砂漠のふたり

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11


 あまりの眩しさに、遠野は目を覚ました。開きかけた目を再び閉じ寝返りを打とうとしたが、身体がだるくて動けない。脚が、今まで体験したことのないような筋肉痛を訴えてくる。
「起きたのか」
 呻き声が聞こえたのだろう、顔の上が影になる。力なく瞼を押し上げると、マキセさんの顔が少し遠いところにあった。
「……今って何時」
「五時半だ」
 シャワーを浴びたのか、マキセさんの髪は濡れている。髪の毛の先からしずくがひとつ、遠野の頬に落ちた。冷たい。
「悪い」
 首にかけたタオルで、マキセさんが雫を拭う。自分の家とは違うシャンプーの香りが鼻を掠め、不思議な感じがした。けれど心地は悪くない。遠野はふ、と口元を緩める。
「身体は」
「え?」
「平気か」
 そう言えば、気だるい原因はこのひとなのだった。遠野は一瞬にして熱くなった顔をシーツに埋めたい気持ちに駆られたが、動けない。仕方なく顔を僅かに背け、「大丈夫じゃない」と呟く。
 マキセさんは何も言わずに、遠野の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。乱暴なくらいの仕草なのに、心地がいい。ずっとそうしていて欲しいと思った。
 されるがままに頭を撫でられていると、頬に柔らかい感触があった。――キスだろうか。と思ったが、確認するよりもまどろみが遠野を包むほうが早かった。
「遠野?」
 マキセさんの声がする。応えようとする前に、すとん、と遠野は眠りに落ちた。
 温かくて、重厚な安心感を覚えた。



 次に目を覚ましたとき、マキセさんは部屋にいなかった。
 時計は十二時近くを示している。仕事か。と遠野は息を吐いた。それなら、仕方がない。
 窓にはカーテンが引かれている。隙間から覗く日の光を見つめながら、授業をサボってしまった、と少しだけ罪悪感に駆られた。まあどのみち、この状態では一日休むほうが良いのだろう。寝返りを打つのも、しんどいくらいなのだし。
 頬をシーツに擦り付ける。煙草のにおいが、少しだけする。あまりきつくないので、ここでは吸わないのだろう。ベッドに在るのは、マキセさんに染み込んだ煙草の残り香に過ぎない。――そう考えて、急に遠野はここにはいないマキセさんを意識してしまい、恥ずかしいやら居た堪れないやらで足をばたつかせた。乾いたシーツがぐしゃぐしゃになる。そしてはっとした。いつの間にか、シーツは変えられていたらしい。きちんと身体も拭われていたようで、体に不快感もあまりに残っていない。
 恥ずかしさに、頭がどかんと爆発してしまいそうだった。遠野は寝室にいるのも耐え難く、転がるようにベッドを降りると丁寧にも畳んで置いてあった服を引っつかんでダイニングへ逃げ込んだ。
 服を着込み、くらくらする頭を抱えてソファに腰を下ろす。すると、そこに載せられていたメモと鍵に気がついた。
『六時前に帰る』
 素っ気無い一言。けれど、つまりはそれまでここにいて欲しい。ということだろうか。遠野は知らず頬を緩めてしまう。マキセさんがこのメモを書いていたところが見たかった、と思った。
 鍵の横には『使っていい』とやはり一言だけ。
 遠野は鍵を手の上に載せると、「へへ」と笑み零し、ソファにころりと転がった。


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09.08.30


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