向かい合う

「ユウ兄ちゃん、遊ぼうよ」
「だから、今日は無理だって。悪いけど、アキ、ひとりで遊んでな?」
「・・・つまんなーい」
「ごめんな」

リオさんの家は、村の中心からは少し外れているけれど。
ときに、こうして遊びに来る子供もいる。
というか、あるとき村に配達に行った俺に寄ってきた子供らを少し構ってやったら
(なんせ俺はこの村ではいちばんの新参、つまりは余所者で、子供らが興味津々になるのはわかる)
どうも気に入られてしまったらしい。

俺も、そしてリオさんも、時間が許せば付き合うけれど、今日のおれには余裕がなくて。
今日中に仕上げてしまいたい細工があったから、顔も上げずに窓の外からの遊びの誘いを断っていた。
・・・・・そしたら。

「アキ、ごめんなさいね。今日はユウもやるべきことがいろいろありますから」
ちょうど降りてきたリオさんの、子供にも丁寧な声が後ろから投げられて。
そのままリオさんは窓際に寄って、アキにちいさく頭を下げた。

「う〜〜。じゃあ、また今度絶対だよ!ユウ兄ちゃん、リオ兄ちゃん」
「時間が取れるときでしたらね。また来てくださいな」
「じゃあね、ユウ兄ちゃん」
「あ、ああ、ごめんな、アキ。またな」

リオさんが窓際でアキと話しているのに、俺が座ったままってわけにはいかなかったとか。
さっきまで何度もしつこく誘ってきたアキが、すんなり引き下がったのに驚いたとか。
そしてそれより何より、俺のほうをちらっと見たリオさんの視線にどきっとして。
いろんなことに慌てながら、俺はアキが帰るのを窓際で見送った。


「え、ええと、リオさん?」

リオさんがアキの後ろ姿への視線を外してから、俺はリオさんに問いかけた。
まだ何も言われてないけど、なんかまずい。
リオさんは何かに、俺の何かに結構腹を立てていて、そして俺にはそれはわかっても
それが何なのかわからないのだった。

「ユウ、」

リオさんは俺に呼びかけて、そして言葉を切る。
軽く目を閉じて、静かにだけど息を深く吸って吐いたのがわかった。
「いらっしゃい」
「はっ、はい」
わっかんない!何だろう?
リオさんは、いつものように穏やかだったけど、それは努力して、だ。
それはきっとありがたいことなんだけど、俺にとってはそれどころじゃなかった。

リオさんの部屋で、リオさんと向かい合う。
俺のことも椅子に掛けさせたのは、たぶん、リオさん自身が落ち着くためだ。
じっと、俺を見つめるリオさんの目。
俺は、その視線から逃げ出したいのをどうにか我慢する。
下を向いちゃだめだ。もちろん、外も。・・・アキ、ちゃんと帰ったかな・・・じゃなくて!
俺の目の前にいるのはリオさんで、リオさんは俺のことを考えていて、俺が考えるべきもリオさんのこと。
リオさんは、俺の目の中に何を見てるんだろう。
それがわからないことは、ぞくっとするくらい寂しかった。

「ユウ、いま私のことを、見ていますね」
「は、はい」

リオさんのことを、見る?確かにいま、そうしているけど。
・・・それと、さっきのことって関係ある?え、ええと?

「私はあんなふうに人と対することを、あなたに教えたつもりはありませんよ」

さっき。あんなふうに。
俺、アキのこと、見てたっけか。
見てたか見てなかったかも、思い出せない。
・・・・・。

見てなかった、んだよな。思い出せないって、そういうことだろ。
でも、だけど。
それだけ?リオさんがいま怒っている理由って、それだけ?

何度か声をかけられたから、最初はアキの顔、見たような気もするけれど。
細工を先に仕上げてしまいたかったんだけれど。
リオさんだって、アキのこと、断ったのに。
そもそも、リオさんに人付き合いの方法を教えてもらったことなんて、ないのに。

リオさんは、じっと俺を見ている。
俺がいま思ったことは、どれも、俺の目の色に映っているだろう。
それだけ?・・・それだけ。これくらいのこと。どうして。
納得いかない、たぶんいま俺の目はそう言ってる。
そう思いたいわけじゃないけど、でも。

自分の不満を、正しいと思うわけじゃなかった。
だけど、「でも」って思ってしまっているのも確かだ。
リオさんが、それに怒っているってわかってさえも、でも。

どうして。どうしたら。
リオさんのことを見る。アキのことを見る。
それはたぶん、確かに大事なことだけど。
こんなことだけでそんなに怒るの?と思う気持ちを俺は否定しきれない。
でも。

リオさんは、やっぱり変わらずにじっと俺を見ていた。
確かに、リオさんはいつも俺をちゃんと見てくれる。
それはわかるけど・・・ああ、まただ。
どうしたらこの気持ちを片付けることができるんだろう。
そう思ったとき、リオさんの目の色が少し揺れた。

え?

あらためて俺はリオさんを見る。
なんだろう、リオさんは確かに怒っていて、だけど。
最初のときとちょっと違う。

「・・・ごめん、なさい・・・」

思わず言葉が零れたのは、リオさんは怒っているよりずっと、悲しんでいたから。
だからこれは、アキのことのごめんなさいじゃなくて。
俺のこの気持ち、リオさんの言いたいことがわかっても「でも」と思っちゃうその気持ち、
いや、その気持ち自体でもなくて、その気持ちを捨てられなくてリオさんと同じように思えない、
そういう、俺とリオさんの間の溝のことだ。
だって、そのせいでリオさんに悲しい思いをさせている。

「いいえ」

リオさんはちいさく首を振った。
その答えと表情に、俺は自分の気持ちをリオさんが受け取ってくれていることを知る。
思いの間に溝があることは、謝ってどうにかするようなことじゃないのは思わず言った俺にもわかっている。

だけどリオさんは悲しんでいるから。
俺は・・・俺たちは、それをどうにかしたい、と思う。
うん、俺も、リオさんも、だ。
リオさんは、俺に何かを言いたいからってだけで俺を見ているわけじゃない。

たぶん、最初はリオさんは、伝えるために俺を見た。
けど、俺が思ったいろんなことを、リオさんはちゃんと受け取ってくれて。
だから余計に怒ってるってのはきっとある。なんせ、俺はリオさんが望むようには思えてない。
だけど、それだけじゃなくて。リオさんはそれ以上に悲しんだ。

溝がある。
それがあることが悲しくて。
それを埋める手を見つけられないのも。
見つけられない俺の内心を俺が持て余しているのも、リオさん自身にもう出せる手がないことも悲しくて。

リオさんには強い、はっきりとした思いがあって。
同じように思えるかどうかはひたすら俺の内側のことで。
リオさんは手を引きたいと思ってくれてる、でも、これはそんなことできない類のことだ。
リオさんは俺の気持ちを受け取ってくれて。
気持ちをわかってくれてそして待ってる。

・・・確かに、リオさんはいつも俺をちゃんと見てくれる。
見るって、伝えるだけじゃない。受け取る、感じとるってことだ。
納得のいかない俺の思いをわかってくれて。納得いかないってことだけじゃないことも。
「どうしたらこの気持ちを片付けることができるんだろう」
どうにかしたいって思ったことも、リオさんはその瞬間受け取ってくれたんだ。

・・・見るって、そんなに大変なことなのか。
でも確かに、リオさんはそうやって俺を見ている。
いまも、いつも。
だからリオさんは、何かをしながらでは俺を見ない。

「リオさん、」
そっと呼ぶと、リオさんはいつもの穏やかな声で「どうぞ、」と返した。
息を吸って、吐く。
言えるかな。言えるよな?俺自身が気付いたことが、さっきとは違うんだから。

「ごめんなさい」

ふわっと一瞬、リオさんは微笑んだ。

「いらっしゃい」
「はい」

差し伸べたリオさんの手を取って、膝の上に横になると。
リオさんは俺の頭を撫でて言った。

「ユウ、あなたは私の自慢の弟子ですよ」
・・・このタイミングで、そういうこと言う?

「あなたは、見ればちゃんとわかるんです。それはかけがえのない力ですよ」

・・・・・。こんなタイミングでも、褒められれば嬉しい。
言葉にされただけじゃない、いろんな気持ちが入っていることもわかるから。
わかってくれてありがとう、とリオさんが思ってくれたこと。
ちゃんと俺がリオさんの気持ちを受け取れている、リオさんはそうも言ってくれているのだ。

ぎゅっと目を閉じて、ぐっと拳を握る。
ぱちぃん!
痛い。何がわかってたって、痛いけど。
ぱちぃん!ぱちぃん!
こんなことで、って思う自分が完全になくなったわけじゃないけど。
ぱちぃん!
リオさんは、これをすごく大事なことだと考えてる。それはわかる。
ぱちぃん!
人と向き合うこと、相手のことをわかろうとすること。
ぱちぃん!
リオさんのようにそうできたらいい、そうなりたいって、いまの俺は思えているから。
ぱちぃん!

リオさんは、終わるまでの間、何も言わなかった。
だからか、さっきの言葉が頭の中でそのたびに響く。
ぱちぃん!
「あなたは、見ればちゃんとわかるんです」

わかるはずだから、ちゃんと向き合いなさいと叱られてる。
ぱちぃん!
何かのついでに見るんじゃなくて、相手のためだけに相手を見る。
ぱちぃん!
わかろうとして向き合う。そしたら、他のことをやりながらってわけにはいかない。
ぱしぃん!

「見る」っていうのは別にほんとうに見るってことだけじゃないけど。
現にいま俺リオさんの顔見えないし。
ぱちぃん!
でも、リオさんが叱らなきゃって思ってることも、
でも内心叱りたくないっていうか痛い思いさせたくないって思ってることも、
そういうこともわかるんだ。

「お終いですよ」

リオさんがそう言って手を止めてくれたとき、俺だけじゃなくてリオさんもほっとした。
「ごめんなさい」
だから、つい言わずにいられない。
あ、でも。起き上がってリオさんの顔を見てから、もう一度。

「・・・・・」
そう思ったのに、ほんとにリオさんの顔を見たら、言葉はどこかに飛んで行った。
大丈夫ですよ、って、すごく温かい顔でリオさんが笑っていたから。

言わなかったごめんなさいの代わりに胸に生まれたがんばりますも、
きっとリオさんに伝わった。
その気持ち、失くさないようにじっと俺は温めた。
2014.05.11 up
これは日記というか、目標、で。
当サイトの誰かにお願いするとしたら、彼らしかなかったという話。
職場で、結構なにかをしながら人の話を聞いてしまうんですよね。
よくないと思ってはいるんだけど・・・。

ユウくんとリオさんは、似ている、というかだんだん似てきたのかなと思います。
個人的な話で恐縮ですが、お楽しみいただければ幸いです。

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