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『復元されてゆく世界』
初出;「NONSENSE」様のコンテンツ「椎名作品二次創作小説投稿広場」(2007年12月から2008年2月)

第二十九話 三姉妹の襲来
第三十話 最終決戦にむけて
第三十一話 私たちの横島クン
第三十二話 宇宙のレイプ
第三十三話 さよならルシオラ
エピローグ 復元された世界






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第二十九話 三姉妹の襲来

 その病室には、一組の男女が入院していた。
 男の名は、伊達雪之丞。年は若いが腕は確かなゴーストスイーパーだ。
 女性の方は、彼のガールフレンドの弓かおり。少女漫画のようなキラキラした瞳が特徴の美少女である。しかし今は眠っているため、その目を覗き込むことは出来ない。

「ひどい・・・!
 全身の霊力中枢がズタズタだわ!
 いったい何があったの!?」

 今、ここには、美神と横島とおキヌの三人が面会に訪れていた。
 雪之丞たち二人は、デート中に強力な魔物に襲われたらしい。美神たちにしてみれば、友人を見舞うというだけでなく、詳しい話を聞いておく必要があった。

「いきなり攻撃してきて、
 センサーみたいなもんで霊力を探られた」

 雪之丞の言葉を聞いて、美神の表情が変わる。
 横島が雪之丞に馬鹿な問いかけをしているが、その対応はおキヌにまかせて、

「そいつら誰かを・・・
 あるいは何かを探してるふうだったのね?」

 と、美神は確認した。

(・・・まさかとは思うけど・・・)

 心当りのある彼女は、考え込んでしまう。
 そこに・・・。

 ズン!!

 強力な霊的圧力が一同を襲った。

「こ・・・これは!」
「お、同じだ!
 この霊圧のプレッシャー・・・!!」

 雪之丞の叫びが、その場の緊張を高める。
 そして、

『あら、いやだ!
 さっきの男じゃない?』
『ちがうでちゅ、ルシオラちゃん!
 髪の長い女の方でちゅ!』
『ねー
 もーさっさと帰ろーぜ!
 そんなに簡単に見つかるなら苦労しないって!』

 壁や天井をすり抜けて、女性型の魔物が、三人現れた。

『そうねえ。
 でも、せっかくだから・・・
 この女だけ調べて行きましょ。
 メフィストの生まれかわりは
 日本にいる可能性が高いんでしょ?
 このままアシュタロス様のところに
 連れ帰れれば手間がはぶけるじゃない!』

 右の魔物は、短い黒髪の少女であり、人間で言えば十代後半あるいは二十歳前後といった外見だった。彼女は、赤・白・黒の三色からなるスーツに全身を包まれている。露出しているのは、顔、手、太ももの一部、胸元のごく一部くらいだった。
 スーツの背中は二つに分かれて長く伸びており、また、額には金属色のバイザーが装備されている。さらに、頭には、昆虫の触覚のようなアンテナが一対。
 こうした特徴は、見ようによっては、かつての横島のシャドウとも似ている。だが、その類似に気づく余裕は、この場の美神たちにはなかった。

『ルシオラってば仕事熱心だね。
 クソマジメなんだから・・・』

 と、ため息を小さくついたのは、左の魔物だ。
 彼女の目元には、隈のようにも見えてしまう模様がある。右の魔物同様、頭には一対のアンテナがあったが、髪は長く、オレンジ色をしていた。
 紫色を基調としたアーマーに身を守られているが、体にピッタリとフィットしているため、ボディラインは明らかだ。胸が豊かな分だけ、右の魔物よりも少し年上に見えたが、実は右の魔物の妹である。
 続いて、

『ペチャパイで性的魅力に欠けるから
 その分マジメにならざるをえないでちゅー』

 中央の魔物が、ウインクしながら最初の魔物をからかった。
 他の二人と違って、幼い容姿である。黄色と黒の二色で構成された服も、腰の部分は、子供が着るスカートのような感じだった。
 ボンボンが幾つもついた帽子をかぶっており、そのため、触覚の有無はわからない。ただし、頬には、魔族らしいが子供らしからぬ黒い太線模様が入っていた。

「え・・・
 そ・・・それじゃこいつらは・・・!!」
「しッ!!」
 
 迂闊なことを言いそうな横島の口を、美神が左手で押さえつけた。右の人差し指は自分の唇にあてるという念の入れようだ。
 なにしろ、彼らの会話から、もはや明らかだったからだ。この三人はアシュタロスの配下であり、探しているのは美神なのだ!

(前世の因縁が・・・
 とうとう追いついてきた!!)

 と美神が気を揉んでいる横では、おキヌが、別の意味で驚愕していた。

(このひとなんだわ・・・!!)

 仲間から『ルシオラ』と呼ばれている女魔族。
 おキヌは、彼女から目をそらすことが出来なかった。彼女を見ていると、横島と仲睦まじくしている光景が、いくつも頭に浮かんでくるのだ。

(このひとが横島さんの恋人になるんだ・・・!!
 そして横島さんは
 究極の二択に悩まされる・・・。
 このひとを救うために全てを犠牲にするか、
 あるいは、逆に
 私たちのためにこのひとを犠牲にするか・・・)

 おキヌは、かつて見てしまった横島の未来と、目の前の『ルシオラ』とを結びつけて考えていた。




    第二十九話 三姉妹の襲来




「うわぁあぁああッ!!」

 窓から逃げ出そうとした美神だったが、ルシオラが投げた探査リングの餌食になってしまう。美神は、意識を失ってその場に倒れ込んだ。

『・・・霊圧、5.6マイト! 結晶未確認!』
『5.6マイト・・・!?
 なーに?
 低すぎて話にならないじゃない!』

 探査装置の報告を聞いて、ルシオラが、意外そうにつぶやいた。
 実は、霊力が予想外に低かったのは、美神が幽体を肉体から離脱させたからである。アシュタロスのエネルギー結晶が魂に含まれていることを隠すために、急遽思いついた策だった。
 これにルシオラは気づかず、計測結果を信じてしまったのだ。
 しかし、魔族側だけではない。横島もまた、美神がやられたと思ってしまった。
 彼は、部下にして下さいなどと心にもない媚を売って、まず三人娘を油断させる。それから、

「美神さんのカタキだ!!
 くらえ、この野郎っ!!」

 という言葉とともに文珠を投げつけた。
 横島の文珠は、かつては全て事務所に保管されていたのだが(第二十一話「神は自ら助くる者を助く」参照)、最近、美神の方針も少し変化していた(第二十八話「女神たちの競演」参照)。いくつか常に持ち歩くように言われた横島は、今も数個持っていたのだ。
 『凍』と書かれた文珠は、横島のイメージどおりに敵を氷漬けにしたのだが・・・。

 パリパリ! ペキペキ! パキッ!

 どうやら敵の魔力が高すぎて、凍らせたのは表面の薄皮一枚だけだったらしい。すぐに氷の衣も剥がれ落ちてしまった。

『おどろいた・・・!
 今の、絶対零度近く下がったわよ!』
『一瞬だけど霊力にして300マイト近くはあったね。
 ためたパワーを一気に放出する技か・・・!』

 ケロッとしている彼らを見て、横島が再び文珠を投げつける。

「冷やしてダメなら!!」

 今度は『熱』という文字を込めていた。人間ならば蒸発しかねない熱量をぶつけたはずだが、

『今度は熱風・・・!?』
『攻撃の種類を変えられるのか!?
 器用な技だね・・・!』

 これも、たいして効果がなかった。

「あれ?
 この二重コンボって、
 アニメや少年漫画でよく使われる
 必殺の一手なんじゃないの・・・?」
「ダメだ横島、
 お前の使い方は微妙に間違ってるぞ。
 敵が低温から回復したあとじゃ遅いんだ・・・」
「そうなのか・・・?」

 期待はずれの戦果に拍子抜けした横島と、ベッドに横たわる雪之丞が、少年同士の会話をかわしている。
 そんな横島を見て、幼い魔族が目を輝かせていた。

『おっもしろーい!!
 こいつ気にいったでちゅー!!』

 ポンと手を叩いてから、

『ルシオラちゃん、こいつ飼ってもいいっ!?』
『また・・・?
 しつけはちゃんとするのよ?』
『うんっ!!』

 と、横島の都合など考えずに、不穏な決定を下していた。

『よしっ!!
 今日からおまえの名前は「ポチ」でちゅっ!!』

 横島は首輪をされてしまい、連れ去られそうになった。だが、

「ダメー!!」

 と、おキヌが彼に飛びついた。

(連れて行かれたらホントに恋人になっちゃう!!
 それだけは防がなくちゃ・・・!!)

 必死なおキヌだが、魔族の三人は、冷ややかな視線を向けている。

『こいつも連れてくのかい?』
『・・・興味ないでちゅ』
『そう・・・!?
 でもまあ、
 ついでだから調べておきましょうか』

 仕事熱心と言われていたルシオラが、サッと探査装置を投げつけた。

『キャアァアアアァッ!!』
「・・・おキヌちゃん!!」

 おキヌが逃げる暇はなく、また、首輪付きの横島が助けに入る余裕もなかった。

(横島さんを・・・
 守らなきゃ・・・いけない・・・のに・・・)

 という思いを最後に、おキヌの意識は、深い闇の中へ沈んでいった。


___________


「ここは・・・?」

 眠りから覚めたおキヌの目に入ってきたのは、見知らぬ天井だった。
 かなり長い間意識を失っていたようで、最初はボーッとしてしまうが、だんだん頭もハッキリしてきた。

「横島さん・・・!!」

 魔族にさらわれそうになった彼に飛びついて、逆に、魔族の装置をくらってしまった。そして、霊力中枢を破壊されて気絶したのだ。
 場所は、美神たちGSがよく御世話になる病院だったはずだが・・・。
 自分が寝かされているのは、全く別のところのようだ。

「とにかく、行かなくちゃ・・・!!
 横島さんを助けないと・・・!!」

 と口に出しながら、おキヌが起き上がろうとしたところで、ガチャリとドアが開いた。

「気がついたようだね・・・!!」

 入ってきたのは、スーツとネクタイで身だしなみを整えた長髪の男。オカルトGメンの西条である。

「あの・・・」
「無理することはない。
 もう少し横になっていたほうがいい」
「でも・・・。
 ここは・・・?」

 おキヌとしては、横島の安否が一番の心配ごとだったが、それをストレートに聞くことは、なんだか躊躇われた。

「ここは都庁の地下だ」

 西条が説明する。
 家康が江戸を都に定めて以来、東京は、霊的に設計され管理された都市となっていた。
 明治以降も、都市計画には必ずその道のプロが一枚かんでいる。都の安全と繁栄のために、都庁の地下には祭壇や霊的構造物が作られることになっていた。
 もちろん、これは極秘であり、地下施設も滅多なことでは使われない。しかし、今回の事件の対策本部として、使用許可が得られたのだった。

「令子ちゃんのたっての希望でね。
 君の身柄もこちらへ移したんだ、
 ヒャクメ様を保護したときに」
「『ヒャクメ様を保護』・・・!?
 それって・・・!?」
「落ちついて聞いて欲しい。
 もうアシュタロスの一件は、
 令子ちゃん個人の問題じゃなくなってるんだ」

 そして西条は、おキヌが眠っている間の経緯を語り始めた・・・。


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 アシュタロスの実動部隊は、たった四人の魔族だった。
 おキヌも遭遇した三姉妹は、長姉ルシオラ、次女ベスパ、末妹パピリオ。残り一人は、彼女たちの上司にあたる土偶羅魔具羅である。
 彼らは逆天号という巨大なカブトムシ型空中要塞を操艦していた。大きさだけでなく火力も凄まじい。逆天号によって、全世界の百八つの霊的拠点も全て破壊されてしまったくらいだ。
 最後まで抵抗した妙神山もすでに消滅し、そこに立てこもった神魔族の消息も不明だ。幽体の形で妙神山決戦に居合わせた美神は、小竜姫とワルキューレから、それぞれ『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』という神魔のアイテムを託されている。生還した美神の手の中で、それは、まるで二人のカタミのような存在感を示していた。
 さらに、現在は冥界とのチャンネルがアシュタロスに遮断されており、地上の神魔は、神界や魔界から回復のためのエネルギーを受けとることも出来ない。だから、もし生き残っているとしても、冬眠状態あるいは仮死状態のはずだった。
 ヒャクメだけは、敵に一時期捕われていたことが逆に幸いした。横島が連れて行かれた直後に、彼の協力もあって脱出。人間のもとへ逃げ込むことが出来たのだった。


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「妙神山が消滅・・・」

 おキヌは唖然とするしかなかった。
 西条の話は、彼女の予想を遥かに超えるスケールだったからだ。
 おキヌ自身、300年間の幽霊生活から蘇った女性である。数奇な運命をたどってきたという自覚はあった。そして、身近な美神や横島も、過去へ跳んだり月まで行ったり、とにかく非常識な経験をしてきた。
 しかし、今回は、かつてない大事件となっていたのだ。
 西条の話では、どうやら美神は無事だったらしい。だが、横島に関しては、連れ去られた直後のことしか言及されていない。
 まさか・・・!?

「向こう側の事情・・・
 ずいぶん詳しいことまでわかったんですね?」
「ああ、まだ話は終わりじゃない。
 心して聞いて欲しい・・・」


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 アシュタロスによるチャンネル遮断は、神界や魔界から援軍がくることも不可能にしていた。人界で活動出来る神魔は、もはやヒャクメ一人なのだ。
 このような状況の中、美神の中にあるエネルギー結晶をアシュタロスに奪われることだけは、なんとしても避けなければならない。人間たちも団結するしかなかった。
 国際刑事警察機構ICPOと日本政府は、経験豊富な一人の女性GSに全権を委任した。
 それは、美神令子の母親、美智恵である。五年前に亡くなっている彼女であったが、この人類および娘のピンチに、時空を超えて過去から駆けつけたのである。
 彼女を隊長として、対アシュタロス特捜部がオカルトGメン内に組織された。敵の移動要塞『逆天号』から脱出してきた横島も、その一員となり、現在重要な任務をこなしている。
 スパイ活動だ。
 敢えて逆天号に戻った彼は、詳しい内情を聞き出し、こちらへ伝えていた。おかげで、アシュタロスが神界・魔界へのアクセスを妨害できるのは一年が限度だということも判明した。その間美神を守りきれば、人類の勝利なのだ。
 また、魔族三姉妹は、探査リングではなく、要塞内の大型計算機でエネルギー結晶の持ち主を探すようになっていた。しかし、これも横島がコッソリ故障させたため、機械は全く別の一般人ばかり候補として選出していた。


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「一般人とはいえ、
 何らかの才能がある人間ばかり選ばれるらしい。
 人気歌手だったり、野球選手だったり・・・。
 この間なんて、
 ジャイアンズのクワガタ投手が・・・」

 重くなった場の空気を変えるため、西条は、わざと贔屓の野球チームの話をしてみた。だが、そんなことで気をそらされるおキヌではなかった。

「じゃあ、横島さんは・・・!!
 まだ横島さんは、あのひとたちと一緒なんですね!?
 そんな・・・!!」

 敵の魔族まで『あのひとたち』と呼んでしまうおキヌに対し、西条は内心で少し顔をしかめるが、

(まあ、おキヌちゃんは、こういうコだからな)

 と思って、それを隠した。

「安心したまえ!!
 潜入中の横島クンの安全確保には
 先生も気を使っている。
 この間も先生が自ら最前線に立って敵と戦い、
 その際に横島クンは魔族側で良い働きをした。
 これで彼らは横島クンを
 いっそう信用することになったのだよ」

 西条が『先生』と呼んでいるのは美智恵のことだ。
 美智恵は、アメリカ海軍から借り出してきた空母をうまく使った。別働隊とした艦載機で煙幕をはり、空母そのものの電力で時間移動現象を引き起こす。妨害霊波のせいで通常の時間移動はできないのだが、そこを逆手にとって、短時間ずれただけの敵戦艦『逆天号』を出現させてみせたのだ。
 煙幕のせいでそれが分からなかった魔族たちは、自分たちの逆天号を、自らの恐るべき火力で攻撃してしまう。
 大打撃を受けた彼らだったが、横島の機転で真相に気づくことができた。
 また、美智恵と直接戦っていたベスパを助け出したのも横島だった。空母の電力を巨大な霊力に変えて、神魔の武器を駆使して戦う美智恵は、人間のパワーの限界を大きく超えていた。銀の銃弾を装備した海兵隊まで伏兵として用意されており、ベスパは大ピンチに陥る。だが、横島が『閃』文珠で目くらましをしたおかげで、かろうじて逃げのびたのだ。

「横島さん・・・
 すごく・・・なったんですね・・・」

 おキヌは、表面では素直に感嘆する。しかし、心の底では、

(たぶん、それも・・・
 恋人ができたから・・・)

 と、ルシオラとの関係について考えてしまった。
 西条には、そんなおキヌの心情を読むことはできない。実は彼のほうでも、今語った話の中で、わざと曖昧に隠していた部分があった。
 それは、美智恵が横島ごと逆天号を撃墜してしまう可能性もあったということだ。

(僕にもなかなか
 先生の真意はわからなかったんだ。
 おキヌちゃんが知ったら怒るだろうからね)

 そう思った西条は、おキヌを安心させるために、冗談半分の言葉を投げかける。

「横島クンは魔物に好かれる体質だからね!
 心配することもないだろう。
 それに彼自身あの性格だから、
 今頃あの女幹部とデキてたりしてな・・・!
 ハハハ・・・」

 だが、今の彼女に、この言葉はキツかった。

(それが・・・
 一番困るのに・・・)

 目の前が真っ暗になったおキヌは、そのまま、再び意識を失ってしまったのだ。


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「ぐはッ!!」

 霊動実験室に美神の悲鳴が響き渡る。彼女が気絶し、プログラムも終了した。
 都庁地下の一室である。ここには高度なコンピューターが備え付けられており、ナイトメアやハーピーなど、美神が過去に戦った魔物の霊波動を再現することができた。単なる立体映像ではなく、実体を伴っていたため、訓練に使うには最適であった。
 美神は、連日ここで、かつての強敵たちと対戦していた。それも、オリジナルの10倍の強さに調整されたシミュレーションが相手である。
 美智恵からは、

「目標は百人抜き!!
 ひと月たってもできないときは、
 私の手でおまえを殺します!」

 と宣告されていたが、容易ではなかった。今日も、残り三十くらいで力尽きて倒れてしまったのだ。
 意識を失うまで戦い、回復したら、またトレーニングルームに来て戦う。
 これが、今の美神の日常だった。
 前線に出てアシュタロス配下の三姉妹を相手にする暇はないし、おキヌの見舞いに行く時間すら、なかなか作れなかった。


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「ここまでか・・・」

 司令室のモニターを通して、美智恵は、今日も娘の訓練を見届けていた。

「今の方法でパワーアップするのは、無理か・・・」
 
 美神の霊能力は成長のピークを過ぎていた。限界を超えるには、ギリギリまで追いつめて、あらゆる抑圧や理性から解放されるのを待つしかない。
 そう考えて過酷な訓練を続けていたのだが、期待した効果は得られていなかった。

「・・・もう、時間がない!
 パワーアップができないなら、
 ほかの方法で『上』を納得させないと・・・!!」

 実は、世界GS本部では、美神令子の暗殺が計画されていた。美神が死ねば魂は転生し、アシュタロスが欲しがるエネルギー結晶も行方不明となる。アシュタロスの妨害霊波に一年という限度がある以上、それで事態は解決だ。
 しかし、美神の母親としては、これは受け入れられない。だから美智恵は、別の策を用意できると主張して、指揮官になったのだった。

「ふう・・・」

 ため息をつきながら、視線をコンピューター画面へと移す。そこでは、美神令子に関する様々な情報ファイルが、同時に開かれていた。

「うーん・・・」

 現場で妖魔と戦う時とは違って、今の美智恵は眼鏡をかけている。
 眼鏡のツルの上から人差し指をこめかみにあてているが、別に頭痛がしているわけではない。同時に、ずり落ちるのを防ぐかのようにレンズ下を中指で押さえていたが、これも意識していたわけではなかった。

「・・・もしかすると、
 これが何かの鍵になるかもしれないわね」

 美智恵が気になっているのは、ヒャクメによって書かれたリポートだった。
 メインの内容は美神の前世に関する調査なのだが、そのファイルには、現世記憶の一部も封印されていると記されていたのだ。

「こんなんだったら、
 横島クンを向こうに行かせるんじゃなかったわ」

 ヒャクメの報告によれば、美神の記憶は、四つの文珠で封印されているのだ。この件に関して立ち入って調べるのであれば、文珠使いと話をすることは必須だった。
 すでに美神自身からは話を聞いている。横島と二人で開封を試みたが、失敗したそうだ。確かに、それはヒャクメの

『封印した霊能者自身でなければ開封出来ないだろう』

 という考察とも矛盾しない。
 しかし、ヒャクメの意見が完全に正しいとは限らない。だから、美智恵は、もう少しこの件を追求しようと思っていた。
 これは重要だと美智恵のカンが告げているからか、あるいは、単にワラにすがりたいだけなのか、それは美智恵自身にも分からなかった。

「身近で令子を見てきた者の意見として
 おキヌちゃんの話も聞いてみたいんだけど、
 彼女も昏睡状態なのよねえ・・・」

 と考えながら、美智恵は、椅子に深く沈み込んだ。
 そんな彼女の耳に、ドアをノックする音が入る。
 入室を促されて扉を開いたのは、西条だった。

「先生!!
 横島クンが・・・戻ってきました!!」


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「ここは・・・」

 再び目ざめたおキヌは、ゆっくりと現状を認識していた。
 見慣れない天井だが、心配する必要はない。ここは秘密基地なのだ。

「おキヌちゃん・・・!!」

 妙に愛しい声が横から飛んできたので、首をそちらに向けた。

「あ・・・!!」
「気がついたんだね・・・!!」

 ベッドの横に座っていたのは、おキヌがずっと心配していた横島だった。彼もおキヌの身を案じて、見舞いにきてくれていたらしい。

「横島さん・・・」

 ガバッと上半身を起こしたおキヌは、スーッと目を細める。

「変わりましたね・・・」
「ええっ!?」

 以前の横島は、二枚目半だった。その人となりを深く知る者にとってはカッコいいのだが、横島本人が自分を過小評価しているため、三枚目の空気がただよっていた。
 ところが、今は違う。落ちついた雰囲気が表情にも出ており、そのため、顔つきまで変わって見える。
 ギャグ漫画の登場人物が、急にシリアス漫画の主人公になった。それ程の変化だった。

「恋人ができたんですね・・・?」

 おキヌは、なるべく優しい口調で問いかけた。
 だが、瞳には複雑な感情が見え隠れしており、横島としても、嘘をついて否定することはできなかった。

「う・・・うん・・・」
「詳しく話してくださいな。
 美神さんには黙っててあげますから」
「え・・・!?」
「相手は、向こうのひとなんでしょう?」
「いや・・・でも・・・
 こういうのってホラ、
 あんまり人に話すべきじゃないような・・・」

 横島は男である。自分の恋人に関してペラペラとしゃべることには、抵抗があった。

「もちろん、
 言える範囲のことだけでいいんです」

 それでも、女性であるおキヌは、話を聞きたがった。

「私・・・
 自分が寝ていた間の出来事も
 西条さんから簡単に聞かされただけですから・・・。
 それを補足する意味でも、聞きたいんですよ・・・」
「ああ・・・そういうことなら・・・。
 えーっと、どこから話したらいいかな・・・!?」

 心を開いた横島は、

「向こうでも下働きさせられたんだけど、
 美神さんとこで丁稚奉公には慣れてたからさあ。
 あいつらの予想以上に役立ったみたいで・・・。
 あったかくしてくれたよ、時には
 味方のはずの人間たち以上に」

 と語り始めた。そして、

「で、ルシオラなんだけど・・・。
 あいつ、夕日見るのが好きで・・・」

 ルシオラとの個人的な思い出を、いくつかピックアップする・・・。


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 それは、美智恵の命令で敵戦艦『逆天号』に戻った直後のことである。

(せっかく脱出できたのに・・・!!)

 と思いながらも、横島は、洗濯にいそしんでいた。
 全自動洗濯機などないので、タライで洗ったものを、外のデッキにある物干竿で乾かす。

『ぷっ。
 くすくすくす・・・!!
 なーに、そのヘンなかっこう!?』
 
 笑い声がしたので振り返ると、ルシオラがいた。
 彼女が指摘したように、横島が着ているのは、彼自身の本来の私服でも、洗濯のための作業着でもない。
 骸骨模様のスーツに、長めの肩アーマーから連なるマント。パピリオから押し付けられた、悪役然としたコスチュームだった。

『どっかの古本屋のコスプレ店員みたい!!』
「ル・・・ルシオラ様!!」

 横島から見れば、ルシオラこそコスプレ美少女である。

『ちょっと涼みに出てたのよ。
 座標誤差修正に、通常空間に出る時間だしね。
 ほら・・・!』

 逆天号は、西へ向かって進んでいた。

『ちょっといいながめでしょ?』
「へええー!
 ちょうど陽が沈むとこっスね・・・!」

 遠い水平線に消えゆく太陽は、人の心も魔の心も感動させる光景だった。雲も太陽にかぶさることなく、離れた両サイドから、その美しさをサポートしていた。

『昼と夜の一瞬のすきま・・・!
 短時間しか見れないからよけい美しいのね』

 夕日に自分たちの境遇を重ねていたルシオラは、

『・・・その服、
 パピリオが作ったんでしょ?』

 と横島に問いかけ、説明を始めた。

『あのコ、なんでペットなんか飼うか知ってる?
 動物が育つのが好きなの。
 ・・・自分が大きくなれないの知ってるのよ』

 ルシオラたち三姉妹は、アシュタロスが完全復活するために造られた魔物だ。神界・魔界へのアクセス妨害に一年という限度がある以上、それより長く存在する意味はない。
 寿命を一年に設定することで、その分大きなパワーを与えられたのが、三姉妹だったのだ。

「え・・・!?」

 夕日に感動して、ちょっとしたデート気分だった横島だが、

「あ・・・
 あんたら一年しか生きられないわけ・・・!?」

 これには驚くしかなかった。

『人間のおまえの寿命はあと50年以上・・・
 パピリオは、きっとお気に入りのおまえに
 自分の思い出を残したいのね』

 ここでルシオラは、横島に体を向けて、

『私はまだおまえを信用したわけじゃないけど・・・』

 と言いながら、手を伸ばす。
 一瞬ギクッとした横島だったが、

(いや・・・!
 大丈夫だ、こいつは悪い奴じゃない・・・)

 と、心の底では、彼女を信用していた。
 ルシオラも、彼の予想を裏切らない。

『とりあえずそのバカな服・・・
 着てくれて感謝するわ』

 横島の手をキュッと握った。
 その小さくて柔らかい感触を、彼は、忘れることができなかった。


___________


『ポチ、バルブを閉めて!
 あ、ちがう、その横!!』

 それは、美智恵の時間移動能力で逆天号がピンチに陥ったときのことである。
 ルシオラは、三姉妹たちに『ポチ』と呼ばれている横島を連れて、船の外側から修理を試みていた。

『これっスか・・・!?』
『オーケー!! そのまま!』

 逆天号は、煙幕に包まれている。また、この時点では相手の正体も分かっていなかった。ルシオラとしては、脱出できるように応急修理することが絶対の命題だった。
 しかし、横島は違う。

(俺だけこいつらと心中して、
 めでたしめでたしなんて認めん!!
 なんとかしなくちゃ・・・!!
 スキをみて脱出じゃ!!)

 自分の生死が一番重要である。
 ルシオラだけは助けたいという衝動にも駆られたが、

(それどころじゃないだろ!!)

 首をブンブン振って自分の気持ちを否定した。
 そのとき、彼らの逆天号は、再び攻撃をくらった。強烈なエネルギー波を避けるため、船が大きく揺れる。

『あっ、しまっ・・・!!』

 ルシオラの手が、艦の装甲から離れた。空中に投げ出された彼女は、エネルギー波に吸い込まれそうになり・・・。

 ガッ!!

 横島に足首をつかまれた。

『ポチ・・・!?』
「あっ、し・・・しまった!!
 何やってんだ、俺は!?」

 ルシオラを助けたのは、無意識の行動だった。
 彼の意識は、

(今からでも遅くない!!
 手を放せば、ここから逃げられるぞ!!
 ・・・絶好のチャンスだ!!)

 と語りかけてくる。
 しかし、そんなことはできなかった。代わりに、グイッとルシオラを引き寄せて、甲板上に助け上げた。

『おまえ・・・もしかして、バカなの?』

 横島が逡巡したのは、ルシオラとしても理解出来ていた。だから、この結果を不可解に思うのだ。

「夕焼け・・・好きだって、言ったろ」
『え』
「一緒に見ちまったから・・・
 あれが最後じゃ、悲しいよ」
『おまえ・・・』

 横島は下を向いているので、ルシオラには、彼の表情を見ることはできない。しかし、もっと内側の何かを視たような気になるのだった。


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「あ・・・あの・・・
 なんの話でせう・・・!?」

 美智恵との戦闘が終わり、無事に逃げ延びた後。
 横島は、デッキに呼び出されていた。もちろん、相手はルシオラである。

『ポチ、おまえ・・・なんて名前なの?』
「は?」
『人間の名前よ。
 ちゃんと聞いてなかったから・・・』
「よ・・・横島忠夫ですけど・・・?」

 ルシオラは手すりにもたれて、横島には背中を向けている。何を考えているのか、彼には全く分からなかった。

『「ここで一緒に夕焼けを見た」って言ったわね、
 バカじゃない!?
 あんなささいなことが気になって・・・
 敵を見殺しにできないほど、
 ひっかかるなんて・・・』

 ルシオラが少しずつ振り向く。
 その表情よりも、ハッキリと『敵』と言われたことが、横島には気になった。自分でも不思議なほどに。

『私たちは一年で何も残さず消えるのよ!!
 あんなこと言われたんじゃ・・・
 もっとおまえの心に・・・
 残りたくなっちゃうじゃない・・・!』

 ルシオラが、横島の胸に顔を埋めた。

『敵でもいい、また一緒に夕焼けを見て・・・!
 ヨコシマ!』

 この状況に、彼は、

(なんかこの展開・・・
 大昔にもあったよーな・・・?)

 と、既視感を覚えるのだった。


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『楽しいわけないわね、
 私とドライブしたって・・・』
「え?」

 ルシオラたちは、田舎町から山に入ったところに、別荘を持っていた。カブトムシの大きさになった逆天号が森で自動修復している間、彼らは、そこで休んでいられるのだ。
 今、ルシオラと横島は、食料の買い出しにきた帰りだった。
 横島は、いつものジーンズ姿に戻っている。ルシオラも、アジト近くの人界で目立たないように、人間の少女のような服装をしていた。
 誰が今の二人を見ても、デート中の若い男女だと思うであろう。

『バカだわ、私。
 よく考えたらこっちは東側だから、
 夕陽なんか見えないのに・・・
 何やってるのかしらね』

 この言葉で、横島は、なぜ自分が買い物に付き合わされたのか、気が付いた。
 一緒に夕焼けを見る、その約束のためだったのだ。
 
『下っぱ魔族はホレっぽいのよ。
 図体と知能の割に、
 経験が少なくてアンバランスなのね。
 子供と同じだわ。
 おまえの迷惑を考えないで・・・ごめん』

 まっすぐ前を見て運転していたルシオラだが、

「ル・・・ルシオラ・・・!!
 一緒に逃げよう!!」

 と言われて、車をガードレールにぶつけてしまった。
 急ブレーキで停まった車内で、二人の会話は続く。

『な・・・何言い出すのよ!?
 ヨコシマ・・・』
「アシュタロスの手下なんかやることないさ!
 あいつは・・・
 あんたら全員使い捨てにするつもりなんだろ!?」

 横島は、必死になってルシオラを口説いた。そうしなければいけないと、心の底から思ったからだ。

「寿命だって、
 俺たちんとこに来りゃなんとかなるって!!
 神族と魔族がついてるんだから・・・。
 夕焼けなんか、
 百回でも二百回でも一緒に・・・!!」
『ヨコシマ・・・!!』

 彼の想いが、ルシオラに届く。

『おまえ・・・優しすぎるよ』

 横島に抱きつくルシオラだったが、

『・・・でもダメ。
 それだけはできないの。
 ・・・私にも事情があるのよ』

 彼の提案を受け入れることは不可能だった。

『でも、ありがと。
 一緒には行けないけど、
 おまえはあとでこっそり
 逃してあげるから安心して。
 ただ・・・今夜は、いてくれる?』

 そして、ルシオラは横島の耳元でささやく。

『おまえの思い出になりたいから、
 部屋に行くわ・・・』


___________


「これはつまり・・・
 あ・・・あとくされなくやらせてくれると、
 そー言っとるわけだよな・・・!」

 その夜、横島はベッドの中で悶々としていた。

「俺はヤる!!
 ヤらいでかああッ!!」

 自らの決意の勢いで、ガバッと起き上がる横島。だが、

「し・・・しかし・・・!
 あくまで寝返る気のないあいつは人類の敵・・・。
 いいのか!?
 そんな初体験で大丈夫か、俺・・・?」

 彼は、すぐに頭を抱え始めた。
 ヤりたい衝動と、ヤってはいけないという理性との板挟みで苦しむ童貞少年。そんな彼の耳に、庭で騒ぐ声が聞こえてきた。

『人間と・・・寝る!?
 バカも休み休み言いなっ!!』

 パジャマ姿のベスパだ。
 その相手をしているのは、枕を抱えたルシオラ。こちらもパジャマを着ている。

『私たちの一生は短いわ。
 恋をしたら・・・
 ためらったりしない・・・!!』
『そんなマネをさせるわけにはいかないね!
 力づくでも、やめさせる!!』

 ベスパが攻撃し、ルシオラも受けて立つ。
 しかし、バトルの中でも、会話は続いていた。

『私たちの霊体ゲノムには
 監視ウイルスが組込まれていて、
 コードに触れる行動をとれば、
 その場で消滅しちまうんだよ!?
 人間とヤればコード7に触れる・・・!!
 それでもあんた、ヤる気!?』 
『どうせ私たち
 すぐに消滅するんじゃない・・・!!
 だったら!!
 ホレた男と結ばれて終わるのも悪くないわ!!』

 ルシオラは、消えてしまうのを承知の上で、横島に体を捧げるつもりだった。
 とんでもない秘密を知ってしまった横島は、急いで部屋から逃げ出した。

「冗談じゃねーぞっ!!
 いくら俺でも、
 ヤッたら死ぬ女となんかヤれるかあッ!!」
 
 森の中で嘆いていた横島に、

『ヤればいーじゃないのよっ!!』

 という声が空から降り掛かった。
 ベスパとの戦闘を終わらせてきたルシオラだ。彼女は、ホタルの力でベスパを眠らせたのだった。ただし、パジャマはボロボロにされてしまい、今は下着姿になっている。

『お・・・女が抱いてって言ってんのよ!?
 おまえ、それでも男なの!?
 いくじなしっ!!』

 しかし、意気地どうこうの問題ではないのだ。

「死んでもいいくらい俺が好きなんて・・・
 ひと晩とひきかえに、命を捨てるなんて・・・
 そんな女、抱けるかよッ!!
 俺にそんな値打ちなんかねえよッ!!」
『ヨコシマ・・・』
「は・・・恥じかかせて、
 悪いとは思うけどさ・・・
 でも、約束する!!」

 横島は、ルシオラの腕をしっかりつかみ、真摯な表情で瞳を覗き込みながら宣言した。

「アシュタロスは俺が倒す!!」

 そうすればルシオラは解放される。ベスパもパピリオも自由になる。
 寿命の問題も、昼間話したように、神魔族の協力で解決出来るはずだった。

「俺にホレたんなら、信じろ!!」

 と言う彼の表情は、決して二枚目ではなかったが、ルシオラが惚れ直すには十分だった。

「今までずっと、化け物と闘うのは
 巻きこまれたからだったけど・・・
 でも今回は違う!!
 おまえを救うために闘う!!」
 
 そして、横島は、ルシオラに口づけした。

「必ず迎えに行くから・・・!!
 だから待っててくれ・・・!」


___________


「・・・というわけでさ、
 連中のアジトから逃げてきたんだ」

 一連の思い出を語り終わった横島は、照れたように視線をそらした。
 おキヌは、

(ルシオラさん・・・
 一夜の逢瀬のために
 消えてしまってもいいだなんて・・・!!
 まるで人魚姫だわ・・・。
 かっ・・・勝てないっ・・・!!
 私にはムリ・・・!!)

 口を小さく開けて、目も丸くしてしまう。だが、

(そうか・・・!!
 私の気持ちって、
 やっぱり恋心じゃなかったんだ・・・)

 と悟って、表情を変えた。
 これまで、おキヌは、横島の恋人だと誤解されることもあったし(第五話「きずな」参照)、つきあっているようなもんだと美神から言われたこともあった(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。
 おキヌ自身、自分の横島への気持ちが、他の友人へ向けるものとは違うと認識していた(第七話「デート」参照)。
 しかし・・・。
 自分にはルシオラほどの決意はないと、今、思い知らされたのだ。

(だから・・・
 そんなにヤキモチもやかずに済むのね・・・)

 横島に恋人ができたことが確定したわけだが、彼の未来を心配する気持ちはあっても、嫉妬心は不思議なほど無かった。

「横島さん・・・」
「ん・・・何・・・!?」

 おキヌから優しい言葉と笑顔を投げかけられて、横島が顔を上げた。

「じゃあ、こんなところで
 油売ってる場合じゃないですね。
 ルシオラさんのためにも頑張って
 もっともっと強くならないといけませんね!?」
「そうなんだよ、おキヌちゃん!!
 美神さんが激しい訓練受けてるって聞いて、
 『俺も同じものを』って隊長に頼んだんだけど・・・」

 いつもの表情に戻った横島が、軽い愚痴を聞かせた。
 美神のように霊動実験室でトレーニングしたかったのだが、美智恵には却下されていたのだ。専用プログラムだから素人には無理だという理由で。

「あらあら。
 横島さん、もう素人じゃないのに・・・」
「そうだろ・・・!?」

 微笑んで相づちをうってくれたおキヌを見て、横島は、ふと気が付いた。

(あ・・・!!
 俺、おキヌちゃんの
 『こんなところで
  油売ってる場合じゃない』
 って言葉、否定してなかった・・・!!)

 慌てて、大事な言葉を付け加える。

「それにさ・・・。
 訓練できなかったからだけじゃなくて
 他にも理由はあるんだ、
 おキヌちゃんの見舞いに来たのは・・・」
「え・・・!?」

 真面目な表情で、彼は語り出した。

「隊長がさ、俺に何か話があるらしいんだけど・・・
 でも無理言って、先にこっちに来させてもらったんだ。
 だって、おキヌちゃんは大切な友人だから・・・」

 今の横島から『大切な友人』と言われて、一瞬ドキッとしたおキヌだが、まだ彼の話は続く。

「美神さんに初めて会ったときも・・・
 おキヌちゃんが事務所に来たときも・・・
 前に会ったことがあるような気がしてたんだ。
 なんて言うかな、
 他人じゃないような感覚・・・?
 運命・・・って言ったら大げさだけどね」

 嬉しく感じるおキヌである。
 ここで横島が止めておけば彼女も幸せだったのだが・・・。現実は甘くなかった。

「・・・ルシオラに対しても
 同じように感じたんだ。
 こいつは特別な存在だ・・・って」

 ルシオラは敵であるが、それでも、美神やおキヌ同様に大切である。横島としては、そう言いたかったのだろう。
 しかし、これは、裏を返せば・・・。
 おキヌも美神も、恋人であるルシオラと同じくらい、横島から大事に想われているということだ。

(横島さん・・・。
 そんな・・・)

 さすがに、この言葉にはグッときてしまう。心の中で涙を流すおキヌであった。


___________


「そういうことだったね・・・」

 美智恵が、ポツリとつぶやいた。
 司令室のモニターには監視カメラの映像が来ており、病室で会話する若い男女の姿が映っている。
 彼女は、おキヌと横島の話を盗み聞いていたのだ。

「あの横島って子・・・
 ニブいところもあるけど・・・
 でも優しすぎるわ・・・!
 令子もあれで芯の弱いとこがあるから
 きっと彼が見えないところで支えてくれていたのね」

 それなのに、スパイとして送り返したせいで、敵の一人とカップルにしてしまった。しかし、これでルシオラは、こちらの味方だろう。少なくとも敵戦力としてカウントしなくていいはずだ。

「ちょうど話も終わったようだから・・・
 とりあえず、今は・・・」


___________


「・・・あれを開けようとしたんですか!?」

 思わず、おキヌは叫んでしまった。
 彼女は今、横島とともに、司令室に呼び出されていた。
 美智恵が横島に質問し、返答をもらっていた途中なのだが、突然おキヌが口を挟んだのである。

「・・・おキヌちゃんも
 令子の『記憶封印』の件、知ってるのね?」

 美智恵が、何か心に引っ掛かるものを感じつつ、確認した。

「ええ・・・。
 でも私が知ってるのは、
 美神さんの心の中に『四つの光る球』で
 封じられた秘密があるということだけです。
 それが文珠だったとか、
 ヒャクメ様が見つけたとか、
 開封しようとしたとか、
 そこまでは・・・」

 この言葉を聞いて、美智恵は、違和感の正体に気づいた。
 当時おキヌは、美神のところにいなかったはずなのだ!
 後になって美神たちから話を聞いた可能性もあったが、今の口振りでは、違う!

「ちょっと待って・・・!!
 『それが文珠だった』ことも
 『ヒャクメ様が見つけた』ことも
 知らないって・・・!?
 じゃあ、あなた、
 どうやってこのことを知ったのです!?」

 机に手をついて椅子から立ち上がる美智恵。
 その勢いに押されつつも、おキヌは正直に答え始めた。

「あ・・・あう・・・。
 昔、みんなで美神さんの夢のなかに
 入っていったことがあって・・・」

 それは、ナイトメアという悪魔を除霊した時のことだ。
 美神の精神をイメージ化したドアの一つに、鎖で縛られているものがあったのだが、そこには四つの光る球がつけられていた。しかも、横島とおキヌが近づいた時のみ、その輝きを増したのだ(第八話「予測不可能な要素」参照)。

「・・・え?
 おキヌちゃんにも反応したの!?」
「ええ、こっそり近づいてみたら・・・」

 横島とおキヌが当時の話をする横で、美智恵は、一つの可能性に思い至った。

(まさか・・・!!
 この二人が関わっている・・・!?
 何らかの資格がある・・・!?)

 美智恵は、横島とおキヌが封印を施したとは考えていない。
 二人の人柄は分かっているから、他人の記憶操作を行うような傲慢な人間ではないと判断していた。
 だが、封印施行者ではないとしても、開封実行者にはなるかもしれない。

(封印をかけた者ではなく・・・
 何か一定の条件を満たした別の人物が開封する。
 そういう想定で行われた封印だからこそ
 その『条件』にあった者だけに反応したんだわ!!)

 美智恵は、『他人の記憶操作』という間違った前提から、おかしな結論を導き出していた。しかし、そこからの行動は正しかった。
 彼女は、急ぎ、内線で連絡を取る。

「西条君!!
 令子をつれてきて!!
 まだ寝てたら・・・
 叩き起こしてもいいですから!!」


___________


 おキヌと横島の重ねられた手の中で、四つの文珠が光り始めた。

「やっぱりダメだわ・・・」

 ギュッと目を閉じていた美神が、小さくつぶやいた。

「令子・・・!!」

 横で見守る美智恵は理解していないが、そもそも、光量自体も前回の試みより少なかったのだ。
 当然、美神はこれに気づいている。

「それなら・・・!!」

 やはり自分の霊力を加えようと考えて、文珠を握る二人の手に、さらに自分の手をのせた。
 美神とおキヌと横島の三人が、一心に同じことをイメージする。美神の記憶開封、ただ、それだけを・・・。
 そのとき、

「ええっ!?」

 傍らの美智恵が驚いた。突然、文珠の光がグンと増したのである。

「まぶしい・・・!!」

 手をかざす必要があるほど、輝きは大きくなり、部屋中を凌駕する・・・。


___________


 室内の明るさが元どおりになった時には、おキヌと横島がその場に疲れて座り込んでいた。
 二人の間には、美神が倒れている。

「令子・・・!!」

 駆け寄ろうとした美智恵だったが、美神がゆっくりと手をあげて制止した。

「これが記憶のオーバーフローってやつね・・・。
 耐えきったわよ・・・!!」

 強靭な精神力の持ち主である美神は、何とかもちこたえたのだった。
 それでも、頭をガンガン振りながら起き上がる彼女の体は、まだ震えている。

「令子・・・!?
 いったい何を思い出したの!?」
「・・・冗談じゃないわ、これ!!」

 おキヌと横島は、疲れていることもあって、敢えて口を挟まない。
 言葉を交わすのは、母と娘の二人だけだった。

「言いなさい!! 言えないなら・・・」

 今の美神は、美智恵が見たこともないくらい、明からさまに青ざめていた。しかし、悠長に待っている余裕もないのである。

「・・・私も持ったわ、
 おキヌちゃんと同じ予知能力を」
「え・・・? 何を言い出すの・・・!?」

 美神の言っている意味が、美智恵には分からない。

「そんなこと聞いてるんじゃないわよ?
 それに・・・
 令子は巫女でもなんでもないでしょう?」
「・・・しかもおキヌちゃんのより、もっと強力。
 だから断言できるわ、『私たちは勝つ』って。
 アシュタロスは滅ぶのよ・・・!!」

 美神は、美智恵の言葉など耳に入らないかのように、話を続けていた。
 さらに、混乱した頭のまま、この場で告げるべきことを考える。
 まずは・・・我が身だ。

「・・・というわけで、
 私が見通したとおりに動けば人類の勝利です。
 貴重な情報を握っているわけですから、
 間違っても抹殺したりしないように!!」

 と、天井に向かって宣言する。どこかに、美神令子暗殺部隊が潜んでいるはずなのだ。
 続いて、おキヌのことだ。

「・・・ママ!!
 『心眼』をおキヌちゃんに貸し与えるよう、
 ヒャクメに頼んで!!」
「えっ!? ヒャクメ様の・・・!?」
「霊界と切り離されている以上、
 ヒャクメ様も長くは活動できないでしょ!?
 誰かが現場で代わりにならないとね・・・!!」

 そして、横島のこと。

「・・・それから、横島クンに
 私と同じ訓練を受けさせてあげて!!
 彼の実力をママの目でも確認してほしいの」

 これで自分たち三人のことは済んだが、まだ大事な用件が残っている。

「あと、ママ自身のために
 いくつか用意してほしいものがあるの・・・。
 急いで連絡とってもらいたいところもね」

 最後に美神は、細々とした要望を述べた。

「・・・お願いね!!」
「ちょっと!? 令子!?」

 言うだけ言うと、美神は司令室を飛び出した。
 気丈に振る舞ってはいたものの、頭の中は大パニックだったのだ。
 一人になりたい彼女は、誰もいない部屋に駆け込んで、ガチャリと鍵をかけた。
 ドアに背をもたれたまま、ズルッとすべるように座り込み、独り言を口からもらす。

「でもダメなのよ・・・
 この『予知』が実現してしまっては!!
 だって・・・
 この世界は守られるけど・・・
 あんなの、もう私たちの世界じゃないわ・・・!!」

 無人の部屋での、本心のほとばしり。
 しかし、

(令子・・・!!)

 美智恵は、この様子を、隠しカメラでシッカリ把握していたのであった。


(第三十話「最終決戦にむけて」に続く)

 転載時付記;
 逆天号を誤って逆転号としていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

第二十八話 女神たちの競演へ戻る
第三十話 最終決戦にむけてへ進む



____
第三十話 最終決戦にむけて

「令子・・・おまえは・・・
 未来を見通す力をもったというの!?
 令子の記憶の中には、
 この先の『未来』の情報が
 封印されていたのですか・・・!?」

 監視モニターで娘の様子を観察しながら、美智恵は、まだ驚いていた。
 しかし、驚愕はしたものの、『未来の情報』を有効利用する冷静さは持ち合わせていた。美智恵は、ちゃんと美神のアドバイスを受け入れたのである。
 まず、彼女の提案どおり、ヒャクメに『心眼』の件を相談した。
 霊界とのチャンネルを遮断された状態では、ヒャクメ自身、前線に出て活躍する自信はなかったらしい。彼女は、アッサリ承諾した。イヤリングにしていた『眼』をおキヌに授けたヒャクメは、今頃、つきっきりで指導しているはずだった。

「令子・・・
 あなたに賭けてみましょう・・・!!」

 一人になったときの美神の様子から、彼女がかなりのオオゴトを抱え込んでいることは、美智恵にも理解できていた。
 そして、美神がもう子供じゃないことも、自分で何とかしようとしていることも。

「・・・私は本来、
 この時代の人間じゃないですからね」

 美神たちの力で解決できるのであれば、それが一番良かった。
 大きな問題となっていたのは、GS上層部が美神令子暗殺も計画していたことだ。だが、近くに潜んでいた暗殺部隊も、美神の脅しによって引きあげたようだった。

「がんばりなさい、令子・・・!!」

 こうなれば、自分はサポート役でいいだろう。表向きは今まで同様のリーダーを演じ続けるが、重要な決議に関しては、未来を知る美神の意見を取り入れるのが得策だ。
 美智恵は、そう考えていた。ヒャクメに頼んで心の中を覗いてもらえば、美神が得た未来情報を全て知ることも可能かもしれない。だが、今は、そこまで踏み込む気もしなかった。

「そして、横島クンも・・・!!」

 美神の提言が有益だったのは、おキヌの件だけではない。横島のこともあったし、むしろ、そちらの方が遥かに重要となった。
 すでに病室での会話から横島の心情を知っていたこともあって、美智恵は、彼にトレーニングの許可を与えた。美神と同じプログラムを試させたのだ。
 その結果は・・・想像以上だった。横島は、すでに、美智恵の予想を大きく超えたレベルになっていた。
 そして、彼の戦闘を見ているうちに、美智恵は、対アシュタロスの切り札になり得る戦法を閃いたのだった。




    第三十話 最終決戦にむけて




「霊力の完全同期連係!?」
「ええ!
 早い話が、『合体技』!!」

 美智恵は、美神とおキヌと横島、それにヒャクメを呼び出して、作戦を説明していた。西条には別に命じたことがあり、彼は同席していない。

「妙神山での修業などで、
 令子のパワーはほぼ限界まで引き出されています。
 残る方法は、霊波の質を変えることだったけど・・・」

 それに失敗した美智恵が、新たなアプローチとして考えたのが、パワーを重ね合わせることだった。波長がシンクロして共鳴すれば、理論的には相乗効果で数十から数千倍に跳ね上がるはずなのだ。

「見習いの俺でいいんスか!?」

 横島は、自分も戦いたいとは思っていたが、急に認められて少し戸惑っていた。
 いまだに正しく自己評価できない横島に、美智恵は苦笑する。

「・・・そういう問題ではないのよ、横島クン。
 このアイデアのカギは、どこまで霊波を同期させ、
 共鳴をひきおこせるかなのです」

 もしも波長が完全に合致すれば、その効果は絶大である。人間である以上わずかなブレは生じるのだが、横島だけが、それをクリアする手段をもっていた。

『「文珠」ですね・・・!
 力の方向を完全にコントロールする能力・・・!』

 顎に手をついたヒャクメが、真面目な口調と表情で、美智恵の説明を補足した。

「人間がアシュタロスに対抗するには、それしかないわ!」

 と、美智恵が肯定する。
 実のところ、横島以外でも文珠を使うことは可能だった。
 しかし美智恵は、美神に関するファイルを読み調べるうちに、横島が文珠使いに向いてるポイントを発見していた。
 それは、横島が『妄想』で霊力を高めてきたことだ。
 以前に美神は、これを欠点だと捉えていた。
 文珠制御時にスケベな妄想をしたら、別のイメージが混ざってコントロール困難となる。一方、妄想しなければ必要な霊力が得られない。それが、美神の気づいた点だ(第二十四話「前世の私にさようなら」参照)。
 しかし、美智恵は、これに関して別の側面から解釈していた。横島は、『妄想』が日常茶飯事だったからこそ、イメージを容易に操作できるのだ。普通の人が考えつかないような『妄想』をしてきた想像力が、文珠を使う際に細部までキチンとイメージすることに役立っているのだ。
 だから、大事な文珠コントロールには、やはり彼が適任だと美智恵は想定していた。

「・・・これならば『上』を
 納得させることもできるでしょう」

 と美智恵はつぶやき、それをおキヌが聞きとがめた。

「『上』・・・?」
『この辺でもう話したらどうです、隊長さん!
 今まで隠してたこと・・・』
「知ってらしたんですね・・・?」

 そして、ヒャクメと美智恵は、二人で説明し始める。

『実は、今回の事件に関して、
 世界GS本部はある決定を下したんです』
「その決定とは・・・
 美神令子の暗殺・・・!」

 アシュタロスの妨害霊波が有効なのは一年、その間に美神が捕まらなければ全ては解決する。時間移動も封じられている以上、エネルギー結晶の行方をくらますためには、美神を殺して魂を転生させてしまえばいい。
 人道的ではないが、簡単で安全な方法だった。

「私たちの仕事は
 美神さんを守ることじゃないんですか!?
 でなきゃ私・・・
 こんな仕事やめますっ!!」

 おキヌも回復後はオカルトGメンに組み込まれ、今はその制服を着ていたのだが、取り乱して服を脱ごうとしてしまう。

「おおっ!?」
「お、落ちついて、おキヌちゃん!!」

 横島は興奮するが、美神が急いで止めたので、可愛らしい胸元があらわになりかけた程度の、軽いストリップで終わった。

『大丈夫なのねー。
 もう暗殺部隊も引きあげましたから』

 締め切りが近いので、数日前からコマンド部隊が潜入していた。しかし、勝利のための貴重な情報を握っているから殺すなと美神自身に言われて、彼らは姿を消していた。
 ヒャクメは、そう認識していたのだが・・・。

『甘いな、ヒャクメ君!』

 部屋の入り口から鋭い声が飛んできた。
 ツノとシッポのある男だ。彼は、手にしたマシンガンで、隠れていた暗殺部隊を撃ち殺していく。

『この部屋だけでもこんなにいるぞ!
 君の千里眼をあざむくことなど、
 簡単なのさ』

 男が冷静に告げた。

「な・・・何者!?」
『えっ!? 何!?
 何かいるの!?』

 相手の正体が分からず、騒然となる一同。ヒャクメに至っては、その存在すら見えないらしい。
 だが、一人だけ、全てを見通している者がいた。

「・・・来たわね!!」

 美神令子が、宿敵アシュタロスを睨む。


___________


「ごめん、ヒャクメ・・・。
 大事なこと言うの忘れてたわ。
 あんた、まだ霊波にピントあわせてるのね!?
 もっと普通の見方もしてくれないと・・・」

 アシュタロスから視線を動かさずに、美神はヒャクメに言葉だけ投げかけた。暗殺部隊がいなくなったと思った時点で、霊波のピントに関してはスッカリ失念していたのだ。

『ほう・・・!?
 さすがに前世が魔族だっただけに
 よくわかっているな・・・?
 では、ヒャクメ君のために・・・』

 アシュタロスが、消していた霊波を元に戻した。ヒャクメの目にも、その存在が浮かび始める。

『ア・・・ア・・・
 アシュタロス・・・!!?』
「な・・・」
「何ィ・・・!?」

 ヒャクメの言葉に、驚きながらも臨戦態勢をとる美智恵たち。

『わ・・・私って、
 もしかしてものすごい役立たず!?
 何、これっ!? どーして・・・!?』

 オロオロする神さまの前で、悪魔が語る。

『気にするな、ヒャクメ君。
 暗殺部隊はチームで行動し、
 ひとりを除いて霊波迷彩服を着ている。
 君の注意をひとりに引きつけて、
 そのひとりだけを帰還させたのだ。
 それに・・・』

 しかし、悠長にしゃべるアシュタロスを、美神は放っておかなかった。

 バシィィッ!!

 おふだで結界を張り、その動きを封じ込める。

「あれ・・・!?
 こんなもんスか・・・!?」
『あ・・・もしかして!!』

 拍子抜けした横島とは対照的に、

『このアシュタロスはニセモノなのねー!!』

 ヒャクメが真相に気が付いた。役立たずの汚名、返上である。

『ニセモノとは酷い言葉だな・・・
 せめて分身と言ってくれないかね?
 今日は話し合いに来たのだが・・・』
「本人のように見せかけた安物の分身ね・・・。
 話があるというなら、落ちついて聞きましょう」

 と、美智恵が場を仕切った。


___________


『・・・知ってのとおり、私が欲しいのは、
 メフィストの転生である美神令子の魂・・・
 正確には魂に含まれているエネルギー結晶だ。
 だが、残念ながら神・魔族の牽制に
 エネルギーを使いすぎて
 直接、君を襲うことが難しい。
 部下は役に立たんし・・・』

 アシュタロスの話を黙って聞いていた一同だったが、ここで、横島の顔色が変わる。

「『部下は役に立たん』・・・?
 おい・・・!!
 あいつら・・・
 あんたのために、
 がんばってたじゃねぇか・・・!!」
『・・・!?
 役立たずな部下なら処分したよ』

 これは、横島を逆上させるに十分な言葉だった。

「きッ、貴様アァアァッ!!」
「ダメよ、横島クン!!」

 拳を握って立ち上がった横島に、美神が飛びかかる。

「令子・・・!?」
「美神さん・・・!?」

 周囲は、むしろ彼女の大げさな制止に驚いたくらいだった。

「横島クン・・・!!
 ルシオラなら大丈夫だから!!
 悪魔の言うことなんか信じちゃダメ!!
 私の言葉を・・・私を信じて!!」
『ふむ・・・』

 興味深そうに見ていたアシュタロスに、美智恵が冷ややかな視線をとばす。

「・・・人間の感情を弄ぶのは面白いかしら?
 でも、これじゃ話が進みませんよ・・・?」
『そうだな・・・本題に戻ろう。
 残り時間も少ないし、お願いがあるんだ。
 私の居場所を教えるから、そこへ来てくれないか?
 そちらにとっても私を倒すチャンスになるぞ?』
「・・・なぜ、わざわざ
 おまえの相手をしなきゃならないの?
 あと数ヶ月でおまえは
 冥界とのチャンネルを閉じていられなくなるわ」

 美智恵としては、呆れるしかなかった。

「その後、世界中の神さまと悪魔が
 おまえを八つ裂きにするのよ。
 今、私たちが危険を冒す必要など・・・」
『必要はあるさ。
 母親の命を救うには、
 それしかないのだからね』

 アシュタロスの言葉が合図だった。
 一匹の妖蜂が美智恵の首筋をチクッと刺し、天井の換気口へと逃げ込んだ。

「し・・・しまった・・・!!」
「ママ・・・!?」
「た、隊長ッ!?」
『個人差はあるが・・・
 死亡するまで8週間から12週間。
 血清は私しか持っていない』

 文字どおり、悪魔の取り引きである。

「・・・で、どこへ行けばいいわけ!?」

 床に倒れた美智恵に代わり、美神がアシュタロスの相手を始めた。

『道案内をおいていくよ』
 
 突然、ポウッとホタルが現れた。それは、横島のところへ飛んでいき、彼の肩にとまる。

『直に会えるのを楽しみにしているよ。
 美神令子君・・・!』
「・・・じゃあ分身の役割も終わりね!!」

 美神が神通棍を鞭にして叩き付け、その『アシュタロス』を破壊した。

「・・・もういいわ、ママ。
 敵はいなくなったわよ」
「・・・うまくいったわね」

 娘の言葉と同時に、美智恵がスッと起き上がる。

「あれ・・・!?
 大丈夫なんスか!?」

 状況が分からぬ横島の前で、美智恵の体が二つに割れた。中から、本物の美智恵が出てくる。
 美智恵は、エクトプラズムスーツで自分自身に変身し、その身を覆っていたのだ。スーツの中で、念のために首には特製ガードを巻いていた。

「ありがとう・・・令子!」

 これは、娘の指示で用意していたものだった。

「あらかじめ知っていれば、
 これくらいカンタンよ」

 美神が横島にウインクしてみせる。

「あとは原潜のほうね・・・」

 と美智恵が言ったタイミングで、西条が部屋に駆け込んで来た。

「ダメでした、先生!!
 一隻だけ連絡がつかないそうです!!」


___________


 美神が把握している『歴史』では、アシュタロスのところへ行かねばならない理由は二つあった。
 一つは、母親の命を救うため。生死の鍵となる血清を入手しに行ったのだ。
 そして、もう一つは、世界を救うため。アシュタロスが核ミサイル搭載の原子力潜水艦を入手し、人類を脅迫し始めたのだ。アシュタロスとの戦いが一般に『核ジャック事件』と呼ばれるのも、これが理由である。
 今回これを防ぐために美神は、美智恵を通して、各国首脳へ注意を呼びかけてもらっていた。しかし、少し手遅れだったらしい。『歴史』では数隻ジャックされるところを、一隻に減らせたのだが・・・。

『GS本部ならびに各国の指導者諸君!!
 私は今、全人類を抹殺するに足る数の
 核ミサイルとかいうオモチャを手に入れた。
 もうわかるだろう!?
 美神令子を私のところによこせ!!
 暗殺も妨害も許さん!!』

 アシュタロスは、美神の記憶と全く同じメッセージを送りつけてきた。
 たった一隻の原子力潜水艦で本当に『全人類を抹殺』できるのかどうか、実現性は問題ではない。この脅迫を人類が信じた、それが全てだった。
 こうして、美神たちは、やはりアシュタロスのアジトへ行くことになってしまったのだ。

「場所は同じ・・・!?」
「ええ・・・」

 地図を見ながら、美神母娘が言葉を交わす。
 アシュタロスのホタルが示す地点は、南極の到達不能極と呼ばれる場所だった。地球中の地脈が最後にたどりつくポイント、いわば地球の霊的中枢でもある。

「ルシオラ・・・」
「横島さん・・・」

 一方、横島はホタルそのものをジッと見ており、そんな彼に、おキヌは慰めるような視線を向けていた。
 このホタルがルシオラであると、美神から聞かされていたからである。処分されたというのは嘘八百らしい。
 二人とも、美神の言葉を完全に信じていた。
 普通、身近な者が急に未来を見通す力を持てば、畏怖の念を抱くかもしれない。しかし、何せ美神である。今さら何が起ころうと、全く不思議ではなかった。
 だから、彼らは、ただ信頼することができたのである。

(横島クン・・・
 おキヌちゃん・・・)

 美神は、二人にチラリと目を向けた。実は美神だけでなく、この二人も、同じ『歴史』の記憶を持っているのだ。やはり文珠で封印されているのである。しかし、彼ら自身は、これを知らなかった。
 彼らに関しては、本来ならば彼ら自身に決定させるべきなのだろう。しかし、今は火急の時だ。美神は、美神除霊事務所のボスとして責任を取り、ある程度の判断を下してしまうつもりでいた。

(特に横島クンの封印は、
 開けるわけにはいかないわ・・・)

 開封直後は、まるで親戚から聞かされた幼児時代のように、まったく現実感のない記憶だった。細部もあやふやであったが、今では、だんだんクリアーになりつつある。
 その中で、美神は、忘れたままでもいいと横島が言っていたのを思い出したのだ。それに、彼自身の意図は別にしても、思い出させてはいけない内容があった。

(たぶん・・・
 おキヌちゃんも賛同してくれるでしょうね。
 もし全てを思い出したら・・・)

 おキヌに関しては、まだ決めかねていた。
 記憶開封という出来事は、精神には大きな負担になる。自分は何とか耐えきったが、おキヌは大丈夫だろうか。ルシオラたちの探査リング程度で長期間意識を失った彼女なのだ。
 少なくとも、これから南極へ向かおうという今、危ない橋を渡るつもりはなかった。

(おキヌちゃんの記憶・・・
 もし開封するとしても、戻ってきてからだわ)

 それに、どうも彼女の封印は、少し甘かったようだ。これまで『巫女の神託』としておキヌが告げてきたものは、すべて、美神が知っている『本来の歴史』と合致するものだった。

(わざわざ開かなくても
 少しずつ漏れているというなら・・・
 今は、そのままにしておきましょう)

 それが、現時点での美神の決心だった。

「・・・で、令子。
 次はどうしたらいいの!?」

 美智恵の言葉で、美神は、思考の海から現実に戻った。

「そうねえ・・・」

 美神としても、母親には感謝していた。うるさく追求せず、随時アドバイスを求めるに留めているからだ。
 これは、美智恵が時間移動能力者だからだろう。未来情報を利用しすぎて『歴史』を大きく改変する危険性を、理解しているのだ。美神は、そう思っていた。

(とりあえず、
 少し『歴史』どおりに行くしかないかしら?)

 とも考えたが・・・。
 突然、思い出してしまった。
 あの『歴史』の中で、ここで一つ失敗したではないか!!

「ママ・・・!!
 各国政府に連絡をとって・・・!!」
「・・・原子力潜水艦の他に、
 まだ何か起こるのね!?」
「今度は核保有国だけじゃないわ!!
 全世界の国家へ至急連絡!!」

 あまりの美神の慌てぶりに、その場に緊張が走ったが・・・。

「この事件解決の報酬、
 ちゃんと決めておかなくちゃ!!
 今ならいくらでも取りほーだいよっ!?」

 当然これは美智恵に却下された。
 後に、美神自身、冗談だったと釈明したが、誰も信じてくれなかった。


___________


「・・・体感温度・マイナス42度C!」

 アンドロイドのマリアはいつもの服装だが、

「ア・・・ア、
 アシュタロスはどこだ・・・!?」
「こんなところでウロウロしてたら〜〜
 死んじゃう〜〜!!」

 雪之丞も六道冥子も、エスキモーのような分厚い防寒服に包まれていた。
 二人だけではない。美神、おキヌ、横島、小笠原エミ、西条、唐巣神父、ピート、タイガー、ドクター・カオス・・・。全員が同じ服装である。
 彼らは今、指定された到達不能極まで来ていたのだった。

 キィィィィン!!

 道案内のホタルが光ると同時に、その場に、異界空間への入り口が開かれる。

「バベルの塔・・・!!」

 唐巣が叫んだとおり、そこには、伝説の建造物をイメージさせる巨塔がそびえたっていた。

『この塔は
 アシュ様の精神エネルギーで作られたものよ。
 砂や氷の粒子が波動を帯びただけで
 こんな形に結晶するの』
「ルシオラ・・・!!」

 異空間に入ると同時に、ホタルの姿が『ルシオラ』に変わった。その横に、妖蝶と妖蜂もやってきて、パピリオとベスパに変身する。

「無事だったのか!?
 殺されたんじゃないかと心配・・・」
『黙れ、裏切り者!!』

 気遣う横島の言葉も、ベスパはスパッと切って捨てた。

『アシュ様のパワーがこれでわかったでしょ?
 お願い、おまえだけでも・・・
 逃・・・!』

 何か言いかけたルシオラだったが、その場に倒れ込み、またホタルになってしまう。

『もう私たちには命令された以外の
 行動をとる自由はほとんどないんだ!』

 ベスパが説明する。
 今のはブレーカーの作動だが、万一アシュタロスの『10の指令』に逆らったら、その場で死んでしまうのだ。それを避けたいからこそ、ベスパは、ルシオラを横島と近づけたくないのだった。

『頼むからもう、
 私たちと個人的な関わりを持つな!!』
「・・・!!」

 これだけ気持ちを明確に示されては、横島としても何も言えない。

『ついてきな・・・!
 入り口はこっち・・・
 ・・・おい!?』

 ホタルに戻ったルシオラの代わりに、ベスパが案内役を引き受けた。だが、ふと見ると、美神はすでに入り口近くまで進んでいた。

「だって・・・寒かったんだもん!!」

 異空間の中は暖かく、上着もいらないくらいだ。それを知っているからこそ、先行してしまったのだった。


___________


 ゴォォ・・・ォン。

 塔の扉が、重そうな音を立てながら上方へ開いていく。

「横島クン・・・!!」
「え・・・!?」

 美神が、横島の手をつかみ、キュッと握りしめた。
 彼女のぬくもりが、彼に伝わる。

「ありがとう、美神さん。
 でも俺・・・
 まだやっぱりルシオラのこと・・・」
「そういう意味じゃないけど・・・。
 奴らと戦うには合体技が必要だからね、
 それで霊力上がるんだったら
 カン違いしたままでもいいわ。
 ただし・・・今だけよ!?」

 ちょっと美神の表情が怖くなったが、二人のじゃれ合いもそこまでだった。

『止まれ!
 この先は美神令子一人だ!』

 ペスパが宣告する。しかし、美神は横島の手を離さない。

「そっちの頼みをきいて
 わざわざ来てやったのよ!
 横島クンは私たちの切り札・・・!
 何もかもあんたたちの言いなりにはできないわね!」
『・・・立場がよくわかってないみたいだね。
 なんなら今この場で・・・
 ポチを引き裂いてもいいんだよ!』
 
 一触即発の空気が流れたが、

『かまわんよ、ベスパ。
 彼らの言い分はもっともだ。
 私を倒すために何か準備をしてきたようだね。
 人間の身で何をするのか私も興味がある。
 二人とも連れてきたまえ』

 塔の中から聞こえてきた声が、裁定を下した。
 ベスパが、美神と横島を連れて中に入る。
 その後ろでは、

「・・・そりゃねーぜ、おめーら!
 せっかく来たんだ、
 俺たちも通してもらうぜ!」
『ダメでちゅ!
 おまえたちの相手は私がするでちゅ!!』

 残された者たちの戦いが始まろうとしていた。


___________


『おまえらなんか・・・
 弱っちい人間なんかが・・・
 私に指図するなーッ!!』

 雪之丞からは『ドチビ』と言われ、エミからは『ザコ』と言われ、ピートからは『実力で通る』と言われたパピリオ。
 逆に、唐巣からは『君たちも助けたい』と優しい言葉をかけられたパピリオ。
 そんな彼女は、今、キレてしまって、強烈な魔力波を手から出していた。

『人間なんか・・・全部死んじゃえ!!』

 ただでさえ強力なパピリオである。
 普通ならば、人間がこの攻撃をうけたらタダではすまない。
 しかし、今は・・・。

『「聖」と「魔」二種の結界を二重に張った上・・・
 式神の「鬼」のパワーも使ってガード・・・!
 複合バリヤーなら私の攻撃にも
 多少は耐えられるってわけでちゅね!?』

 唐巣とエミと冥子による三重の防壁に、人間たちは守られていた。
 そして、

『だーっ!?』

 パピリオは、マリア、雪之丞、ピートから攻撃されてしまう。三人は、完璧な連係がとれていたのだ。
 なぜなら、タイガーの精神感応力を応用して、全員がテレパシーでつながっていたからである。混乱がないよう、指示は西条が一人で出している。
 また、おキヌがヒャクメの『心眼』でパピリオを見ているために、死角も存在しなかった。

『く・・・くっそー!!』

 もともとの力の差が大きいため、一撃ごとのダメージは小さかった。倒されるたびに起き上がるパピリオだが、確実に体力は削られていく。

『な・・・なんで!?
 こいつら私にトドメをさすこともできないのに・・・
 なんでこんなになるの!?』

 ボロボロになったパピリオは、最後にカオス特製の薬品を注射されて、妖蝶となって眠ってしまった。

「予想以上にうまくいったな!」

 『脳』役を務めあげた西条が、ため息をついた。
 この戦法を提案したのは美神であり、その作戦に従って、GSたちを招集したのだった。美智恵を本部の守りに残し、現場指揮官は西条に任せようと主張したのも、美神である。
 重責を終わらせ、西条がホッとするのも無理はなかった。

(令子ちゃん・・・!!
 パピリオは確保したよ・・・)

 美神は、パピリオを生かしたまま捕獲することに固執していた。この点、西条は、強く念を押されていたのだ。
 そして、もう一つ。おキヌの『心眼』がどこまで役に立つか、しっかり確認するようにとも頼まれていた。

(『パピリオ以上の敵にも通用するか』だったね・・・。
 うん、合格点を与えてもいいだろう!!)

 西条は、おキヌを見ながら、美神への報告を考えていた。


___________


 美神たちは、塔内の通路を進んでいく。
 壁面には、長円形で等身大の半透明ウインドウがビッシリとついていた。その中では、それぞれ一つずつ、大きさも形も卵にしか見えないものが飾られている。

「何っスか、あれ・・・!?」
「私に聞いてどうすんの!?」
「だって、美神さん・・・」
「しっ!!」

 横島は、ちょっとした好奇心から、美神に説明を求めてしまう。『未来』を見通した美神ならば、この内部のことも理解しているんじゃないかと思ったのだ。
 一方、美神にしてみれば、自分が『歴史』を知っていることを、できればアシュタロスたちに悟られたくなかった。美智恵の妖蜂の一件も、そのために、ワザワザ演技をしたのである。
 うっかりしていた横島だが、美神に止められて、ようやく意図を理解したらしい。それ以上何も言わなかった。

『「宇宙のタマゴ」に近づくんじゃないよ!』

 二人の会話を聞きとめて、ベスパが注意する。

『このタマゴは新しい宇宙のヒナ形・・・。
 ヘタに近づくと中に吸いこまれちまうのさ!』
「新しい宇宙・・・?」

 どうやら、横島にはピンとこないらしい。
 本来の『歴史』では、実際にタマゴの中に入ってしまった彼だから理解もできたのだが、今回は、そのイベントがなくなっていた。その違いを思い出し、美神は、少し突っついてみることにした。

「『タマゴ』ってことは・・・。
 このひとつひとつに、
 私たちの実際の宇宙とは
 別の宇宙の可能性が詰まっているのね・・・?」

 美神の言葉に、ベスパが頷く。自分の言葉を言い換えただけのものだから、知られて困る情報とも思わなかった。

(やっぱり、これは、あの『宇宙のタマゴ』・・・)

 ここにあるのは実は試作品だということも、美神は知っていた。本来の『歴史』では、後々、完成した『宇宙のタマゴ』の中に美神は捕われるのだ。そして、そこでアシュタロスに魂を抜き出されてしまう・・・。

(そんなこと二度とさせるもんですか!!
 そのためにも・・・) 

 美神としては、この南極でアシュタロスを倒してしまいたい。しかし、有効策は、ほとんど浮かんでいなかった。

(用意してきたプランだけでは、
 また引き分けで終わってしまう・・・!!)

 しかも、

『そこでトラブルが起きるのは困るな。
 私の専用通路を使うといい』

 という声が聞こえてくる。
 アシュタロスとの対面は、もう間近だった。


___________


 用意されたゲートをくぐると、もう、アシュタロスのいる広間だった。中間管理職の土偶羅魔具羅が、傍らの主に報告している。

『アシュ様・・・!
 メフィスト・・・いや、美神令子が参りました』

 それを聞いて、

『・・・神は自分の創ったものすべてを愛するというが
 低級魔族として最初に君の魂を作ったのは私だ』

 アシュタロスが、ゆっくりと振り向いた。

『よく戻ってきてくれた、我が娘よ・・・!!
 信じないかもしれないが、愛しているよ』 
「体の力が抜けてく・・・!?」

 魔人の言葉が耳に入ると同時に、美神の膝がガクガクと震え始める。

(やっぱり・・・!!
 だからイヤだったのよ、ここに来るのは!!)

 美神の記憶にある『歴史』と同じだ。

『おまえは私の作品だ。
 私は「道具」を作ってきたつもりだったが・・・
 おまえは「作品」なのだよ』

 アシュタロスが語り出したが、

「美神さん!! 美神さん!?
 どーしたんですっ!?」
「う、うるさいっ!!
 これも作戦のうちよ!!」
「嘘だー!!
 しっかりしてー!!
 ここが正念場っス!!」

 美神たちはキチンと聞いていなかった。
 それでも、アシュタロスは話を続ける。

『道具はある目的のために必要な機能を備えている・・・
 ただそれだけのものだ。
 一方、「作品」には作者の心が反映される。
 おまえは私が意図せず作った作品なのだよ』

 アシュタロスは、カツカツと階段を降り進む。

『千年前、おまえにしてやられた時は
 屈辱的に感じたものだったが・・・
 あとでそれに気づいて・・・
 私は嬉しかったよ』
「自分が造物主に反旗をひるがえす者だから・・・
 私のことを分身か何かだと思ってるのね?」

 足が動かず、アシュタロスの長話にも退屈した美神は、言葉の先をとってしまった。なにしろ、『本来の歴史』の中でも一度聞かされた話なのだ。
 しかし、

『ほう・・・!?
 わかってくれるか・・・!!
 独り戦い続ける私の孤独を・・・
 おまえという存在がやわらげてくれるのだ』

 自己陶酔しているアシュタロスには、都合の良いように解釈されてしまう。
 彼は、仰々しく両手を広げた。

『戻って来い、メフィスト!!
 私の愛が理解できるな!?』

 その瞬間、美神の心の中で、みずから封印していた前世の記憶が蘇る。
 女魔族メフィストの愛の物語。
 それに関する情報は、『未来の記憶』の中に含まれていたので、脳内知識としては知っていた。だが『知る』と『感じる』は違う。今、心の記憶の中でも感じられるようになったのだ。

「ア・・・アシュ様・・・!!」
「!!
 美神さんっ!?」

 横島が心配する。
 一方、ベスパは二人に冷静な視線を向けていた。

『前世の記憶を取り戻したんだ。
 こいつは美神令子であると同時に、
 かつて私たちと同じようにアシュ様の部下として造られた
 魔族メフィスト・フェレスなのさ』
『おまえの裏切りを私は許そう。
 おいで、我が娘よ』

 アシュタロスの言葉とともに、美神が歩き出した。

(強制イベントの終了ね・・・!!)

 先ほどまでの脱力したさまが嘘のように、スタスタとアシュタロスの目前まで進む。
 これには、アシュタロスも少し違和感をもったようだ。

『・・・ん?』

 と眉をしかめたのだが、

「ざけんなクソ親父ーッ!!」

 その眉間に美神のヘッドバットが決まった。
 美神は、パッと飛び退いて、横島に指示を出す。

「横島クン!!
 用意はいいッ!?」
「は・・・はいっ!!」


___________


 美神たち二人は、用意してきた策の準備をしているようだ。
 それを遠目で見ながら、アシュタロスは、

『・・・手を出すなよベスパ!
 私は自分を試してみたい』

 と、部下に釘をさしていた。

『は?』
『もしあれが私を倒すほどのものなら・・・
 私は・・・。
 ・・・いや、そんなことはあるまいがな』

 アシュタロスの態度は、どこか奇妙だ。

『アシュ・・・様?』
『・・・』

 ベスパだけでなく、彼女の肩でホタルとなっているルシオラまで、何か言いたそうなくらいだった。
 しかし、そんな様子を見せたのも少しの間だけだ。アシュタロスは、毅然としたさまで宣告する。

『やってみろ、メフィスト!!
 どのみち私を倒す以外に
 おまえに未来はないのさ!』


___________


「いくわよ、横島クン!」
「はいッ!!」

 肩幅以上に足を広げて、横島は、しっかりと地面を踏みしめる。
 『同』と書かれた文珠を右手に持ち、左肩の前に掲げた。
 同時に、左手を右肘の前へ配置させる。その手の中では、『期』文珠が輝いていた。

「いくでェーッ!!」

 クロスさせていた両手を広げると、二つの文珠の光の軌跡が重なり、弓のような弧を形成する。

「合、」

 円弧の中央から伸びた光が、美神の背中に突き刺さった。背後から体内に何かを流し込まれる感覚に、美神は目を閉じてしまうが、それは異物感でも不快感でもなかった。

「体ッ!!」

 ついに横島の全てが霊体と化し、光となって美神の中に送り込まれた。
 それを受けて、美神の全身が輝く・・・!!


___________


『ほう!!』
『な・・・!?
 何、このパワーは!?』
『霊力を同期させ共鳴させたのだ。
 考えたな』

 アシュタロスたちの前には、今、姿を変えた『美神』が立っていた。
 顔は、美神令子のものである。しかし、首から下の全身を包むのは、二人の服の色がマーブルに混じり合うスーツだった。胸や腰、肩など、いくつかの部分には半透明のカプセルがあり、その一つに横島の顔が浮かんでいる。

「『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!
 どーせ長くはもたない!
 速攻でいくわよ!」
「え、あ、はい・・・!」

 美神の指示に体内の横島も呼応し、『美神』の右腕から、独特の形状のブレードが出現した。

「人の知恵とコンビネーション!
 神・魔のパワー!!
 私たちが手に入れうる最強のオカルトパワーよ!!」

 横島に言い聞かせたつもりの美神だが、その彼は、

「ああ・・・とろける・・・!!
 美神さんの中に・・・
 なんかもう
 どーでもよくなってます・・・
 消えそう・・・!」

 美神との一体感に浸りすぎていた。
 このままでは、数分もしないうちに、横島は美神に吸収されて消滅してしまう。

(もう・・・!!
 やっぱり『歴史』どおり!!
 なんとかしなくちゃ・・・!!)

 すでに同じ経験のある美神は、前回とは違う叱咤激励を試みた。

「しっかりしなさい・・・!!
 私の中にとろけてどーすんの!?
 あんたの相手はルシオラでしょ!!」
「あ・・・ルシオラ・・・!!
 ・・・はいッ!!」

 横島の意識が鮮明になった。彼の霊力もグンと上がったことを、美神は体内で感じる。

(ちょっと悔しいけど・・・
 今だけは・・・仕方ないわね!!)

 その怒りもアシュタロスへぶつければいいのだ。

「極楽へ・・・行かせてやるわッ!!」
『速い・・・!?』

 アシュタロスの胸に、『美神』のブレードが突き刺さった。


___________


(問題は、ここから・・・!!)

 美神の知る『歴史』では、パワーで押し切ろうとして失敗したのだった。この段階での『手に入れうる最強のオカルトパワー』も、アシュタロスには通用しなかったのだ。

(でも・・・私は、
 パワーで劣っている場合の戦法も教わっているわ・・・。
 ・・・私のママから!!)

 美神は、美智恵が現れた際の、最初の戦いを思い出していた。
 あのとき、美智恵は、知恵と度胸で4千マイトの差を埋めたのだ。霊力中枢を探し出して、ヨリシロと魔力の源を切り離すことで、こちらの5倍のパワーをほこる敵を一発で倒したのである。

(アシュタロスには
 ヨリシロなんてないでしょう・・・!!
 それでも霊力中枢さえわかれば
 もしかして・・・!?)

 現在貫いている場所は、『歴史』と同じく、左胸だ。別の場所を狙って『歴史』よりもダメージが少なくなることを恐れたから、最初の一撃は変えなかったのだ。

「ええい・・・!!」

 美神は、武器の先が強く共鳴するポイントを探すため、斜めに斬り下ろそうと試みた。しかし、彼女の刃は、ビクとも動かない。

『しょせんその程度にすぎんのか!?
 メフィスト!!』
「きゃあッ」

 アシュタロスが軽く腕を振るうだけで、『美神』は弾き飛ばされてしまった。合体も解けてしまい、横島は実体化して倒れてしまう。

『無計画にパワーを使いすぎだ!
 シンクロしすぎて
 その少年を吸収するところだったぞ!!』

 見下すように述べるアシュタロスに対して、美神は、心の中でしか反論できない。

(無計画じゃないわよ・・・!!
 こっちだって『前回』を反省して
 色々考えてんの!!
 あんたのパワーがケタ違いだから
 わかんないんでしょうけどね・・・!!)

 アシュタロスがマントを脱ぎ捨てた。胸には完全に貫通した穴があるが、それも、少しずつ閉じている。

『私が欲しいのは
 おまえの中のエネルギー結晶だ。
 これ以上、不純物を混ぜないでくれ!
 おまえを過大評価しすぎたようだ。
 この辺にしよう』

 アシュタロスの手から、強大な魔力波が撃ち出された。


___________


「くッ・・・!」

 美神が一人で逃げる体力は、まだ残っていたかもしれない。しかし、後ろにいる横島まで助けることは出来ない。
 それでは、意味がなかった。

(横島クン・・・。
 時間をさかのぼって・・・
 同じところでまた会って、
 一緒にバカやってきて・・・
 楽しかったな・・・。
 記憶は封印してたのに
 それでも私たちの絆は強くて・・・
 少しずつ『歴史』も変わっていった・・・。
 全く同じにはならないのね・・・。
 ごめん横島クン。
 もしかすると『歴史』が変わったせいで
 ここで一緒に終わるのかも・・・)

 と、ガラにもなく弱気になる美神だったが・・・。

「あっ!!」

 突然、土偶型の魔物が目の前に出現したことで、『本来の歴史』をシッカリ思い出した。

『あ・・・あれ?
 なぜ私がここに・・・?
 ギャッ』

 美神たちのかわりにアシュタロスの魔力波を受けて、土偶羅魔具羅が爆発した。横島を助けようとしてルシオラが投げつけたのだった。

『独りでなんか死なせないわ!!
 ヨコシマ!!
 私も一緒に・・・!!
 私・・・おまえが・・・』

 いつのまにかホタルから『ルシオラ』の姿になっていた彼女は、倒れている横島に飛びついた。

(まあ・・・いいわ。
 『歴史』どおりに助けてくれた御礼として・・・
 今回は譲ってあげる・・・!!)

 今の美神は、『本来の歴史』の美神とは少し違う。前世の記憶に過度に振り回されることもなく、むしろ未来の記憶のために、先を見据えて行動しようと心がけていた。

「ルシオラ、死ぬ必要はないわ。
 ここを生き抜けたら、いくらでも
 横島クンとイチャイチャできるでしょう!?」

 二人の幸せを見届けたい美神ではないが、とりあえず、この場はルシオラと協力する必要があった。

『「ここを生き抜けたら」・・・!?
 !!
 私・・・反抗したのに消滅しないわ・・・?』
「そうよ!!
 アシュタロスの霊波・・・!!
 ダメージを受けて弱まってるんだわ!!」

 美神が答を知っていたとは思わず、

『・・・気づいたのはほめてやるがね』

 と言い出すアシュタロス。

『図には乗るなよ。
 傷の再生のため一時的に
 外へ放出するパワーが減少しているだけだ』

 これは、本体の力そのものは変わっていないということを意味していた。アシュタロスは、依然として強敵なのだ。

『その気なら抵抗してみろ!
 それが生きる者の務めだ!!』

 アシュタロスの両手から、先ほどと同じ攻撃が放たれた。


___________


「横島クン!! ・・・今よッ!!」

 『歴史』どおり、そろそろ横島は意識を取り戻していると信じて。
 美神は、背後の横島に声をかけた。

「はいッ!!」

 横島がスッと立ち上がる。その手の中で『模』という文珠が輝く。
 そして、両手からアシュタロスと同等の魔力波を発射した。
 二人の中間で、魔力エネルギーが相殺される。

『いいね!
 土壇場で思いついたにしては悪くない!』

 アシュタロスは気が付いた、横島が何をしたのかを。
 彼の姿は、首から下がアシュタロスと瓜二つになっているのだ。文珠で能力をコピーされたことは明白だった。
 しかし、アシュタロスは少しカン違いしていた。これは、今閃いた策ではなく、あらかじめ美神から授けられた作戦だったのだ。

「・・・これはいい!!
 思った以上っスよ、美神さん!!」

 美神からは、これは防御専用の技だと言われていた。攻撃には向いていないとも教えられていた。だから今まで使わなかったのだが、

「これなら・・・!!」

 最終ボスとの戦いでテンションが上がっていた彼は、つい調子にのってしまう。

「俺はてめーと互角だ、クソ野郎ッ!!」 

 右足に魔力をこめてジャンプし、アシュタロスにキックを叩き込んだ。
 それでもアシュタロスは倒れず、横島の足をつかんで投げ飛ばす。横島も空中でクルッと回転して、シュタンと華麗に着地する。

「わはははははははッ!!
 勝つ気はせんが・・・負ける気もせんッ!!
 敵が強ければ強いほどパワーを発揮できる俺・・・!!
 まさに燃えるヒーロー!!
 わはははははッ」

 高笑いを続ける横島だったが、

「は?
 ぐふッ・・・!?」

 突然、その場に倒れ込んだ。胸には、足形のアザが浮かんでいる。

「な・・・なに・・・!?
 何をした、てめえ・・・!?」
『何もせんよ、君が自分でやったのだ』
「え!?」

 ここで、美神が二人の会話に割って入った。

「・・・言ったでしょ、
 『攻撃には向いていない』って!!
 能力は互角になっても
 相手の状態をシミュレートしてるから、
 与えたダメージが自分に返ってくるのよ!!」
「それならそうと言ってください!!
 中途半端な教え方じゃ、
 師匠失格っスよー!?」

 正論ではあるが、弟子が言ってはいけない言葉である。カチンときた美神だが、

(ごめん、横島クン・・・!!)

 と、心の中では謝っていた。
 実は、詳しく説明しなかったのは、ワザとだったからである。

(予想どおりになったわね・・・)

 美神は、横島が自分で自分を傷つけるところを見てみたかったのだ。『本来の歴史』でも一度見ているのだが、最近になって、当時は気づかなかった重要なポイントがあると考えていた。それを確認するためには、是非、もう一回観察する必要があった。
 もちろん、もしも横島が致命的な攻撃をしたら大惨事になるところだった。だが、彼の性格から考えて、『歴史』どおり、やっぱり熱血ヒーローのような技を繰り出すだろうと美神は計算していた。

(これで、チェックすべき点はチェックできたわ)

 美神は、『本来の歴史』では使われなかった作戦を思いついていた。
 問題は、それをここで使うかどうかである。
 このアイデアで、本当にアシュタロスを倒すことができるだろうか?

(これを実行してしまえば、
 もう『歴史』も大きく狂うでしょう!!
 成功すればいいけど・・・。
 もし失敗した場合には、
 『歴史』どおりの逃亡は無理かもしれない)

 美神は、戦っている二人からベスパへと、そっと視線を動かした。
 手を出すなと言われて今は静観しているが、アシュタロスがピンチになれば、参戦してくるだろう。この場の戦闘に彼女が参加するなんて、『歴史』にはない出来事なだけに、そうなった場合の影響は想像つかなかった。

(それなら・・・
 悔しいけど、ここは『歴史』どおりに逃げて・・・
 次の機会にぶつけましょうか・・・!?)

 『歴史』の大筋に従えば、ここから逃げることも、核ジャック事件解決も可能なのだ。それだけに、迷ってしまう。
 美神の逡巡は、ほんの一瞬だったのだが・・・。
 それでも、長過ぎた。

『つまり、攻撃すれば自分もダメージを
 そして受けた攻撃は
 そのまま君のダメージなのさ!!』

 という言葉とともにアシュタロスに殴りつけられた横島が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「アシュタロス・・・
 パワーにパワーで対抗しようなんて・・・
 俺たちみんなバカだったよ」

 もはや、事態は『歴史』と同じように進んでいた。


___________


 横島が模倣したのは、技や力だけではなかった。アシュタロスの頭の中までコピーしており、相手の考えを読むことができたのだ。
 能力をコピーされたままの逃亡こそ、アシュタロスが一番嫌がることだ。横島は、それに従い、アシュタロスの前からサッサと逃げ出した。
 今、彼は、ルシオラと美神を両手に抱えて、塔の入り口の門戸近くまで来ていた。あれを開けて外へ出れば、脱出完了である。

(まあ・・・いいか)

 横島の腕の中で、心を安らかにしていた美神だが、

(でも、この先は私がフォローして
 少し『歴史』を変えないとね・・・)

 と、気を引き締めた。

「横島クン!!
 モタモタしてたらダメよ!!」
「えっ!?
 でも文珠の効果は、まだ続きそうっスよ!?」
「能力を盗まれるのを嫌がってるんだから、
 スリープ状態に戻るかもしれないわよ!?
 そうなったら能力も消えて扉も開かなくなるでしょ!?」
「・・・あ、そうか!!」

 続いて、ルシオラにも指示を出す。

「ルシオラ!!
 もし核ミサイルが発射されても、
 パピリオがいれば大丈夫ね!?」
『ええ。
 潜水艦を乗っとったのは
 あのコの眷属だから、
 ミサイルの呼び戻しもできるわ!!
 でも、どうしてそれを・・・!?』
「あ・・・美神さん・・・!?
 アシュタロス、
 スイッチ押しちゃったみたいっス・・・」

 ちょうど、横島がミサイル発射を感知した。

「・・・そっちはルシオラにまかせて!!
 あんたは早く扉を・・・!!」
「はい・・・!!
 わ・・・我が名はアシュタロス!!
 封を解け!!」

 ゆっくりと、門戸が開いていく。
 その間、美神は『ニーベルンゲンの指輪』を盾に変えて、横島の背中をガードしていた。

『・・・何してるの!?』
「ベスパが追ってくると思ってね・・・」

 ルシオラの問いにも視線を動かさず、美神は、遠くの一点を見つめていた。

「ベスパ!!
 隠れてないで出てらっしゃい!!
 ・・・殺気が丸わかりよ!!」


___________


『チッ!!』

 高みのくぼみに隠れて、ベスパはライフルを構えていた。横島を撃ちぬこうと思っていたのだ。だが、狙撃地点もバレてしまって、厳重にガードされていては、無理であろう。
 実は、美神の『殺気』云々はハッタリであり、ベスパの居場所も『歴史』をもとに見当をつけただけだった。しかし、ベスパは騙されてしまったのだ。

『上等だ、コノヤロー!!
 コソコソするより、
 肉弾戦の方が、あたしゃ好きさ!!
 やってやろうじゃん!!』

 ライフルを投げ捨て、美神たちのもとへ向かっていく。

(・・・あんたが銃を捨てるのを待っていたわ!!)

 これで合体の瞬間を狙い撃ちされることもない。
 すでに扉は、人が通るのに十分なほど上がっていた。美神は、ルシオラと横島に指示を出す。

「ルシオラ!! ミサイルは、まかせたわ!!
 横島クン!! もう一度合体よ!!」


___________


「横島クン・・・!!
 『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!」
「でも・・・」
「わかってる!!
 ルシオラの妹だから、殺したくないんでしょう!?
 殺しちゃわない武器を用意するの!!」
「・・・!!」

 美神の意志と横島のイメージが混じり合い、『美神』の右手が輝く。
 握られた拳の前面には、独特の形状のメリケンサックが装備されていた。

『ちょ・・・ちょっと待って・・・!?』

 突撃してきたベスパに、『美神』の右ストレートがカウンターで決まった。

『こんな・・・アホな・・・!!』

 通路の天井が高く、奥行きも深いことが、ベスパに災いした。
 野外の戦いではなく、屋内だったのに、それなのに。
 まるで空の星になったかのように、ベスパは、遥か遠くまで吹き飛ばれてしまった。
 もう美神たちからは、その姿も見えない。

「これで、ペスパは追って来れないわ。
 トドメもさしてないし、いいでしょう!?」
「・・・はい」

 二人は合体を解除した。


___________


『パピリオ! パピリオ!?』
『ん〜〜むにゃむにゃ。なに〜〜?』

 ルシオラの呼びかけで、虫かごの中の蝶が『パピリオ』に戻る。

『ミサイルを呼び戻しなさい!!
 ア・・・アシュ様の命令よ!!』
『え〜〜アシュ様〜〜?』

 寝ぼけていたパピリオには、ルシオラの嘘が通用した。

『わかったでちゅ〜〜。
 ミサイルをこっちに向ければ
 いいんでちゅね〜〜?』

 テレパシーで眷属に指示を出し、再び眠り込んでしまうパピリオ。

『え』
「こっちに?」
「それはつまり・・・」

 冷や汗を流し始めた面々の前で、美神がパンと手をたたく。

「はーい、急いで急いで!!
 ミサイルが来まーす!!
 脱出するわよー!!」

 ここまで状況が進めば、もう安心だ。
 笑顔の美神は、慌てる一同とは対照的に、彼らを冷静に引率していた。


___________


 全員が異界空間の外まで脱出し、ミサイルが全弾空間内へ突入したことを確認して、ルシオラが空間を閉じる。

『空間は閉じたけど衝撃波はもれてくるはずよ!!
 みんな伏せて!!』
「ひーッ!!」

 放射能そのものは、放射線だから簡単に遮断できる。一方、衝撃波は波なので、震動として伝わってきてしまう。

 ゴォォオオッ!!

 それでも、ルシオラの的確な指示のおかげで、ここで傷を負う者はいなかった。

「いくらアシュタロスでも
 あれじゃひとたまりもないっスね!!
 作戦終了・・・!!」

 横島は、美神が知る『歴史』ほどケガしていないこともあって、かなり陽気である。

(やっぱり『歴史』どおり
 アシュタロスは逃げちゃったと思うけど・・・。
 でも少しはマシになったわね!?)

 元気な横島を見ていると、美神の頬もゆるんでしまうのであった。


___________


(やっぱり『歴史』の大まかな流れって変わらないのね)

 日本へと戻る船の上で、美神は、南極での出来事を振り返っていた。
 デッキの手すりにもたれて、水平線の先を見渡す。

(『時空の復元力』か・・・)

 それは、『本来の歴史』の中で、この先、アシュタロスの前で美神が出した言葉。
 『宇宙意志』という表現も使っていた。

(でも、そこまで事態が進む前に解決したいわ・・・。
 なんとか『宇宙意志』の反作用をかいくぐって・・・)

 そのために、美神たち三人は、今、こうして・・・。

(ん・・・!?
 ちょっと待って・・・!?)

 美神の心の中で、何かが引っ掛かる。
 彼女が『本来の歴史』の中で『宇宙意志の反作用』という言葉を用いたのは、アシュタロスの企ての反動を説明する際だ。
 アシュタロスは、宇宙処理装置コスモ・プロセッサを使ったのだった。
 コスモ・プロセッサとは、宇宙のタマゴを応用したものである。宇宙のタマゴ内部にはあらゆる可能性が無限に広がっているが、その段階では、それは『可能性』に過ぎない。そうした『可能性』の中から、自分が好む部分を選び出し、現実宇宙の一部と組み替えてしまう。
 それがコスモ・プロセッサだった。完全に運用すれば、まさに天地創造まで遂行できるのだ。恐るべきシロモノだった。
 部分的な運用で止められたから良かったものの、それでも、世界が受けた被害は大きかった。個人的な問題だけではなく、世界全体を考えた上でも、あれを使わせたくはない。

(『恐るべきシロモノ』・・・
 いや、そんな表現じゃなくて・・・
 なんて言ったっけ!?)

 美神は、『本来の歴史』の中で、何かに例えて説明したのだ。
 アシュタロスのやっていることを。アシュタロス自身を。

(あ・・・!!)

 その比喩表現を思い出した彼女は、そこから思考を飛躍させて、一つの可能性に辿り着く。

(それじゃ・・・もしかして!!
 もしかして、私たちは・・・!!)

 美神は、今、真相に気づいたのだった。


(第三十一話「私たちの横島クン」に続く)

 転載時付記;
 竜の牙を誤って龍の牙としていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

第二十九話 三姉妹の襲来へ戻る
第三十一話 私たちの横島クンへ進む



____
第三十一話 私たちの横島クン

 ルシオラ・パピリオの両魔族は、半強制的にアシュタロスに加担させられていただけであり、消滅の危険があったにも関わらず、事件解決にあたって大きく貢献した。
 GSは具体的に被害が進行中の霊的存在に対してのみ攻撃を行うものであり、過去の罪を問うことまでは業務に含まれていない。
 すでに自滅機能も取り除かれ、また、特定の人間との交流も進んでおり、もはや彼らを危険視する必要もない。
 しかしながら、事件は人類だけでなく神・魔界にまで影響を与えたほどの規模であり、さらに神界との接触も回復していない。この現状では、交流のある特定のGSの保護観察下におくのが望ましい。

「・・・ということで、どうかしら?」

 美智恵がまとめた。
 今、彼女は、美神と西条と三人で、ルシオラたちの処遇を決めていたのだ。

「では、彼女たちは横島クンが面倒みるわけですね」

 西条が提案したプランは『本来の歴史』と同じだった。美神の横島への態度は、前世の記憶に振り回された『歴史』とは異なり、南極へ行く前と同様である。これならば西条に妬かれることもないかと思ったが、そうでもないらしい。

「ちょっと待って・・・!!」

 美神が異論を唱えた。

「公式報告の文面は
 そんな感じでいいと思うけど・・・。
 横島クンではダメ。
 彼には荷が重いわ!!」

 彼女が指摘したのは、パピリオのことだ。
 ルシオラは味方になったが、パピリオは違う。彼女がこちら側にきたのは、単に、なりゆきだ。

「彼女にしてみりゃ
 だまされて敵に加勢した上に
 捕虜にされたようなもんよ!?」

 だから、パピリオはしっかり監視しないといけないのだ。

「でも・・・二人の待遇に
 差をつけるわけにはいかないでしょう?」
「・・・そうね」

 美智恵が指摘し、美神も頷いた。
 自分たちはルシオラだけを認めることはできるが、それでは『上』が納得しないだろう。お役所仕事で、そこまで微妙な点を理解してもらえるはずがないのだ。
 そうかといって、ルシオラもパピリオも独房に閉じこめるというのでは、ルシオラがかわいそうだし、横島も納得しないだろう。
 そもそも、彼女たち二人を閉じこめておける牢屋なんてないのだ。かつてパピリオがペットに対して使っていた首輪なら彼女たちにも効力があるようだが、それを用意できるのも、この二人だけだった。

「令子の事務所で二人を保護して、
 ルシオラがパピリオを監視する・・・。
 それが落しどころでしょうね」




    第三十一話 私たちの横島クン




『なんか・・・まだ居場所がなくて・・・』

 東京タワーの展望台。その中ではなく、外の上に、一組の男女が座っていた。
 服装からは普通の若い女の子のようにも見える女性であるが、頭のアンテナがそれを否定している。
 彼女はルシオラであり、隣に座っているのは、当然、横島であった。

『私たち、こないだまで人間なんか
 なんとも思っちゃいなかったのよ。
 今だって・・・
 表面は愛想よくしてるけど・・・』

 ルシオラは、美神から、こっそりパピリオを監視するように頼まれている。信じているから依頼するのだという顔をされたし、こうしてデートのときには代わりに見てくれているのだが、真意は定かではなかった。

「そんなの平気!!
 美神さんだって人間なんか
 『へ』とも思ってない!」
『そーなの?
 でも、もし私がその気になったら・・・
 人間の何百人くらい、すぐ殺せるのよ?
 怖くない?』
「怖いけど、美神さんもそーだし!」

 夕焼け空を眺めながら二人は会話するが、話題は、美神のことになってしまう。

『美神さん・・・か』

 横島の中で美神が大きな存在を占めていることは、ルシオラにもわかっていた。

『ねえ、ヨコシマは彼女のこと、どう思っ・・・』

 振り向くと、鼻息を荒くした横島の顔が迫っていた。

『きゃーっ!?』

 と叫びながら、思わずその場に叩き付けてしまう。

『い、いきなり何を・・・!!』
「何って・・・
 『ちう』・・・」
『急にそんなんじゃ、びっくりするでしょ!?
 流れってもんがあるじゃない!!
 わかんないのっ!?』
「おあずけ食ってる男にそんなの読めるかーッ!!」

 ルシオラの女心など理解していない横島は、鉄塔に頭を叩き付けながら泣き叫ぶ。

「ちくしょー!!
 どーせ俺はそーゆーキャラなんだっ!!
 『ぐわー』とか迫って
 『いやー』とか言われて!!」

 そんな彼を見て、ルシオラがピトッと寄り添った。

『ばっかね・・・!!
 いやなわけないでしょ、ぜんぜん』

 二人の姿が、唇を介して重なる。
 遠慮したかのように、太陽も沈んでいった。


___________


 その夜。
 女二人の食後のティータイムで、おキヌがポツリとつぶやいた。

「こ、このままでいーんでしょうか? 美神さん」

 少し前まで視線が屋根裏部屋の方を向いていただけに、ルシオラの話題であることは明白だった。
 おキヌとしては、このまま横島たち二人が幸せでいられるのかどうか、それが気になっていた。恋人ができたら横島は『究極の二択』に直面する、そんな未来予知があったからだ(第二話「巫女の神託」参照)。
 そして、最近、おキヌ以外にも未来を見通す人物が現れたのだ。美神である。
 アシュタロスとの戦いのために、プライベートな質問は遠慮していたのだが、一段落ついた今、横島のことを聞いてもいいだろうと思っていた。

(もし、美神さんも私と同じ『未来』を見ているなら・・・)

 しかし、美神の対応は、おキヌの想定とは少し方向が違っていた。

「・・・妬けるなら
 横島クンにモーションかければ?」
「わ、私がですか?」

 おキヌは、横島から恋人の存在を知らされたとき、それほど嫉妬を感じなかった。しかし、その直後、恋人同様に大切だと言われて、心がグッと動かされたことも事実である(第二十九話「三姉妹の襲来」参照)。

「私・・・よくわからないんです」

 これが今の正直な気持ちだった。

「たしかに横島さん好きだけど・・・
 『女として』・・・どーとか、
 う・・・『うばってやる』とか・・・
 だ、『抱いて』とか・・・
 『自由にして』とか・・・
 『忘れさせて』とか・・・
 『メチャクチャにして』とか、そーゆーんじゃ・・・」

 おキヌの顔がドンドン赤くなる。

(そーいえば、おキヌちゃん・・・
 こんなこと言うのよねえ・・・)

 美神は、『歴史』の中でも同じだったと思い出した。呆れながらも、年長者として言葉を挟む。

「おキヌちゃんって・・・
 やっぱり週刊誌やワイドショーに毒されてるわね。
 ・・・ガラでもない言葉使うんじゃありません!!」

 これで落ちついたおキヌは、頬に両手をあてながら、美神に聞き返した。

「私、まだ子供なのかも・・・。
 ・・・美神さんは?」

 美神は少し黙ってしまったが、それから、ゆっくりと口を開いた。

「私のママが来たとき・・・」
「えっ・・・?」

 話題が変わったのかと戸惑うおキヌだが、そうではなかった。

「あのとき、二人で横島クンについて話してたわね?」
「・・・ええ」

 美神は、美智恵が幼少の『れーこ』を連れてきたときのことを語り出したのだ(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。

「ごめんね、おキヌちゃんを
 追いつめるつもりなんてなかったんだけど・・・。
 当時は、私自身、
 自分の気持ちがよく分かってなかったから・・・」
「美神さん・・・!? それって・・・!?」

 少し美神も顔を赤らめる。

「カン違いしないでね、
 私もおキヌちゃんと同じよ。
 あのバカのことはキライじゃないけど、
 でも『抱いて』『自由にして』なんて気持ちはないわ。
 私の体を差し出すつもりなんて、全然ないからね!?」
「美神さん・・・」

 美神は、理解のある視線を向けられて、照れてしまった。彼女は、強引に話をまとめてしまう。

「まあ・・・それはともかく。
 『このままじゃいけない』っていうのは、私も賛成ね。
 今の横島クンは、なんだかもう、
 私たちの横島クンじゃないもの・・・」


___________


「・・・どうしたんスか、三人そろって!?」

 その日、事務所へ来た横島は、軽く驚いた。
 建物の前に、美神、おキヌ、ルシオラが立ちはだかっているのだ。しかも、ルシオラは人間のような衣服ではなく、戦闘服を着ている。
 彼の心の中は今の青空同様に晴れ渡っていたのだが、何か問題が生じたらしいと気づいた。

「まさか・・・!?」
『そう、パピリオが逃げたのよ』

 美神がルシオラにパピリオを見張らせていたことは、横島も知っている。だから、これは、容易に推測できる事態だった。

『しっかり警戒していたんですけど・・・。
 すみません・・・! 私が・・・』

 ルシオラが美神に頭を下げるが、それも、すでに何度か繰り返されたことだ。

「反省するのは後でもいいわ!!
 それより今は、脱走が世間に
 知られないようにすることが大切よ!!」

 パピリオの逃亡は、美神が知る『歴史』の中でも起きた事件だ。防ぐ努力はしたのだが、不十分だったようだ。

「パピリオがやりたいことは復讐・・・でしょう!?
 最大のターゲットは私たちよ!!
 まっすぐここへ来るはずだわ・・・」

 本来の『歴史』の中では、確かに事務所が襲われた。しかし、美神たちが撃退する前に西条が来てしまい、彼が被害にあっていた。美神たちにしてみれば、西条は外部の人間だ。今回、自分たちだけでケリをつけるために、すでに西条には連絡し、事務所に来ないようにしておいた。
 
(さあ、いらっしゃい、パピリオ!!)

 西条以外にも、『歴史』では横島もやられていた。それも、一時呼吸が止まったほどである。そうした『歴史』を回避するために、美神たちは準備万端で待ち構えているのだ。
 
『来た!!』

 最初に気が付いたのは、ルシオラだった。
 蝶の大群が飛んできたのである。
 続いて、

『南極では眷族が出払ってて
 使えなかったでちゅよ!!
 でも・・・
 こいつらと一緒なら・・・!』

 パピリオが現れた。

『たとえ相手がルシオラちゃんでも
 私には、かなわないでちゅ!!』
「・・・他に行かれると困るから
 ワザワザ待っててあげたのよ!!」

 不敵に笑いながら、美神は、隠し持っていた文珠を発動させた。
 突然、空模様が怪しくなり、雨が降り始める。

『な・・・なんで急に雨がっ!?
 あっ!! ポチでちゅねーッ!? 』

 パピリオも並の魔族ではない。文珠で天候を左右されたのだと、瞬時に気がついた。しかし、犯人を勘違いしてしまう。

『ちッ!! 目障りでちゅ、ポチ!!』

 いまだ動ける妖蝶を、すべて横島に差し向けたのだ。

「どばっぢりだー!!」
『パピリオ・・・!!
 ヨコシマに手を出したわね!?
 絶対に許さない!!』

 口を蝶でいっぱいにして倒れ込む横島。それを見て、怒ったルシオラがパピリオに肉弾戦を挑むが、パピリオも何とか対応する。

『今日はこれぐらいにしといたるでちゅ〜〜!!』

 小さな彼女は捨てゼリフを残し、眷族を引き連れて逃げていった。


___________


 パピリオの横島への攻撃も、ルシオラの報復行動も、一瞬の攻防だったのだ。
 『雨』文珠を使った後、美神やおキヌが手を出す暇は全くなかった。

「横島さんが・・・!!
 呼吸止まりそうです・・・!!」

 倒れた横島のもとに駆け寄ったおキヌは、必死でヒーリングを試みている。 
 美神は、傍らで立ちすくんでいたが、頭の中はパニックに陥っていた。

(『呼吸止まりそう』・・・!?
 まだ息はあるのね!!
 じゃあ、ここは『治』かしら!?
 それとも、やっぱり『蘇』!?
 いや、でも、まだ生きてるんだから
 それでは効果ない・・・!?)

 彼女は、すでに『蘇』文珠を用意していた。『歴史』どおりの最悪の事態に備えていたのだ。
 しかし、『呼吸止まりそう』というのは想定していなかった。これでは、微妙に違うのである。

「『治』・・・!?
 それとも『蘇』・・・!?」

 ブツブツつぶやきながら、オロオロしてしまう美神。
 そんな彼女とは対照的に、ルシオラが落ち着いて対処する。

『パピリオの鱗粉攻撃は
 麻薬より強力に精神を冒すわ!
 脳の回路がオーバーフローを
 起こしたのかも・・・。
 それなら・・・
 脳に刺激を与えるのが効果的よ!!』

 彼女は、頭の触覚から霊波を叩き込み、横島の中へと入っていった。

(・・・あ!!
 『歴史』どおりになった!!)

 安心した美神は、それまでの反動で、冷静を通り越して少し冷酷になってしまう。

(それじゃあ・・・。
 ごめんルシオラ、
 ひとつ確認させてもらっていいかしら・・・?)


___________


 東京タワーの展望台。その上に座った一組の男女が、夕陽に照らされていた。
 それが、横島の精神の奥で描かれていた光景である。
 しかし、これは、ルシオラにとっては衝撃的な絵であった。横島の隣にいるのはルシオラではなく・・・美神なのだ!!

「ねえ、横島クン!
 ルシオラのこと、どう思っ・・・!?」

 振り向いた美神の視界に、異様に近づいた横島の顔が入った。鼻息を荒くして唇を突き出している。

「きゃーっ!?
 急にそんなんじゃ、びっくりするでしょ!?
 流れってもんがあるじゃない!!
 わかんないのっ!?」
「おあずけ食ってる男にそんなの読めるかーッ!!」

 それは、横島とルシオラの大切な一場面。横島の相手が美神になっていることを除けば、ルシオラの記憶にあるとおりだった。

「ばっかね・・・! 
 いやなわけないでしょ! ぜんぜん」

 二人の唇が接近する。
 さすがに、これ以上、黙って見ていられなかった。

『な・・・なんでよっ!?
 なんでそんな夢見てるのよっ!?』

 ルシオラの叫びとともに、二人の動きが止まる。

『どうして私が美神さんに入れ替わってるの!?
 それは私たちの思い出じゃない!!』

 彼女の目尻から涙がこぼれた。

「ル・・・ルシ・・・オラ?」
『女のコなら誰でもよくて・・・
 たまたま美神さんに入れ替えてみただけ?
 それとも・・・』

 しかし、ルシオラの詰問もそこまでだった。

「うッ・・・!?」

 横島が目ざめる時が近づいていた。
 ルシオラも外へ出されるのだ。
 しかし・・・。
 そこに、心を少し黒くした美神が待っているとは、彼女は当然知らなかった。


___________


「意識が戻った・・・!?」
「お・・・俺は・・・?
 チョウの大群が口の中に突っこんで・・・
 どしたんだっけ?」

 横島が起き上がり、おキヌが喜んでいる。しかしルシオラの表情が暗いのを、美神は見落とさなかった。

(やっぱり・・・!!)

 美神が知る『歴史』の中でも、ルシオラは同じ顔を見せていた。ただし、その時は、美神は意味がわかっていなかったのだ。今は理解したつもりの彼女は、

(ごめん・・・ルシオラ!!)

 心の中で再度謝ってから、確認のための言葉を投げてみた。

「よかったわね、横島クン!!
 あんたの頭の中にまで
 ルシオラが潜って、助けてくれたのよ!!
 ・・・きっと横島クンの頭の中って、
 ルシオラのことでいっぱいだったでしょうね!?」

 最後の部分で、美神は、作り笑顔をルシオラに向けていた。しかし、この言葉は、今のルシオラにはキツかった。

 パシッ!!

 ルシオラの平手打ちが美神の頬へ飛ぶ。
 美神に含意があったと気づいたわけではない。だが、横島の意識の奥底で『ルシオラは美神の代わりでしかない』という可能性を見せつけられた直後である。その美神からこう言われては、耐えられなかったのだ。

「ルシオラ・・・!?」
「ルシオラさん・・・!?」

 横島とおキヌが驚く中、ルシオラは、一人で走り出した。ドアをバンと開けて建物へ入り屋根裏部屋まで階段を駆け上がっていく音が、美神たちにも聞こえる。

「いいのよ、おキヌちゃん・・・。
 私が悪かったんだから・・・」

 美神は、叩かれた頬に手をあてながら、ポソッとつぶやいた。
 彼女にしたところで、ルシオラが見た映像を正しく想像していたわけではない。いや、もしも真実を知っていたら、さすがに今のような発言は出来なかっただろう。
 美神は、ただ、横島の不誠実な場面をルシオラが目撃したのだと考えていた。

(あいつのことだから・・・
 両手に花どころか・・・ハーレム状態?
 それとも、とっかえひっかえ・・・?
 どっちにせよ、ルシオラにはキツかったでしょうね。
 他の女のコにセクハラする横島クンなんて
 見慣れてなかっただろうから・・・)

 まさか、ルシオラの一番大切な思い出に関して、美神自身がルシオラ役になっていたとは想定していない。

(・・・横島クンの心の中が
 ルシオラ一人じゃないというのなら!!
 まだ『私たちの横島クン』を取り戻せるわ!!)

 微妙な誤解と正解が、美神に、重大な決心をさせた。

(・・・でも、今はそれどころじゃないわね)

 その決断に従うのは後にして、美神は、横島とおキヌにとりあえずの指示を出す。

「横島クン・・・!!
 今のルシオラは
 あんたと会いたくないと思うから・・・。
 かわりに様子見てきてくれるかしら、おキヌちゃん?」
「はい・・・!!」

 パタパタと走っていくおキヌを何となく眺めながら、

「俺、なんか悪いことしたかな・・・?」

 と、ささやく横島。
 実のところ、男の深層心理の映像なんて、それほど論理的なものではないはずだ。しかし、そこまで男というものを理解していないために、美神もルシオラも、下手に理屈付けて考えてしまったのである。


___________


 トントン。

 ドアをノックする音が聞こえる。

「ルシオラさん・・・!?」

 おキヌの声だった。
 今は一人になりたいルシオラだったが、パピリオが逃亡している現状では、個人のわがままも言えない。できれば美神とも横島とも顔を合わせたくなかったが、さいわい、来たのはおキヌである。

『どうぞ・・・』

 彼女を部屋に招き入れたルシオラは、単刀直入に質問する。

『・・・で?
 どういう作戦をとるの・・・?』
「『作戦』・・・?
 ・・・!?
 いや・・・ただ・・・
 心配だったから・・・」
『・・・!!』

 ルシオラは気づいた。おキヌが訪れたのは、パピリオの件のためではないのだ。
 それならば帰ってもらおうかとも思ったが、次の言葉を聞いて、気持ちも変わった。

「・・・頑張って下さいね。
 恋人関係って・・・
 私には経験ないから、どう大変なのか
 わかんないですけど・・・。
 でも、せっかく横島さんを手に入れたんですから!!」

 慈しむような表情のおキヌ。ルシオラの心も、少し癒された。
 同時に、おキヌの気持ちを思いやる余裕も出てきた。

『おキヌちゃんは・・・それでいいの?』
「え・・・!?」
『おキヌちゃんって・・・
 ヨコシマの恋人みたいなひとだったんでしょう?』

 ここへ来てまだ日が浅いルシオラだが、事務所の人間関係は何となく耳に入ってきていた。
 時々おキヌが横島の部屋へ行って二人で過ごしていたことも、そこで甲斐甲斐しく家事をしていたことも聞いている。本人達は『恋人』とは認めていなかったようだが、そう見てしまう者も周囲にはいたらしい。実際、聞かされた話をルシオラの知識に照らし合わせると、『恋人』という表現が相応しいようにも思えた。

「え〜!? 違いますよう・・・」

 少し照れたような口調で、しかしハッキリとおキヌは否定する。以前に美神と会話した時よりも明確に、気持ちを語れるようになっていた。

「横島さんのことは好きですけど・・・
 でも・・・恋とか愛とかじゃないです・・・
 大切な・・・親友です」

 確かに、恋人だと勘違いされたこともある。だが、それは、自分の行動が誤解を招いたのだと認識していた。横島に恋人ができたら不幸になる、そう思ってしたことが、恋人のヤキモチだと見られたのだ。
 このように理解しているおキヌであるから、現在の横島の恋人であるルシオラに対しては、キチンと説明する必要を感じていた。
 しかし、面と向かって『あなたと恋人でいたら横島さんは不幸になります』とは言えない。おキヌは、慎重に言葉を選んだ。

「私は・・・ただ・・・
 横島さんに・・・幸せになってもらいたいだけです」
『おキヌちゃん・・・』

 少しうつむきながら、ポツリポツリとしゃべるおキヌ。その表情は、ルシオラには、横島の幸せを真摯に願っているとしか見えなかった。

「横島さんが・・・
 それでほんとに幸せになれるのなら・・・
 それが一番です・・・」

 これは『恋人できる、イコール、不幸になる』をふまえた上での発言だ。
 ルシオラと恋人になった横島が、もし、おキヌの予知した未来を回避して幸せになれるのであれば・・・。
 そんな気持ちで、声も小さかった。だが、ルシオラの心には、むしろ大きく響いていた。

(『ほんとに幸せに』・・・)

 横島が欲しいのは、本当は自分ではなく、美神なのではないか。
 自分は、ただの代わりなのではないか。
 そう悩んでいたルシオラには、この言葉は、違うニュアンスで捉えられたのだ。

(私とつきあうことが・・・
 美神さんじゃなくて、私とつきあうことが
 本当にヨコシマの幸せなのかしら・・・?)

 心の中の疑問が増幅される。
 しかし、それを表面には出さず、

『ねえ、おキヌちゃん。
 私が知らないヨコシマ・・・
 おキヌちゃんなら、色々知ってるでしょ?
 ヨコシマのこと、たくさん聞かせてくれる・・・?』

 と、少しだけ話題を変えた。

「は・・・はい!!
 えーっと・・・
 女の人へのセクハラは
 今さら言うまでもないですよね・・・?」

 おキヌは、ルシオラに水を向けられて、横島について語り出した。なるべく自分との個人的な思い出は避けようとした結果、その内容は、横島と周囲の女性たちとの話になる。

「横島さん、とっても優しいから
 自然に女性をひきつけちゃうんですよねえ。
 本人が周りの気持ちに気づかないからいいですけど・・・。
 あっ、ごめんなさい!!
 こんな話したら、妬けちゃいます?」
『大丈夫よ・・・!! 続けて』

 ペロッと舌を出していたずらっぽく笑うおキヌに、笑顔をあわせるルシオラだった。


___________


「・・・いたわ!」

 その夜、美神たち四人は、近くの植物園に来ていた。
 大量に花があって無数の蝶が雨をしのげる場所といえば、ここの温室しかなかったからだ。それだけではなく、『歴史』でも同じ場所だったというのも、大きな理由である。

「横島クンとおキヌちゃんは連中を追い込む!
 私はルシオラのサポート!
 ・・・いいわね!?」

 このチーム分けは、『本来の歴史』とは少し違う。ルシオラのサポートは横島だったのだが、美神は、敢えて自分に変更したのだ。ルシオラと二人で話をする良い機会だと思ったからである。
 ルシオラとしては気まずいのだが、二人だけになってすぐに、まずは謝った。

『ごめんなさい・・・さっきは・・・』
「いいのよ、私の言葉が余計だったんでしょ?
 ・・・こっちこそゴメンね」
 
 軽く手を振った美神は、さらに続ける。

「横島クン、みんなに優しいからね・・・」

 美神は、横島の心の中でルシオラが見たものを勝手に想像して、こんなことを言っているのだ。
 ただし、彼女の想定が間違っているだけに、ルシオラにはピンと来ない。それでも、美神が怒っていないのは理解した。また、美神の言葉は、むしろ、昼間のおキヌとの会話を思い出させた。

『・・・そうですね。
 だからヨコシマって、みんなに愛されてる・・・』

 美神の側では、会話がスムーズにつながったので、やはり自分の想像は正しかったという気持ちを強めている。そこで、もう一歩踏み込んでみた。

「あいつに惚れてる女のコ、多いからね。
 気をつけなさいよ・・・!?
 あんたが横島クンに惚れてるから、
 だから横島クンもルシオラを好きになった・・・。
 二人の恋愛が、ただそれだけの理由だったら、
 他の女にとられちゃうかも・・・」
『・・・!!』

 目を丸くするルシオラに対し、

「そんなマジな顔しないで・・・。
 ごめん、冗談よ!!」

 と、美神はウインクする。

「・・・そんなことないわよね。
 横島クンは、ちゃんとルシオラそのものを見て
 あなたを好きになったんでしょう・・・?」

 これは一種のテストだった。
 ルシオラが本当に横島を幸せにできるかどうか、彼女の心意気を知りたかったのだ。
 だから、美神は、自分でもタチが悪いと思えるジョークを口にしたのである。

『え・・・ええ・・・』

 目を伏せたまま、ルシオラは肯定する。だが、その表情は、言葉とは逆の気持ちを示していた。
 ルシオラは、さきほどの美神の指摘を正しいと思ってしまったのだ。つまり、『横島がルシオラに惚れたのは、ルシオラの好意を受け入れただけだ』と考えたのだ。
 確かに、彼が『アシュタロスは俺が倒す!!』などと言い出したのは、ルシオラの恋心の深さを知ったときである。一夜のために命を投げ出すほど、それほど強く惚れていることに、横島も心を動かされたのだ。
 本当は、それはキッカケに過ぎない。それまでの出来事の積み重ねだったのだが、ルシオラは、そこまで分かっていなかった。
 それに、ただ『惚れている』のと『命を投げ出すほど惚れている』のとでは、大きな違いがある。しかし程度の問題であるだけに、この差異についても、ルシオラ自身は意識していなかった。

(やっぱり・・・そういうことか・・・)

 一方、美神は、ルシオラの態度から、自分の考えが正しかったと判断していた。
 横島は、ただ、『自分を好きになってくれた女性』に惚れただけなのだ。ルシオラ自身も認識しているのだ。それならば、何も後発のルシオラに横島を譲る必要もない。

「大丈夫よ・・・!!
 誰も横島にアタックしたりしないわ。
 みんな・・・ちゃんとわかってるから」
『・・・!?』
「横島クンは・・・優しすぎるのよねえ。
 だから女のコに優しくするのも
 別に好きだからじゃないの。
 ただ、そういう性格なのよ、あいつ」

 これは、ルシオラにも納得できる横島評であった。

「女って、ちょっとイイ男から
 優しくされるとカン違いしちゃうけど・・・。
 でも、それって『カン違い』なんだわ。
 『優しさ』と『愛』はイコールじゃないからね。
 みんな、優しくされてても愛されてるわけじゃない、
 それがわかってるから、誰も横島クンにアタックしないのよ。
 だから・・・安心しなさい!!」

 実は美神は、まだ少し迷っていた。ルシオラの心の中に、どこまで波風を立ててしまっていいものか。そのため、ストレートな言葉は使えなかった。
 もしルシオラが素直に受けとって、本当に『安心』してしまうのであれば、その場合は仕方がない。今の美神に出来るのは、含みのある発言でルシオラに考えさせる、ただそれだけだった。

「ねえ・・・ルシオラ」
『はい・・・!?』

 美神の話で自分たちのことを考え直すルシオラだったが、名前を呼ばれて、顔をあげた。

「『愛』ってなんだと思う?」
『え・・・!?』
「私の前世であるメフィストが
 横島クンの前世から
 『俺にホレろ!!』って言われたとき・・・。
 彼女には意味がわからなかったの。
 説明されたけど、まだトンチンカンで
 『愛ってなに?』って聞き返したのよ」

 厳密には、これは美神の記憶にある『本来の歴史』の中での出来事である。今回は微妙に異なったのだが、そこは重要ではなかった。

「今の私は人間だから・・・
 『愛』と『恋』の違いも何となく説明できる。
 穏やかさと激しさとか、温かさと熱さとか、
 そんな表現も出来ると思うけど・・・。
 やっぱり一番のポイントは、
 相手を思いやる気持ちの有無だと思うの」
『「相手を思いやる」・・・』
「ええ。
 好きだからって自分の気持ちだけで
 相手のことも考えずに突き進めるのが『恋』。
 そうじゃなくて、好きの人の幸せを
 何よりも大切にするのが『愛』。
 だから、あなたが本当に惚れたのなら、
 横島クンに恋するだけじゃなくて
 ちゃんと愛してあげてね・・・!!」

 美神は、自分の恋愛論を、そう締めくくった。
 彼女自身は気づいていないが、これは、かなり頭でっかちな考え方であろう。
 世の中には、愛じゃない感情を『愛』と思い込んで成り立っているカップルだって、結構いるかもしれない。それでも当人たちが幸せであるなら、周りがとやかく言う権利なんてないのだ。
 また、始まりは愛ではなくても、つきあっているうちに『愛』になるケースもあるはずだ。いや、むしろ、それが普通ではないだろうか。『愛』は育まれていくものなのだ。最初のキッカケなど問題ではない。
 しかし、恋愛経験が豊富とは言えない美神は、机上の空論で『愛』を語ってしまったのである。
 そして、ルシオラにいたっては、恋愛だけでなく全てにおいて経験が乏しい。さらに彼女の理知的な側面が災いし、美神の説明に納得してしまうのだった。

(厳しいこと言ってゴメンね。
 でも、あなたが横島クンと別れたとしても
 私が独占するつもりはないから安心して・・・。
 横島クンには横島クンのままでいて欲しいの・・・)

 と美神が考えていたところに、

『は・・・始まったわ・・・!!』

 蝶の大群が動き出すのが見えた。横島とおキヌの用意した除霊用煙で、追い立てられたのである。


___________


『まずい!!
 私はともかくチョウたちが・・・!!
 みんな外へ出るでちゅーっ!!』
『ここまでね、パピリオ!
 おまえの眷族はもう思いどおり動けないわ!』

 慌てて蝶の群れに命令したパピリオだが、温室の外では、ルシオラがホタルの力で強烈に輝いていた。
 昆虫は、夜は月の光を基点に方向を定めるのだ。近くに強い光源があったら方向感覚を失う。もはやパピリオの妖蝶は何も出来なかった。

『おしおきよ、パピリオ!!』
『ひーッ!!』

 強力な魔力波がパピリオを襲う。かろうじて逃げるが、ルシオラは追ってくる。

『許さないッ!!』
『ちょ・・・!!
 タンマ、ルシオラちゃんっ!!』

 それでは防げないのに、左腕を顔の前にかざし、目を閉じてしまったパピリオ。

『・・・!!
 ・・・?』

 覚悟していた一撃が来なかったので、ゆっくり目を開けてみると、

「ストーップ!!
 ここは俺にまかせろ!!
 なっ・・・!?」

 両手を広げた横島が、姉妹の間に立っていた。

『でも・・・!!』
「いーからっ!!
 おまえは手を出すんじゃねえっ!!」

 とルシオラを制止する横島だったが、それで素直に感謝するパピリオではない。

『かばってもらって
 コロッと懐くとでも思ってんでちゅか!?
 ペットが調子に乗るんじゃ・・・
 ないでちゅよーッ!!』

 思いっきり横島を殴り飛ばしてしまった。

『やめなさいっパピリオ!!』
『なんのマネでちゅかっ!?
 なぜ無防備に攻撃をうけたでちゅかっ!!
 なんで反撃してこないでちゅかーっ!!』

 ルシオラに羽交い締めにされながらも、パピリオは、横島に疑問を投げ続けた。魔族と人間の力の差を、全く理解していないのである。
 そこを、美神に利用されてしまう。

「そんなこともわからないなんて・・・
 青いわね、パピリオ!!」

 ここは『歴史』どおりの展開である。

「その気になればアシュタロスも出し抜く男が
 抵抗しなかった意味をよく考えてみなさいっ!!」
『どーいう意味でちゅか?』

 厳密には、横島は『歴史』ほどアシュタロスを出し抜いてはいない。美神の入れ知恵も加わっていたのだが、小さな違いは気にせずに話を進めた。

「彼、私に言ったわ。
 この首輪、パピリオにつけないでくれって・・・
 たとえ自分がされたことでも
 あんたにはしたくないって・・・」

 特製の首輪を手にして、言葉を続ける。

「人の心は力で自由になんかできない・・・!!
 彼はあんたにそう伝えて死ぬつもりなのよ!!」
『そ・・・
 わ・・・私の負けでちゅ・・・!!』

 パピリオがガクッと膝をついた。

『ごめん、ポチ・・・いえヨコシマ・・・!!』
「よ、横島さん本当にそんなことを・・・?」

 おキヌまで感動で目に涙を浮かべ、彼女にだけ美神が小声で種明かしをしていた。当然、これは美神の大嘘なのだ。『歴史』でも言いくるめられたので、同じようにしたのである。
 二人のヒソヒソ話を耳にして、ルシオラは、

(でも、考えてみたら、今回はともかく・・・
 まるっきりウソってわけでもないよ。
 私のときは身をていして守ってくれたもの)

 と、逆天号での出来事を思い出す。しかし、今の彼女は、これを甘い思い出として捉えることは出来なかった。

(恋人でもなんでもない、
 それどころか敵であった私なのに・・・
 身をていして守ってくれた・・・。
 ヨコシマは・・・本当に・・・
 みんなに優しいんだわ・・・)

 おキヌや美神から聞いた話とつなげてしまったからだ。
 特に、美神との会話を考えてしまう。

(誰にでも優しいのが・・・ヨコシマ。
 惚れているから優しいわけじゃない。
 私に惚れてるわけじゃないのよね・・・)

 横島の心の中では・・・大切なデートの相手は美神だったのだ。

(私は・・・どうしたらいいの?
 他の誰かの代わりであっても・・・
 ヨコシマが、ただヤリたいだけであっても・・・
 それでも・・・この肉体を提供したらいいのかしら?
 惚れた男と結ばれたら・・・
 私は満足かもしれないけど・・・)

 それは、美神の言っていた『恋』という感情なのだろう。ルシオラは、そう思ってしまった。

(それでヨコシマは本当に・・・
 『しあわせ』なのかしら・・・!?)

 ルシオラは、横島とおキヌの病室での会話を知らなかった。彼がおキヌに語ってみせた、ルシオラを大切に思う気持ち。もし、それを聞いていたら、ここまで悩まなかったかもしれない。
 しかし、横島も、直接ルシオラに愛を語るようなタイプではないだけに・・・。
 ルシオラには、横島の心情を正しく理解することは出来なかった。感覚で捉えればよいものを、言葉で突き詰めていくから、ますます泥沼にはまってしまうのであった。


___________


「今は、二人だけにしてあげましょうね」

 上を見上げながら、美神がつぶやいた。天井の向こうの屋根裏部屋では、ルシオラとパピリオが姉妹の時間を過ごしているはずだ。

「横島クン、邪魔しちゃダメよ?
 ・・・ここにいなさい!!
 あんたには重要な仕事があるからね」

 ちょうどそのタイミングで、おキヌも部屋に入ってくる。
 美神は、横島とおキヌの前に、文珠を四つ並べてみせた。まだ何も文字は入れていないが、『四つ』ということが、以前のイベントを二人に連想させる。

「もしかして・・・
 また『記憶開封』っスか!?」
「そうよ・・・!!
 今日はおキヌちゃんの番!!」

 美神は、おキヌの記憶を開くことに決めたのだ。女として、おキヌに相談したいこともあったからである。

「えっ、私!?」
「おキヌちゃんにも・・・!?」

 驚く二人に、美神は軽く説明する。

「びっくりすることないでしょ?
 今までの『巫女の神託』、
 あれを何だと思ってきたの・・・!?」
「あっ、もしかして・・・」

 横島が何か気づいたらしい。

「そういうこと・・・!!
 さあ、やるわよ!!」


___________


 文珠の輝きで、部屋が昼間のような明るさになる。光がおさまったときには、床に三人が座り込んでいた。

「おキヌちゃん・・・!? 大丈夫!?」

 最初に顔を上げたのは、美神である。
 おキヌは、疲労困憊しているようだが、それでも意識は失っていない。
 
(あれ・・・!? まさか、失敗・・・!?)

 しかし、美神の心配は杞憂だった。

「美神さん・・・
 ちょっと二人でお話しましょう」

 おキヌは、美神が考えていたほど弱くなかったのである。探査リングで長期間意識を失ったのも、霊的中枢をやられたことより、むしろ、横島を心配しすぎたせいであった(第二十九話「三姉妹の襲来」参照)。
 それに、おキヌは『忘れていた記憶を取り戻す』ことには慣れているのだ。
 三百年前の生前の映像を道士から見せられた際も、すぐには現実感は伴わなかったものの、抵抗なく受け入れることができた(第十八話「おキヌちゃん・・・」参照)。また、蘇った後で幽霊時代のことを思い出した際も、衝撃は受けたものの、ネクロマンサーの笛を吹き続けることができた(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」参照)。
 だから、今回、膨大な記憶が頭に流れ込んできても、耐えられたのである。

「おキヌちゃんも美神さんも
 未来を見通せるんスね・・・。
 なんか俺だけ仲間はずれな感じ・・・」
「そうよ・・・!!
 だから悪いけど
 横島クンは席をはずしてちょうだい!!」

 美神は、一つ嘘をついた。横島の記憶の封印を解くわけにはいかない以上、その存在も秘密にする必要があったのだ。

(ごめんね、横島クン・・・!!)


___________


「やっぱりルシオラさんが・・・。
 彼女のために・・・横島さん、あんな目に・・・」

 これが、横島が部屋を出ていった後、おキヌが最初に発した言葉である。

「そうよ、おキヌちゃん・・・。
 ルシオラが死んでしまって・・・、
 でもアシュタロスから
 彼女を復活させる案をつきつけられるの。
 私たち世界全部を犠牲にするという条件付きでね」

 詳しく言われずとも、おキヌが考えていることは分かった。だから、美神は反復するかのように、その内容を語ってみせたのだ。
 おキヌも頷く。これこそ、おキヌがかつて未来予知してしまった光景だった(第二話「巫女の神託」参照)。

(横島さん・・・)

 今のおキヌは、その『究極の二択』の結末も知っていた。
 ルシオラは横島にとって最愛の女性ではあるが、それでも、彼は彼女一人を選べなかった。世界全体を救うことを選び、アシュタロスの機械を破壊する。ルシオラを復活させることの出来る、唯一の装置を・・・。
 横島の中にはルシオラの霊基構造が含まれていたため、彼の子供としてルシオラが転生する可能性は残された。しかし、それも可能性に過ぎず、実現したところで『子供』と『恋人』とは明らかに別である。
 その事件以降も明るく振る舞っていた横島だが、それが表面だけに過ぎないことは、周囲からは一目瞭然だった。
 そして、自分たちの世界が彼の何を犠牲に成り立っているのか、それを知っている者の態度もまた、内心とは違うものになってしまったのだ。

「あの悲劇だけは、なんとしても避けなきゃならないわ・・・」
「はい・・・!!
 そのためには
 ルシオラさんを死なせないようにして・・・」

 おキヌが何か言いかけたが、美神がそれを遮った。

「ちょっと待って、おキヌちゃん。
 アシュタロスをサッサと
 やっつけちゃうのが一番なんだけど、
 それだけでいいと思う・・・?
 横島クンとルシオラとが幸せに結ばれる、
 そんな結末で本当にいいと思う・・・?
 私ね、ちょっと考えてることがあるのよ」
 
 そして、美神は語り出す・・・。


___________


「それじゃ横島さんがかわいそう!!
 ・・・あんまりです!!」

 美神のプランを聞かされたおキヌは、つい叫んでしまった。美神も大声で渡り合う。

「横島クン自身が言ってたじゃない、
 『あの悲劇を避けられるなら記憶は忘れたままでもいい』って」
「そっちじゃありません・・・!!」

 おキヌとしても、横島の記憶を解放しないことには賛成だった。『究極の二択』の悲劇を回避できるのであれば、あの苦悩をワザワザ思い出させる必要はないのだ。あの経験を横島本人が思い出してしまったら、それだけでも苦しみ傷つくだろうから。
 
「美神さんのプランでは、横島さんの幸せが・・・!!
 横島さん・・・ルシオラさんと幸せになりたいはずですよ!?」
「でもおキヌちゃんも言ってたでしょ、本来の歴史の中で!!
 『横島さんは横島さんだから好きなんだもん』って!!」

 おキヌの中で、まだ『本来の歴史』は、『本で読んだおはなし』あるいは『テレビでみたドラマ』という程度の感覚しかない。それでも、美神の指摘した出来事はシッカリ覚えていた。
 横島が記憶を失い、真面目で理性的でセクハラもしない人間になった時。そんな横島を皆は歓迎したのだが、おキヌだけは、

「バカでスケベでも・・・
 やっぱり元の横島さんが・・・」

 と主張したのだ。そして『スケベ』をキーワードとして、横島を元に戻してしまったのもおキヌだった。
 それを思い出していると、

「おキヌちゃん・・・
 ルシオラが死んだ直後のこと覚えてる!?」

 美神が、開封された記憶の中の別の一場面に関して、語り出した。

『ルシオラは・・・
 俺のことが好きだって・・・
 命も惜しくないって・・・
 なのに・・・!!
 俺、あいつに何もしてやらなかった!!
 ヤリたいのヤリたくないのって・・・
 てめえのことばっかりで!!』
『俺には女のコを好きになる
 資格なんかなかった・・・!!』

 それが、ルシオラを失った横島の慟哭だった。

「あの煩悩魔人が、あそこまで悟ったのよ!?
 そんな横島クン、もう横島クンじゃないでしょう!?」
「・・・そうかもしれませんけど
 でも、ルシオラさんが死ななければいいわけです。
 何も二人が別れる必要は・・・」

 おキヌが口を挟んだが、美神は構わずに言葉を続けていた。

「でもね、だからといって逆に、
 恋人とベタベタしてる横島クンも、
 横島クンじゃないでしょ??
 ・・・横島クンは、
 みんなに優しいから横島クンなのよ!!」

 少し首を傾げるおキヌ。美神の思考の論理展開が分かりにくいのだ。

「・・・考えてみて!!
 あのバカ、ニブいから今は
 まわりの女のコの気持ちに気づいてないでしょう?
 だから・・・ルシオラ一人とベタベタできるのよ。
 でも恋人付き合いしてくうちには
 女性心理にも少しは詳しくなるでしょうから、
 いつかは知るでしょうよ、
 他の女のコたちも横島クンを好きだったって。
 そのとき、あいつは、どう思うかしら!?」
「どうって・・・!?」
「もし今のままの優しい横島クンなら・・・
 そのとき辛い思いをするの。
 気づいてしまうから・・・、
 『ルシオラ一人のために
  他の女性の好意を犠牲にしてきた』って。
 これじゃあ、アシュタロスの二択と同じじゃないの・・・!!」
「ええっ・・・!?」
「そんなの、ルシオラの命を救うために
 他の全員の命を犠牲にするのと同じよ・・・!!」

 さすがに、これは詭弁だとおキヌは思った。しかし、少なくとも目の前の美神は、それを本心から語っているようだった。

「だからといって・・・
 気づいても何とも思わない横島クンだったら、
 もう横島クンじゃない。
 だから・・・優しい横島クンが
 一人の恋人を作ってはいけないの。
 恋人のいる横島クンなんて・・・横島クンじゃないわ!!
 横島クンは、みんなの横島クンでなくちゃ・・・。
 それが、私たちの横島クンなの・・・」

 そこまで言いきった美神は、顔を下に向けてしまう。丸めた背中は小さく震えているように見えるし、嗚咽も聞こえてきたようだ。

「美神さん・・・」

 美神の背に手を伸ばし、子供をあやすかのような仕草をするおキヌ。彼女は、美神の心情の向こう側を考えていた。

(横島さんをとられたくないのね、
 ルシオラさんに・・・)
 
 幽霊時代の三百年を除けば、おキヌは、美神よりも年下だ。それでも、今の美神を見ていると、

(美神さん・・・
 かわいらしいですね)

 とも思ってしまう。
 おキヌとしては、美神の言い分には個人的な感情が入っていると分かっていた。だから、一理あるとは思うものの、一理しかないとも思う。
 特に、美神の主張では、横島を今のままで留めたいという気持ちが強く出過ぎているのだ。

「美神さん・・・?
 『今のままの横島さん』って・・・、
 それって、横島さんの成長を否定してることになりませんか?」
「・・・急成長は体に毒だわ。
 人間、少しずつ成長していかないとね」

 いつのまにか、美神は泣き止んでいた。

(・・・でもキッカケがあって成長するんだから
 心の成長なんて誰しも突然なんじゃないですか!?)

 と、おキヌは反論したかった。彼女自身、流転の人生を送ってきたのである。しかし、今は口をふさいだ。
 美神の言うとおり、横島が急成長するキッカケは、ルシオラの死である。そして、それがアシュタロスの『究極の二択』という悲劇にも通じるのだ。
 それだけは回避しなければならない。
 悲劇的な事件が成長のキッカケになるというのなら・・・。そんなものいらない。

(美神さんの言うとおり・・・
 もう少しだけ、横島さんには
 今のままでいてもらいましょう。
 だからってルシオラさんと
 別れる必要まではないんだけど・・・。
 私にも美神さんの気持ちはわかるから・・・)

 おキヌの心は、『条件付き賛成』に一票投じていた。
 美神の計画の中には、ルシオラ本人を説き伏せるというステップも含まれているのだ。もしも美神がルシオラを説得できるのであれば、そのときは従おう。

「・・・わかりました。
 でも、その分二人で横島さんを慰めましょうね?
 ちゃんとフォローしましょうね?」
「・・・もちろんよ。
 だけど、私たちがやりすぎちゃって、
 横島クンの恋人みたいになったら、
 それこそルシオラへの裏切りよ?
 許しちゃいけない一線は守らないと・・・」

 ポッと顔を赤らめる美神を見て、おキヌは気づいた。美神は『慰めましょう』『フォローしましょう』の意味を勘違いしたのだ!!
 おキヌもみるみる赤くなった。

「・・・美神さん、何言ってるんですか!!
 『精神的な成長を助ける』ってことですよ!?
 私もまだ子供だから、
 口で言うほど簡単じゃないですけど・・・」
「わ・・・私もそういう意味よ?
 おキヌちゃんこそ、何想像してんのよ!?」

 黙ってしまう二人であったが、先に口を開いたのは美神だ。

「さてと・・・
 それじゃルシオラを説得に行きますか。
 宇宙のタマゴに取り込まれる前に
 全部準備しなきゃいけないから、
 あんまり時間はないわよ!?」


___________


 トントン。

 小さなノックに応えて、ルシオラがドアを開ける。
 そこに立っていたのは、美神とおキヌだった。

「パピリオは・・・もう大丈夫?」
『ええ・・・。
 気持ちも落ちついたみたいで、
 今はグッスリ眠ってます』
「そう・・・。
 それじゃルシオラ、ちょっと下まで来てくれるかしら?
 女三人だけで話したいことがあるの・・・」

 何か大事な用件なのだと察して、ルシオラは、美神とおキヌに従う。
 階下の部屋でテーブルについて早々、美神は質問を投げかけた。

「ルシオラ・・・
 あなたが好きになった横島クンって、
 どんな横島クンだった・・・?」
『「どんな」って言われても・・・』

 ルシオラがキチンと答える前に、美神は続ける。

「あなた一人とイチャイチャしてる横島クン・・・
 そんな横島クンじゃなかったはずよね・・・?」
『ええっ・・・!?』
「まっ、こんなことゴチャゴチャ言っても
 うまく伝わらないだろうから・・・」

 美神は、文珠を四つ取り出した。そこには『意』『識』『共』『有』という文字がこめられている。

「もうここまで来たら、文珠のバーゲンセールよ!!
 横島クンには悪いけど、事務所に保管してあった分、
 ドンドン使っちゃうわ・・・!!」

 言葉で色々と説明するよりも、意識をつなげてしまった方が手っ取り早い。美神は、そう考えたのだ。
 
「私一人じゃ四文字制御なんて無理だけど、
 ルシオラの霊力があれば大丈夫でしょ?
 魔物なんて、ある意味、霊体そのものなんだから。
 ・・・それに魔族のあんたなら、
 私の意識がドッと流れ込んでも
 脳がパンクすることもないわよね・・・?」

 おキヌとの相談の際にこれをやらなかったのは、霊力不足の問題に加えて、精神の急激な流入を心配したからだ。美神は、ルシオラならば耐えられると思っていた。
 もちろん、ルシオラの意識が美神に突然入ってきたら、大きすぎる負担になるだろう。だから、厳密な『共有』ではなく方向性を定めるつもりだった。
 おキヌの話では、以前に『覗』文珠で友人二人の心をつなげた際、心を覗くのは一方通行だったらしい。それも都合の良い方向に。
 つまり文珠というものは、イメージ次第で、そこまで制御し得るものなのだ。しかも、今回ワザワザ四つも使う以上、単独使用よりも厳密なコントロールが可能なはずだった。

「いいわね・・・!?」
『はい・・・!!』

 ここまで説明されれば、ルシオラとしても異存はなかった。

(何を考えているのか、まだよくわからないけど・・・。
 見せてもらうわ、美神さんの真意!!)

 重ねた二人の手の中で、四つの文珠が光り出す・・・。


___________


 パシッ!!

 再び、ルシオラの平手打ちが美神の頬へ飛んだ。
 今日の美神の発言には、裏の意図もあったのだ。美神は、パピリオの妖蝶で横島の身が危なくなる『歴史』を知っていたのだ。
 そうした情報が脳に流れ込んできた瞬間、ルシオラの右手は、無意識のうちに動いていたのだった。

『あ・・・美神さん・・・』

 もちろん、美神の言葉にこめられた悪意は、大きなものではない。逡巡もしていた。それに、むしろ誤解が故にルシオラを深く傷つけてしまったものもある。
 もちろん、美神だって横島のことを心配していた。『歴史』どおりにならないように努力したし、最悪のケースに備えて文珠も用意していたのだ。
 頭ではそう理解しているだけに、ルシオラは、謝った。

『ごめんなさい、また・・・』
「いいのよ、私が悪いんだから・・・。
 ・・・ゴメンね」

 それ以上の発言は無用だった。
 意地っ張りとか素直じゃないとか言われてきた美神が、心の中をありのままに見せたのだ。駆け引きぬきで、気持ちを伝えたのだ。
 言葉では表現しにくいイメージの心情も多かったが、ハッキリしている一言もあった。それは、

「私たちの横島クンを返して・・・!!」

 という叫びだった。
 
『美神さん・・・それにおキヌちゃん・・・
 そしてヨコシマも・・・
 ・・・そんな「歴史」を経験してきたんですね・・・。
 ヨコシマの命を救うために私がすることも・・・
 そんな結果に・・・』

 心を美神とつなげたことで、ルシオラも真実を知った。
 三人が時間をさかのぼって、全てをやり直しているのだということを。ルシオラが死んでしまう悲劇とその影響を避けるために、頑張っているのだということを。
 『歴史』どおりに進んだ場合の『未来』では・・・。
 大好きな横島の世界を守るために、一人、ルシオラが強敵に立ち向かう。しかし、ルシオラは死ぬ気だと悟った横島が割って入り、致命傷を受ける。そんな横島の命を助けるために、自らを犠牲にするルシオラ。そして、ルシオラを蘇らせるための悪魔の誘惑が、横島に提示されるのだ。

『アシュ様の「究極の二択」・・・』

 ルシオラに対してさらけ出した心の奥底でも、美神は、横島の恋愛事情をそれに例えていた。
 一人の恋人を得て、他のみんなの恋心を犠牲にする。それは、あの悲劇の選択と同じだ。
 もしも横島がみんなの好意にハッキリと気付いたら、横島だって辛いはずだ。
 だから・・・。

『美神さん・・・
 あなたもヨコシマを諦めると言うのですね・・・!?』
「そうよ・・・」


___________


 美神を見つめながら、ルシオラは、今知らされた彼女の思考についてもう一度考えてみる。

 (ヨコシマの本当の幸せ・・・)

 横島の精神にも入ったルシオラである。偶然かもしれないが、大切な思い出の場面が改変されたのを見てしまった彼女である。
 もはや、自分が最も横島から望まれているのだと思うことは出来なかった。

(女のコなら誰でもいいどころか、
 もしかすると、美神さんが一番・・・)

 そして、その美神は、心の中で、

「そりゃあ、ヤリたい盛りだから
 ヤリたいだろうけどさ・・・。
 それで実際にヤっちゃって
 しあわせになるかどうか・・・ねえ??
 一時の満足とか快感とかって、
 『幸せ』じゃないわよね??」

 と言っていた。
 今の横島の欲求にストレートに応じることは、彼の幸せではないというのである。

(でも、美神さん・・・
 あなたの気持ちは、あなたのワガママだわ。
 自分の価値観を押し付けようとしている・・・)

 だから、ルシオラには、美神が横島を愛しているとは思えなかった。彼女が植物園で語った『愛』と照らし合わせたら、彼女の気持ちは『愛』とは言えない。

(むしろ・・・)

 昼間のおキヌとの会話を回想する。横島について語る表情や態度、そして、横島の幸せを願うという言葉・・・。

(美神さんより、おキヌちゃんのほうが
 ヨコシマを愛してるんでしょうね・・・)

 そのおキヌも、美神の計画には賛同しているのだ。
 それに、個人的感情はともかくとして、美神の横島像は正しいとも思えた。

(ヨコシマにとって私は
 他の女性の代わりでしかないんだから・・・。
 ここで身を引くことこそ、
 誰よりもヨコシマを愛している証しだわ・・・)

 ルシオラは決心した。
 『歴史』の中で横島を助けるためにしたことは、命は救ったものの、彼を精神的に苦しめることになった。
 その贖罪の意味と・・・そして、近くにいて同じようなことを繰り返さないために。
 良かれと思ってしたことが、裏目に出たりしないために。

(誰よりもヨコシマを愛しているからこそ・・・
 ヨコシマにヨコシマのままでいてもらうために
 ・・・ヨコシマと別れましょう。
 私は・・・去る)


___________


 ルシオラは、美神とおキヌの両方に、決然とした視線を向ける。

『わかりました。
 ヨコシマのこと、よろしくお願いします・・・!!』

 そんなルシオラを見て、おキヌは少し驚いていた。

(すごい・・・。
 美神さん・・・ホントに
 ルシオラさんを説得しちゃった!!)

 これで『条件付き賛成』も『賛成』に変わった。
 同時に、おキヌは、内心でルシオラを賞賛する。

(ルシオラさん!
 横島さんへの愛・・・
 あなたがナンバーワンです!!)


___________


 ルシオラの表情は、少し柔らかくなっていた。

『美神さん・・・本当にいいんですね?』
「・・・どういう意味?」
『私は魔族だから・・・、
 特に美神さんの計画に従うなら
 永遠の命を持つことになるから・・・。
 ヨコシマの転生を待つことも出来るんですよ?
 私が私じゃなくなっても・・・
 私の気持ちは変わりませんよ?』
「・・・えっ!?」

 ここで、ルシオラは、クスッと笑ってみせた。

『だって・・・。
 ヨコシマを好きな女のコがたくさんいるから、
 一人を選ばせたらヨコシマがかわいそうだから、
 私は身を引くんですよ・・・?
 だから「ほかのみんな」がいない世界になったら・・・
 あらためて私がヨコシマを口説きます・・・!!』

 美神も、負けじと対応する。

「あら・・・!?
 『ほかのみんながいない世界』なんて
 いつまで待ってもやって来ないわよ!!
 少なくとも私だけはついていくから・・・
 あいつが生まれかわるたびに私も転生するの!!
 でも・・・。
 あなたと私、二人だけになったときは・・・
 その時は一対一で正々堂々と勝負しましょうか?」
『フフフ・・・。
 その場合、ヨコシマは少しだけつらいかもしれませんね、
 負けた方の気持ちを犠牲にする形になるから。
 だけど、まあ一人くらいなら・・・』
「・・・いいわよね?
 横島クンにも、ちゃんと了解を取ってさ」

 この会話に、おキヌは敢えて口を挟まなかった。これは女同士の熾烈なやりとりではない。もはや冗談半分の会話なのだ。
 少しの間笑い合っていた二人だが、ルシオラが、表情を真面目なものに戻した。

『美神さん・・・あなたのプランでは、
 文珠がたくさん必要ですね?』
「ええ、でも、今の私たちには
 ・・・これがあるから!!」

 ニヤリと笑った美神が取り出したのは、ちょっと変わった文珠である。二色の勾玉を重ね合わせたような模様をしていた。

「美神さん!!
 それって・・・!?」

 おキヌが叫んだ。
 彼女は、『本来の歴史』の中で見たことがあったのだ。その特殊性についても、説明を聞いていた。

「そう・・・!!
 一度に二文字入れることが出来る文珠よ。
 なにより・・・
 使っても消えないというスグレモノ!!」

 それは、本来ならば、もっと後で出現するはずのものだった。横島が致命傷を負って、ルシオラが自らの霊基構造を彼に与えた後。そこでルシオラの霊力をも利用した文珠が作られるようになるのである。

「ついさっき・・・おキヌちゃんがいない間に
 横島クンがこれを出したのよ。
 まだ確認してないけど・・・
 外見が例の文珠と同じ以上、おんなじものだと思うわ」

 ルシオラが横島の精神にダイブしたことで、彼の中にあったルシオラの霊基構造が増幅されたのだ。もはや殆ど無いに等しいくらい僅かだったはずだが、ルシオラ自身の霊波を撃ち込まれたことで、共鳴して大きくなったのだろう。美神は、そう考えていた。

『何度も再利用できるんだったら・・・』

 ルシオラが、頭の中で、美神の作戦に必要な文珠の数を計算し直した。彼女が答えるより早く、美神が正解を告げる。

「ルシオラたちに一つ、
 おキヌちゃんが二つ、
 そして横島クンが一つ。
 ・・・全部で四つあれば何とかなるわ!!」


(第三十二話「宇宙のレイプ」に続く)

 転載時付記;
 逆天号を誤って逆転号としていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

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____
第三十二話 宇宙のレイプ

「ぼっちゃん・・・?
 こんな時間におでかけですか?」
「ああ、急用ができたんだ、キヨ!」

 西条は、突然夜中に身支度を整え始めた。

「この胸さわぎ・・・
 霊能者として見まごうはずもない・・・!!」

 彼の表情が厳しくなる。

「令子ちゃんの言ってたとおりだ・・・!!」

 アシュタロスが南極で滅んでいなかったことは、薄々気が付いていた。ヒャクメの霊力衰弱は止まらないし、他の神魔族との連絡も取れなかったからだ。
 さらに、未来を見通す美神からの情報もあった。
 そろそろアシュタロスが何か仕掛けて来るはずだから、警戒するように。
 彼女は、そう警告していたのだ。そして、おそらく美神の自宅がターゲットになるとも言っていた。

「これは・・・!?」

 現場へ急行した西条は、マンションの入り口前で、誰かが倒れているのを見つけた。雪之丞である。

「来るな・・・!
 強力な結界だ!!
 誰かが侵入を妨害してるよーだぜ・・・!!」

 足をとめた西条の後ろに、他のGSたちも駆けつけてきた。

「雪之丞くん!?」
「西条さん・・・!?」

 彼らもまた、西条同様、事前に美神から言い渡されていたのだ。だから、事態を悟って、ここへ集合する形となった。
 この場に来ていないのは、何があっても動くなと言われていた美智恵くらいなものである。

「ルシオラのおかげで妖蜂の毒は消えた。
 でも、弱ってるから入院中・・・。
 そういうシナリオで演技続けといて!!」

 それが、娘から母への伝言だったのだ。
 今、マンション前には、仲間が勢揃いしていた。
 西条、雪之丞、唐巣神父、ピート、六道冥子、小笠原エミ、タイガー、ドクター・カオス、マリア・・・。
 全員が立ちすくんだとき、

『くらいなっ!!』

 上空から、魔力の一撃が襲った。
 しかし、横手からのエネルギー波が、これを相殺する。そこに立っていたのは、人類の味方となった二人の魔族。

「ルシオラちゃん!!
 パピリオちゃん〜〜!!
 来てくれたのね〜〜!?」
『当然です!!
 ここは私たちにまかせて、
 みなさんは中へ!!』
『結界は私が解除するでちゅ!!』

 ルシオラとパピリオが夜空を睨む。

『ベスパ!!』
『ベスパちゃんやめて・・・!!
 私たち、もうアシュ様に従う必要ないんでちゅよっ!!』
『おだまり裏切り者!
 私は自分の意志でアシュ様についてくって決めたんだよ!』

 ベスパの決意を聞いて、パピリオは顔をそむけた。泣きそうな表情で、結界の解除作業に取りかかる。
 一方、ベスパは宙に浮いたまま、決定的な言葉を口にする。

『あんたたちは終わりだ!
 アシュ様はもう美神令子を手に入れた!』
「い、いーかげんなこと言うなっ!!
 令子ちゃんは・・・」
「令子はそんなカンタンに
 どーにかなる女じゃないワケ!!」

 地上からの反論も、ペスパは切って捨てた。

『おまえら、アシュ様をなめてんのか?
 つかまえてからもう二ヶ月は経ってるよ!』
「二ヶ月・・・!?」

 人間たちが怪訝な顔をする。
 南極から戻ってきてから、まだそんなに経過していないのだ。パピリオの家出の話を聞いている者にいたっては、

(あれからまだ三日なのに・・・!?)

 と思ってしまう。

『それはなー!!
 こーゆーことじゃーっ!!』

 突然、マンションの屋上に巨大な卵形物体が出現した。タマゴを支える台座には、土偶羅魔具羅の上半身が貼り付いている。彼は、南極での戦いの後、生き残った意識を別ボディにレストアされていたのだ。

「それが・・・
 美神くんが言っていた『宇宙のタマゴ』かね!?」
『そのとおり!!
 あの女はこの中におるわっ!!
 こいつはあの女が南極で見た試作品とは
 わけがちがうぞっ!!』

 土偶羅魔具羅は、唐巣の言葉に律儀に答えた。

『ベスパも土偶羅様もここにいる・・・。
 つまり「宇宙のタマゴ」の中は
 アシュ様と美神さんだけなのね・・・?』
『・・・何が言いたいんだい!?
 もちろん、「タマゴ」が作り出した
 偽のおまえたちはいるぞ・・・!?』

 ルシオラの表情に余裕があるので、ベスパも、何かおかしいと気づいたようだ。
 
『ベスパ・・・よく見てごらんなさい!!
 ここにヨコシマがいないことに気がついた?』
『・・・!?』

 一同を見渡して、ようやくベスパも、ルシオラの指摘を理解した。
 ベスパにしてみれば、横島こそ、警戒すべき一番の敵だった。メフィストやルシオラをたぶらかし、アシュタロスのコピーまで成し遂げる男。
 その彼が、ここへ来ていないのだ!!
 そして、ベスパがカウントしていないもう一人の人物。

『おキヌちゃんとヨコシマは、今どこにいると思う・・・?』

 ルシオラに言われて、ベスパは、『宇宙のタマゴ』に視線を向ける。

(まさか・・・
 罠にはまってたのは、私たちのほう・・・!?)




    第三十二話 宇宙のレイプ




 宇宙のタマゴの中では、アシュタロスが用意した茶番劇が繰り広げられていた。
 それは、芦優太郎という青年が存在する世界。彼は、国際企業『アシ・グループ』の御曹司でありながら、最近世間を騒がせた悪魔アシュタロスとよく似た外見を持つ。そんな設定で、美神たちの前に姿を現した。
 その正体は、もちろんアシュタロスそのものである。
 霊の活動もおとなしくGS仕事が激減した状況下で、霊的不良物件を抱えた『芦優太郎』は、美神の良い御客様となった。もちろんアシュタロスではないかという疑惑も向けられたが、やがて、それも晴れて・・・。
 今、美神とアシュタロスは、夜の船上デートを楽しんでいる。
 アシュタロスは、美神が心を許す瞬間を待っているのだ。彼女の魂には、莫大なエネルギーが含まれている。結晶を崩壊させずに奪い取るためには、慎重に扱わなければならなかった。

「そろそろかしら・・・」
「・・・なんのことだい?」

 ポツリとつぶやいた美神に、アシュタロスが反応する。
 答える代わりに、美神は、手にしていたワイングラスを海に向かって投げ捨てた。

「何をするんだ、君は!?」

 慌ててみせるアシュタロスを見て、美神が笑う。

「そんなに驚かなくても・・・。
 そりゃあガラス製品を海に放り込むのは
 自然環境にはよくないけどさ・・・。
 いいじゃない、どうせコレ、お芝居なんだから!!」
「・・・!!
 ・・・いつから気づいていたのかな?」

 彼の姿が、『芦優太郎』から『アシュタロス』に変わった。

「最初からよ!!
 全部知った上で、あなたを倒すために来たの!!」
『ほう・・・。
 私を倒すだと・・・!?
 一人でノコノコやってきて
 そんなことをほざくとは・・・。
 失望したよ、メフィスト!!』

 しかし、美神の不敵な表情は変わらなかった。

「一人じゃないわ・・・!!」

 それを合図に、美神の背後に、横島とおキヌが出現する。

『何・・・!?』

 アシュタロスは動揺した。
 二人は文珠で隠れていたのだろう。しかし、横島の文珠は使えないはずだった。南極で不愉快な経験をしたので、横島の霊波長にあわせてジャミングをかけているのだ。
 まさかルシオラの霊波が加わって波長が変化したとは、想像もしていないアシュタロスであった。

「驚いたようね・・・!!」

 美神は、ここでの時の流れが現実世界とは違うことも、知っていた。
 今頃、外の世界では、ルシオラたちが最終段階に向けて準備を行っているはずだ。そのための時間を稼がなければならない。

「・・・こんなことでビックリしてたら、
 この先、私の話についていけないわよ!?」
『・・・ふむ。
 まだ何かあるのだな?
 よかろう・・・!!
 聞いてやろうじゃないか』

 アシュタロスは、姿勢をラクにして、船の手すりにもたれかかった。

「死んでいくあんたには
 真相を知る権利があるでしょうからね!!」

 そう言って、美神は長い話を始めた。


___________


「私たち三人はね、未来から時間を逆行してきたの!!」
『・・・!!』

 アシュタロスは表情を変えたが、何も言わない。

「私たちの本来の世界・・・
 その世界では、あんたは負けた。
 ・・・あんたの願いどおり滅んだのよ!!」

 逆行してきた美神だからこそ、彼女は知っている。
 アシュタロスの真の目的は、世界征服などではない。彼は、遥か昔から、死にたがっていたのだ。
 彼は、魔族が支配し神族が悪役になる世界もシミュレートしていた。その世界の住人は、姿形こそ現存する人間とは異なっていても、平和で活気に満ちていた。
 魔族も神族も、カードの裏表に過ぎないのである。しかし、現状の世界で、それをひっくり返すことは出来ない。生物の進化が多様性をきわめ、人類文明も惑星を飛び出すまでに発展した。この貴重な世界を守ろうという理由で、神魔上層部は、デタントを決めてしまったのだ。
 もはや魔族など茶番劇の悪役でしかない。救われる日など永久に来ない。そして、神魔の霊力バランスの維持のために、強力な魔神は、たとえ滅んでも強制的に同じ存在に復活する。
 アシュタロスは、これを『魂の牢獄』と表現していた。
 そこから抜け出すためにこそ、天界に死を認めさせるためにこそ。アシュタロスは、悪役として、非常識なほど大きな成果を上げる必要があったのだ。

『・・・そうか』

 感慨深げにアシュタロスがつぶやくが、ただ一言だけだった。

「その意味では、
 私たちは勝ったと言えるかもしれない。
 でもね、勝つには勝ったけど・・・
 横島クンが精神に傷を負ってしまった」

 詳細を教わっていなかった横島は、

「いっ!?
 『精神に傷』・・・!?」

 後ろで小さく驚いている。

「しーっ!!
 話の腰を折っちゃダメです!!
 美神さんに言われたこと、覚えてますよね!?」
「・・・う、うん。
 黙って聞いてたら、
 後で『両手に花』な御褒美があるって・・・」
「そうです・・・!!
 だから、ここは静かに!!」

 おキヌが小声でフォローを試みた。
 美神の言っていた『両手に花』は、横島の意図する『両手に花』とは必ずしも一致しない。それを承知した上で、敢えて口にするおキヌであった。
 二人のやりとりを背中で感じて、美神は、言葉を続ける。

「・・・いいえ、横島クンも
 表面上は、平静を装っている。
 だけど分かるわ、
 それは上辺だけに過ぎないって。
 あんな横島クン・・・もう、
 私たちの横島クンじゃない!!」

 いつのまにか大声になっていたことに気づき、美神は、少しトーンを落とした。

「それに、私たちも大きく変わってしまった・・・。
 横島クン以外の全ての人類が、
 彼に大きな借りを作ってしまったのだから。
 だから・・・その世界は、
 もう私たちの世界ではなくなってしまってたの」

 美神は、逆行前の自分たちの様子を思い出してみた。
 皆、何も無かったかのように振る舞っていた。だが、それは偽りだ。
 ルシオラが子供に転生するかもしれないと聞いて、

「一日も早く子供作ります!!
 さしつかえなければ今ッ!?」

 と飛びかかってきた横島も。
 事務所に戻って、
 
「通常業務復活ッ!!
 日常ってステキ・・・!!」

 と言った美神自身も。
 どこか白々しかった。
 そうした回想を捨て去るかのように、美神は大きく頭を振ってから、

「だから・・・!!
 私たちの世界を取り戻すために!!
 私たちは、時間をさかのぼってきたのよ!!」

 強い口調で言いきった。
 
(そして・・・
 私たちの物語が始まった時点へたどりついたの。
 つまり、私は横島クンと出会ったときへ。
 横島クンも私との出会いの瞬間へ。
 そして、おキヌちゃんは、
 私たちとめぐりあったところへ)

 これは、心の中でしか出せない言葉だった。横島の記憶を封じたままにする以上、彼も時間逆行していることは、彼には秘密なのだ。未来からきたのだと知れば、自分の記憶も開封して欲しいと言い出すだろうから。

『なるほど・・・。
 時間移動能力か・・・。
 しかし・・・
 時間移動ではたいしたことは出来ないはずだが・・・?』

 アシュタロスが話にのってきた。
 横島の心の傷の話はよく理解できなかったが、それはどうでもいい。しかし、こちらは興味深い話題なのだ。コスモ・プロセッサで宇宙そのものを作り替えようと計画していただけに、宇宙に備わっている『復元力』に関心があったのだ。

「そうね・・・。
 もちろん普通にやったら、
 歴史の改変なんて出来ないわ。
 『時空の復元力』に負けてしまうから・・・
 『宇宙意思』に弾かれてしまうから、
 ほんの些細なことしか変えられない」

 実は美神は、単純な『時間移動』よりも『時間逆行』のほうが、変更できる範囲は広いと考えていた。しかし、アシュタロスにそこまで教えてやるつもりはなかった。

「だから・・・その対策として、
 私たちは、『宇宙意思』をだますことにしたの!!」
『「宇宙意思」をだますだと・・・!?』
「・・・私たちが試みたのは、
 まず私たち自身を欺くこと!!
 『記憶を封印する』という形でね!!」

 『敵を欺くにはまず味方より』という言葉がある。美神たちは、巨大な存在を欺くために、まず自分たち自身を欺くことにしたのだった。
 ここで美神は、逆行前に三人で相談したことを、頭に思い浮かべた・・・。


___________


 それは、事務所の広間での、三人の会話だった。

「・・・過去へ行きましょう!!」
「えっ・・・!?
「なに言い出すんスか・・・!?」

 突然の美神の発言に、おキヌと横島がびっくりする。

「時間移動なんてすると、
 また大変なことに・・・」

 横島が顔をしかめた。
 時間をさかのぼって、何をしようというのか。美神の意図は、彼にも分かる。横島のためにルシオラを助けようというのだろう。その気持ちには感謝する。
 それでも、これは余計な混乱を引き起こすばかりで、意味がないのだとも感じていた。
 中世の事件はともかく、平安時代の件などは、彼らの時間旅行こそが全ての元凶になっているのだ。あれを経験してしまった以上、彼は思い知っていた。
 時間移動をしたところで、変えられることしか変えられない。大きな影響を与えたかのように見えても、それこそが、あらかじめ定められた行動と結果だったのだ。

「誰が『時間移動』するなんて言ったの!?
 『時間移動』じゃなくて・・・
 『時間逆行』するのよ!!」
「・・・はあ!?」

 美神の考えは、横島の上を行っていた。
 確かに、過去へ『時間移動』しても大きな改変は出来ないかもしれない。それは、これまでの体験と照らし合わせても納得できる。だが、美神には、少し別の経験もあった。
 それは、中世ヨーロッパでの一幕。横島が死んだ直後、無意識のうちに時間を跳躍した。ふと気がついたら、少し前の自分になっていた。あれは、

「時間を逆行したんだわ!!」

 と口にしたように、普通の時間移動ではない。
 『時間移動』ならば、そこには、その時空の美神自身もいたはず。だが、そうではなかった。『過去の自分』にすり替わったのだ。それは、『時間移動』の概念ではなかった。『時間逆行』である。
 そして、本来死ぬはずの横島を救うことができた・・・。

「『時間移動』では変えられない人間の生死さえも・・・
 『時間逆行』なら変更できるのよ!!」

 断言した美神に対し、

「・・・じゃあ、ルシオラも!?」
「・・・『時間移動』?
 ・・・『時間逆行』?」

 よくわからないまま結論に飛びついた横島と、素直に混乱したおキヌ。
 美神が計画しているのは、横島の文珠で三人で過去へ行くことだ。だから、この二人にもキチンと理解させておかないと危険である。

「・・・横島クン!!
 時空消滅内服液・・・おぼえてる?
 あのとき、時間をさかのぼったでしょう・・・?」
「また突然おかしなことを・・・。
 あれ飲んで過去へ行こうっていうんスか!?」

 横島が、嫌そうな顔をした。時空消滅内服液でルシオラを助けられるとは、とても思えないのだ。

「そうじゃないの!!
 逆行するには、横島クンの文珠を使うわ!!
 だから・・・
 『時間逆行』について、ちゃんと説明したいの!!
 昔に行って、どうだった・・・?
 過去の自分と対面した?」

 横島は、時空消滅内服液の事件では、最後に赤ん坊にまでさかのぼった。だから、ラストは覚えていないが、それでも、途中の記憶は残っていた。

「いや、過去の俺なんていませんでしたよ!!
 だって・・・俺自身が若返ったわけですから」
「そうでしょう?
 そこが『時間移動』との違いなの。
 『時間移動』なら・・・ほら!!
 ママが逆天号を少しだけ時間移動させたとき!!
 同時に二つの逆天号が存在したでしょう!?」

 これも、横島には理解しやすい例だった。彼はその中にいて、逆天号ごと撃墜されそうになったのだから。

(横島クンは・・・これで大丈夫ね)

 美神は、おキヌに顔を向けた。

「おキヌちゃんも、ちゃんと理解しといてね?
 時間を逆行するということは、
 昔の自分に戻るということなの。
 今の知識や経験だけを持っていくことになるわ。
 霊力や体力などは、行った先のままだから、
 私たちの本質、ある意味『魂』は、過去の自分のままね」

 おキヌが実感しやすい具体例は出せなかったが、それでも噛み砕いて説明したことで、分かってもらえたらしい。

「知識や経験・・・
 脳に蓄積されたものだけが過去へ行くんですか?」
「・・・そうともいえるわね。
 そう、いわば記憶だけが時間をさかのぼるのよ」

 これで、これから行うことの概念は、のみ込めただろう。
 一口に『時間逆行』と言っても、人によって捉え方の幅があるかもしれない。三人のイメージがバラバラではトラブルが生じかねないので、『脳の記憶の逆行』ということに統一させたのだった。
 少し安心した美神に、横島が詰め寄る。

「それで、復元力・・・『宇宙意志』でしたっけ?
 その問題は本当にクリアされるんスね!?」

 横島にとっては、時間旅行の講釈などどうでもよい。ルシオラを救えるかどうか、その一点だけがポイントだった。

「そう・・・思うけど・・・」

 あらためて詰問させると、美神にも100%の自信はなかった。中世の事件に関しても、『本来死ぬはずの横島』という前提の上で成り立つ解釈である。

(どこまでがOKで、どこまでがダメなのか・・・)

 難しい線引きを考え込む美神に、おキヌが無邪気な質問を投げかけた。

「・・・なんで
 時間移動で過去変えるのって良くないんでしょう?」
「・・・はあ?」
「だって・・・きっと悪いことだから
 宇宙意志さんに止められるんですよね?」

 その方向から考えるならば・・・。

「そうねえ・・・。
 未来を知っている人間が
 それをもとに自由に振る舞えたら、
 『歴史』はグシャグシャになるでしょう!?
 だから禁止されてるし、復元されちゃうのよ」

 と、美神は一応の解答を返した。ここから、美神以外の二人で会話が発展する。

「『歴史』の中で、いくらでもズルができる・・・。
 カンニングみたいなものっスね、
 未来という『歴史』の答を知ってるわけだから」
「じゃあ・・・カンニングにならなければ
 許されるんじゃないですか・・・!?」
「おキヌちゃん・・・。
 俺、意味がわかんないだけど・・・!?」
「答を知らない状態で行ったらいいんじゃないですか?
 今の情報を消した状態で過去へ行けば・・・!?」

 美神には理解しがたい問答だった。

(このコったら・・・
 何を言い出したかと思えば・・・)

 記憶を過去にとばすのだと定義付けしたばかりである。記憶こそ『今の情報』ではないか! それを消してしまっては意味がない。
 だが、美神がコメントするより早く、横島が飛びついてしまった。

「それだ!!」
「あんたねえ・・・」

 バカが提案にのってしまった。そう思って呆れ顔をした美神だったが、横島はエキサイトしている。

「でも試す価値はあるでしょう!?
 俺たち自身が俺たちを時間逆行者だと知らなきゃ
 『宇宙意志』だって気づきませんよ!!
 それならば・・・!!」

 横島の勢いに煽られて、美神も、もう一度考えてみることにした。
 未来を知る人間がその知識を利用して行動すれば、歴史は混乱する。だから、そんなことは許されない。復元される。
 では、知らなかったら?
 知らなかったら、せっかく過去に戻っても、同じことを繰り返すだけだろう。許されるとか復元されるとか以前の問題だ。
 ・・・いや、はたして、そうだろうか?
 意図せず、偶然、本来とは違う行動をとってしまうかもしれない。そんな小さな偶然の積み重ねが大きな変化に、でも、復元されるほどは大き過ぎない変化になる可能性は・・・?

(うーん・・・)

 しかし、些細な偶然の蓄積だけに頼るわけにもいかない。その変化が自分たちが望む変化になるかどうかわからないからだ。

(やっぱり・・・
 記憶を忘れて記憶を逆行させるなんて、
 本末転倒ね・・・)

 実は、ここで、美神は恐ろしい可能性に思い至っていた。
 そもそも、完全に忘れた上での逆行なんてものを想定するのであれば・・・!
 もしかしたら、今の自分たちは、覚えていないだけで、すでにそれを実行しているのかもしれないのだ。
 この時点から過去に逆行し、同じ歴史を繰り返し、逆行したことなど忘れてこの時点まで進んだところで、また過去へ逆行。
 そんな時間の無限ループに捕われているのかもしれないのだ!

(ぞっとするわ・・・!!
 アシュタロスの『魂の牢獄』じゃないけど、
 いわば『時間の牢獄』じゃないの、そんなもの!!)

 でも・・・。
 アイデアの根幹は悪くないのかもしれない。
 記憶を消してしまうのではなくて・・・。記憶を封印しよう。

「・・・ということでどうかしら?」

 美神の提案を、二人は否定しなかった。
 ただし、横島は、

「そうすると・・・
 『時間逆行』に『記憶封印』・・・。
 でも、いっぺんに八個も文珠を使うなんて、
 ちょっと制御できる自信無いっスよ」

 と、気弱につぶやいた。
 昔ほど自己評価の低い彼ではない。だが、失敗の許されない試みなだけに、安請け合いも出来なかった。

「大丈夫、私たちも手伝うから。
 ・・・三人で行くのよ」

 美神の発言を聞いて、二人が目を丸くした。
 どうやら、この点、美神の意図は伝わっていなかったらしい。
 しかし、すぐに彼らは納得の表情になった。おキヌの一時離脱はあったものの、原則として、いつも三人は一緒だったのだ。最初から今まで、ずっと・・・。

「これがホントの『三人寄ればモンジュの知恵』ですね」
「おキヌちゃん、この場合、
 意味としては『三本の矢』だと思うんだけど」

 二人が朗らかに言葉を交わすのを見ながら、美神は、さらに詳細を考えていた。複数の文珠を正しく使うのであれば、かなり細かい点までコントロールできるはずだからだ。

(もともとが『忘』からきたアイデアだから・・・
 不用意に封印を解かれては困るわ!!)

 三人そろって文珠で『開封』しなければ開けられない、そういうイメージで『封印』しよう。

(そうすると・・・開封は、いつ?)

 自分たちが経験してきた『歴史』を振り返って考えてみれば、横島が文珠を使えるようになるのは、早い時期ではない。しかも、当時、おキヌはいなかった。三人揃うのは、さらに後だ。
 そして、その時点でも、横島の霊力は今とは大きく違うだろう。現在の三人の力でかけた『封印』を文珠で三人で『開封』できる。そこまでの力はないはずだ。
 それは・・・それこそ三姉妹が現れた後ではないだろうか?

「記憶を『開封』するのは、
 かなりギリギリになりそうね・・・」

 細部を煮詰めた美神が、横島とおキヌにそれを告げた。
 真面目な表情のまま、横島の口元に笑顔が浮かぶ。

「別に・・・開けられなくてもいいじゃないですか。
 『時間の牢獄』に捕われてもいいじゃないですか。
 気づかぬうちに何度も何度もくりかえして・・・
 そのなかで・・・いつか・・・」

 ここで少し言いよどみ、

「・・・あの悲劇を回避出来るなら」

 最後の言葉は小声になった。
 美神には、それは、

「・・・ルシオラを救うことができるなら」

 と言っているように聞こえた。
 ルシオラは助けたいが、でも、そのためだけに二人を危険な逆行だの記憶封印だの『時間の牢獄』だのに巻きこむのは、心苦しい。横島は、そこまで配慮して言葉を選んだのだろう。

(気遣ってくれんのは嬉しいけど・・・)

 美神は、心の中で反論していた。

(そんなのイヤよ!!
 知らないうちに・・・くりかえすなんて!!)

 自分が把握していない範疇で大事な物事が進むのは、彼女の性格にあわないのだ。

(たとえ横島クンはよくても
 私はよくないわ・・・!!
 ・・・私の記憶だけでも、絶対開封してみせる!!)

 ギリギリではあるが、アシュタロスとの直接対決より前ならば、間に合うはずだった。
 三人の目的は、『あの悲劇』を阻止することだ。
 横島が『究極の二択』に立たされるのを防ぐことだ。

(ルシオラを救う・・・!!
 でも・・・そこまでね。
 その先は、完全に同じじゃあないわ)

 横島は、きっとルシオラと幸せになりたいのだろう。
 だが、美神としては、横島とルシオラが結ばれるのを見届けたいのかどうか、自分の気持ちがよく分からなかった。今のままの横島ではいけないと思うが、だからといって、ルシオラとゴールインする横島というのも、何だか違和感がある。

(前世の『メフィスト』の心に・・・
 まだ左右されているのかしら?
 まあ・・・いいわ。
 今は、そこまで考える必要もない・・・)

 心の中で大きく首を振った美神は、再び、開封時期に関して考えることにした。
 さきほどは、自分たちの経験した『歴史』に基づいて考えてしまったが、もしかすると、逆行した結果、『歴史』が大きく狂うかもしれない。『時間逆行』は『時間移動』ほど復元力に影響されないという仮説が正しければ、起こり得ることだ。
 その場合、もっと早くに開封条件が揃っているかもしれない。だが、そこまで激しく変わっていたら、もう自分たちに記憶があろうがなかろうが構わないはず。開封できてしまってもいいわけだ。

(・・・やってみましょう)

 美神は、あらためて決心した。
 実は彼女自身、この計画の成功を完全に信じていたわけではない。
 記憶を封印すれば『時間意志』を欺けるという前提からして、何かおかしい気もするのだ。
 稚拙なプランだと思うのだが・・・。それでも、これが『三人』で考え出した作戦なのだ。

(何もしないで手をこまねいているよりは・・・!!
 この世界で・・・
 『私たちの世界』じゃなくなった世界で
 偽りの振る舞いを続けるくらいならば・・・!!)

 こうして・・・。
 美神たち三人は、記憶を封印した上で、時間を逆行してきたのであった。


___________


『・・・そんな程度でいいのかね?
 そんな子供のような理屈で
 「宇宙意思」をだませるのか・・・!?』

 しばしの回想から美神を現実に引き戻したのは、アシュタロスの言葉だった。

「・・・あんた
 コスモ・プロセッサのこと考えてるんでしょ?」

 美神は、冷たい笑顔を浮かべてみせる。

「ダメよ・・・。 
 あんたアレを使うから負けるのよ。
 『本来の歴史』において
 最後の最後で人類に追い風が吹くのは、
 あんたが、あんな装置使おうとしたからなの・・・!!」
『・・・そうなのか!?』

 これには、アシュタロスも落胆したようだった。彼の最高のアイデアなのに、使えないと知らされたからだろう。
 しかし、美神の話には続きがあった。

「・・・ガッカリするのは早いわ、
 全く使えなかったわけじゃないから」

 美神は説明する。彼女の知る『歴史』の中でアシュタロスがしたことを。
 アシュタロスは、美神の魂を手に入れて、コスモ・プロセッサを稼働させた。試運転に続いて、彼は、美神たちGSに滅ぼされた魔物を世界中に蘇らせたのだった。当然、世界は惨事と混乱に見舞われたのだが、これをアシュタロスは『創造と破壊だ』と言って楽しんだのである。

『ふむ・・・私らしいな』

 アシュタロスが複雑な表情をしている。
 彼に考え込ませるのも良いのだが、美神は、もう少し『宇宙意思』について語りたい気持ちになっていた。

「さっきの質問の答だけど・・・たぶん『NO』よ」
『・・・!?』
「そんなに簡単に『宇宙意思』は欺けないわ」

 『さっきの質問』が何を示しているのか最初は分からなかったアシュタロスだが、こう言い直されたら、明白だった。

「私たち・・・
 『宇宙意思』をだましてきたつもりなんだけど、
 実は、逆に『宇宙意思』に
 踊らされていたんだと思うの。
 だって、色々と上手く行き過ぎなんだもん・・・!!
 私が悪運強いって言われてきたのも、
 『宇宙意志』に助けられてたんじゃないかな、って」

 もともとの『歴史』どおりの幸運には、さすがに『宇宙意志』は関与していないだろう。しかし、『歴史』どおりではないラッキーもあったのだ。
 例えば、GS資格試験のときの火角結界。逆行前の『本来の歴史』とは違う形で、でも運よく止めることができた(第十一話「美神令子の悪運」参照)。
 例えば、美神を殺そうとして事務所を襲ったベルゼブル・クローン。逆行前の『本来の歴史』とは違う形で、でも運よく倒すことができた(第二十話「困ったときの神頼み」参照)。

(それだけじゃないわ・・・)

 美神たちは、三人の出会いの時点へ逆行した。だから、長い長い時間をかけて、全てを再び繰り返してきた。
 もちろん、全く同じではなかった。微妙な違いも多かった。そして、そうした些細な相違が影響した結果、それぞれの事件が早期解決したケースが何度もあったのだ。

(それぞれ一応の理由はあるんだけど、でも・・・)

 例えば、おキヌと出会った幽霊事件。『本来の歴史』では横島とワンダーフォーゲル幽霊が彼の死体を探しに行くのだが、それより前におキヌが現れてしまったことで、その分早く終了した(第一話「はじまり」参照)。
 例えば、おキヌの初参加でもあったオフィスビルの除霊。『本来の歴史』同様に荷物と分断されてしまったが、その先は異なった。破魔札を用意していたので、その時点で終わりとなった(第二話「巫女の神託」参照)。
 例えば、妙神山での一度目の修業。小竜姫の逆鱗に触れてしまったのは『本来の歴史』どおりだが、それでも、異空間内でカタがついた。『歴史』では修業場の外まで出てから倒したのだから、やはり、あれも少しだけ早かったのだろう(第六話「ホタルの力」参照)。
 例えば、天龍童子誘拐事件。『本来の歴史』では迷子になる小竜姫が、ずっと一緒に行動してくれた。そのため、海をボートでしばらく逃げまわることもなく、アッサリとメドーサを撃退することができた(第八話「予測不可能な要素」参照)。
 例えば、香港での元始風水盤事件。『本来の歴史』では、勘九郎が鏡の迷宮に逃げ込んで時間稼ぎをはかったが、今回は、その前に倒してしまった(第十四話「復活のおひめさま」参照)。
 例えば、犬飼の辻斬り事件。横島が『本来の歴史』以上のダメージを与えたため、中途半端な形ではあったが、早々と事件は幕を下ろした(第十七話「逃げる狼、残る狼」参照)。もちろん、後々、再襲撃されたのだが、横島の母親が来日した時期に重なったため、そちらのイベントに影響することになった。『本来の歴史』では父親が来てはじめて和解するところを、その少し前に帰っていったのである。わずかではあるが、『歴史』よりも早かったはずだ(第二十八話「女神たちの競演」参照)。
 例えば、死津喪比女の事件。『本来の歴史』よりも一日早く現地入りしたので(第十八話「おキヌちゃん・・・」参照)、関わった期間自体には差はないとも言えるが、それでも、解決が『歴史』よりも一日早かったことは事実である(第十九話「おわかれ」参照)。
 例えば、平安時代への時間旅行。これも『本来の歴史』より早い時点に到着したようで、事件全体の期間は微妙なのだが、少なくとも、道真やアシュタロスの襲撃が『歴史』よりも早くなったことは確かである(第二十二話「前世の私にこんにちは」〜第二十四話「前世の私にさようなら」参照)。
 例えば、おキヌの記憶回復イベント。『本来の歴史』では、彼女が東京まで逃げてきて、それからようやく解決する。だが、ここでは、人骨温泉内で当夜のうちに終わらせることができた(第二十五話「ウエディングドレスの秘密」参照)。

(都合のいい方向へ変化しすぎだった・・・。
 偶然にしては多すぎるのよねえ・・・)

 また、美神は詳細を知らないが、幽霊時代のおキヌが女子高生に憑依した一件も、事件そのものは『本来の歴史』よりも早く終了している。『本来』以上に深い絆があるために、横島がサッサとおキヌに気づいたのだった(第七話「デート』参照)。

(今になってふりかえると・・・
 なんだか作為的に感じるんだわ。
 まるで・・・
 『大事ではないから、ここには時間かけなくていいですよ。
  早く先へ進んで下さい!!』
 って誰かさんに言われているかのように・・・)

 美神は、『宇宙意志』の介入を疑ってしまう。
 そして、彼女が気づいていない重要なポイントがあった。それは、二文字の特殊な文珠が早くも発現したことだ。
 横島が『本来の歴史』において、アシュタロスの霊波ジャミングを受けたとき、まだ美神は『宇宙のタマゴ』の中にいた。だから、普通の文珠がアシュタロスに通用しないことなど、彼女は見ていない。
 もしも、ここで二文字の文珠が生成されなければ、最終決戦で文珠を使う計画なんて、水の泡になるところだったのだ!!
 ・・・むしろ、これこそ、『宇宙意志』の助けだったのかもしれない。


___________


『踊らされていた・・・?
 「宇宙意思」に・・・!?』

 アシュタロスの発言で、再び、美神は考え込むのを中断した。

「そうよ・・・」
『メフィスト・・・、おまえは・・・
 「宇宙意志」の使者だったとでも言いたいのか?』
「・・・!?
 違うわ、誤解しないで!!
 『操られていた』わけじゃないわ、
 『踊らされていた』だけよ!!」
『どういう意味かな・・・?』

 問われて難しい表情をする美神だったが、その口元は、笑っているようにも見えた。

「知らないうちにうまく利用されてたんだわ、私たち。
 おそらく・・・
 『宇宙意思』は・・・私たちを利用して、
 私たちにやらせたかったことがあるのよ・・・」
『ほう・・・!?』
「それは・・・『世界の復元』!!
 つまり、私たちの世界は・・・
 すでに歪められた世界だったの!!」

 一度確定した世界を変えることは、『改変』である。それを『復元』と言ってしまうのは、誤りであろう。
 しかし、美神は、敢えて『世界の復元』という言葉を使った。
 あの『本来の歴史』の結果である世界は、もはや美神たちの世界ではないと思ったから。
 横島もみんなも変わってしまって、もう、それまでの美神たちの日常を繰り広げることが出来ない世界。そんな世界は『歪められた世界』だと思ったから。
 しかし、何も『宇宙意志』は、その点を『改変』し、『復元』させたかったわけではない。『宇宙意志』にとっては、別の意味で『歪められた世界』だったのだ。
 美神には、推測している内容があった。それを、今からアシュタロスに向かって説明してみせようと思っていた。

「・・・言ったでしょ?
 私たちの世界ではね・・・、
 最後にはギリギリで何とかなったものの、
 試運転以上の形で、あんたはコスモ・プロセッサを使ったわ。
 結果がどうあれ・・・
 コスモ・プロセッサという超反則ワザが遂行されてしまった時点で、
 それは『復元』を必要とするほどの『干渉』となったのよ!!」
『・・・よく分からないな。
 私が倒されたということは、
 コスモ・プロセッサも破壊されたのだろう?』

 アシュタロスは、事態を的確に想像していた。

「ええ、でも・・・。
 コスモ・プロセッサで再生された魔物は消えたけど、
 その瞬間に、
 彼らに破壊された物や人の被害まで回復したわけじゃないわよ?」
『・・・!?
 だが、それがどうだというのだ?
 そうした傷跡を時間をかけて修復するのは
 人間には慣れた作業だろう・・・?
 それこそ人類の歴史なのではないかね!?』

 美神は、ここでアシュタロスの人間観、歴史観を聞きたいとは思わなかった。似たような話は、『本来の歴史』の中ですでに聞かされているのだ。

「・・・ともかく。
 コスモ・プロセッサがなくなっても
 『再生された魔物』そのものが消えただけ。
 だから・・・。
 コスモ・プロセッサが使用されたという事実自体は、
 ハッキリと歴史に残るわ!!」
『それがどうした!?
 そんな些細なことが、
 おおがかりな『復元』を要することなのか!?』

 美神は顔をしかめた。
 使いたくはなかったが、『本来の歴史』と同じ比喩表現をするべき時が来たようだ。

「逆行前の世界でも・・・
 私は『宇宙意志』やら何やらに関して
 あなたと議論する機会があったわ・・・。
 コスモ・プロセッサは、
 自分の好き勝手に宇宙を作り替える装置!!
 だから私はこう言った、
 『おまえのやってることは宇宙のレイプよ!』
 って・・・!!」

 世界の中で戦って自分の目的を達成しようとするのではない。世界そのものを、宇宙を思いどおりに修正しようというのだ。それは『宇宙』を力づくで犯すことと同じである。
 女性である美神は、そう感じたのだった。

「あんた男だからわかんないでしょうけど・・・
 私も経験ないから実感できないけど・・・。
 最初だけであっても、レイプはレイプ!!
 途中で止めたからといって、許されるもんじゃないわ!!」

 『宇宙のタマゴ』の中ならば、何をしても構わない。それは、横島が妄想の中で色々楽しむのと同じで、まだ許容範囲である。だが、コスモ・プロセッサは、違うのだ。レイプなのだ。

「この宇宙にとって・・・
 コスモ・プロセッサが使われたということは、
 それだけ大きな・・・屈辱だったのよ!!」

 だから、この『宇宙』は、自分は『歪められた』と思ってしまったのだ。
 だから、この宇宙の『意志』は、その汚点を消し去るように『改変』し、正常な状態に『復元』して欲しいと願ったのだ。
 美神は、そう考えていた。

(コスモ・プロセッサが一度も使われない世界。
 それが『宇宙意志』の目的だからこそ・・・
 アシュタロスが問題だからこそ・・・
 ルシオラを説き伏せる際にも、力を貸してくれたんだわ)

 ルシオラの説得は、美神としても、出来過ぎだと思っていた。あれだけ横島に惚れているルシオラが、横島から身を引いてくれるというのだ。
 しかし、それは、美神自身の望みに通じるだけではなかった。美神の計画には、神魔のバランスを崩さぬままアシュタロスを滅ぼすということまで、含まれている。この点で、ルシオラは大事な役割を果たすのだ。横島の恋人として人界に留まっていては不可能な役割を。

(『宇宙意志』だって・・・
 アシュタロスには消えて欲しいのね)

 やはり『宇宙意志』としては、『本来の歴史』においてレイプを始めたアシュタロスを、この世界に残しておけないのだ。ただ許さないというだけでなく、二度と同様のことをされては困るという理由で。

(アシュタロスを『魂の牢獄』から追い出すことになるから、
 『宇宙意志』は、あのプランに賛成してくれたんだわ・・・!!)


___________


「この推理が細かいところまであっているかどうか分からない。
 そもそも、ヒトの分際で
 『宇宙意思』が何を考えているか想定しようなんて、
 ・・・身の程知らずよねえ!?
 でもね、もし私の推測が正しいなら!!
 私たちが望んだ『改変』は、確かに、
 『宇宙意思』の望む『改変』と完全に一致してるわけじゃないわ。
 だけど、矛盾してもいないの!!
 共通している部分まである!!
 両立可能な『改変』なのよ・・・!!
 だから、私たちは・・・
 その二つを両立させるために闘ってきた!!」

 三人は、これまで、ずっと奮闘してきたのだ。
 無意識のまま、長い長い時間を繰り返すという形で。

「・・・さらに言うと、最後の親孝行として、
 あんたを『魂の牢獄』から解放する算段も考えてるわ。
 神魔のパワーバランスのことまで加味してね!!」
『・・・!!』
「ここで死んだら、ちゃんと滅ぶことが出来るから、
 だから安心して私たちに倒されなさい!!」

 そして、美神は、決めゼリフで長話を締めくくった。

「今度こそ・・・本当に・・・
 極楽へ行かせてやるわッ!!」


(第三十三話「さよならルシオラ」に続く)

 転載時付記;
 逆天号を誤って逆転号としていたため、転載にあたり訂正しました。
 一度発表した作品に、それも投稿という形で発表した作品に手を加えるのは気が進まないのですが、重大なミスのため、敢えて修正しました。御了承下さい。

第三十一話 私たちの横島クンへ戻る
第三十三話 さよならルシオラへ進む



____
第三十三話 さよならルシオラ

 美神のマンション前に集合した関係者たち。その中で、

(まさか・・・
 罠にはまってたのは、私たちのほう・・・!?)

 ベスパは、『宇宙のタマゴ』に視線を向けていた。
 そこに横島もいることは、もはや、ルシオラの口振りから明らかだった。

『・・・行かせないわよ?』

 ベスパが動き出すより早く、ルシオラが空に浮き上がってきた。
 パピリオも、彼女の後に続く。すでに、マンション入り口の結界は解除しており、

「頼んだぞ・・・!!」
「・・・ここはまかせたワケ!!」

 ちょうど今、GSたちが中に入っていくところだ。

『・・・これで三人だけでちゅね』
『ベスパ・・・。
 手荒なことはしたくないんだけど・・・』

 表情を引き締めた妹と姉を前にしても、ベスパに躊躇している暇はなかった。

『悪いけど遊んでる場合じゃないんだ!!
 消えな!!』

 フルパワーの魔力波が放たれた。だが、ルシオラとパピリオは、左右に別れて回避する。

『やっぱり・・・。
 このパワー・・・
 今までのベスパじゃない!!』
『ベスパちゃん・・・!!』

 ベスパは、アシュタロスにパワーアップを施されていた。攻撃力も増している。
 まともに戦っては、二対一でも勝ち目はない。しかし、ルシオラとパピリオには、美神から授けられた秘策があった。

『ベスパ・・・。
 美神さんとヨコシマの同期合体・・・
 その力は、南極で見てるわね?
 ・・・なんで人間たちは、
 もっと、あれをやらないのかしら?』
『・・・!?』

 突然語り出したルシオラを見て、ベスパも、一瞬、攻撃の手を休めてしまった。

『霊波長が完全に合致すれば、
 相乗効果で効果は絶大・・・。
 だけど、人間である以上「完全に合致」は不可能。
 ヨコシマの文珠だけがブレを抑えられる・・・』
『もともと人間には無理な技なんでちゅ。
 でも人間じゃなければ・・・
 魔物ならば・・・』
『・・・特に、造り主を同じとする私たちならば!!
 波長もカンタンに合わせられるわ!!』

 ルシオラの説明をパピリオが補足し、最後は再びルシオラが締めくくった。

『まさか・・・!?』

 ベスパも気づいた。二人が何をしようとしているのかを。

『・・・フン!!
 私やアシュ様には、
 もうポチの文珠は通用しないさ!!
 アシュ様がポチの霊波に合わせて
 ジャミングしているからね!!』
『・・・どうかしら!?
 文珠だってパワーアップしてるのよ!!』

 ルシオラがパピリオに目で合図し、パピリオも頷いた。

『いくでちゅよーッ!!』

 小さな体を精一杯伸ばし、パピリオは、右手を高々と掲げる。その手には、『合体』と書かれた二文字の文珠が握られていた。

『合、』

 文珠と同様に、彼女の体も輝き始める。

『体ッ!!』

 ついにパピリオの全てが光の粒子に変わった。光の群れが、蝶のように舞いながら、ルシオラを取り囲む。
 そして、パピリオに包まれたルシオラも輝き・・・。

『な・・・!?』

 ベスパの前には、今、姿を変えた『ルシオラ』が浮かんでいた。
 顔は、ルシオラのものである。しかし、頭には、パピリオ愛用の黄色い帽子がかぶさっていた。
 スーツにも黄色の部分が混じり、四色となっていた。形も少し変化している。例えば、腰の部分はスカート状のフリルとなり、背中には、蝶のような大きな羽根も装備されていた。また、胸や腰、肩などには帽子と同じボンボンがついており、その一つにパピリオの顔が浮かんでいた。

『これで形勢逆転よ、ベスパ!!』




    第三十三話 さよならルシオラ




 そして、『宇宙のタマゴ』の中、作られた船の上では・・・。

「今度こそ・・・本当に・・・
 極楽へ行かせてやるわッ!!」

 美神の言葉を聞いたアシュタロスが、スッと背筋を伸ばし、もたれていた手すりから離れた。

『宣戦布告・・・だな!?
 これでおまえの長話も終わったわけか』
「そうよ・・・!!
 それとも、まだ聞きたいことある・・・!?」
『いや・・・もう十分だ。
 なかなか面白い話だったよ。
 まるで・・・
 倒される前に自らの悪事を
 全部ばらす悪役のようだったな・・・!!』

 アシュタロスの手から魔力波が放たれたが、美神はサッとかわした。

「・・・悪役よりも、
 むしろ探偵役のつもりだったんだけどね!?
 それより、あんた、せっかく私が
 『魂の牢獄』から解放してあげるって言ってんのに・・・。
 まだ抵抗するわけ?」
『・・・もちろんだ!!
 おまえの言うことがどこまで正しいか、わからないからな。
 ・・・それに、お得意のハッタリかもしれない』

 美神を完全に信頼することなど、アシュタロスには出来なかった。仮に美神が嘘を言っていないとしても、美神の計画が成功する保証もない。
 彼女の策など見当もつかないアシュタロスだったが、コスモ・プロセッサ以上のアイデアではないだろうと見下していた。コスモ・プロセッサならば、世界の裏表すら変えられるのだ。たとえ『宇宙意志』に反発されようとも、立ち向かう価値があった。
 大事なエネルギー結晶も目の前にある。さきほどの攻撃にしたところで、本気で美神を殺す気はなかった。そうでなければ、美神が回避することなど出来なかったはずだ。

『メフィスト・・・
 エネルギー結晶をよこしたまえ!
 さもなくば・・・
 この場でおまえの仲間を殺そう・・・!!』

 アシュタロスが、その手を、おキヌに向けた。
 これを見て、美神が合図をする。

「おキヌちゃん!!
 横島クン・・・!!
 いくわよッ!!」

 二人の返事は、ピッタリと重なった。

「はい、美神さん!!」

 夜の船上で、今、最終決戦が始まる・・・!


___________


『何・・・!?』

 右手を人間の娘の方向へ突き出したまま、アシュタロスは、左手を顔の前にかざした。強烈な閃光に襲われたからである。
 
『目くらましか!?』

 脱出のためか、あるいは、攻撃のためか。後者の可能性も想定して、アシュタロスは、念のため数歩横に移動してみた。だが、攻撃が飛んで来ることはなかった。
 光が収まったときには・・・。

『また、それか・・・。
 えらそうなことを言ったわりには、
 知恵が回らないものだな』

 南極と同じ合体をした『美神』が、アシュタロスの目の前に立っていた。


___________


(ここまでは予定どおりね・・・)

 美神は、おキヌが『閃光』文珠を発動させている間に、横島と合体していた。
 この戦いに、彼らは、二文字の文珠を三つ用意してきていた。使っても消えない便利な文珠である。おキヌに二つ、横島に一つ持たせてあった。
 計画では、おキヌは、もう一つの文珠で安全な場所まで『移動』したはずだ。
 それから、文字を『結界』と『伝達』に変更。少し離れたところから、さらに『結界』に守られた上で、アシュタロスの動きを観察する。そして、ヒャクメから借りた心眼で見た内容を、リアルタイムで美神たちに『伝達』。
 これが、この戦いにおけるおキヌの役割だった。
 今、美神の脳内には、自分の目で見ている以上の情報が流れ込んでいる。『伝達』文珠が正常に機能している証だった。

「横島クン・・・!!
 『竜の牙』『ニーベルンゲンの指輪』をひとつの武器に!!」
「はいッ!!」

 南極では、ブレード状の武器を作り上げたが、たいして効果はなかった。何より、直接攻撃ではまた弾き飛ばされてしまうだろう。だから、今回は飛び道具をイメージしていた。
 『美神』の左手に弓が出現する。右手で弦を引き絞ると、左人差し指を先端として、光の矢が姿を現した。

「これが神の勇者の弓矢よ!!
 くらえーッ!! 」

 美神の叫びとともに、矢が放たれる。

『こんなもの・・・。
 ・・・何!?』

 体を捻ってよけたはずのアシュタロスだったが、光の矢は、虚空で軌道を変えて彼の胸に突き刺さった。

「イメージで作られた武器だからね!!
 ・・・器用なもんでしょ!?」
『遠隔操作も可能だというのか・・・!?
 しかし、これではパワーが足りないぞ!?』

 アシュタロスは、矢を引き抜き、投げ捨てた。胸の傷も、みるみる小さくなっていく。

「わかってるわ・・・!!
 今のはホンの小手調べ。
 ここからが・・・本番よ!!」

 その言葉と同時に、何本もの光の矢が同時に射られ、アシュタロスに命中した。しかし、

「・・・あんまり効いてないッスね?」

 と、横島の言うとおりだ。

「やっぱり・・・こんなもんでしょうね。
 まあ、合体攻撃は、アシュタロスを弱らせてから
 また食らわしてやるとして・・・」
『私を弱らせるだと!?
 ・・・何をするつもりだ!?』

 大きなことを言ったくせに、美神は、横島との合体を解除したのだ。アシュタロスが不思議に思うのも無理はなかった。

「こういうことさ!!」

 キリッとした顔でアシュタロスに答えたのは、横島である。その手には、『模倣』と書かれた文珠が輝いていた。

『またサル真似か・・・!?』

 コピーされるのは不愉快だが、あれは、戦闘には向いていないはずである。しかし、横島の表情は自身に満ちあふれていた。

「一瞬で仕留めれば死ぬのはおまえだけだ!!
 てめー自身のフルパワー攻撃をくらわせてやる!!」
『サル知恵だな・・・!!』

 強大な魔力弾がアシュタロスを飲み込むが、まだ消し去ることは出来なかった。
 ツノが折れ、右腕も失い、左半身も大きく抉れてしまったが、命に別状はない。痛みは感じるが、魔王アシュタロスが耐えられないほどではなかった。

『魔神である私は、これくらい平気だが・・・
 人間の君には痛すぎるダメージだろう・・・?』

 と言いながら顔を上げたアシュタロスは、横島を見て驚愕する。

『きさま・・・!!
 その姿は・・・!?』
「へっへっへ・・・。
 立派な師匠が、
 正しい使い方を教えてくれたんでな!!」

 横島は、もはやアシュタロスを『模倣』していなかった。元の人間の姿に戻っていたのである。しかも、五体満足のままだ。傷一つない!
 アシュタロスからは見えないが、握り込んでいる文珠も『解除』に変わっていた。

「南極で横島クンがコピーしたとき・・・
 確認させてもらったわ。
 横島クンのキックの効果が出るまでの時間をね!!」

 あの時。アシュタロスを蹴りつけた横島は、直後は、なんともなかった。さらなる攻防の後、ようやく胸に足型が現れ、ダメージを負ったのだ。

「たしかに『攻撃すれば自分もダメージを』なんだけど
 ・・・タイムラグがあるのよ!!」

 だから、自分へのダメージが出現する前に、『模倣』を『解除』してしまえばいい。これが、美神の思いついたプランだった。

「・・・どうする!?
 あんた、そのボロボロの体のまま戦うの!?
 それじゃあ、その辺の下っぱ魔族にも
 やられちゃうんじゃない・・・?」
『ふ・・・ふざけるなーっ!!』

 美神の挑発にのって、アシュタロスは、魔力の多くを傷の再生に向けてしまった。抉れていた部分もボコッと回復したのだが・・・。
 それを見届けてから、

「横島クン!!」
「はいッ!!」

 横島の姿が変化し、再び、魔力砲でアシュタロスを攻撃した。
 大きくダメージをうけたアシュタロスは、さきほど以上に痛々しい姿となってしまう。ツノは両方とも消えており、顔も部分的に抉れていた。右腕は肘までしかなく、体の左半分はゴッソリ消滅していた。もはや、立っていることもできない。

「どう、横島クン!?」
「美神さんの予想どおりっス!!
 あれだけのケガを治した後は、
 かなり魔力落ちてましたよ!!」

 アシュタロスから目を離さず、二人が言葉を交わした。もちろん、すでに横島は『模倣』を解いている。

「やっぱりね・・・!!」

 以前に傷を再生した際には、外へ出すエネルギーは減ったものの、本体の力そのものに大きな変化はなかった。しかし、大ケガとなれば、話は別だったのだ。
 何も一撃で倒す必要はなかった。『模倣』『解除』コンボで力を大きく削いでおいて、再び『模倣』『解除』コンボを食らわす。これを繰り返せば、アシュタロスのパワーはドンドン落ちていくはずだった。

『お・・・おのれーッ!!』

 アシュタロスは、はらわたが煮えくり返る思いだった。
 魔力を費やして復活したら、また、その時点での自分のフルパワー攻撃を食らってしまう。だからといって、今の状態のまま戦える相手ではなかった。美神たちは神魔の武器を持っているし、文珠もあるし、合体攻撃もできるのだ。

「・・・つらいわよね!?
 それに、あんまり弱っちゃうと、
 チャンネル妨害もできなくなるんじゃない!?」
『くっ・・・!!』

 美神の言うとおり、神・魔族の牽制に向けるエネルギーは、維持しなければならなかった。
 
『これなら・・・どうだ!?』

 アシュタロスとて馬鹿ではない。むしろ、同レベルの魔神たちと比べても賢いとみなされているくらいだ。
 彼は、下半身と右腕だけを再生し、かろうじて立ち上がった。左上半身は削れたままである。

「・・・どうしましょう!?
 あんなの『模倣』したくないっスよ!?
 痛そうだーッ・・・!!」
「さすがにねえ・・・。
 でも、もう十分なんじゃない!?」

 おキヌの心眼を通して見ているために、アシュタロスの動きは、スローモーションのようだ。細かいところまでよく分かる。
 美神は、直接攻撃に出た。
 体をかがめて、用心のため『ニーベルンゲンの指輪』を盾にしてカバーする。『竜の牙』を長剣にして、その姿勢のまま、走り出した。
 一陣の風のように、アシュタロスの横を駆け抜けてゆく!

『メフィスト・・・!!
 きさま、人の身でありながら・・・!!』

 いくら『竜の牙』とはいえ、普通ならば魔神には通用しないだろう。だが、今のアシュタロスは、もはや『魔神』の名を返上しなければいけないほど弱っていた。
 美神の長剣で両脚を斬り落とされ、アシュタロスの体が、ゴトリと崩れ落ちた。

「思った以上の斬れ味だわ!!
 あんた、かなり弱ってるのね。
 脚をねらう必要もなかったかしら・・・!?」

 もはや、美神の嘲笑に対しても、ロクに返す言葉はなかった。

『メフィスト・・・!!』

 憎々しげに名前を口にしながら、右腕だけで体を起こしたアシュタロスだったが、そこに、

「おまえは・・・
 アシュタロスは・・・俺が倒す!!」

 横島のサイキック・ソーサーが直撃した。
 その場に踏みとどまることさえできないアシュタロスは、爆発しながら、船から飛び出してしまう。
 
 ドボン!!

 アシュタロスの残骸は、海の藻くずとなって消えてしまった。


___________


「完全に死んだ・・・と思うけど」

 美神は、船の舳先に立って、海面を見つめていた。まだ盾も剣も手にしているが、そうした姿が不釣り合いなほど、夜の海は穏やかだった。

「・・・おキヌちゃん!!
 あいつがどうなったか、見える・・・!?」
「ごめんなさい・・・!!
 私には、そこまでわからないです・・・」

 軽く頭を下げるおキヌの肩を、いつのまにか背後に来ていた横島が、ポンと叩いた。

「・・・あやまることないさ。
 おキヌちゃんは十分がんばったよ」
「横島さん・・・!!
 うっ・・・うっ・・・」

 戦闘で張りつめていた緊張の糸が、ここで緩んだ。おキヌは、クルッと体を反転させ、横島の胸に顔をうずめて泣き出してしまう。
 彼女は、美神やヨコシマとは違うのだ。最前線で強敵と戦うことに、二人ほど慣れていなかったのだ。

「お・・・おキヌちゃん!?」

 おキヌが泣いている理由の分からない横島だったが、とりあえず、慰めの意味で背中に手をまわした。
 そんな二人に歩み寄りながら、美神も声をかける。

「そ・・・そうよ!!
 さあ・・・
 こんなところに長居することもないわ!!
 帰りましょう・・・!!」

 計画以上の戦果だった。美神の予定では、ここでアシュタロスにダメージを与えて、自分たちだけ『宇宙のタマゴ』から脱出するつもりだったのだ。
 倒すことはできなくても、逃げる時間さえ作れたらいい。アシュタロスが中にいるうちに外へ出ることができれば、アシュタロスごと『宇宙のタマゴ』を破壊することも可能だ。
 美神もおキヌも、『本来の歴史』の中でコスモ・プロセッサの崩壊を見ている。だから、『宇宙のタマゴ』に内含されているエネルギーの大きさは理解していた。いっしょに爆発したら、さすがのアシュタロスとて無事ではいられない。そう考えたのだった。

「横島クン!!
 帰り道はわかるわね!?」
「はい!!
 何度もコピーしましたからね、
 奴の頭の中は丸わかりッスよ!!」
「念のため、文珠で帰りましょう。
 そのイメージのまま『脱出』にして!!」

 二人が帰路の相談をしている間、おキヌは、先ほどと同じ姿勢のままだった。横島の腕に抱かれて、彼女は束の間の幸せに浸っていた。


___________


 ドバッ!!

 三人は、タマゴの外へ飛び出した。
 
「無事に出てこれたわね・・・。
 一応、こいつも壊しておいた方がいいわ」

 とつぶやいた美神の背中に、

「美神くん!!」
「令子ちゃん・・・!!」
「令子!!」
「令子ちゃ〜〜ん!!」

 仲間の声が投げかけられた。
 振り向くと、ちょうど彼らが走ってくるところだった。唐巣神父、西条、小笠原エミ、六道冥子、雪之丞、ピート、タイガー、ドクター・カオス、マリア・・・。全員勢揃いだ。

「アシュタロスは・・・倒したのかね!?」
「たぶんね・・・!!」

 師匠の問いに、正直に答える美神。それを聞いて、二人の親友が、それぞれの反応を見せた。

「すごいわ〜〜令子ちゃん!!」
「『たぶん』って・・・。
 そんないい加減なことで大丈夫なワケ!?」

 抱きついてきた冥子の相手をしながら、美神は、エミにもキチンと返答する。

「生きているとしても・・・
 まだ、この中にいるのは確かだから!!
 今から、こいつを壊すのよ!!
 それで今度こそ完全に・・・おしまい!!」

 そして、あたたかい表情を横島に向けた。

「横島クン・・・!!
 『アシュタロスは俺が倒す』なんでしょ!?
 ・・・最後はあんたにまかせるわ」
「・・・はい!!」

 横島が、巨大な『宇宙のタマゴ』を見上げる。文珠に『飛翔』と入れたのだが、

「あ・・・ちょっと待って!!」

 美神が水を差した。

「コスモ・プロセッサほどのエネルギーはないと思うけど、
 でも、ここにいたら危険だわ・・・!!
 おキヌちゃん、文珠一個ちょうだい!!」

 これで、美神とおキヌと横島、三人が一つずつ文珠を持つ形になった。そして、三人とも同じ『飛翔』という言葉を文珠に刻む。
 美神もおキヌも知らなかったが、これこそ、『本来の歴史』の中で初めて二文字の文珠が使われたときの単語だった。

「じゃあ、私とおキヌちゃん・・・
 あと、マリアにつかまって!!」

 美神とおキヌとマリアの三人で、横島以外の全員を隣のビルの屋上へと移動させた。全員が移ったのを見届けてから、

「これで・・・」

 横島が、空高く舞い上がった。
 両手に出した霊波刀を重ねあわせて一つの巨刀とし、『宇宙のタマゴ』目がけて落下する。

「終わりだッ!!」
 
 ズサッという音を立てながら、タマゴは、縦一文字に切り裂かれた。
 横島がスーッと後方へ『飛翔』して、美神たちと合流する間に・・・。

 グワッガァアァアァッ!!

 『宇宙のタマゴ』が爆発した。


___________


「やっぱり・・・こうなっちゃったのね・・・」

 美神のマンションは、『宇宙のタマゴ』とともに崩壊していた。全壊というわけではないが、ほとんど瓦礫の山である。

「ま、アシュタロスを倒した代償がこの程度ですんだのは・・・」

 マンションだったシロモノを見下ろしながらつぶやく美神の肩を、おキヌがトントンと叩いた。

「あの・・・美神さん?
 こんなこと言いたくないんですけど・・・
 『歴史』では・・・このあと・・・」
「いやねえ、おキヌちゃん・・・!!
 最終バトル自体『歴史』とは全然違ったんだから
 もう大丈夫よ・・・」

 二人は知っている。『歴史』の中で、コスモ・プロセッサの崩壊に巻きこまれたアシュタロスは、ボロボロにはなったが死んでいなかったのだ。

(でも・・・こんなこと言っていると・・・)

 嫌な予感がし始めた美神に、一同の声が重なる。

「なんだ、この悪寒は・・・!?」
「霊波・・・!? まさか・・・」
「ちょっと!? 終わったんじゃないワケ!?」

 眼下に散らばるコンクリートの塊の一角が、不気味に動き始めた。

 ガラッ。ガシャ。バギャッ!!

 そこから、魔神アシュタロスが立ち上がる。

『フ・・・フフ・・・フヒヒ・・・!!
 フヒ・・・フヒヒヒヒ!!
 ヒャハハハハハハーッ!!』

 右のツノが根元から欠けて、顔も右半分に異常があるが、それ以外、全くキズはない。

「な・・・なにイィイイッ!?」
「あー!! 『歴史』と同じになったー!?」
「あの・・・さっきより回復してますよう!?」

 アシュタロスと戦っていた三人が、それぞれの悲鳴を上げる。
 しかし、心配することはなかった。ここまで体を復活させるだけで、もうエネルギーも尽きていた。いや、『復活』したように見えるのも、外見だけでしかない。内部はボロボロだった。

 ピシッ!!

 体のあちこちに、ヒビが入った。最大の箇所は、右腕だった。

 ボソッ!! グシャッ。ガラガラ・・・。

 右腕が崩れ落ちると同時に、正中線にも一筋の亀裂が生じた。

 バカッ!! バキバキバキ。ズシャッ。

 体が左右二つに分かれ、倒れ落ちてしまう。

「あ・・・あれっ!?
 こいつ・・・なんで自滅してんの!?」
「もう体を維持するだけのエネルギーもないのよ。
 最強の悪役も、もーおしまい・・・」 

 拍子抜けした横島に、ちゃんと説明する美神。

「いや・・・
 これじゃあ『倒しました』って気がしないんスけど・・・?」
「ゼータク言わないの!!
 あんたには二回もトドメの役やらせてあげたでしょ!?」

 そんな二人に、左半身となったアシュタロスが、最期のメッセージを伝える。

『心配するな!
 この肉体はもう不用なのだ。
 だから・・・捨てるまでのこと!
 私には・・・もうひとつ分身が・・・』

 しかし、アシュタロスは美神に遮られてしまった。

「究極の魔体ね・・・!!」
『・・・そうだ』

 究極の魔体。
 それは、アシュタロスが、コスモ・プロセッサ計画以前に進めていたプランだ。
 新たな魔王として君臨し、全ての世界を統一する。そのためのボディなだけに、あらゆる神魔族に勝るだけのパワーがこめられていた。もちろん莫大なエネルギーが必要であり、この究極の魔体のために用意されたのが、エネルギー結晶だった。

「エネルギー結晶がなくても
 数日くらい動かせると思ってるのね!?
 その間に・・・
 破壊と殺戮のかぎりをつくそうっていうんでしょう!?」
『フヒヒヒッ・・・
 なんでもお見通しだな・・・』
「そのために意識をそっちへ
 ダウンロードしてるんでしょうけど・・・。
 どう、うまくいってる?
 移転先が見つからなかったりしてない・・・!?」
『・・・!!』

 もはや顔も半分しかないアシュタロスだったが、その表情が明らかに変わった。

「残念だったわね!!
 究極の魔体は・・・今頃とっくに滅ぼされてるわ!!」


___________


 話は少しさかのぼる。
 美神たち三人がタマゴの中でアシュタロスと戦い、仲間のGSたちがタマゴの前へと向かっていた頃。
 ベスパは、一人で姉妹と戦っていた。合体して『ルシオラ』となった二人を相手にしていたのだ。

『なんてパワーだい・・・!!』

 彼女は、まったく『ルシオラ』に歯が立たなかった。
 牽制がてらの連弾など、軽く片手ではじかれてしまう。フルパワーの一撃ならば効くようだが、それも直撃させることは出来なかった。『ルシオラ』は回避能力も高いし、魔力波で相殺することも容易だったからだ。
 ベスパは、少し焦っていた。この敵は、もともとがルシオラとパピリオなのだ。特殊な力も、持っているはずだった。まだ『ルシオラ』は、ルシオラ由来の幻惑能力も、パピリオ由来の鱗粉攻撃も使っていない。ただ、パワーの差だけで、ベスパは『ルシオラ』に圧倒されていた。

『ふわあ〜〜。
 ルシオラちゃんの中、気持ちいいでちゅ〜〜』
『ごめんね、ベスパ!!
 あんまり時間がないのよ、
 グズグズしてると、このコが私の中に溶けちゃうから。
 だから・・・これで最後!!』

 『ルシオラ』が、両手から魔力を放った。広範囲に拡散して撃ち出したため、ベスパが避けることは不可能だった。しかし、

『ふん・・・!
 こんなんじゃトドメには・・・ならないよ!!』

 両腕でガードするベスパ。もちろん、無傷というわけにはいかない。これまでのダメージと併せて、かなりボロボロになってしまった。だが、それでも、まだまだ戦える。
 そんなベスパの様子を見て、『ルシオラ』が合体を解除した。

『・・・どういうつもりだい!?』
『私たち魔物は幽体がそのまま皮を被ってるよーなもんだから・・・』
『それだけ大きくやられちゃったら、ベスパちゃん、
 もう魔物としてのレベルそのものが下がっちゃったんでちゅよ』

 ルシオラとパピリオの二人が説明するが、ベスパには分からない。

『・・・何が言いたい!?
 私はアシュ様にパワーアップされてるから、
 これでも、まだあんたたちと同じくらいの力はあるよ!?
 二対一なら、そりゃあ、そっちが有利だろうけど・・・』
『そう、これで「同じくらい」になったんだわ!!』
『だから、これでペスパちゃんとも合体できるんでちゅ!!』

 パピリオが微笑むが、ベスパは混乱するばかりだ。

『・・・アタマ大丈夫かい!?
 敵同士で合体なんかしてどうすんのさ!!』
『・・・聞いて、ベスパ!!
 波長を合わせた同期合体は、
 「相加」ではなく「相乗」効果になるわ。
 だから、私とパピリオでもあんなに強くなった!!』
『・・・今度はベスパちゃんも入るんでちゅよ!!
 そうしたら、アシュ様とだって対等に・・・』
『・・・ふざけるな!!』

 アシュタロスの名前を出されて、ベスパは怒ってしまう。
 彼女のアシュタロスへの気持ちは、主に対する忠誠心だけではない。女が男に向ける愛情も含まれているのだ。
 拳を握ったベスパだったが、

『・・・待って、ベスパ!!
 あなたの気持ちはわかるわ!!
 だから・・・
 だからアシュ様の本当の願いをかなえてあげて!!』 

 ルシオラの言葉で、ピタッと止まってしまった。

『アシュ様の本当の願い・・・』
『そう・・・!!
 もう聞いてるんでしょう、ベスパ!?
 コスモ・プロセッサもアシュ様のプランだけど・・・
 でも・・・本当に望んでいるのは・・・』

 ルシオラに言われるまでもなかった。

『・・・ああ。
 アシュ様は・・・もう何千年も前から・・・
 ずっと・・・死にたがってるんだ』

 うつむきながら、ベスパはつぶやいた。

『・・・そうでしょう!?
 だったら・・・
 ベスパがアシュ様を愛しているなら・・・
 やるべきことは、一つよね?
 アシュ様の代わりになるような魔神を用意できたら、
 神魔の霊力バランスの問題もクリヤーできるから、
 アシュ様を「魂の牢獄」から逃してあげられるでしょう!?』

 ハッとしたように、ベスパが顔を上げた。
 さきほどのパピリオの言葉と今のルシオラの発言を足しあわせれば、二人の意図も明白となったからだ。

『ルシオラ・・・あんた、それでいいのかい!?』

 ベスパに尋ねられて、ルシオラが悲しげに笑う。今度は、ルシオラが下を向く番だった。

『私、ヨコシマが好きよ。
 だから・・・ヨコシマの住む世界、守りたいの。
 そのためにはアシュ様の世界支配は止めなきゃいけないし、
 でもアシュ様が復活するようでは、また同じことが起こるでしょう?
 だから・・・』

 彼女が言う『ヨコシマの住む世界』には、『ヨコシマが今のヨコシマのままでいられる世界』という意味もこめられていた。ベスパには、そこまで具体的には分からない。それでも、ルシオラに言葉以上の深い気持ちがあることだけは理解できた。

『パピリオは・・・!?』
『三人ずーっと一緒だなんて・・・いちばんの幸せでちゅ!!』

 末の妹は、ベスパの質問に、ニッコリ笑って答えた。

『・・・わかったよ』

 つられたように、ベスパも微笑んでしまう。姉妹に対して見せる久方ぶりの笑顔だった。


___________


『・・・いいわね!?』
『ああ!!』
『いいでちゅよー!!』

 三人は、重ねた手の中で一つの文珠を握りしめた。
 やはり文珠を使うのである。しかし、『合体』はダメだ。同期合体を長く続けていたら、従者が主者に吸収されて消えてしまう。
 ただし、この『吸収される』というのは、興味深いポイントだった。そうなってしまえば、文珠の効果が切れても分離できないのだ。これは、永遠の合体を望む彼女たちにとって好都合だった。
 もちろん、誰か一人をベースにして残り二人が消滅してしまうというのは、本意ではない。だから、彼女たちは、三人対等に『融合』することに決めていた。文珠をキッカケにして結びつき、三人で吸収しあい、一つに溶け合うのだ。それでも、波長をシンクロさせる以上、相乗効果のパワーアップが出来るはずだった。

『融、』

 ルシオラが、ベスパが、パピリオが。
 それぞれ別々の色に輝いた。光の粒子に分解されて、一粒一粒が文珠を中心に飛び回る。
 ホタルのように、ハチのように、チョウのように・・・。

『合ッ!!』

 もはやどこから出されたのかも定かではない声。そんな三色の声が重なった。同時に、文珠を核として光が凝集していく。
 そして・・・。
 そこに、新たなる『魔神』が誕生した。
 基本となるのは、女性型のボディである。ほっそりとしているが、胸は適度に豊かだ。しかし、顔以外は全く露出しておらず、全身をコンバット・スーツに包まれていた。黒を基調として、ところどころに、赤・白・紫・黄色の斑点模様がある。
 背中には、大きな一対の翼が生えていた。円弧で形成されたデザインではあるが、先端が鋭く尖っており、見る者に容易に『魔』を連想させる形状だった。
 最も人外な特徴を示すのは首から上であり、そこには、三つの顔がついていた。正面はルシオラの顔で、左側面がベスパ、右側面はパピリオの顔である。それぞれの『面』の上端には、オリジナルと同じ色の前髪が少しついているが、長い後ろ髪はオレンジ色だった。また、三面全体の頭を一つの黄色い帽子がカバーしており、当然のようにボンボンもあった。

『計算どおりのパワーだわ!!
 これなら新魔神としてやっていける!!』

 まだ自分たちの存在を明らかにはしたくないため、外部に吹き出るパワーは抑制していた。それでも、内在している力の大きさは、ハッキリ感じられる。

『もうアシュ様も
 わざわざ誰かを踏みにじる必要もないね。
 牢獄から解放してもらえる・・・!!』
『殺戮と破壊なんてしなくていいんでちゅから・・・』

 ルシオラ面、ベスパ面、パピリオ面の口から、それぞれ言葉がつむぎ出された。しかし、その先は、わざわざ言わなくても明白だった。内心の思いが一つに重なる。

(動き出す前に究極の魔体を壊す・・・!!)

 『三面魔神』は、飛び立っていった。


___________


 ベスパが含まれたことで、魔体のバリアに欠陥があることも、すでに分かっていた。そして、究極の魔体とはいえ、まだ稼働前である。
 もはや、それは『三面魔神』の敵ではなかった。『三面魔神』は、アシュタロスに匹敵する力を持っているのだから。


___________


「究極の魔体は・・・今頃とっくに滅ぼされてるわ!!」

 断言した美神だったが、100%の自信があったわけではない。
 ルシオラとパピリオが、ベスパ相手に手こずったり、返り討ちにあったりする可能性。あるいは、想定どおり圧倒したとしても、ベスパを説得できないかもしれない。また、何か想像もしていなかったハプニングが起こることだってあり得るのだ。

(おねがい!!
 ルシオラ・・・!! パピリオ・・・!!
 そして・・・ベスパ!!)

 祈りは遠い三人に、視線はアシュタロスに向ける美神。そんな彼女の背後で、仲間のGSたちが騒ぎ出した。

「なんだ、これは・・・!?」
「すごい霊圧〜〜!!」
「おい!?
 アシュタロス並みじゃねーか!?」
「これが、その究極の魔体か!?」
「こっちへ向かってきたってワケ!?」

 美神にも、その接近は感じられた。

(違う・・・!!
 これは究極の魔体じゃないわ!!)

 振り返って、皆と同じ方向を見つめた。
 夜空の彼方からやってくるのは・・・。

『誰・・・!?
 せっかく抑えてた霊波出しちゃったのは!?』
『そりゃあ、パピリオだろ・・・』
『へへへ・・・。
 みんなのビックリした顔見るのも、
 面白いでちゅよ〜〜』

 三つの顔を持つ魔神だった。


___________


『ハハハハハハーッ!!
 そういうことか・・・。
 メフィスト・・・よく考えたな。
 おまえは・・・やはり我が娘だった!!』

 死にかけのアシュタロスにも、『三面魔神』のことは理解できたらしい。

 ボッ!! シュウウウ・・・ッ。

 最後にそう言い残して、彼は完全に消滅した。

「ど・・・どういう意味だ!?」
「よーするに〜〜
 『さよなら』って意味じゃないかしら〜〜?」
「そんなことどーでもいいワケ!!
 あれを何とかしないと!!」

 美神の背後では、約一名を除いたGSたちが、遠くから迫り来る『三面魔神』に向けて身構えている。美神は、アシュタロスが消滅した跡から、スッと視線を動かした。

「アシュタロス・・・大丈夫よね?」

 空を見上げてささやいた彼女の耳に、

『ごくろうさまでした・・・!』
『おおきに・・・!』

 二つの声が聞こえたような気がした。


___________


 『三面魔神』は、すでに、おぼろげながら顔が判別できる距離まで近づいてきていた。

「ル・・・ルシオラ!?
 おまえ・・・!!」

 最初に反応したのは横島だが、唖然として、すぐに固まってしまう。

「あれは・・・!!」
「三人娘!? しかし・・・」
「敵ではないのか・・・?」
「何あのデザイン!? センスないワケ!?」
「うわ〜〜!? 顔が三つもある〜〜!! 便利そうね〜〜」

 少し前とは違う意味で騒然とし始めた一同だったが、

「・・・静かに!!
 とりあえず敵じゃないから安心して。
 これもアシュタロスを完全に滅ぼすための作戦だったの」

 美神のツルの一声で、一時、騒ぎを停止した。


___________


 彼らの前に降りたった『三面魔神』は、背中の翼をたたんでから、事情を説明し始めた。
 アシュタロスの真の願いは滅びであったこと。これまでの悪行も、自分を排除すべき巨悪として認めさせるためであったこと。そして『魂の牢獄』の説明・・・。

「では・・・君たちがアシュタロスの代わりに
 その『牢獄』に入るというのかね!?」

 一同を代表して、年長者の唐巣が、確認のために質問した。

『あら、アシュ様は「牢獄」なんて言葉使いましたけど・・・』
『そう悪いもんでもないさ、きっと』
『永遠の命でちゅ〜〜!!』

 三面が明るく答える。

「・・・そうか。
 君たちが納得してるのなら、それでいいだろう。
 だが、『魔神』となったからと言って、
 あまり悪さをしないでくれるかな?」
『大丈夫でちゅ〜〜』
『あの・・・まだ私たち自身「魔神」っていうのが
 よくわかってないんで、お約束は出来ませんが・・・。
 まあ・・・なるべく・・・』
 
 妹が安請け合いし、姉がシッカリ訂正した。一体の『魔神』となっても、三姉妹は三姉妹だった。
 頷いた唐巣は、一歩後ろに下がった。これで、公的な話はすんだのだ。
 あとは・・・。プライベートな別れが残るのみだ。

「ルシオラ・・・」

 横島が、力なく口を開いた。

『・・・そんな顔しないで、ヨコシマ。
 ちゃんと説明したでしょう?
 誰かがアシュ様の代わりをやらなきゃいけないの。
 そうしないと、また世界がおかしなことになっちゃうのよ?』

 『本来の歴史』では、アシュタロスは、成した悪行の大きさ故に、『魂の牢獄』から解き放たれることになった。たとえ神魔のバランスが狂っても、それでも、復活させるわけにはいかないと判断されたのだ。
 しかし、こうして『復元』という『改変』が行われた世界では、アシュタロスが世界人類に与えた被害は、『本来の歴史』よりも遥かに小さかった。究極の魔体が稼働しなかったこともあるが、やはり、コスモ・プロセッサだ。世界中で魔物が暴れまわるという事態が避けられたからだ。
 だから、このままでは、アシュタロスは『魂の牢獄』から解放されないだろう。そこから彼を出してやるためには、神魔のパワーバランスを維持しなければいけなくなったのだ。

「わかんねーよ!!
 俺、おまえとしあわせになりたくて、
 アシュタロスを倒したのに・・・。
 それなのに・・・」
『「アシュタロスは俺が倒す!!」
 って言ってくれたわね・・・?
 ヨコシマがアシュ様を倒したことを
 ・・・それを無駄にしないためにも、
 アシュ様を復活させないためにも、
 こうする必要があるのよ・・・』
「だ・・・だからって・・・。
 これじゃ・・・」

 横島は、世界平和のために『アシュタロスは俺が倒す!!』と言ったわけではない。ルシオラだって、それは分かっている。だから、続きを言わせることもなく、自分が話を続けた。

『これは誰でにも出来ることではないの。
 私たちくらいなものなのよ・・・。
 それに・・・
 私、ヨコシマの住む世界を守りたいの!!』
「でも・・・」

 『三面魔神』ではあるが、今、両サイドは目も口も閉じて無表情だった。存在感も消している。二人は、意識を完全に奥底に眠らせて、ルシオラに体のコントロールをまかせていた。
 そのルシオラは、自分でも気づかぬうちに、一歩ずつ、横島に近づいていた。横島も同様である。
 二人の距離がゼロになったとき、男の腕が動き始めた。ただし、遠慮するかのようにゆっくりと。
 それが女の背中に触れるよりも早く、女は、自分の腕をガバッと相手の背中に回していた。
 二人がギュッと抱きしめあう。

『もう・・・ダメじゃない!!
 やめてよ、ヨコシマ・・・』

 先に抱いたルシオラのほうが、そんな言葉を口にしてしまう。

「ルシオラ・・・!!」
『行かなきゃいけないのに・・・
 行かれなくなっちゃうじゃない・・・!!』

 そのまま、二人は、黙って抱き合っていた。完全に静止していたが、ただ、頬を伝わる涙だけが重力に従って動いていた。その動きすらなくなり、涙の跡も乾き始めた頃。
 落ち着いた口調でルシオラが話し始めた。

『ヨコシマ・・・。
 「おまえとしあわせになりたくて」って言ったけど
 スケベなヨコシマが、本当に私一人で満足できるの?
 私、ちゃんと知ってるんだから・・・ヨコシマの心の中を!』
「えっ!?」
『私だって女だから、
 表面では「浮気も少しくらい許す」って態度とっても、
 内心では不満に思っちゃうわよ。
 今のヨコシマには・・・
 まだ早いわ、恋人を作るのは。
 残念だけど・・・私たち、
 出会うタイミングが良くなかったみたいね』

 ルシオラが首を動かし、横島を見つめた。彼も、彼女を見つめ返す。

『ヨコシマ・・・』
「うん・・・」
『私が惚れた・・・
 みんなに優しいヨコシマでいてね・・・!!』
「うん・・・わかった」

 そして、ルシオラは、体を離した。

『私・・・
 ルシオラだけど、もうルシオラじゃないのよ。
 だから・・・
 あなたも、もう「ヨコシマ」じゃないわ。
 さようなら、「ポチ」・・・』

 そう言いながら、彼女は、顔だけを近づけて・・・。
 キスをした。
 別れの口づけ。
 同時に、これは、『魔神』としてのケジメでもあった。下界の人間の中に『魔神』の霊基構造が残っていては面倒なことになる。そう思ったからこそ、このキスで、ルシオラ由来の霊基構造を全て吸い出したのだった。

『・・・』
「・・・」

 唇を離した後、二人は何も言わなかった。
 ただ、最後に口元に笑顔を浮かべて。
 『三面魔神』は、東の空へと飛びたった。
 長かった夜が明けて、太陽が昇りつつある、東の空へと・・・。


___________


 朝日がまぶしい時間帯になっても、横島は、まだ、そこに立ったままだった。
 もちろん、仲間のGSたちは引きあげてしまっている。彼の後方で待っているのは・・・美神とおキヌだけだった。

(少しは・・・成長しちゃったかな、横島クン?)

 横島の背中を眺める美神。彼女の表情には、内心の思いが出てしまっていた。状況を理解していない者には読めないが、事情を知る者には明白な、そんな感情が。

(いいじゃないですか、これくらい・・・。
 少しだけですよ・・・。
 これなら『急成長』ではないです。
 まだ・・・横島さんは、
 ・・・横島さんです)

 美神と横島の両方を見ながら、おキヌは、そう考えてしまう。

「俺、ふられちゃったみたいですね。
 さよならルシオラ・・・」

 突然、横島が口を開いた。

「こんな失恋ありますかね!?
 愛していた女性が、別の存在に変わってしまうなんて・・・」

 後ろにいる女性二人には、横島の表情は見えない。しかし、美神は、

(これじゃいけないわ!!)

 と思った。
 まるで恋人と死別したかのような口調に聞こえたのだ。これでは、自分たちがやってきた事が水の泡だ。

「何を言ってるのよ!?
 ルシオラはルシオラじゃないの!!
 ま、横島クンが横島クンらしく、元気でやってれば、
 そのうち、ひょっこり遊びにくるかもよ?
 あんたの前から去っていくのも、
 横島クンを愛していればこそなんだから・・・!!」

 美神は、努めて陽気に語りかけた。

「俺が俺らしく・・・か」

 横島が小さくつぶやく。

「愛していればこそ・・・か。
 難しいもんスね、女心って
 俺には、わかんねーや・・・」

 彼の心の奥底までは、美神には分からない。それでも、彼女の耳には、彼の声のトーンが変化したように聞こえた。
 美神は、彼の左横まで歩みを進める。

「横島クン、こんな言葉知ってる?
 『彼女のいる横島なんか横島じゃない』って」

 悪口にも聞こえる言葉だが、もちろん、美神の真意は違う。
 みんなから愛される横島だからこそ、一人の彼女を作ることなく、今のままでいて欲しいのだ。

(私もおキヌちゃんもいるんだから・・・)

 一人の恋人に束縛されることもなく、結婚して家族という責任をもつこともなく・・・。
 それでいて、肉体的にスキンシップを許してくれるナイスバディな女性と、精神的に自然に二人きりになれる大和撫子な女性が、いつも近くにいるのだ。

(横島クン・・・。
 ヤリたい盛りの今のあんたには
 わかんないかもしれないけど・・・。
 これって・・・幸せな状態なんじゃない!?)

 美神は、横島の顔を斜め横から見上げながら、両腕を彼の左腕に回す。

「!」

 少し目を見開く横島だったが、まだ終わりではなかった。
 いつのまにか、おキヌが右隣に来ていたのだ。

「元気出してください、横島さん。
 今日は、腕によりをかけて、ごちそう作りますから!!」

 ニッコリ笑いながら彼に寄り添い、その右腕に抱きついた。

(美神さん・・・!
 それに、おキヌちゃん・・・!!)

 横島の両腕に、二人の胸の感触が、そして胸の鼓動が伝わる・・・。


(エピローグ「復元された世界」に続く)

第三十二話 宇宙のレイプへ戻る
エピローグ 復元された世界へ進む



____
エピローグ 復元された世界

『早く美神さんたちのところへ行かないと・・・』

 小竜姫は、東京の空を飛んでいた。ワルキューレも一緒である。
 彼女たちは、仲間とともに、地中に隠れることで生きながらえていた。アシュタロスの妨害霊波は突然なくなったのだが、まだ終わりではないという予感がして、ここまでやってきたのだった。
 まだエネルギーも完全に回復したわけではなく、もちろん、瞬間移動なんて出来なかった。東京に入ったところで皆疲れきってしまい、仲間のエネルギーをかき集めて、かろうじて二人が飛行できる程度だ。

『おい、あれはヒャクメじゃないか!?』

 ワルキューレに言われて、小竜姫が視線の向きを変える。確かに、向こうから飛んで来るのはヒャクメだった。

『もう大丈夫なのねー!
 アシュタロスは完全に滅んだのねー!』
『ええっ!?
 まだ第二ラウンドがあるのではないのですか!?』

 小竜姫が聞き返すが、ヒャクメはニコニコしながら、地上を指さした。

『全部終わったのねー!
 あの三人が頑張ってくれたから・・・!!』

 ヒャクメの示した場所では、三人の男女が歩いていた。

『あれは・・・!?
 美神さんたちですね!!
 でも・・・なんで横島さんを連行してるのでしょう!?』
『いや・・・あれは違うぞ。私でもわかる』
『小竜姫はもっと俗界のこと勉強すべきなのねー』
 
 小竜姫は眼下の光景を正しく認識できず、他の二人から苦笑される。堅物の軍人であるはずのワルキューレと、俗界に来過ぎかもしれないヒャクメから。
 三者三様の神魔だったが、もはや事態は解決したのだということは、共通して理解していた。
 一方、地上を歩く三人は・・・。

「・・・ホントに、このまま事務所まで歩くんスか!?」

 慣れない状態に戸惑う横島に、

「そうよ!! ・・・イヤなの!?」
「あら・・・!? ふふふ・・・」

 美神とおキヌが笑顔で応えていた。

「え・・・。
 もちろん嫌じゃないですけど・・・」
「だって・・・約束しちゃったもんね。
 『両手に花』な御褒美って」
「あ・・・そういうことか!」

 美神の説明で、横島は、ようやく納得していた。

(なんだ・・・『両手に花』ってこの程度か。
 まあ・・・でも・・・
 これはこれで・・・気持ちいいかも)

 ガッカリすると同時に、ニンマリともしてしまう。
 なにしろ、『両手に花』ならぬ『両腕にバスト』だった。
 左腕は、美神の豊かな胸に半ば埋もれており、右腕も、おキヌの着やせする胸にしっかり押し付けられている。
 三人は、ずっと腕を組んだまま歩いていたのだった。

(へへへ・・・)

 心地よさをなるべく顔に出さずに、ふと、気になっていたことを聞いてみた。

「ところで・・・美神さん、
 逆行してきた三人って・・・
 美神さんとおキヌちゃんと・・・もう一人は誰なんスか?」
「ええっ・・・!?」
「アシュタロスとの話の最初に、
 そんなようなこと言ってましたよね?
 俺、口を挟むなって言われてたし、
 そこは自分にも関係ないと思って
 スルーしてましたけど・・・。
 隊長は・・・
 過去から来たんだから逆行ではないっスよね!?」

 横島と同じく、こちらも表情を変えない美神。だが、内心では焦っていた。おキヌも同様である。

(しまった・・・!!
 口すべらしちゃったっけ!?)
(もう、美神さんったら・・・!!)

 しかし、二人とも冷静に対処した。

「何それ?
 私、そんなこと言ってないわよ?」
「そうですよ!?
 美神さん、ちゃんと『二人』って言ってました。
 横島さん、何か他の言葉と聞き違えたんじゃないですか?」
「そうだっけ・・・?」

 少し釈然としないものの、横島の意識は、

(あっ・・・!?
 でへへへ・・・)

 すぐに別の方向へ行ってしまう。両腕に押し付けられていた二人の胸の位置が少し動いて、より気持ちいい状態になったのだ。
 もちろん、歩いているうちに偶然起きたことなどではない。そう装った上での、女性たちの意図的な行動である。
 こうして、美神の失言は、大事に至ることもなく、横島の頭から消し流されたのであった。実はもう一つ、『精神に傷』の詳細を聞いてみたい気持ちもあったのだが、それも一緒に頭の中から押し出されてしまった。それほど心地良かったのである。
 ちょうどその時、三人の前を知りあいが通りかかった。

「あっ、小鳩ちゃん!!」
「横島さん!? それに・・・!?」

 今の状態を少し恥ずかしく思う横島だったが、美神とおキヌは平然としている。

「あら、小鳩ちゃん。
 もう学校も始まってる時間でしょう、どうしたの!?」
「ええ、バイトが長引いちゃって・・・。
 今日は遅刻なんです」

 小鳩は、学校へ向かうところらしい。

「私たち・・・徹夜仕事でしたから、
 今日は学校は休んじゃいます。
 横島さんの欠席、伝えといてもらえますか?」
「ええ、わかりました・・・。
 でも・・・!?」

 おキヌの頼みを了承する小鳩だが、今の三人の姿は、気になるようだった。

「ああ、これ!?
 ・・・ここだけの話、私たち、
 例の『核ジャック事件』の悪魔を倒してきたとこなの。
 しかも、トドメをさしたのは、横島クン!!」
「・・・これ、横島さんに約束してた御褒美なんですよ!!」
「ははは・・・」

 微妙に嘘も混じっているが、横島も適当に頷いておいた。

(・・・でも、こんな『御褒美』もらうのって、
 はたから見たら、なんだか情けなくないか!?)

 とも思ったが、口にはしない。
 そのまま、三人は小鳩と別れた。
 小鳩のほうは、急いでいたはずなのに、少し足をとめて彼らの背中を見送ってしまう。

(やっぱり、あの二人・・・。
 あれじゃ入りこめないな、今は・・・)

 今の三人を見ていると、『小鳩は負けません』とも言えないのであった。




    エピローグ 復元された世界




 アシュタロスとの戦いが終わり、美智恵も元の時代へ帰っていった。
 彼女は、実は、美神が中学生の頃に死んだわけではない。『歴史』を色々と知ってしまったが故に、死んだフリをして世間から隠遁していたのだ。アシュタロスとの戦いという火急の時には美神の『未来』情報を使ってしまった美智恵だが、あれは、良くないことである。こうして大事件も無事解決した今、美智恵は、そう判断していた。
 彼女が過去へ旅立った直後に、この時空の美智恵、つまり、五年間隠れていた美智恵が現れた。ジャングルの奥地、フィールドワークに励んでいた夫のところで、暮らしていたらしい。美智恵は、平和だった五年間で性格が少し丸くなっただけでなく、おなかも丸くなっていた。美神の妹が生まれるのである。母親や妹とともに過ごす日々が、美神にも訪れるのであった。
 そして・・・。
 『歴史』の中で三人が過去へと逆行した時点が、そろそろ近づいていた。


___________


 美神除霊事務所の一室。
 椅子に座った美神の前に、横島とおキヌが立っている。
 笑顔を取り繕った美神は、

「さー・・・ってっと!!」

 と口を開き始めた。
 同時に、心の中で、

(変わってしまった部分もあったわね)

 彼女は、色々と回想する・・・。


___________


(おキヌちゃん・・・、
 本当は『巫女の神託』なんて能力なかったのに。
 あれこそ、未来の記憶だったのよね・・・)

 三人で時間を逆行する際、イメージを統一させるために、美神は、脳の記憶を過去にとばすのだと定義付けした。
 しかし、おキヌの行き先は幽霊時代だったのだ。魂そのものであるはずの幽霊に、『魂』ではなく『記憶』を逆行させるというのは、無理があったのだろう。美神や横島同様、脳内の『記憶』を逆行させたはずだったのに、むしろ『魂』の要素が、魂に付随した『記憶』が逆行したのかもしれない。
 だから、『脳の記憶』が逆行したつもりでそれを封印しようとイメージしても、横島や美神よりも『記憶』のプロテクトが甘くなってしまったのだ。
 時々、『記憶』が映像の形で漏れ出していた。何か『初めて』の時は、特に印象深かったようで、よく『神託』が発動してしまった。
 初めての除霊仕事(第二話「巫女の神託」参照)、初めてのパソコン操作(第二話「巫女の神託」参照)、初めての冥子の式神暴走(第三話「おキヌの決意」参照)・・・。『神託』が最初の頃しか出なかったのも、美神たちと行動をともにするうちに、新しい事態の発生にも慣れてしまったからだろう。
 また、後で聞いた話では、アシュタロスの『究極の二択』も、早い段階で予知していたらしい(第二話「巫女の神託」参照)。横島に関しての一番重要な記憶だったからに違いない。それを避けるために横島に恋人を作らせまいとしていたそうだが(第三話「おキヌの決意」参照)、今となってみれば笑い話である。
 さらに、月のメドーサの事件では、おキヌはキスの件を予知した(第二十六話「月の女王に導かれ」参照)。久しぶりの『神託』ということは、あれはおキヌにとってそれだけ強烈な印象の出来事だったという証だ。
 しかも、月旅行に関する『神託』がキスだったというのも興味深い。『本来の歴史』では、最後に横島は生身での大気圏突入という暴挙を成し遂げた。それが一番の大事であり、おキヌも『知識』としては知っている。しかし、彼女は、その場面自体は見ていなかった。『記憶』から溢れ出てきているのが『知識』ではなく『光景』の形だったからこそ、あのような『神託』となったのだ。
 そして、この『光景』というポイントは、美神にも実感できた。なにしろ、記憶をプロテクトしていたはずの美神自身、『光景』の形で『本来の歴史』の一場面を瞬間的に思い出し、それが微妙な変化につながることもあったのだ(第十三話「とらわれのおひめさま」参照)。

(でも、もう大丈夫だわ・・・)

 おキヌが未来予知をすることは、もう二度とないのだ。
 逆行した時点まで時間が進んだ以上、もう、これより先の記憶は、おキヌにはないのだから。
 これで、『本来の歴史』にはなかった『巫女の神託』という特殊能力も、完全に消えるのである。


___________


(横島クンの霊能力も、色々変わってたわ・・・)

 最初の大きな変化は、シャドウだった。『本来の歴史』では、あんな特殊能力など持っていなかった。

(あのシャドウは、ルシオラの霊基構造だったのね)

 美神は、記憶を開封した後で、それに気が付いた。開かれた記憶の中で、横島に関係して、ルシオラも重要な位置を占めていた。そして、ルシオラについて知った上で、自分たちが経験してきことを『本来の歴史』と比べてみた。そうすると、シャドウの正体も容易に推測されたのだった。
 実は、逆行後の横島がルシオラの霊基構造を持つだなんて、美神の計画には含まれていなかった。
 彼らの逆行の定義では、『魂』ではなく『記憶』を運んできたはずなのだ。霊基構造は『魂』に付帯していたはず。いくら僅かだったとはいえ、『記憶』と一緒にやってくるというのは、理屈に合っていなかった。

(横島クンがキチンと話を聞いていなかったせいで、
 ほんの部分的に『魂』の逆行をやってしまったのか・・・)

 それが一つの可能性だ。

(あるいは、文珠という横島クンの霊力を
 使った時間逆行だったから、霊基構造も
 横島クンの霊力に引きずられてしまったのか・・・)

 それも考えられるかもしれない。

(もしかすると、ルシオラと離れたくない気持ちから、
 逆行の定義云々を乗り越えて、少しでも
 持ってきてしまったのかも・・・)

 最後の可能性は、横島の想いの強さを示すことになるので、美神としては否定したいのだが・・・。
 
(たぶん・・・どれも正解ね。
 複合的な理由だったんだわ。
 だからこそ起こった奇跡・・・)

 そう結論付けるしかなかった。

(まあ、ともかく・・・。
 それも、もう消えたわ・・・)

 最終作戦に関して詳細を煮詰めた際に、ルシオラが『自分が取り除く』と言ってくれたのだった。
 それを聞いた時、美神もおキヌも、最初は驚いた。そんなことが可能なら、『本来の歴史』の中で横島から霊基構造を抜き出して、ベスパがかき集めた霊破片と併せて、ルシオラ復活も出来るはずだった。
 『本来の歴史』の中では、無理だった理由として、土偶羅魔具羅が『何度も霊体をちぎったりくっつけたりしては人間の魂は原形を維持出来なくなる』と説明していた。土偶羅魔具羅は、『本来の歴史』でもこの世界でも、最後の爆発の中を生き残り、コンピューター扱いで神魔に引き取られていった存在だ。その情報には信憑性があった。
 しかし、今の横島と『本来の歴史』の横島とは違う。そもそも、『本来の歴史』の横島のように大量に他者の霊体を注ぎ込まれているわけではなかった。この世界の彼には、横島自身を形成する霊体は十分ある。ルシオラのそれは付随していたに過ぎない。
 横島の魂のメインな部分を『何度も霊体をちぎったりくっつけたり』するわけではないのだ。だから、キスで取り除くなんてことも可能なのだとルシオラは主張した。しかも、ルシオラは、ただの『ルシオラ』ではなく、新魔神となるのだから。

(彼女の霊基構造が消えた以上、
 シャドウも文珠も元に戻った・・・)

 特殊な文珠は、『本来の歴史』でも、数日で消えてしまうシロモノだったらしい。『本来の歴史』の横島は、心の中のルシオラから、そう説明されたそうだ。これで、『歴史』どおりになったわけである。
 
(細かいことだけど・・・
 横島クンの霊能力が発現するのも早かったわね)

 GS資格試験でも、それぞれの技を閃くのが僅かに早かったようだし(第九話「シャドウぬきの実力」〜第十一話「美神令子の悪運」参照)、妙神山に修業に出してしまったせいで、霊波刀を習得するのも早くなった(第十二話「遅れてきたヒーロー」参照)。

(でも・・・)

 しかし、その後の斉天大聖との修業や、アシュタロスとの戦いの時期の彼の成長と比べれば、それらは微々たるものだ。
 今の横島の霊能力は、逆行前と比べて高すぎることもない。ほぼ同じだろう。

(もう大丈夫だわ・・・)


___________


 『本来の歴史』以上に事務所に密接に関わった人物もいた。
 一人は、伊達雪之丞である。香港での些細な変化が影響して、一時は事務所メンバーのような扱いになっていた。
 しかし、最近は、以前ほど事務所に頻繁に来ることはなくなった。関東周辺に訪れても、事務所に顔を出さない時もあるくらいだ。ガールフレンドができて、美神たちにかまう余裕も減ったのだろう。

(『歴史』と変わったときもあったけど、
 今の状態は『歴史』どおりに戻ったわよね?
 もう大丈夫だわ・・・!!
 結局ガールフレンドも『歴史』どおりだし・・・)

 氷室早苗が雪之丞を気にいったというイレギュラーも思い出して、内心で苦笑する美神であった。


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 美神たちに対して、『本来の歴史』よりも深く結びついた者は、もう一人いる。
 シロだ。
 犬飼の再襲撃が遅れたために、シロは、かなり長い間、美神の事務所に居候していた。しかし、最後の犬飼との戦いで、『本来の歴史』以上に疲労してしまい、部分的な記憶喪失に陥った(第二十八話「女神たちの競演」参照)。
 そのため、死津喪比女との戦い、斉天大聖との修業、平安京での事件、おキヌの復帰、月旅行など、いくつかのイベントをゴッソリ忘れてしまったのだ。

(それらは全て、『本来の歴史』では
 シロが経験しなかった事件ばかり・・・。
 『歴史』にはなかった超必殺技も忘れてしまった。
 私たちとの当時の日々が・・・
 一連の思い出がシロの記憶から消えたのは寂しいけど、
 これで『本来の歴史』どおりになったのね・・・)

 偶然とは思えない美神だったが、それでも、こんなところにまで『宇宙意志』が介入したとは考えたくはなかった。


___________


 続いて、美神は、魔族三姉妹にも思いを馳せる。

(新魔神となったパピリオ・・・)

 『歴史』では、彼女は妙神山預かりとなり、小竜姫の弟子となった。だから、妙神山へ行けば顔をあわすことになるはずだった。
 しかし、この世界の妙神山には、彼女はいない。

(これくらいの変化は・・・まあ、いいわよね?)

 妙神山へ行く機会なんて、滅多にないのだ。
 美神たちは、十分パワーアップした。修業に行くこともないだろう。あそこに関わることさえしなければ、影響のない変化だ。

(ベスパも同じようなものだわ・・・)

 『本来の歴史』では、魔族軍所属となって、魔界へ行くはずだった。
 新魔神となったのだから、彼女は、やっぱり魔界で暮らすのだろう。もちろん、その存在の仕方は大きく違う。
 しかし、美神たちが魔界へ赴くことなどないはずだ。美神たちとの関わりの範囲では、影響のない程度の変化だった。

(そしてルシオラ・・・)

 新魔神にしてしまったとはいえ、死ぬはずだった命を救うことができた。これで、横島が変わってしまうことを防げたのだ。
 しかし、美神たちの前から姿を消したという意味では、『本来の歴史』と同じだ。
 横島には慰めの意味で『遊びにくるかもしれない』と言ったが、美神は、信じていなかった。
 もう二度とルシオラと会うことはないだろう。美神は、そう思っていた。


___________


(そして・・・アシュタロス!!)

 『本来の歴史』でも彼は『魂の牢獄』から解放されていた。アシュタロスは、自身の計画どおり、悪魔としての成果を認めさせることが出来たのだ。
 しかし、それは、世界が大きな被害にあうことを意味していた。この逆行後の世界では、美神たちがそれを妨げ、アシュタロスの代わりを用意することで、彼を『牢獄』から追放した。
 
(適応不全の魔物・・・。
 そう言ってたわね・・・)

 どちらの世界でも、戦後の神魔のレポートでは、同じ結論が下されていた。
 アシュタロスは、自分が魔物であることに耐えられなかった。邪悪な存在であることを拒んでいたのだ。
 それが、皆の評価だった。

(だから・・・
 あんなに『悪魔』らしくない悪さもしたのよね)

 魔族らしくない魔族だったからこそ、魔の本能に従って短絡的な悪行に走るのではなく、根気強く、長期にわたった計画的行動が可能だったのだろう。
 究極の魔体にせよ、コスモ・プロセッサにせよ、他の悪魔には到底真似できないシロモノだったのだ。

(そのアシュタロスがいなくなった以上・・・
 大丈夫なのよね!?)

 アシュタロスが例外的な悪魔だとみなされたことは、美神にとって、安心できることだった。なにしろ、コスモ・プロセッサの稼働を防いだ以上、彼女の中にエネルギー結晶が残ってしまったからだ。だが、こんな膨大なエネルギーを悪用しようなどという異端児も、なかなか出てはこないだろう。美神は、そう考えることにしていた。

(それに・・・。
 万が一、そんな奴が現れても・・・
 また、はねのけてやるわ!!
 ・・・三人で力をあわせて、ね!!)

 これはただのエネルギーの塊ではない。メフィストから受け継いだものだ。メフィストの転生体であるという証でもある。

(横島クンへの想いとともに・・・。
 大きくはないけど小さくもない気持ちとともに、
 一生、胸に秘めて生きていくわ・・・!!)


___________


(こうやって振り返ってみると・・・
 途中では色々と変わっちゃった部分もあったけど、
 最後には『歴史』どおりになったり、
 大きな影響無しで終わったことって、多いのね・・・)

 もしかすると、途中の変化も、『宇宙意志』にしてみれば、どうでもいい部分だったのかもしれない。
 美神は、ふと、そんな可能性を思ってしまった。

(『大きな改変には復元力が働く』と言われてきたのも、
 大きい小さいじゃあなくて・・・
 『宇宙意志』が変えたくないか、
 どうでもいいか、それが問題だったのかもね)

 だが、この解釈に確信があるわけでもなかった。いや、むしろ、これは嫌な考え方だった。
 彼らは、ルシオラの命を救ったのだ。
 誰かの生死が、どうでもいい部分だったというのは、悲しすぎる。
 だから、美神は、自分が思いついたことを自分で否定したかった。
 しかし・・・、美神は知らないのだ。
 まるでバランスをとられたかのように消えてしまった、別の魔物がいたことを。
 ルシオラほどではないが、やはり横島に好意的だった魔物が、この世界では死んでしまったということを。
 それも、大気圏突入のタイミングと位置関係のために、誰にも知られることもなく、ひっそりと死んでいったということを。

(でも・・・もう、いいわ。
 これ以上難しく考える必要もないでしょうね。
 『宇宙意志』とか『復元力』とか、
 そんなこと考えなきゃいけないような事件も
 二度と起こらないでしょうから・・・)


___________


 人の心を理解した新魔神は、魔界の奥に隠棲する。
 アシュタロスという特殊な悪魔、様々な事件の黒幕だった悪魔も滅んだのだ。これで、大きな災厄も、もう起こらないだろう。
 神魔のパワーバランスも保たれた。バランス補正のための大事件なんて心配する必要もない。

 こうして、ルシオラの悲劇は無くなり、アシュタロスとの戦い以降も、三人は元の三人としてやっていけるようになった。
 これは、『宇宙意思』が望んだ形そのものでは無いかもしれない。
 しかし、『宇宙意思』が復元したかった部分は、キチンと『復元』されている。
 そして、これこそが、美神やおキヌが望んだ世界。三人の本来の世界なのだ。


___________


「・・・通常業務復活ッ!!
 日常ってステキ・・・!!」

 多くの回想を一瞬のうちに終わらせ、美神は、言葉を締めくくった。
 今も美神の表情には笑顔が浮かんでいる。しかし、これは、口を開いた瞬間とは違う。あの時は作りものだったが、もはや、心からの満面の笑みとなっていた。

「もー気になる伏線もなくなって、
 これからは借金を全部返したよーな
 さわやかな気持ちで働けるのねっ!!」
「・・・ギリギリの発言ですね」
 
 美神の言葉を聞いて、横島が、おキヌとともに苦笑していた。


___________


 美神令子は、美神令子である。
 横島を認めつつ、彼に対して好意を持ちつつも、それを露骨な態度には出さないのだろう。

 おキヌは、おキヌである。
 横島に対して淡い恋心を抱き、彼に尽くしながらも、その乙女心でアタックすることはないのだろう。

 そして、みんなに優しい横島。
 周囲の女性から魅力的だと思われているのに、自分を過小評価する性格が災いして、それに気づかないのだろう。

 これが、彼らのあるべき姿、彼らを取り巻くこの世界のあるべき姿なのだ。

 現世利益最優先。
 そんな美神を中心に、今日も、三人の日常が繰り広げられる・・・。


(『復元されてゆく世界』 完)

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