守っている。
 そんな中、

「正体をあらわせ、辻斬り野郎!!」

 横島が子供に斬り掛かった。
 雪之丞を軽く倒すほどの強敵というのであれば、様子見の余裕もない。先手必勝なのだ。
 しかし、

「うわっ!!」

 子供の動きは軽やかだった。体を横にするだけで攻撃を避け、同時に、横島の霊波刀に対して自分の木刀を合わせてみせた。
 お互いの得物がぶつかりあう。だが・・・。

 スパッ!!

 横島のハンズ・オブ・グローリーは、子供の手にした刀をアッサリと斬り飛ばしていた。

(ひえーっ!!
 よけてなければ、拙者も真っ二つだったでござる!!)

 内心の思いを冷や汗であらわす子供である。それを見ながら、

「・・・あれ?」

 横島は拍子抜けしていた。

「これが、雪之丞くんが苦労した妖刀・・・?」
「なんだかあっけないノー?」
『横島さんが凄すぎるのでは・・・?』

 周りの三人もとまどっている。
 そんな彼らの前で、子供は、いきなり土下座をし始めた。

「それがしは犬神族の子、
 犬塚シロと申します!!
 わけあって仇を追っております!
 が、敵はおそるべき妖刀の使い手・・・!
 どうか、それがしを弟子にしてくださいっ!!」


___________


「横島クンか!!
 ・・・何っ!?」

 西条の携帯に、横島から電話がかかってきた。
 話を聞く西条の表情が変わるのを見て、

「どうしたの、西条さん!?」
「何があったワケ!?」

 美神とエミが、問いかける。
 彼らは、今、犯行パターンを分析した上で、襲撃予想地域を探索しているところだった。唐巣神父、ドクター・カオス、マリアも一緒である。

「・・・わかった。
 電話をかわるから、すまないが、
 もう一度説明してくれないか?」

 一通り横島の話を聞いた西条は、携帯電話を唐巣へ手渡した。唐巣が横島から話を聞いている間に、西条は、美神とエミに対しても説明する。

「横島クンが、人狼と遭遇したそうだ」
「なんですって!」

 慌てた美神を制止するかのように手を振って、

「いや、例の辻斬りじゃない。
 安心したまえ」

 と言うのだったが、続きを語る口調は重かった。

「辻斬りの正体も判明したよ。
 犬飼ポチという名前の人狼だ。
 どうやら人狼の中でも異端者だったらしい。
 犬神族の秘宝を盗み出した上で仲間を斬り殺し、
 隠れ里から飛び出したそうだ」
「『犬神族の秘宝』・・・?
 それが問題の妖刀なワケ?」

 エミの指摘に、西条が頷いた。

「ああ、そうだ。
 大昔に人狼の刀鍛冶が一本だけ作り上げた無敵の剣。
 ひと振りで八度敵を斬りつけるというシロモノだ。
 しかも、霊波刀以外は何でも斬ってしまうらしい」
「・・・ちょっと待って!!
 それじゃホントに横島クンに頼るしかないじゃない!?」

 美神が口を挟んだ。
 美神達は、人狼が相手ということで銀の銃弾を用意してきていた。だが、今の西条の話が本当だとすると、それでも準備不足に思えるのだ。

「・・・すいぶん詳しい情報が手に入ったみたいね?」

 エミも、西条の言葉に疑問を投げかけた。

「横島クンが出会ったのが、
 その犬飼に殺された人狼の子供なんだ。
 父親の仇を討つために、里から降りてきたらしい」
「・・・そういうことなら、信憑性も高そうね?」
「その人狼の息子も戦力として期待できるワケ?」

 西条は、美神の言葉には頷くが、エミの言葉は否定する。

「いや、それは無理だ。
 まだ本当に小さな子供らしい」

 おそらく『仇を討つ』というのも、ただ本人がそう思っているだけで、村の大人達は賛同していないのだろう。周囲もその気なら、子供一人ではなく、それなりの手勢で来ているはずだ。
 横島の話から、西条は、そう判断していた。

「もちろん、情報源としては貴重だから・・・」

 ここで、西条は唐巣の方を見やる。どうやら、一通りの説明は聞き終わっているようだ。

「今日のところは引き上げて、
 もう一度作戦を立て直すべきでしょう」

 西条は、自分の意見を述べながら、その是非を問いかけるような視線を唐巣に投げかけた。

「・・・そうだね」

 横島から直接話を聞いた唐巣も、西条に賛成した。そして、電話に向かって、

「・・・横島くん。
 事務所に再集合することになった。
 その人狼の子供を、連れてきてくれるかね?」

 と告げたのだが・・・。
 少し遅かったようだ。

「いつぞやの輩の仲間か・・・?
 霊能者が大勢おそろいだな。
 拙者を捜しておるのかな?」

 一同の後ろに、犬飼ポチが立っていた。


___________


「・・・ちっ!!」

 横島が電話を切って、突然走り出した。

「横島さん・・・!?」

 背中に投げかけられたピートの言葉に対し、

「美神さん達のところに、奴が現れた!!」

 一瞬立ち止まって、横島が答えた。

「犬飼か・・・!?
 ならば拙者も・・・」

 シロが横島を追おうとするが、

「ダメだ!
 君はまだ子供じゃないか!」
「フンガーッ」

 ピートが言葉で止めようとし、タイガーが力で押さえ込んで制止する。

「ナイス、タイガー!!
 そのまま事務所へ連れていってくれ!」

 タイガーに一言かけた後、横島は、再び走りだした。
 
『私も行きます!!』

 おキヌも横島に続く。自分が戦力にならないことは承知しているが、それでも応援しに行くのだ。

(間に合ってくれ・・・)

 横島は、心の中で叫びながら、疾走する。
 通話の間に、現在地を聞いておいてよかった。さらに、たいして遠くなかったことが不幸中の幸いだ。

(美神さん・・・!!)


___________


「出たか!!」
「・・・噂が本当かどうか、試させてもらうわ!!」

 西条と美神は、犬飼が剣を構えるよりも早く、銃を取り出した。
 黙って見逃してくれる相手ではないと思ったし、それならば先制攻撃するしかなかったからだ。

「くらえっ!」
「フルオート連射っ!!」

 二人で銀の銃弾を浴びせたのだが、

「こざかしい!!」

 神速で剣を抜いた犬飼は、それを全て叩き斬ってしまった。
 しかも、

「ぐわっ!?」
「西条さんっ!?」

 飛んできた剣撃の一つが西条に直撃し、彼の鎖骨を打ち砕いた。
 西条を心配する美神を見て、

「よそ見していられる場合かな・・・?」

 犬飼が、再び剣を振るう。

「危ない! ミス・美神!!」

 美神の盾になるかのように、マリアが立ちふさがった。
 美神自身も、体を横に捻りながらジャンプして、攻撃の軌道から逃げた。
 しかし・・・。

 ゴンッ!! ズバッ!!

 マリアの左腕が、幾つかのピースとなって地面に転がった。
 そして、よけたはずの美神も、背中に一発食らっていた。服の下にはボディ・アーマーを着込んでいたのだが、今の攻撃で砕かれている。さらに、同じ一撃が、腰まで伸びた後ろ髪の先を切り落としていた。

「げ・・・。
 マリアの超合金があっさり斬られちゃうワケ!?
 ウワサ以上のバケモノじゃない!!」
「美神くんっ!?」
「強化セラミックのかたびらも・・・!?
 こりゃいかん!!
 退くんじゃ!!」

 エミと唐巣が慌てる中、カオスが冷静に撤退を指示した。

「『退く』だと・・・!?」

 犬飼に、彼らを逃がすつもりなどなかった。だが、

「こよいの『八房』は血に飢えておる!
 全員死ぬがいい・・・!!」

 と、慢心して語っている間に、

「精霊石よ!!」

 エミがイヤリングの精霊石を光らせる。脱出のための目くらましであった。


___________


「相手の力量も能力特性も
 話には聞いていたのに、
 まったく対応できなかった・・・!!
 実力の違いすぎる戦いを、
 これ以上やってらんないワケ!」

 悔しそうにエミが叫ぶ。
 彼らは今、夜空に浮かんでいた。陸路では逃げられないと判断したからだ。
 エミと美神がマリアに抱きつき、マリアは右腕だけでカオスをつかんでいる。意識を失った西条はカオスに抱えられ、唐巣は自力でカオスにおぶさっている。
 かなり無理して、全員がマリアの飛行能力に頼っていた。

「私の髪・・・!!
 あの野郎、よくも・・・!!」

 美神の髪は、もともと、かなり長い。犬飼にやられたのも、根元からバッサリではなく、十センチか二十センチ切られたに過ぎない。ヘアスタイルとしては変にはならないし、これでも、まだ女性として『長髪』と呼ばれるだけの長さはある。
 しかし、美神自身は激怒していた。

「この恨み、はらさでおくべきかーっ!!」

 目尻に涙まで浮かべて、眼下を睨みつけた。

「美神くん!!
 ちょっと静かに!!
 おとなしくしたまえ!!」

 美神を諌める唐巣である。犬飼に気付かれるのではないかと気になり、美神と同じように、視線を下に向けた。すると、

「あっ!!
 美神くん、あれを!!」

 横島とおキヌの姿が目に入った。彼らは、先ほどの戦いの現場へ向かっているのだ。

「あのバカ!!
 なんてタイミングの悪い・・・!!」

 唐巣に促されて美神も気付いた。

(どうしよう・・・?)

 上から『来るな』と大声で叫ぶのは、彼らまで犬飼に気付かれるだけだから、やぶ蛇だ。
 携帯電話で連絡したいところだが、西条には意識がない。
 もちろん、今、地上に戻るわけにいかない。 
 だが・・・。
 少考の後、美神は近くの建物を示して、

「あのビルの屋上でいいから!
 私をおろして!」

 と頼んだ。
 
「少しくらい寄り道したって、
 重量を減らした方がいいでしょ?
 このまま病院まで行くのは無理だわ」

 美神は笑ってみせる。

「何言ってるワケ!?
 令子だって、ケガしてるじゃないの!!」
「これくらい、大丈夫よ。
 背中はそんなに痛くないわ。
 髪には神経も通ってないし・・・。
 だから、お願い。マリア!!」
「・・・言う通りにしてやれ、マリア!」
「イエス・ドクター・カオス!」

 彼らは、一時的にビルの屋上に降り立った。

「じゃ、西条さんを頼んだわよ!!」

 美神は、一人、階段のほうへ駆けていった。

「・・・令子一人では、
 横島の手助けにはならないわね」

 美神の姿を見送りながら、エミが、足を踏み出そうとしたとき、

「待ちたまえ!!」

 唐巣が、その肩に手をかけた。

「私が行こう。これでも美神くんの師匠だからね」

 そして、西条に視線を向けた。

「エミくん、彼を頼む。
 病院で、ついていて欲しい」

 唐巣だけでなく、

「・・・そうしてもらえると、ありがたい。
 わしはマリアの修理があるからな」
「・・・わかったワケ」

 カオスからも頼まれて、エミは承諾した。
 そして、唐巣は美神の後を追い、他の者はマリアとともに飛び立っていった。


___________


「な・・・
 なんか話が違う・・・!?」

 横島は、焦っていた。
 電話で聞いた現場に着いてみたら、そこに美神たちはいない。刀を構えた犬飼一人が、立っていたのだ。

「・・・ほう。
 別のエサがやって来るとは・・・」

 犬飼が横島を睨むと同時に、

『横島さん!!
 あれ・・・!!』

 おキヌが、ビルの屋上にいる美神たちに気付き、それを示した。
 横島は悟る。
 美神たちは無事に逃げた後だったのだ。
 それなら、来るんじゃなかった・・・。

「ははは・・・。
 どうやら場所と時間を間違えたようなので、
 俺、帰ります。
 じゃ・・・!!」

 横島は、冗談にしてしまいたかったのだが、

「ふざけるなー!!」

 犬飼はノってくれなかった。いきなり剣を振るってきたのだ。

「う・・・うああっ!!」

 ハンズ・オブ・グローリーで対応する横島だったが、八つもの攻撃が飛んできては、受けきれない。そこに、

「犬飼!!」

 シロが飛び込んできた。
 手に小さな霊波刀を出していたが、犬飼の攻撃にはかなわない。横島の代わりに傷を負って、はじき飛ばされてしまった。

「シ・・・シロ!?
 なんで、ここに・・・!?」

 シロのことは、ピートとタイガーにまかせていた。タイガーが自慢の怪力で押さえつけていたはずなのだが・・・。
 彼らの誤算は、シロが実は女の子であることだった。体に触れていたタイガーが気付いてしまい、放してしまったのだ。
 タイガーは、極度の女性恐怖症である。だが、それは、男の本能が人並み以上に強いのを理性で抑えているからに過ぎない。
 女性を無理矢理抱きかかえていたことに気付いたタイガーは、パニックになってしまった。ピートは、それを何とかしようとするだけで手一杯で、走り出したシロを追うことも出来なかったのだ。

「ちッ!!
 もうひと太刀!!」
「野郎ーッ!!」

 なぜシロが来たのか、横島には事情は分からなかった。だが、シロが身を挺して作ってくれたチャンスを逃すことは出来ない。

(今しかない・・・!!)

 横島は、右手を伸ばして、犬飼の脇腹に斬りつけた。

 ドガ!!

 腹からドクドクと血を流す犬飼だったが、

「貴様・・・!!
 拙者の毛皮に傷を・・・!!」
「ひ・・・。
 効いてない・・・!?」

 横島に対しては、虚勢をはってみせた。内心では、

(思ったより傷が深い・・・!
 早くコイツを食ってしまわねば・・・!!)

 と、少し勝負を焦っている。それが、犬飼の剣を鈍らせた。

「おのれええっ!!」
「えいっ!!」

 『八房』を振るおうとした犬飼に対し、横島がハンズ・オブ・グローリーを合わせる。
 妖刀を受け止めることが出来たのだ。
 だが、それも一瞬に過ぎなかった。

「拙者をなめるな!!」
「わ・・・!?」

 力負けして、押されてしまう。慌ててかわす横島であった。


___________


 日本刀というものは、本来、両手で柄を握るものだ。しかし、横島の霊波刀は片手で制御している。その意味では、名前こそ『刀』であるが、むしろ西洋の『剣』のほうがイメージが近いだろう。
 片手で扱うことには利点もある。今も、右手でハンズ・オブ・グローリーを使うと同時に、左でサイキック・ソーサーを出して幾つかの攻撃を防いでいる。しかし、反面、横島の霊波刀が犬飼の妖刀にパワー負けしていることも事実であった。これこそ、『剣』の欠点だ。

「横島クン・・・!!」

 美神が、ようやくビルの階段をかけ降りたらしい。
 犬飼を相手にしながらも、横島の視界の右隅に、美神が駆けてくるのが見えた。唐巣も美神の後を追っているのだが、横島は気付かなかった。

(美神さん・・・!!
 来ちゃダメだ!!)

 横島だけでなく、おキヌも同じ思いらしく、

『美神さん!!』

 と叫んでいる。横島の視界の左隅に、そんなおキヌの姿が見えた。

(・・・!! そうか!!)

 横島の頭の中で、何かが閃いた。

「これでどうだ!!」
「何!?
 ・・・貴様!!」

 今、横島は、振り下ろされた『八房』を、しっかりと受け止めていた。
 今度は、力負けすることもない。なぜなら・・・。

「『三本の矢』には足りないが・・・。
 一本では折れる刀も、二本ならば折れないようだぜ!」

 横島は、両手から霊波刀を出していた。二刀流である。
 その二つをクロスさせて、その交点で犬飼の剣を支えていたのだ。

「横島クン!!」
『横島さん!!』

 二人の声が聞こえる。

(ありがとう!!)

 横島は、心の中で二人に感謝した。
 二人の姿が同時に目に入ったからこそ、GS試験のダブル・サイキック・ソーサーを思い出し、ハンズ・オブ・グローリーの二刀流に辿り着いたのだった。
 今では当時と違って、特に妄想することなく、両手で霊波を操ることも出来る。だが・・・。

(美神さん!! おキヌちゃん!!
 俺に力を貸してくれ!!)

 頭の中で二人をイメージし・・・。
 その瞬間、横島の霊波刀の出力が増した。

 ボキッ!!

 犬飼の妖刀が折れる。

「馬鹿な!!」

 犬飼の叫びが飲み込まれた。
 横島の霊波刀は、そのまま、犬飼の体へもダメージを与えたのだ。

「倒した・・・か?」

 まだだった。

「横島とか言ったな・・・!!
 その名前、決して忘れんぞ!!」

 犬飼は、折れた『八房』を右手で持ったまま、左手で自分の胸を押さえていた。しかし、その手の間からでも、大きな斜め十文時の切り傷がハッキリと見えた。もちろん、血も噴き出している。
 それでも、犬飼の口調は高圧的だった。

「貴様の剣の腕に免じて、
 今日のところは見逃してやる。
 満月の夜には気をつけることだな!!」

 そう言い残して、犬飼は、夜の闇の中へと消えていった。


___________


 その後。
 満月までの一ヶ月弱、色々と忙しかった。

 まず美神は、シロの案内で、人狼の隠れ里へと向かった。
 そこで、シロは、人界に残ることを長老から正式に認めてもらった。
 長老が許可を与えた理由の一つは、シロがもはや小さな子供ではなくなったことだろう。今のシロは、『超回復』により、中学生か高校生くらいの外見に育っていた。犬飼にやられたケガから回復しようとする人狼のパワーと、その場で美神たち霊能力者から受けたヒーリング。両者の相乗効果であった。
 こうして、シロは、仇を討つまでという条件付きで、美神の事務所の屋根裏部屋に居候することになった。

 また、シロと長老の話で、犬飼の目的も鮮明になった。彼は『八房』で吸収したエネルギーによって、狼王フェンリルになるつもりだったのだ。
 北欧神話に記されたフェンリル狼は、あまたの神を殺し、世界を滅ぼしかけた怪物である。神々の全面戦争のとどめには、主神オーデインを食ってしまったとも言われている。
 犬神族の人狼は皆、フェンリルの魔力を受けついでいる。だが彼らから見ても、犬飼の行動は狂気でしかなかった。
 横島が『八房』を破壊したことは幸いである。それでも長老は、

「連日の修業で霊力を高め、
 満月で力が満ちたときにきっかけをつかめば、
 あるいは・・・」

 と、『八房』なしでフェンリルが誕生する可能性を心配していた。

 賛同した美神は、隠れ里から戻り次第、アルテミスを呼び出す準備を始めた。
 アルテミスは月と狩りの女神であるが、同時に、人狼族の守護女神でもある。アルテミスならば、フェンリルをも支配することが出来るかもしれないのだ。
 しかし、アルテミスは、とっくに地上から消えた古代の神。それを呼び出すには、巨大で複雑な魔法陣が必要だった。
 広い場所が求められたので、六道家の敷地を借りて魔法陣を描くことになった。知識の足りない者に手伝わせたらミスが起こるので、美神、エミ、唐巣の三人で作業した。
 連日徹夜で頑張り、何とか間に合わせたのだが・・・。

 満月になっても犬飼は来なかった。
 さらに次の満月になっても、その消息は不明だった。
 やはり妖刀を失ったために、もう狼王になれなくなったのだろうか。
 そのための辻斬りも、もう出来なくなったのだろうか。
 しかし万一の場合に備えて、六道家の敷地内には、今も魔法陣が残されている。


___________


「ずっと徹夜で作業したのに・・・!!
 なんで来ないのよ、アイツ!!」

 美神は、事務所でイライラしていた。

『美神さん・・・。
 来ないなら来ないで、
 そのほうが平和でいいじゃないですか』 

 おキヌがなだめるが、あまり効果もない。

「何言ってるの!!
 この髪の恨み、どーしてくれるの!?
 そもそも、横島クンが
 あそこで奴を逃がしちゃうからいけないのよ!!
 それに、逃げられちゃったから
 1億円もフイになったのよ!?」

 こうなると半ば八つ当たりである。だが実は、美神のいら立ちには、微妙な女心も関与していた。
 あの直後、美神が髪を切られたことに横島は全く気が付かなかったのだ。それが美神の怒りに火を注いでいるのだが、おキヌどころか美神自身でさえ、そんな自分の感情を理解していなかった。
 
「ただいま・・・」

 このタイミングで、事務所のドアが開く。
 疲れきった様子の横島が入ってきた。その後ろから、満足した表情のシロが続く。

『横島さん、おつかれさま』

 事情を理解しているおキヌが、優しく笑う。
 シロは、犬族であるせいか散歩が趣味である。だが人狼だけあって、その距離が半端ではない。しかも、それをトレーニングだと言い張り、

「弟子の『とれーにんぐ』に
 師匠がつきあうのは当然でござる!!」

 ということで、横島を同行させているのだ。

「横島先生・・・。
 今日もバテたでござるか!?」

 不思議そうに尋ねるシロに、

「あたり前だ・・・。
 毎日朝晩50キロも歩きゃー誰でも・・・」

 気力を振り絞って、文句を返す横島。
 そこへ、美神が、

「横島クン!!
 あんた、なんで奴を逃がしちゃったのよ・・・」

 先ほどの愚痴をぶつけ始めた。
 これが、今の事務所の日常である。

「強敵の犬飼を撃退したのは、俺なのに・・・」

 報われない横島であった。


(第十八話「おキヌちゃん・・・」に続く)

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第十八話 おキヌちゃん・・・へ進む



____
第十八話 おキヌちゃん・・・

「こんなガケの真ん中に、ほこらがあるのか・・・」

 雪之丞は、今、洞窟の入り口に立っていた。
 美神の事務所に頻繁に立ち寄るようになったことが、彼が一人で請け負う仕事にも影響を与えていた。もともとは遠地の仕事も厭わなかった雪之丞だったが、最近では、関東近辺の仕事を好むようになっていたのだ。
 その関係で築かれた人脈を通して、雪之丞は、地脈異常の調査を頼まれていた。彼としては、面白みのない仕事である。だが、少し前に大ケガをしたこともあって(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)、療養がてら引き受けたのだった。
 そして異常の原因を探るうちに、ここ人骨温泉に辿り着いたのである。

「いやに寒いな・・・!」

 雪之丞は、ほこらの中に入っていく。
 温泉の中心地からは離れた山奥であるが、それにしても冷気が強すぎる気がした。
 
「ここに何かあるようだな・・・?」

 岩の隙間から寒さがただよってくる。この奥に原因があるのだろう。
 雪之丞は、軽く霊波をぶつけて、岩を崩してみた。

「な・・・!?」

 大きな氷の塊があらわれた。
 しかも、中には女性の遺体が保存されている。
 
「これは・・・!!」

 雪之丞が驚いたのも無理はない。
 彼は、その女性の姿に見覚えがあったのだから。




    第十八話 おキヌちゃん・・・




「なんですって!!」

 事務所で電話を受けていた美神が、大きく叫んだ。
 
「どうしたんスか、そんな大声出して!?」
「びっくりするでござる」
『誰からの電話ですか・・・!?』

 他の部屋にいた横島、シロ、おキヌが、美神の声を聞きつけて集まるくらいだ。
 美神は、受話器を手にしたまま、ゆっくりと顔を三人の方へ向けた。

「今日の仕事はキャンセルよ。
 これから人骨温泉へ行くわ!!
 雪之丞が・・・、
 おキヌちゃんの遺体を見つけたんだって!!」


___________


「すまないな。
 呼びつけるような形になって」

 山の麓の駐車場で、雪之丞が美神たち四人を出迎えた。
 雪之丞の傍らには、美神たちの知らない女性が立っている。おキヌと同様の巫女装束だが、おキヌとは違って髪は短めだった。

「わたすは氷室早苗。
 あの仏さまのほこらは、
 わたすの家が管理してる場所だあ!」
 
 彼女は、ちょうど雪之丞が遺体を見つけたところへ通りかかり、最初は、死体遺棄現場だと勘違いしたのだった。その誤解を謝罪する意味もあって、早苗は、雪之丞を手助けしているようだ。

「うわあ・・・。
 ほんとに、あの仏さまの幽霊だあ!!」

 早苗は、おキヌを見て驚いている。
 美神としては、ここで事情を聞くことも出来るのだが、

「詳しい話は後でいいわ。
 まず、その場へ案内してちょうだい」

 おキヌの遺体を見に行くことを優先させた。


___________


 ほこらで、おキヌの遺体と対面した後。
 美神たちは、早苗の神社へと向かっていた。
 横島もおキヌも、色々と思うところはあるだろうが、それを口には出さなかった。
 そんな二人を見ていると、シロは、

(拙者は、新参者でござる・・・)

 と感じてしまう。
 一方、先頭を歩く美神は、

「地下水脈が凍りついて
 中の遺体を保存したらしいわね・・・」

 さきほどの光景を思い出していたが、ここで、ふと意識を周囲へと切り替えた。

「こんな山奥にずいぶん広いお屋敷ね。
 この辺の地主か何か?」
「300年ほど前、
 ほこらと社を子々孫々守るという条件で
 土地が与えられたんだあ」
『300年・・・!』

 早苗の言葉に真っ先に反応したのは、おキヌだった。
 その顔を見た雪之丞が、

「まあ、そう慌てるな。
 ここの神主が詳しく語ってくれるさ」

 と声をかける。雪之丞はすでに話を聞いているのだが、自分の口を通すよりも、直接のほうがいいだろうと考えていた。
 そして、彼らは鳥居をくぐり、早苗の父と対面した。

「そちらのおキヌさんの話、
 古文書に記されている神社の由来と符合します」

 美神たちを屋敷に案内した彼は、古文書を手にしながら、その内容を語り始めた・・・。


___________


 300年前の元禄の頃。
 この土地には、他に例を見ないほど強力な地霊が棲んでいた。地脈からエネルギーを吸い取って生きる妖怪であり、その名を『死津喪比女』という。
 そのため、地震や噴火が続いていた。困った藩主は、高名な道士を招いて死津喪比女の退治を依頼した。しかし・・・。

「退治は不可能ではありませんが・・・。
 敵は強い・・・!
 退けるには大きな代償が必要です」

 道士は人身御供を要求し、藩主は、それを受け入れる。
 怪物を封じる装置が作られ、一人の巫女を地脈に捧げることで、装置は稼働した。

「この装置は彼女の意志と霊力で永久に作動する。
 本来なら人の命をこのように使うべきではないが、
 この地にはどうしても新しい神が必要だ。
 いずれ娘は地脈とひとつとなり、山の神となる。
 そうすれば邪悪な地霊は・・・」


___________


「ちょ・・・ちょいまちっ!!」

 美神が話を遮った。
 おキヌとの出会いを思い出したのだ。
 才能がなくて神さまになれないと嘆いていたおキヌ。そのおキヌを地脈から切り離した美神・・・。
 では、今、怪物を封じる装置とやらは、どうなっているのだ?
 美神が、そこに思い至ったところで、

「ああ・・・。
 俺からも一言いいかな?
 そもそも、俺がここに辿り着いたのは・・・」

 と、雪之丞が口を挟んだ。
 そして、別の場所で地脈異常が発生していること、並びに、それがここへ繋がっていることを説明する。

「まさか・・・!?」
『その地霊が復活・・・!?』
「美神さんがおキヌちゃんと地脈を
 切り離しちゃったせいで・・・!?」

 美神とおキヌと横島の顔が青ざめた。シロは事情が分からぬようで、キョトンとしている。

(・・・ありうる!!
 おキヌちゃんがただの地縛霊じゃなく
 呪的メカニズムの一部だったとしたら・・・。
 ほかの幽霊と入れ替えたせいで
 作動不良をひきおこしたかも・・・)

 立場を理解していなかったおキヌにも非はあろう。だが美神は、おキヌを非難するより前に、自分がしたことの意味を考えこんでいた。
 そこへ、タイミングを見計らったかのように、雪之丞が声をかける。

「・・・そういうわけなんで、
 この仕事、手伝ってくれるよな?
 助っ人料は出せないが・・・」


___________


「へえ・・・!
 いいなー。
 家の裏にこんな温泉が湧いてるなんて・・・!」

 その夜。
 美神は、早苗とともに温泉につかっていた。自然の中の露天風呂である。

「あの横島とかいう人には内緒だけどな!
 東京の男はスケベで好かん!」

 早苗には特にセクハラ行為をしなかった横島だったが、なぜか、その本性を見抜かれていた。

「東京でもあいつは特殊な部類だけど・・・」
「わかってるだべ。
 同じ東京もんでも、
 雪之丞さんは違うようだから・・・」

 少し頬を赤くした早苗を見て、

「え・・・?
 あんた、雪之丞のことを・・・?」
「そんなんじゃねえだぞ!!
 ちょっとカッコいいなと思っただけで・・・。
 ああ、わたすには山田君がいるというのに・・・!!」

 美神が少し追求するのだが、早苗は、一人で頭を振っている。
 これがいわゆるイヤンイヤン状態だろうか。
 呆れてしまう美神だったが、早苗が我に返るのも早かった。突然、別人のようになって質問する。

「社では何も見つからなかっただべか?」
「え!? ええ・・・!
 あそこに何かあるのは
 まちがいないと思うんだけど・・・」

 美神は考える。
 早苗は『祠と社を子々孫々守るという条件で土地を与えられた』と言っていたのだ。だから、社も、遺体が保管されている祠と同じくらい重要なはずだ。

「とにかく徹底的に調べるしかないわ!
 死津喪比女とやらが本当に復活しているのか、
 まずはそれを確かめないと・・・」

 おキヌの代わりにした幽霊がどうなったか、それも調べないといけないだろう。
 そして、呪的メカニズムを解明するためには、おキヌ自身を探査することも必要かもしれない。

「全部片づくまで東京には帰れないわ」
「したら、その間、家に泊まるといいべ!
 父っちゃも母っちゃも遠慮はいらねって言ってるがら!」
「悪いわね。
 結構な人数で来てるのに・・・」

 美神としては、そんな言葉も出て来る。
 美神、横島、おキヌ、シロ、それに雪之丞。五人も泊めてもらうのだから。
 だが、早苗としてみれば、それくらい大したことではなかった。何しろ、おキヌこそ、その身を犠牲にしてこの地を救った功労者なのだ。

「それに・・・。
 たまには都会の人がいてくれるのも、嬉しいだべ・・・!」
「早苗ちゃん・・・」

 再び顔を赤くした早苗と、その心中を察する美神。
 平和な女同士の入浴である。
 しかし、その平穏も長くは続かなかった。

「!!」
「!? どうしたの!?」
「そこで何か動いた・・・!!」

 早苗の視線を美神が追う。
 オケラを人間大にしたような化物が、土の中から何体もボコボコと出現するところだった。
 最後に、別の形の化物も現れる。

『匂うな・・・。
 あの巫女と同じ匂いがする・・・。
 300年間わしを封じた、あの小娘・・・!!』

 それは、人間の女性に近い姿をしていた。しかし、脚の代わりに、植物の根のようなものが地中へと続いている。胸部はふくらんでいるが、腹は節々に別れていて全く人間らしくない。また、頭には髪の毛ではなく、植物の葉を長くしたようなものが付随していた。

「こ・・・
 こいつが・・・
 死津喪比女!?」

 美神の言葉を聞きとめて、その化物が問いかける。

『わしを知っておいでかえ?
 おまえの名は?』

 美神は、それに答える代わりに、

「横島クン!!
 服と武器を!!」

 と指示をとばした。しかし・・・。

 シーン。

 何の返事もなく、辺りに寒い空気がただよう。

「・・・あれ?
 横島クン・・・?
 デバガメしてると思ったんだけど・・・」

 横島は、ここにはいなかった。シロに引きずられて、散歩につきあわされていたのだった。

(・・・すべっちゃっみたいだけど、
 これはこれでいいわ。
 少しでも時間稼ぎをしないと・・・)

 いつものように精霊石のアクセサリーは身につけているが、それは最後の切り札である。今は、誰かが死津喪比女の妖気を察知して駆けつけてくるまで、武器なしで切り抜けるしかなかった。

「私は・・・。
 ゴーストスイーパー美神令子!!
 で、なんの用?
 おキヌちゃんを御探しかしら・・・?」
『おキヌ・・・。
 そういえばそんな名だったねえ。
 あいつが来たかと思ったんだが・・・。
 匂いに惹かれて来てみれば、
 ただの人間か・・・』
「おキヌちゃんでなくて、悪かったわね」
『「悪かった」・・・?
 何を言っておる?
 あの小娘はわしに地脈の養分を
 流れこませないようにする堰。
 どういうわけかここしばらくは
 地脈の門を開放しておくれなんだ。
 また意地悪を始められては、たまらないよ』

 死津喪比女の話から、美神は、その意図を容易に推測できた。

(こいつはまだ、
 おキヌちゃんが来ていることを知らない・・・!!
 おキヌちゃんが来たと考えて襲ってきたけど、
 今は、それが誤解だったと思ってる!!
 真相を知られたらヤバいわ・・・!!)

 おキヌが近くにいることを知れば、封印装置が再び稼働するのを防ぐために、おキヌを何とかしようと試みるだろう。

「・・・そう。
 おキヌちゃんなら、遠くで元気にしてるわ。
 もう二度とここへは帰りたくないって。
 というわけで、
 今日のところは御引き取り願おうかしら?」
『そーかえ?
 それなら、わしも助かるのだが・・・』

 一方、二人が会話している横では、虫型の化物達が早苗に迫っていた。

「きゃあああああああっ!!」

 と、早苗が悲鳴を上げた時。
 一条のエネルギー波が飛来して、虫達をまとめて薙ぎ倒した。

「スゲー妖気が現れたから来てみれば・・・。
 こいつが死津喪比女ってやつか!?」

 雪之丞が駆けつけたのだ。


___________


「雪之丞さんか!!」

 早苗は、タオルで前を隠すことも忘れて、雪之丞のもとへ走り寄る。そして、

「ありがとう!!
 助かっただべ・・・」

 抱きついて、その胸に顔をうずめた。
 雪之丞は既に魔装術を展開させており、ヒーローらしい外見ではないのだが、早苗には関係ないようだ。
 そんな二人の世界を邪魔するかのように、

「雪之丞!!
 武器と服を!!」

 美神が声をかけた。

「おおっ!!」

 雪之丞は神通棍を投げてよこしたが、それだけである。

「・・・服は!?」
「そんなもん持ってきてねえ!!」

 服にまで気が回る雪之丞ではなかった。

(横島クンじゃないから、仕方ないか・・・)

 美神は、左手で胸のタオルを押さえたまま、右手で神通棍を構えた。

『やる気かえ・・・!?』

 つぶやいた死津喪比女の指が、ピクリと動いた。

(来る・・・!!)

 それに反応したはずの美神だったが、

「な・・・!!
 に・・・!?」

 手にした神通棍ごと、首をガッシリとつかまれてしまった。
 もともと死津喪比女の腕は、植物のツル状のものを螺旋に巻くことで構成されていた。それが、バネを伸ばすかのように、一瞬のうちに美神のもとまで届いたのだった。
 死津喪比女が少し力をこめると、美神の神通棍は折れて、首から血も滲み出す。
 伸ばした腕を再び縮め、死津喪比女は、美神の体を引き寄せた。

『そなた・・・美しいのう。
 まるで花のようじゃ』

 と言いながら、顔を美神に近づける。
 この様子を見ていた雪之丞が、
 
「油断しすぎじゃねーか!?
 こんな一瞬で・・・!!」

 と叫ぶが、実は、彼自身にも分かっていた。
 美神は油断していたわけではない。左手は胸のタオルを押さえていたが、それでも、完全に戦闘体勢だった。死津喪比女の攻撃が、人間の反応速度を超えていたのだ。
 理解しているからこそ、雪之丞は手出し出来なかった。早苗を保護するかのように抱きしめるだけで、手一杯である。

『あの小娘がいなくなったおかげで
 わしは大きく花開いたのじゃ。
 今さら枯れとうない。
 そなたも、この気持ちわかるだろう?』

 そして、死津喪比女は、美神の頬に向かって舌をのばし、

『二度とあの小娘を連れてくるでないぞ!!
 そんなことをすれば、悲鳴どころではすまないぞえ!?』

 という言葉とともに、ベロリと舐めあげる。
 美神の体中に悪寒が走り、頭の中でブチッと音がした。

「ちょ・・・調子に乗りすぎよ、
 この、くされ妖怪がああっ!!」

 美神の身につけていた精霊石が、全て光った。

「三発同時は効いたでしょ!?
 セクハラするには相手が悪すぎたみたいね・・・!!」

 大爆発を前にして、勝ち誇る美神だったが、

『精霊石か・・・。
 人間とは進歩のない生き物よの。
 せっかく伸びたわしの身体をこんなにしおって・・・』

 死津喪比女は、右上半身と左腕を失い、腰も抉れていたが、それでも特にこたえていないようだった。

『殺すか・・・。
 いや・・・』

 相手は一流のゴーストスイーパーのようだが、それでも死津喪比女の敵ではなかった。ここで命を絶つことは簡単である。
 だが、死津喪比女にとって問題なのは、おキヌなのだ。おキヌが再びやってきて装置を作動させること、それだけを恐れていた。
 それを防ぐためには・・・?

『クックック・・・。
 今日のところは見逃してやる。
 わしの力は身にしみたことだろう。
 あの小娘を連れてこようものならどうなるか・・・。
 よく覚えておくのだぞえ!!』

 警告のための恐怖を植えつけて、死津喪比女は去っていった。


___________


 古文書に書かれていた内容から、江戸時代の道士が死津喪比女を倒すために人身御供まで用意したことは理解していた。しかし、美神たちにしてみれば、それも『昔の道士だから』と思っていた部分があった。

「思った以上の化物だな・・・」
「私たちだけでは手に余るかも・・・」

 その実力を目の当たりにしたことで、雪之丞と美神は、認識をあらためていた。
 すでに夜も遅かったが、美神は東京の西条へ電話をかける。協力を要請したのだ。
 そして、深夜。

(隣の部屋で美神さんが眠っているというのに、
 男として、黙って寝ていられるだろうか?
 ・・・いや、ない!!)

 死津喪比女と直接戦わなかった横島は、まだ、どこかノンキだった。
 温泉でのバトルの件は聞いたのだが、

(露天風呂!!
 ちくしょう、俺がその場にいたら・・・!!)

 美神の裸体を拝み損なったという感覚しかない。

(こいつ・・・!!
 一人でいい思いしやがって!!)

 彼は、隣で寝ている雪之丞に目を向ける。
 雪之丞が裸の早苗に抱きつかれた話も、横島は聞いていたのだ。
 横島の内心など分からぬ雪之丞は、

「ママ・・・。
 いかないで・・・」

 と寝言をもらしている。
 日頃、美人を見るたびに『ママに似ている・・・!』などと口にする雪之丞だ。周囲の人間は、彼がマザコンであると知っていた。しかし、さすがに『ママいかないで』なんて言うのを聞いたことはない。

(こりゃあ、間違いなく寝てるな・・・)

 そう判断した横島は、そっと布団から抜け出した。
 音も立てずに障子戸を開け閉めし、廊下へ。
 そして、美神の部屋に潜り込んだ。

(美神さん・・・)

 横島としては、別に本気で夜這をする気はなかった。
 確かに、今、目の前で美神が眠っている。だが、同じ部屋で、

「むにゃむにゃ・・・。
 散歩・・・」

 シロも寝ているのだ。
 そして、おキヌもここで眠っていた。彼女は、死津喪比女の襲撃の頃には、一人でほこらへ行ってもう一度自分の遺体を見ていた。しかし今は神社へ戻っていたのだった。
 もちろん、おキヌは幽霊なので布団に横になるのではなく、空中にプカプカ浮いて眠っている。
 
(この状況じゃ何も出来ないよな・・・)

 それでも、つい、ここへ来てしまった横島である。
 いや、何も出来ないからこそ、来たのではないだろうか? 
 日頃セクハラをする横島ではあったが、美神の寝込みを実際に襲うような男ではないのだ。
 ただし、本人が、それをキチンと自覚しているかどうかは定かではない。
 そうして、ただ黙って美神の寝姿を見ていた横島は、

(なんだか・・・。
 これじゃ、俺、変態みたいだな?)

 少し冷静になって、自分でも恥ずかしくなった。
 サッサと帰ろうと思ったのだが、その時、視界の隅で異常が起こった。

(あれ・・・?)

 そちらに注目してみると、おキヌの姿が薄くなっていくのが見えた。
 まるで砂の彫像が強風で吹き飛ばされていくかのように、小さな粒子になって、どこかへ吸い込まれていく。

「おキヌちゃん・・・!?」

 横島は、現在の状況も忘れて叫んでしまった。
 しかし、おキヌは目を覚ますこともなく、消えてしまった。

「・・・ん!?
 先生・・・!?」
「・・・横島クン!?
 何やってるのよ、こんなところで!!」
「わっ、わっ!!
 それどころじゃないっスよ!!
 おキヌちゃんが・・・」

 叫び声で起きてしまったシロと美神が、横島に詰め寄る。おキヌ消失の件を話そうとした横島だったが、その瞬間。

 ゴゴゴゴゴ・・・!!

 地震が発生した。


___________


『・・・ここは!?』

 目を覚ましたおキヌは、そこが寝ていた場所とは違うことに気付いた。
 球体の中のようだ。小さな丸い窓があるが、外を覗いても、岩肌しか見えない。どこかの洞窟のようだった。

『・・・気がついたか。
 私がわかるか・・・!?』

 球体の外に、道士姿の人影があらわれた。

『あなたも・・・、
 昔の幽霊ですか?』
『・・・そうか、わからぬか。
 私はただの影、本人はとっくに成仏して、
 この世にはとどまっていない。
 万一のときは自分の人格をよみがえらせて
 不測の事態に対応することにしたのだ。
 もっともおまえが地脈から切り離されるとは
 予想もしなかったがな・・・!』

 その言葉で、おキヌにも、相手の正体が分かった。

『・・・では、あなたが300年前の道士さま?』
『そうだ。
 だが、まだ思い出したのではないようだな?
 よかろう、
 ここに残されている記憶の一部を見せよう』


___________


 300年前の御呂地村。
 湖のほとりに、着物姿のおキヌが立っていた。
 
「そこに誰かいるわね!?
 わかってるのよ、ちゃーんと!」

 小さな子供達が、わらわらと現れる。

「・・・おキヌねーちゃん、
 化物をやっつける寄り合いに行くんだべ!?」
「おらたちも行く!
 地震で死んだ父っちゃや母っちゃのカタキをうつだ!」
「だめよ!
 お寺で待ってなさいって言ったでしょ!」

 おキヌは、子供達と同じ孤児だった。身寄りを失い、近くの寺にひきとられている。だから彼女にとって、この子供達は、本当の弟や妹のようなものだった。

「わーっ!!
 おろせーっ!!
 おキヌねーちゃんのバカーッ!!」
「言うとおりなさい!」

 子供達を縛り上げて、木にぶら下げたおキヌ。彼女は、

「江戸から来た道士さまが欲しがってるのは
 ただの助手じゃないのよ・・・!」

 とつぶやいてから、城へ向かう。
 そこでは、領地内の15になる未婚の娘が、全て集められていた。

「皆の者、よく聞いてくれ!」
 
 殿様が説明する。
 この地を襲う災害の原因は、死津喪比女という妖怪だ。このところ特に力をつけ、地脈を伝わって江戸にまで害をなすようになった。
 早急に妖怪を鎮めよと公儀からも命じられている。領民のためにも、そうしたいのだが・・・。

「しかし・・・。
 それにはここにいる誰かの手助けが要る。
 何をするかは、もう伝わっておるだろう」

 道士が話を締めくくったが、娘たちは、誰も何も言わなかった。
 そこへ、

「人身御供を選ぶなら、わらわもまぜてくださいませ!」
「め・・・女華姫・・・!!」

 この城の姫がやって来た。顔は男のようにゴツイのだが、性格は外見とは異なり、

「姫も15!!
 この者たちも15!!
 命に何の違いがあろうぞっ!!」

 泣いて懇願している。
 そして、周囲が止めるのも聞かず、くじ箱の中に手を突っ込んだ。
 引き出した棒にはハッキリと『当たり』と書かれていた。

「・・・というよーりょーでやるのじゃ!!
 わかったな、皆の者!!
 では次からが本番っ!!」
「お待ちをっ!!
 父上っ!!
 それは卑怯に・・・」
「うるさいっ!!」

 なかったことにしたい殿様が、姫と言い合っている中、

「お・・・おそれながら・・・!
 私が志願いたしますっ!!」

 おキヌが、声を上げるのだった。

 その夜。
 井戸水で身を清めるおキヌのところへ、
 
「・・・おキヌ・・・!!」
「姫さま・・・!!
 こんな時間に・・・」

 女華姫が訪れた。
 二人は、身分こそ違えど、小さな頃からよく一緒に遊んだ仲だった。

「今からでも遅くない!
 わらわとかわれ!
 おまえはわらわと違ってきりょうも良い!
 これから先、いくらでも幸せが見つけられる!
 それを捨てたいはずがあるまい!?」
「姫・・・!
 姫には、あんなに愛してくださる
 家族がいるじゃありませんか・・・!
 もう・・・終わりにしたいんです。
 誰かが・・・肉親を失って悲しむのは・・・!」

 両親の顔もほとんど覚えていないおキヌである。覚えているのは、ただ一つ、子守歌だけだった。
 泣き出した女華姫を慰めるかのように、おキヌは、それを歌い始めた・・・。

 そして、儀式の日。
 御輿に乗せられて、おキヌは、洞窟へやって来た。
 警備の侍を入り口に残し、おキヌと道士が、中に入る。

「こ・・・これは・・・?」
「死津喪比女を枯らすため、私が作った地脈の堰だ」

 二人の目の前には、地下水脈の上に作られた球体があった。

「地中深くに根をはり広がっている奴を滅ぼすには
 こうするよりほかない。
 そして・・・。
 これを動かすにはどうしても
 おまえの生命が要るのだ」

 おキヌは、水面を覗き込む。

「こ・・・ここに身を投げて・・・。
 死ぬんでしょうか・・・」
「そうだ・・・!」
「深い・・・。
 それに・・・寒そう・・・。
 そうか・・・死ぬのかあ・・・」

 そんなおキヌを見て、

「よいか、おキヌ!
 今から話すことを心して聞くのだ!
 おまえは死ぬが反魂の術を使って・・・」

 と、道士が説明し始めた時。

『頼りにならない番犬どもだねえ。
 全員殺すのに1分とかからなかったえ』

 入り口を守っていた武士の肉片を手にして、死津喪比女がやって来た。

「こ・・・ここは結界の中のはず・・・!!
 どうやって・・・!!」
『簡単さ・・・!
 結界を張る前から中にいたんぞえ』

 死津喪比女の本体は、地中深く埋もれた球根である。ここに出現した死津喪比女は、その『花』の一つに過ぎなかった。地脈の養分さえ豊富なら、球根から切り離しても、しばらくは生きていられるのだ。

「・・・ということは、
 ここにいるのはおまえ一輪だけ・・・!
 ならば防ぐのはそう難しくはないな」

 突然、火炎玉の爆発ともに、忍者装束の女性たちが現れた。

「女華姫さま直属くノ一部隊参上!!」
「わらわは姫じゃ!!
 村娘にばかり、いいかっこうはさせぬ!!」

 女華姫本人も登場したが、

『こざかしいっ!!』
「ひ・・・!!」

 死津喪比女の攻撃の、最初のターゲットにされてしまう。
 これを見たおキヌが、その攻撃が届く前に、水脈へと身を投げた。

「お・・・おキヌーっ!!」

 女華姫の絶叫が響き渡る中、

(私の生命を!!
 どうか・・・、
 どうかみんなのために!!)

 おキヌの願いを受けて、地脈の堰である球体が光る。
 同時に、死津喪比女が苦しみ出した。

『おのれ・・・人間ども・・・!!
 だが・・・本体はもう冬眠に入ったえ・・・!
 たとえ地脈をせきとめても
 数百年は生き続けるぞえ・・・!!』


___________


『・・・そういうことだったんですか』

 記録映像を見せられても、すぐには実感出来ないおキヌである。しかし、事情は理解できた。

『今見せたように、おまえは、
 私の説明の途中で飛び込んでしまったのだ』

 道士の影は、300年前に出来なかった説明を補足する。
 水脈には装置から地脈のエネルギーが一部流れ込むようになっていた。おキヌ本人が中で溺れても、肉体だけは保存するためだ。
 もともとおキヌは、生命力にあふれた若い女性である。その遺体がキチンと維持され、邪霊を近づけない結界も地脈の巨大なエネルギーもあり、そこに霊もくくられていれば・・・。
 反魂の術によって、死体を生き返らせることが出来るのだ。それもゾンビなどではなく、正常な一人の人間として。
 それだけの条件を、道士は整えていたのだった。

『ごめんなさい。
 勝手にいなくなって・・・』

 話を聞いたおキヌは、道士の影に対して、謝った。

『まったく・・・。
 どうしてこんなことになったのだ・・・?』
『それは・・・』

 聞かれたおキヌは、横島や美神と出会ってからの出来事を語り始めた。
 現在へ至る、長い物語を・・・。


___________


 一夜明けて。

「本日未明に発生した地震は
 東京都では震度2が観測された。
 しかし軽震にもかかわらず、
 局地的に不可解な被害が発生している」

 オカルトGメンのビルで、西条は、会議の座長を務めていた。

「住宅などにはほとんど被害がないのに、
 神社、仏閣だけがなぜか壊滅的な打撃をうけている。
 この問題の調査が僕に命じられたわけだが・・・。
 ぜひともみなさんの協力を・・・!」

 西条は、その場の面々を見渡した。
 唐巣神父、ピート、六道冥子、ドクター・カオス、マリア、タイガー。
 以前の人狼事件で手伝ったGSたちが、今回も集まっていた。

「実は、すでに敵の正体は見当がついている」

 西条の言葉に、唐巣が顔を上げた。

「なんだって!?
 それならば、こんなところで
 悠長に話をしている場合ではないだろう!?」

 唐巣は、目に涙を浮かべている。
 神社や仏閣だけでなく、地震によって教会も全滅していた。当然、唐巣の教会も含まれているのだ。

「・・・落ち着いてください。
 実は令子ちゃんたちが、たまたま昨日から
 震源地の近辺に行っていたのですが、
 すでに敵と一戦交えたそうです。
 敵の正体は、死津喪比女。
 江戸時代に猛威を振るった怪物です。
 誰か、この名前に聞き覚えは・・・?」

 西条の問いかけに、最初に口を開いたのは冥子だった。

「あれ〜〜!?
 そおいえばエミちゃんは〜〜?」

 質問とは無関係な発言だったが、西条は、これに律儀に答えた。

「彼女には、
 対死津喪比女用の特殊兵器を作ってもらっている。
 令子ちゃんの発案でね・・・」

 古文書からの知識と直接戦った印象をあわせて、美神は、死津喪比女という妖怪の本性に薄々気が付いていた。襲ってきた死津喪比女は、手下の虫の化物も含めて、すべて、地面に根を下ろしていた。つまり死津喪比女は、動物よりも、むしろ植物に近いのだ。
 それならば、植物を枯らせる細菌兵器が効果的なはずだ。植物の根は地下で繋がっているのが普通だから、地上の一部分が感染するだけで、丸ごと倒すことが出来る。もちろん生態系への影響も考えて、妖怪だけを殺すような呪いをかける必要はあるだろう・・・。
 それが美神のプランだった。これに西条も賛成し、今、別室でエミが『呪い』をかけているのだ。

(令子ちゃんのおかげだな・・・)

 西条は、美神に感謝する。
 彼女が先行して現地入りしていたからこそ、ある程度の対策も立ったのだ。そうでなければ、今頃まだ相手の手がかりすらつかめず、ここで長々と会議をしていたことだろう・・・。


___________


 西条たちが東京で会議をしていた頃。
 美神は、横島とシロと雪之丞を連れて、再びほこらに来ていた。

「中は地震でだいぶ崩れたみたいね」

 入り口の小さな鳥居も傾き、ほこらの中も岩がゴロゴロしていたが、

「おキヌどのは、変わってないでござる」

 おキヌの遺体は、昨日と全く同じだった。
 これは、美神や横島にしてみれば、単純に喜べる話ではない。
 おキヌの遺体のもとへ来た夜に、幽霊のおキヌが消えたのだ。魂が肉体に吸い込まれて、おキヌが復活する・・・。
 そんな奇跡のようなストーリーも、期待してしまっていた。

「ここに吸い込まれたわけじゃないんだな、
 おキヌちゃん・・・」

 横島がつぶやく。
 おキヌが消えていくのを目の当たりにした彼は、最初、おキヌが突然成仏したのだと心配してしまった。だが、その時の状況を詳しく美神に説明したところ、

「・・・それは成仏とは違うわね」

 と言ってもらえたのだ。

「ここじゃないとすると・・・」

 横島は、美神のほうを振り向いた。美神が頷く。

「もう一つの可能性は、例の『装置』ってやつね。
 何とか、その場所を探さないと・・・」


___________


「やっぱり、ここに何かあるのね・・・!!」
「ああ。
 昨日までは、こんなもん無かったしな・・・」

 神社に戻った美神たちは、社を調査しようと思ったのだが・・・。
 鳥居をくぐろうとしたところで、強力な結界に阻まれたのだった。
 しかし、

『やめて!!
 その人たちは私のお友達よ・・・!!』

 どこからか聞こえてきた声とともに、結界が美神たちを受け入れた。
 石段をのぼりながら、

「昨日は何も見つからなかったけど、
 もう一度徹底的に探すのよ!」

 と号令をかけた美神だったが、ここで、ふと昨日の死津喪比女の言葉を思い出した。

「そういえば、
 『あの巫女と同じ匂いがする』
 って言ってたわね・・・」 

 美神は、シロに目を向けた。

「幽霊のおキヌちゃんに
 物理的な意味での『匂い』があるとは思えないけど・・・。
 あんただったら、霊気のようなものでも追えるわね?」
「そうか!! シロなら・・・!!」

 期待のこもった視線を横島から向けられ、

「・・・まかせるでござる!!」

 自信以上の言葉を口するシロであった。


___________


「ここでござる!!」

 時間はかかったが、シロは正解に辿り着いた。
 彼女が示しているのは、社の床の一部分だった。
 
「・・・なるほどね」

 そこを美神が叩いてみると、コンコンと軽い音がする。下に空間があることは確かだった。

「・・・俺が開けます!!」

 横島が霊波刀で切り開くと、地下へと続く穴が見えた。斜めに伸びているので、落ちてケガをすることもなさそうだ。

「行きましょう!!」

 美神に言われるまでもなかった。
 全員が、穴を滑り降りていく。
 そして・・・。

「ここは・・・!?」

 洞窟らしき場所にたどり着いた。
 そこには、大きな球体が設置されていた。その窓から、

『美神さん・・・、
 横島さん・・・!』

 おキヌが姿を現した。

「おキヌちゃん・・・!!
 心配してたのよ!」
「さあ、早く帰ろう!!」

 美神と横島が声をかけたが、おキヌは首を横に振った。

『ごめんなさい。
 私・・・もう戻れません。
 私・・・私・・・。
 何も知らなかったから・・・
 みんなに迷惑かけて・・・
 自分の命をムダにするとこでした』

 美神にも横島にも、敢えて口を挟まない雪之丞にもシロにも、もう分かっていた。
 この球体こそが江戸時代に作られた装置であり、おキヌの本来の居場所なのだ。

「ちょ・・・ちょっと待って、おキヌちゃん!
 おキヌちゃんを地脈から切り離したのは私よ!
 だから今回も何とかするわ!
 もう心配いらないのよ!」
「そーだよ、おキヌちゃん!
 全部美神さんのせいだから。
 あとはまかせよう!」

 おキヌを安心させるために、そこまで言う横島だったが、

『そうはいかん・・・!!』

 道士の影がボウッと現れた。

「早苗ちゃんの父親にそっくり・・・!!
 御先祖さま・・・!?」
「それじゃコイツが
 おキヌちゃんを人身御供に使ったオヤジかっ!!」

 表情を変えた美神と横島に対し、

『まあ待て!!
 私の話を聞いてください・・・』 

 道士の影は、おキヌに見せたのと同じ映像を、美神たちにも見せ始めた・・・。


___________


『・・・というわけで、
 おキヌは無事に生き返るはずだったのです』

 道士は、300年前の記録に続き、反魂の術の説明まで終わらせた。
 全てを聞き終わって、

「おキヌちゃんの代わりに地脈に
 別の幽霊をくくっといたんだけど・・・?」
『知らんな。
 私が起動したときにはもういなかったぞ』

 美神が質問したが、返事はそっけなかった。

「やれやれ、わかったわよ・・・!
 知らなかったとはいえ私のミスね・・・!」

 チラッと雪之丞の方を見てから、美神は言葉を続けた。

「雪之丞が持ち込んだ事件だけど、
 今回は私のおごりで奴を退治してあげるわ!
 だからおキヌちゃんを返して!
 生き返らせるなら今すぐにやってちょうだい!」

 言い切った美神に対し、道士は表情を曇らせた。

『それが・・・そうもいかんのだ・・・!!
 死津喪の奴、復活するとき根を
 ほかの地脈にまでのばしおった・・・!
 もはや直接本体を攻撃しなければ・・・!!』

 その言葉で、美神は道士の意図を察した。

「さてはあんた・・・、
 おキヌちゃんの霊体を
 直接武器に使うつもりだったわね・・・!?」

 死津喪比女は地底深くに潜んでいる。位置を突き止めることも難しいが、霊体ならば地中でも自由に追跡できる。養分を断って枯れさせる計画が失敗した以上、地脈で増幅させた霊体をミサイルとして使うしかないのだ。
 それが道士の作戦だった。
 だが・・・。

「死津喪比女の特徴くらい、
 こっちだってわかってるわ。
 人類の技術は日々進歩してんのよ!
 わざわざ地中にもぐんなくてもケリがつくわ」

 ここで美神は、西条に頼んでおいた細菌兵器のことを説明した。

「・・・というわけよ!
 これでおキヌちゃんを解放してくれるわね!?」
『いや・・・まだだ・・・!
 死津喪比女を甘くみてはいかん!』

 江戸時代の道士に、美神のプランの是非は判別できない。必ず成功するという保証がなければ、おキヌを手放すことは出来なかった。


___________


 その頃、東京では、西条たちを乗せた飛行艇が飛び立っていた。オカルトGメンのパイロットや会議のメンバーのほかに、エミも加わっている。

(令子ちゃんの情報のおかげで、
 丸々半日以上、行動を早めることが出来たな)

 と思う西条であったが、実は、それだけではない。

「うまく呪いがかかったワケ!
 人間やほかの動物には無害だけど、
 これを食らった妖怪はひとたまりもないわ!」

 とエミが推奨する細菌弾の数も、予想以上に多く用意することが出来たのだ。
 この飛行艇にも、細菌弾をこめた連発式の特殊ライフルが幾つも積み込まれていた。これを持って、死津喪比女のもとへ向かうのだ。

「美神くんの話の通りなら、
 これで何とか、なりそうだね・・・!!」

 唐巣もライフルを手にしている。教会を壊された恨みだろうか、眼鏡の奥で、その目は鋭く光っていた。
 こうして、万全の備えをしたはずだったのだが・・・。


___________


『あの小娘・・・。
 わしの警告を無視しおって・・・!
 やはりあの巫女を連れてきていたのだな!』

 美神が一日早く現地入りしたことは、死津喪比女の行動にも影響を与えていた。

『あれだけ恐怖を与えても従わぬとは・・・。
 こうなったら江戸の町全てを人質としてくれよう!!』

 大規模な地震を仕掛けた直後である。もう一日くらいは、おとなしくエネルギー回復に努める予定だった。だが、それを変更して、東京へ花粉攻撃を始めたのだった。
 都会の濁った空気とは別の意味で、空が霞む。
 そして、都市の道路を突き破って、死津喪比女の『花』が幾つも出現した。

『はははははッ!!
 思ったとおり、よう花粉が飛びよるえ・・・!
 江戸の町を霊的に守るものは
 もう何もないからな!!』


___________


「な・・・!?
 なんだ、あれは!?」

 すでに東京から少し離れていた飛行艇だったが、その中からも異変を見ることが出来た。

「死津喪比女の攻撃か・・・!?」
「引き返すんだ・・・!!」
「何言ってるワケ!!
 元凶を叩かないと・・・!!」

 艇内でも、意見が割れている。
 決断を下すのは、西条だった。

「オカルトGメンとして、
 東京を見捨てるわけにはいかない。
 だが、令子ちゃんのところに
 ライフルを届ける必要もある・・・」

 そして、西条は冥子の方を向く。

「亜音速での飛行が可能な式神があると聞いたが・・・?」
「シンダラのことね〜〜?」
「それでライフルを運んでもらえれば、
 僕たちが行くよりも早いだろう。
 その間、僕たちは東京へ戻って戦うんだ!」
「わかったわ〜〜、
 やってみる〜〜!!」

 西条の頼みを受け入れ、冥子は、シンダラを飛ばした。

「・・・というわけだ!!
 ライフルを二丁送ったから、
 ちゃんと受けとってくれ!!」

 西条は、美神の宿泊先へも、携帯から連絡を入れた。
 そして、飛行艇は東京へとターンする。

「地上に何かがタケノコみたいに生えてるぞ!」

 近づいたところで、死津喪比女の『花』も目視できるようになった。だが、同時に、

「粉・・・!!
 奴の花粉か!?」
「中まで入ってきた・・・!?」
「う・・・!!
 この粉、霊的な毒を帯びてる・・・!!」
「身体がマヒして・・・」
「ああっ、マリアのモーターまで!?」

 花粉の攻撃にもさらされてしまった。

「パイロット!!
 緊急着陸を・・・!!」

 地上に降りた一同は、動きが鈍った体で、それでもライフルを手にしていた。
 射撃に自信のある西条が、 

「こいつか・・・!!」

 最初に『花』を一輪、撃ちぬいた。

『鉄砲ごときで・・・。
 な!?
 ぐわアアッ!?』

 その『花』が、ボロボロと崩れていく。

『貴様ら・・・何をした!?』

 別の『花』が叫ぶ。被弾していない『花』なのに、体が崩壊し始めていた。

「いけるぞ・・・!!」

 その効果を見て、唐巣も撃ち始めた。他の皆も続く。

『どういうことだ・・・!?』

 西条以外のGSたちの射撃の腕前は、決して良くはない。花粉で痺れていることも重なって、命中率は高くなかった。だが、それでも死津喪比女のダメージは大きかった。

「その弾丸には
 植物を枯らせる細菌が仕込んであったワケ!」
「君だけを殺すように、
 エミくんの強力な呪いをかけてある・・・!!」

 花粉で朦朧となりながらも、エミと唐巣は、勝ち誇っていた。

『くそ・・・!!』

 悔しがる死津喪比女だったが、実は、冷静に対処していた。
 細菌に感染させられたというのなら、本体に届く前に『花』を切り離してしまえばいい。これだけ距離があるのだ。この辺りの『花』が全滅したとしても、本体に被害が及ぶことはあるまい。
 学習した死津喪比女の『花』が次々と崩れていく前で、力尽きたGSたちも、その場に倒れこんでいた。
 ある程度の『花』は倒したが、それでも、東京から花粉を一掃することは出来なかったのだ。
 
(ちゃんと令子ちゃんのところへ飛ばしたんだ。
 正確な場所も電話で伝えた。
 後は頼んだぞ・・・)
 
 ライフルが美神のもとへ無事に届いたことを祈って。
 西条は、意識を失っていった。


(第十九話「おわかれ」に続く)

第十七話 逃げる狼、残る狼へ戻る
第十九話 おわかれへ進む



____
第十九話 おわかれ

『地脈エネルギー充填・・・120%・・・!!』

 死津喪比女が大規模な攻撃を仕掛けたことは、おキヌにも分かっていた。地脈に異常を感じたからだ。
 突撃する準備も既に整った。そこへ、

「待って!! おキヌちゃん!!」

 美神が駆け込んできた。横島もシロも雪之丞もいっしょである。

「死津喪比女を倒す武器が届いたわ!」

 美神は、細菌弾の入ったライフルを掲げて見せた。

「だから、あとは俺たちにまかせて!!」

 横島も、同じライフルを手にしている。

『美神さん・・・!!
 横島さん・・・!!』

 おキヌの表情が少しやわらいだ時、

『聞こえるかえ、小娘ども!!』

 死津喪比女の声が降ってきた。

『江戸がどうなったか知っているかえ!?
 人も物もすべてがマヒしておる!
 放っておけば弱い者から死んでいくぞえ!
 今すぐに結界を解いて、小娘を地脈から切り離せ!!』




    第十九話 おわかれ




「ちょうどいいわ・・・」

 死津喪比女の脅迫は、美神としては好都合だった。

「結界を切って!!」
『何を言うんだ・・・!?』

 美神の言葉を理解できず、道士が影を現した。
 だが、美神はニヤリと笑った。

「要求を聞き入れるフリをして、
 奴をここへおびき寄せるのよ!!
 地中に潜られたままでは細菌弾もぶちこめないけど、
 ここの結界が切れれば、やって来るでしょう!?」
『そういうことか・・・。
 だが危険だ!!
 万一ここを破壊されてしまったら・・・』

 美神の作戦を知った上で、それでも承諾できない道士。
 それを見たおキヌが、懇願する。

『道士さま!!
 美神さんの言うとおりにしてください!!
 もしも倒せなかった場合には・・・、
 私が本当にミサイルになりますから!!』

 おキヌの表情を見た道士は、美神の策を受け入れ、自分の姿も消した。


___________


 地脈堰の装置を守っていた結界がなくなった。

『聞きわけがいい子だねえ。
 次は小娘を差し出してもらうぞえ!』

 しかし、これには反応がない。

『・・・中途半端なことを!!
 まだ何か企んでおるのかえ!?
 だが結界さえなければ・・・』

 地脈堰の洞窟へと、死津喪比女の『花』が入っていく。
 装置のところまで進むと、おキヌを守るかのように美神たち四人が立っているのが見えた。そのうち二人は、ライフルを手にしている。

『また鉄砲かえ・・・?』

 不敵に笑う死津喪比女。
 入り口から来た『花』は一輪だけだったのだが、ここで、地面からウジャウジャと無数に湧いて出てきた。

「う・・・うわあああっ!?」
「横島クン!!
 ビビる必要はないわ!
 どれだけ来ようと、同じこと!!」

 言うと共に、美神がライフルの引き金に指をかけた。
 
『ぐわアアッ!?』

 初弾は先頭の死津喪比女に直撃し、その体を崩していった。

「根まで腐って土になるがいいわ!!」
『バ・・・バカな・・・!!
 ぐわ・・・!!』

 連鎖的に、周りの『花』たちも砕けていくのだが・・・。
 その場から完全に死津喪比女が消滅し、

「終わった・・・!?」
「あっけないもんだな!?」

 美神と雪之丞が安心しかけた時。

 ボコボコボコッ!!

 死津喪比女の大群が、再び地中から発生した。

『その鉄砲の力は、すでに江戸で見せてもらったぞえ!
 どうすればよいのか、とうにわかっておるわ!』

 死津喪比女は、撃たれたとたんに『花』を切り離したのだった。
 感染のスピードも心得ているので、末端だけを切り離そうなどと欲張ることもしなかった。それでは間に合わない。本体の球根に近いところからバッサリ切り捨てることで、その身を守っていた。
 そして、再び『花』を伸ばしてきたのである。

『クックック・・・。
 しょせん人間の浅知恵だったとみえるな!?』
「・・・まだよ!!」

 再び、美神が死津喪比女を撃つ。

『バカめ!!
 いくらやられようと、わしは・・・』

 捨てゼリフを残しながら、周囲の死津喪比女が一掃されていった。しかし、ほどなくして、また『花』が幾つも出現する。

「堂々巡りだぜ、これじゃ・・・。
 それに、何だか増えてないか!?」

 雪之丞の指摘どおりだった。それでも、美神の表情には諦めの色はなく、むしろ勝利の確信に満ちていた。
 
(美神さん・・・!!)

 おキヌは思う。
 美神には、まだ他にも策があるのだろう。

(あ・・・!!)

 そして、周囲を見渡して、そのヒントに気が付いた。
 だから、おキヌは堪える。
 まだ自分が突撃するべき時ではないのだ。
 おキヌは、黙って美神にまかせることにした。


___________


 カチッ!!

 美神の指が引き金を弾いたが、ライフルからは何も飛び出さなかった。

『フフフ・・・!!
 とうとう弾ぎれかえ!?』

 死津喪比女の言うとおりだ。
 やってきた集団を一発の細菌弾で片づけ、そして、再び大群に襲われる。そんな攻防を何度も繰り返した結果が、これだった。

「・・・そうね。
 でも、これで勝ったと思う?」

 冷や汗を浮かべながら、それでも美神は不敵な笑みを保っていた。

『・・・どういうことかえ?』

 美神の態度に興味を惹かれたらしく、死津喪比女が話にのってきた。死津喪比女としては、もはや自分が負けることなど考えられず、少しくらい話を聞くことなど全く問題ではなかったのだが・・・。

(・・・やった!
 これで少しは時間が稼げるわ!!)

 美神は、内心喜んでいた。
 そもそも、先ほどまでのルーティンな攻防も、美神の狙いどおりだった。もしも死津喪比女が『花』を出現させるのではなく、一気に地震攻撃をしかけてきたら、美神としては為す術も無かった。いずれ弾がなくなるというジリ貧を演出してみせることで、望む方向へ持ち込んだのだった。
 そして今。
 本当に弾も尽きてしまったが、もう少しだけ持ちこたえる必要があるのだ。

「えーっと・・・。
 あんたも結構ニブイのね。
 私の態度を見て、まだ気付かないの?」
『・・・何を隠しておる!?』

 ハッタリは得意なはずの美神だが、ここは難しかった。下手なことを言って本当の策がバレてしまっては元も子もない。話術で引き延ばすしかないのだが、死津喪比女だって、冷静に周囲を見渡せば気が付いてしまうだろう。

「あんたは言ってたわね、
 『その鉄砲の力は、すでに江戸で見せてもらった』って。
 『どうすればよいのか、とうにわかっておるわ』って。
 ・・・食らってみて、どうだった?
 私の細菌弾、本当に前のやつと同じだったかしら?」
『何、まさか・・・!?』

 死津喪比女の表情に、やや焦りが見え始めた。

(・・・いける!!
 このストーリーは通じそう!!)

 咄嗟の思いつきだったが、何とかなりそうだ。

「そう!!
 東京で細菌弾を使用したのは、遠大な伏線だったわけよ。
 わざと欠点のある武器を使っておいて、対策を学習させる。
 そうすれば、次も同じように対応するでしょう?
 それこそ、こっちの狙いだったのよ!!」
「そうだったのか!!
 すげーぜ!!
 そこまで西条のダンナと打ち合わせていたとは!!」

 美神の横で、雪之丞が無邪気に喜んでいる。

(ああ、雪之丞・・・。
 これがホントだったら良かったんだけどね。
 でも、そんなわけないでしょ?
 西条さんだって、現時点での最良の武器で戦ったのよ・・・)

 そんな美神の心中には誰も気が付かず、

「遅効性の毒か!!
 二種類の毒が入ってたんだな!?
 それも伝達速度に差をつけて!!
 遅効性のほうが、効くまでの時間はかかるが
 毒の回り自体は早かったんだろ!?
 即効性のやつに合わせて切り離しを行うと、
 その裏で、とっくに別のが伝わってるってわけだ!!
 しかも、すぐには効かないから、
 死津喪比女自身も気付かなかったんだな!!」
『そうか・・・。
 それで毒が効くまでの時間稼ぎをしていたのかえ!?』

 雪之丞と死津喪比女が、勝手に話を補足してくれた。
 その時。

『美神さん・・・!!
 やりました!!』

 美神の腰に下げていた無線機から、横島の声が聞こえてきた。
 同時に、

『ぐああッ・・・!?』

 死津喪比女の『花』たちが苦しみ出した。

「・・・ようやく毒が効き出したよーだな」

 ニヒルに笑う雪之丞だったが、

「あんた・・・。
 あんな話、まだ信じてんの?
 ま・・・。
 『敵を欺くにはまず味方より』って言うくらいだから、
 これで良かったんだけどね」

 美神にポンと肩を叩かれた。

「今のは横島クンの声だったでしょ・・・?」

 言われて、雪之丞も気がついた。
 いっしょに来たはずの横島とシロが、いつのまにか、いなくなっていたのだ。

「あれ・・・!?」


___________


 話は少し遡る。
 美神の最初の弾丸で、死津喪比女の『花』たちが散っていく時。

「・・・もう覚えたか?」

 横島が、傍らのシロに小さく声をかけた。

「バッチリでござる!!」
「よし、じゃあ俺たちは行くぞ!
 敵に気付かれないうちにな・・・」

 横島とシロは、ソッと洞窟から抜け出した。
 横島の手には、細菌弾をこめたライフルがある。
 そしてシロには・・・。

「こっちでござる!!」

 死津喪比女の妖気を嗅ぎ分けることのできるハナがあった。
 二人は、死津喪比女の本体を目指して走り続けた・・・。


___________


「・・・というわけよ。 
 私たちがここで囮になっているうちに、
 横島クンが本体の球根に
 細菌弾を直接ぶちこんでくれたの。
 末端に撃ち込んでもダメだろうってことくらい、
 ちゃんと分かってたわ」
「シロが球根の埋まっている位置を嗅ぎ付けて、
 横島がハンズ・オブ・グローリーで掘り進んだのか?
 まさに昔話の『ここ掘れワンワン』だな」

 実際には、掘り進んだというよりも、かろうじてライフルが入るくらいの穴を開けたに過ぎない。霊波刀を応用しても、その程度しか出来ないのだが、今回の目的には十分だった。
 このように、美神と雪之丞は安心して話をしている。だが、まだ完全に気を緩めたわけではなかった。
 目の前の『花』たちは、のたうち回っているものの、崩壊してはいなかったからだ。そして・・・。
 
『フフフ・・・!!
 フハハハッ!!
 なんとかもちこたえたえーっ!!』

 顔を引きつらせながらも、死津喪比女が笑い始めた。

『万一にそなえて「株わけ」しておいたのさ!
 あの小僧にやられたのは「本体」ではない!
 ひゃひゃひゃひゃ・・・!!』
「そんな・・・!」

 美神が青ざめるのとは対照的に、死津喪比女の顔から、苦悩の色が消えていった。

『感染が本体まで届く前に切り離したのさ!!
 危なかったぞえ・・・!!
 さあーて、おまえらも殺してやるが・・・。
 まずは、あの小僧からだ!!』

 死津喪比女の言葉と共に、洞窟が揺れ始めた。

『うわーっ!!
 美神さん・・・!!』

 無線機から横島の叫び声が聞こえてきた。だが、バックに轟音が鳴り響いているし、雑音混じりであった。

(まずい・・・!!)

 自分たちが危険だというだけではない。
 死津喪比女の口振りからすると、横島をターゲットにしているようなのだ。
 向こうでは、ここ以上の地震が起こっているに違いない。
 それに気付いたのは、美神だけではなかった。

『美神さん!!
 横島さんのこと、よろしくお願いします!!』

 霊体ミサイルとなったおキヌが、球体から飛び出した。
 横島の未来を救おうと決意したこともあるおキヌである(第三話「おキヌの決意」参照)。だが、今は『現在』を救うのが先決だ。『未来』に関しては美神に託すしかないのだが、もはや、詳しい説明をしている暇はなかった。

「お・・・おキヌちゃん!!」

 美神が叫ぶが、もう止めることも出来ない。
 おキヌは、地中へ消えていった。


___________


(みんなを・・・守らなきゃ・・・!!)

 おキヌは地下深くを突き進む。

(感じる・・・!
 死津喪比女の波動だわ・・・!
 急がなきゃ!!)

 おキヌは、今、色々なことが感じ取れるようになっていた。自分がどこを進んでいるのか、その上の地上には何があるのか、そこまで理解できるのだった。

(この上・・・。
 横島さんと初めて会ったところ・・・)

 おキヌの中で、横島との思い出がフラッシュバックする。
 最初の出会いは、体当たりだった。死んでもらおうと思ったのだが、殺すことなんて出来ないとすぐに分かった。
 そして、いっしょに美神の除霊を手伝って・・・。
 また、女子高生に憑依したときには、一目で見抜いてくれて・・・。
 その後には、一人の女の子として、デートにも誘ってもらった・・・。
 二人で丸々一日遊んだ、あの街・・・。

『・・・。
 道士さまは
 私は生き返れるって言ったけど・・・』

 特攻の準備をしている際、おキヌは、消滅するとはかぎらないと教えられていた。何世代もの時間をかけて、残った霊体を増幅すれば、復活できるかもしれないのだ。

『生き返ったって・・・。
 何百年もたってから生き返ったって・・・。
 もう・・・』

 もはや霊体兵器となったはずのおキヌだが、その目から涙が流れた。

(横島さん・・・!)

 それでも突き進むおキヌの前方に、

『あそこだわ!!』

 死津喪比女の球根が見えてきた。

(美神さん・・・!!
 横島さん・・・!!
 みんなに会えて・・・嬉しかった・・・!!)


___________


「倒せたようだな・・・」

 その場の『花』たちが壊れていくのを見ながら、雪之丞がつぶやいた。
 すでに、地震も止んでいた。

「でも・・・。
 もう・・・おキヌちゃんは・・・」

 美神としては、それだけ言うのが、やっとだ。

『美神さん・・・!!
 どうなったんですか!?
 何があったんです!?
 まさか・・・』

 横島の声が無線機から聞こえてくるが、それに答えることも出来なかった。
 半ば放心したような美神に代わって、

「横島・・・。
 落ち着いて聞いてくれ。
 俺たちは・・・おキヌに救われたんだ・・・」

 雪之丞が説明する。

『そんな・・・!!
 それじゃ、おキヌどのは・・・!!』

 横島も美神同様のリアクションなのだろうか。返ってきたのは、横島ではなくシロの声だった。
 しかし、そんな愁嘆場も長くは続かなかった。
 無線を通して、

『よくも・・・
 よくもわしからすべてをうばいおったな!!
 殺してやる!!
 おまえらも道連れだ!!』

 横島でもシロでもない叫びが聞こえてきたのだ。


___________


 山の中腹から現れたのは、巨大な球根だった。
 霊体ミサイルの直撃で、その身を半分以上削られたのだが、それでも何とか生き残っていた。中央の大きな目も健在である。
 
「あ・・・あれが本体でござるか・・・!?」
「なんてしぶといヤローだ!!」

 シロや横島からは距離があるのだが、それでも、巨体であるためにハッキリと見ることができた。
 球根からも、横島たちを認識できたのだろう。目から放たれたビームが、横島とシロを襲った。

「うわっ!!」

 直撃はしなかったものの、二人とも激しく吹き飛ばされた。

「う・・・」
「おいっ!! シロっ・・・!!」

 地面に叩き付けられた衝撃で、シロは気絶してしまったらしい。
 横島も倒れてしまったが、すぐに起き上がった。球根が近づいてきたからだ。

「この野郎!!」

 横島がサイキック・ソーサーを投げつける。球根の目を狙ったのだが、

『クックックッ』

 ビームで撃ち落とされてしまった。

「・・・ちくしょう!!
 接近して、直接叩かないとダメか!?」

 と、つぶやいた時。

『だめです!!
 横島さん!!』

 突然シロがムクリと起き上がり、叫び出した。しかし、

『目は弱点じゃありません!!
 近づきすぎると攻撃が来ます!!』

 その口調はシロのものではない。むしろ・・・。

「おキヌちゃんか・・・!?
 まさか・・・!!」
『後ろに新芽があります!
 そこへ!!』
「わ・・・わかった!!」

 言われるがまま、横島は走る方向を変えたが、

『こざかしいっ!!』

 球根がその身をゆっくりと回転させる。横島の動きに合わせて体を回すだけで、常に目を向けていられるのだ。

(・・・それなら!!)

 走って背後へ回りこむことを諦め、横島は、真っすぐ球根へと向かう。そして、右手のハンズ・オブ・グローリーを長々と伸ばした。

『何ッ!?』

 敵が驚いている一瞬が勝負だ。
 伸ばしたハンズ・オブ・グローリーを前方の地面に突き刺し、棒高跳びの要領でジャンプする。

「やった!!」

 攻撃を食らう前に、何とか球根を飛び越えることができた。

「・・・そこか!!」

 見えてきた新芽に向かって、左手からサイキック・ソーサーを投擲した。
 今度は迎撃されることもなく、目標に直撃する。

『しまっ・・・。
 ギャアアアァッ!!』

 それが、死津喪比女の最期だった。


___________


『横島さん・・・!!』

 シロの体に入っているおキヌが、ケガせずに着地した横島のもとへ駆け寄ってきた。
 そして、そのまま横島の胸に飛び込む。

「おキヌちゃん・・・!!
 どうして・・・!?」

 反射的に抱きしめてしまった横島だが、複雑な気分だ。腕の中の女性は、意識はおキヌのようだが、体はシロなのだから。
 少しの沈黙の後、
 
『私にもよくわからないんです・・・!
 死津喪比女に向かっていったとこまでは
 おぼえてるんですけど・・・』

 おキヌが、シロの口を借りて説明した。

「奇跡・・・かな?
 実はシロは人間になりたくて、
 その願いをかなえるために、
 神さまがシロとおキヌちゃんを融合させた、とか・・・!?」

 とりあえず言ってみた横島だったが、

『そんなわけないでしょう、
 童話じゃないんだから。
 それに、これは一時的な処置っスからね』

 突然聞こえてきた声に否定されてしまった。
 その声とともに姿をあらわしたのは、

『お久しぶりっス、横島さん・・・!』
「あっ・・・!?
 おまえ・・・!!
 ワンダーホーゲル!?」

 ここの山の神さまである。

「てめーなんで今ごろノコノコ・・・!!」
『地脈があの状態だったんスよ!?
 地の神になってた自分は身動きとれなかったんスよ!』
 
 と言いわけした後で、驚くべき提案をした。

『話は、あとっス。行きましょう!
 おキヌちゃんを生き返らせるんスよ!』


___________


 山の神に導かれ、一同は、おキヌの遺体の前に集まっていた。
 美神、横島、雪之丞、シロ、そして早苗まで来ていた。
 実は、早苗は今意識を失っており、中に入っているのはおキヌである。
 先ほどシロにおキヌが憑依していた際も、早苗は一時的に気絶していた。美神たちも気付いていなかったが、早苗には、開祖の道士から受け継いだらしい霊能力があった。強力な霊媒体質が備わっていたのだ。
 衰弱したおキヌの霊体を、早苗の体を中継して増幅することで、シロへの憑依も可能となっていたのである。ただし、それでは負担も大きいので、現在は、早苗自身の体の中に入れているのだ。

『美神さんが自分をここにくくったのは
 ムダではなかったんスよ。
 山を愛する自分は急速に
 山の神として力をつけてるんス』

 現在のワンダーフォーゲルの力量ならば、早苗という媒体を利用することで、反魂の術すら可能なのだという。

『そ・・・それじゃ・・・私・・・。
 生き返れるんですか・・・!?』
「お・・・おキヌちゃん・・・!!」
「本当に・・・! 本当によかった・・・!!」

 横島と美神が涙ぐむ。
 後ろでシロも何か言いたそうだったが、

「三人にしといてやれ」

 と雪之丞にささやかれて、口を閉ざした。三人の輪の中に入るのも遠慮する。

「んーじゃさっそく・・・」

 横島がハンズ・オブ・グローリーを出す。高出力の霊波を氷に挿入するようにとワンダーフォーゲルから言われたからなのだが、

『ま・・・待って・・・!!』

 おキヌがそれを止めた。

『今すぐ生き返らなくても・・・。
 しばらく元の幽霊でいられないでしょうか・・・?』

 おキヌは、道士から教えられていた。
 300年も氷漬けで死んでいた以上、生き返ったとしても、記憶は失われてしまう可能性が高い。
 生きていたときの記憶すら危ういのだ。ましてや幽霊でいたときの記憶は・・・。

「霊の体験なんて夢のように
 はかないものだもの・・・」
「じゃあ・・・じゃあ・・・俺たちのことも・・・
 おキヌちゃんには
 ただの夢だっていうんですか・・・!?」

 美神はこれを覚悟していたが、横島は知らなかった。

『私・・・忘れるくらいなら・・・
 このまま幽霊として・・・』

 だが、そんなおキヌのわがままが通用する状況ではなかった。いくら早苗の体を使っていても、そう長くは保たないのだ。

「おキヌちゃん・・・。
 夢は人の心に必ず残るものよ!
 それが素敵な夢だったのなら、なおさらでしょ?
 幽霊のまま元どおりでいるより、生きて、
 かすかにでも何か心に残っている方が意味があるの」

 美神は、おキヌが入った早苗の手をとり、そっと握った。

「生きて、おキヌちゃん!!
 生き返ったあと
 あらためてまた本当の友達になりましょう・・・!」

 おキヌは、ここで、以前の横島の言葉を思い出した。あのとき横島は、

「思い出なんてさ、これから、いくらでも作れるよな」

 と言ったのだった(第七話「デート」参照)。
 その横島は、今、顔を下に向けたまま、

「俺だって・・・俺だって・・・
 別れたくないよ・・・!!
 だからさよならはナシだ!!
 生きてくれ、おキヌちゃん!!」
『待って・・・!!
 待ってください、横島さんっ!!』

 おキヌの制止も振りきって、氷塊に霊波刀を突っ込んだ。
 遺体を覆っていた氷に、ひびが入る。

「迷うことなんかないって・・・!!
 俺たち・・・何も失くしたりしないから!
 また会えばいいだけさ! だろ!?」

 顔を上げた横島の目からは、涙が溢れ出ていた。

『横島さん・・・!
 私・・・!』

 言いたいことは、たくさんあった。だが、時間はもうなかった。

『絶対思い出しますから・・・!!
 忘れても二人のこと・・・すぐに・・・』


___________


「おキヌちゃん・・・!
 おキヌちゃーん!」

 制服姿の早苗が校舎から出てきた。
 これから帰宅しようとするおキヌに、声をかける。

「今日さあ、私少し遅くなるんだけど・・・」
「早苗おねえちゃん!
 また山田先輩とデートなの?」

 おキヌは、義姉の様子を見て微笑んだ。
 山田先輩というのは早苗のボーイフレンドだ。少し前に、なぜか二人の雰囲気は悪くなったらしい。だが、この様子では既に仲直りしたのだろう。

「いや・・・まあそーなんだけどさ」
「いいわ!
 義父さんと義母さんにはうまく言っとく!」

 そう請け負ってから、おキヌは、自転車置き場へと向かう。
 彼女は制服の上からオーバーを着ていた。手袋をはめた手で、首に巻いたマフラーを口の辺りまで持ち上げる。
 幸い今日は晴天だが、雪が降ってもおかしくない季節である。
 自転車通学のおキヌは、しっかり防寒する必要があったのだ。
 その格好で、毎日の帰り道を進む。
 自転車をこいでいると・・・。

「ワン! ワン!」

 いつのまにか、一匹の犬が並走していた。

「あら、かわいいワンちゃん・・・!」

 子犬と言いきるほど小さくはなかったが、成犬にも見えなかった。雪のような白銀の毛並みに全身を包まれている中で、頭の一部を占める赤毛が目立っていた。
 その犬に微笑みかけていたおキヌは、

「きゃっ!!
 ごめんなさい・・・」

 横から走ってきた人物とぶつかってしまった。
 おキヌの自転車は倒れることもなく、

「いや、こっちこそ、ごめん」

 その少年だけが、尻餅をついていた。
 少年といっても、おキヌと同じくらい、あるいは少し年上かもしれない。頭にバンダナを巻いて、ジーンズの上下を着ていた。

「・・・俺も、周りがよく見えてなかったから」

 少年の視線は、おキヌではなく犬の方を向いていた。
 それを見て、おキヌが問いかける。

「あなたの子犬ですか・・・?」
「うん、シロって言うんだ。
 散歩の途中で突然走り出しちゃってさあ。
 探してたんだよ、ありがとう」

 犬を見つけたことが、よほど嬉しいのだろうか。
 おキヌには、少年の目が潤んでいるようにも見えた。

「あれっ・・・!?」

 犬の頭を撫でていた少年が、突然、ハッとしたような声を上げた。
 その視線は、おキヌの自転車のカゴに向いている。いや、正確には、そこにくくりつけられたヌイグルミを見ていた。
 おキヌは苦笑する。

「ははは・・・。
 これ、あんまり可愛くないですよね?
 よく不思議がられるんです。
 でも、なんか大切なもののような気がして・・・」

 それは、何かの花を模したヌイグルミだった。
 何の花なのか、おキヌにも見当がつかない。しかし、これは宝物の一つだった。
 昔の記憶がないまま、今の養父母に引き取られたおキヌである。無理に過去を思い出そうとはしていないが、昔からの持ち物は、それだけで貴重だった。
 しかも、このヌイグルミを見るたびに、何か思い出があるはずだという気持ちにとらわれるのだ。もしかしたら、これは、当時の大切な人からプレゼントされたのかもしれない・・・。そこまで考えてしまうほどである。
 ヌイグルミに目を向けたまま、おキヌは少し黙り込んだ。
 それを見た少年は、

「そうか・・・」

 とだけ言うと、下を向いた。

「あら? 雨かしら・・・」

 地面にポツリと水滴がたれたので、おキヌは空を見上げた。
 だが、そんな空模様ではない。そもそも、この寒さならば、雪になることはあっても雨はないはずだ。

「変ね・・・?」

 おキヌが首を傾げた時、

「ワン!!」

 一吼えしてから、犬が、また駆け出した。

「あ・・・!! 待て!!」

 少年が後を追う。立ち去り際、

「じゃあね!」

 と、おキヌにも挨拶した。だが、彼はごく一瞬しか振り返らなかったので、おキヌにはその表情が分からなかった。
 少年は、西の方角へ走っていた。時間が時間なだけに、まるで夕日の中へ消えていくようだった。

(・・・この近くの人かしら?)

 最近こちらに来たばかりのおキヌだから、知らない人も多い。

(また会えるかな・・・!?
 今度はもっとお話できるといいな!)

 彼の後ろ姿を見ながら、おキヌは、そんなことを考えていた。


___________


「あれで良かったのか?」

 戻ってきた横島に、雪之丞が声をかけた。

「わざわざ拙者が犬を演じたというのに・・・」

 シロも何だか残念そうだ。
 今のシロは人間の姿に戻っている。昼間でもこの形態でいられるのは、アクセサリーとして身につけた精霊石の加護によるものだ。先ほどは、それを外して狼となったのだ。ペット犬に見えるかどうか、シロ自身は心配していたが、それは杞憂だった。
 シロは、横島とおキヌとの間にあらたな出会いを作るということで、一芝居うったのである。だが途中で、横島から『もう終わり』という合図を出されて、サッサと終了することになってしまった。

「目にゴミが入っちゃって、
 あれ以上続けられなかったからな・・・」

 と言ってごまかそうとする横島に、それ以上ツッコミを入れる者はいなかった。
 ここで、美神が口を開く。

「嘘の出会いでは、
 『本当の友達』にはなれないからね」

 と言ってから、さらに、

「幸せそうじゃない!
 今は普通の暮らしをさせてあげましょうよ」

 と、悟ったような口調で語った。
 これに対して、

「『今は』・・・?
 『普通の暮らし』・・・?」
「どういう意味でござろう?」

 雪之丞とシロは不思議がるが、美神は何も答えなかった。横島の顔にも、疑問の表情は浮かんでいない。

(おキヌちゃんは・・・。
 すぐに戻ってくる!)

 二人は、そう確信していたのだ。


(第二十話「困ったときの神頼み」に続く)

第十八話 おキヌちゃん・・・へ戻る
第二十話 困ったときの神頼みへ進む



____
第二十話 困ったときの神頼み

「遅くなっちゃったわね。
 早く戻って明日の準備をしなきゃいけないのに・・・」

 最近購入した愛車を運転しながら、美神がつぶやいた。
 助手席では、横島が不満をもらしている。

「やっぱおキヌちゃんがいないと・・・」
「それはもう言うなって言ってるでしょ!?」
「・・・そんなこと言ったって・・・」

 横島は、顔の腫れを美神に見せつけた。

「見てくださいよ、このアザ!!
 全部美神さんになぐられたあとっスよ!?
 いつもならおキヌちゃんが
 『まーまー』ってとめてくれるのに・・・!!」
「・・・悪かったわよ!
 私も、おキヌちゃんがとめるのを
 期待するクセがついちゃってて加減が・・・」

 横島のセクハラに、美神が鉄拳で応える。それは、もはや美神除霊事務所の風物詩のようなものだ。ただし、これは、ストッパー役のおキヌがいてこそ成り立っていたのだ。
 
「・・・拙者には、
 おキヌどのの代わりは無理でござるよ」

 後部座席で、シロがポツリと言葉をもらした。

「誰もシロにそんな期待してないわよ。
 やっぱり誰か雇わないとな・・・」

 と言いながら、ゆっくりと美神はブレーキを踏んだ。
 信号が赤になったからなのだが・・・。

 ゴン!!

 後ろから来た車が、美神たちに追突する。

「うわっ!?」
「あーっ!!
 ちょっとあんた!!
 どこ見て運転してるのよっ!?
 この車いくらしたと思ってんの!?」

 美神に怒鳴られて、

「す・・・すみません!!
 おケガはありませんか!?」

 ショートカットの女性が降りてきた。

「どうしましょう・・・。
 今、保険切らしてて・・・。
 失業中だし・・・」

 その女性、春桐魔奈美がオロオロする。
 美神たちは、とりあえず彼女を事務所に連れていくことにしたのだが・・・。




    第二十話 困ったときの神頼み




『ここを失せろ!! 二度と顔を見せるな!!』

 翌日、美神が仕事で不在の間に、横島とシロは事務所から叩き出されていた。
 それをしたのは、すっかり態度が変わった春桐である。いや態度だけではない、その姿まで変わっていた。
 頬には刺青のような模様が入り、目はつり上がり、耳は尖っていた。頭には髑髏マークのベレー帽をかぶり、体も色々と変化していたが、特徴的なのは背中に翼があることだ。
 春桐は実は人間ではなく、その正体は、ワルキューレという魔族だった。

『貴様らがいては美神令子を守りきれん!』

 ワルキューレは、魔界第二軍所属特殊部隊大尉という肩書きをもち、美神の身辺警護を任務としていた。

『私は任務の障害となるものには容赦せん!
 今すぐここを去ればよし、
 もし、この後この近辺に近づいたり
 美神令子に接触しようとしたら
 その時は・・・』

 ワルキューレは、ここでいっそう凄んでみせながら、

『殺す!!』

 と告げた。
 しかも、『他のGSや関係者に情報が漏れた場合には、横島とシロを原因とみなして殺す』とまで宣言したのだ。
 そこまで言われれば、二人としても、逃げ出すしかなかったのである。


___________


「拙者、悔しいでござる・・・!!」

 トボトボと歩きながら、シロが嘆いた。

「・・・完敗だったからなあ」

 そう言いながら、横島は、事務所での一幕を思い出していた。
 ワルキューレが魔族と知って、最初は刺客だと思ってしまった横島である。自慢のハンズ・オブ・グローリーで斬り掛かったのだ。だが、簡単にあしらわれてしまった。
 シロも、それを思い出したのだろう。

「先生は、犬飼をも退け、
 花のバケモノにもトドメをさした程だったのに・・・」

 と、つぶやいている。
 言われてみれば、確かに最近、強敵相手に活躍してきた横島だ。だが、ワルキューレはレベルが格段に違っていた。

(こういうのを強さのインフレって言うのかな) 

 そんなことまで思ってしまう横島だ。

「まー、もともとただのバイトだし、
 仕方ないっていや仕方ないんだが・・・」
「先生は、それでいいのでござるか!?」

 自分に言い聞かせようとした横島だったが、シロに詰め寄られてしまう。
 何かを訴えかけるように下から覗きこんでくるシロを見て、

「とりあえずアイツがいたら美神さんは安全みたいだからな。
 今は、それで良しとしておこう。
 ・・・な!!」

 と言ってみた。
 すでにワルキューレは、横島とシロの目の前で、敵の魔族を一人返り討ちにしていたのだ。人間相手ではなく魔族相手であっても、彼女は、十分強いのだった。
 遠くから事務所の様子をうかがっていた敵を長距離射撃で仕留めたので、相手の力は分からなかったが・・・。きっと、横島やシロならば苦労するくらいの実力はあったのだろう。

「しかも、アイツただ強いだけじゃないみたいだ・・・」

 おキヌがいなくなって、有能な事務員を欲していた美神除霊事務所である。そこへ、事故を装って接近。家事や事務に長けたところを見せて、一日で中に入り込んでしまったのだ。

(そう言えば『特殊部隊』って言ってたっけ?
 スパイみたいなものなんだろうな。
 魔族のジェームズ・ボンドか・・・)

 考えながら歩いていた横島は、いつのまにか、アパートの前まで来ていた。
 ここで、ふと、

「そう言えば、おまえ・・・。
 これからどこへ行くんだ?
 やっぱ人狼の里に帰るのか?」

 シロの今後が気になった。

「・・・何言ってるでござる?
 先生の部屋に厄介になるでござるよっ!!」
「そうか、先生の部屋か。
 何にせよ・・・」

 シロにも行き先があって良かった。
 そう思った横島だったが、一瞬の後、その言葉の意味を理解した。

「・・・いっ!? 俺の部屋!?」
「もちろん!!
 里には帰れないのだから、他に行く場所はないでござろう!?」

 シロの居候に関しては、人狼の長老と美神との間で、正式に話が決まっている(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。情報がバレたら殺すとワルキューレに脅された以上、誰にも事情説明も出来ないのだから・・・。

(そうか・・・。
 隠れ里に戻るなら、
 それなりの理由を捻り出さないといけないよな。
 うまい嘘を考えるのは、シロには無理か・・・)

 ようやく状況を理解した横島だが、彼の前では、

「今晩から、ずっと御世話になるでござる。
 ふつつか者ですが、よろしく・・・!!」

 シロが何か間違った挨拶をしながら、無邪気にシッポを振っている。
 横島は、その場で頭を抱え込むのだった。


___________


 その晩。
 
(まずい・・・!!
 これは絶対にまずい・・・!!)

 横島は、アパートの部屋で、眠れぬ夜を過ごしていた。
 彼の横では、

「むにゃむにゃ・・・。
 肉・・・。ホネ・・・。ちくわ・・・」

 シロが幸せそうに眠っている。

(こんな現場を誰かに見られたら、
 絶対勘違いされるぞ・・・!!)

 シロは、以前に、『超回復』のせいで急成長しているのだ。今の外見は、中学生か高校生くらい。
 これでは、少し年下の女の子を横島が部屋に連れ込んだように見えるだろう。

(・・・小鳩ちゃんには、見られたよな?)

 帰宅した時、ちょうど、隣人の小鳩が銭湯へ行くところだった。
 横島がドアを開けてシロを中に放り込んだのと、小鳩が部屋から出てきたのは同時だったはずだ。だが、あの瞬間の小鳩は、何かに気が付いたような表情をしていた。

(小鳩ちゃんって結構スルドイんだよな・・・)

 もしも今日バレてないとしても、知られてしまうのは時間の問題だろう。

(・・・いっそ、事情を打ち明けるか?
 小鳩ちゃんなら関係者のうちに入らないよな?)

 とも考える横島だが、それも危険だ。どこからどう話が伝わるか、分かったもんじゃない。たとえ隠そうとしても、仕草や態度からバレる可能性はあるのだ。
 自分の命をチップにして、そんな賭けに出るつもりはなかった。

(何しろ、相手は魔族だからな・・・。
 それも、今までの相手とは比較にならないくらい・・・。
 ・・・ん?
 『魔族』・・・?
 『今までの相手』・・・?)

 そこまで考えたとき、横島の中で、ある名前が浮かんできた。
 ワルキューレとメドーサって、どっちが強いだろう?
 そして、メドーサと言えば・・・。

(そうだ!!
 魔族を相手にするなら、
 神族に助けてもらえるじゃないか!!
 ・・・小竜姫さま!!)

 そうと決まれば、『善は急げ』である。

「・・・おい、シロ!!」
「・・・ん!?
 もう朝でござるか・・・!?」

 横島は、かわいそうだとは思いながらも、シロを起こした。

「ワルキューレの奴、
 『情報がもれたら殺す』って脅かしやがったが、もう大丈夫。
 あいつでも手を出せないような隠れ家を、俺は知ってる!!」
「・・・どこ・・・!?」

 シロは目をこすっているし、まだ眠いようで少し舌っ足らずだ。だが横島は、そんなことは気にしていなかった。

「シロ・・・。
 『困ったときの神頼み』って言葉、知ってるか?」

 そう言って、横島はニヤリと笑った。
 彼は、妙神山に逃げ込んで、小竜姫に何とかしてもらうつもりなのだ。
 実は現在、魔族と神族はハルマゲドン回避のために和平への道を模索中である。そのデタントの流れを守るためには、妙神山で神魔が争うことは御法度なのだが・・・。
 横島は、それを知らなかった。


___________


「横島さん!!
 久しぶりですねえ!!」

 妙神山の門前で、小竜姫が横島を出迎えた。彼女は、なんだか嬉しそうな表情をしている。
 その笑顔のままで、

「美神さんやおキヌちゃんは、元気ですか?」

 と尋ねた。
 今日の横島は、小竜姫の見知らぬ少女を連れてきている。
 美神やおキヌはいっしょではないが、だからといって、不思議がる必要もなかった。以前に横島が一人で来たこともあるのだ(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。ただ挨拶のつもりで尋ねただけなのだが・・・。

「うっ、ううう・・・!!」

 小竜姫の目の前で、横島は、その場に座り込んでしまった。背中を丸めて、地面に『の』の字を書いている。

「な・・・何があったんです?」
「・・・今は、二人の名前は禁句でござる」

 小竜姫に返事したのは、横島の同行者だった。
 一見すると人間の少女のようだが、お尻から生えたシッポが、それを否定している。彼女が人狼であることを、小竜姫は見抜いた。

「あなたは・・・!?」
 
 すると、人狼の少女は、その場に土下座し始めた。

「大先生!!」
「・・・『大先生』?」

 慣れない呼称に戸惑う小竜姫の前で、少女は、地面から顔を上げて懇願した。

「それがしは横島先生の一番弟子、
 犬塚シロと申します!!
 先生は小竜姫大先生から剣を授けられたそうで。
 ことわざにもあるように、
 師の師は我が師も同然!!
 どうか、それがしにも修業をつけてくだされ!!」

 小竜姫は、シロに好感をもった。その態度から、武士としての礼儀正しさを感じ取ったのだ。

(横島さんの弟子・・・?
 まあ実力は私がテストしてあげるとして・・・)

 もとより、修業の面倒をみるために、小竜姫はここにいるのだ。断るいわれはなかった。

「・・・いいでしょう。
 で、どのようなコースを?
 あなたも霊波刀の修練を希望しますか?」

 しかし、この提案に対してシロは首を横に振る。

「・・・それでは足りないでござる。
 拙者と先生を、美神どのより強くしてくだされ!!」
「・・・それは無茶じゃないかしら」

 小竜姫は顔をしかめた。
 かつて美神がここでした修業は、人間が受ける最高レベルのものだったのだ。もちろん、それ以上の修業も物理的には可能であり、最難関コースも存在するのだが・・・。

「それが必要なのでござる!!
 今、美神どのは・・・」

 シロが、現在の状況を説明し始めた。
 魔族が複雑に関係しているという話を聞き、小竜姫も考えを改める。

(美神さん、また大変なことに巻き込まれたようですね・・・)

 これは、神族上層部へも報告する必要があるかもしれない。それほどの重大事のようだった。
 小竜姫は、あらためて自分の前の少女に視線を向けた。彼女は人狼だ。人間以上の力を持っているはずだ。
 そして、座り込んでいる横島に目を動かした。今は情けない姿だが、その実力は分かっている。さらに、それ以上の力を秘めているだろうと小竜姫は感じていた。

「・・・それなら、最難関にチャレンジしますか?
 まだ人間は誰も試したことがないコースですが、
 なまじ経験をつんでいる美神さんたちより、
 あなた方の方が向いているかも・・・」
「ぜひ!!
 御願いするでござる!!」

 目を輝かせるシロを見て、小竜姫は微笑みながら、

「それじゃここにサインを・・・」

 一枚の紙を差し出した。
 そして、同じものをもう一つ用意する。

「はい、横島さんも・・・」

 地面に『の』の字を書いていた横島は、その指を、差し出された書類の上にも走らせてしまった。
 
「ウルトラスペシャル
 デンジャラス&ハード修業コース二人前!
 契約完了ですね!!
 このコースには私の上司が参加します。
 その前に、まずは私がテストすることになりますが・・・」
「・・・へ?」

 横島が顔を上げた。自分の世界に入り込んでいたのだが、ようやく戻ってきたらしい。
 ただし、少し遅かった。すでに小竜姫とシロとの間では、『横島も修業しに来た』ということで話は決まっていたのだから。


___________


 一方、横島のアパートでは・・・。

 コンコンコン!
 ドン! ドンドンッ! ガン!!

 美神がドアをノックしていた。

「いない・・・みたいね」

 昨日の夜、除霊仕事を終わらせて事務所に戻った美神は、横島とシロがいないことに驚いた。春桐の話では、シロは急用で里に帰ることになり、また、横島もしばらく休むらしいのだが・・・。
 美神は、なんだか気になったのだ。それで、こうして一人で、アパートまで訪ねてきたのである。
 そこへ、

「あら、美神さん」

 部屋に帰ってきた小鳩が通りかかった。

「どうしたんですか?
 横島さんなら、
 まだ暗いうちにでかけたみたいですけど・・・」
「でかけた!? どこへ?」
「さあ・・・。
 私も、出発するところを見たわけじゃないですから・・・」
「どういうこと・・・!?」

 小鳩は、少し躊躇した後、正直に話し始めた。

「昨日の夜、女の人が泊まったみたいなんです。
 それが今朝になったら、もう二人の気配がなくて・・・」
「・・・横島クンが部屋に女を連れ込んだの!?」

 美神の目が吊り上がるが、それに怯えることもなく、小鳩は話を続ける。

「後ろ姿をチラッとみただけなんですけど・・・」

 どうやら昨晩の女の子はシロであるらしいと気付いていた。
 小鳩も、シロとは一応の面識がある。シロが頻繁に横島のところに来るからだ。
 シロは最近加わった美神除霊事務所のメンバーであり、自分の趣味に横島をつきあわせているのだ。
 それくらいは、小鳩も理解していた。
 だが、しかし、あれがシロであるなら・・・。
 なぜ、コソコソと隠す必要があるのだろう?
 なぜ、部屋に泊めたのだろう?
 なぜ、誰も起き出さないうちに二人で姿を消したのだろう?

「まさか・・・。
 駆け落ちじゃないですよね・・・?」
「横島クンとシロが!?
 そんなわけないでしょ!!」

 口では否定する美神だが、その顔は引きつっていた。


___________


「駆け落ち・・・ですか?
 さあ・・・?
 会ったばかりでしたから、
 お二人の関係も私にはわかりませんし・・・。
 何とも言えませんね・・・」

 トレーにのせた紅茶を美神の前に置きながら、春桐が首を傾げている。
 事務所に戻ってきた美神は、昨日の横島とシロの様子を、もう一度春桐に尋ねたのだ。しかし、その答えは要領を得なかった。

「そう・・・。
 ごめんね、変なこと聞いちゃって。
 ただ、横島クンのお隣さんが、
 そんなこと言い出したもんだから・・・」

 そう言って笑う美神だったが、

「お知り合いの方々がそう言うのでしたら、
 そうなのかもしれませんね・・・」

 春桐の一言が、胸に深く突き刺さった。
 もちろん、美神は、春桐の正体がワルキューレという魔族であるとは知らない。
 だから、ワルキューレの

(あの二人、駆け落ちしたと思われたのか。
 その設定なら、突然姿を消しても自然だな。
 そう思わせておいたほうが良さそうだ)

 という考えにも、当然気が付かない。
 美神は、座っている椅子を回転させて、春桐に背を向けた。

「春桐さん・・・!
 ちょっと厄珍堂へ行って、
 おふだを買ってきてちょうだい」
「え?
 でも、おふだなら十分・・・」
「いいから・・・おねがい!」

 美神は、一人になりたかったのだ。


___________


(おキヌちゃんがいなくなって、今度は、
 横島クンまで私からいなくなるなんて・・・)

 春桐が出ていった後で、美神は考え込む。

(そんなはずないわ・・・!!)

 確かにシロは横島を慕っていたようだが、男女の感情ではなかったはずだ。シロは、超回復で外見は急成長したが、中身は幼い子供なのだ。恋愛感情なんて・・・。
 しかし、そこで美神は思い当たった。

(まさか・・・。
 私にとっての西条さん!?)

 美神だって、子供の頃に、身近にいた西条に憧れていたではないか。少し年上で、優秀でカッコ良かった西条・・・。
 西条がイギリスに行くことになった際には、当時十歳の美神が、

「わ・・・私も・・・。
 私も一緒に行きたいな」

 と、子供心にプロポーズまでしたくらいだ。もちろん、そういう意味には受けとってもらえなかったのだが・・・。

(シロも同じなわけ・・・!?)

 しかし、美神は、自分の考えを否定するかのように頭を振った。
 シロの気持ちがどうあれ、横島は気付かないだろう。
 横島は鈍感なのだ。半分は演技なのかもしれないが、だが、普通よりニブイことだけは確かだ。
 そもそも、子供に手を出すような横島ではないはずだ。
 それが突然・・・!?

(もしかして・・・。
 おキヌちゃん一人が欠けたことが、
 私たちの人間関係に
 そこまで大きな影響を与えたというの・・・!?)


___________


『美神オーナー!!』

 突然、美神は声をかけられた。事務所の建物全体に取り憑いている人工幽霊からである。

『雪之丞さんが来ましたが、どうしますか?』
「雪之丞!?
 ・・・こんなときに。
 いいわ、通してちょうだい」

 死津喪比女の事件が完全に片づいた後で、雪之丞は、美神たちの前から姿を消していた。
 だが美神たちは、別に心配もしていなかった。一人で元気にしているだろうと思っていたのだ。なにしろ雪之丞は、一匹狼を自称しているくらいなのだから。

「よっ!!」
「どうしたの、突然・・・!?」

 気軽に声をかけた雪之丞に対し、美神もいつも通りに対応する。雪之丞の場合は、突然来るのも普通の範囲内だった。

「小竜姫への紹介状を書いてくれ」
「・・・はあ!?」
「そろそろ力もついてきたし
 妙神山に行こうと思ってる」

 雪之丞は、白龍会の出身だ。そこでメドーサから魔装術を学んだ。
 だが、彼自身、それは邪道だと分かっていた。邪道ばかりではいずれ限界が来るだろう。そろそろ正道を学ぶべき時なのだ。
 美神のもとで働けば修業になるかと考えたこともあったが、思っていたほどではなかった。確かに強敵と出会う機会は多いが、だが、美神から直接多くを学ぶことは期待できなかった。

「・・・何言ってるの!?
 あんた、小竜姫とは知りあいじゃない!?」
「ん? 紹介状なしでも修業頼めるのか!?
 そういうもんが必要なシステムだと聞いてたんだが・・・」
「・・・いいから勝手に行きなさい。
 こっちはそれどころじゃないの」

 美神は、呆れたような表情をして、シッシッと手を振った。
 ここで雪之丞は、事務所の静けさに気が付いた。

「・・・ん?
 横島はどうしたんだ?
 あの犬っころも今日はいないのか・・・」

 その言葉にピクリと反応してしまう美神。
 それを見て、雪之丞が苦笑する。

「横島とケンカでもしたのか?
 それで機嫌が悪いのか・・・。
 おい、おキヌがいない今こそ、チャンスじゃねーか。
 もっと素直になれよ・・・」

 雪之丞としては、珍しくアドバイスしたつもりだったのだが、いかんせんタイミングが悪すぎた。
 火薬庫に火種を投げ入れてしまったのだ。
 美神は黙って立ち上がり、引き出しから神通棍を引っ張り出した。そして、最大パワーで殴りつける!!

「うわっ、ちょっと待て!!
 何するんだ・・・!?」

 身をすくめながら、雪之丞が慌ててよけた。空をきったはずの神通棍だったが・・・。

 ビシッ!!

 手応えがあった。

「え?」

 二人が床を見ると、何かが叩き落とされていた。蠅のようにも見えるが、普通の蠅ではない。

「何これ!?
 小さいけど、でも・・・」
「・・・妖怪じゃねーか!?」

 そこへ、窓を突き破って、ワルキューレが飛び込んできた。

『逃・・・げろ・・・美神令子!!
 そいつ・・・は魔族の殺し屋・・・』

 ワルキューレは、春桐魔奈美の姿ではなく、本来の姿をさらけ出していた。しかし、左の羽根を失っており、他にも怪我をしているようだった。
 まともに立っていることも出来ず、膝をついたところで、

『・・・だ!?』

 床の『蠅』が目に入った。

「あ・・・あんた春桐・・・」
「こいつ魔族か!?
 今のハエ野郎はテメーの手先か!?」

 美神と雪之丞が色めき立つが、それを意に介さず、ワルキューレは立ち上がった。
 その際にシッカリ『蠅』を踏みつぶしているが、体はふらついている。

『・・・フン!
 悪運の強さは筋金入りときいてはいたが・・・』

 それだけ言ったところで、ワルキューレは倒れてしまい、意識を失った。


___________


 都会のビルの地下に、つぶれたゲームセンターがあった。
 その中央に、一人の子供が座っている。

『ベルゼブルの気も消えた・・・!』

 半ズボンにパーカーを着たオカッパ頭の少年である。やけに目付きが鋭い以外は、ごく普通の子供なのだが・・・。
 彼も魔族だった。

『なぜだ・・・!?
 ワルキューレほどの者が警備にあたり
 私ほどの者が直に手を下さねばならんとは・・・』

 彼は、脚を組んで頬に手をあてながら、考え込んでいた。
 ベルゼブルは、ワルキューレに大きなダメージを与えてから、もはや丸裸となったはずの人間に向かっていったのだ。人間からは小さな蠅にしか見えないベルゼブルなだけに、攻撃を防ぐのは不可能なはずなのだが・・・。
 そこで返り討ちにあったらしい。

『あの美神という人間に何があるというのだ・・・?』

 突然、壊れたゲーム機のモニターが光り出す。

『うまくいっておらんようだな、デミアン』
『ボス・・・!』

 椅子からおりた少年は、モニターの中の人影に向かってひざまずいた。

『部下を二鬼も与えたのは万一の
 失敗も許したくなかったからだ。
 なぜ彼らだけで行かせた?
 何が気に入らんのだ・・・?』
『・・・おそれながら、私の受けた命令は
 「美神令子を殺し、その魂を持ち帰ること」です。
 正規軍のワルキューレを相手にするなんてきいてませんよ』

 デミアンは、従順な姿勢を示しているが、ボスを尊敬しているわけではなかった。言うべきことはハッキリ言うのだ。
 これが裏の仕事であるということは承知している。だが、鉄砲玉になるつもりなどない。正規軍を相手にケンカを売るというのであれば、それでも無事でいられる保証が欲しかった。
 それをキチンと述べたところ、

『そのような心配は無用だ。
 なぜなら・・・。
 あの女を殺し、その魂を手に入れれば・・・
 次の魔王は私だからだ!!』
『な・・・!?』

 思いもよらぬ言葉を返されて、デミアンは動揺した。

『あの女は前世で我々魔族と大きな因縁を持つ者・・・。
 特に私とな・・・!!
 わかったら行け!!』
『は・・・!!』

 ボスは少し詳しい情報を語ってから、姿を消した。だが、デミアンにしてみれば、最後の部分は些細な話だ。
 問題はボスの『次の魔王』という言葉である。このボスが言うだけに、重みがあるのだった。
 魔族の中には、王や魔王を自称する者はたくさんいる。今回の仲間の一人ベルゼブルも、『蠅の王』と名乗っているくらいだ。
 そして、このボス自身、すでに魔界トップクラスの実力をもち、周囲からは『魔王』として恐れられているのだ。その彼がいうところの『次の魔王』とは・・・。

(魔界の最高指導者にとってかわろうということか・・・!?
 あいつが!? ・・・フン!)

 デミアンとしては、ボスと一蓮托生になるつもりなどなかった。だが・・・。

『ここまできいた以上私もハラをくくるしかないか・・・!』


___________


「人狼に一度見た技は通じないでござる!!
 もはやこれは常識!!」
「ウキキッ!?」
「・・・どこかで言ってみたかったでござるよ」

 シロの圧勝だった。
 ・・・といっても、これは格闘ゲームの話である。しかも、シロといっしょになってテレビゲームに興じているのは、人間ではなくて猿だった。
 シロは、横島とともに、中国の離宮のような建物に来ていた。その広間でゲームをしているのだ。
 縁側では、横島が、

「今日で何日目だろ・・・?」

 とつぶやきながら、ボーッと座り込んでいた。
 これが、妙神山の最難関という言葉にビクビクしながら連れてこられた環境だった。ここは、確かに異空間である。だが、その中で行われているのは、ゲーム猿と戯れる日々だった。
 この猿は、ただの猿ではない。服を着て眼鏡をかけ、キセルで煙草までふかしている。頭には特徴のある輪がのっており、見る者が見れば、それだけで正体を知ることができるであろう。
 猿神ハヌマン。斉天大聖老師とも呼ばれる神族であった。
 この空間も彼によって作られた仮想空間であり、それを維持するためにパワーのほとんどを使っているからこそ、猿そのものになっているのだった。
 時間の流れも現世とは異なり、ここでの数ヶ月など、現実の一秒にも満たない。魂を加速状態にして過負荷を与えることで、その後の出力を一時的に増すことが出来る。いわば、これは修業のための準備運動なのだ。
 だが、横島もシロも、そこまで理解しているわけではなかった。
 本気でノンビリしている横島のもとに、

『ちょうど二ヶ月になりますね・・・』

 と言いながらやって来たのは、ジークフリードだ。二人の案内役として、一緒にこの空間に入っているのだが、本来、彼は魔界軍情報士官である。
 魔族と神族の間の緊張緩和ということで、相互の人材交流も始まっていた。そのテストケースとして、ジークフリードは、魔界から妙神山へ留学しているのだ。
 実は彼はワルキューレの弟であり、容貌もよく似ている。横島などは、最初、ワルキューレだと誤認してしまったくらいだ。

「そうか・・・。
 このままずっと遊び呆けていたいなあ・・・」

 きれいな青空を眺めながら、横島はつぶやいた。


___________


「ふーん・・・。 
 さっきのハエ野郎のこともあるし・・・
 信じるわ、あんたの話」

 ケガをしているワルキューレをそのままには出来ず、美神は彼女の手当てをした。
 雪之丞も気は進まないようだが、美神に従っていた。
 ワルキューレは、もはや事情を隠すわけにもいかず、すっかり喋ったのだった。なお、今は人間の看護をうけるために、再び春桐魔奈美の姿になっている。

「でも何でなの!?
 何で私が特別に魔族に狙われたり
 守られたりしなきゃならないわけ!?」
「知らんのだ、本当に。
 私の任務はおまえを連中から守ること・・・
 それだけだ」

 ベッドに寝かされたワルキューレは、近くの椅子に座った美神に対し、正直に答えた。
 ここで、壁にもたれていた雪之丞が口を挟む。

「・・・色々とやりすぎたんじゃねーか!?
 香港のメドーサの事件もそうだし・・・。
 ヌルのやつなんて、過去にまで行って倒したんだぜ?」

 香港の風水盤事件は、もともと雪之丞が依頼されたものだった。だが、最後にメドーサを追い詰めたのは美神だ。遅れてきたわりに、オイシイところを持っていったのだ。
 また、プロフェッサー・ヌルの計画を妨害したのは、中世ヨーロッパでの出来事である。美神が意図して過去へ飛んだわけではないが、時間移動能力を知るものから見れば、誤解されても仕方ないだろう。

「うーん・・・」

 美神のカンは、何かもっと複雑な事情があるのではないかと告げていた。

「ま・・・、いずれにしてもさ・・・」

 立ち上がった美神は、ワルキューレを見下ろしながら宣言する。

「私がおとなしく言いなりになってるなんて思わないでよ!
 オモチャにされんのはゴメンだわ!」
「だから本人には特に秘密にしろと指示されていたのだ・・・!」
「それでこそ美神の大将だぜ!」

 冷や汗を流すワルキューレとは対照的に、雪之丞は嬉しそうだ。強い敵と戦えると思ってワクワクしているのだろう。

「・・・すぐに出かけましょう!
 雪之丞、ワルキューレをお願い!!」
「・・・ちょっと待て!
 俺を置いてくつもりか!?」
「ど・・・どこへ!?
 今動きまわるのは危険だと言っただろう!?」

 美神の言葉に即座に反応した二人に対し、美神は諭すように答える。まずは雪之丞だ。

「・・・雪之丞。
 あんたは絶対について来るでしょう?
 分かってるわよ、ちゃんと。
 ただワルキューレをここに
 残しておくわけにはいかないから、
 肩を貸してやって欲しいの」
「・・・そういうことか。
 魔族を助けるのは気が進まないが、仕方ねーな」

 美神は、雪之丞の言葉を聞いて、心の中で笑っていた。
 ワルキューレの介抱を雪之丞が嫌がると思ったからこそ、もっとイヤな『置いていく』という可能性を示唆してみせたのだった。
 そして、ワルキューレに向かって、

「知りあいに神さまがいるの!
 あそこなら安全だし情報も手に入るわ」

 と言ってから、雪之丞と目を見合わせて微笑んだ。

「神族だと!?
 ・・・やめろ!!
 今は神魔が表立って争える情勢ではないのだ!!
 神族と魔族は冷戦対立中ではあるが、
 デタントへ向かっており・・・」

 ワルキューレは慌てるが、美神は、それを制止するかのように手を突き出した。

「安心して。
 『あそこなら安全』と言っても、
 別に逃げ込むつもりじゃないから。
 ・・・神さまに丸投げして保護してもらうんじゃ、
 あんたに守られてるのと同じじゃないの!?
 私があそこへ行くのは・・・」

 いったん言葉を切った美神は、窓から外を眺めた。まるで、遠くの妙神山が見えるかのように。
 それから、

「・・・魔族に対抗できるパワーを手に入れたいからよ!」

 と締めくくる。

(自分の身は・・・。
 自分で守るわ!)

 おキヌも横島もいない今、美神は、そう思うのであった。


(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」に続く)

 転載時付記;
 ジークフリードを誤ってジークフリートとしていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

第十九話 おわかれへ戻る
第二十一話 神は自ら助くる者を助くへ進む



____
第二十一話 神は自ら助くる者を助く

『・・・留守か』

 美神の事務所まで自ら足を運んだデミアンだったが、そこには、人間もいなけりゃワルキューレもいない。
 実際には、誰もいないわけではなく、人工幽霊が留守番をしていた。だが、結界を破って部屋に入って来るような魔族相手に、しゃしゃり出るつもりはなかった。人工幽霊は、その存在を潜めていたのだった。

『・・・どうしたものかな?』

 つぶやきながら事務所を出たデミアンのもとへ、蠅の大群が飛んできた。

『ベルゼブル!? 何しに来た!
 おまえのようなヘボには用はないぞ!』
『おまえの助手につけたクローン一匹が殺られたろう。
 俺としても「蠅の王」のメンツがあるんでな。
 このままにはしておけないのさ』
『ケッ!
 あさましいハエめ・・・!
 それでクローンをまたこんなに・・・』

 吐き捨てるように言うデミアンを、ベルゼブルは余裕で受け流す。

『調べものには便利だぞ・・・。
 奴らの行き先、知りたくないか!?』
『・・・!!
 知ってるなら早く言え!!』
『俺の分身を殺した奴だからな、人間の分際で・・・。
 俺が一人で行って、思い知らせてやってもいいのだが・・・』

 デミアンとしては、ベルゼブルが美神を始末してくれるのであれば、それでもよかった。だが、そこまでベルゼブルの力を信用出来ない。これ以上失敗されては厄介なのだ。

『もったいぶらずに私にも教えろ。
 ちゃんと復讐できるよう、アイデアを貸してやる!』
『相変わらず生意気だな・・・。
 まあいい、奴らは妙神山に向かっている。
 急げば、おまえでも追いつくぞ!?』

 ベルゼブルの言葉は、デミアンに一つのプランを想起させた。

『・・・いや、行かせてやれ』
『何・・・!?』
『ボスに対して、いいみやげになるじゃないか』

 デミアンは、

(やっぱりコイツ、頭悪いな)

 と思いながら、説明する。

『あそこで神魔が争えば、デタントの流れも水の泡だ。
 そうなりゃあ、魔族の勢力分布はどうなる?
 我々のような武闘派が、魔界の主流となろう。
 ただ殺すより、そのほうが面白くないか!?』
『なるほど・・・。
 だが、あの中に入り込まれたら、
 いくら俺たちでも簡単には手が出せまい?』

 ベルゼブルも、デミアンの意見には心を動かされたらしい。現実的な問題点を煮詰め始めた。

『・・・ああ、そうだ。
 だからタイミングが重要だな』

 だが、それが面白い。
 デミアンは、そう思っていた。

『奴らが妙神山に着いたところを襲撃だ!
 門前で大暴れしてやろう。
 くっくっくっ・・・』




    第二十一話 神は自ら助くる者を助く




「美神さん!!
 雪之丞さんも!?
 よくぞ無事で・・・!!」

 妙神山についた美神たち三人を、小竜姫が出迎えた。例によって、門の外まで出てきてしまっている。

「そちらがワルキューレ・・・さんですか!?」

 小竜姫は、雪之丞に背負われた人影に、いぶかしげな視線を向けた。

「そうよ。
 魔族だけど、敵ではないみたい。
 ・・・今はね」

 と説明したところで、美神は気が付いた。

「・・・あれ!? なんで知ってるの!?」

 考えてみれば、最初の『よくぞ無事で・・・!!』という挨拶も、事情を知る者の言葉だ。
 小竜姫が答えるよりも早く、美神は、門のかげからこちらを覗く人影に気が付いた。

「あっ! 横島クン・・・!!
 こんなところにいたのね!?」
「『こんなところ』って言い方は、
 ちょっとマズイぞ、おい」

 後ろで雪之丞がささやいているが、美神の言葉は、すでに小竜姫に聞こえてしまっていた。

「まあ、美神さんですから・・・」

 苦笑するだけで、軽く受け流す小竜姫である。特に今は、些細な点にこだわっている場合ではないのだ。

「えーっと・・・。
 美神さんといっしょに来てるってことは、
 もう事情を隠さなくてもいいんスよね!?」

 横島が、顔だけ出してワルキューレに問いかけた。同時に、

『姉上・・・!!』

 横島を突き飛ばす勢いで、ジークフリードが外へ出てきた。
 雪之丞が背中のワルキューレをジークフリードに受け渡す横で、

「・・・ちゃんと説明してもらいましょうか!?」

 美神は、横島に向かって足を進めていた。
 勝手にズカズカと中へ入るつもりだったのだが、

『そこまでだ・・・!!』
『バカな奴だ!
 魔族が神族の出張所で騒ぎを起こしても、
 困るのは私じゃないよ・・・』

 空から飛来した声が、美神を止めた。
 ベルゼブルとデミアンだった。


___________


「ハエ野郎!!
 生きていたのか・・・!!
 ・・・で、あの中のどれが本物だ?」

 ベルゼブルは大群で来ているのだ。知らない者が見れば、一匹が本物で他はニセモノと思っても仕方がない。

『いや・・・。
 あれは全部クローンにすぎない。
 奴の本体は魔界にいるんだ』

 雪之丞の言葉を聞いて、ワルキューレが説明した。
 わざわざ人間たちに告げる必要はないかもしれない。だが、今は、ここにいる全員に少しでも情報を伝えるべきだと判断したのだ。

『・・・そして、
 子供の姿をしているのがデミアンだと思います。
 有名な武闘派勢力の殺し屋です』

 ジークフリードも、小竜姫たちに相手の正体を知らせた。

『おや・・・ワルキューレ。
 単独任務のはずだろう?
 助っ人とはずるいよ・・・』

 口ではそう言うデミアンだったが、その顔は、面白がっている表情だ。ワルキューレレベルの魔族が何人来ようと、デミアンとしては、決して負けない自信があったのだ。

「美神さん!!
 早く中へ・・・!!
 ここは私たちが引き受けますから!!」

 と叫ぶ小竜姫だったが、

『ならん!!』
 
 小竜姫の上司が、彼女を止めるためにやってきた。猿の姿をしているが、

『おい、あれは・・・』
『斉天大聖老師までお出ましか。
 ずいぶん豪華な受付だね』

 ベルゼブルもデミアンも、斉天大聖のことは聞き知っていた。
 美神に目を向けてみると、彼女はジッとしている。美神が動き出したらすぐに攻撃を仕掛けるつもりだったが、この様子では、まだ神族をからかう余裕があるようだ。
 そうした気持ちを、彼らは顔に出していた。
 この挑発を、斉天大聖も受けてたつ。

『かなりの大部隊だな』

 と、大勢のベルゼブルを見ながら、つぶやいた。
 デミアンも含めて、その数は、全部で三十弱であろうか。

『・・・とはいっても
 妙神山全体を攻撃するには少なすぎる。
 おまえたちだけで
 ここを落とそうというわけでもあるまい!?』
『もちろん・・・。
 我々の目的は、そこの人間だ。
 渡してくれれば、素直に退くが・・・!?』 

 デミアンの言葉を聞いて、斉天大聖は、美神に目を向けた。

『つけられたようじゃの・・・。
 厄介な・・・』

 妙神山の所在地は、別に秘密だったわけでもない。だが、つい、そうつぶやいてしまった。

「人間を守るのも神族の役目です!!
 美神さんの抹殺が目的だというなら・・・」
『たるんどるぞ、小竜姫!!
 よく考えろ!!
 武闘派の魔族の挑発にのれば
 情勢の悪化はまぬがれん!
 我々は人間界に駐留している神族の代表なのじゃ!
 自重せい!』
「しかし・・・!」

 斉天大聖と小竜姫の会話の間に、ワルキューレとジークは、少しずつ美神に近づいていた。いざという時に美神をかばうためだ。
 だが、人間の美神と雪之丞は、動くことが出来なかった。この場の神魔のレベルを感じ取っていたからだ。すぐに戦いたがる雪之丞でさえも、迂闊に動いてはマズイと判断していた。

『・・・しかし、
 人間が人間を助けるのは、全く問題ないぞ』

 と言いながら、斉天大聖がチラリと後ろを振り返る。
 それを合図にしたかのように、門が大きく開き・・・。

「ウォオーン!!」

 辺り一面を薙ぎ払うかのような、広大で強力なエネルギー波が飛び出してきた。
 それは、一直線に空へ向かっていく。
 目標は、ベルゼブルとデミアンだ。

『ギャアアアアッ!!』
『うわーっ!!』

 エネルギー波の範囲は、魔族ですら予想できないほど広域であった。なめてかかっていたせいもあって、逃げる暇もなかった。
 ベルゼブルの大群は全てその光に呑まれて消滅し、デミアンも、左脚一本を残して消え去っていた。 

「す・・・凄い!!」
「・・・なんだ、今のは!?」

 美神と雪之丞が唖然とする中、

「拙者の新技、シロ・メガ・キャノン砲でござる!!」

 シロが走ってきた。
 後ろからは横島がついてきており、

「最初は俺も驚きましたよ。
 ・・・マップ兵器みたいなものっスね!!」

 と笑っている。
 どうやら、仮想空間でやっていたゲームは、格闘ゲームだけではなかったらしい。


___________


「はあ・・・!?」

 美神には、横島の言葉の意味は分からなかったが、

「でも、一気に大量の霊力を消費するのが欠点でござる。
 フワァ・・・」

 あくびをしながら座り込んでしまったシロを見て、技の本質に気が付いた。
 誰でもあくびをする時には口を大きく開けるので、それがヒントになったのだ。

(そうか、口から出したのね!!)

 GSは人間ばかりではない。美神の知りあいの中にはGS犬もいる。優秀なGS犬のマーロウは、口から退魔の力をこめた吠え声を発することができた。

(その応用みたいなものね。それに・・・)

 シロは、もともと口に霊力を集めることができた。人間形態のときは手から霊波刀を出しているが、狼の姿のときは、口から出していたのだ。

(その二つをミックスさせた感じね。
 それにしても、凄い威力だわ・・・)

 美神がシロの能力について考察している横で、雪之丞もまた、横島と新技についての話をしていた。

「スゲーな・・・。
 いったい、どんな修業をしたら、
 あんなのが身に付くんだ!?」
「ハハハ・・・。
 俺たち、ここの最難関コースをクリアしたからな!!」
「・・・『俺たち』!?
 まさか、おまえも・・・!!」

 雪之丞に胸ぐらをつかまれた横島は、

「・・・いや、俺は、あんな凄いもんじゃない。
 これさ・・・!!」

 そう言って、いくつかの玉を見せた。

「なんだ、これは・・・?
 ビー玉にしか見えんが・・・」
「俺にもわからん・・・」

 横島自身、どこかで同じものを見たような気もするのだが、ハッキリとは思い出せなかった。
 せめてヒントになるかと思い、出現状況を説明する。

「ハンズ・オブ・グローリーから変化したから、
 霊力が凝縮したものだと思うんだけど・・・」

 この時、ジークフリードは姉に肩を貸しており、ワルキューレは何となく横島たちを眺めていた。だが、『霊力が凝縮』という言葉を耳にして、彼女の顔色が変わった。

『それは・・・!!
 文珠かッ・・・!?』

 ようやく説明がもらえると横島が期待する中、

『・・・そういえば聞いたことがある』
「知っているのか、ジークフリード!?」

 ジークフリードまで口を開いた。
 だが、横島の質問には首を横に振り、

『その言葉を聞いたことがある程度です。
 姉上のほうが詳しいでしょう』

 と、ワルキューレに再びトスした。

『その玉を一つ握りながら、
 何かイメージしろ!!』
「イメージ・・・!?」
『何でもいい!!
 ただし、ひと文字で示せる念だけだ。
 意識をひと文字にこめて集中しろ!!』

 ワルキューレに指導されるがまま、横島は、一同を見渡した。

(色々と大変だったけど・・・。
 とりあえず、美神さんが無事でよかった)

 その思いをこめて、視線を玉を向けた。

(美神さんが無事でよかった。
 美神さんが無事で・・・。
 美神さんが・・・。
 美神さんが・・・。
 美神さんのナイスバディが・・・)

 横島が見つめる中、

「・・・あれ!?」

 手の中の玉には、『裸』という文字が浮かんでいた。

『やっぱり・・・文珠だな』
「やっぱり・・・横島だな」

 ワルキューレと雪之丞が別々の意味で納得する中、

「横島・・・。
 あんた、いったい何をイメージしたの!?」

 ちょっと怖い表情で、美神が近づいてくる。

「うわあ・・・!!
 違うんです、これは!!
 美神さんが無事でよかった、って思ってたら、つい・・・」
「どういう意味じゃあ!!」

 詰め寄る美神に対して、否定するかのように手を振る横島。
 その手から『裸』の文珠がすっぽ抜けて、美神に向かって飛んでいく。

 キィン!!

 文珠が光ると同時に、

「あっ・・・!!」
「えっ・・・!?」
「ぶっ・・・!!」

 美神の衣類が消滅した。

「何よこれ・・・!?」

 両腕で自分の裸体を抱き隠すようにして、美神がその場にしゃがみ込む。

『横島!!
 今度は「服」をイメージしろ!!』
「え・・・?
 わ、わかった!!」

 ワルキューレに言われて、別の玉に『服』と入れる。
 水着やレースクイーン・コスチュームなどをイメージしないように努力して・・・。
 『服』という字が浮かんだ文珠を美神に投げつけると、美神の姿は、いつものボディコンに戻っていた。

『・・・これでわかったと思うが、
 文珠というのは、霊力を凝縮し
 キーワードで一定の特製を持たせて解凍する技だ!
 今のは具体例が悪かったが・・・。
 使いようによっては
 どんな魔族も神族も倒すことができる・・・!』

 ワルキューレの解説を聞いて、

「・・・なんか今、
 凄くもったいない使い方をしたんじゃねーか?」

 と嘆きながら、雪之丞が横島を眺める。
 視線の先では、その男が、美神に追いかけられて走り回っていた。


___________


「・・・まあ使い方はともかくとして。
 あいつがスゲー技を身につけたのは確かだな」

 雪之丞は、小竜姫と斉天大聖のところに歩み寄った。

「・・・あいつはライバルなんでな。
 急に差をつけられたら、たまらん。
 俺にも同じ修業、頼むぜ!」

 いつのまにか、美神も近くに来ており、

「私にもお願いできる?
 後輩にぬけがけで追いぬかれちゃ
 たまんないしね!」

 と言い出した。
 その『後輩』二人は、一人は座り込んだまま眠ってしまっており、もう一人は美神にシバカレて倒れている。

「・・・雪之丞さんは構いませんが、
 美神さんはダメです!!」
「どうしてよ!?」
「あなたの能力は成長期を過ぎています・・・!
 危険だわ!」

 小竜姫と美神が押し問答を始めそうになったが、

『・・・まずは中に入らんか?』

 と、斉天大聖が仲裁に入った。

『奴も、いつまでも休んでいるわけじゃなかろう!?』

 斉天大聖は、文珠騒動の間も、残されたデミアンの左脚を凝視していた。
 その言葉を合図とするかのように、

『なんだ・・・。
 知っていたのかい!?
 人が悪いなあ・・・。
 いや「猿が悪い」とでも言うべきかな・・・』

 左脚からモコモコと肉が盛り上がり、デミアンの全身が復活した。


___________


 先ほどのシロの一撃は、デミアンとしても危なかった。
 デミアンの少年の姿は、ただの肉の塊にすぎない。その中に隠された小さなカプセルが、彼の本体だった。
 その秘密を知られない限り負けることはないと自負していたのだが、保護している肉塊ごと本体を消滅させられては、終わりである。肉体全体で逃げる余裕はなかったが、とっさに本体の核だけを、光線の範囲外である足先へ移動させることができた。だから助かったのだが、かなりギリギリのタイミングだった。
 そして、このまま死んだフリをしようかと考えているところで、声をかけられてしまったのだ。

(さっきの光線を放った奴は、寝ているようだな)

 これは、デミアンとしては好都合だった。しかし、

(文珠・・・。
 ウワサにはきいたことがある・・・!
 これを使える人間か・・・!?)

 敵は、文珠という恐ろしい技を編み出していた。

(まだ使いこなせないようだが・・・。
 それならば、今のうちに殺るしかないか)

 そう考えて、デミアンは、体を復活させたのだった。


___________


『ここは若いもんにまかせて、
 と言いたいところじゃが・・・』 

 斉天大聖は、シロの方にチラリと視線を向けた。

『犬の娘は、まだ寝ているようじゃのう』

 シロの新技は、破壊力もその範囲もバツグンだ。ただし、一度発射してしまうとしばらくエネルギー切れになるという欠点があった。

『・・・ならば、今度は小僧のターンだな』

 斉天大聖の眼光が、横島を射すくめた。

「・・・え!? 俺っスか!?」

 オロオロしてしまう横島であったが、美神に叩かれたダメージは既に消えていた。横島本人が、スキンシップ程度と認識しているせいかもしれない。

『僕も加勢しますよ。
 ここでも魔族同士のこぜりあいなら、
 大した問題になりませんから』
『・・・もともと私の任務なんでな』

 ジークフリードとワルキューレが立ち上がり、横島をサポートするかのように近寄った。

『・・・そういうことじゃ。
 文珠もあることだし、何とかなるだろうよ。
 ほれ、行くぞ、小竜姫!!』

 そう言って、斉天大聖は、シロを抱えて引っ込んでしまう。

(横島さん・・・!!)

 小竜姫も、意味ありげに横島を一瞥してから、斉天大聖に従った。

「あっ、待って!!」
「おい、修業・・・」

 美神と雪之丞も、中に入っていく。

『させるか・・・!!』

 美神の背を貫こうとして、デミアンが腕を槍のように伸ばした。だが、そこにワルキューレが立ちはだかった。

 ドスッ!!

 槍手が、美神の代わりにワルキューレの体へと突き刺さる。
 それを見て、

『姉上・・・!!』

 ジークフリードが叫ぶが、ワルキューレ本人は冷静だ。

『痛くないと言っては嘘になるが・・・。
 私は大丈夫だ。
 それより、あいつをよく観察しろ!
 あれだけ体が吹き飛んでおきながら再生したんだ、
 何か秘密があるはずだ!!』

 こうして、三対一の戦いが始まった。


___________


「それじゃ雪之丞さん、ここに座ってください」

 雪之丞は、椅子が三つある小部屋に連れてこられていた。
 それは、仮想空間へ瞬間移動するための場所だった。
 ジークフリードは門前で戦っているため、今回は、小竜姫が案内役を務めている。

「ここに座れば霊力が一瞬で加速されるのね?」
 
 部屋の入り口には、美神も立っている。
 結局、自分も同じ修業を受けたいという願いは却下された。だが、せめてシステムを見学したいと言い張って、ここまで連れてきてもらったのだ。

「ええ。
 でも、座るのは私と雪之丞さんだけですよ!?
 あなたはダメですからね!?
 絶対にダメですからね!!」

 小竜姫が釘をさす横で、

「おいおい・・・」

 雪之丞が、呆れたように笑っていた。

「何です?」
「小竜姫さんよ、あんた、
 まだわかってないのかい!?」

 そう言って、雪之丞が視線を向けた先では・・・。

「あっ!! いつの間に!?」

 小竜姫が気付くよりも早く、美神がすでに椅子に座っていた。

「案内役なんだろ?
 あんたも早く座らないと・・・!」

 と小竜姫に声をかけて、雪之丞も椅子に座った。

「もうっ!! 美神さんったら!!
 ダメだって言ったのに・・・!!
 もうっ・・・!! 」

 あきらめた小竜姫も、残った椅子に座った。
 そして、三人は、斉天大聖の作った空間へとジャンプする・・・。


___________


『・・・なんだい、この攻撃は・・・?
 マジメにやれよ!』

 門の外では、ジークフリードとワルキューレが、魔族正規軍のピストルでデミアンを攻撃していた。しかし、

『精霊石弾が効かない・・・!?』
『チッ・・・!
 やはり普通じゃないな・・・』

 デミアンの体に穴はあくのだが、全くこたえていないようだった。銃弾が穿った穴も、すぐに中から肉が盛り上がってきて、塞がってしまう。
 二人に挟まれる形の横島は、

「あの・・・。
 俺は、どうしたら・・・。
 なんて文字を入れたらいいのでしょうか・・・?」

 とワルキューレに尋ねるが、

『バカ者!!
 自分で考えろ!!』

 と一喝されてしまった。

(そうだよな・・・)

 横島自身も、ワルキューレの言葉に納得する。
 どういう文字を込めるか、それを考えることも、文珠を使う上でのトレーニングなのだ。
 説明された通りであるなら、これは、確かに応用範囲の広いシロモノだ。だが、使いこなせなければ、宝の持ち腐れである。

(『裸』と『服』しか出せないようじゃ・・・。
 セクハラには役立つだろうが、
 GSの武器にはならないよな・・・)

 入れるべき文字を瞬時に実戦で思いついてこそ、有意義なのだ。

(今、この場合は・・・)

 横島は、真剣に考えていた。


___________


「いくら文珠があるとはいえ・・・。
 横島さん大丈夫かしら・・・!」

 お茶をつぎながら、小竜姫がつぶやいた。
 
「安心して・・・!
 ああ見えても、結構あいつ頼りになるから。
 それに、一秒とたたずに外へ戻れるんでしょ?
 私がドーンとパワーアップして、
 助太刀してやるわ!!」

 その横に来て腰をおろす美神。少し前までゲーム猿の相手をしていたのだが、今は、雪之丞が代わっている。

「雪之丞さんだけなら、そうですが・・・。
 あなたもいますから!!」
「・・・え?」
「あなたの場合霊的成長期のピークを過ぎてます!
 パワーはあるけど彼らほどの柔軟さは失われてるんです」

 美神が来てしまったので、ここに適応して外に出るまでの時間も変わる。中で経過する時間は同じでも、外に戻るには数分はかかるだろう。
 小竜姫の説明を聞いて、

「・・・何それ!?
 話が違うじゃない!!」

 美神が表情を変えるが、怒りたいのは小竜姫のほうだ。

「何言ってるんですか!!
 だから来ちゃいけませんって言ったのに!!
 勝手についてきたのは美神さんじゃないですか!!」

 二人がケンカ口調なのを耳にして、ゲーム中の雪之丞が、言葉だけを二人に投げかけた。

「おーい!!
 自業自得って言葉知ってるか?
 今回は美神の大将が悪いだろうよ。
 ・・・な!?」

 口は悪いが、雪之丞なりの仲裁であった。


___________


『・・・なにブツブツ言ってるのさ?
 来ないならこっちから行くぜ!』

 その言葉と共に、デミアンの正中線が割れた。そこから肉が吹き出してきて、大きな口をもつモンスターを形成する。獣のようにも竜のようにも見える顔をしていた。

「げっ!? 変身・・・した!?」

 横島が驚いている横で、

『姉上、今だ!!』

 ジークフリードが、強力な魔力弾をぶつけた。
 飛び上がっていたワルキューレが、その隙に、

『うおらああッ!!』

 空から強力な一撃をバケモノの頭に叩き込んだ。
 落下する勢いに加えて、全体重をこめたエルボーである。見事、頭部を破壊したのだが・・・。

『甘いんだよ!!』

 ワルキューレの背後で、デミアンの肉の一部が盛り上がり、再び少年の体を形成した。しかも、今度は胸の部分に光る球体を用意しており、そこから強力なエネルギー波を発射する。

「ワルキューレ!?」
『姉上えぇーっ!?』

 横島とジークフリードが叫ぶ中、ワルキューレは背中から腹部を貫かれ、地面に倒れ込んだ。残った一枚の翼も、今の攻撃で、もげてしまっていた。
 
『私にダメージを与えられる者などおらん!
 相手が悪かったな、ワルキューレ・・・』

 デミアンがワルキューレを見下ろす。
 それを見た横島が、

「そうだな・・・。
 ダメージを与えても再生してしまうというなら・・・」

 何かを思いついたかのように、つぶやいた。
 文珠に入れるべき文字が決まったのだ。

(だが・・・。
 本当にそんなことが出来るんだとしたら、
 ちょっと極悪すぎるぜ・・・)

 横島の顔には、悪役のような笑顔が浮かんでいた。


___________


「魔族はもう時間能力者を追ってない・・・!?
 それって・・・」
「能力者を追っていたのは
 あなたを見つけだす口実だったのではないでしょうか。
 美神さんが連中のリストに載って以来
 魔族はその動きをとめました」

 美神と小竜姫は、今、外の景色を眺めながら話をしていた。
 まだ仮想空間の中なので、ここでは長い時間が経っている。ケンカしかけた二人だったが、とっくに仲直りしたのだろう。

「時間移動はもともとそんな大した力ではないんです。
 過去も未来も変えられることしか変えられない・・・。
 時間の復元力は
 人や神の力よりずっと強いのですよ」

 そう言われても、美神としてはピンとこない。

「死んだ横島クンを
 生きかえらせたこともあるけど・・・?」
「それは多分
 そのままでも蘇生可能だったんでしょう」

 美神は、中世ヨーロッパでの事件を思い出してみた。

(完全に死んでいた横島クン・・・。
 あれが『そのままでも蘇生可能だった』というの・・・?)

 ここで、美神は、その時の様子を詳しく説明するべきだった。
 あのケースでは、いわゆる時間移動とは状況が違っていたのだ。少し前の過去へ飛んだのではなく、少し前の自分に成り代わっていた。自分でも『時間を逆行したんだわ』と叫んだように、むしろ時間逆行という概念で説明される現象だったのだが・・・。
 残念ながら、今の美神は、その相違点を失念していた。だから、小竜姫の言葉をとりあえず受け入れることにして、

「じゃ、なんで私なの!?」

 と、話を続けてしまった。

「わかりません・・・。
 神族の上層部も知っているかどうか・・・。
 とにかく外の魔族が片づいたら
 すぐに上層部へ報告します。
 事がこれほど重大ならすぐに神族も
 アクションを起こすことになるでしょう。
 くれぐれも慎重に行動してください」


___________


 門前では、まだ戦いが続いていた。だが・・・。

「これで終わりだ!!」

 横島が、デミアンに向けて文珠を投げつけた。

『今度は何だ・・・!?』

 文珠の効能は知っているデミアンだが、この人間には使いこなせないと思っていた。
 何しろ、生まれて初めての文珠に『裸』と入れた男なのだ。いくら人間が低級とはいえ、そんな馬鹿、聞いたことがない。
 
『フン、どうせ・・・』

 全く安心しているわけではないが、それでも軽蔑する態度をとった。人間の馬鹿一人に怯えたとあっては、魔族の尊厳に関わるからだ。
 そんなデミアンの目の前で、文珠が光る。

『なにーっ!?』

 その光の中に呑まれるかのように・・・。

 ドシュウウウ!!

 デミアンの姿が、消えてしまった。

『おい・・・』
『な・・・何をしたんだ・・・!?』

 ジークフリードとワルキューレも、その予想以上の効果に唖然としている。

「へへへ・・・。
 丸ごと消滅させたんスよ!!」

 横島が、サラリと言ってのけた。

「『消』って入れて、
 もし透明になるだけだったら困るから、
 ちゃんと『滅』のほうを入れましたよ?」

 ちょっと自慢げな横島である。
 あれだけ時間をかけて考えた結果にしては、ひねりも何もないのだが、それでも本人は満足しているようだ。

(そんなバカな・・・!!
 いくら霊力を凝縮したとはいえ・・・。
 人間ごときが扱う文珠で、
 あのデミアンを消滅させることができるのか!?)

 ワルキューレとしては、信じがたい話だった。
 文珠が反則的な技だというのは知っていた。しかし、それは上手く応用してこそなのだ。
 消滅というイメージで『滅』と入れただけで、デミアンクラスの魔族まで消し去ることが出来るなんて!
 これでは、いくらなんでも『反則』の度が過ぎるであろう。
 今の話が本当であるならば、正面から自分が戦っても、一瞬で消されてしまうかもしれない。

(横島・・・恐ろしい子!)

 ワルキューレは、彼を脅威とすら思い始めていた。
 デミアンからのダメージは深く、ワルキューレはかなりの重傷だ。魔界に帰って養生すればすぐに回復するだろうが、今この瞬間は、ケガのせいで弱気になっているのかもしれない。だが、もしそうだとしても、人間に恐怖するなど、あってはならないことだった。
 横島の話を否定したいワルキューレだったが、彼が嘘をつく理由もない。それに、目にした事実を無視するわけにもいかなかった。


___________


 しかし・・・。
 実は、デミアンは滅んではいなかった。
 横島が『デミアン』だと思っていたのは、デミアン本体が操っていた肉の塊にすぎない。だから、横島のイメージ通りに消滅したのは、デミアンの『肉塊』だけだったのだ。
 守っていた塊が消えたことで、デミアン本体のカプセルは、カランと音を立てて地面に落ちていた。
 ただし、戦勝気分に浮かれていた横島たちは、それに気付かなかった・・・。


___________


「ここまでよくやったわ、横島クン!!
 トドメは私が・・・」

 美神が門から飛び出してきた。だが、

「・・・あれ!?」

 そこにデミアンはいないので、拍子抜けしてしまう。

「・・・どうやら終わっちまったよーだな」

 美神の後ろから、雪之丞も出てきた。

「あれ!?
 おまえ、その姿・・・」
「そうだ。
 これが新しい魔装術の装甲だ」

 横島が指摘したとおり、雪之丞の外見は、従来とは異なっていた。
 甲殻類を想起させるような突起はなくなり、滑らかな装甲になっている。今度の魔装術では、顔の部分は完全に覆われていた。頭の後ろに鞭のように伸びていた二本の角も洗練されて、アンテナのような形になっている。全体として、かつての魔装術ではモンスターのイメージだったのに対し、むしろ、特撮ヒーローを連想させる姿に変わったのだ。

「外見はともかくとして、どれほど強くなったのか、
 実戦で試してみたかったんだが・・・」

 雪之丞は、何だか悔しそうだ。

(これだから、バトルマニアは・・・)

 苦笑する美神だったが、今回に限っては、その気持ちも分からないでもない。そんな美神に、

「美神さんも・・・
 パワーアップしたんですか!?」

 と、横島が声をかけた。

「まあね・・・。
 あんたたちほど劇的な変化じゃないけど、
 純粋に『パワーアップ』ね」

 美神は、神通棍を取り出して、霊力を込めてみせた。普通ならば棍が伸びて棒状になるのだが、伸びた部分が美神の念の出力に負けて、グニャリと変形している。
 それは、もはや『神通棍』ではなくて『神通鞭』だった。

「ム・・・ムチかあ・・・。
 ますます女王さまっスね・・・」

 横島に言われて調子に乗った美神は、

「ホーホッホッホッ!!」

 と高笑いを上げながら、何度か地面を叩いてみせる。
 実のところ、単に調子に乗っているわけではなく、そうやって鞭を振るうことで、攻撃範囲などを確かめているのだ。今後、神通棍を『神通鞭』として使うのであれば、それがどこまで届くのか、また、どのように手首を捻ればどこへ鞭が飛ぶのか、そうしたことを理解しておかなければならない。
 そのための素振りでもあった。

「信じられない・・・!
 彼女の成長期は
 もう過ぎてるはずなのに・・・!」

 門のかげから美神を見ていた小竜姫は、素直に驚いていた。
 その横で、斉天大聖が声をかける。

『あの小娘、人間の中でも
 そうとうな変わりダネじゃ。
 わしゃおどろかんよ』
「ま・・・まーたしかに
 いろいろ非常識な人ではありますが・・・」

 小竜姫が苦笑しているが、彼が言ったのは、そういう意味ではなかった。
 斉天大聖は、仮想空間で魂に負荷を与える際、霊波をシンクロさせている。だから、美神の前世の秘密に気が付いたのだった。横島の魂にも何か混じっていたようだが、それは微量に過ぎない。美神の前世のほうが、遥かに面白かった。

『それだけではないぞ。
 あの様子では、面白いことが起こりそうじゃ。
 まあ、見ておれ』

 ニヤリと笑う斉天大聖。
 彼は、美神の鞭の先を見ていた。


___________


(納得いかん・・・!!
 私はどんな魔族にも神にも
 こんな目にあわされたことはないぞ・・・!!)

 今、デミアンは、肉の塊を全て失い、丸裸のカプセルとして地面に転がっていた。

(それを・・・。
 あんなボンクラなヤツに・・・!?)

 いくら文珠使いとはいえ、あいつは、どう見ても馬鹿だ。その馬鹿に、ここまで追いつめられてしまったのだ。
 しかも、誰も自分の存在には気付いていないはずなのに、先ほどから、近くの地面を何度も鞭で叩いている奴までいる。

(もう終わったと思ってるんじゃないのか!?
 だったら早く帰れ・・・!!
 いつまでも遊んでいるとは・・・)

 本当に、人間の考えることは、よくわからない。

(非常識だー!!
 納得いかーん!!)

 だが、それが、デミアンの最後の思考となった。
 美神の鞭が、デミアンのカプセルに当たってしまったのだから・・・。


___________


 グシャン!!

 何かが潰れるような音がした。

「あれ・・・!?」

 神通鞭を振るっていた美神は、思わず、その手をとめた。

「今、何かを叩き割ったみたいなんだけど・・・?」

 とつぶやく美神に、斉天大聖が声をかけた。

『それがデミアンの本体じゃよ』
「・・・えっ!?」
「デミアンの本体!?」

 その場の全ての視線が、いっせいに斉天大聖へと向いた。

『なんじゃ、誰も気付かなかったのか!?
 情けないのう・・・』

 斉天大聖は、ここで、デミアンの正体を解説してみせた。そして、

『口出ししてはならんと思って、
 敢えて言わなかったがな。
 言われんでも、戦っているうちに
 わかりそうなものじゃが・・・』

 と締めくくった。

『そうか・・・。
 やはり、横島の文珠では
 デミアンは倒せていなかったのだな』

 ジークフリードに抱えられたワルキューレが、納得している。

(文珠はそこまで凶悪ではなかったのだな。
 ・・・よかった。
 それならば、あいつは普通の戦士だ・・・)

 と安心している横で、

「・・・じゃあ、
 私があのバケモノにトドメをさしたってこと!?」
「運よくムチが当たっただけじゃないですか。
 狙ってたわけじゃないくせに・・・」
「運も実力のうちって言うでしょ?」

 美神と横島が陽気に会話している。
 それを見て、ワルキューレは、

(やはり『悪運の強さは筋金入り』なのだな・・・)

 と、美神を評していた。


___________


「・・・横島クン」

 事務所に戻った美神は、横島を自室に呼び出した。
 彼の前で、一つのケースを開けてみせる。精霊石を保管しているのと同型だが、このケースは空っぽだった。

「・・・なんです?」

 意味が分からない横島が、眉をひそめた。しかし、美神は冷静に宣告する。

「・・・今持っている文珠を、
 全部この中にしまいなさい。
 今後、あなたの文珠は全て私が管理します」

 別に、横島の文珠を全て巻き上げてしまおうというわけではない。『横島を単なる文珠生成工場にして、使うのは自分』などと思っているわけではないのだ。そこまで横暴な美神ではなかった。
 あくまでも、文珠を使うのは原則として横島なのだが、ただ、その使用を自分の管理下に制限しておきたいのだった。
 それでも、

「・・・いっ!?
 そりゃないっスよ!?」

 と抗議する横島である。だが、美神はそれをはねつけた。

「あれは精霊石以上の切り札になるのよ!?
 ・・・特に強力な魔族相手だったら!!
 でも、あんたに持たせておいたら、
 痴漢やセクハラの道具にしちゃうでしょ!?」
「何言ってるんスか!!
 そんなに俺が信用できないんですか!?」
「当たり前だあ!!
 今までの行動、胸に手をあてて考えてみろ!!」

 これを否定する言葉は、横島にはなかった。
 だが、シュンとなってしまった横島を見て、美神の口調が柔らかくなる。

「・・・まったく信用してないわけじゃないけど、
 ほら、最初の文珠が『裸』だったでしょ?
 あれがね・・・」

 顔を上げた横島に、美神は笑顔を見せた。
 そして、少し条件を緩やかにする。

「横島クン、まだ十八歳未満なのよ!?
 それで『裸』は、いくらなんでもマズイわけ。
 ・・・だから、十八歳の誕生日まで、
 ってことにしましょ!?
 それまで私が管理するということで、どう?」
「・・・そういうことなら、それでいいっス。
 だけど、俺が十八歳になるまでに
 文珠を全部使い切っちゃった、
 なんてオチやめてくださいよ?」

 横島の口調が軽くなった。
 美神も、彼の表情に合わせて言葉を返す。

「私だって、無駄遣いする気ないわよ?
 でも文珠しか通用しないような魔族が攻めてきたら、
 その時は、ねえ・・・?
 だから、
 そんなに消費するほどの敵が出てこないよう、
 祈ってなさい!!」
「ちょっと、美神さん!!」

 朗らかに笑い合う二人である。
 だが、しかし。
 美神も横島も気付いていなかったのだが・・・。
 この作品の中では、原作漫画同様、登場人物の年齢は変わらない。だから、いつまで経っても、横島に十八歳の誕生日は来ないのであった。


(第二十二話「前世の私にこんにちは」に続く)

 転載時付記;
 ジークフリードを誤ってジークフリートとしていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

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第二十二話 前世の私にこんにちはへ進む

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