sweet eleven

back next contents


11


 結局樋村を捕まえられたのは、週明けの放課後だった。放課後さっさと姿を消してしまう樋村が、偶々日直で帰るに帰れなかったのだろう、名取の姿を見た途端、情けなく顔を崩した。
「まさか晴太に追っかけられる日が来るとは思わなかったよ」
 ぐしゃりと髪をかきあげる樋村に、最初何を言ったらいいのか、名取は考え付かずにただ睨んだ。
 詰りたいのか、問いかけたいのか。――何て?
「晴太?」
 あんまりぼんやりして見えたのだろう、樋村は怪訝そうに名取の顔を覗き込む。名取ははっとして、一歩引き、樋村を見据えた。樋村は呆気に取られた様子で、微かに笑みを漏らす。
「特に用がないなら、俺はもう行くよ」
「ちょっと、待て」
 用ならあると言いたかったが、はっきりできずに名取は立ち尽くした。言いたいことなら山ほどあるはずなのに、どれもきちんとした形にはならない。
 樋村は穏やかな顔で笑っている。それが名取には酷く遠く感じた。踏み込むなと、言っているよう。
「帰るのか」
「……ん。そうだね」
「一緒に帰る」
 名取の言葉に、樋村は一瞬目を見開き、笑った。「駄目」と囁くように応える。
「加代子ちゃんと約束してるから」
「……彼女か」
「そう」
 そう、なんて、どの口が言うのだろう。名取は漸く、自分の中の怒りが形になっていくのを感じる。
「お前、この間自分が何言ったのか、覚えてるのか」
 ちら、と樋村は教室と廊下に目を走らせた。もう授業が終わって大分時間が経っている。人の気配はない。
 樋村はドアをぴしゃりと閉め、観念した、というように「覚えてるよ」と応える。
「彼女が、いるのに何であんなこと言ったんだよ」
「……それは」
 名取は、樋村がまた『ごめん』と言うのではないかと思った。言ったら殴ってやろうと本気で考えた。
 けれど樋村は小さく笑って顔を伏せ、名取の思いもよらないことを口にした。
「忘れていいよ、晴太」
「なん……どうして」
「いや、違うな。忘れて欲しい」
「どうしてだよ?」
 顔を見ない樋村に、名取は地団太を踏む。樋村は視線を横に流し、息を吐き出す。深く。「言うつもりはなかった」
「本当は、あんなこと言うつもりなんてなかったんだ」
 後悔の響きが、名取の胸を刺し足を竦ませる。どういう意味だと問いたくても、何か――怯えのようなものが名取を躊躇わせた。
 あんなこと。
「晴太が、悩む必要はないよ」
「……冗談で言ったのか? からかってた?」
「違う。けど、そう思ってもらっても、いい」
「どっちだよ!」
 理性を感情が上回る。考えるより先に、名取は怒鳴ってしまっていた。
 嘘だった。からかっていた。だから――だから、なかったことにしてくれ。と。そう、言われたなら。それを考えるだけで、名取の胸は酷く痛んだ。どうしてなんて分からない。考えていない。
 けれど痛みで、顔が歪む。
「はっきりしてくれよ! 何なんだよ! 一緒にいたくないって言ったり好きだって言ったり……」
 何なんだよ。気づけば、名取は樋村の襟首をつかんでいた。樋村は困った様子で名取を見下ろしている。
 ああ漸く目が合ったと、名取は心のどこかで安堵する。
 樋村はゆっくりと手を外させ、名取の頭を撫でた。優しい動きに名取は感情が少し和らぐのを感じる。落ち着こう、と深呼吸もした。
「ほんとだよ」
「――え?」
「全部、ほんとう」
 ほんとう、の意味を理解できず、ぽかんと名取は口を開けた。樋村はふっと切なそうに目を細めた。
「……俺は晴太のことが好きなんだ」


back next contents

2008.08.24


Copyright(c) 2008 NEIKO.N all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル