「も・・・限界・・・・ごめんなさい・・・・」
キャロルがかろうじて声を振り絞り、ばったりと長椅子の上に倒れる。
誰かが叫び声を上げ、女官長が飛んできて気絶した少女に水を含ませる。
「せっかくの宴が台無しじゃ。白ける事この上ないの。これしきの酒で酔うとは・・・・」
女王アイシスが杯を片手に冷ややかな声で呟き、これ見よがしに杯を空ける。
「仕方あるまい・・・ここまで弱いとは思わなかった。」
メンフィスが苦々しげに言って手を伸ばす。
「キャロル。部屋へ運んでやろう。」
「放っておきなさい。たかが侍女風情、どうということも無いでしょう。それより・・・・」
しなだれかかった褐色の肩がこっちへ向かってよろめいてきた。顎をぶつけそうになる。
「な・・・・・」
ファラオと女王が目を瞠る。キャロルが起き上がっていた。
「・・・・・・・・・・」
物も言わずに立ち上がり、すたすた歩き出す。確かに酔って全身を火照らせ、紅に染めているのに足取りは信じられないほど確かだ。
「おいキャロル、何処へ行く?」
「ねむいの。部屋へ帰る。」
「連れて行ってやろう。足元が危ない。」
問答無用で差し出した腕を叩かれた。
「無礼な!キャロル、どういうつもりじゃ。メンフィスを打つとは!」
その声にキャロルが瞳を上げた。アイシスが一歩後ずさる。見ているのに見ていない瞳。
常軌を逸した輝いた瞳。
ぱし―――んっ!!と空気が震えてその場全てが凍った。
アイシスの頬が赤くなっている。
「な・・・な・・・」
「私が何したって言うの?嫌がる私を此処へ連れてきて放り出して、そのくせメンフィスが私に構ったら焼餅焼いて。
 馬鹿みたい。」
再び空気が震えた。今度はアイシスがキャロルを打ったのだ。
「黙れ!お前のような小娘に何が分かる!」
三度震える。
「分からないわよ。分かりたくもない。貴女がしっかりメンフィスを捕まえておけば、こういうことにはならなかったでしょ?」
「こ・・・・・の・・・・・!」
飛び掛る女王と迎え撃つ少女。周りが凍っている中で、お互いに打ち合い、掴み合い、罵り合う。
だが衆目の中では圧倒的にアイシスが不利だった。キャロルに比べて装飾品が多く、女王の品位も邪魔をする。
何より愛するメンフィスの目がある。はしたない様は見せたくない。
それが隙を生んだ。打ち下ろした扇は交差した少女の腕輪に弾かれる。
キャロルの白い足が閃き、かわし切れずによろめいた鳩尾に一撃喰らって床に沈んだ。





「大丈夫か?姉上?」
「なんという・・・・大丈夫じゃ・・・・・山猫のような娘じゃの。あんな娘に構うのは・・・」
「まだそんなことを、誰か姉上を自室へ送って参れ・・・・あ、キャロル、待たぬか!」
軽く息を整えたキャロルが再びすたすた歩き出す。周りの者が怖がって道を開け、キャロルは何の障害もなく部屋へ入って
メンフィスの鼻先でぴしゃりと扉を閉めた。
「開けぬか。介抱してやろうというのに。」
「入ってもいいけど命の保障はしないわよ。」
「気分が悪くなっても知らぬぞ。」
「余計なお世話よ。おやすみなさい。」
それから様子を伺っていると、暫くの間何か重いものを引き摺る音がして室内が静まり返った。
一旦引き返して姉の様子を聞く。ショックで興奮しているが、特に身体的に何も異常無いということだった。
・・・あれだけ見事に動けるのだ。記憶がなくなるというのは信じがたい。
・・・・・試してみようか。
再度キャロルの部屋の前に立つ。室内の気配は静かで落ち着いている。先刻の音はなんだろう?
キャロルの腕で引き摺れるもの・・・・・
取っ手に手をかけ押してみる。鍵は掛かっておらずに難なく開いた。室内は月明かりだけだ。
一歩踏み込み、閉める。頭上から壷が降ってきた。
咄嗟に前方に身体を投げ出してかわす。音を立てて壷が割れ、水溜りが出来た。
一転二転して、起き上がろうとした眼前に睡蓮を活けた壷が在った。正面から激突する。
王冠が無かったら額を割られて居ただろう。
怒りのあまり、立ち上がった足が、一歩踏み出して引っかかる。
寝台の前に、紗を引き裂いて結んだ綱が張ってあった。
石床にべったり這い蹲ったファラオの両拳が震える。
・・・・・許せぬ・・・・・この私を・・・・よくも・・・・・
頭上から声が降ってくる。
「命の保障はしないっていったでしょ。寝てる邪魔しないで。」
「このわたしを・・・よくも嬲ったな・・・思い知らせてくれる・・・」
「勝手にすれば?」
用心深く、手探り足探りで寝台に近付く。驚いたことにキャロルは寝台に仰臥しており、どうやら目を瞑っているようだ。
・・・・・?最早逃れられぬと観念したのか?
「キャロル。気分はどうだ?」
「最低よ。」
ひくりとこめかみが引きつる。もう加減せぬぞ。その無礼な口が二度と叩けぬようにしてやる。





枕元に剣を置き、肩衣と胸飾りを外す。寝台を軋ませながらゆっくりと登り、少女の身体に覆いかぶさる。
キャロルは身動きしなかった。
指で頬に触れ、優しく口付ける。キャロルは何の反応も返さない。
「酒臭い。」
「お互い様よ。気持ちよく寝てたのに。介抱するってこういうこと?」
「そうだ。」
「信じられないわね、この女たらし。でも私はお断りよ。」
「この体勢でどうやって逃げるつもりだ?もう逃れられぬぞ・・・」
顎を殴られた。ゴキッと音がしてメンフィスの首が仰け反る。
呻き声を上げて顔を離すと、遠慮なく左右の頬を張られた。
浮き上がった腹に膝を入れられ、さらに身を離したたところに一発。
ある意味で、どんなにしても鍛えようの無い処に止めを喰らった。
キャロルの白い足がメンフィスの股間に入っている。
「・・・・・・・・・・」
撫で擦り、愛でるに相応しい白い足をファラオはうっとり見つめる。
そしてゆっくり褥に沈んだ。





翌朝、なかなか起きてこない二人に下世話な想像を逞しくした者達が見たのは、
きっちりと衣類を身につけ、サンダルまで履いたまま熟睡している少女と、
床に落ちて後頭部に瘤を作り、身体のあちこち痣だらけで気絶している太陽神の息子の姿だった。
それから暫くの間、ナイルの娘はある意味尊敬の眼で見られたが本人は言った通り何も覚えておらず、
王姉はキャロルに直接手を出さなくなった。
ちなみにファラオは暫くの間、王宮中の者が笑いを堪えるのに必死な有様だった。






                                   実際にはこんなことでやられちゃう王様じゃないですが・・・・・
                                    あえてブービートラップに引っかかって頂きました(U^ェ^;U)





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