sweet eleven

back next contents



 今日は散々な目にあった。
 名取は電車の扉に寄りかかり、疲労感に深く息を吐いた。
 あの後も、倉田や山代は『どきどき』だの斉藤先輩だの樋村だの、色々なことを追求してきた。名取はもう応じる気にもならず、ほとんど溜息で返したのだが、実際のところ応えられない、という理由もあることに気づいた。
 『どきどきする』ことも、斉藤先輩も、樋村も、名取の中では繋がってひとつのことになってしまっている。ただそれは整理しきれずに混乱しており、自分でも上手く把握できていない。
 いや、考えたくない、というのが正しいのかもしれない。
 また振り回されている――そんなふうに、思ってしまうからだ。
 名取は眉間を指で軽く押し、首を振った。ただでさえ疲れているのだし、今日は余計なことを考えず、帰ったらさっさと休んでしまおうと思った。
 土曜の夜のためか、電車のなかは時間の割りにいつもより空いている。座ろうと思えば座れるが、そんな気にもなれず、名取は外をぼんやりと眺めた。
 そう言えば結局山代の話ははぐらかされたままだったな。そんなことを考えたとき、電車が駅のホームに滑り込み扉を開けた。まだ降りる駅でもないのだが、名取はびくりと体を揺らした。ふたつ先の扉から、樋村が電車に乗り込むのが見えたからだ。あの茶髪は、名取には見違えようがなかった。
 扉がゆっくりと閉まり、電車が発進する。名取はまた扉に硬くなった身体を凭れさせた。
 樋村はひとりではなかった。
 あれは例の斉藤先輩だろう。もう少し近ければもっとはっきりするのだが、その必要性があるわけでもない。名取は見たいわけでもないのに、ちらちらとそちらを窺ってしまう。
 樋村は斉藤先輩と向かい合うような位置をとって、こちらに背を向けている。それでも、ふたりの親しげな様子や楽しそうな様子は良く分かった。距離があるのに、笑い声さえ届きそうに思える。
『別に、お互い好きあって付き合ってるわけじゃないから』
 そんなことを言っていたくせに。
 名取は自分でも訳の分からないまま、怒りを覚える。
 遠目でも、分かる。樋村と斉藤先輩の様子は、仲の良い恋人同士のそれだ。先日電車で一緒になったときの、名取との距離よりも、今の斉藤先輩のほうが樋村との距離はずっと近い。
 そんなことを考えてしまい、名取は首を振った。なにを馬鹿なことを考えているのだろう。
 斉藤先輩が、樋村に近いのは当たり前じゃないか。ふたりは、付き合っているのだから――。
 樋村が誰それと付き合っている、新しい彼女が出来た、そんな噂はよく耳にしていたし、校内で彼女と歩いているのを見たこともあった。それでも、外で、こんなふうに間近で、その様子を見たのは初めてだった。
 見たくなかった。
 混乱する頭のなかで、それだけがはっきりしている。
 何故、なんて考えるのも嫌だ。もう今日は何も考えたくないと、思ったばかりだ。
 今日は厄日だろうか。目的の駅はまだ先だったけれど、名取は次の駅に着くなり電車を降りてしまった。具合が悪いわけではないが、足元がふらつく。ホームにあるベンチを探して、どかりと腰を下ろした。
 小さな駅だ。名取の他に降りる人間はあまりいないようだった。電車が行ってしまうと、途端にあたりは静まり返った。
 膝の上に肘を着いて、頭を抱える。深々と吐いた息が熱くて嫌気がさした。
 ふっと自分の足元に影が落ちる。名取は目を瞬かせ、ゆっくりと顔を上げた。上げた後に、条件反射のように顔を顰めた。今、一番見たくない顔だ。
「何してんの、お前」
 何で、電車を降りたのか。何故ここにいるのか。そんな問いかけではなく、罵りのように響いたのは苛立ちのせいだけではないのだろう。
 樋村は少し瞳を揺らし、何も言わずに名取の横に腰を下ろした。いつものような笑みはなかった。
 次の電車まで、何分あるのだろうか。名取はホームの明かりが届かない、暗闇をじっと睨みつけた。


back next contents

2008.08.24


Copyright(c) 2008 NEIKO.N all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル