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『復元されてゆく世界』
初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」(2007年12月から2008年2月)

第二十二話 前世の私にこんにちは
第二十三話 前世の私と共同作戦
第二十四話 前世の私にさようなら
第二十五話 ウエディングドレスの秘密
第二十六話 月の女王に導かれ
第二十七話 グーラーの恩返し
第二十八話 女神たちの競演






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第二十二話 前世の私にこんにちは

『どんな秘密も私の目からは
 かくせないのねー』

 そう言いながら美神の前に立っているのは、ちょっと変わった格好の女性だ。彼女が来た時、横島などは『コスプレ美少女』と評したくらいである。
 髪は左右に尖った状態で固めている。両目は大きいのだが、まん丸ではない。額や耳、胸、腰、手、足など、至る所に『目』を模したアクセサリーがついているように見えるが、実はそれはアクセサリーではなかった。
 彼女の名はヒャクメ。情報の収集と分析を得意とする神族である。全身に100の感覚器官があって、色々なことを見通せるのだ。

『その気になれば心の中だって
 のぞくことができるのよねー』

 なぜ魔族の武闘派が美神の命を狙うのか。なぜ和平推進派は秘密裏にそれを阻止したいのか。ヒャクメは、それを調査するように神族上層部から命じられて、美神の事務所に来ていた。

『あ・・・あれ?』

 妙神山の斉天大聖からは、美神の前世にヒントがあると仄めかされていた。それで今、美神の頭の中をのぞいているのだが・・・。

「・・・どうかしたの?」
『・・・記憶の一部が封印されてるのね』

 美神に問いに正直に答えるヒャクメ。それを聞いて、

「さすが美神どのでござる。
 神さまにも秘密を守りとおすなんて・・・」
「プライド高いっスからね」
「素直じゃないからな」

 後ろで、三人が納得している。シロとしては、横島や雪之丞のようなニュアンスで言ったつもりではないのだが、これでは、いっしょくたにされてしまう。

「こら、野次馬たち! 
 黙りなさい!!」

 振り向いた美神が一喝した。
 後ろの三人を見ると、彼女のイライラも増してしまう。
 なにしろ、しばらくGS活動を自粛するようにと言われている美神である。このところ、お金が入ってこないのだ。
 もちろん貯えは十分あるし、居候のシロを養うのも仕方ないだろう。
 休みを与えたはずの横島が、なぜかやってきて一緒に食事するのも、まあ横島だからということで許そう。
 だが、雪之丞はどうしたものか。最近、以前にもまして頻繁にやって来るのだ。口では、

「美神の大将が心配だから」

 と言っているが、美神には、メシをたかりに来ているようにしか見えなかった。
 そもそも美神は、病的なほどにお金が好きだ。
 かつて一時的に西条と共に公務員活動をした際には、

「賃金は月給で保証されているだけで、
 仕事に応じたギャラなんて入ってこない」

 という理由でノイローゼにまでなったくらいである。現在、正気を保っているだけでも、ずいぶん大人になったということなのだろう。
 ここでヒャクメが、美神の肩を持つわけではないが、それでも三人の意見を否定した。

『そういう問題じゃないのねー。
 これ、外的な力でロックされてるのねー』
「・・・どういうこと!?」

 記憶に『外的な力』が加わっていると聞かされれば、美神としても心穏やかではない。

『何か文字の書かれた光る玉が四つ・・・。
 書いてあるのは「憶」「封」「印」「記」・・・!?
 ああ、「記憶封印」ね!!
 何だっけ、これ!?
 どっかで見たような気もするんだけど・・・』

 ヒャクメの言葉を聞いて、美神と横島が気が付いた。

「文字の書き込まれた玉って・・・。
 文珠じゃないの、それ!?」
「そうだ!!
 初めて文珠出したとき、
 どうも見覚えがあると思ったら!!
 ナイトメア事件で美神さんの夢に入った時、
 それっぽいのを見てるんスよ!!」

 美神と横島が顔を見合わせている横で、

『・・・そうそう!!
 文珠よ、文珠。
 文珠なんて滅多に見ないから、
 私も忘れてたのねー』

 ヒャクメが照れ笑いしている。だが、すぐにシロと雪之丞の呆れたような視線に気が付き、威厳を取り戻すために解説しはじめた。

『文珠は同時に複数の文字を使うと、
 応用範囲も効果も劇的にアップするのねー。
 ただし、その分コントロールに
 超人的な霊力が必要なんだけど・・・』

 ヒャクメが横を見ると、

「あんた、私に何やったわけ!?
 文珠で記憶消すほどのことを・・・!?
 この性犯罪者!!」

 美神が横島に殴り掛かっている。

「うわーっ!! 誤解っスよー!!」
 
 確かに誤解である。
 決して、『忘』という文珠で記憶を消されたわけではないのだ。あくまでも『封印』されているに過ぎない。
 だが横島の言う『誤解』とはその意味ではなく、

「何もしてないのに・・・!!
 そもそも文珠は全部
 美神さんが抱え込んでるじゃないですか!!」

 と弁解した。それでも、

「人聞きの悪いこと言うなー!!」

 これは、美神のシバキを激しくするだけだった。
 彼の言い方では、まるで美神が文珠を取り上げてしまったかのように聞こえるからだ。
 美神としては、そんなつもりではなかった。彼が除霊仕事以外で無駄に文珠を使ってしまわないように、また、仕事でも文珠に頼り過ぎて霊波刀などをおろそかにしないように、そのために自分が適切に管理していると思っていたのだ。
 GS見習い横島の師匠としてキチンと指導しているつもりなのに、その意図が彼に伝わっていないのであれば、悲しいとすら感じてしまう。

『あの・・・美神さん!?
 私の説明聞いてくれました・・・?
 たぶん今の横島さんでは、
 文珠を四つも組み合わせるのは無理なのねー』

 ヒャクメのとりなしで、ようやく美神は手を止めた。そして、

「・・・ともかく、
 記憶の一部が封印されてるなんて
 なんだか気持ち悪いわ。
 今すぐ、解いてちょうだい」

 と頼んだのだが、アッサリ断られてしまう。

『無理なのねー。
 「封」一文字ならまだしも、
 四つも使っている以上、
 もう、がんじがらめなのねー』

 それに、文珠を四つも制御したということは、これをやったのは相当な霊能力者のはずだ。それだけの霊力が込められているというのであれば・・・。

『これは、封印した人間を連れてきて、
 やっぱり四つ文珠使わせないと・・・』

 腕を組んでヒャクメが考え込む傍らで、

「ヒャクメどのは先生ではないと言っているが・・・」
「やっぱり『記憶開封』に挑戦するのは横島か?」
「・・・うーん。
 でも、ダメ元で文珠を四つも使うのはねえ。
 それなら、いっそ・・・」

 美神は、文珠のストック数を思い出してみた。
 妙神山で出したのは五つだが、その場で三つも浪費している。戻ってきてからは、新たに二つ作っただけだ。つまり、美神が保管しているのが、ちょうど四つなのだ。

「この件は、もっと文珠が貯まるまで
 一時保留ということにして・・・」

 美神は、床でノビている横島をジロリと睨んでから、

「・・・も、いいのかしら?
 そうすると前世のことはどうなるの?
 今の記憶が封印されていると、前世も見えないわけ?」

 とヒャクメに質問する。ヒャクメの話によれば、前世を調べることが用件のはずだったからだ。

『大丈夫なのねー。
 前世は前世、たとえ現世の記憶が見えなくても・・・。
 あれ・・・!?』

 再び美神の記憶を覗き込んでいたヒャクメが顔を上げたが、困ったような表情をしている。

『前世の記憶・・・読めないのねー』

 そんなヒャクメを見る人間たちの顔には、

(役立たず・・・!!)

 という言葉が浮かんでいた。




    第二十二話 前世の私にこんにちは




 だが、ヒャクメを馬鹿にしてはいけない。
 彼女は優秀な調査官である。
 美神の前世を見ることが出来ないのは、単にアプローチの仕方が悪かったからだ。
 もしヒャクメが、斉天大聖のように魂そのものをリンクさせることが出来るならば、前世の正体を知ることも簡単だっただろう。その意味では、すでに斉天大聖は、美神の前世が何であるか把握しているはずだった。
 しかし、斉天大聖は、知っている全てをペラペラとしゃべるタイプではない。妙神山でデミアンを相手にした時のように、

『言われんでも、戦っているうちに
 わかりそうなものじゃが・・・』

 と思えば、黙ってしまうのだ。ある意味、周囲の者たちの能力を信用しすぎているのかもしれない。
 今回の調査にあたっても、ヒャクメの力で十分解明できると判断して、詳しい情報を伝えていなかった。
 ただし、これは、斉天大聖が一方的にヒャクメよりも勝っているという意味ではない。
 得手不得手があるに過ぎないのだ。
 実際、ヒャクメは、美神の現世記憶の一部が封印されていることを指摘してみせたではないか!
 その場で開封できなかったとはいえ、そうした『封印』の存在を指摘しただけでも、大金星だったのだ。なにしろ、これは、斉天大聖すら気付かなかったものなのだから。
 斉天大聖のように『魂』から迫ったのではなく、『記憶』を視覚化させていったからこそ、この事実を発見できたのだ。
 『魂』とは全く別の部分にある『記憶』、単なる人間の『記憶』に重大な秘密がある・・・。
 その一端に手が届いたヒャクメだったが、今は、その重要性までは理解していなかった。
 現在のヒャクメにとっては、斉天大聖に促された方向に従うことが得策だったのだ。そして、それに沿って上手く進むことができるという自信もあった。
 だから、 

『でも大丈夫ー!』

 ヒャクメは、コロッと態度を変えて、その胸をはった。

『こっちは文珠で封印されているわけでもないし、
 直接見に行けばすむことなのねー!!』

 と言って、旅行トランクからノートパソコンを取り出し、そこから伸びたコードを美神の頭にキュパッとつなげた。

「見・・・見にいくって・・・」
『小竜姫のかけた封印を解いて・・・。
 私の念をシンクロさせて・・・』

 ヒャクメは、美神の質問に一応の答えを返しながら、キーボードを叩いていた。
 前世の記憶は丸々隠されているが、だからこそ、とりあえず美神の前世がいる時代へ行けば良いのだ。それだけで、何かしら分かるはずだった。現世記憶に関しては、部分的な封印なので時期すら定かではないが、それとは全く状況が違うのだ。

「ちょ・・・ちょいまちっ・・・!
 まさか・・・」
「イヤな予感がするでござる・・・」
「・・・ひょっとして、またか?」
「あんなこと、二度と御免っスよ!?」

 美神たち四人が何を言おうと、気にしない。ヒャクメの指が、決定的なキーを押した。

『そのとおりっ!
 あなたの時間移動能力・・・
 借りるわねっ!!』

 ヒャクメの言葉と共に、雷撃がその場を襲った。


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「ちょっ・・・
 いきなり何てこと・・・」

 時の回廊を過去へ進む中で、美神がヒャクメに文句を言う。

『大丈夫よ!
 私これでも神族のはしくれよ!
 私がついてればトラブルなんか起きないから!』

 ヒャクメは余裕綽々である。

『エネルギーだってたっぷりあるわ!
 私たち二人ちょっと過去をのぞいて帰ってくるぐらい・・・』
「あのー」

 ここで、誰かが挙手して、会話に参加してきた。この空間にいるということは・・・。

「三人なんスけど・・・」

 横島も時間移動に巻き込まれていたのだ。

『えっ!?』

 慌て驚くヒャクメだったが、まだ早い。

「・・・いや、四人だ」
「・・・五人でござる」

 雪之丞とシロも一緒だった。


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「わっ・・・!?」

 彼らが辿り着いたのは、五重塔の屋根の上だった。

「うわあっ!?」

 ズルッと滑り落ちそうになった横島を、シロと雪之丞が引き上げる。

『ど・・・どーしよう!?
 五人分のエネルギーなんて計算外だわ!!
 神通力が完全になくなっちゃった・・・!!』

 神さまがオロオロしている横で、

「ここは・・・!?」

 美神は、冷静に周囲を見渡していた。

「平安京・・・!?
 大昔の京都だわ!!
 ここに私の前世が・・・!?」


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 時は、西暦904年。
 元号にして、延喜4年である。
 優秀な学者で宇多天皇の信望厚かった菅原道真が、当時勢力を固めつつあった藤原氏の陰謀によって失脚したのは、ここより三年前の出来事だ。そして彼は、この前年、追放された九州の地で亡くなった。道真の死後約一年の間に全国で天災や疫病があいつぎ、

「道真のたたりだ!
 無実の罪で流刑したからだ!」

 と、人々はみずからの行為に恐怖した。
 国の中心であるはずの平安京も、昼間から餓鬼が出現するほど霊的に乱れていた。だが当時は陰陽道がさかんであり、すぐれた陰陽師がたくさんいた。現代のGS協会のように、陰陽寮という組合もあったくらいである。ただし、こうした呪術は国家が厳重に管理しており、巫覡と呼ばれる民間呪術者もいたものの、バレれば強制労働のきまりだった。
 だから、未来からきた美神たちが表立って霊能活動をしたら、当時の警察である検非違使に追われてしまうのだが・・・。

「・・・仕事を取ってきたぜ」

 彼らには、雪之丞がいた。
 雪之丞は、現代でも無資格でGSまがいの仕事をしていただけあって、平安京でも裏の仕事を探し出すことが出来たのだ。

「・・・でも、なんで
 いつもこういうところに集まるわけ?」

 美神が不満をもらした。
 彼ら五人は、今、真っ暗な廃屋に集合していた。ろうそくを灯すことすらしていない。
 破れた障子の隙間から入り込んだ月明かりが、彼らの顔を部分的に照らしていた。

「・・・裏の仕事だからな」
「この光と影のコントラストがいいでござるよ!!」

 雪之丞とシロが答える横で、ヒャクメが、皆の前に数枚ずつ銅貨を差し出していた。

「今回の相手は、猫倍猫麻呂という貴族なのねー」
「・・・『猫倍猫麻呂』?
 ありえない名前ね?
 まさか・・・」
「気付いたか?
 相手は化猫だ」

 美神の疑問に、雪之丞が答えた。依頼人から話を直接聞いたのは彼だったからだ。

「化猫?」

 横島が、その単語に過敏な反応を示した。美神も、そんな横島に目を向ける。
 かつて美神は化猫退治を依頼されたが、化猫に横島が助けられたため、また、化猫側の言い分にも理があったため、逃がしたことがあるのだ。その際は、一時的とはいえ、横島とも対立することになったくらいだった。
 その話は雪之丞も聞き知っており、

「大丈夫。
 こいつはホントに悪い奴だ」

 慎重に仕事のウラをとっていた。

「もともとは一介の化猫だったんだがな。
 長い年月の間に人間世界に入り込んだばかりか、
 藤原氏に取り入って、貴族にまで成り上がった。
 今じゃ仲間の化猫たちを屋敷にあつめ、
 その上、人間の若い娘たちを慰みものにしている」

 ここまで聞いて、横島がスクッと立ち上がる。

「『人間の若い娘たちを』・・・!?
 猫のくせに!! それはゆるせん!!
 さっそく行こう!」

 だが、それをシロが押しとどめた。

「それじゃダメでござる!!
 ちゃんと話を聞かないと!!
 どういう恨みをはらして欲しいのか、
 そこが重要でござる!!」
「・・・そうだな。
 弄ばれた娘の一人には、将来を誓った相手がいてな。
 娘は悲観して舌を噛んで死んじまったし、
 相手の男も、刀を手に屋敷に乗り込んだのだが・・・」

 雪之丞が語り出したが、美神は真面目に聞いてはいなかった。

(はあ・・・。
 お金貰って悪い妖怪をやっつける。
 それさえ理解しとけば、いいじゃない?
 どうせ、たいした相手じゃないんだから。
 『恨みをはらす』なんて・・・。
 シロったら、またテレビにでも影響されたのかしら?)


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「ウォオーン!!」

 猫倍氏の屋敷の入り口を、広大で強力なエネルギー波が襲った。
 警護の化猫たちごと、門戸が消滅する。

「ちょっとハデにやりすぎなのねー。
 コンセプトに反してるのねー!
 これじゃスペシャルなのねー!!」
「仕方ないでござる。
 これが拙者の大砲だから・・・。
 でも火薬を使ってないから安全、
 そばにいても大丈夫でござるよ」

 ヒャクメの小言も聞き入れず、シロは、その場に座り込んでしまった。シロ・メガ・キャノン砲をうった後は、エネルギー切れになってしまうのだ(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)。
 これを抱えて運ぶのは、ヒャクメの役割だ。

「なんで私が、こんな役を・・・」
「ヒャクメどのは情報屋でござろう!?
 サポート役も情報屋の・・・」

 言葉の途中で、シロは眠り込んでしまった。
 ヒャクメが、その場からシロを引きずり去ったところへ、

「いったい、どうした!?」

 人間の姿の化猫が二匹、屋敷から飛び出してきた。だが、

「うっ!!」

 空から飛来した紐状のものが、一匹の首に絡まった。美神の神通鞭である。
 木の上で待機していた美神は、鞭を化猫の首に巻き付けたまま、反対側の地面へと飛び降りた。

「うげーっ!!」

 木の枝が滑車の役割をして、化猫が吊り上げられていく。少しの間、バタバタしていたが・・・。

 ピンッ!!

 美神の左手が、右手で握った神通鞭を弾いた時。
 さらに霊力が伝わって、それがトドメとなったのだろう。
 化猫の動きも止まった。

「南無阿彌陀佛・・・」
 
 つい、つぶやいてしまった美神である。少しシロに感化されてきたのかもしれない。
 こうして美神が一匹を始末している間、

「くそうっ!!」

 もう一匹も、じっとしていたわけではない。美神を攻撃しようとしたのだが、

「ぐわっ!!」

 突然、背後から胸を貫かれた。
 化猫の後ろには、魔装術を展開させた雪之丞が立っており、その右腕が化猫の体に埋もれていたのだ。
 雪之丞は、まるでレントゲン図でも見ているかのように、正確に心臓を握りつぶした。

「あとは、屋敷の中のボスだけだな。
 頼んだぜ、横島・・・」


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 屋敷の奥では、化猫集団の頭目が、オロオロしていた。

「・・・ええい、くせ者どもは、まだ片づかんのか!?」

 仲間の化猫たちは、様子を見に行ったまま、戻ってこない。まさか・・・。
 そこへ、一人の男が駆け込んできた。
 配下の者ではなさそうだが、服装からすると、検非違使のようだ。騒ぎを聞きつけてやってきたのだろう。

「・・・猫倍さま。
 もう御安心を」

 男は、そう言ってひざまずいた。
 何がどう安心なのかわからなかったが、

「そうか」

 とりあえず頷いてみせた猫倍である。
 貴族らしく威厳を保ってみせたのだ。
 しかし、

「・・・ん?
 おまえ、何を・・・!?」

 猫倍の声が、不審の色を帯びた。
 ひざまずいている男の手が、突然、猫倍の腰の刀剣に伸びたからだ。刀がサッと引き抜かれ、ズブリと猫倍に突き立てられる。

「なに・・・!?」

 妖怪のボスが持つ得物なだけに、それは、普通の刀剣ではなかったのかもしれない。猫倍猫麻呂と名乗っていた化猫は、たった一突きで絶命した。
 
「・・・貴様なんかに、
 俺の霊波刀はもったいねーからな。
 てめえの刀で、あの世へ行け!!」

 転がった死体に、横島が吐き捨てた。


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「裏の仕事って結構儲かるんスね・・・」
「まあ、かなりの数をこなしたからな」
「その筋では、すっかり有名になったでござろう!?」

 五人は、例の廃屋に集まっていた。
 喜ぶ三人とは対照的に、美神の表情は暗い。

「何言ってるの!?
 あれだけ妖怪退治して、これっぽっち!?
 これが表の仕事だったら、今頃、
 ここに千両箱を積んでるわ。
 ・・・ああ、早く現代に帰りたい!!」

 ここは千両箱の時代ではないのだが、誰も美神にツッコミを入れなかった。
 一方、彼女の言葉を聞いて、

『どうしよう・・・!!
 帰れるの!?
 どうやって帰ろう!?』

 ヒャクメがオロオロし始める。
 これを見て、美神は、安心させるかのようにウインクした。

「大丈夫よ。
 そっちは心あたりがあるから
 あとで何とかするわ」

 だから、美神としては、早く用件の前世探しを済ませてもらいたいのだ。

『それじゃ・・・。
 ちょっと心配だけどやってみますう・・・』

 ヒャクメは、少しだけたまった神通力をフル活用する。

『おっかしいのね・・・。
 美神さんがいないわ?
 霊視の手ごたえでは
 たしかにこの時代のここにいるはず・・・』

 それでも美神の前世は見つからなかったが、代わりに別のものを発見した。

『あーっ!?
 あっ・・・あれ・・・!!
 あそこにいるの・・・。
 横島さんの前世だわっ!?』


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「夜明けとともに死刑か・・・。
 まことこの世は理不尽な」

 厳重に警備された屋敷の奥に牢があった。その中に、一人の男がとらわれている。
 高島という陰陽師だった。服装は違うが、その顔立ちは、横島と良く似ていた。

「陰陽寮の奴ら、権力のいいなりになりやがって・・・。
 連中に逆らう俺を抹殺する気なのだ!!」
「だから先に敵対する貴族の屋敷を強襲したのか?」

 高島の言葉を聞きつけたかのように、別の陰陽師、西郷がやってきた。こちらは、西条とそっくりの顔立ちだ。

「・・・言っただろ!!
 俺は無実だ!! 
 猫倍氏の屋敷なんて襲っちゃいないってば!!」
「生き残った屋敷の下女が、おまえの顔を見てるんだ。
 言い逃れは出来んぞ。
 しかも手口からみて、あれは、
 最近京を騒がしている闇の集団の仕事。
 貴様が、そんな徒党を組んでいたとは・・・。
 陰陽師の面汚しめ!!」
「・・・だから!!
 そんな連中知らないって、何度言わせるんだ!?
 あの晩だって、俺は、
 藤原氏のねーちゃんと遊んでたんだぞ!?」

 もう一度アリバイを主張するが、アッサリ却下される。

「藤原氏側では否定しているぞ!?
 ・・・貴様の言うことが本当だとしても、
 藤原氏としては認めたくないのだろうな。
 なにしろ貴様は、
 貴族平民とわず若い娘がいる家に
 片っぱしから夜這をかけやがって・・・」

 ここまで聞いて、高島は、あきらめたかのような表情を作ってみせた。西郷を追い払うことにしたのだ。

「もーいいからおまえ、帰って寝ろ!!」
「そうはいかん!!
 貴様はなまじ妖術にたけておるからな!
 脱獄などできんよう朝まで私が見張っててやる!」


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『まちがいないねー。
 魂の色がまったく同じね!』
「な・・・あれが俺か・・・!?」
「もう一人のもどっかで見たような顔だけど・・・」
「ありゃあ、どう見ても西条のダンナだな」

 ヒャクメは、ノートパソコンのケーブルを介して、自分の遠視を美神たちにも見せていた。

「・・・消えてしまったでござるよ!?」

 今までにためた神通力では、長距離の遠視は、これが限度だった。だが、これだけでも色々と考えさせられる。

『偶然とは思えませんね。
 美神さんの前世を見にきて
 横島さんの前世に会うなんて・・・。
 ひょっとしたらあなたたちの縁は・・・
 すごく深いのかも・・・』

 ヒャクメの言葉に、

「な・・・」
「じゃ・・・じゃあ・・・
 俺と美神さんは前世からのつきあい!?
 生まれる前から俺たちはめぐりあう運命だったんスね!!」

 ひいてしまう美神とは対照的に、興奮する横島。だが、

「・・・もしそーだとしたら・・・
 人権思想なんかないこの時代・・・
 きっと横島クンは私の『ピーッ』として
 一生『ピーッ』『ピーッ』、かわいそーに」

 美神は、放送禁止用語を連発して、ちゃんと横島を制御した。
 その横で、雪之丞とシロは、

「あの西郷とやらが言っていた『闇の集団』って
 俺たちのことだよな・・・?」
「そうでござる。
 先生の前世は無実でござる」
「じゃあ、俺たちが来たから、
 横島の前世は死刑になるのか・・・!?」

 というように、高島の冤罪に関して議論していた。

「そのようでござるな。
 助けに行くべきでは・・・?」
「うーん・・・。
 だが、どうする!?
 俺たちが正直に名乗り出るわけにもいくまい。
 かといって、
 俺たちの手助けで脱獄などしようものなら、
 それこそ罪が確定してしまうぞ・・・」

 さらに救出案まで考える二人だったが、それどころではなかった。

 バタン!!

 いきなり障子戸が開けられ、

「おたずね者がいたぞーッ!!」
「京を騒がす闇の集団め!!
 覚悟せーいっ!!」

 検非違使の一団に踏み込まれてしまったのだ。

「ちッ!! やるしかないか!?」
「ダメよ、雪之丞!!
 逃げましょう!」

 相手は、この時代の警察である。美神たちの実力ならば、倒してしまうことも出来よう。しかし、それでは完全に悪役になってしまうし、それをしてはいけないというだけの良心はあった。

「仕方ねーな!!」

 目くらましとして雪之丞が霊波砲を散発し、

「女王様とお呼び!!」

 敵を寄せつけないために美神が神通鞭を振るう。
 その隙に、五人は、
 
「面が割れて解散に追い込まれるのは
 最終回の定番でござる・・・!!」
「まだ最終回じゃねーぞ!!」
「そもそも、そういう話じゃないだろ・・・」
「逃げることに集中しなさい!!
 でないと今日で最終回になるわよ!」
『私をおいてかないでねー』

 無駄口を叩きながらも、散り散りになって逃げていった。


___________


「おのれ! もののけ!?」

 その頃、牢屋の前で一人見張りをしていた西郷は、妖怪に襲われていた。

「陰陽五行汝を調伏する!!
 鋭ッ!!」

 西郷の一撃で、妖怪はアッサリと撃退されたのだが、

「しまった!! 囮!?」

 その影から、別の魔物が現れ、西郷はやられてしまった。

「お・・・おい!?
 西郷!? 何事だ!?」

 牢の中から高島が呼びかけるが、西郷は意識を失っており、返答はなかった。かわりに、

『意外とやるわね。
 危ないとこだったわ・・・』

 西郷を倒した魔物が、口を開いた。

「な・・・なんだ・・・おまえは!?」
『私は女婢守徒・・・
 悪魔メフィスト・フェレス!
 あなたと契約を結びに来たの・・・!!』

 それは、人間の女性の姿をした悪魔だった。
 腕や足は体にフィットしたスーツに包まれているが、手だけではなく肩や内股の部分まで、なぜか露出していた。胴体部は角か牙を模したようなアーマーに覆われている。しかし、まるで防御という概念が欠如しているらしく、前面のほとんどの部分が単なる網で作られていた。そのため、生肌までハッキリと透けて見えてしまう。
 そして、尖った耳や、やや鋭い目、きつくルージュを塗った唇など、幾つかの違いはあるものの・・・。その体のスタイルも、長い髪も、顔つきも、美神令子と良く似ているのであった。


___________


『!!
 な・・・何!?
 あれは・・・』

 雪之丞に守られながら逃げていたヒャクメは、空をゆく人影に気が付いた。
 一人ではなく二人いっしょになっているように見えるのだが・・・。問題は、その正体である。

「おい・・・!?
 今飛んでたのは・・・」
『ぶらさがってた方は
 横島さんの前世のようですね・・・!
 でも上の女性は・・・。
 魔族・・・!?』
「放ってはおけねーな・・・。
 追えるか!?」
『もちろん!!
 私はヒャクメなのねー』

 雪之丞とヒャクメは、魔族が飛んでいく方向へ走り出した。


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「あれは・・・先生!?」

 メフィストと高島の空飛ぶ姿は、シロにも目撃されていた。

「・・・いや、前世のほうでござるな。
 それにしても、もう一人は!?」

 横島や美神たちとは完全にはぐれてしまい、一人で逃げていたシロである。

「どうも先生の匂いを追えないと思ったら・・・。
 あの前世の奴が、同じ匂いを発していたでござるな!?」

 もともとシロは、実際の『匂い』だけでなく、霊的な『匂い』も含めて追ってしまう傾向があった。魂を同一とする前世が近くにいるならば、そのせいで混乱したのかもしれない。

「ならば、いっそ、前世のほうを追うでござる!!」

 シロは、横島の前世を助けにいくことも考えていたくらいである。孤立無援の今、横島の前世と会ってみるのも一つの手だと思っていた。
 自分に対して頷くかのように、首を縦に振ってから、シロも同じ方向へ走り出した。


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「え・・・!?
 今飛んでたのは・・・」

 全く別方向に逃げていた横島からも、飛行するメフィストたちを見ることが出来た。

「ぶらさがってた方は、
 横島クンの前世のようね・・・!」

 横島の隣には、美神がいた。廃屋から逃げる際、五人バラバラになりそうな中で、美神は横島をシッカリつかまえていたのだ。
 ただし、精神的な結びつきというよりも、むしろ、

(時間移動のエネルギーには『雷』の文珠が不可欠だわ!!)
 
 という打算があったからである。
 もちろん、現代へ戻るためには、ヒャクメに正しく制御してもらう必要もある。美神だけでは、時空を見通し座標を直感的に把握することは難しい。
 だが、それでもヒャクメよりも横島を優先させてしまったところに、本人も意識していない乙女心が作用していたようだった。

「上の女性は何でしょう!?
 いくら陰陽師でも、空は飛べないっスよね!?」
「もちろんよ。
 それに・・・
 陰陽師って感じじゃなかったわ」

 横島の質問に対し、美神は、眉間にしわを寄せながら答えた。

「確かに、変わった服装でしたね!?
 美神さんに勝るとも劣らず・・・」

 続いて、美神の胸に目を向けた横島を、いつものように拳で黙らせる。つい力が強くなったが、それは、横島の言葉が美神に嫌な想像をさせたからだった。

(横島クンの言うとおり・・・。
 チラッと見ただけだけど、私と似ていたわ。
 まさか・・・)

 美神は、決意した。

「行きましょう!!」
「・・・えっ!?」
「追うのよ、あの二人を!!」

 倒れていた横島を、美神は、首根っこをつかんで引きずり起こした。
 そして、二人も同じ方向へ走り出した。


___________


『さて・・・と。
 ここなら落ちついて話ができそうね、高島どの!』

 平安京の東の山々には多くの寺社がある。乱立しすぎて潰れたようにも見える、打ち捨てられた寺の一つに、メフィストは高島を連れてきていた。

「メフィスト・・・とか言ったな。
 魔物がなんで俺を助けたんだ!?」
『言ったでしょ、
 あなたと契約を結びたいの。
 それが私のお仕事なのよ』

 そんな提案を魔物からされても、普通の陰陽師ならば到底受け入れることは出来ないのだが・・・。
 高島の目は、つい、メフィストの体に釘付けになってしまう。
 バストトップは硬いアーマーで隠されているが、胸のふくらみも形のよいヘソも、その下の部分まで、スケスケの網で覆われているだけなのだ。女性の一番隠すべき部分こそアーマーに包まれているものの、脚のスーツも内股の部分が露出しているので、かなりギリギリまで見えてしまう。もし高島が現代人ならば、ハイレグという用語が頭に浮かんだことだろう。

「で・・・何の話?」

 色気にほだされた高島が、話にのってきた。
 喜んだメフィストは、用件を説明し始める。

『私の仕事はね、魂をあつめることなの。
 それもできるだけ霊力のある人間の魂をね』

 その好色さからは想像しにくいが、高島は、平安京でもかなり実力のある陰陽師なのだ。メフィストは、ぜひ彼の魂を手に入れたかった。

「た・・・魂!?
 バカ言え!!
 そんな簡単にやるか!!
 ちょっといい女だと思って話をきいてみたが
 これ以上おまえのような魔物とは・・・」

 高島がクルリと背中を向けてしまっても、逃がさなかった。メフィストは、すかさずピトッと体を密着させる。肩に手をかけつつ、背中に胸を押し付け、さらに耳に息を吹きかけるようにして誘惑した。

『最後まできいてよ・・・!
 お願い!』
「あっコラ!!
 やめ・・・おっぱいが背中、
 耳に息・・・あああっ!」

 さすがに横島の前世である。高島は、簡単に籠絡されてしまった。

『魂を取るのはカンタン・・・。
 今すぐにだってあなたを殺せば手に入るわ。
 でも、それじゃ困るのよね』

 メフィストは、体を高島に押し付けたまま、説明を続ける。

『私が欲しいのは
 「取引に応じて我々に従う魂」。
 そういう魂でなければ、
 集めたって思いどおりに加工できないのよ』
「加工・・・!?」
『ええ。
 集めた魂をひとつにしてある目的に使うの』

 ここで、メフィストは高島から離れて、誘うように両手を広げた。

『で、取り引きってわけ。
 私はあなたの召し使いになり、
 願いごとを三つかなえてあげる。
 どんな願いでもいいわ。
 ・・・よーく考えて』


___________


「俺にホレろ!!」

 最初は『願いを無限にかなえ続けろ』などというありきたりなものしか思いつかず、アッサリ却下された高島である。だが、ついに、彼らしいグッジョブな発想に至ったのだった。

(こいつが俺に惚れてしまえば、自動的に永久に俺の言いなりだ・・・!!)

 と考えたのだが、

『「ホレる」って何?』

 メフィストの反応は、高島の予想外のものだった。

『私を抱きたいのなら・・・』

 と、何か言いかけたメフィストだったが、

『!
 話はあとよ!』

 その場に近づく気配を察知して、言葉を呑んだ。

『おかしいわね・・・。
 私を追ってこれる人間が・・・!?』

 不思議に思いながらも、襲撃に備えるメフィスト。
 そこへ現れたのは・・・。

「いるんだな、それが!
 なにしろ、こっちにはヒャクメがいるからな!」
『私の目からは逃げられないのねー』

 ヒャクメを伴った雪之丞である。
 さらに、

「・・・拙者の超感覚ならば、
 先生の前世を追うのは簡単でござる!!」

 シロも登場した。
 そして、

「理由はわからないけど追いついたっスね。
 ・・・他人じゃないからかな!?」
「そういうことにしときましょう」
 
 横島と美神までやってきた。

「な・・・なに!?
 こいつ・・・!?
 やっぱり・・・!!」

 メフィストと正面から向き合い、美神は驚愕していた。
 だが、美神だけではない。

『な・・・に!?』
「メフィストがもう一人!?」

 メフィストも高島も混乱している。
 むしろ状況を理解していたのは他の面々、中でも、特殊能力を持つヒャクメだった。

「おい、ヒャクメ・・・!!
 まさかあれ・・・」
『ええ・・・!!
 まちがいありません!
 あの魔族・・・!
 美神さんの前世です!』


(第二十三話「前世の私と共同作戦」に続く)

第二十一話 神は自ら助くる者を助くへ戻る
第二十三話 前世の私と共同作戦へ進む



____
第二十三話 前世の私と共同作戦

「そんな・・・。
 私が・・・魔族・・・!?」

 メフィストが飛んでいるところを一目見ただけで、自分と似ているとは思っていた。
 ここに着いたときにも、『やっぱり』と言ってしまったくらいだ。
 だが、ヒャクメにまで断言されてしまうと・・・。
 美神としては、心穏やかではないのであった。

『何者なの、この女は!?
 どうして私に似てるの・・・!?』

 メフィストも苛立つ。彼女の本能が、目の前の人間は危険だと告げていた。それに従い、美神に向かって突撃した。
 美神も、メフィストの突進を見て動き出す。

「そんなはず・・・
 そんなはずないわっ・・・!!」

 心の動揺を口に出しつつも、鞭にした神通棍をメフィストに叩き付けた。

「一ッ!!」

 しかし、メフィストの手で払いのけられてしまう。
 続いて、

「二ッ!!」

 精霊石を投げつけて光らせた。だが、これは単なる目くらましである。いつもは精霊石を切り札とする美神であるが、今回は、そうではなかった。
 突然ヒャクメによって平安時代へ飛ばされてしまったわけだが、美神は、たまたま一枚だけ封魔のふだを身につけていたのだ。
 相手の視界が回復しないうちに、

「三ッ!!」

 美神は、そのおふだをメフィストの目前に突き出した。
 メフィストが美神の前世だというなら、ある意味、今回の調査対象である。倒すのはいいが、殺してしまうわけにはいかない。破魔札に封じることが出来るのであれば、それが一番よかったのだ。
 この二人の攻防に、美神の仲間たちは手を出せない。二人の因縁を理解しているが故なのだが、そんなことは高島には関係なかった。

「キュウ急如律令!
 霊符の力を散らしめよっ!!」

 高島の言葉と共に、美神の破魔札が無力化され、小さな爆発が生じた。

「しまった!!」

 美神としては、そこから我が身を守るのに手一杯である。
 その間に、

「逃げるぞ!
 飛べるか!?」
『え・・・ええ!
 なんとか・・・!』

 メフィストのもとへ駆けつけた高島だったが・・・。

「な・・・なに!?
 このものすごい波動は!?」
『怨念!?
 すぐ近くだわ!?』
「バカな・・・!!
 俺たちに気配をさとられず
 こんなに接近を・・・!?」

 美神やヒャクメや雪之丞が驚いたように、強烈なプレッシャーが一同を襲ったのだ。
 その正体がわからぬうちは、下手に動くに動けない。それほど強力なものだった。
 一瞬、敵味方とも全ての者が硬直していた中。

 スパッ!!

 雪之丞の近くで、鋭利な音が聞こえた。

 ドバシューッ!!

 続いて、雪之丞の首から、盛大に血が噴き出す。

「お・・・おい!?
 動脈・・・!?
 切れ・・・痛くない!?
 ママーッ!!」

 彼の後ろには、強大な怨霊が立っていた。右手の指の爪から血をしたたらせている。

『よくわからんが・・・
 確かに二人いるな、メフィスト・・・。
 おまえらもすぐに・・・始末してやる』




    第二十三話 前世の私と共同作戦




「ママ・・・。
 今そっちにいくよ・・・!!」

 と、錯乱している雪之丞。
 その周りに仲間が駆け寄り、

「押さえて!」
『動いちゃダメよ!!』
「シロ、ヒーリングだ!!」
「焼け石に水でござる!!
 とにかく血をとめないと!!
 しゃべってはいけないでござる!!」

 なんとか介抱しようと務めている。
 一方、メフィストと高島も逃げそびれていた。

『メフィスト・・・
 おまえには原因不明の不良要素があるようだ。
 気配が突然二つに増えたことを
 アシュタロス様は訝しく思われておる。
 神族やほかの魔族どもに
 かぎつけられたのではないか、とな・・・。
 アシュタロス様には今が大事な時期・・・。
 おまえを抹消する』

 と語る怨霊。
 高島は、その外見に見覚えがあった。昨年死んだはずの菅原道真だ。

「道真公・・・!? そんな・・・!!」
『道真!! どうして・・・!?』

 メフィストは、その正体をさらに詳しく知っていた。
 目の前の道真は、メフィスト同様、アシュタロスという上級の悪魔によって創造されたものだ。いわばメフィストの同僚である。
 菅原道真は太宰府で死んだが、単純に死んだのではなく、『学問と雷の神』に生まれ変わっていた。ただし、神になるにあたって、負の部分を切り捨てる必要があった。それは、自分を追放した者たちへの怨念である。うまく取り除いたのだが・・・。
 アシュタロスに拾われて、悪鬼を作るための核として利用されているのだ。
 そうした全てを知っていたわけではないが、それでもメフィストにとって、道真が仲間であることは確かなはずだった。

『どのみち、おまえは使い捨ての働きバチにすぎんのだ。
 不良品は捨てる・・・。
 それだけよ』
『不良品・・・!?
 私の「気」が原因不明で二つに増えたから・・・?
 たったそれだけの理由で!?』

 何も知らずに死んでいくのも、かわいそうだろう。
 理由を説明したのは、道真としては、せめてもの情けだった。
 チラリともう一人の『メフィスト』に目をやると、そちらは、まだ死にかけの人間一人にかかりっきりのようだ。

(それならば・・・)

 道真は、視線をもとに戻した。

(やはり、こちらのメフィストから始末してやろうぞ)


___________


『雪之丞さん!?
 まずいわ・・・!
 もう意識がない!
 このままだと出血多量で死んじゃう・・・!』

 美神たちの仲間内で、一番的確に状況を把握していたのは、ヒャクメであった。さすがに、『全身の100の感覚器官』はダテじゃない。

『こーなったら!!』

 そもそも、雪之丞まで過去へ連れてきてしまったのはヒャクメのミスだった。神族として、何とかする義務を感じていた。
 さらに、隠れ家を検非違使に踏み込まれたときの負債もある。『私をおいてかないでねー』を聞きとめて一緒に逃げてくれたのは、他でもない、この雪之丞なのだ。個人的にも、彼を救いたいと思っていた。
 だから・・・。

「ヒャクメ!?」
「おい・・・!?」
「・・・ヒャクメどのが消えたでござる!!
 自分の命を雪之丞どのに与えて・・・。
 うっうっ・・・」

 突然のヒャクメ消滅に泣き出したシロだったが、それは勘違いだった。

『一時的に彼に入りました!
 出血はくいとめるからしばらくは・・・』

 言いかけたヒャクメだったが、その言葉が止まる。そして、メフィストたちの方を振り向いた。
 強力なエネルギー攻撃を感知したからだ。


___________


『消えろ!! ゴミめ!!』

 状況まで説明してやったのだ。もう十分だろう。
 そう思った道真は、

『貴様のパワーなどわしの10分の一にも
 満たぬであろう!!』

 と宣告しながら、メフィストを攻撃した。
 ここで、

「避雷!!
 存思の念、災いを禁ず!!
 雷よしりぞけ!!」

 高島がメフィストを守るために立ちふさがった。しかし、いかに有力な陰陽師といえども、彼一人で何とかなるはずがない。

「うわっ!!」
『高島どの・・・!
 きゃっ!!』

 メフィストともども、はじき飛ばされてしまう。それでも死なずにすんだのは、高島が呪を唱えたからこそだ。

『高島どの!!』

 倒れた彼のもとへ、慌ててメフィストが駆け寄った。まだ高島は息をしているが、吹き飛ばされた衝撃のせいか、完全に気を失っていた。

『ふむ・・・。
 人間にしてはやるな・・・。
 だが、二度目はないぞ!!』
 
 道真の両手に、今の攻撃よりもさらに大きなエネルギーが集まる・・・。


___________


『美神さん!
 雪之丞さんの身体、
 失血が多くて長くは保ちそうもないわ!
 現代に戻って輸血しないと・・・』
「わかってる!!
 でも・・・」

 美神は、横島に目を向けた。
 時間移動のエネルギーとして文珠をあてにしていたのだが、間に合わなかった。この場で急に出せるものでもないだろう。
 
「美神さん、あれを!!」

 説明していたわけでもないのに、横島は、美神の意図を理解したらしい。
 美神が、横島の示す方向に視線を動かすと、今まさに道真がメフィストに第二撃を加えるところであった。

(そうか!!
 菅原道真は『学問と雷の神』!!
 さっきも横島クンの前世が
 『避雷』とか言って攻撃を抑えていたわ!!)

 もともとメフィストは味方ではない。彼女が道真と戦っている間に逃げられるなら、それもアリだ。だが、道真が逃がしてくれるとは思えないし、もし仮に逃げられたとしても、この時代にいては雪之丞が助からない。
 それに、美神の前世である以上、可能ならばメフィストも助けたかった。
 
(『昨日の敵は今日の友』ね・・・。
 いや、昨日どころか、
 ついさっきまで敵だったんだけど)

 美神がフッとそんなことを考えてしまった瞬間、道真の攻撃がメフィストを襲った。
 だが、かろうじて両手で雷撃を押さえつけて、踏みとどまっているようだ。

「メフィスト!
 奴の雷を私に集めて!!」

 美神は、必死になっているメフィストに声をかけた。

(メフィストが私を信用してくれるかしら・・・!?
 しかも、タイミングが微妙な作業・・・)

 なにしろ、道真が現れるまでは戦っていた間柄である。
 これは、美神としても賭けだった。だが、美神はその賭けに勝ったようだ。

『行くわよ!
 早くー!!』
「了解っ!!」

 雷の軌道が曲げられ、美神に向かった。


___________


「みんなつかまってー!!」

 美神の言葉に応じて、一同が彼女に飛びかかった。
 シロが背中におぶさり、横島は美神の腰に抱きついた。平時ならばセクハラとして蹴落とされるところだが、美神としても、状況が状況なだけに許してしまう。

(・・・横島クンだって、
 そんなつもりじゃないわよね、今回は!?)

 少し気を散らした美神だったが、

『私をおいてかないでねー』

 ヒャクメの言葉を聞きつけて、意識を戻した。
 ヒャクメは、他人の体の中に入っていることと、その雪之丞の体力が低下していることが重なって、うまく急には動けないようだ。

「大丈夫!」

 美神が左手を伸ばして、雪之丞の服の端を握りしめる。
 反対側の腕には、すでにメフィストが左腕でしがみついていた。彼女もまた、美神同様、意識のない高島の服をつかんでいる。


___________


 これらは、全て、時間にして一瞬にも満たない間の出来事だった。
 道真も黙って指をくわえて見ていたわけではない。

『この波動・・・!!
 時空振かッ!!』

 脱出の意図を瞬時に理解し、

『時間移動する気かッ!!
 どこでそんな裏技を・・・』

 持っていた扇を開いて、ブーメランのように投げつけた。
 それは誰にも直撃こそしなかったものの・・・。

 ブチッ!!

 美神とメフィストが握っていた雪之丞と高島の服が断ち切られ、二人が地に落ちた。

『おいてかないでねって言ったのにー!』

 ヒャクメが喚く中、美神たちの姿が時空の彼方へと消えていく。
 しかし、

『殺さないで、道真・・・!!
 そいつは・・・そいつだけは・・・!!』

 去り際のメフィストの絶叫は、道真の心に残ったのだった。

『よかったな、おまえら・・・!
 あの様子なら
 あいつはすぐに戻ってきそうだ。
 それまで命だけは残しておいてやろう!』

 道真は、残された二人を見ながらニヤリと笑った。


___________


 美神と横島とシロは、無事、現代の事務所へと帰ってきた。
 メフィストもついてきたのだが、

『戻って!!
 今すぐ戻って!!』

 彼女は、美神の胸ぐらをつかみ、再び時間旅行することを強要している。

『しばらくは私をおびきだすエサにするでしょうけど
 そう長くは生かしておかないわ!』
「落ちつきなさい!!
 言われなくてもわかってるわ!!
 横島クン!!」

 美神は、横島に鍵を投げて渡し、

「場所はわかるわね!?
 文珠を持ってきて!!」
「はい・・・!!」

 文珠を取りに行かせた。
 魔族のメフィストから目を離したくなかったし、かといって、精霊石や文珠を保管してあるところへ連れて行く気にもなれなかった。
 だが、これが幸いした。横島には聞かせたくないことを、メフィストが話し始めたのだ。

『あいつ・・・
 あのバカ・・・!!
 私をかばったのよ・・・!』

 メフィストは、手で目をこする。

『クリエイターに捨てられた以上、
 私には存在価値がないのに・・・。
 あいつバカだから・・・
 それがわかんないのね・・・。
 願いなんかかなえるわけないじゃん!
 魂を持ってく意味ももうないのにさ・・・!!』
「メフィストあんた・・・」

 美神は高島の願いを知らなかったが、皮肉なことに、それは既にかなえられていた。

『あいつが死ぬかもって思ったら、
 胸が張り裂けそうだった!
 一人で死ぬのもイヤだった・・・!!
 あいつといたいの!!』

 メフィストの目から、涙が溢れる、

『あいつといると楽しいの・・・。
 生まれかわって人間になれるなら・・・
 あいつと・・・』
「や・・・やめてよっ!!
 それじゃ何!? 私が・・・」
「そういうことでござったか・・・。
 それで美神どのと先生は・・・」

 顔を真っ赤にする美神の横で、シロが訳知り顔で頷いている。
 当然、美神にギロリと睨まれてしまうのだが、そこへ、

「美神さん、文珠持ってきたっス!!
 ・・・あれ!?
 どうしたんです!?」

 横島が戻ってきた。すでに文珠をケースから取り出し、その一つに『雷』の字も込めている。

「・・・いいから!!」

 美神は、それをひったくるようにして、その場で『雷』を発動させた。

「いい!?
 あんたたちは、留守番よ!?
 これ以上話を複雑にしたくないの!!」
「・・・えっ!?」

 横島は、自分も行くものだと思っていたようで驚いている。
 一方、先ほど厳しく睨まれたせいか、シロは無言だった。
 二人は、言われたとおり、美神に近づくのを遠慮したのだが、

『何言ってるの!?
 あんたは美神と一緒じゃないと・・・!!』
「いっ!?」

 メフィストが横島をつかんでしまう。

「ちょっと!!
 勝手な事しないでよ!!」

 美神が止めようと試みるが、もう遅い。美神たち三人の姿は、もはや時の中へと消えるところだった。
 そんなタイミングで、

『ごめん!
 それがし、菅原道真と申すが・・・。
 邪魔してもよろしいか?』

 と言いながら、事務所のドアを開ける者がいた。

「いっ!?」

 その光景まで見届けて、三人は消えていった・・・。


___________


「早く戻りましょう、現代へ!!
 シロが危ないっスよ!!」

 横島が、美神に詰め寄るが、

「『早く戻る』・・・!?
 あんたバカァ!?」

 美神は、これをアッサリ受け流した。

「私たちは時間移動してるのよ!?
 ここで何年すごそうが、現代へ戻るときに、
 あの『瞬間』へ行けばいいだけのことでしょう?」

 理路整然と説明する美神だったが、横島は、まだ心配だった。

「そんなピンポイントで制御できるんスか!?
 今だって・・・」

 彼らは、平安時代には戻ったものの、少しずれていたのだ。
 場所は清水寺の上空だったし、時間も既に朝になっていた。
 戦っていた山寺へ急ぎ、その場の様子から、どうやら時間移動した夜が明けてすぐだと理解したところだった。

「そりゃあ私一人じゃ無理だろうけどね。
 ほら、帰りはヒャクメがいるわけだし。
 時空制御は彼女のコンピューターに任せるわ」

 これで、ようやく納得したらしい。

「へえ、さすが神さま。
 ただの役立たずじゃないんスね」
「・・・バチ当たるわよ?」

 冗談を言い合う余裕も出てきた。

「神さまと言えば、あの道真も
 神々しい波動を放っていたわね・・・。
 この時代の怨霊の道真とは全く別人だったわ」

 美神は、事務所に来た道真について考える。
 一瞬見ただけではあったが、そんな印象を感じていた。

「・・・どういうことです!?」
「あの悪魔の道真が神に変わるのかしら?
 それとも・・・」

 黙って二人の様子を見ていたメフィストが、ここで口をはさむ。

『ねえ、和むのもいいけどさ・・・。
 早く高島どのを助けに行かないと!!』
「・・・でも、どこへ?
 心当りあるの?」
『うーん・・・。
 アジトかしら・・・?』

 そんな彼らのところに、

『おねえちゃん、おねえちゃん!』

 突然、一人の子供がやってきた。
 ここは東山の廃寺である。普通に人が訪れる場所ではないだけに、あからさまに怪しい。

『道真さまからの伝言だよ。
 二人の命はとりあえずあずかっておく。
 今夜丑の刻までに老ノ坂まで来い!』

 そう伝言すると、子供は木の人形に変わってしまった。道真の式神だったのだ。

「・・・なんか都合よく場所が判明したっスね」
「丑の刻・・・。
 えらいのんびりしてるじゃない」
『まっぴるまから動いたんじゃ目立ちすぎるからね』

 美神の疑問に答えを返したメフィストは、フワッと空へ飛んだ。

『あなたは先に老ノ坂へ!』
「あんたはどうする気?」
『道真を倒すだけじゃ私たち助からない・・・!
 問題はそのあと・・・
 逃げきる方法を確保しないと・・・!』


___________


「メフィストの奴なにしてんのよ・・・!
 もう時間切れよ・・・!?」
「ほんとにここでいいんスか!?」
「そのはずよ・・・?
 『老ノ坂』って地名はここなんだから」

 美神と横島は、夜の森の中を彷徨っていた。

「美神さん!!
 あれ・・・!!」
「ほら見なさい、
 やっぱりここであってるじゃないの」

 横島が見つけたのは、木の上に置かれた球体だった。握りこぶしほどの大きさで、ボウッと光っている。

「雪之丞・・・!!」
「ヒャクメ・・・!?」

 中には、二人の人影が見える。一人は高島、もう一人はヒャクメが取り憑いた雪之丞だ。
 二人は、こちらに向かって何か喋りかけているようだが、美神たちには聞こえなかった。

「え? 何?」

 その時、突然、

『まず一人・・・!』

 美神の背後に、道真が現れた。

「美神さん!!」
「・・・!!」

 横島の声に、美神が慌てて振り向くが間に合わない。
 二人が何も出来ないうちに、

『死ね!!』

 道真の爪が、美神の首に向かった。
 しかし、その兇爪が届く前に、

『な・・・なんだと・・・!?』

 一条の魔力波が飛来し、道真を真っ二つに切り裂いた。

『ワナってのは
 相手の裏の裏まで読んで仕かけないとね・・・!
 私たちの勝ちよ、道真!』

 土の中に潜んでいたメフィストである。

『バ・・・カな・・・。
 それにしても貴様ごときが
 私を一太刀で・・・!?
 そんなはずが・・・』

 そう言い遺して、道真は倒れた。


___________


『う・・・奪われただと・・・!?』

 異界空間のアジトに戻ったアシュタロスは、信じられない報告を受けていた。
 そこでは、土偶の形をした部下が、エネルギー結晶を究極の魔体にくべているはずだった。
 究極の魔体。
 それこそが、アシュタロスが全てを賭けて造っているものだ。
 将来アシュタロスは新たな魔王として君臨し、全ての世界を統一する。その時のためのボディであった。
 魂を集めていたのも、これを育てるためだ。
 特別な方法で精製されたエネルギー結晶は、指でつまめるほどの大きさの中に、二、三万人分の魂が込められている。それを養分にして、究極の魔体は、ようやく60%の完成度になっていた。まだ千年はかかりそうなのだが・・・。

『メフィストの奴・・・
 あれが何か知っておるのか!?
 よりによって・・・おのれ・・・!!』

 そんな貴重なエネルギー結晶を、自分が留守の間にメフィストに盗まれたというのだ。
 アシュタロスにしてみれば、これは、とても許せる状況ではなかった。


___________


「・・・えらいあっさり片づけたわね・・・!
 その結晶とかゆーやつ、
 ちょっとわけて欲しいわ・・・!」

 急激なパワーアップの理由を美神に説明したメフィストだったが、この言葉には、応じることは出来なかった。
 すでに、結晶は飲み込んでしまっている。メフィストの体の中なのだ。
 そんなメフィストは、
 
「メフィスト!!
 きっと来てくれると思ってたぞー!!」

 助け出した高島に、さっそく抱きつかれていた。

『あ・・・あた・・・あたし・・・』

 顔は火照るし、言葉もしどろもどろである。
 どうしていいか分からなくて、

『き・・・
 気やすくさわるんじゃないわよっ!!』

 と、高島を殴ってしまった。

「ふーん。
 やっぱ前世だけあって美神さんにそっく・・・」

 横島は、『高島がセクハラして鉄拳制裁をくらった』と認識してコメントしたのだが、

「どこがじゃー!!
 チョームカツク!!」

 美神を怒らせてしまい、自分が殴られてしまう。
 美神にしてみれば、メフィストのやっていることは、小学生が好きなコに意地悪しているようなものなのだ。それを自分と同じだと言われては、しかも横島から言われては、たまったもんじゃない。

『・・・これでいいわけ!?
 あんたそーしてんの!?
 横島クンと普段!?』

 メフィストはメフィストで、美神が自分と同じように、いや自分以上に暴力を振るうのを見て、これが正しい愛情表現なのだと思い始めていた。

「私の男じゃないって・・・」

 言いかけた美神だったが、思い詰めたようなメフィストの表情を見て、気が変わった。
 素直にアドバイスするとしたら、横島がノビている今しかないだろう。

「ま・・・その、なんだ・・・。
 自分は自分なんだからさ。
 自分なりにやるしかないよ。
 不器用な女は不器用なりに・・・ね」

 頬をかきながら語る美神を見て、

『誰の話です?』

 雪之丞の中のヒャクメが笑う。

「う・・・うるさいわねっ・・・!!
 帰るわよっ!!」

 美神は、横島に持たせておいた文珠を取り出し、その一つに『雷』と入れた。

(ごめんね、横島クン・・・。
 ちょっとやりすぎちゃったわね)

 いまだに倒れている横島を見て、さすがに反省する美神である。
 状況が状況だっただけに、つい、いつも以上の力でいつもよりも長く殴りつけてしまったのだが、それは自分の側の都合でしかなかった。

(お詫びと言っちゃなんだけど・・・)

 美神は、右手で『雷』を握ったまま、両腕を横島にまわした。そして、

(ゆっくり寝てなさい。
 これで、いい夢見れるでしょ?)

 正面から抱きつくような姿勢で、さらに自慢のバストを横島の体に押し付ける。

『あらあら・・・』
「シーッ!!
 黙って、ヒャクメ!!」

 美神は、人差し指を口にあてた。

「・・・メフィストに教えるために、やってるのよ」

 そんな言いわけまでしてしまう。それから、
 
「じゃ、またねー」

 敢えて軽い口調で、メフィストに挨拶する美神。
 とりあえず雪之丞に輸血するために現代へ戻らないといけないが、まだ問題は解決していないのだ。もう一度来る必要があるだろう。
 そう思ったのだが・・・。

 ズンッ!!

 時空震をも押さえつけるような、そんな強力なプレッシャーがその場を襲った。

『時間移動か・・・。
 面白い特技を持っているのだな。
 だがもうそれもあきらめろ!
 私が許さん!』

 空から聞こえてきた声の主を知るのは、メフィストだけだった。

『ア・・・アシュタロス・・・!!』

 月をバックにして、一人の男が浮かんでいた。フードのあるマントで全身を包んでいる。逆光でもあるため、ほとんど見えないが、カリスマのありそうな精悍な顔立ちをしていた。

(こいつが・・・)

 メフィストが叫んだ『アシュタロス』という名前は、彼女の説明に、また、彼女と道真の会話の中に何度も出てきていた。
 だから、美神も理解することができた。
 
(・・・私たちの敵!!
 それも・・・最後の大ボス!!)

 横島をギュッと抱きしめたまま、美神は、空に浮かぶ存在を凝視していた。


(第二十四話「前世の私にさようなら」に続く)

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第二十四話 前世の私にさようならへ進む



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第二十四話 前世の私にさようなら

「ごめんね、横島クン!!
 サービスタイムは続かないみたい!」

 いつもよりも派手にシバいてしまった償いの意味で、気絶した横島を抱きしめていた美神である。
 それが正面から抱きつくような姿勢であっても、『自分もそうしていたかった』とは決して意識していないのだ。だから、これを『サービスタイム』という言葉で表現するのだった。
 美神は、戦闘態勢をとるために横島の体をはなした。
 そして、空に浮かぶ敵を睨む。
 月を背にして浮かぶは、魔族アシュタロス。
 美神とおキヌと横島の三人が、長い長い戦いに駆り出されることになった元凶である。
 だが、もちろん、この時点の美神はそこまで認識していなかった。
 また、アシュタロスのほうでも、この先に待ち受ける展開など全く予想していない。
 この瞬間は、ただ、平安時代の対決の一場面に過ぎなかった・・・。




    第二十四話 前世の私にさようなら




『起きろ、道真!!』

 アシュタロスが指をピシッとはじくと、二つに分たれて倒れていた道真の体が起き上がった。一つにくっつくと同時に意識も回復しているようだ。
 すかさずメフィストが攻撃したが、

『このー!!』
『むん!!』

 それを軽くはねのけてしまった。

『え・・・!?』
『無駄だ。
 おまえが食った結晶は私のために特別に造られたものだ。
 私以外の誰もあの結晶を消化して使うことはできん』

 驚くメフィストに、空に浮かぶアシュタロスが説明した。
 アジトから奪ったエネルギー結晶でパワーアップしたつもりのメフィストだったが、彼女が利用していたのは、結晶に含まれるわずかな不純物にすぎなかったのだ。

『吐き出せ!』
『く・・・』
『・・・わからん奴だな』

 眼下の一同に向けて、アシュタロスが指をスッと突き出す。

「いっ!?」

 叫んだのは高島だった。
 額に大きな穴があき、その場に倒れ込む。

『た・・・高・・・
 あ・・・あ・・・あ・・・!!』
『・・・なんだ、そいつが一番大事だったのか?
 ほかの奴からにすればよかったかな』

 狼狽するメフィストを見て、小さく後悔するアシュタロス。
 だが、その時。

「メフィスト・・・!?
 俺は・・・」

 突然、横島が起き上がった。


___________


「よ・・・横島クン!?」
『高島どの・・・!
 高島どのか・・・!?』

 美神とメフィストが、別々の名前を口にしながら駆け寄る。

「・・・高島だよ。
 こいつの中でずっと眠ってた前世の記憶。
 俺本人が死んだ衝撃で、
 そいつが目えさましちゃったのさ」

 メフィストのほうが正解だった。
 かすかに残っていたものが、前世の死に反応して一時的に増幅されたのだ。さらに、ちょうど横島が眠っていたという偶然が重なって、その前世の意識が前面に出てきたのである。

『助かる!?
 高島どのは生き返れるの!?』
「・・・無理だよ、メフィスト」

 すがりつくメフィストに、高島の意識は冷静に答えた。
 ちょうど高島の体から魂が抜け出ていくところだ。

「契約っていう『呪』に縛られてるから
 ありゃあ、おまえのもんだよ」

 そう言われて、メフィストが魂をつかむ。だが、彼女は泣いていた。

『こんな・・・!
 こんなもの欲しくない・・・!!
 私・・・』


___________


『なるほど・・・
 生まれかわって時間をさかのぼったのか・・・。
 そっちの女、メフィストの来世だな!?
 そういうことだったのか・・・!』

 空から人間たちの様子を眺めていたアシュタロスは、ようやく状況を理解していた。
 
『フ・・・。
 美しいが滑稽だよ』

 一瞬で地上へと移動し、

『生まれかわっても
 前世と同じ場所で同時に死ぬとはな!!』

 メフィストの首をつかみ、その体を吊るし上げた。
 これにいち早く反応したのは美神である。

「この野郎!!」

 神通棍を鞭にしてアシュタロスを攻撃したが、

「えっ!?」

 直撃したにもかかわらず、神通棍のほうが砕け散ってしまった。

『・・・今、何かしたか?』

 ニヤッと笑いながら、一瞬振り返るアシュタロス。
 そして、道真が美神たちの前に立ちはだかる。

『おとなしくしていろ!
 おまえたちの始末はあとだ!』

 ボスが直接動き出したことで、道真も働き始めたのだ。
 それを見て、アシュタロスは、美神たちを道真に任せることにした。まずはメフィストである。

『結晶を返したまえ!』

 彼女の首にかけた手に力をこめた。まるで、力づくで吐き出させるかのようだった。


___________


「なんか弱点はないの、ヒャクメ!?」

 この状況に焦って、神さまに助けを求める美神だったが、

『見えないのねー!
 今は雪之丞さんの中にいるから・・・』

 肝心のヒャクメは役に立たない。
 人間の中に入っている状態では、自慢の『100の感覚器官』も使えなかった。

「そこから出れば、何とかなるのか!?」
『ええ!!
 でも、そんなことをしたら・・・』
「これでどうだ!!」

 ヒャクメの言葉を聞きつけた高島の意識は、横島が持っていた文珠の一つに『治』と文字入れする。そして、それを雪之丞の首に押し付けた。

「ああっ!!
 あんた、貴重な文珠を!!」
『傷がふさがったのねー!』

 美神は責めるが、ヒャクメは高島に感謝していた。
 大量に血を失った後だけに、雪之丞は、完全回復したわけではない。まだ意識不明の重体である。それでも、一時的にヒャクメが体から出るには十分だった。
 さっそく100の感覚器官をフル活用したヒャクメだったが、

『この魔族、私とは力のケタが7ケタはちがう・・・!
 ああっ、
 圧倒的な強さばっかりがとてもよく見えるっ!!』

 アシュタロスを見ても、絶望するだけだった。

(それなら・・・!)

 道真はアシュタロスと比べれば格下のはずだ。そちらに目を向けると、

『あいつ、傷が完全にふさがってない!』

 体の真ん中の傷跡が、線としてハッキリ見えた。
 ヒャクメの言葉を受けて、

「了解!」

 美神が、道真の中心に精霊石を投げつけた。

『・・・効かんな』
「ちょっとー!!
 ヒャクメー!!」
『私を責めないでねー!
 精霊石ではパワー不足なだけなのねー!』

 美神としては、精霊石で足りないと言われては、どうしようもない。
 三つ同時にぶつければ少しはマシだったかもしれないが、メフィストと戦った際にも使っており、その後現代で補充もしていなかったのだ。それだけ慌てて来てしまっていた。
 だが、ここで一つのアイデアが浮かんだ。

「文珠ちょうだい!!」

 何も字を入れていない最後の文珠。横島が持っていたそれを切り札に使うのだ。

「おまえも道真だというのなら・・・。
 これでどう!?」

 文珠を握りしめて、拳を道真に叩き込んだ。

(これがダメなら、もう・・・!!
 お願い・・・!!)

 必死な美神の願いが、天に通じたらしい。

『私は・・・。
 ここで何をしているのだ・・・!?』

 道真から邪気が消えた。

「美神どの、何をしたのだ!?」
「現代で神さまバージョンの道真を見たからね・・・。
 文珠に『神』って入れて、叩き込んだのよ」

 美神が解説する横で、

『そいつがあんたをあやつってたのよ!!』

 ヒャクメが、アシュタロスを指さしながら、道真に指示をとばした。


___________


『やれやれ・・・。
 今日は厄日だな・・・。
 いろいろ起こる』

 アシュタロスは、神となった道真の力で、束縛されてしまっていた。
 もともとアシュタロスがこの道真を造ったわけだが、どうやらパワーを与え過ぎたらしい。
 それでも、メフィストを放り出したアシュタロスは、

『だがこんな呪縛、数秒で・・・!!』

 いまにも自由を取り戻しそうだ。
 この状況に、美神が、

「なんか手はないの、ヒャクメ!?」

 再び神さまに助けを求めた。

『うまくいくかどうかわからないけど・・・』

 と言いながら、ヒャクメは、愛用の旅行トランクをポンと出現させた。

『あなたの能力うまく使えば・・・!!』

 コンピューターから伸ばしたケーブルを美神に接続し、美神から何かを吸い取る。

「えっ!?」

 美神が驚く間に、ヒャクメは、それをアシュタロスにぶつけた。

『これは・・・!』
『時空震のポイントを制御して・・・
 あいつだけを未来へ吹っとばす!!
 できるだけ遠く・・・!』
『おのれ・・・!
 下っぱ神族がこざかしいマネを・・・!!』
『奴のエネルギーが大きすぎて
 四、五百年飛ばすのがせいいっぱいか・・・!
 でも・・・』

 ヒャクメの指が、カタカタとキーボードの上を走った。


___________


 一口に『時空震のポイントを制御』とは言っても、簡単なことではない。
 そもそも、この時代へ来る際にも失敗したではないか。単純な普通の時間移動だったにも関わらず、その影響範囲を制御できなくて、想定以上の人数を巻き込んだではないか。

(でも今度は失敗しないのねー!)

 わずか数秒の勝負だ。
 ヒャクメは慎重さとスピードを両立させる。

(私の全ての力を・・・!!)

 時間移動のエネルギー源として、文珠で『雷』を発動させる時間もないようだった。ならば、なけなしの神通力を、自分に残された全ての力を注ぎ込むしかない。

(役立たずなんて言わせないのねー!!!)

 神族としての意地と誇りをかけた、一世一代の大勝負だった。

(これで・・・!!)

 ついに、ヒャクメの指が、実行のキーを叩く。


___________


『・・・とりあえず十分!!』
『!!
 空間が・・・!!』

 アシュタロスは、気付いた。
 ヒャクメの声と同時に、その場が歪み始めたのである。
 だが、それは自分の周囲だけだ。
 彼は、自分が時間移動を始めたことを認識する。

『このままでは済まさんぞ、メフィスト・・・!!
 必ず・・・!!』

 もはや届かぬ彼らに手を伸ばしながら・・・。
 アシュタロスは消えていった。


___________


 ようやく一つの脅威がなくなった。それと同時に、

『そういうことだったのね・・・!』

 ヒャクメは、一つの解答を手にしていた。
 なぜ魔族の武闘派が美神の命を狙うのか、解明されたのである。

『アシュタロスの結晶は
 吸収されずにメフィストの中・・・。
 魂を材料にしてるから転生のとき
 そのままそれが美神さんに受けつがれて・・・』
「じゃ、私の中にもエネルギー結晶が!?」

 美神も、ようやく気が付いたらしい。

『結晶状態で安定してるから外からは見えにくいし、
 あなたにも影響はないわ。
 でも長い時間の間に結晶と魂は
 ふたつに分けられないくらい癒着してるでしょうね』
「私を殺せばそれが手に入るってわけか・・・。
 五百年後に復活したあいつは
 血まなこで時間移動能力者を捜す・・・」

 ヒャクメと美神は、二人で状況を整理する。
 彼女たちの横では、

『む!?
 私はいったい・・・!?
 貴様らよくも私を!』

 文珠の効果が切れたのだろうか、道真が悪霊に戻ってしまっていた。だが、

『ア・・・アシュタロス様?
 ひょっとしておまえらが・・・?
 アシュタロス様を!?』

 その場から強大なボスが消えていることに気付き、さっさと逃げ出していった。
 こうして、一段落ついたところへ、

「おまえたちは・・・!?」

 馬に乗った西郷が、通りかかったのだった。


___________


「とても信じられないが・・・」

 西郷は、魔物の手引きで高島が牢から逃げ出して以来、彼らを追って京の街を駆け巡っていた。怪しい気配と騒々しい物音のためにここへ来たのだが、そこで出会ったのは、異様な集団だった。
 しかも、彼らの話は想像を絶する内容だった。
 彼らは、未来から時間をさかのぼってきた者たちであり、しかも、高島や魔物の来世だというのだ。彼らの友人には、西郷自身の来世までいるらしい。
 そして、魔物と彼らをつけ狙う強大な悪魔に襲われて、高島は、ここで殺されてしまった・・・。

「信用するとしよう」

 西郷は、自分でも驚くべき言葉を口にしてしまう。
 一方、美神は、

「あなたならそう言ってくれると思ってたわ・・・!
 ありがとう西条・・・いや、西郷さん!」

 ごく自然に、彼の了承を受け入れていた。
 西郷から見て、確かに美神には、牢屋を襲った魔物の面影があった。その魔物、メフィストとやらも、ここにいる。メフィストは、高島の死体を前にして、涙を流していた。

(こうして見ると、か弱い女にしか見えないな・・・)

 今はそう思う西郷である。だが、第一印象は違ったのだ。

(この女、まるで竜巻きのように飛び込んできた・・・)

 それが、メフィストに攻撃されながら感じたイメージだった。しかも彼は、それ以来、メフィストに心を奪われてしまったような気がしていた。

「悪いが、この死体は引き取らせてもらうよ」

 西郷は、メフィストの心情を気遣いながら、高島の死体を目で示した。
 気の合う仲間ではなかったが、高島も同期の陰陽師だ。死刑になるはずだったとはいえ、こうして悪者に殺されてしまったのを見ると、それなりに考えさせられる。
 しかも、複雑なことに、

「・・・ああ。
 おまえが捕えたことにすればいい」

 死んだはずの高島の意識は、来世の男の体を借りて、この場で元気にしているのだ。先ほどまで、メフィストを元気づけようとして、おちゃらけていたくらいだった。

「死刑と決まっていた以上、
 抵抗したからやむを得ず殺したってことにしても、
 おまえとしては問題ないだろ?」
「・・・なんだ?
 生前の言動を反省して、
 私に手柄をくれるというのか?
 おまえらしくもないな」
「そんなつもりはないさ。
 ただ、代わりといっちゃなんだが、
 頼みたいことがあってだな・・・」

 西郷は、内心の感慨を隠して、今まで同様に高島に接した。
 そんな二人の会話を、メフィストが遮る。

『「俺にホレろ」なんて・・・。
 勝手に願っといて先に死ぬなんて・・・!!
 ホレさせたんなら、ちゃんと責任とれ!!
 この・・・この・・・』

 と言って泣きつくのだが、もう、どうしようもなかった。

「なあ、西郷。
 こいつのこと頼まれちゃくれねえか!?」

 そう声をかけられて、西郷は、ドキッとした。メフィストに惹かれている気持ちを見透かされたと思ってしまう。

「・・・フン!
 おもしろくない結末だ・・・!
 言っとくがこんな形でおまえの女をもらうのは
 お断りだからな!」
「いいじゃねーか別に・・・!
 細かいことにうるさいヤツだな・・・!」
「決着は来世に持ちこしだ!
 ま、それまでは妹として
 面倒みといてやるよ!
 ・・・だが、魔物のままでは無理だぞ?
 おまえの脱獄に関わってるんだからな?」
「・・・そうだろうな。
 俺一人の死体じゃあ、
 『闇の集団』の一件が
 全て片づくってわけにはいかないよな」

 彼らの会話を遠巻きに見ていた美神たちが、なぜか、ここでギクッとしていた。

「・・・つーわけだ。
 だからおまえ、人間になれ。
 俺のふたつめの願いごとだ」

 真摯な表情から出てきた言葉だが、

「こ・・・こいつが
 願いごとを他人のために・・・?」
「信じられん・・・!!」

 当事者の二人以外は騒然としている。
 美神たちにしてみれば、横島の口からそんな言葉が出るのが不自然であり、西郷にしてみれば、高島の意識がそんなことを言うのが驚きなのだ。

『みっつめは・・・?』

 メフィストが尋ねた時、

「う・・・あ・・・?
 ダメだ・・・!
 横島が・・・起き始めた・・・
 もう・・・消え・・・」

 高島の意識が、最後のときを迎えようとしていた。
 これを見て、美神が立ち上がった。

「・・・これ以上は待てないわね」

 雪之丞を早く現代へ連れ帰りたい美神たちとしては、今まで我慢しただけでも最大限の譲歩なのだ。
 高島を殺されてしまったメフィストの気持ちは分かる気がするし、かといって横島一人を残していけない。だから、待っていたのである。さらに言えば、こんなに長く横島が眠り続けるなんて思わなかったからだ。

『あんまりここにいると、
 今度は雪之丞さんが死んでしまうのねー!』

 今のヒャクメは、雪之丞の体を守るために、再び彼の中に入っている。ヒャクメ独特の軽い口調だったが、彼女も、そろそろ限界だと思っていた。

「それじゃね、メフィスト・・・!」

 美神の手の中で、『雷』の文珠が光りだす。
 もう事情も分かったことだし、二度と平安時代へ来るつもりはなかった。

『ちょ・・・ちょっとまって・・・!
 なに!? みっつめは・・・!?』

 叫ぶメフィストの耳元で、最後に、高島の意識が、

「また会おうな」

 とささやく。
 そして、美神たちは、現代へと帰っていった。
 それを見送ったメフィストは、

『お行き、高島どのの魂・・・!
 今は自由にしてあげる。
 でも・・・』

 と言いながら、握っていた手を開いた。
 魂が空へとのぼってゆく。
 これが転生するのだ。だから・・・。

『今度会ったら・・・
 もう逃がさないから・・・!!』


___________


「・・・あれ!?
 美神どの、失敗したでござるか?」

 戻ってきた美神たちを出迎えたのは、キョトンとしたシロだった。
 事務所のドアは半開きで、神の道真が部屋に入ろうとしていた。

「失敗って・・・。
 あっ、そうか!!」

 美神は、状況を理解した。ちょうど出発した瞬間に戻ったのだ。だから、シロから見れば、時間移動をしそびれたように見えるのだろう。

「よく見なさい、シロ。
 メンバーが変わってるでしょ?」
「・・・あれ!?
 本当でござる!!
 いったい、どんな魔法を・・・!?」

 シロが不思議そうな顔をするが、それには答えず、

「後で説明するから!!
 シロは、横島クンといっしょに、
 雪之丞を病院へ連れていって!!」

 美神は指示を出した。
 すでに目を覚ましていた横島とともに、シロが雪之丞を病院へと運ぶ。

『もう大丈夫なのねー!』

 そう言いながら、ヒャクメが、雪之丞の体から遊離した。
 これで、事務所に残ったのは、美神とヒャクメと道真の三人である。

「・・・で、何の用?」

 美神は、道真に向き直った。


___________


 どうやら、神さまの道真がここへ来たのは、美神たちの時間移動を助けるためだったらしい。
 彼は、

『それがしは太宰府天満宮に祭られておる神、菅原道真』

 まずは自己紹介をしてから、

『諸君に悪さをなした道真の怨霊は・・・』

 と、自分が捨て去った負の部分が悪霊道真となったことまで説明し始めた。

「ふーん。
 そう・・・」

 それを聞く美神の態度は、とても神前で人間が見せる態度ではなかった。
 美神にしてみれば、どうでもいい話だったからだ。
 もし過去へ行って対決する前であれば、敵の正体というのは、戦いに役立つ情報になるかもしれない。だが、もはや全て終わって戻ってきたあとなのだ。

(今さら来られてもねえ・・・)

 としか、思えなかった。
 そして、この気持ちは、道真の本来の用件にも向けられる。

『今日ここに来いと言ったのは、もと魔族の嬢ちゃんでな』

 アシュタロスを追いやってから20年後、すでに人間となっていたメフィストが、神の道真のところまで行って依頼したらしい。
 約千年後の正確なこの瞬間、ここ美神の事務所へ・・・。
 頼まれたとおりに、道真は『雷』の文珠を四つ持ってきたのだ。

「メフィストったら・・・。
 若ボケかしら?
 あれから、たった20年で・・・?」

 美神の口から、溜息がもれた。自分の前世の将来を憂いたのだった。

(『雷』の文珠ということは、
 時間移動のエネルギーにしてくれって
 ことだろうけど・・・。
 道真から貰わなくても、
 横島クンの文珠で足りたじゃない!?)

 その状況をメフィストが忘れてしまって、

「文珠を調達したから、何とかなったのよ!」

 と思いこんでいるのであれば、もはや痴呆症だ。
 あの戦いは、そう簡単に詳細を忘れられるシロモノではなかったはずだ。
 
(あるいは・・・)

 あの道真やアシュタロスとの対決すら『些細なこと』として記憶のどこかに埋もれてしまうくらい、それほど波瀾万丈な人生をメフィストは送ったのであろうか?
 美神自身、漫画の主人公であるかのような凄まじい日々を過ごしている。だから、その前世が大変な一生を送るのだとしても、おかしくはない。だが美神は、そうは考えたくなかった。
 それでも、さらに厄介ごとに巻き込まれたメフィストというのを想像してしまうと、

(もしかして、
 この文珠で助けに来いっていうの?
 もう一度過去へ来いってこと!?)

 という可能性も頭に浮かぶ。
 しかし、それならば道真にもっと詳しい情報を伝えているはずだ。今の説明からすると、やはり、今回の事件に関するもののようだった。

(じゃあ、もしかして・・・)

 最後に、美神は、心の中で道真を責めてみた。
 メフィストの意図としては、もう少し早く事務所へ来て欲しかったのではないだろうか?
 そうすれば、美神は横島の文珠を使うことなく、時間移動出来たからだ。その場合、戦いの中で使う文珠の数にも、もっと余裕があっただろう。

「メフィストが、そのつもりなら・・・」

 美神は、とりあえず自分を納得させたので、道真から文珠をもらうことにした。
 本来の意味では、もはや手遅れではある。だが、それでも、使ってしまった分の補填にはなるからだ。

「彼女の好意に甘えるわ。
 それ、全部ちょうだい」

 もとより美神に渡すつもりだった道真である。異論はなかった。
 それに、学問の神さまである自分が、長く他所を訪問しているのは不都合なのだ。最初は悠長に話をしてしまった道真だが、そろそろ、サッサと用件を済ませて帰りたい気持ちにもなっていた。
 テーブルの上に文珠を置いて、椅子から腰を上げたが、

「・・・でも、ちょっと待って!」

 口元を緩めた美神に、引き留められた。


___________


『美神さん、あこぎなのねー!!』

 ヒャクメは、思わずプッと吹き出してしまった。
 すでに道真はいない。彼は、受験生の大群に所在がバレてしまい、逃げるように帰っていった。
 今は、その直後である。
 ヒャクメに笑われた美神は、

「いいじゃない、これくらい!
 ・・・今回の仕事の報酬みたいなもんよ」

 照れてしまって顔を赤らめる。その手の中には、道真から貰った文珠が五つあった。
 なんと彼女は、道真に、

「・・・四つじゃ足りないわよ?
 この場で、もうひとつ出してちょうだい!」

 と言い張って、使用した数よりも一つ多く巻き上げていたのだ。
 神さま相手でも交渉上手な美神だった。

『今回の一件は、
 美神さんの仕事じゃないのねー!
 むしろ私の仕事!
 フフ・・・』

 ヒャクメは笑っている。
 
(まあ、そうなんだけどさ・・・)

 美神としても、認めるしかなかった。
 今回は美神自身が調査対象であって、仕事をする側ではなかった。最後にアシュタロスを追い払った功労者も、ヒャクメである。
 それを思い出して、

(さすが、ヒャクメは神さまね)

 とまで思ってしまう美神であった。


___________


(あれ・・・!?
 美神さん、けっこう素直なのね。
 素直じゃないのは、自分の恋心だけ・・・?)

 美神に内心で認められたヒャクメだが、そんな『内心』は、しっかり筒抜けだった。
 実はヒャクメは、道真との対面の間も、美神の思考をサーチしていた。

(あーでもない、こーでもないと考えて、
 その結果ちゃんと自己完結・・・。
 面白かったのねー!)

 ヒャクメとしては、悪気があったわけではない。クセのようなものだった。
 もちろん、四六時中誰かを覗いているわけではないのだが、今回の場合は、美神を調査するという口実が無意識のうちに働いてしまったらしい。
 それに、自分の行為がマナー違反だということは心得ているので、せめてもの償いとして、何かアドバイスしてから帰ることにした。

(何がいいかしら・・・?
 ・・・そうだ!!)

 ヒャクメは、過去で美神がメフィストに向けていた視線を思い出し、

『・・・あのね、美神さん』
「なあに?」
『横島さんの中に高島さんが眠ってたように、
 あなたの中にもメフィストは眠っています。
 でも、それはあくまで前世の話。
 あなたがそれを引きずって生きる必要はないんです』

 と語り始めた。
 唐突に前世の話を向けられて美神は驚くが、ちょうどヒャクメの功績を考えていたところだっただけに、

(神さまの言うことだから、聞いておいて損はないわ)

 と、受け入れることにした。

『彼女の人生はもう終わった。
 あなたの人生は
 あなたが作っていけばいいんですから』
「・・・そう言ってもらえると少しは救われるわね」

 美神が下を向いて目をつぶったのを見て、

(いいアドバイスになったのねー!
 さすが私・・・!!)

 と自画自賛したヒャクメだったが・・・。

「前世が魔族で・・・。
 横島クンにね・・・」

 と言う美神の表情は少しずつ影を帯び、その額には青筋まで浮かび始めた。
 こうなったら、もう心を読むまでもない。

(あらっ!!
 私、なんか失敗した・・・!?
 寝た子を起こしちゃったのねー!!)

 ヒャクメは、静かに椅子から立ち上がり、ドアへ向かって後ずさりしていく。

『収集した情報は神界に持ち帰ります。
 では・・・』

 そのまま、逃げるように事務所を出た。
 無事に空へと飛び立ったヒャクメは、
 
(それにしても・・・)

 まだ美神のことを考えている。

(あのひと無意識に
 自分の前世を自分で封印しちゃってたのね。
 私でも見透かせないほど
 強力なプロテクトかけて・・・。
 きっとまた隠しちゃうんでしょうね)


___________


 その翌日。

「横島クン、ちょっといい?」

 事務所から帰ろうとした横島は、美神に呼び止められた。

「・・・なんスか?」
「ちょっと私の部屋に来て欲しいの」

 こう言われてしまうと、横島としては複雑だった。
 事務所の中ではあっても、美神の部屋は美神の部屋だ。そこで二人きりというのは、男としては色々と期待してしまう。しかし、GS見習いとしての横島は、

(どうせ、またロクなことじゃないだろう・・・)

 と、頭の中で警鐘を鳴らすのだ。
 なにしろ、前回美神の自室に呼び出されたときは、

「今後、あなたの文珠は全て私が管理します」

 が、その用件だったのだから(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)。
 
(・・・あれ? でも・・・!?)

 だが、よく見ると、今日の美神の表情は明らかに前とは違う。
 少し上目遣いで、いたずらっぽい笑顔を浮かべている。

(前世を見に行ったことが、
 うまい具合に作用したのか!?
 おお、美神さん・・・!!
 ついに・・・。)

 横島の妄想が始まり、鼻息も荒くなる。
 それを見た美神は、

(うまく煩悩エネルギーをアップさせたわね。
 これなら、霊力も上がってるはず・・・)

 と、ほくそ笑んでいた。
 そして・・・。
 横島を連れて部屋に入った美神は、彼の前に『雷』文珠を四つ用意した。

「この文字、変更出来る?」
「・・・やってみます」

 浮かれていた横島だったが、文珠を目にしたことで、美神の意図を理解した。
 道真から五つの文珠を巻き上げた美神は、そのうち四つで『記憶開封』に挑戦するつもりなのだ。
 美神は、ヒャクメから話を聞いた際は、『一時保留』と言っていた。しかし、

(やっぱり、このままにはしとけないわ・・・)

 と思うのである。
 あの時と今とでは、少し事情が違う。もう一つの謎だった前世に関しては、解決したからだ。
 どちらもヒャクメには『見えない』ものだったが、わざわざ過去にまで行って前世の正体を突き止めたら、あんな重大事が露見したではないか。
 この現世記憶の部分的な『封印』に関しても、無理矢理こじ開ければ、重要な秘密が飛び出すに違いない。
 そうした美神の思惑を、横島が細部まで把握しているわけではなかった。だが、それでも、

(そうだよな。
 記憶が封印されてるなんて、
 普通の人間でも気味が悪い。
 ましてや美神さんは・・・。
 蚊帳の外にされるのを嫌うもんな・・・)

 と理解していた。だからこそ、美神が何をさせたいのか、すぐに分かったのだった。
 彼は、さっそく挑戦する。

「・・・ここまではOKっスね」

 美神も見守る中、四つの『雷』は、横島によって『記』『憶』『開』『封』と書き換えられていた。

「じゃあ、次は・・・」
「いよいよ、ね」

 彼女に促されて、横島は、文珠を両手で握り込んだ。その手の中で、四つの玉が光り出す。

「・・・行きますよ、美神さん!!」

 すかさず、それを美神に近づけた。
 美神は目をつぶって、何でもいいから思い出そうと努力してみる。
 
「ダメだわ・・・」

 小さくもらす美神だったが、

(やっぱり横島クンの霊力じゃ無理なのか・・・。
 いや! それなら・・・!!)

 ふと思い立って、自分の右手を、文珠を握り込む横島の手に重ねた。

「・・・美神さん?」
「あんたの霊力で足りないなら、
 私の分を加えるしかないでしょ!?」

 美神の言葉と同時に、横島の中に、何かが流れ込んできた。

(これが・・・美神さんの・・・!)

 初めての感覚に、横島が霊的に興奮する。
 それは、美神にも筒抜けだった。

(もうっ、横島クンったら!!)

 横島の霊力が、美神が流し込んだ以上にグンとアップしたからだ。

(まっ、横島クンだから仕方ないか。
 なにしろ、こいつの霊力は・・・。
 あっ!!)

 突然、美神は、横島の文珠の欠点に思い至った。

(横島クンの霊力の源は煩悩エネルギー!!
 今までは、妄想することで霊力上げてたけど・・・。
 文珠は『イメージ』が大切だから、
 妄想するわけにもいかないんだわ!)

 そもそも、初めての文珠が『裸』になってしまったのも、そういうイメージを持ってしまったからだ。
 こいつは、そっち方向を容易に思い浮かべてしまう男だった。
 
(霊力をある程度自由に急増することが出来るくせに、
 それが文珠の制御と反するなんて・・・)

 それならば、『妄想』以外をエネルギー源にするしかない。
 
(あんまり気は進まないけど・・・)

 と自分に言いわけしてから、美神は、もう一歩前に出る。
 さらに、左腕を横島の背中に回して、グッと抱き寄せた。
 二人の体が、ギュッと密着する。

「いっ!?
 美神さん・・・!?」
「横島クン!!
 気を散らさないで!!
 ・・・少しくらい感触を悦んでもいいから、
 そのかわり意識を文珠制御に集中しなさい!!」
「は・・・はい!!」

 平安時代でも、美神は横島を抱きしめたのだ。
 自分の暴力が激しすぎて横島が気絶したときに、その謝罪の意味で・・・。
 あれと比べて、今は横島の目が覚めている分、もっと恥ずかしい。
 だが、

(本質的には同じだからね・・・!!)

 と思えば、ここまではOKだった。
 もちろん、かなりギリギリのラインである。美神としては、体が触れている部分を横島がモゾモゾと動かそうものなら、それがどこであっても、もうヤメにするつもりだった。
 ハグやホールドと言った言葉で表される『抱く』と性的な意味での『抱く』との境界は、動きの有無にある。それが美神の認識だった。そして、彼女には、横島に肉体を差し出すつもりなんて毛頭なかったのだ。
 横島も、この場は、キチンと理解していた。超えてはいけない一線に近寄ることは、禁忌なのだ。
 そんな二人の体の間で、文珠の輝きが、どんどん大きくなる。

「・・・横島クン!!」
「・・・美神さん!!」

 ついに、その光が、部屋中を包んだ。


___________


 そして・・・。
 すでに、部屋の光量は元に戻っている。
 急激に霊力を消費した美神と横島は、疲れきったようにペタリと座り込んでいた。

「あの・・・美神さん?
 ・・・どうでした?
 何か思い出しました?」

 その返事として、美神の拳が横島にとんできた。霊力は減っても、体力は十分あるらしい。

「ええっ!?」

 一瞬、横島は、怒られたのだと思った。回復した記憶の中に彼の悪行があったという可能性だ。
 だが、そうではなかった。
 美神は・・・。

「・・・ダメ!!
 全くダメだわ!!
 あそこまで頑張ったのに・・・!!」
 
 何も思い出せなかったのだ。

(これが精一杯だったのに・・・!!
 文珠も無駄にしたわ!
 ちくしょう・・・)

 まるで、絶対に思い出さなきゃいけないという強迫観念に取り憑かれたかのようだった。だからこそ、最大限の努力をしたのだ。
 それでも、全く何も思い浮かばない。完全な失敗だった。
 美神の目には、悔し涙すら浮かんでいた。

(ゴメンね、横島クン。
 八つ当たりしちゃって・・・)

 その涙には、つい横島を叩いてしまった反省も込められていた。
 だが、そうした八つ当たりも一種の甘えなのだということまでは、理解していなかった。


___________


 実のところ、

「一人で無理なら、他の者の協力を・・・!」

 というのは、良い発想だったのだ。
 しかも、美神と横島がトライするということ自体、かなり正解に近づいていたのである。
 今の彼ら自身は忘れているが、本当は、この二人も封印したメンバーに含まれているのだから・・・。
 だが、この二人だけでは不十分だった。三人で封印したからこそ、三人で開封しなければならないのだった。
 誰が『記憶封印』したのか。彼らは、まだ、それを知らなかった・・・。


(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」に続く)

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第二十五話 ウエディングドレスの秘密へ進む



____
第二十五話 ウエディングドレスの秘密

「今日はここまでにしようかな・・・」

 風呂から上がった後も勉強を続けていた、パジャマ姿の女の子。
 氷室キヌ、通称おキヌである。
 テストが近いので頑張っていたのだが、そろそろ今晩は切り上げようと思ったのだ。

「ふう・・・」

 勉強に疲れたおキヌは、部屋を見渡した。
 ここは、おキヌの自室である。血のつながっていない姉もいるのだが、姉とは別に一人部屋を与えられていた。氷室家の屋敷は、田舎でもさらに大きいほうなのだ。
 勉強机やベッドのほかに、小さいテーブルまである。一人には十分な広さの部屋だった。
 花の小鉢が勉強机の上には飾られており、テーブルの上にも別の花のポットがあった。その横には、勉強しながら聞いていたために、ラジカセやCDが出ている。いつも寝る前に、おキヌはこれを片づけていた。
 カーテンやベッドカバーは、決して少女趣味ではなく、簡素な模様だ。それでも女の子らしい色づかいのものだった。
 ベッドの上の枕元には、可愛らしい動物のヌイグルミが一つずつ、それぞれ両側に置かれている。
 そして、さらに別のヌイグルミが、机の上にチョコンとのっかっていた。

「おやすみなさい・・・」

 と、おキヌは、そのヌイグルミに挨拶した。
 ベッドの二つほど、かわいい外見ではない。何かの花をイメージしているようだが、おキヌ自身、それが何なのか判別出来なかった。

(でも大切なものなのよね。
 きっと、これは・・・)

 以前から持っていたらしいヌイグルミだが、いつ、どうやって手に入れたのか、おキヌは覚えていなかった。
 彼女は高校一年生だが、最近の記憶しかない。今の養父母に引き取られて以来のことしか分からないのだった。
 普通、自分の過去が不明であれば不安になるかもしれないが、おキヌは違う。周囲の優しさを受け止めて、今の自分を幸せだと感じていた。
 だから、過去を思い出そうという気持ちも強くはない。それでも、なにか大事なことを忘れているかもしれないと、少しは気にしていた。
 そこで、いつか昔の自分を知る者と出会う可能性を考えて、おキヌは、このヌイグルミを常に持ち歩くことにしていたのだ。
 学校への行き帰りでは、自転車の目立つところに結びつける。
 自転車から降りた後は、通学カバンにつけなおして、教室へ。
 家に帰ってからは、部屋へ持ち込んで机の上に置く。
 どこかへ遊びに行くときも、できればポシェットなどに入れて持っていく。
 それが彼女の習慣だった。
 なにしろ、昔からの私物は多くないのだ。そのくせ、中には奇妙なものもある。

(あれって、何なんだろう・・・?)

 おキヌは、ふと、その『奇妙なもの』を思い出してみた。
 それは、ワンピースのドレスである。
 胸元は開いた感じだが、いやらしくはなかった。可愛らしいフリルがあしらわれているからだ。肩口にも同様の装飾があり、全体としても素敵なのだが、色が真っ白なせいもあって、なんだかウエディングドレスに見えてしまうのだ。

(私、氷室家にひきとられる前に、
 おさな妻でもしてたのかな?
 まだ高校一年生なのに・・・)

 そんなことを考えながら眠りについたせいであろうか。
 おキヌは、その晩、不思議な夢を見た・・・。




    第二十五話 ウエディングドレスの秘密




(・・・ここは?)

 おキヌは、教会の中で、いわゆるバージンロードを歩いていた。
 その先では、おキヌ同様に若い少年が立っている。

(これは誰!?
 わからないけど・・・。
 私、この人に会ったことある!!)

 礼服に身を固めているのに、額にバンダナを巻いている。そんな少年だった。
 二人が並んだところで、

「病めるときも健やかなるときも・・・」

 誰かが決まり文句を述べていた。

(・・・なんだか神父さまらしくない人ね?)

 大切な人物ではないらしく、この男の姿はおぼろげだ。
 そして、

「はい指輪よ・・・」

 髪の長い女性が、おキヌの横に立つ男性へ、リングを渡していた。
 
(この女の人にも会ったことあるような・・・?)

 一瞬そう思ったのだが、おキヌは、

(あれ・・・?
 新郎の付き添い役って、
 『ベストマン』って言って、
 親友の男の人がやるんじゃなかったっけ?)

 と、最近テレビで得た知識と照らし合わせて、考えこんでしまう。

(それじゃあ・・・このひと、男!?
 ・・・オカマなの?
 もったいない・・・!!)

 その『女性』は、神父もどきよりもハッキリした姿をしていた。
 長髪の似合う美人であり、スタイルも良かった。メリハリがついた体型であり、胸も大きいが、かといって、体全体とアンバランスな程ではない。

(私とかわって欲しいくらいの胸なのに・・・)

 そんなことを考えていたら、突然、場面が変わった。

「宿題やるのがイヤだからって、
 学校に火をつけるガキ・・・」

 さきほどの『彼女』が物騒なことを言っている。
 そこには大きなパイプオルガンがあるので、

(・・・ここも、やっぱり教会の中?)

 と、おキヌは思ってしまう。

「おまえはわがままな子供・・・」

 まだ『彼女』は何か続けていた。

(学校のことで、誰かを叱りつけている?
 ・・・中学か高校の先生なのかな?
 オカマじゃないなら、よかった・・・)

 ここで、また場面が転換した。
 
(今度はどこ?
 ・・・ここも教会の一室?
 待合室みたいなところ?)

 普通の家にしては天井の高い洋間だ。だが、お役所にしては、部屋の広さのわりに、椅子や机が少ない。
 おキヌは、高校の友だちから聞いた話を思い出していた。吹奏楽部に入っている友人は、音楽活動のために借りられる部屋が教会にはあると言っていた。

(・・・そういう部屋なのかしら?
 そこまで広くないような気もするけど・・・)

 おキヌの目の前には、さきほどからの女性と共に、最初の場面で新郎役だった少年がいる。
 女性と同じくらいハッキリした姿だが、顔立ちまで鮮明に分かるわけではない。
 服装は、さっきとは違って、今度はジーンズの上下だ。だが、額のバンダナは同じであり、同一人物だと確信することができた。
 どうやら、おキヌを含めた三人で、何か議論しているようだ。
 しかし、その内容はよく聞こえない。おキヌの目覚めが近づいていたからだ。
 かろうじて聞き取れた言葉は・・・。


___________


「・・・カンニング?」

 ベッドの上で目を開いたおキヌは、そうつぶやいた。
 耳をすませばシーンという音が聞こえるくらいの静寂だ。
 部屋の中だけでなく、外も、まだ暗いのだろう。カーテンを開けなくても分かるくらいだった。
 
(・・・ヘンな夢見て、
 夜中に目を覚ますなんて・・・)

 おキヌとしては、珍しいことだった。

(・・・イヤだわ。
 それも、学校に火をつけるとか、
 カンニングとか、そんな内容・・・。
 私、そんなに試験のこと意識してたのかな?)

 いくら夢だから支離滅裂だとはいえ、ひどすぎると思う。
 少しの間天井を見つめていたが、おキヌは、ゆっくりと目を閉じた。

(今度は、いい夢が見れますように・・・。
 おやすみなさい・・・)
 
 再び眠りに落ちる前に、もしもヌイグルミに目を向けていたら、おキヌは思い出していたかもしれない。
 以前に自転車にぶつかった少年が、それを見てハッとしていたことを。
 その少年も、頭にバンダナを巻いていたことを。
 そして、もう一度、彼が夢の中に出て来たかもしれない。
 しかし、そちらには視線を向けなかったために・・・。
 おキヌは、特に意味のある夢を見たりせずに、朝までグッスリ眠った。


___________


「・・・これは?」
「『ニシンそば』ってやつだべ?」

 おキヌと姉の早苗が、テーブルの上に用意された夕食に反応した。

「昨日のテレビか・・・?」

 と笑う父親に対して、母親が笑顔で頷く。
 今夜のメニューの一つは、蕎麦だった。ニシンの甘露煮がトッピングされている。
 これは、ニシン蕎麦と呼ばれる、京都の名物料理の一種だった。昨日見ていたテレビの紀行番組で、リポーターが美味しそうに食べていたのだ。
 ・・・昔の京の人々は、たまには海の魚を食べたいと思っていた。だが、京都は山に囲まれており、川や湖は近いものの、海からは離れている。当時の技術では、保存が利くように加工された魚しか手に入らなかった。そして、干物のニシンから戻した甘露煮を、ある蕎麦屋が上にのせる具として使い始めたのだという。
 本当かどうか定かではないが、テレビ番組の中では、そんな由来が紹介されていた。

「ここ人骨温泉も山に囲まれているから・・・?」

 おキヌの住んでいるところは、京都からは離れているが、山地の中にある。少し立地条件が京都と似ていた。
 そう思って聞いたのだが、養母には否定された。ただ単純に、旨そうだったから作ってみたということらしい。
 夕食が始まり、食べてみると、確かに美味しかった。
 蕎麦をすすりながら、

「おキヌちゃん、今日も遅くまで勉強するべか・・・?」

 早苗が、軽く尋ねた。
 部屋は違うが、それでも、電気がついているのは分かる。自分が寝る頃に、おキヌがまだ勉強していたのは明らかだった。
 毎晩遅くまで頑張るおキヌの身を、姉として心配する早苗なのだ。

「だって、試験近いから・・・」

 少しうつむいた姿勢で、おキヌが答える。

「無理せずとも、おキヌは成績よいのだから・・・」
「そうだべ!
 ・・・試験なんて。
 気にしすぎでねか?」

 父親も早苗も、同じ気持ちのようだ。
 
「『気にしすぎ』・・・?
 そうかも。
 昨日の夜なんて、
 変な夢見たのよ・・・」

 おキヌが下を向いていたのは、あの夢を見たことにやましい気持ちを持っていたからだ。学校に火をつけるとか、カンニングとか、そんな夢、まともな高校生の見る夢ではないと思っていた。
 それなのに、家族に優等生あつかいされたような気がして、後ろめたさが増す。
 だから、おキヌは、夢の内容を正直に語り始めた。

「髪の長い、
 いかにも都会って感じの服着た女の人と、
 バンダナをおしゃれに巻いたジーンズ姿の男の人がね・・・」

 おキヌの描写を聞いて、早苗も養父母も体をピクリと動かした。
 だが、おキヌはそれに気付かず、話を続ける。

「・・・っていう夢だったの。
 おかしいでしょ?」

 一通り喋ったところで、茶色い甘露煮ニシンを口にしながら、

(ニシンって結構赤いのね・・・)

 とノンキに考えるおキヌであった。


___________


「おキヌちゃん、
 こないだD組の山村にラブレターもらったそうでねか!」
「やだ!!
 明子がしゃべったのね!?」

 放課後の校庭で、当番のために大きなゴミ袋を運んでいたおキヌは、早苗に声をかけられた。

「別にラブレターとかそんなんじゃないわ。
 ただ、お友だちになってくれないかって・・・」
「やっぱりラブレターでねか!
 どうする気?」

 顔を赤らめて否定するおキヌだったが、早苗の追求は止まらない。

「どうって・・・。
 クラスもちがうし
 ちゃんと話したこともないのよ!
 急にそんなこと言われても困るわ・・・!」
「断っちゃうの!?
 山村って野球部のエースで
 学校一ハンサムなのに・・・」

 ステータスや外見にこだわるタイプなのだろうか、早苗は、そんな指摘をする。
 だが、おキヌにしてみれば、相手の条件はあまり問題ではなかった。

(ボーイフレンドなんか
 作れるわけないじゃない!
 私、誰かのお嫁さんだったのかもしれないのよ・・・)

 白いドレスを思い浮かべ、先日の夢を思い出してしまう。

(まあ、でも・・・。
 私、彼氏欲しいとも思わないから、
 別に構わないわ。
 ハハハ・・・)

 友人や姉の恋愛の話を聞くのは大好きだが、自分はまだ聞いている側でいたい。
 おキヌは、そんな女子高生だった。
 ここで、話題をそらしたくて視線を動かし、ゴミ捨て場の方を見たところで・・・。
 突然、その表情をこわばらせた。
 彼女の様子に気づいて、

「おキヌちゃん!?
 もしかして、また・・・」

 早苗が、おキヌの見る方向にあわせて目をこらす。
 すると、焼却炉の横に浮かぶ幽霊が見えてきた。

「地縛霊ね」
 
 早苗がつぶやいた。
 氷室家の開祖が高名な道士だったため、彼女にも特殊な力が受け継がれているのだ。

「なんで私ばっかり気づいちゃうんだろう。
 霊能力は
 おねえちゃんの方がずっと強いのに・・・」
「おキヌちゃんは無防備なんだべ。
 無意識に波長のピントをすぐにあわせちゃうんだ。
 なにしろ、ずっと幽霊・・・」

 おキヌの言葉に応じて、早苗は、つい、言ってはならない秘密をもらしそうになった。
 慌てて手で口をふさぎ、

「早く帰ろう!!
 ねっ!?
 今日はえーと・・・
 用はないけど帰んなきゃっ!!」

 と、おキヌをごまかす。
 『ごまかす』とは言えないほどの稚拙なものだが、それでも、おキヌには通じるのであった。


___________


 その夜。
 おキヌは、いつものように自分の部屋で勉強していた。
 まだ入浴前なので、普通に私服を着ている。外にも出ていけるような格好だが、スカートがやけに短いので、部屋着としても使っているのだ。
 ふと、手を休めて考えてみるが、

「・・・学校行って、お勉強して・・・。
 友達と遊んだり男の子に手紙もらったり。
 やさしい養父さんと養母さんとおねえちゃん。
 私・・・今すごく幸せだわ」


 やっぱり現状に不満はない。
 過去なんて分からなくても、満足するべきだった。

「でもなんだろう。
 なにか大事なことをどうしても思い出せない」

 おキヌは、ここで、視線を例のヌイグルミへと向けた。

「やっぱり私、
 あなたのお嫁さんだったのかな・・・」

 と、つぶやいてみる。
 自分で買ったものではなく、男の人から貰った物だと想定して、『あなたのお嫁さん』と言ってみたのだ。
 現在彼氏を作るつもりはないおキヌだが、自分が『お嫁さん』をしていたという想像は、ちょっと楽しい。

「エプロンつけて台所に立って・・・、
 旦那さまのためにごちそう作る。
 お掃除もお洗濯も頑張っちゃおう!
 ふふふ・・・」

 性的な男女関係は自分とは結びつかないが、家事に関して好きな人に貢献するのは、きっと幸せだろう。
 そんなふうに考えていたおキヌに、背後から、何者かの手が伸びる。

『キャアアァアッ!?』

 おキヌは驚愕した。
 自分の背中が、目の前に見えるのだ!
 彼女は、体から魂を抜き出されているところだった。

『やっぱりだ・・・!
 おまえの肉体と魂は何かズレがある・・・!
 うえへへへへへへ・・・!!』

 その犯人は、昼間の地縛霊だった。

『よこせ・・・!!
 その身体・・・!!
 俺によこせ・・・!!』
『ちょっ・・・ちょっと・・・!!
 やめて!!
 やめてくださいっ!!』

 魂の抜け殻となった体に、幽霊が入り込もうとする。
 それを必死で防ぎながら、生き霊となったおキヌは、

『だ・・・!!
 誰かーっ!!』

 と、強く叫んだ。


___________


「・・・東京へ行かなきゃいけないのに!!」

 おキヌは、夜の山中を走っていた。
 あの後。
 入浴中だった早苗が、おキヌの悲鳴をテレパシーとして聞きつけて、助けに来てくれた。
 だが、その頃には幽霊も増えていた。肉体を欲しがる悪霊が集まってきていたのだ。それら怨念が一つに溶け合っている間に、おキヌは何とか自分の体に戻ることができた。一方、助けに来てくれたはずの早苗は、集合した霊に突き飛ばされて気絶してしまう。

(ごめんなさい、私のせいで・・・!
 これ以上迷惑かけられない)

 そう思ったおキヌは、窓から飛び出したのだった。
 さいわい、小さな鞄を手に取って、それを背中にかつぐ余裕はあった。ちょっとした身の回りのものも、財布も、大切なヌイグルミも入れることができた。
 しかし・・・。

「・・・こっちじゃない!!
 でも戻ったら追いつかれるう!!」

 真っ暗な山道を走る中、おキヌは、少し迷子になっていた。
 そもそも走り出したときには、なぜか都会のビルの映像が頭に浮かんだのだった。しかも、それが東京にあり、そこへ行けば何とかなるという気にもなっていた。
 さらに・・・。
 東京で助けてくれるのは、先日の夢に出て来た二人だという想像まであった。

(やっぱり、あの人たちは・・・)

 だが今は、自分の過去に思いを巡らす暇はなかった。
 駅に向かって走っていたつもりだったのに、どうやら、別の山道に入ってしまったようなのだ。
 それなりの広さがあって、自動車も通行できるように整備されている道だ。こんな夜には一台の車も走っていないかと思いきや、遠方から来るヘッドライトが見えた。

(・・・駅まで乗せてもらえるかしら?
 でも・・・
 これ以上誰かを巻き込んでしまうのは・・・)

 方角から見て、氷室家の父や母の車ではなかった。見ず知らずの他人のはずだが、そうした人々のことまで、おキヌは心配してしまう。
 しかし、逡巡している場合ではなかった。
 車が近づいてくるだけでなく、

『逃ガサン・・・!!
 ヨコセ・・・!!』

 ついに霊団がおキヌに追いつき、その手を伸ばしたのだ。

「キャァアッ」

 ちょうど目前まで来た自動車のライトに目がくらんだこともあって、おキヌは、悪霊に足をつかまれてしまった。
 だが、

「もう大丈夫だ・・・!!」

 車から飛び出した少年が、光る剣のようなもので、悪霊の手を斬り飛ばしてくれた。

「まにあった・・・!!」
「ケガはない、おキヌちゃん!?」

 少年の頭には、特徴的なバンダナが巻かれていた。
 そして、オープンカーを運転していたのは、髪の長い女性だった。

「あ・・・あなたたちは・・・」

 それは、おキヌの夢に出てきた二人だ。

「美神・・・美神令子よ!」

 女性が名乗る傍らで、

「ゴーストスイーパー横島忠夫だ!」
「その一番弟子、犬塚シロでござる!」

 という言葉も聞こえるが、遠慮するかのような小声だ。
 だが、この発言で、ようやくシロは存在を気づいてもらえたのだった。


___________


 美神たちが東京を出たのは、おキヌが悪霊に襲われるよりも、ずっと前である。
 発端となったのは、美神が受けた一本の電話だった。

「そうですか・・・」

 氷室家の養父母は、おキヌの『夢』の話から、彼女が何か思い出し始めていると悟った。それで、美神のところへ一応連絡したのだった。
 美神も横島も、いつかはおキヌは戻ってくると信じていた。だが、彼女が現在幸せな生活を送っているのなら、無理に急かして思い出させる必要もない。

「・・・でも、とりあえず
 今から様子見に行きましょうか?」

 電話の内容を横島やシロに説明した美神は、二人を連れて、車を走らせたのだ。
 事務所の留守番は人工幽霊にまかせ、さらに、

「雪之丞が来たら、あいつにも留守番させといて!」

 雪之丞が来たときのことも頼んでおいた。彼は、またフラリと消えてしまっていたからだ。
 美神としては、

「何日か近辺に宿泊して、
 おキヌちゃんの幸せを
 かげからソッと見守りましょう!」

 というのが、そもそものプランだった。
 このように、しばらくノンビリするつもりだったのに、この地に来て予定が変わってしまう。
 おキヌを襲っていた霊団の規模は大きく、

「・・・美神どの!!」
「何っスか、あれ!?」
「・・・まさか、おキヌちゃん!?」

 事情を知らぬ美神たちでも、遠くから察知出来るほどだったのだ。
 そこで慌てて、車の向きを変えて・・・。
 ギリギリで間に合ったのだった。


___________


「あれ!?
 もしかして・・・ワンちゃん!?」

 三人目の人影に気づいたおキヌは、そんな言葉を発してしまった。
 少女の髪の色が特徴的だったのだ。車のライトしか照明がない中でも分かった。
 前髪が赤く、他は、雪のような白銀・・・。
 全く同じ配色の子犬に、おキヌは会ったことがある。
 シロに思い当たると同時に、

(じゃあ、この人は、あの時の・・・!)

 おキヌは、横島と名乗ったバンダナの少年が、自転車にぶつかってきた人であると思い出していた。
 ただ夢の中に出てきただけじゃない、少し前に現実世界で会っていたのだ!

「・・・狼でござる」
「ペット犬の役だったからな」

 ボソッとつぶやくシロの肩を、横島がポンと叩いて慰めている。さきほどの光る剣は、いつのまにか無くなっていた。
 その横では、

「美神除霊事務所の、
 チームを甘く見るんじゃないわよ!!」
 
 美神が、悪霊の塊と戦っていた。

「破魔札!!」
『ギャアアアッ』

 攻撃は直撃し、

「てめーらみてーな下等なバケモンはなー
 一瞬でパーだ!!」

 見ていただけの横島が浮かれている。
 だが美神は、

「・・・そうもいかないわ。
 逃げるわよ!」

 みんなを乗せて、愛車をスタートさせた。
 横島たちが車上から振り返ると、

『グ・・・オノ・・・レ・・・
 コロス・・・!!』

 確かに霊団は復活し、車を追ってきている。

「あいつは一個の化物じゃないのよ!」

 ここまで大きく強力な悪霊ならば、その正体は明白だった。
 美神は、横島たちに説明する。
 敵は、無数の霊が集まって一つの意志を持っている群生体だ。一部を吹き飛ばしても残りが襲ってくるし、他の悪霊が加わって再生してしまう。
 急所もないし、ここに取り込まれた霊は『あきらめる』という気持ちもなくしている。しかも、どんどん周囲の霊を取り込み続けている・・・。
 厄介な相手だった。

「では、全部丸ごと消し去るでござるよ!!
 ・・・ウォオーン!!」

 後ろを向いたまま、シロが、必殺技を使う。
 自慢のシロ・メガ・キャノン砲を発射したのだ。

「えっ!?
 ・・・なに、今の!?」

 隣に座っていたおキヌが驚くほどだった。
 昼間になったかと見まごうばかりの光量が、車の後方一帯を突き進んだのだから。

「・・・えへへ」

 ちょっと誇らしげなシロである。
 これで、『塊』になっていた悪霊は確かに消滅した。
 ただし、引き寄せられて来たけれど、まだその場に達していない霊もいたのだ。彼らは、消えた『塊』を惜しむかのように、その一点に集まり・・・。
 新たな霊団を構成した。

「・・・ええーっ!?」
「だから・・・再生するって言ったでしょ?」

 驚く横島の横で、運転席の美神が小さくつぶやく。
 だが、おキヌは、

「でも・・・でも、
 今の凄かったですよ?
 『再生する』って言っても、
 その間に距離をかせげましたよ?」

 頑張ってくれたシロを讃える意味で、そう言った。
 瞬時に復活するわけではないのだから、

「これを繰り返せば・・・」

 とも提案したのだが、美神に却下された。

「・・・ダメ。
 一度しか使えないのよ、今のは。
 それをサッサと使っちゃうなんて・・・!!」
「・・・え?」
 
 美神の言葉を聞いて、おキヌが隣のシロに目を向けると・・・。

「拙者、もう・・・。
 おねむでござる・・・」

 シロのまぶたが閉じるところだった。
 おキヌは知らなかったが、シロ・メガ・キャノン砲をうった後のシロは、エネルギー切れになってしまうのだ(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)。

「シロのでも無理ってことは・・・。
 文珠で『滅』ってやっても、同じっスかね?」
「・・・でしょうね。
 文珠も無限にあるわけじゃないからね・・・」

 温泉で骨休めするつもりだったが、一応、文珠は持ってきていた。だが、圧倒的に数が足りない。先日四つも無駄にしたこともあって(第二十四話「前世の私にさようなら」参照)、その後に出した一つを合わせても、全部で二つしかないのだ。
 おキヌには、この二人の会話の意味は分からない。ただし、何かピンチらしいということは把握出来た。それでも、

(この人たちなら守ってくれる・・・。
 そうよ・・・いつだって
 なんとかしてきたもの・・・!)

 と、安心してしまうのだった。


___________


「まっすぐに追跡してきてるわね・・・」
「そりゃあ、こんな夜道を走ってる車、
 他にないっスからね」

 横島は、車の明かりを目印にして霊団が追ってくると考えている。
 だが、実はそうではない。
 悪霊たちは、霊波を視覚的に捉えていた。霊的拠点や霊能者は強く光って見えるのだ。おキヌが美神たちと合流したことで、目印となる光も大きくなっていたのである。
 しかし、美神も横島もおキヌも、このカラクリには気づいていなかった。

「でも、だいぶ離れましたよね?
 ・・・ありがとうございます!」

 後部座席のおキヌが、前の二人の会話を聞きとめて、礼を言った。

「だけど、逃げきれるかどうか微妙ね・・・」

 スピードそのものは、自動車の方がはるかに速い。
 だが、クネクネと続く山道なだけに、それに沿って進まなければならないのが欠点だった。一方、霊団は一直線に突き進めるのだ。

「やっぱり、あれを試すしかないかしら?」
「なんだ、美神さん。
 ちゃんと手があるんじゃないッスか!!」

 美神が続けた言葉に、横島がサッと反応した。
 まだ彼女は暗い表情だが、それでも指示をとばす。

「そんなに確実じゃないけどね・・・。
 横島クン、後ろのトランクから荷物出して!」
「はい・・・って、出来るかー!!
 それなら車とめて下さいよー!?」
「あの・・・私の方が近いから、
 私が身を乗り出して・・・」
「ダメよ、危ないから!!
 おキヌちゃんは座ってなさい!!」
「俺だったら、危なくないのかー!?」

 美神としては、不確実な策のために停車したくはなかったのだが、

「しまった!!」

 突然、左の前輪にガクンと異常を感じた。尖った小石か何かをはねてしまい、パンクしたのだろう。
 やむを得ず、美神はブレーキを踏む。


___________


 文珠の一つを使って、車の周りに強力な結界を張った。
 スペアタイヤへの交換は横島にまかせて、
 
「おキヌちゃん。
 あなたなら、使えるかもしれない・・・」

 美神は、荷物の中から一本の笛を取り出した。
 特殊な共鳴効果があるのだろうか。先端は異様にふくらんでおり、しかも突起で装飾されている。

「これは・・・?」

 学校で使うリコーダーとは明らかに違うシロモノを手渡され、おキヌは戸惑う。

「ネクロマンサーの笛・・・!」

 とだけ答えた美神だが、内心では、

(それは死霊使いネクロマンサーのためのもの。
 私たちはね、
 あなたが『死霊使い』の能力を発揮するのを
 一度見ているのよ)

 と補足していた。
 幽霊時代のおキヌは、霊的アンテナ目がけて集まってくる悪霊たちを、言葉で説得して追い払ったことがある(第三話「おキヌの決意」参照)。それを目撃した美神は、

「幽霊だから、幽霊の気持ちがわかるのね。
 それも、相手を説得しちゃうくらい・・・」

 と思ったものだが、あの相手は、話の通じる浮遊霊などではない。悪霊だったのだ。
 あとから考えてみると、あれはネクロマンサー能力なのだ。
 だから、おキヌの記憶が戻った場合に備えて、オカルトショップの厄珍堂から、この笛を借り出していたのだった。おキヌが事務所に復帰したら試しに使わせてみようと思ったのである。

(ここまで持ってくる理由はなかったけど・・・。
 虫の知らせだったのかしら・・・?)

 美神は、笛を手にしたおキヌを見つめた。
 幽霊時代のことを伝えたほうが、うまく使える可能性は高いだろう。だが、この場に至っても、美神としては、失われた記憶を言葉で伝えてしまうことに抵抗があった。

(おねがい、おキヌちゃん・・・)

 美神が見守る中、おキヌが、ネクロマンサーの笛に口を付けた。


___________


(もしかして・・・。
 これも、あのヌイグルミやドレスのように、
 記憶をなくす前に使っていたものなのかな!?)

 奇妙な形状の笛であるが、なぜか、見覚えがあるような気がした。
 おキヌは、愛着をこめて、笛にソッと息を流し込む。
 だが・・・。
 何も音は出ない。

(・・・えっ!?)

 動揺するおキヌだったが、霊団は、かなり近くまで迫ってきていた。

『ヨコセ・・・!!』
『ソノカラダ・・・!!
 生キ返リタイー!!』
『死ニタクナイ・・・!!
 生キテイタカッター』
『怖い・・・怖いよ・・・』
『誰か・・・誰か助けてー』
『ヨコセ・・・ヨコセ・・・』
『苦しい・・・苦しい・・・』
『私はまだ死んじゃいない・・・!!』

 悪霊たちの気持ちが聞こえてくるくらいだ。
 美神は『無数の霊が集まって一つの意志を持っている』と言っていたが、こうして聞いてみると、いくつもの気持ちがあるようだった。

「このひとたち・・・
 かわいそう・・・」

 襲われている立場でありながら、おキヌは、悪霊たちに同情してしまう。

(死にたくないよね・・・
 生きてるってあんなに素敵なことなんだもの・・・
 誰も好きで死んだりしないよね・・・)

 おキヌは、無意識のうちに、再び笛を口にしていた。

(つらかったでしょう?
 苦しかったでしょう?
 私にはよくわかるよ)

 ネクロマンサーの笛から、音が出始めた。
 しかし、それに気づかないくらい一心不乱に、おキヌは霊団に呼びかけていた。


___________


「音が出てる・・・?
 やっぱり、おキヌちゃん・・・」

 美神が気づいたが、それは、まだ悪霊たちをコントロールするには不十分だった。

『ガ・・・ガアアアッ。
 ヤメロオォオオオッ!!』

 苦しむ霊団が、結界に体当たりしてくる。そして、

「結界破られたーッ!!」

 防ぐものがなくなって、真っ先に逃げ出したのは横島だ。
 だが、おキヌを守ろうという気持ちはあるようで、彼女の手をとって、いっしょに走っている。
 その後ろから、

「こらー!! 横島ー!!
 私にこんなことさせるなー!!」

 美神も彼を追う。しかも、シロだけ車に残していくわけにも行かないので、彼女を抱きかかえて走っている。

「こういうのは、あんたの役目だー!!」
「ごめんなさーい!!」

 美神の声に含まれる怒気を感じとった横島は、

「もーだめだー!!
 チクショー!!」

 霊団と美神の両方から逃げることになってしまった。
 おキヌは、そこまで理解していないので、

「ごめんなさい、横島さん・・・
 もう・・・いいです。
 守ってくれて嬉しかった・・・!
 でも・・・
 このひとたちの辛さがわかるから・・・
 もう・・・」

 と、悪霊の件を謝罪する。そこへ、

「こらー!!
 こっちも何とかしろー!!」

 美神も横島へ声をとばした。シロを抱えて速く走れない美神は、霊団に追いつかれてしまったのだ。

「・・・ああ、もう!!
 おキヌちゃんも美神さんも、俺が・・・!!」

 横島が、ハンズ・オブ・グローリーを発現させて、霊団に突撃していった。
 だが、最初におキヌをひろった際には末端部を切ることが出来たのに、

「な・・・手応えが・・・!?」

 中心部には埋もれてしまうだけだった。
 実際は切れているのかもしれないが、中心へ向かって後から後から再生する以上、役に立たないのだ。

『邪魔ヲスルナ・・・!!』
『オマエカラ殺ス・・・!!』

 悪霊たちが、横島に襲いかかる。おかげで、

「ナイス、横島クン!!」

 美神はシロを抱えたまま脱出することができたが、これでは、横島の身が危険だ。

「やめて!!
 その人は私の大事な旦那さま・・・」

 思わず叫んだおキヌだったが、

(大事な旦那さま・・・!?
 違う、あの夢はそういう意味じゃない!!
 大事な・・・何・・・!?
 何か・・・何か思い出しそう・・・!!)

 と考えながら、無意識のうちに再び笛を吹き始めた。

(そんなことしたって
 苦しいのは終わらないよ・・・!
 あなたたちの気持ちはわかるわ。
 だって・・・
 だって私・・・)

 ここで、おキヌがハッとする。

(私・・・
 幽霊だったから・・・!!)

 その瞬間、笛の音色が変わった。

「お・・・音が霊波に変換されてく・・・!?」

 美神は、その現象を的確に認識していた。
 彼女が見守る中、

「もう・・・やめよう。
 ね? みんなお帰り・・・!」
『ギャアアアアァ!!』

 おキヌの言葉を合図にするかのように、悪霊たちが飛び散って、空へと消えていく。
 今、霊団は、完全に消滅したのだった。

「大丈夫!?
 おキヌちゃん!!」
「美神さん・・・!
 私・・・おぼえてます!!
 全部思い出しました・・・!!」

 おキヌは、幽霊だったときのことを完全に思い出したのだ。
 美神や横島たちと過ごした幽霊時代、それ以上でもそれ以下でもなく、その全てを。

「ただいま・・・!!
 美神さん・・・!!
 横島さん・・・!!」

 二人に駆け寄ったおキヌは、美神がシロを抱えていたせいもあって、横島の胸の中に飛び込んだ。
 まだ暗いので分からなかったが、今、彼らが立っている場所は・・・。
 奇しくも、おキヌと横島が始めて出会ったところだった。


___________


 美神たちは、今、車で氷室家に向かっている。
 記憶を取り戻したおキヌの今後はともかくとして、今日のところは、無事に養父母のもとへ届ける必要があった。
 運転するのは美神であるが、前輪の一つがスペアタイアなので、いつも以上に慎重なドライビングだ。
 助手席には横島が座り、おキヌは、まだ眠っているシロとともに後部座席にいた。

(横島さんは・・・大切なお友だち。
 旦那さまではなかったのね・・・)

 記憶を取り戻した今では、横島との関係も正しく理解していた。それでも、

(アパートに行って、お掃除やお洗濯。
 料理を作ることもあって・・・。
 ふふふ・・・。
 『お嫁さん』として考えていたこと、
 けっこう実際にやってたのね・・・!!)

 と考えると、自然に笑顔になる。
 気になっていたドレスについても、小鳩がらみの結婚ゴッコで使われたものだと思い出した。だが、当時のことを思い浮かべると、少しだけイタズラ心も出てきてしまう。
 後ろから身を乗り出して、前の二人に声をかけてみる。

「美神さん!!
 私と美神さんって・・・。
 横島さんと結婚したんですよね!?」

 これを聞いて、横島はブッと吹き出した。
 美神もハンドル操作を誤り、事故になる前に慌ててブレーキを踏んだ。

「・・・おキヌちゃん!?
 ちゃんと思い出したのよね?」
「断片的にゴチャゴチャになってるのでは・・・!?」

 二人が後部座席を振り返るが、おキヌは手を振って否定した。

「・・・わかってます、
 あくまで『ゴッコ』でしたね!」
 
 そう言いながら横島に微笑むおキヌは、彼との色々な思い出を頭に浮かべた。そして、

(ウエディングドレスはニセモノ。
 でも・・・ヌイグルミは本物!)

 と、自分の宝物を心の中で確認するのだった。


(第二十六話「月の女王に導かれ」に続く)

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第二十六話 月の女王に導かれへ進む



____
第二十六話 月の女王に導かれ

『宇宙・・・。
 それは、人類に残された最後の開拓地である。
 そこには、人類の想像を絶する美しい女性、きれいなネーチャンが待ち受けているに違いない。
 これは、人類最初の試みとして五年間の調査飛行に飛び立った、GS見習い横島忠夫の、脅威に満ちた物語である。

 ワー♪ ワー♪ ワ、ワ・ワ・ワ・ワー♪

 と、ここでテーマ音楽が・・・』

「・・・って、大嘘なナレーション入れるな!!」
「だってー!!
 こうやって無理にでも気合い入れてかないと・・・!!
 カオスと某国の合作ロケットで月旅行っスよ!?
 死んじゃいますよー!!」
「・・・拙者、五年も行くつもりないでござるよ」

 美神と横島とシロが騒いでいるが、それでも三人とも、キチンと座っていた。ベルトでシートに固定されているのだ。
 五年間の調査飛行というのは、もちろん横島の虚言であった。だが、確かに彼らは宇宙船の中にいる。服装も、ヘルメットに宇宙服という典型的なスタイルだ。

「こちら・マリア!
 接続チェック・良好!!
 カウントダウン・よろしいですか?」

 アンドロイドであるマリアは、コンピューター制御を助けていた。彼女は、ロケット内ではあるが、美神たちとは離れている。今は宇宙船内部だが、ブースターから切り離された後は司令船の外壁となる部分、そこに設置されていた。

「いつでもいいわよ!!」

 彼らは、今、月へ向かって飛び立つところだった。




    第二十六話 月の女王に導かれ




 月。
 それは、遥か昔から地球のあらゆるものに強い影響を与えてきた巨大な魔力の源である。
 しかし、地理的にはあまりに遠距離なので、魔族も神族も手を出せない中立地帯だった。
 そこへ、アシュタロスの配下のものが侵入した。
 月の魔力を地球に持ち帰り、それを使って魔族を制圧、そして神族と人間を抹殺する。これが彼らの目的だと、神族・魔族の上層部は認識していた。
 だが、魔族上層部としては何も出来ない。この事件をきっかけとして魔族武闘派が暴走する可能性がある以上、和平派が正面きって対立したら、それこそ内乱になってしまうのだ。
 一方、神族としても、魔族の一大勢力と直接対決は出来なかった。魔族と神族の全面戦争をスタートさせる口実となるからだ。
 そこで両陣営上層部が考えたのが、アシュタロス一派と関わってきた人間たちを利用することだった。人間のGSたちは、神族の助けを得たとはいえ、これまでもアシュタロスの計画を退けてきた。その力は、神魔族も認めていたのだ。
 侵略を受けた『月』側の要請で『人間』が連中を始末する。
 これが、神魔上層部によって作られたシナリオだった。
 さいわい、対象となる人間のもとには、人狼の少女が保護されている。
 人狼の開祖となる狼は、月と狩りの女神アルテミスの従者であった。そのため、人狼は月に支配される。これは有名な話なので、『人狼を介して』ということで、より自然なシナリオとなったのだ。

『私は・・・
 月世界の女王、迦具夜・・・。
 侵略者は凶暴で強力です。
 我々の主権を犯し、無法を続けており
 手がつけられません。
 一刻も早い救援を要請します。
 私は・・・
 月世界の女王、迦具夜・・・』

 まつげ美人である月の女王のメッセージと、大量の金塊を携えて。
 小竜姫・ヒャクメ・ワルキューレ・ジークフリードといった面識ある神魔が、美神たちと秘密裏に接触。
 計画どおりに、事態は進んでいるのだった。


___________


(横島さん・・・気をつけて!!)

 と願っている少女は、氷室キヌ、通称おキヌである。
 彼女は今、某国『星の町』の宇宙管制センターの中にいる。
 おキヌは、幽霊時代の記憶を取り戻して以来、美神の事務所に下宿していた。
 彼女の霊体が不安定である以上、再び悪霊に襲われるかもしれない。その可能性を、養父母が心配したからだ。
 また、彼女自身にGSを目指す気持ちもあり、それを受けて、美神はおキヌを特別な高校へ転入させていた。
 冥子の母親が理事をしている、六道女学院。そこに霊能科があることは、情報に疎い横島でさえ知っているほど有名だった。霊能界のエリート養成所であり、GS試験合格者の三割を輩出している高校だ。
 だが、おキヌは、今日は学校を休んでここへ来ていた。月へは行かないわけだが、地上からサポートすることも、美神除霊事務所の一員として大事な任務だからだ。
 服装も、巫女姿でもなければ高校の制服でもない。半袖シャツにキュロットスカートという爽やかな私服だった。

(やっぱり、このモニターは・・・) 

 おキヌは、ロケットを映し出したモニターを見ながら、画面の内容ではなく、外枠のモニターそのものに注意を向けていた。
 それは、初めて見るものではなかったのだ。おキヌが予知した未来の映像の中に出てきたものと同じだった。
 おキヌは、幽霊として美神のところにやってきた当初、未来を予見することが何度かあった。特に、確定した未来ではなく回避し得る未来を予知したため、除霊仕事の中でも重宝がられていた(第二話「巫女の神託」参照)。
 いつのまにか、その能力も発揮されなくなっていたのだが・・・。
 美神たちが月に行くと聞いて心配していた先日、ひとつの絵が頭に浮かんできたのだった。
 それは、モニターいっぱいに映し出された横島とメドーサの姿。そこで、二人はディープキスをしていたのだ!

(でも、そんなのイヤ・・・)

 おキヌ自身のささやかな好意は別にしても、彼女は、横島には恋人を作って欲しくなかった。恋人が出来たら横島は不幸になると思っていたからだ(第三話「おキヌの決意」参照)。
 まさかメドーサと横島が恋愛関係になるとは思えないが、横島を完全に信じきれるわけでもなかった。人間になったおキヌは、幽霊だった頃以上に『スケベ』の意味を理解していたのだ。

(美神さん・・・。
 横島さんをお願いします!!)

 おキヌは、この未来予知の詳細を、美神にだけソッと教えていた。
 敵がメドーサであるらしいというのは、遥か遠い戦地へ赴く美神たちにとって、重要な情報となるからだ。
 しかし、この件を横島自身が知ったらどうなるだろうか。刺激されて霊能力はアップするかもしれないが、当面の敵とのキスというのは、微妙だった。
 敵の女性魔族との濃厚なキス。それを避けたいと思うか、あるいは、敵であれキスしたいと思うか?
 美神もおキヌも、これが横島の戦いに悪影響を与える可能性を心配した。そして、横島を慕っているらしいシロにも、秘密にしておく方が無難だと考えた。キスの件は、グループのリーダーである美神の胸のうちに留めておけばよい。
 したがって、他の皆には、月にはメドーサが待っているという内容だけ報告していた。

(横島さん・・・
 信じてますから・・・)

 今、ここ管制センターには、おキヌ以外にも、何人か美神の知りあいが待機している。
 小竜姫、ヒャクメ、ワルキューレ、ジークフリード、そして、ドクター・カオス。
 ちなみに、雪之丞はいない。おキヌの復帰後、一度は事務所に顔を出した彼だったが、またどこかへ行ってしまっていた。

「おおっ!?」
「ちゃんと飛んだ!?」

 今まさに飛び立ったロケットを見ながら、カオスとこの国の関係者が、物騒なことを言っている。とても制作側の言葉ではない。

「ちゃ・・・ちゃんと?」

 おキヌの表情が変わるが、その傍らで、

『気をつけて、美神さん・・・!』
『あいつらならうまくやるさ・・・!』

 と、神さまや悪魔が、優しい言葉を発していた。


___________


『私は・・・
 月神族の女王、迦具夜姫・・・!
 三度目の退去を命じます!!
 立ち去りなさいっ!!』

 立体映像なのだろうか。供も警護もつけずに、女王の姿が月面に現れた。

『またか・・・!
 こりない奴らだねえ!』

 異様な構造物の上に立つ侵略者に対して、

『お行き・・・!
 月警官たち!!』

 女王は、配下の者たちを出現させて、差し向けた。
 しかし、侵略者は、

『月は巨大な魔力のかたまり・・・。
 このほしでは空気のかわりに
 濃密な魔力が満ちあふれている・・・!
 私たちは今までこの100分の一以下の
 魔力濃度でくらしてたんだよ。
 つまり・・・』

 と説明までした上で、冷静に迎え撃った。

『あんたたちとは
 きたえ方がちがうんだよッ!!』

 月警官たちをアッサリと倒してしまう侵略者。それはメドーサだった。

『く・・・』

 なす術もなく、女王はフッと姿を消した。
 そこへ、

『メドーサ!!
 どうした!?』

 遅れて加勢に駆けつけたのはベルゼブルだ。

『ただのイヤガラセだよ!
 連中にはそれしかできないからね!』
『しかし急いだ方がいいぞ。
 俺たちゃ失点が続いてるんだ。
 あまり遅れるともう後がないからな』
『言うな!!
 ここへよこされた時から
 それを考えたことがないと思うかい!?
 二度とお言いでないよ!』

 メドーサの額に青筋が浮かぶ。
 さも私は状況把握してますと言わんばかりの顔をするベルゼブルに、腹が立ったのだ。
 ワザワザ口にするということは、メドーサが気づいていないとでも思ったのだろうか。こんな馬鹿と組まされたかと思うと、それこそ後がないとメドーサは感じるのであった。

『アンテナは微調整にもう少し時間がかかる。
 なにせこの距離から
 特定のポイントに霊波を発信するんだ。
 ほんの少しずれても
 アシュタロス様には届かないからね』

 メドーサたちの前には、巨大なアンテナを中心とする物体があった。
 アンテナの鏡面こそ無機的であるが、それを支える構造物は、どこか有機的でもある。
 その横には、メドーサの指示で、ひっそりと調整作業を行う者がいた。

『・・・あたしゃ今回こんな役かい?』

 グーラーである。だが、彼女のつぶやきなど聞こえないようで、メドーサはベルゼブルと会話を続けていた。

『月の連中もどうせ、もう
 地球の連中と通じててわかってるんだろう。
 時間をひきのばそうとしてるんだ』
『ひきのばす・・・
 ってことは・・・』
『ああ、ジャマ者がほかにも来るってことさ』

 さすがのベルゼブルでも理解したらしい。メドーサがニヤリと笑ってみせる。

『美神や横島につけといた監視から
 連絡がないんだろう?』

 今回の作戦にあたって、一匹のベルゼブル・クローンを美神の事務所に張りつけておいた。それで美神たちの動向は十分把握出来るはずだったのだが、いつのまにか音信が途絶えている。やられてしまったとしか思えなかった。

『今回はからかうのも戦術撤退もなしだ!
 来たら決着つけてやる・・・!!
 人間め・・・人間の小娘に小僧め!!』

 そらに向かって叫ぶメドーサに目をやって、

(『決着』か・・・。
 横島のボウヤは助けてやりたいんだがねえ)

 と考えてしまうグーラー。
 彼女としては、危ないところを横島に助けられた経験があるだけに(第十四話「復活のおひめさま」参照)、複雑な心境になるのだった。


___________


『ほう、ホントに来たようだな』

 ベルゼブルは、メドーサの言葉を信じて、宇宙空間で待ち構える役に回っていた。
 そんな彼の視界に入ってきたのが、月へ向かって一直線に進む物体だった。

『やはり人間はバカだな。
 あれでは着陸できんぞ。
 特攻するつもりか・・・!?』

 ベルゼブルとて、地球から月へは宇宙船で来ていた。だから、目の前の飛行物体の動きに無理があることはよく分かった。それは、まるで・・・!?

『ありゃあロケットじゃねえぞ!?
 ミサイルじゃねえか!!』

 これは大変である。大事なアンテナを破壊されてはたまらない。

『ミサイルをうってきたということは・・・』

 ベルゼブルは、ミサイルに向かって突進、それを捕獲した。
 推進力に逆らって反転させ、ミサイルが来た方向へ、抱えて運んでいく。

『やっぱり、いやがった!!』

 宇宙船が見えてきた。形状から判断して、今度は、間違いなく宇宙船だろう。
 それに対して、

『バカめ!
 周回軌道で誰も警戒してないと思ってたのか!?
 どりゃっ!!』

 ベルゼブルは、ミサイルを投げつける。
 そして・・・。 
 
 カッ!!

 光とともに、彼の予想を上回る大爆発が生じたのだった。


___________


「全力噴射でよけたのはいいけど
 軌道をはずれた・・・!!
 落下がとまらないわ!
 逆噴射で修正して!!」

 さいわい、ミサイルは宇宙船に直撃していなかった。
 美神がテキパキと指示を出すが、

「インポッシブル!
 衝撃波で・バルブ2箇所が・故障中!!」

 と、マリアの返答は非情だ。

「拙者には、よくわからんでござるが・・・」
「あんたがあんなもん持ってくるからっ・・・!」

 状況がわからぬシロの隣では、横島が必要以上に慌てて、美神に食って掛かっていた。
 先ほどのミサイルは、美神が『安いから』という理由で購入してきた核兵器だったのだ。

「放射能は!?」
「放射能って何でござる・・・?」
「宇宙空間ではもともと
 太陽からの放射能をモロにあびるのよ!
 対策としてシールドしてあるから
 心配いらないわ!」

 美神が説明しても、横島の不安はおさまらない。彼は、もう一度念を押す。

「そ・・・それじゃ俺たち、
 緑色の泡になって消滅する心配ないんですね!?」
「なんと!
 そんな危険なモノとは!!」
「・・・あんた放射能を何だと思ってるのよ。
 バカなこと言うとシロが信じちゃうでしょ!?」

 こんな会話が船内で交わされている間も、アンドロイドのマリアは的確に仕事をこなしていた。
 マリアは、美神たちの宇宙服とも違う特製スーツに包まれて、外壁部に設置されている。彼女は、スーツの一部を開けて、ロケットアームを発射した。
 それと本体をつなぐケーブルが長々と伸びていく。位置エネルギーを確保するための目標へ向けて・・・。


___________


『ぐははははッ!!
 たわいもない!
 宇宙のチリに・・・』

 と勝ち誇っていたベルゼブルだったが、

『なに!?』

 突然飛んできた『手』につかまれてしまった。

『や・・・やめ・・・!!
 重いっ!!
 ひーっ!?』

 それは宇宙船とつながっているようで、その落下に引っ張られてしまう。

(俺を道連れにするつもりか!?)

 とも思ったベルゼブルだったが、気が付くと、ロケットの降下は止まっていた。
 どうやら、これが目的だったらしい。

『おのれッ!!
 分裂ッ!!』

 その『手』から逃れるために、小さなクローンの集団に体を変化させる。
 これに対応して、宇宙船のハッチが開いた。ライフルを構えた人間が出てきている。

(あれは・・・美神令子!!)

 かつてクローンの一匹を悪運だけで倒してしまった女である。
 今は、何か言いながら射ってきているが、

『当たるかよッ!!』

 こちらの的は小さいし、十分距離もあるのだ。
 回避も容易だった。


___________


 小蠅の大群に変わったベルゼブルを見て、美神は、魔族のライフルを使ってみた。
 
「まあ、こんなもんでしょうね」

 全くの外れだったが、落胆の色もない。

「・・・ならば、これはどう?」

 彼女は宇宙船内に引っ込み、作戦を告げてからシロを押し出した。

「・・・本当に大丈夫でござるか?」
「いいから!!
 ・・・やんなさい!!」

 シロは、美神の剣幕に押されて、恐る恐るヘルメットを脱いだ。
 美神の説明によれば、竜神の篭手やヘアバンドをつけているために、真空宇宙に直接さらされても平気なのだそうだ。装備からくる竜気のためなのだが、そこまでシロは理解していなかった。

(では、次は・・・)

 シロの不安は、もう一つあった。今からやろうとしている技は、迂闊に使えないものなのだ。
 かつては得意げにうちまくっていたが、状況も考えずに使用して後で美神に叱られたのは、記憶に新しい。
 しかし、その美神がGOサインを出しているのだ。やるしかなかった。

「いくでござるよ・・・!!」

 シロが大きく口を開く。そこに、彼女の全霊力が光となって集まった。


___________


『バカの一つ覚えだな・・・!!』

 ベルゼブルには、敵の意図など丸分かりだった。
 霊波のバズーカ砲だ。妙神山では、これでクローンの大群を一掃されたのだ。
 あの時はナメてかかったから全滅したが、今回は違う。通常の霊波砲とは違って範囲が広いことも、既に理解している。しかし、それは『広い』とはいえ、無限ではない。あらかじめ把握していれば、逃げきれるのだ。

「ウォオーン!!」

 ベルゼブルの思っていたとおり、人狼の口から強大なエネルギー波が飛び出してきた。
 だが、予想と違う点もあった。

『は・・・話が違う!?』

 向かってくる光の塊は、想定以上に大きかった。もちろん宇宙全体を覆っているわけではないが、それでも、とても逃げられるものではなかった。なにしろ、迫り来るスピードも、計算していたより速かったのだ。

『ちくしょう・・・!!』

 精一杯、逃走を試みた。だが、とても間に合わない。
 
『ギャアアアアッ!!』

 こうして、ベルゼブルは、再びシロ・メガ・キャノン砲の餌食となったのである。


___________


「す・・・凄いでござる!!」

 この成果には、発射したシロ自身が驚いていた。

「拙者・・・
 いつのまにパワーアップしたでござるか!?」
「美神さん・・・知ってたんスか!?」

 二人の質問に、美神が微笑みながら答える。

「・・・まあね。
 だって、シロは人狼よ!?
 月齢に応じてその力が変わるくらいなんだから、
 実際に月に来てしまえば、
 人狼のパワーが最大になるのは当然だわ!!」

 まだ厳密には月に着陸したわけではないが、もう月面も間近だ。
 シロのパワーアップは、美神にとっては自明の理であった。

「・・・たぶん、霊力欠乏による睡眠も
 短くてすむんじゃないかしら?
 まあ、とりあえず今は寝ときなさい」

 美神は、ポンとシロの頭を軽く叩いてから、シートに座らせた。


___________


『!!』

 メドーサがハッとしている。

『やられたか・・・!
 あれほど奴らをあなどるなと言ったのに・・・。
 クズめ・・・!!』

 どうやら、ベルゼブルが消失したらしい。
 それを眺めたグーラーは、考え込んでしまう。

(今回のミッションも失敗するようだね・・・。
 これであたしも解放されるかな?
 それとも・・・
 オネエサンといっしょに始末されちゃう!?)

 食人鬼女とも呼ばれるグーラーだが、由来をたどればアラビアの精霊ジンである。
 それが、こうしてアシュタロスの配下として活動しているのは、そもそも、悪い人間たちに捕まったからであった。
 彼ら南部グループは心霊兵器の開発を試みており、グーラーも兵器にされるところだった。すでに何かの呪法をかけられ、まだ意志こそコントロールされてなかったものの、力そのものは抑えられていた。
 そこへ、メドーサがあらわれた。彼女は、アシュタロスの命令で、南武グループと接触していたのだった。だが、個人的な配下を欲したために、グーラーを『借り出す』という形で奪っていったのである。
 ・・・こうして説明すると、まるで、どこぞの秘密結社からギリギリで助け出された正義の改造人間の物語のようにも聞こえる。だが、残念ながら、グーラーを助け出したのは『正義』の側ではなかった。
 そもそも、メドーサが南武グループを訪れていたのは、彼らに心霊兵器の材料を提供し、逆に科学技術を教わるという目的だった。どう見ても悪役側である。
 こうして今に至ったグーラーは、

(失敗の責任とらされて、
 大物魔族に処分される・・・。
 ま、こんな生活続けるくらいなら
 それもアリかな・・・)

 とまで思ってしまうのであった。
 強いものに従うという本能だけで、メドーサの言うことを聞いているのだ。決してアシュタロス一派の主義主張に賛同しているわけではない。そもそも彼らに主義主張と呼べるほどのものはなく、単に支配欲だけなのだろうと彼女は考えていた。
 グーラーとしては、メドーサのもとを離れたいのは確かだが、だからといって南部グループに返却されるのも御免だ。
 実は、南部グループの心霊兵器開発機関は、少し前に美神たちに叩きつぶされている。だが、グーラーはそれを知らなかった。


___________


 メドーサの近くで、わずかの間、物思いにふけってしまったグーラーだが、

『ヒドラ! グーラー!
 しばらく私がここを離れても大丈夫か?』

 と声をかけられて、とりあえず返事をする。

『あいよ!!』
『グ・・・グルルルル・・・』

 彼女の後ろでは、アンテナ構造物もメドーサに応答していた。

『アンテナ形態が完成するまで・・・』

 さらにメドーサは何か質問しかけたのだが、途中で口を閉じた。
 彼らの前に、轟音とともに落ちてくる物があったのだ。司令船から切り離された美神たちの着陸艇である。
 それは、着陸というよりも落下といったほうが相応しい速度だった。しかし、それ自体も乗員も無事のようだ。美神と横島などは、船内ではなく、すでに上部ハッチの外につかまっている。
 後ろに横島を従えた美神は、

「メドーサ!!
 極楽へ・・・行かせてやるわっ!!」

 と言いながら、ライフルを放った。

『極楽か・・・!
 ぞっとしないね!』

 軽口を返しながら、サッと攻撃をかわすメドーサ。
 彼らの戦いが始まった。


___________


『オネエサン・・・!!』

 グーラーの目の前で、メドーサ、そして、対峙していた美神の姿が消えた。
 横島も、

「グーラー・・・」

 とつぶやきながら一瞥した後、見えなくなった。

(超加速・・・か)

 もちろんグーラーは、メドーサのこの能力を知っている。人間たちまで使えるとは驚きだったが、こうなっては、自分は手が出せない。

(まあ・・・いいか。
 どうせ一瞬で終わるんだろうし、
 その間あたしゃ休ませてもらうよ)

 と考えたグーラーだったが、そうはいかなかった。
 宇宙船の中から、さらに人影が現れたのだ。
 ヨロヨロとした足取りで、ゆっくりとこちらへ向かってくる。なんだか瞼も重そうだ。真空状態の月面なのに、宇宙服は着ているものの、ヘルメットをかぶっていなかった。
 
(寝ぼけているようだねえ・・・。
 ベルゼブルとの戦いで疲れきってるのかい?
 それなら、眠っとけばいいのに・・・)

 とグーラーは思うのだが、相手は、やる気十分のようだ。

「拙者の名前は犬塚シロ。
 横島先生の一番弟子でござる!!」

 と言って、神剣を構えていた。

(ふーん。
 あのボウヤの弟子か・・・。
 ああ、この子が例の人狼の娘だね!?)

 メドーサのグループは、美神の事務所につけていた監視のベルゼブル・クローンを通して、ある程度の情報は手にしていた。
 だからグーラーも知っていたのだ。美神たちの一団に、いつのまにか人狼の少女が加わっていたことを。
 しかも、その人狼が妙神山でベルゼブルに大打撃を与えたとも聞いていた。

(・・・眠たそうな奴だけど、
 油断は出来ないねえ)

 人狼の少女は、閉じかかった眼でグーラーを睨んでいた。

「・・・おまえのことは聞いているでござるよ。
 先生をたぶらかす女悪魔め!!
 拙者が成敗いたす!!」
『おやおや・・・。
 そんなふうに思われてるのかい!?
 いいさ、遊んであげるよ』

 しかし、この二人のバトルが始まることはなかった。
 突然、シロの目の前にメドーサが現れたのだ。
 そして、そのメドーサの腹には、風穴が空いていた。


___________


 美神たち人間が超加速を使えたのは、借りてきた竜神の装備の恩恵である。しかし、本来の能力ではないため、全く慣れていなかった。銃弾が通常速度になることも知らずに、ライフルを使ってしまったくらいだ。加速空間の中で、弾丸はノロノロと進んでいく。
 一方、最初は有利だったメドーサであるが、それも長くは続かなかった。彼女は、美神と横島の罠にはまって文珠で束縛されてしまったのだ。
 魔力で強引に文珠の支配自体は打ち破ったのだが、その直後。
 美神が最初に撃ったライフルの弾丸が、すっかり存在を忘れられていたそれが、メドーサの腹を貫いてしまう。
 こうなっては、もはや人間と戦うどころではない。いかに生き延びるか、ただそれだけだった。


___________


 月面の様子は、マリアによって、映像として地球へも送られていた。
 だが、超加速に入ってしまった者たちは、速すぎて普通の画像には入らない。だから今までは、管制センターのモニターには、シロとグーラーしか映し出されていなかった。
 しかも、二人はまだ戦闘を始めていない状態だったのだが、ここで、

「加速状態の・終了を・感知!」

 美神、横島、メドーサも画面にあらわれたのだ。
 メドーサの出現地点がシロの近くだったこともあって、マリアは映像の焦点をそちらに合わせ、同時にズームもアップする。
 大画面いっぱいに映されたシロとメドーサ。
 そこでは・・・。

 ぶぢゅーっ!!

 シロがメドーサに唇を奪われていた。

『な・・・』
「いつのまに仲良くなってしまったんじゃ?」

 地球で見守る皆が目を丸くする中で、

(横島さんじゃなくてよかった・・・!!
 ごめんね、シロちゃん)

 おキヌだけは、その表情とは裏腹に、ホッとしていたのであった。


___________


『フ・・・。
 こんな・・・ところで・・・
 終わるものか・・・!!』

 シロの口を離したメドーサは、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
 一方、シロは、驚きのあまり言葉もなく立ちすくんでいた。
 慌ただしかったのは、むしろ周囲の方だ。

「メ・・・メドーサ・・・!!
 おまえ・・・
 レズだったんかーッ!?」
「冗談言ってる場合かッ!!」

 駆け寄った横島が騒ぎ立てるが、後ろから美神にはり倒されてしまう。

「なんともないの!?
 毒か呪いじゃ・・・」

 美神はシロを心配したが、

「あの女、舌を入れたでござるよーッ!!
 拙者のファーストキスがヘビ女・・・!!
 わあーん・・・!!
 先生、口直しをお願いするでござる・・・」

 どうやら大丈夫のようだ。
 横島に飛びつくシロを、

「おまえも黙れ!!」
 
 と、横島扱いで叩いてしまう美神であった。
 そんな三人の傍らで・・・。

 ボフッ!
 シュバアァアッ!!

 メドーサの体は、服や装備だけを残して、煙となって消えてしまった。

「完全に死んだ・・・と思うけど」

 と、確かめるようにつぶやいた美神は、視線をグーラーへと切りかえる。

「もうメドーサも消滅したわ!!
 降伏しなさい、グーラー!!」

 美神に宣告されたグーラーだったが、すぐには返事が出来なかった。
 まずメドーサの抜け殻を、それから、キスされたシロを観察する。

(いや・・・!!
 まだだよ・・・)

 さらに横島を見てから、最後に、アンテナ状構造物に目を向けた。
 つられて美神たち三人がそちらを注視する間に、

『真上と真下・・・フフフ、もろいものよのう』

 とだけ言い残して、グーラーは逃げていった。


___________


『美神さん!!
 そこから離れて!!』

 問題のアンテナを取り囲んだ美神たちだったが、そこへ、地球のヒャクメから通信が入った。
 彼女は、自慢の感覚器官で見抜いたことを慌てて連絡したのだが・・・。
 少し遅かったらしい。

『警備要員ノ消失ヲ感知!
 コンディションレッド!!
 自己防衛プログラム作動!!
 オマエタチヲ・・・排除スル・・・!!』

 アンテナ構造体の壁面が、強烈な光を発し始めた。
 少し前にメドーサから『ヒドラ』と呼びかけられていたように、この構造物自体が強力な魔物なのだ。
 ヒドラの側面から爪付きのアームが伸びて、ビームを放つ。
 かろうじて最初の一撃を避けた美神たちは、

「ヤバ・・・!
 文珠で結界を!!」
「は・・・はひっ!!」

 文珠に『防』と入れて、即席のバリアを張った。
 
(ミスったわね・・・。
 こんなのが残ってるんなら
 シロは着陸船で休ませとくべきだったわ!!)

 美神が小さく後悔する。
 今のシロは、もう眠たそうには見えなかった。だが、全霊力をこめたキャノンを使ってから、まだ、あまり時間は経っていないのだ。いくら月面まで来た人狼とはいえ、完全には回復していないだろう。その上、メドーサのキスで何か悪さをされた可能性もあった。

「マリア!!
 一時離脱するわ!
 回収用意!!」

 月軌道上で待機する司令船へ連絡を入れる。しかし、

『上空ニ敵影確認!!』

 ヒドラのビームが、それを射抜いた。
 美神たちの肉眼で司令船そのものを捉えることは出来ないのだが、

「え・・・マリア!?」

 そら高くでパアッと火花が散るのは、ハッキリと見えた。


___________


 ガシュッ! ガシュッ! ガガッ!!

 ヒドラは、複数のアームを直接ぶつけて、美神たちの結界を壊そうとしていた。

「もう限界でござるよ」
「また文珠で結界っスか!?」
「・・・でも、次が最後の文珠なのよね?」

 現在の結界を形成している文珠には、ヒビが入り始めていた。
 保管してあった文珠は全て持ってきたのだが、メドーサとの戦闘でも使っているので、もはや未使用の文珠は一個しか残っていない。
 今のが壊れ次第、最後の文珠で新しい結界を張る。それは、確かに可能だ。だが、この様子では、文珠による結界も、少々の時間稼ぎにしかならないだろう。
 それに、ラスト一個をここで使ってしまっていいものだろうか?
 肝心のアンテナ破壊や地球への帰還にも必要なのではないだろうか?
 ・・・しかし、今を乗り切らなければ、この先なんてないのである。

(別のアイデアが浮かばなかったら、
 また『防』しかないわね・・・。
 後で必要だとしても・・・
 もしもの場合、私が一肌脱げばいいわ。
 それでコイツの霊力は上がるだろうし・・・)

 抱きしめて霊力を高めたことも思い出したが(第二十四話「前世の私にさようなら」参照)、今は、顔を赤らめる暇すらなかった。
 そう決心して、

「横島クン!!
 その文珠で・・・」

 と美神が言いかけた時、ついに結界が破られる。
 しかし、横島が最後の文珠を発動させることはなかった。救助の手が差し伸べられたのも同時だったからだ。

「マリア・・・!!」

 救いの女神は、マリアだった。
 彼女は、接続コードを引きちぎって、司令船の爆発から脱出していたのだ。
 全身をスッポリと包んでいたスーツも失っているが、それでも、人間の宇宙服と似た格好になっている。
 マリアは、ヒドラの攻撃をかわして、三人を抱き上げた。だが、

「逃げきれる、マリア!?」

 美神が心配するとおり、迫り来るアームやビームを回避し続けるのは、難しそうだ。
 なにしろ、腕が二本しかないマリアが、三人抱えて飛んでいるのだ。明らかに無理な姿勢だった。
 誰が見ても同じように思えたらしく、美神たちに、早くも別の助けが差し出された。

『この中へ!! 早く!』

 という声とともに、突然、美神たちの前方の空間に穴があいたのだ。

「こ・・・ここは・・・!?」

 彼らが飛び込むと同時に、穴は閉じた。
 そこで美神たちを待っていたのは・・・。

『ここは月神族の城・・・。
 ここならとりあえず安全です』

 月の女王、迦具夜であった。


(第二十七話「グーラーの恩返し」に続く)

 転載時付記;
 ジークフリードを誤ってジークフリートとしていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

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第二十七話 グーラーの恩返しへ進む



____
第二十七話 グーラーの恩返し

『ここは月神族の城。
 あなたがた人間の属する物質界と霊界の境目・・・
 亜空間とよばれる場所にあります』

 美神、横島、シロ、マリアの四人は、月の女王の居城に保護されていた。

『こちらへ・・・』

 四人が案内されたのは、酸素と窒素の混合気体で満たされた空間。地球人向けに用意された部屋だった。

「ありがたいわ・・・!」

 美神がヘルメットを脱いで、プハーッと呼吸している隣で、

「・・・変な部屋でござるな?」
「なんでやたらメーターがあるんスか?」

 シロと横島が不思議がっている。
 確かに、そこは、独特の雰囲気を持つ部屋だった。
 横島が気づいたように、大小様々な丸い計器が、床や壁や天井の至るところに設置されていた。そこには、線やら図形やらが色々書き込まれているが、何を示しているのか、全く分からない。そして、そのメーターから発する光が、暗い部屋の中で照明代わりとなっていた。

『え?
 地球人の好みに合わせたつもりなんですが・・・。
 なにかおかしいですか?』

 どうやら、まつげ美人でもある女王迦具夜の知識は、少し古い上に偏っているようだ。
 しかし、これも、かつて小竜姫が東京を江戸と呼んでいたのと同じだと思えば、仕方がないのかもしれない。




    第二十七話 グーラーの恩返し




『アンテナの鏡面が
 おそろしくもろいように見えますね』

 というのが、ヒャクメによる観察結果だった。
 月神族の城を経由して、アンテナの化物の近距離映像を地球に送る。それをヒャクメの能力で分析して美神たちへフィードバックする。これが、今行われている作業だ。
 メーターだらけの部屋のメインモニターには、アンテナ構造物が大きく映し出されていた。画面右上の小さな連絡用ウインドウに、地球の管制センターのヒャクメたちが映っている。
 これを見ている美神、横島、シロ、マリアの四人の傍らには、三人の月神族が立っていた。
 女王付きの官女である朧と月警官の長である神無、そして月の女王迦具夜姫だ。ただし三人は、地球の者たちの会話に積極的に加わることはせず、静観していた。

『あの中心を撃てば一撃で
 殺せると思いますけど』
『そうか・・・!
 厳重な警備はそれを警戒して・・・!』

 ヒャクメとワルキューレの会話を聞いて、横島がハッとする。

「美神さん・・・!!
 もしかしてグーラーが言ってたのは・・・!!」
「・・・きっと、これのことね」

 グーラーの『真上がもろい』という言葉を思い出して、美神が頷く。
 横島がモノノケや魔物に好かれやすいのは分かっているし、敵であるグーラーが横島に何となく好意的なのも薄々気づいていた。だから、彼女がヒントをくれたとしても、美神としては不思議ではなかったのだ。

『鏡面のかすかなデコボコがどんどん消えてくわ。
 全部きれいになったら送信する気ね。
 正確な時間の計算は・・・』

 ヒャクメが分析を続ける間、美神たちは、グーラーの言葉に関してさらに議論していた。

「あの女悪魔は『真下』についても
 何か言ってたでござるな!?」
「そうね・・・
 『真上と真下がもろい』だったわ」
「だけど・・・
 アンテナは浮いてるわけじゃないんだから
 『真下』は月の地面っスよ!?」

 ここで、美神が閃いた。
 
「・・・それよ!!
 月の中だわ!!
 地中からの攻撃よ!!」
「そうか!!
 そんな攻撃想定してないから、
 そっちは警備もしてないわけだ!!」

 と、遅れて横島も気が付いた。

「花のバケモノの時のように
 霊波刀で穴掘りするでござるか?」
「いや、それは無理だろ・・・。
 あん時だって、
 かろうじて弾が通る程度の穴だぞ!?」
「文珠で『掘』でいいんじゃない?」

 地球への帰還もまだ心配ではあるが、美神は、このアンテナ攻略で文珠を使ってしまおうと決意した。

「横島クン、ちゃんとイメージ出来るわね!?」

 美神は、ワザワザ横島に確認をとる。『防』での結界のように慣れたものならば大丈夫だろうが、新しい文字を使う場合は、出来る限り事前に確かめておく方が無難だと考えたのだ。
 これは、師匠として横島の文珠使用を慎重にチェックしているというだけではない。文珠の特性に関して、美神の理解が深まってきたからだ。
 文珠を使う際には、こめられた文字そのものよりも、付随するイメージの方が遥かに重要らしい。しかも、字を入れた者ではなく使う者のイメージ次第で、効果も変わるようなのだ。
 例えば、おキヌから聞いた話では、横島が女子更衣室を『覗』こうとしていた文珠で、おキヌの友人の一人が別の女性の心を『覗』いたらしい。これは、おキヌがそのようにイメージして使ったから可能だったのだろう。
 また、

(おキヌちゃんの例だけじゃないわ。
 あれも・・・)

 美神自身、時間移動の際に、あとから考えれば奇妙な件があった。
 エネルギー源として『雷』文珠を使ったのだが、その時、雷自体は発生していなかったのだ。自分でも無意識のうちに、『雷そのもの』ではなく『時間移動のエネルギーとしての雷』をイメージしていたらしい。
 これが幸いしたのは、アシュタロスに時間移動を邪魔された時だ。すでに時空震まで発生していたのだが、実際に時間を移動し始めるまでは『美神がイメージしたエネルギー』に変換されないようで、文珠も消費されなかった。もしも『時間移動を行うエネルギー』ではなく、『時空震を引き起こすエネルギー』や『雷そのもの』をイメージしていたら、あの場で一つ無駄にしていたことだろう。
 そういう経験があるからこそ、文珠の『イメージ』にも慎重になるのであった。

(今回のケースでは、
 文字を入れるのも使うのも横島クンだからね・・・)

 美神は、自分が穴を掘っていくつもりなんて全くない。当然横島が行くものだと決めてかかっていた。
 彼女の思考を全て理解していたわけではないが、横島は、

「・・・大丈夫っス!!」

 と、笑顔で請け負っている。
 彼の頭の中では、『掘』のイメージとして、緑色の輸送機から出撃する黄色いドリル車が想像されていた。

「・・・なら、決まりね。
 やるしかないわ!」

 美神は、ほぼプランを固めていた。
 アンテナの化物の攻撃射程圏外から地中に突入、横島の文珠で掘り進み、真下まで行ったところで、上に向かって撃ちぬく。あるいは、それこそ霊波刀で、アンテナ中心を下から突き刺してもいいだろう。
 地中で正確な位置を把握するのも、人間には難しいだろうが、こちらにはマリアがいる。アンドロイドの彼女をレーダーとして同行させればいいのだ。

「・・・普通に掘って行ったんでは
 時間かかり過ぎるかもしれないけど、
 超加速状態で突っ込めば間に合うはずよ!」

 マリアには超加速は使えないが、地中突入直前に角度と方向と距離を計算してもらおう。そして、横島がマリアを運びながら掘り進む。指定された目的地に到着した時点で超加速を解いて、マリアに再度確認。微調整の後は通常速度で十分だろう。
 そう考えて、美神は、毅然とした表情で作戦をまとめた。
 だが、ここで、地球の小竜姫から制止が入る。

『待って!
 敵の射程は長いし
 超加速は短時間しか使えない技よ!
 射程外から潜っても
 たどりつく前に加速が切れて
 間に合わなくなるわ!
 何か別の手段で接近する方法を・・・』

 その時、黙って話を聞いていた迦具夜が口を挟んだ。

『それでしたら私が・・・!』


___________


「なに、ここは?」

 美神たちが連れてこられた場所には、たくさんの宇宙船が捨てられていた。半壊したものばかりのようで、骸骨となった宇宙飛行士がそのまま入っているものまである。

『格納庫です!
 地球人が失敗した月着陸船も置いてあります』

 説明する迦具夜の横には、朧と神無が付き従っているが、二人は黙っている。

「マ・・・マジかよ!?
 こんなに失敗したの?」
「・・・まるで宇宙船墓場でござるな!!」

 横島とシロが驚愕する中、

『メドーサたちも地球の船で来たようですよ。
 地球の軌道上にもいくつか回っているのでしょう』

 迦具夜が貴重な情報を提供した。

「そうか!!
 打ち上げたはいいけど
 衛星軌道で故障した月旅行船・・・!
 それでここまで来たのね!」
「あ、じゃあ、
 それを使えば帰れますねッ!!」

 これで地球へ帰ることに関しては心配しなくても良さそうだ。

(・・・というわけで計画どおり
 アンテナ攻略で文珠使いきっちゃっても平気ね)

 と、美神は安心する。
 しかし、こうした宇宙船を見せることが迦具夜の目的ではなかった。

『これです!』

 彼女の示す先には、やや長細く流線型にも近いフォルムの宇宙船が、厳かに置かれていた。先端も鋭角的ではあるが、少し丸みを帯びている。
 『月の石船』といって、遥か昔、迦具夜姫が地球から戻る際に使ったものだった。

『生身の人間を乗せて
 大気圏への突入はできませんが、
 速度はあなた方の船より出ます』

 基本的には一人乗りであり、彼女自身が運転しなければならない。だが、横島やマリアがしがみついていくことも可能だと思えた。

「先っぽに俺がへばりついて『掘』を使えば、
 そこがドリルに変わりそうっスね!!」
「それなら、
 そのままアンテナの中心も突き抜けられそうね・・・」

 先端がドリルに変わった石船が、彼らの頭の中に浮かぶ。
 アンテナを突き破って地下から現れる光景をイメージして、

「カッコいいっスね!」
「・・・そうでござるか?」
「ほっときなさい、男の子の価値観よ」
「イエス、ミス・美神!」

 と会話する美神たち。
 傍らでは、迦具夜と神無が、

『・・・私の石船をヘンなふうにしないでくださいね?』
『やっぱり、やめたほうがいいのでは?』

 と、顔を少し引きつらせていた。
 こうして、雰囲気もやや和やかになったのだが、

『そう・・・は・・・
 いかな・・・い!!』

 という声で、一気に引き締まった。
 それは、シロの中から聞こえてきた言葉だ。彼女の腹は、不気味にふくれて、うごめいていた。

「どわああッ!?
 接吻で孕ませられたでござる・・・!!」
「大丈夫だ、シロ!!
 キスだけじゃ子供はできないぞ!!」
「バカなこと言ってないで!!
 どきなさい、横島クン!!」

 横島をはねのけて、美神がシロに駆け寄る。そして、

「そのままッ!!
 アンドロメダ彗星拳!!」

 微妙な技名を叫びながら、シロの腹部へパンチを叩き込んだ。

「ぶッ・・・
 おげえええッ!!」

 という言葉とともに口から吐き出されてきたのは、蛇のバケモノだ。
 メドーサの眷属であるビッグ・イーターのようにも見えたが、それは通常のイーターではなかった。皮膚が割れ、中からメドーサが飛び出してきたのである。

『おかげで若返ったわ!!
 第2ラウンドを始めようかッ・・・!!』
「ひ・・・ひえええっ!?
 若くてピチピチ・・・!!
 どうしようっ!?」
「先生・・・!!
 拙者のほうがピチピチでプリチーでござろう!?」
「おばはんだったクセに
 コギャルに変身か・・・!!
 やるわね・・・!!」

 メドーサは、ただ若くなっただけでなく、雰囲気も変わっていた。服装は基本的には同じだが、ズボンはミニスカートになっている。
 再び、戦いの火蓋が切って落とされた・・・。


___________


「行きなさい、横島クン!!」
「は・・・はい!!」

 美神の言葉を受けて、横島が石船の先端にしがみつく。
 続いて、マリアが黙って運転席の後ろにつかまった。

『時間がありません!
 姫!
 ここは我らにまかせて石船に・・・!!』

 神無に言われて迦具夜も乗り込んだのだが、この言葉を嘲笑う者がいた。

『「ここはまかせて」?
 あーんたたち学習能力ないの?
 チョベリバーってかんじ』

 言葉使いまでコギャルとなったメドーサである。

『ふざけてんじゃないよッ!!
 三下どもがッ!!』
『う・・・わあッ!!』

 メドーサの魔力波で、あっという間に神無は吹き飛ばされてしまった。
 しかし、この間に石船が出発する。

『加速します!!
 しっかりつかまって!!』
『そうはいかないって言ってんのよ!!
 わかんないおばさんたちねっ!』

 石船の出発を妨害しようとするメドーサ。
 そこへ、美神が割って入った。

「・・・おばさんたちって言うのは、
 私も含まれてるのかしら!?」
『とーぜん・・・!!
 そんなこともわからないなんて
 やっぱり「おばさん」だね!!』

 メドーサは虚空から刺又を取り出し、挑発的な言葉とともに美神へ突きつけた。
 守るべき石船を背にしているだけに、美神としては、迂闊に避けるわけにもいかない。

「ぐッ・・・!!」

 美神の右肩に、グサリと突き刺さった。

『・・・根性みせてくれるじゃない。
 尊敬するわ、マジで』
「そりゃどーも。
 でも、どーってことないのよ。
 金のためにやってるだけでね」

 脂汗を流しながらも、軽口を返す美神。しかし、そんな余裕もここまでだった。

『大人ってのは大変よねッ!!
 私ってホラ、このとおり小娘だしい・・・!』
「うあ!
 ああァアアッ!!」

 傷口からメドーサに魔力を流し込まれて、美神が倒れ込む。

「美神さん!!」
「大丈夫だから・・・
 あんたはアンテナを・・・」

 心配した横島に言葉を返した美神は、石船が消えていったのを見届けた直後、意識を失った。

『ちッ!
 でもまだ追いつける!』

 石船を追いかけようとしたメドーサだったが、

「・・・先生には手出しさせないでござる!!」

 今度はシロが立ちはだかった。

(美神どの・・・!!)

 シロは、二人の攻防に出遅れた後悔の念をこめて、チラリと彼女へ視線を向けた。美神はかなりの重傷のようで、朧が必死になってヒーリングをしている。

「うおーっ!!」
『フン、そんなもの!!』

 霊波刀で斬りかかっていくシロだったが、メドーサには両腕でガードされてしまった。シロの霊力が十分回復していなかったのか、あるいは、それだけメドーサが強固なのだろうか。傷をつけるには至らない。それでも、メドーサを少しの間押さえつけることは出来た。

『やってくれたわね、
 この犬娘っ!!
 逃げられちゃったじゃないのさっ!!』
「狼でござるっ!!」

 両腕を押さえられているメドーサは、髪から眷属のビッグ・イーターを発現させる。

「なんと・・・!?」

 突然のイーター出現に対応できず、また、その恐ろしさを知る者もいなかったため、シロは、イーターに噛まれてしまった。

「この程度のかすり傷・・・。
 ・・・ええっ!?」

 傷口から、だんだんシロの体が石化していく。

『シロどの!!』

 ここで、吹き飛ばされていた神無も加勢に来たが、もはやシロは石の塊となっていた。ゴトッと音を立てて、その場に倒れ落ちてしまう。

『このーっ!!』

 神無はイーターとメドーサに斬りつけようとしたのだが、ひと足先に、イーターが盛大に自爆した。
 爆煙が晴れた頃には・・・。
 すでにメドーサは姿を消していた。


___________


 月面の一点で、石船は停まっていた。

『ここから行けばいいのですね?』
「イエス、ミス・迦具夜!」

 地中への突入角度、方向、距離などをマリアが細かく計算する。

「それじゃあ・・・」

 先端の横島が、手にした文珠を発動させようとした時。

『お待ち・・・!
 そうはいかないって
 何度言わせるつもりだいっ!!』

 メドーサが追いついてきた。

『横島・・・!
 ここがお互い最後の一線ってわけだ。
 勝負は一瞬・・・!
 決戦の時だよ!!』

 ここまで加速状態で追ってきたメドーサだったが、超加速は短時間しか使えない技だ。しゃべるためにワザワザ加速を解いたような顔をしているが、実際は、戦闘に備えて一度通常速度へ戻る必要があったのだ。
 彼女が高らかに宣言している間に、マリアは、

「エルボー・バズーカ!!
 クレイモアキーック!!」

 自分の宇宙服が破れるのも構わず、内蔵していた砲弾や銃弾をガンガン撃ち放った。
 地中へ潜る瞬間をメドーサに攻撃されたら、進路が狂ってしまって、アンテナ直下に到達出来なくなる。だから、牽制の意味で先に攻撃をしかけたのだ。さらに、爆発を目くらましにしようという計算もあった。

『ロボットの小娘か・・・!!』

 軽く攻撃を回避したメドーサは、石船を攻撃するために、再び超加速をスタートさせようと思ったが・・・。
 加速状態に入る直前に、何者かに羽交い締めにされてしまった。
 頭を何とか後ろへまわすと、そこにいたのは、

『おまえか・・・!!』

 グーラーだった。
 身動きがとれない状態では、いくら速くなったところで意味がない。超加速は、グーラーを振りほどいてからだ。
 そう考えたメドーサの耳に、

『横島・・・わたしごと撃て!!』

 と、信じられない言葉が飛び込んできた。

『・・・どういうつもりだ!?』
「えっ・・・!?
 グーラー、おまえ・・・」
 
 これには、メドーサだけでなく、石船の先で様子を見ていた横島も驚いている。

『これでも、あたしゃ精霊の一種なんだ!
 もうたくさんだ、こんな魔族の手下なんて!!』
『言うに事欠いて「こんな魔族」とはね・・・』
「だからって、おまえ・・・」

 グーラーの言葉に、メドーサと横島がそれぞれの対応を見せた。一人は苦々しい笑みを、もう一人は腰が引けた態度を。

『・・・せめてもの罪滅ぼしさ。
 それに、オネエサンだって
 一人で逝くんじゃ寂しいだろうからね』
『くっ・・・!!』

 グーラーの決意に、さすがのメドーサも焦りだす。
 だが、言われたとおりに攻撃できる横島ではなかった。

「そのまま、そこで抱えててくれ・・・」

 視線をそらしながらつぶやくと、

「行きましょう・・・!!」
『良いのですか・・・?』

 石船を進めるよう、迦具夜を促した。


___________


『・・・そんなに保たないよ、あたしの力じゃ』

 二人の目前で、石船が地中へと消えていった。
 グーラー自身が認めているように、メドーサを抱え込むのも、もう限界だった。
 強引にグーラーを振りはらったメドーサは、かつての部下へと向き直る。

『グーラー・・・!!
 目をかけてやったというのに・・・!!』
『はア!?
 人間たちのせいで力を抑制されたあたしを
 いいようにコキ使ってきただけじゃないのさ!』
『そんなこと思ってたのかい!!
 貴様から血祭りにしてやるわ・・・!!』
『うわっ!!』

 メドーサの手から放たれた強大な魔力波が、グーラーに直撃した。
 距離が近かっただけではない。メドーサを押さえつけることで疲労していたために、グーラーは避けられなかったのだ。
 プスプスと煙を上げながら仰向けに倒れ込むグーラー。
 メドーサは、

『ほら・・・
 たいして時間稼ぎにもならなかっただろ?』

 とつぶやきながら一瞥し、それから石船を追う。
 誰もいない月面に取り残されたグーラーの体は、もはや微動だにしないかと思われたが・・・。
 その指先がピクリと動いた。


___________


『エネルギーを送り出した・・・!!』
『着信地点はわかるか!?
 そこに敵のボスもいるはずだ!!』

 地球の宇宙管制センターは騒然となっていた。
 ついに、アンテナから地球へ魔力が送られたのである。

『南米付近というところまではわかるけど・・・。
 特定は不可能だわ!』

 ヒャクメの分析能力をもってしても、アシュタロスのアジトを突き止めることは出来なかった。
 エネルギー照射時間が短かったからだ。今のは試射に過ぎないらしい。

『くそッ!!
 本送信を始めたら防ぐ手だてはない・・・!』

 ジークフリードの言葉は、一同の焦りを代弁していた。

『がんばって、横島さん・・・!
 あなただけが頼りなのよ・・・!』

 小竜姫のつぶやきもまた、彼らの気持ちを代表している。
 そんな魔族や神族を見て、

(横島さん・・・。
 本当にあなただけが・・・)

 おキヌは、もはや神頼みすら出来ない状況なのだと思い知らされていた。


___________


『させるかあっ!!』

 メドーサは、横島たちを追って、石船が作った穴の中を進んでいった。
 いくら石船が通常の宇宙船より早いとはいえ、彼女の超加速にはかなわない。だから、間に合うと思っていた。
 しかし、

「ここ・です!!」

 目前まで迫ったところで、アンドロイド娘の声が聞こえた。
 続いて、石船の先端が光った。
 横島の霊波刀だ。
 先端部のドリルに、さらにハンズ・オブ・グローリーを変形させて重ねているのだ。

「つらぬけーっ!!」

 横島の叫びは、後方のメドーサの耳にも、ハッキリと届いていた。


___________


『あれはッ!?』

 管制センターのモニターには、今、アンテナが画面いっぱいに映し出されている。
 その中心点が、まるで内部から熱せられたかのように、光り出したのだ。

「横島さん!!」

 次の光景を期待して、おキヌは叫んでしまう。
 その直後、アンテナ中央を突き破って、石船が地中から飛び出してきた。
 そして、一瞬の後。

 ドグワァアァン!!

 中心を貫かれたアンテナ構造体が爆発する。

『や・・・』
『やった・・・!!』

 仲間の神魔族が喜ぶ中、

『メドーサ・・・』

 と、小竜姫が小さくつぶやいた。
 遅れて地下から出てきたメドーサが炎に包まれるのを、彼女は見落とさなかったのだ。


___________


『さようなら、地球の皆さん・・・。
 いつの日か、月神族は今日のお返しをするでしょう。
 私は・・・
 月神族の女王迦具夜姫・・・』

 横島たちは、メドーサたちが乗ってきた船を接収し、地球へ帰っていく。
 マリアと横島は無事であるが、美神は重傷だった。
 ヒーリングの出来る朧が現場にいたため、すぐに治療してもらえたのだが、それでも限界を超えるダメージだったのだ。一度は意識を取り戻した美神だったが、今は、ロケットの中で眠っている。少しでも心身を休ませることが必要だった。
 また、シロも大変な状態だ。メドーサの眷属に石化されて以来、そのままなのだ。しかし、こちらは、地球へ戻れば神族が元に戻してくれるらしい。

「再突入回廊・確認!
 大気圏・突入します!」

 マリアの声が、船内に響き渡る。
 地球は、もう目の前だ。
 しかし、彼らの月旅行は、まだ終わっていなかった・・・。


___________


 メドーサは、すでに赤く焼けただれていた。
 胴体部は、焼けこげた服に血が付着したのだろうか、赤茶色となっている。
 一方、腕や脚など、むき出しの部分は淡いピンク色だ。
 そんな状態だが、髪から眷族のビッグ・イーターを作り出した。

『あらたに三匹のイーターを用意できたのは幸いだった。
 あと20分くらいで大気圏に突入かい?
 このタイミングで戦闘を仕掛けたという事実は、
 魔族の歴史にも例がないだろうよ。
 地球の引力にひかれ大気圏に突入すれば、
 魔物だって一瞬のうちに燃え尽きてしまうからね。
 しかし、あいつらが大気圏突入の為に
 全神経を集中している今こそ、
 最後のチャンスなんだよ!』

 自分に言い聞かせるかのように、メドーサは長台詞を吐いた。
 彼女は今、美神たちの宇宙船にしがみついている。それは自分の足場でもあるのに、眷属をけしかけようとしていたのだ。
 メドーサの頭から、ビッグ・イーターが出ていく。だが、ロケットを攻撃する間もなく、どこからか飛来した魔力弾によって、三匹とも吹き飛ばされていた。

『・・・もうやめようよ、オネエサン』

 グーラーである。
 既に彼女もボロボロだったが、まだ戦う力は十分残っていた。
 グーラーがメドーサに体当たりし、宇宙空間へと突き飛ばしたところで、

「メドーサ!!
 それに・・・グーラー!!」

 ハッチを開けて、中から横島が出てきた。船外モニターがあるため、騒ぎに気づいたようだ。
 しかし、

『大丈夫さ!!
 オネエサンはあたしにまかせて、
 ボウヤは大気圏突入に専念しな!!』

 グーラーがそれを制止、船内へと押し込んだ。
 状況が状況なだけに、横島も素直に従う。

『フン・・・。
 生意気なことをお言いでないよ!!
 大丈夫なわけないだろ!?』
『でも、今のオネエサンなら・・・。
 押さえつけるくらい、あたしでも十分さ!!』

 グーラーの言うとおりだ。
 何とか宇宙空間で踏みとどまるメドーサだったが、確かに、魔力も体力もすっかり低下している。自分がもう永くないことは、しっかり理解していた。

『せめて道づれに・・・!』

 魔力波を宇宙船に向けて放ったが、全てグーラーに迎撃されてしまった。

『チッ!!
 それなら・・・!!』

 グーラーごと宇宙船を押し込んで、経路を狂わせてやろう。
 大気圏突入は微妙な作業だ。定められた再突入回廊から大きく外れてしまえば、宇宙船は燃え尽きるに違いない。
 そう思って向かっていったが、その狙いはグーラーにも読まれていた。

『ロケットはあたしが守るよ!』

 グーラーもまた、メドーサに突撃する。
 宇宙船から離れて、二人が直接、衝突した。
 何もない宇宙空間で、激しく打ち合う。魔力をこめたその拳で、足で、肘で、膝で・・・。

『ええいっ・・・!!』
『グワッ!?』
『えっ!? うわっ!!』

 強力な一撃が決まった。それも、お互いに。
 両者とも、大きく弾かれ合う。
 しかし・・・。
 これでメドーサが不利になった。
 弾き飛ばされた彼女は、地球に近づきすぎたのだ。もはや危険域だった。

『ちょっ!! そんな・・・!!』

 引力にとらわれ、メドーサが赤熱し始める。
 そんなメドーサを眺めて、

『終わったね・・・』

 グーラーがポツリとつぶやいた。
 だが、彼女自身、重力の井戸から抜け出すには遅すぎた。ワンテンポ遅れて、グーラーの体も赤く輝く。
 そして、独り言が彼女の口からもれ始めた。

『・・・横島。
 あたしには大気圏を突破する能力はない、残念だけどね。
 でもね、横島・・・。
 無駄死にじゃあないよ?
 最後におまえを守ることができたさ・・・。
 それに、もうこれで、メドーサのオネエサンも
 ボウヤたちをつけねらうことはないからね・・・』

 グーラーは、もはや宇宙船を見ることも出来なかった。
 それでも、そちらへ顔を向ける。
 大気圏突入中なので、宇宙船の方でも、もはや船外モニターは機能していないだろう。
 だから、横島は、グーラーの今の状態など知らないはずだ。
 もしも知っていたら、今頃、宇宙船からひょっこり顔を出して、

「グーラー、グーラー、グーラー!!」

 と叫ぶんじゃないだろうか・・・。
 彼女は、ふと、そんなことを夢想してしまった。

『・・・好きだったよ、ボウヤ』

 と、つぶやいて・・・。
 グーラーの意識は、宇宙の塵になった。


(第二十八話「女神たちの競演」に続く)

 転載時付記;
 ジークフリードを誤ってジークフリートとしていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

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第二十八話 女神たちの競演へ進む



____
第二十八話 女神たちの競演

「美神さーん。
 もう入ってもいいですか?」

 コンコンとノックしながら、おキヌが、扉を少し開けた。

「なんだったんです、三人でお話って・・・?」
「三人・・・?
 誰の話?」

 と答える横島。
 おキヌの認識では、部屋には横島の親戚もいたはずだ。だが今は、美神と横島しかいなかった。

「え? あれ?」
「それより、次の仕事よ!
 気合い入れなさいよ、特に横島!
 この商売、何が起こるかわかんないんだから!
 油断するんじゃないのよ!」
「は・・・はいっ!」
「あ、待って二人とも・・・!」

 美神と横島がサッサと仕事へ向かうので、おキヌも慌てて追いかけた。
 さっきまで広間で読んでいた新聞を片づける暇もないくらいだ。
 三人が事務所を出ていった後、テーブルの上に放置された新聞。その三面記事の中には、

『現代の匠・・・刀匠が謎の失踪』

 という見出しのものもあった。




    第二十八話 女神たちの競演




 二ヶ月ほど経ったある夜のこと。

 ピンポーン。

 横島のアパートの呼び鈴が鳴った。

「んー?
 誰だ、こんな時間に・・・!!」

 と思いながらもドアを開けた横島だったが、来訪者の顔を見た途端、バタンと閉めてしまった。

「こらッ!!
 何してんの、開けなさい!!」
「な・・・なんで!?」

 背中でドアを押さえている横島は、少し混乱している。

「母親がはるばる来たってのに、
 それでも息子かッ!?」
「なんで急におふくろがーっ!?」

 大きな鞄やトランクを抱えてドアを叩いている女性は、横島の母、百合子だったのだ。


___________


「これからは親子二人っきりなんだからね!
 母さん、父さんと別れて来たんだよ!!」

 横島が一人暮らしをしているのは、商社勤めの父親が辺境の国ナルニアへ転勤となり、母親も彼についていったからだ。

「離婚すんのか!?」
「ええ!
 だから、これ以上父さんにつきあって
 外国に住む必要ないのよ!」

 母親が日本に戻ってくるとなれば、横島の生活はガラリと変わってしまう。

「そ、そんな急に・・・!!
 満喫してた自由が・・・」

 と口にしてしまった横島だが、

「あんたまさか
 父さんにつくとか言わないわよね・・・!?
 おまえは母さんと暮らすのよ・・・!!」
 
 百合子に凄まれては、とても抵抗出来ない。
 なにしろ彼女は、

「今夜は母さんがごはん作ってやるよ!」

 ということで、包丁まで手にしていたのだ。
 その勢いで、百合子は、

「明日はいろいろ忙しいからね!
 あんたのバイト先にも
 あいさつに行かなきゃ・・・!」

 と、翌日の予定を決めてしまうのだった。


___________


「先生、散歩・・・あれ?」

 事務所メンバーのうち、最初に百合子と顔を合わせたのはシロである。
 シロは、横島を散歩に連れ出そうと、朝早くからアパートまで来たのだ。

「・・・誰だい、このお嬢ちゃんは?」
「ああ、そいつはシロ。
 バイト先の仲間だ」
 
 手短にシロを紹介した横島は、シロにも母親のことを告げる。

「シロ、こっちは俺のおふくろだ」
「・・・!!
 横島先生の母上でござるか!?」

 シロはその場に正座して、

「それがしは横島先生の弟子、
 犬塚シロと申します!!
 いつも先生には
 大変御世話になっているでござる!!」

 と、両手をついて挨拶した。
 だが、これも、

「『横島先生』・・・?
 『弟子』・・・?
 忠夫・・・まさか、こんな若い娘さんに
 変なプレイ仕込んでんじゃないだろうね?」
「そんなわけないだろ!!
 霊能力者としての話だよ!!」 

 と、あらぬ疑いを招くだけであった。


___________


「忠夫の母でございます・・・!!
 いつも息子がお世話に・・・」
「初めまして、どうもごていねいに・・・」
「こ、こんにちはー!」
「拙者も、あらためて・・・」

 百合子が頭を下げ、美神とおキヌとシロもお辞儀する。
 皆でペコペコしあうという、日本人独特の挨拶だ。
 一日の予定が詰まっている百合子は、仕事前の朝に、美神の事務所を訪れたのだった。
 寝起きが悪く朝遅いことも多い美神だが、さいわい、今朝はキチンとしていた。おキヌが、

(失敗しないよーにしなきゃっ・・・!!)

 と固まっているのを、

「・・・別にあんたがキンチョーしなくても」

 と、からかう余裕があるくらいだ。

「もーひと目見てわかりました・・・!
 皆さんこいつのセクハラでお困りでしょう!?」

 横島の頭をつかんで謝らせる百合子は、

「この子のスケベは父親似なんです・・・!
 昨日も結婚記念日だというのに・・・」

 と、別れてきた事情を語りだす。
 その内容は・・・。


___________


「約束の時間を2時間も過ぎたわよ!?」

 亭主の大樹があまりに遅いので、会社まで電話した百合子だったが、

『い、今それどころじゃないんだっ!!
 武装ゲリラが社内に・・・!!』

 という言葉が返ってきた。
 確かに、ゲリラに襲われてもおかしくない土地柄、仕事内容でもある。しかし、

「その言いわけは5回めね!
 過去4回は浮気って知ってるわよ!」
『今回は本当なんだってばー!!』

 嘘の前例があるだけに、簡単に信じるわけにはいかない。

『あーいいぞっ!!
 ゲリラにかわる!!』

 大樹が誰かに受話器を渡したようだが、

『Allo!?』

 聞こえて来るのは女の声、しかも訛った『ハロー』でしかない。

「離婚よ!!
 あとで弁護士をよこすわ!」

 という言葉を最後に、百合子はブツッと電話を切った。


___________


「そ・・・それはまた・・・」
「不誠実でござる・・・」
「あいかわらずやなー、あのオヤジ・・・」
「とゆーより、なぜ結婚を・・・?」

 話を聞いて、四人がそれぞれのリアクションを示した。
 美神の言葉は質問だったので、百合子は、説明を始める。

「もともと、
 主人は職場で私の部下だったんですよ!
 当時からバカでスケベでしたけど・・・
 なんとなく憎めなくてね・・・」

 百合子は有能なOLだった。バリバリ仕事をこなす彼女に対して、多くの男が距離を置いたほどだ。
 しかし、大樹だけは別だった。百合子が叩こうが何しようが、彼はセクハラし続けてきた。しかも、仕事も熱心で才能もある。浮気性なのが欠点だったが、それも百合子ならば管理出来ると思ったのだった。
 こうした彼女の昔話を聞いて、

「う・・・うーむ」

 考え込んでしまうのが美神である。
 とても他人事とは思えなかった。自分と横島との関係に、どこかオーバーラップするのだ。

(でも、私の場合は・・・)

 と、美神が自分自身の感情について思いを巡らす暇はなかった。
 百合子の言葉は、まだ続いていたのである。

「しかし、
 結婚記念日をすっぽかすよーじゃ、
 許容限度もここまでです!
 すっぱり別れるつもりですわ!」
「そ・・・そーですか・・・」
「ついては忠夫のことなんですが・・・」

 ここで、百合子は表情を引き締めた。そして、

「これを機に、
 今日でバイトを辞めさせていただきます!」

 と言いきった。


___________


「待てよ、母さんっ!!
 何勝手なことを・・・」
「今日まで本当にお世話になりました・・・!」

 文句を言う横島を壁に叩き付けて黙らせ、百合子は、代わりに頭を下げる。
 少しの間、言葉を失う美神たち三人。その中で、最初に口を開いたのはおキヌだった。

「辞めるって・・・
 そんな、急に・・・!!」
「そうでござる!!
 先生は・・・」
「おキヌちゃん・・・!!
 シロ・・・!!」

 三人が何を言おうと、百合子の決心は変わらなかった。

「主人がナルニアに赴任するとき、
 息子を連れていくつもりだったんです。
 それをどうしても
 日本に残るってきかなくて・・・」

 百合子が仕送りを切りつめていたのも、そうすれば、根性のない横島が音をあげると考えたからだ。まさか、バイトに精を出して学校にろくに行かなくなるとは思ってもいなかった。
 これは問題である。GSになるにせよ、ならないにせよ、高校を卒業した時点であらためて考えるべきだというのが、百合子の意見だった。
 反論の余地がない正論である。
 それだけでなく、

「それにね・・・
 主人と別れたら私の身内はこの子だけでしょ。
 きちんと働き出したら
 男の子はもう一人前ですもの。
 せめてそれまで手元において、
 ちゃんと卒業式に
 送り出してやりたいんですよ・・・!」

 と、母親としての心情も語られてしまったのだ。三人の女性は、何も言えなかった。


___________


「横島さーん!!
 今、職員室に女の人を案内したら
 横島さんのお母さまですって・・・!?」

 小鳩が、教室に飛び込んで来た。

「おふくろが来てんのか!?」
「若くてきれいなお母さまですねっ!!
 あいさつしちゃった・・・!!」

 百合子は、美神の事務所に続いて、高校にもやって来ていたのだ。

「母さん!!
 こんなとこに何を・・・」

 慌てて職員室へ駆け込んだ横島が目にしたのは、札束を手にお辞儀する百合子の姿。

「とゆーわけで出席日数の件はこれで・・・。
 今後はまじめに出席させますので・・・」

 百合子の贈賄行為の前に、

「セコい犯罪してんじゃねえっ!!
 みっともないっ!!」

 と言うだけでなく、

「学歴なんか別にいいよ!!
 俺はGSになるんだからな!!」

 とまで口にする横島だったが・・・。

「男子一生の仕事やないか!!
 半人前のままで
 つとまると思とんのかッ!?」
 
 大阪弁で反論が返ってくる。

「キチッと卒業したあとやったら
 母さん何も言わん!!
 卒業なんてあっという間やないの!
 本気でなりたい仕事やったら
 待てへん道理があるかっ!!」

 百合子は、ここでも正論を展開させるのであった。


___________


 次に百合子は、大樹が務める商社の本社へ行き、そこでも一騒動巻き起こす。
 彼女がビルに入った途端に、社長の方から会いに来たり、会社の株が急に上がったり。また、極秘資料にチラッと目を通しただけで利益を30億円も上げる策に気づいたり。
 百合子についていった横島は、母親のそんな姿を初めて目にし、彼女が伝説のスーパーOLだったことを知らされた。

 そして、その頃、美神の事務所では、

「そうか、あいつが辞めちまうのか・・・」

 雪之丞が、美神とシロから、今回の騒動について聞かされていた。
 最近、また時々事務所に顔を出すようになった雪之丞である。横島を中心とした男子チームが鬼を相手にミニ四駆対決をした時にも、突然やって来て伝説のマシンとやらを提供し、勝利に貢献していた。その後、この男子チームは、おキヌのツテで六道女学院の女の子と合コンをしたそうだが、そこで雪之丞にはガールフレンドまで出来ていた。

「・・・ひどいでござろう!?」

 百合子に直接文句を言えなかったシロは、今頃になって、雪之丞相手に不満を述べ始めたのだが、

「いや、おふくろさんが
 そう言うなら仕方ないだろう」
「・・・雪之丞どの!?」
「雪之丞、あんた・・・」

 彼は、アッサリと百合子の言い分を認めてしまう。
 シロとしては、雪之丞が横島をライバル視していた話も聞いていたので、この反応は意外だった。雪之丞は味方になってくれると思っていたのだ。
 だが、美神は、どこか納得していた。

(やっぱり、こいつも・・・)

 言葉の端々から、マザコンであることが周囲に知れ渡っている雪之丞だ。だが、彼が語る『ママ』は、いつも過去形だった。
 
(お母さん・・・か・・・)

 美神は、中学生の時に亡くした母親を思い出してしまう。
 彼女としても、横島が事務所を去ることは嬉しくない。しかし母親のためであるなら仕方ないとも考えてしまうのだった。


___________


「はいっ!
 こちらは美神除霊・・・
 !!
 横島さん!?」

 電話をとったのは、おキヌである。
 すでに学校も終わった時間であり、制服姿のまま、おキヌは事務所の手伝いをしていた。
 彼女は、受話器を美神に渡す。

「もしもし!?」
『あ、俺っス!!
 今、おふくろ説得してますけど・・・』

 横島は、百合子が会社の重役と復職に関して話をしている間に、ビルの中の公衆電話からかけてきていたのだ。

『俺、絶対辞めませんからねっ!!
 なーにイザとなったら
 あんなババアとは縁を切ってですね・・・!!』

 という声が聞こえてくるが・・・。
 ここで、美神はチラリと雪之丞を見る。それから目を閉じて宣告した。

「ダメよ!
 卒業するまでは
 もうあきらめなさい!」

 この言葉は、周囲の三人にもハッキリ聞こえる。

「みっ・・・美神さん!?」
「美神どの・・・!?」
「・・・」

 彼女は、それを気にせず、

「お母さまを裏切ったりしたら
 許さないからね!」

 と続けた。

『そ・・・そんなっ!!
 俺は・・・』
「・・・あんた、
 私のママが亡くなったの知ってるでしょ!?
 お母さんの言うとおりしなさい!!」

 電話の会話がそこまで進んだところで、

「・・・仕事どころじゃなさそうだな。
 また来るぜ・・・」

 雪之丞は、小声でつぶやきながら、静かに事務所をあとにした。


___________


「冷たいよな、美神さん。
 そんなの知ってたけど・・・」

 心の涙を流しながら電話を切った横島のところに、

「お待たせ、忠夫!
 勤務先が決まったわよ」

 と言いながら、百合子が戻って来た。

「ニューヨークよ!
 ちょっと遠いけど仕方ないわね。
 一緒に行こう!」

 口調も表情も穏やかだが、NOと言わせるつもりなどない百合子であった。


___________


「すっかり暗くなっちまったな・・・」

 そう言いながら公園のベンチから立ち上がったのは、雪之丞である。
 事務所を出た時点では日没前だったのだが、いつのまにか夜になっていた。
 かなり長く座り込んで、物思いにふけってしまったらしい。

「おふくろさん・・・か・・・」

 とつぶやきながら歩き始めた雪之丞だったが、突然、背中に悪寒が走った。
 振り向くと、

「ほう・・・おまえは
 いつぞやの霊能者だな!?」

 そこに、刀を手にした武家姿の男が立っていた。深くかぶった編み笠のために、顔は全く見えないが、その正体は明白だった。

「オオカミ野郎・・・!!」
「・・・すっかり元気になったようだな。
 ならば、また霊力をいただこう・・・」

 男は、編み笠を脱ぎ捨てた。
 月の光に照らされて、魔色の両目や、口の端の牙が明らかとなる。
 彼の名は犬飼ポチ。人狼の秘宝である妖刀『八房』を用いて、狼王フェンリルになろうと試みた狂気の人狼である。
 その『八房』を横島に折られ、犬飼自身もダメージを負って逃走したのだったが・・・。
 彼の手には、修復された『八房』が握られていた。以前の妖刀より少し短いようだが、小太刀という程でもない。

「新しい『八房』の最初のサビとなること、
 光栄に思うのだな・・・!!」
「『新しい』・・・!?
 それはこっちのセリフだぜ!!」

 雪之丞が魔装術を展開させた。
 妙神山での修業で魔装術の奥義に辿り着いた彼だったが、その後、強敵と戦う機会はなかった。
 新しい魔装術で、どこまで強くなったのか。それを試す相手として、犬飼は、かっこうの相手だった。

「ほう・・・!!
 化物と罵られて、外見を変えたのか!?
 しかし・・・知っておるかな、
 『見かけ倒し』という言葉を!?」

 犬飼が『八房』を振るう。
 以前の刀と同様、幾つもの凶刃が飛んできた。しかし、

「さすが新しい魔装術だ、なんともないぜ!!」

 雪之丞は、これを防御してみせた。かつての魔装術ならば、装甲の厚い部分でも抉れてしまったし、それに、腕や脚に直撃したら斬り落とされる可能性まであった。
 だが、今回は違う!
 もちろん、全くの無傷というわけではない。かすり傷程度はついてしまったが、雪之丞は気にしていなかった。

「・・・ふむ。
 やはり人間の刀鍛冶に作らせては
 この程度のシロモノか・・・」

 犬飼の側では、雪之丞が急激にパワーアップしたとは捉えていない。自分の刀の劣化を嘆いていた。

「・・・しかし、
 刀の機能は変わらなかったようだ!!
 ははははははは
 ははははははは!!」

 高笑いとともに、犬飼の魔力がグングン上昇する。
 これを察知して、雪之丞は、自分のミスを悔やんだ。
 たとえかすり傷であっても、傷を受けてはいけなかったのだ。そこから霊力を吸われてしまったのだ。

「・・・しまった!!」

 一瞬のうちに、犬飼の姿が異形へと変化していく。
 着物を突き破って巨大化し、四つ脚の獣となった。体全体も顔つきも狼を思わせるものだが、目は三つとなっている。従来の目の下に、左右に長くつながったものが現れたのだ。しかも、三つとも、獣の目ではなく、虫のような複眼になっていた。

『後悔しても遅いわ!!
 「狼王」フェンリルの復活だ!!』


___________


『腹がへったぞ・・・。
 肉を喰わせろ!!』
「冗談じゃねえ!!」

 雪之丞に向かって噛み付くフェンリル犬飼だが、もちろん、雪之丞は跳んで逃げる。
 
「なに!?」

 ジャンプの直後で方向転換できない雪之丞を、強力なビームが襲った。フェンリルの目から発せられたものだ。

「・・・!!
 ほとんど怪獣じゃねえか・・・」

 魔装術のおかげで直撃しても命に支障はなかったが、地面に叩き落とされ、意識も失ってしまう。

『くっくっく・・・
 うまそうだ・・・!!
 ひとくちで・・・』

 フェンリルが彼を食べようとした瞬間、

『だッ!?』

 強力な一撃が横からぶつけられ、その邪魔をした。
 ふと見ると・・・。

「バイトを辞めるにしても・・・
 こいつだけは俺が倒さなきゃあな・・・」

 サイキック・ソーサーを投げつけたばかりの横島が、そこに立っていた。


___________


 横島の後ろには、シロもいっしょだった。
 散歩に連れ出すためにシロが横島の部屋へ行ったところで、ふくれあがったフェンリルの妖気を感じたのだ。そして、ここまで二人は駆けてきたのだった。

「犬飼・・・!!
 父のカタキめ、覚悟せよ!!」
「待て、シロ!!」

 仇討ちに燃えるシロを、横島が手で制した。 

「・・・いくら俺たちが強くなったとはいえ、
 こいつだって並のバケモンじゃねえ!!
 ・・・美神さんと合流しろ、
 アルテミス計画だ!!」
「わかったでござる・・・」

 フェンリルの逆襲に備えて、美神たちは、人狼族の守護女神アルテミスを召還する準備を整えていた。そのための魔法陣を六道家の敷地に描いたのはずいぶん前だが、まだ残っているはずである(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。

(いくら六道家の人々がボケボケとはいえ、
 あれをウッカリ消したりしてないよな・・・!?)

 と考えながらも、横島は、フェンリルを睨み続けた。

『横島・・・だったな!?
 貴様に受けた傷、まだ痛むぞ!!』

 フェンリルの注意が横島に向いた隙に、シロは意識不明の雪之丞を抱え上げて、その場を一時離脱した。
 
(ナイス、シロ・・・!!
 これで、こいつと一対一だ!!
 何とかシロが戻るまで時間を稼げれば・・・)

 しかし、そんな横島の思惑を裏切るかのように事態は進展する。

「・・・なんだい、この怪物は!?」

 その場に、百合子が現れたのだった。


___________


「ちょっと、あんたたち!」

 事情も語らずに、シロと横島は部屋から走り出してしまった。
 何か事件が起こったのだろうということは、百合子にも推測がつく。一般人が近づいては危ないということも分かるのだが、

「・・・一度くらいGSの仕事を
 この目で見ておくのもいいかもしれないね」

 と思ってしまったのだ。
 自分の身は自分で守るという自信があった上での考えである。なにしろ、百合子は、今回来日した飛行機の中でも一人でハイジャック犯を倒したくらいの、ちょっと凄腕の一般人なのだ。
 こうして、二人を追いかけて百合子は、今、この場に辿り着いたのだった。


___________


「・・・これが俺たちの仕事さ」

 一応の返事を百合子に投げかけた横島だったが、

(・・・最悪のタイミングだ!!)

 心の中では、かなり動揺していた。
 もう少し早く来ていれば、シロがここから離れる際に、いっしょに連れて行ってもらえただろう。
 もっと遅ければ・・・。この戦い自体、終わっていただろう。何とかシロが戻るまで持ちこたえて、アルテミスの力で一気に叩く。これは、そういう決戦だった。

「GSっていうのは・・・
 怪獣退治もするのかい!?」

 百合子も、自分の判断ミスを後悔していた。目の前の怪物からくる強大なプレッシャーは、霊能力などない自分にも分かるくらいだ。
 これは、とても『自分の身は自分で守る』というレベルではない。
 一方、フェンリルも、

『・・・ほう!?
 貴様の関係者か・・・!?
 霊能者ではなさそうだが・・・』

 と、新しい乱入者に対して、値踏みするような視線を向けていた。
 これを見て、横島が決意する。
 どうやら逃してはもらえないようだ。それならば・・・。

「母さん・・・!!
 そこで、じっとしててくれ・・・」

 横島は、文珠に『防』と入れて百合子に投げつけた。
 かろうじて出すことが出来た、たった一つの文珠である。うまく使えば有利に戦えるのだろうが、この状況では、母親の身を守る方が優先だった。

「忠夫!?
 これは・・・」

 結界に囲まれた百合子は、横島がバリアを用意してくれたのだと理解する。

『ほう・・・。
 しばらく見ぬうちに、
 面白い芸当を身につけたようだな・・・?』
「本当は、
 もっと色々と出来るんだがな・・・。
 今は一つしかなくて残念だ!!」
『・・・ふむ。
 余興も終わりだというなら・・・!!』

 口を大きく開けたフェンリルが、横島へと突撃した。


___________


 ある者はフェルリンル出現の気配を感じて、また別の者は連絡を受けて。
 GSたちが、六道家の魔法陣のもとに集まっていた。

『これが・・・女神のパワー!?
 凄いでござる・・・!!』

 すでに、月と狩りの女神アルテミスを呼び出すことにも成功していた。今、その力は、魔法陣の中心にいたシロに憑依しているのだ。
 女神の姿が投影されたらしく、シロの外見は変わっていた。
 胴体部は胸元まで毛皮に覆われているが、なぜか股間はハイレグであり、また、胸の谷間からヘソまでは大きく露出している。何歳か成長したかのように変化したボディラインが、すっかりあらわになっていた。
 肩も裸だったが、腕は手の甲まで続く布製アーマーで保護されている。耳は上方へ巨大化して、より獣らしくなり、シッポも長くなったようだ。また、前髪に隠された額には、女神の力の象徴である宝玉が張り付いていた。
 アルテミスシロを見守る一同の中で、

「刀匠事件の意味に気づいていれば・・・!!」

 と、西条が悔やむようにつぶやく。
 オカルトGメンの管轄にはなっていないが、高名な刀鍛冶が失踪した事件は、ニュースで聞き知っていた。妖刀『八房』が復活し、フェンリルが出現したとなれば、もう明らかだ。犬飼にさらわれて、妖刀の修復をさせられていたのだろう。

「西条さんが気にする必要はないわ。
 あいつを逃しちゃったのは横島クン・・・。
 だから、この件は
 美神除霊事務所でカタをつけるわ!!
 行くわよ、シロ!! おキヌちゃん!!」

 美神は、アルテミスシロとおキヌを連れて、戦場へと向かった。

「令子だけに任せておけないワケ!!
 私も・・・」

 エミが美神を追いかけようとしたが、唐巣神父がそれを止める。

「相手がフェンリルとなった犬飼では、
 私たちが行ったところで
 かえって足手まといだろう」

 唐巣は、美神ほか三人が妙神山最難関の修業を受けたことを知っていた。美神の事務所メンバーの戦闘力は、もはや自分よりもはるかに高いのだ。

「彼らはみんな、凄い修業の末
 とても強くなったからね・・・」

 つぶやいた唐巣の耳に、

「あれ〜〜?
 おキヌちゃんも〜〜?」

 という冥子の言葉が入ってくる。

「あ・・・」

 おキヌのことなどカウントしていない唐巣であった。


___________


 フェンリルとなった犬飼のパワーは凄まじい。

「くっ!!
 俺だって強くなってんのに・・・!!」

 以前のようにハンズ・オブ・グローリーを二刀流にして戦う横島だったが、完全に押されていた。致命傷こそ受けていないが、もうボロボロである。
 しかも、実は、フェンリルは全力を出していなかった。
 以前に体もプライドも傷つけられた恨みがある。だから、一気に仕留めるのではなく、横島をいたぶっていたのだ。

『弱いなあ・・・
 貴様の力は、この程度だったか・・・!?』
「バカやろう!!
 おまえがバケモノすぎるんだー!!」
『くっくっく・・・
 そろそろ終わりにしてやろうか・・・』

 満足そうに笑うフェンリルは、ガバッと口を開いた。横島を丸呑みにするつもりだ。
 しかし、その試みはうまくいかなかった。

『な・・・!?』
 
 強大な霊波刀を頭から食らってしまったのだ。

「先生に手を出す奴は許さんでござる!!」

 アルテミスシロが、駆けつけて来たのだった。


___________


「あ・・・あれが霊波刀!?
 ものすごいパワーだわ!!」
「さすが女神さまの力ですね!!」

 シロについてきた美神とおキヌが驚愕しているように、アルテミスシロの霊波刀は、非常識だった。
 長さ自体も、身長の何倍もあるのだ。それは、ちょうど、シロ・メガ・キャノンを刀状に収束させたかのようなシロモノだった。
 横島も驚いているが、

「おお!?
 ここまで育てば
 さすがの俺もドキドキだーっ!?」

 こちらは、霊波刀が対象ではない。セクシーになったシロの体型に魅了されていた。
 横島の霊力が上昇し、両手の霊波刀もグンと大きくなる。

「横島・・・」

 呆れたような視線を彼に向けた美神だったが、ここで、ふと気が付いた。
 なぜか、この場に百合子までいるのだ。ただし、彼女は、結界に守られている。

(文珠を使ったのね!?
 ・・・ヘソクリしてたのかしら?)

 横島の文珠を管理しているつもりの美神としては、少し不思議にも思ったが、

(でも、一つでもあってよかったわ)

 と安心し、続いて、自分の方針を反省する。
 今後は、全部事務所に保管するのではなく、いくつか横島に渡しておいた方がいいだろう。美神自身が精霊石のアクセサリーを常に身に付けているように、横島も少しは文珠を持ち歩くべきだろう。
 
(どうやら、強い敵って突然現れるみたいだから・・・)

 と考えながら、美神は、持ってきた文珠を握りしめる。
 今のような戦闘の真っ最中では、美神が横島に文珠を投げ渡す余裕もないのであった。


___________


「そうか、やはり女神の力を・・。
 フ・・・!」

 アルテミスシロの一撃を受けても、フェンリルには、まだまだ余裕があった。
 修業で霊力を高めて無理矢理変身した紛い物ではないのだ。きちんと『八房』でエネルギーを吸い取った結果の、本物の『フェンリル』なのだ。もはや、犬飼自身が驚くほど強力となっていた。

「とっくに引退した女神など・・・
 伝説のフェンリル狼の敵ではないわ!!」

 自分のことは棚に上げて、アルテミスを時代遅れだと嘲笑うフェンリル。その目に光が集まり、シロへ向かってビームが放たれた。

「こんなもの・・・!!」

 両腕でガードしたシロは、この直撃をかろうじて耐えきったものの、公園中央の大木へ叩き付けられて倒れてしまった。
 さらに、弾き飛ばされたエネルギーの余波が、周囲の者たちを襲う。

「・・・!!」
「うわっ!?」
「えいっ!!」

 百合子は、結界に守られた。
 横島は、霊波刀で迎撃した。
 美神は、横に跳んでかわした。
 しかし、おキヌは・・・。

「きゃっ!?」

 と、叫んで倒れてしまう。
 
「おキヌちゃん!?
 これを・・・!!」

 駆け寄るよりも早いと判断して、美神は、『治』と入れた文珠をおキヌに投げつけた。
 おキヌは重症だったわけではない。脇腹を痛めただけだった。光に包まれ、たちまち傷が回復する。

「あ・・・!!」

 しかし、患部へ目を向けたおキヌは唖然としていた。服が部分的に破れているだけでなく・・・。
 その横にあったはずの、肩からぶら下げていたはずのポシェットが、中身ごと消滅していたのだ。ストラップ部分だけは残っていたが、それも、風に飛ばされてゆく。

(そんな・・・
 横島さんとの思い出が・・・!!)

 あの中には、おキヌの宝物が入っていた。どこに行く時も持ち歩いていたくらい、とても大事にしていたヌイグルミだった(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」参照)。
 おキヌの目に涙が浮かぶのを見て、

(よっぽど大切なものが入ってたのね・・・。
 財布とか貴金属とか・・・あるいは思い出の品とか?)

 と、同情する美神であった。


___________


『回復能力か・・・?
 厄介な・・・』

 フェンリルは、微妙に勘違いしていた。
 確かに、おキヌにはヒーリング能力がある。幽霊時代にはなかったが、生身になってから、いつのまにか身につけていた力だ。ただし、おキヌのヒーリングは『ある程度できる』というだけの弱いものであり、自分自身を治療することも不可能である。
 しかしフェンリルは、『治』文珠の効果を、おキヌ自身によるものだと誤解してしまった。人狼のヒーリングよりも強力な能力と思ったため、

『ならば、おまえから・・・!!』

 おキヌを食べようとして、向かっていく。
 消滅したポシェットの中身を思い、ショックで固まっているおキヌ。彼女に、逃げる余裕はなかった。

「おキヌちゃん!」

 フェンリルの動きは速く、美神が『防』文珠を投げつける暇も、他の者が助けに駆け寄る時間もなかった。


___________


『ひとくちで喰ってやろう・・・!!』

 フェンリルの口が閉ざされる瞬間、空から一条の光が飛来し、おキヌを直撃した。
 同時に、全員の頭の中に、一つの声が鳴り響く。

『今こそ、いつぞやのお返しをしましょう。
 私は・・・』

 正体に気づいた美神、横島、シロは、彼女のセリフを奪って叫んでしまう。

「・・・月神族の女王、迦具夜姫!!」

 確かに、先ほどの光は、月から一直線に降りてきていた。
 そして今、フェンリルの口が少しずつ開き始める。
 中から、おキヌが力づくでこじ開けているのだ!
 彼女がそんなパワーを得たのは・・・。

『私の力の一部を
 そちらの女性に憑依させました。
 月に支配された者を相手にするならば、
 これで十分でしょう。
 私は・・・
 月神族の女王迦具夜姫・・・』

 月からの声が説明する間に、フェンリルの顎が外れて、おキヌが飛び出してきた。

「ええっ!?」
「おキヌどの・・・!?」
「・・・その姿は!?」

 美神たち三人が驚いたのも無理はない。
 おキヌの長髪は黄金に輝いており、髪型まで少し変わっていた。また、私服だったはずなのに、今は制服姿なのだ。それも六道女学院のようなブレザーではなく、セーラー服となっていた。

「・・・」

 事態についていけない百合子だけが、結界の中で、表情も変えずにドンと構えている。

「何・・・これ!?」

 おキヌ自身も戸惑う中、

『え?
 地球人の好みに合わせたつもりなんですが・・・。
 なにかおかしいですか?』

 迦具夜の声は、以前と同じセリフを述べていた。
 彼女の言葉は、さらに続く。

『新しい情報を取り入れたつもりなんですが・・・。
 まだおかしいですか?』


___________


「ヒーリング能力もエスカレートしてるわ!」

 おキヌは、木の根元で倒れているアルテミスシロのところへ駆け寄り、彼女を治療する。治癒スピードは、おキヌ自身が驚くほど速かった。

『き・・・さ・・・ま・・・』

 顎を外されて身もだえていたフェンリルが、ここで、ゆっくりと立ち上がる。
 セーラー服のおキヌを睨むが、彼女もキッと同じ視線を返した。

「・・・許さない!!」

 小さくつぶやいたおキヌは、どこからか取り出した笛を構える。
 少し形状が変わっているが、ネクロマンサーの笛だ。

 ピュリリリリーッ!!

 笛の音そのものは以前と同じだが、パワーはアップしているらしい。

『グ・・・グワア・・・ッ!!』

 本来、ネクロマンサーの笛は、悪霊を成仏させるものだった。
 だが、もはや、全ての邪悪なる者への死のメロディーとなっているのだ!

「・・・という技だと思うでござるよ」
「どこかで聞いたような設定だな・・・?」
「また・・・シロの悪いクセね・・・」

 シロの説明を半信半疑で聞く横島と美神だったが、確かに、フェンリルは苦しんでいる。前脚で耳を塞いでいるが、それでも直接伝わってしまうようだ。

「死の最終交響曲でござる!!」

 調子にのって、シロが勝手にネーミングまでしていた。

「トドメは拙者が・・・!!」

 そう言ってフェンリルへ向かって走り出したシロだったが、

「ぐ・・・わ・・・!?」

 突然、その場にガクンと膝をついた。

「シロ・・・!?」
「どうした・・・!?」

 美神と横島は、フェンリルを変身おキヌにまかせて、シロのもとへ駆け寄る。シロはとても苦しそうなのだ。
 彼女はおキヌのヒーリングでケガから回復したものの、失った体力と霊力までは元に戻っていなかった。
 額の宝玉がピコピコと点滅を始め、そこからアルテミスの声が聞こえ始める。

『これ以上は無理だ!
 高すぎる霊力を酷使したおまえの身体は
 これ以上の負荷には耐えられん!』
 
 若くして妙神山の修業を極めたシロの霊力は、年齢に不相応なほど肥大化していた。しかし、肉体的には普通の人狼である。女神を憑依させたことで、その歪みが如実に現れてしまったのだ。

「女神さま・・・!!
 犬飼は拙者が倒したいのでござる!!
 どうか・・・」
『やめろ!!
 無理を続けたら死んでしまうぞ!!』

 這ってでもフェンリルを倒しに行こうとするシロを、アルテミスが再度制止する。もうシロの肉体から離脱しようかとも思ったが、その時。
 美神が、労りの気持ちをこめて、両手でシロの手を握った。

「私たちにまかせて・・・!!」
「美神どの・・・!!」

 もはや、シロ自身の体も、彼女に休息を要求していた。シロのまぶたが、半分閉じかかる。

『勝ちたいなら私の言うとおりにしろ!』

 頭の中に流れてきた女神の声に従って、シロは美神の手を握り返した。その手を介して、美神の体に何かが流れ込んでいく。

「ええっ!? これは・・・」
「あとを頼むでござる・・・!!」


___________


「お・・・狼の女神のパワーが・・・
 私に・・・!?」

 シロの姿が元に戻ると同時に、美神がアルテミス化した。
 胴体部は毛皮に覆われているが、シロの時と全く同じで、露出の高すぎるハイレグ水着のようだ。元からスタイルが良かっただけあって、さすがにボディラインの変化はない。
 ベースが人間であっても、長いシッポ、小さな牙や独特の爪など、シロ同様の獣化をみせていた。
 耳も上方へ巨大化しているが、美神の場合、長髪で耳元が隠れているので、頭の上にケモノ耳がついたかのような印象を与えていた。シロとは違って額を隠すほどの前髪はないため、女神の力を象徴する宝玉は、その存在を強く主張している。

「久しぶりのフトモモー!?」

 鼻血を吹き出す横島だったが、霊波刀もさらに大きくなっていた。

「シロ・・・!!
 あんたの気持ち・・・しっかり受けとったわ!!」

 アルテミス美神は、横島にシロをあずけて、フェンリルへ向かっていく。


___________


『ぐ・・・』

 すでに顎も外れて、さらに、笛の音の効果で動きもままならないフェンリル。そんな彼に追い打ちをかけるように、美神が頭の上に飛び乗り、首にロープを巻きつけた。
 ただのロープではない。これは、女神アルテミスが狼を縛るための縄だ。

『女神が・・・人間・・・に・・・
 宿っ・・・た・・・だと!?
 なぜ・・・だ!?』

 フェンリルが呻くが、アルテミス美神は、それを無視した。

「覚悟はいいわね!?
 これは、シロのお父さんの分!!

 左手でしっかりロープを握ったまま、右の拳を次々とフェンリルへ叩き込む。

「これは、おまえに殺された人間と、
 傷を負わされた私の仲間の分・・・!!」

 美神の手は止まらなかった。

「そして、これが私の!!」

 それまで以上の力をこめて、

「おまえに切られた
 私の髪のお返しよーっ!!」

 彼女は、両手でフェンリルを殴りつけたのだ。
 もはや大地を踏みしめることも出来ず、地面に叩き付けられてしまうフェンリルだったが、まだ終わりではなかった。

「そして、これが私の!!
 あなたに奪われた
 横島さんとの思い出の分よーっ!!」

 いつのまにか美神の横に来ていたおキヌが、ネクロマンサーの笛をフェンリルの頭に振り下ろしたのである。

「おキヌちゃんまで!?
 しかもネクロマンサーの笛で・・・!?」

 見ていた横島が唖然とする。だが、彼だけ立ちすくむわけにはいかなかった。保護していたシロを百合子にまかせ、フェンリルへ向かっていく。

「なんだか知らんが・・・俺も!!
 今まで色々と虐げられてきた恨みだーっ!!」

 と言いながら、霊波刀を叩き込んだ。

『それ・・・は・・・
 八つ当たり・・・だ・・・』

 三人にボコボコにされながらも、フェンリルは、シッカリ主張した。
 しかし、彼は知らなかった。そもそも美神の私怨にも、少し八つ当たりが含まれていたのだ。確かに美神は髪を切られたことを恨んだのだが、その際、髪の長さの変化に気づかなかったという理由で横島にも腹を立てていたのである。
 だが、これは美神自身も意識していない微妙な感情なので、フェンリルが分からないのも当然だった。 

『あ・・・あの・・・?
 も・・・もう十分・・・だな?』

 女神アルテミスは、鬼気迫る勢いで殴り続ける三人に遠慮してしまったのだが、ここで、美神の体から抜け出した。

『一緒に行こう・・・
 おまえも私と同じ世界に属する者・・・。
 さあ・・・おいで・・・』

 すっかりボロボロになったフェンリルとともに夜空へ浮かんでいき、まるで幽霊が成仏するかのように、姿を消した。
 そして、

『これでお返し出来ましたね。
 私は・・・
 月神族の女王迦具夜姫・・・』

 という声とともに、おキヌの外見も元に戻った。
 
「父上・・・
 終わったでござるよ・・・」

 一部始終を見届けてから、シロが目を閉じて倒れ込む。

「ちょっと・・・!?
 シロちゃん!?」

 彼女を預かっていた百合子が心配するが、どうやら、疲れて眠ってしまっただけらしい。シロは寝息を立てていた。
 安心した百合子は、顔を上げて横島を眺める。

(忠夫・・・。
 しっかり見せてもらったよ、
 おまえが暮らしてきた世界を。
 その世界の人々との関わりを。
 子供が巣立つのって・・・
 案外早いもんなんだねえ・・・)

 シロを抱きかかえたまま、彼女は感慨にふけるのだった。


___________


 シロには、全霊力を集めて撃ち出すシロ・メガ・キャノンという技がある。直後には疲れて眠り込んでしまうという、ある意味使い勝手の悪いシロモノだ。これを見てきた美神たちにとって、『霊力を使い切ったシロが、回復のために寝ている』というのは、いつものことであった。
 今回も同様だと考えて、彼らは、それほど心配していなかったのだが・・・。

「あれ!?
 ・・・拙者、いつのまに成長したでござるか!?」

 数時間後に目を覚ましたシロは、記憶の一部を失っていた。
 子供でありながら、肉体は年齢以上に成長し、さらに、身体の器よりも強大な霊力を使っていたシロ。そんな彼女にアルテミスが憑依することは、美神たちの予想を超えた負担となっていたのだ。その皺寄せが、思いもよらぬ部分へ来てしまったらしい。

「えーっと・・・!?
 横島先生に弟子入りして・・・。
 犬飼の『八房』でやられて・・・」

 シロは、横島たちと出会った辺りは明確に覚えていた。あやふやなのは、横島をかばって犬飼に斬られた頃からだ。
 しかし、それ以降の全てを忘れたわけではない。

「ああ、超回復!!
 思い出したでござるよ。
 それから・・・
 美神どのの計画で女神さまを呼び出して、
 その力を借りてフェンリルを倒したのでござるな!?」

 犬飼逃亡直後に色々と準備したことも、今日の戦いそのものも、ちゃんと覚えていた。
 抜け落ちているのは、しばらく犬飼が消息不明だった時期の出来事である。
 死津喪比女の事件、妙神山での修業、平安時代への時間移動、生身になったおキヌの帰還、そして、月への宇宙旅行・・・。
 そうした日々の記憶がなくなってしまったため、シロの中では、まるで犬飼が比較的すぐに戻ってきたかのような認識になっていた。

「まあ・・・。
 そういうことにしておきましょうか」

 複雑な表情で、美神がまとめる。
 もともと、シロが事務所に居候するのは『仇を討つまで』という取り決めだった(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。シロは、これで、人狼の隠れ里へ戻るのである。

(それならば・・・
 無理に思い出す必要もないでしょう。
 ・・・なんだか寂しいけどね)

 美神たちに見送られて、シロは、その日のうちに里へと帰っていった。

「また遊びに来るでござるよ!!」

 と、無邪気に言い残して。


___________


「おまえがもう一人前だということはわかったよ。
 ・・・このまま、この世界で頑張りな!!
 それに、おまえのカッコイイ姿を見てたら
 父さんのことを思い出しちゃってねえ・・・。
 もしかしたら『会社にゲリラ』も
 今回はホントかもしれないから、
 一度ちゃんと話し合ってみるよ」

 百合子は、ナルニアへ帰国することを、横島たちに告げた。
 空港まで見送りに来たのは、美神、おキヌ、横島の三人である。シロは里へ戻ってしまったし、雪之丞はまだ入院していた。

「いったい今回の騒ぎは
 なんだったんだ・・・?」

 母親から解放されたことを喜ぶべき横島だったが、最後だけアッサリと解決したため、茫然としていた。
 百合子を乗せた飛行機が空に飛び立っていく。
 それを見ながら、美神は、

(もしかして・・・
 最初から、様子を見に来ただけだったのかも?)

 と考えてしまった。
 
「・・・それじゃ帰りましょうか」

 と、空港のロビーを歩く三人だったが・・・。

 ドガッ!!

 突然、ターミナルビルの壁面を突き破って、一台のジェット機が突入して来た。
 中から、ロープで縛りつけた女性とともに、一人の男が降りてくる。

「ゆ・・・百合子・・・!!
 ちゃ・・・ちゃんと来たぞ・・・!!」
「お、親父っ・・・!?」

 それは横島の父、大樹であった。

「浮気じゃない証拠のテロリストと・・・
 買っといた指輪を・・・!」

 彼の手には、結婚記念日のプレゼントが握られていた。
 どうやら、自分の釈明が正しいと示すために、わざわざ来たらしい。まだ百合子が日本にいると思っていたのだ。
 三人が、哀しげな視線を大樹へと向ける。代表して、横島が口を開いた。

「おふくろなら・・・たった今、
 ナルニアへ帰っていったけど・・・」
「え・・・!?」

 バタッと倒れてしまう大樹であった。


(第二十九話「三姉妹の襲来」に続く)

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