sweet eleven

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 窓際の席は、とても日当たりがいい。肌寒くなってきたこの頃では、この席でうとうとと授業中まどろむことも、名取には珍しくない。
 自習になってしまったこの時間なら、尚更だ。しかし、名取は日差しにぼうっとしながらも、眠りはせず頬杖をつき窓の外を見下ろしていた。校庭からは、体育の授業だろう、生徒の騒ぎ声に笛の音が響いてくる。
 だらりと窓のほうへ身体を寄せる。自習授業でもなければ一喝されるななどとぼんやりと思う。
 これくらいなら。
 名取は校庭を見やる。濃茶の髪が、探すまでもなく視界に飛び込んでくる。
 これくらい離れていれば、見ていてもなんでもないのに。
 長身の樋村は、頭ひとつ分ほど他の生徒より飛び抜けており、大変分かりやすい。茶色くて柔らかそうな髪が、樋村が跳ねるたびに揺れている。触ったら気持ちが良いだろう。取り留めもなくそう思う。
 顔を見られなくなったのはいつからだろう――名取はふと、あの髪を見下ろしながら考えた。
 昔は睨んでいた気がする。突然の絶縁に、食い下がった後残った怒りで、すれ違うとき名取はよく睨みつけていた。樋村は大抵、無表情でやりすごしていたようだった。名取には、彼の内心など知る術もないが。
 ああ、そうだ。名取は思い出して、顎を手から軽く上げた。入学式だ、と。
 入学式も、樋村は樋村らしく新入生とは思えないだらりとした姿だった。
 ちょっと長めの茶髪に、桜の花びらをくっつけていた。目を見開いたまま驚きに言葉を失った名取に向かって、にっこりと樋村は笑った。
『これからよろしくね』
 なんて身勝手な。名取は思ったけれど、口にはしなかった。出来なかった。樋村の指が、名取の前髪に触れたからだ。
『花びら』
 すぐに離れた指は、薄いピンク色の花びらを手にしていた。
 固まった身体が解れず、名取はただ立ち尽くした。ふざけるな、とも、ありがとう、とも言えない。樋村は微笑んでいる。 何を、考えているんだ――そう問おうとしたはずなのに、形作られた言葉は別のものだった。
『お前も、ついてる』
『え?』
『さくら』
 花びら。単語しか喋れないみたいに、名取は続けた。樋村は自身の頭に手をやろうとして、止めた。
『取ってくれる?』
 樋村が身をかがめる。何で俺が、とも思わず自然に名取は手を伸ばした。つるりとした髪に触れると、たまらなく、じん、とした気持ちが込み上げた。
 花びらは名取の指先に触れ、すぐに宙に舞った。
 樋村の顔が、近くにある。名取の頭は真っ白だった。何故だか分からない。樋村が、樋村の笑みが、名取から言葉も思考回路も、全てを奪ってしまったようだった。
『これから、よろしくね。晴太』
 樋村がもう一度言った。
 呼ばれた名前に、反発と――やっぱりどこか痺れるような、じんとした気持ちを名取は抱えた。
 あのとき、きちんと罵らなかったのがいけない。と名取は思っている。
 ずるずると何も言わずに、中途半端な友情めいたものを育んだってどうにもならない。
 名取は今でも問いかけたいのだ。――何故、あのとき、と。
 けれどその問いかけを、樋村は避けている。名取にも何となくだが、それは分かってきていた。
 名取は頬杖をつき直し、自分の不甲斐なさに嘆息する。多分、自分は恐れている――また樋村から避けられたら、と思ってしまう。だから問いかけてしまうことが出来ない。
 しかし、許せずにいるのも事実なのだ。理由を教えてもらいたかった。自分のなかにあるわだかまりを全部解消してしまえたら、そうしたら――。
 不意に樋村が顔を上げる。まともに視線がかち合って、名取は狼狽した。
 樋村は満面に笑みを浮かべて、手を振っている。それを見た途端、名取はなんだか腹が立ち、目を逸らした。
 逸らしておいて、視線を戻したくて堪らない――自分が馬鹿みたいだ。名取は机に突っ伏した。


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2008.08.24


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