sweet eleven

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 遅い。
 夕暮れの校庭を見下ろしながら、苛々と名取は鞄に顔を埋めた。
 放課後に返しに来る、そう言っていたので待っていると言うのに、樋村は一向に現れなかった。もう教室には人もおらず、もしかして帰ってしまったのだろうか。と名取は少々不安になる。
 夕暮れ。オレンジ色のひかりが名取は苦手だった。昔を思い出す――小学生の頃、まだ、樋村と親しかった頃だ。
 そう、名取は、小学生の頃はまだ、樋村と親しかった。一年生でクラスが一緒になり、いつしか一緒にいるのが当たり前の存在になっていた。放課後はいつも一緒に遊んだし、休日もほとんど一緒に過ごした。怒られるときはふたりセットで、隣に樋村がいれば、名取は誰に怒られても何ともなかった。
 親友、だと名取は思っていた。
 それが勝手な思い込みだったのかも知れないと知ったのは、五年の三学期だっただろうか。
 やっぱり綺麗なオレンジ色のひかりに染まった教室で、樋村は名取に向かって言った。
『ごめん』
『ごめん、晴太。俺――』
「ごめん晴太!」
 がらっと大きな音を立てて、教室の扉が開く。びくり、と思わず名取は背筋を伸ばした。
「あ、」
「ごめん! 遅くなって」
 慌てた様子で近寄ってくる樋村から、ぼんやりと名取は辞書を受け取る。思い出していた頃より、随分成長したものだ。目の前の樋村を見ながら名取は思った。
 あの頃は、自分の方が二、三センチばかり背が高かった。身体測定のたびに悔しがる樋村を見て、得意になったものだ。
 今は、樋村のほうが背が高くなってしまった。自分の成長が打ち止めだとは思わないが、視線の高さが随分違う。今更ながらに気づいて、晴太は愕然とする。
「どうかした? 晴太」
「いや、今お前、何センチ? 身長」
 身長? 樋村はずり落ちたリュックを背負い直す。「百八十、三、だったかなこの間測ったときは」
「八十三、か」
 名取の身長は百七十五センチに満たない。しかし悔しがる気持ちにもならず、「でかくなったな」と嘆息した。
「家系だよ」
「ああ、そういえば」
 樋村の家に何度も遊びに行ったが、家族は皆背が高くて驚いたことを思い出した。相槌を打ちながら、名取は鞄を手に取る。
「晴太帰るの?」
「帰るよ。もう用ないし」
 何を当たり前のことを、と思ったら「じゃあ一緒に帰ろう」と樋村はにこりと笑う。オレンジ色のひかりに透けた髪に、名取はついつい見とれてしまう。
「彼女は?」
「部活じゃないかな」
 曖昧な様子を怪訝に思い、名取は眉根を寄せる。
「一緒に帰ったり、しないのか?」
 彼女なんだろ、と続けると、樋村は「ああ」と彼らしくもなく暗い調子で頷く。
「別に、お互い好きあって付き合ってるわけじゃないから」
「はあ?」
 また不可解なことを言い出す、と名取は眉間にシワを寄せる。その顔を見て、樋村はくすりと笑み零した。
「俺と彼女はおんなじなんだよね」
「……いつものことだけど、俺はお前の言っていることが理解できない」
「だろうね」
 分かっている、とばかりに樋村は頷く。その態度が、名取には癪に障る。
「だろうね、じゃないだろ。もっと分かりやすく言えって言ってるんだよ」
「――分かって欲しくないから」
 静かな廊下に、その声はいやに重く響いた。
 ぞわ、と背筋がむず痒くなって、名取は恐る恐る樋村を見やる。樋村は名取の顔を覗き込んで、いつもの調子でまた笑顔を見せた。「って、言ったら?」
 冗談だったのか。脱力すると同時に、怒りを覚えて名取はもう知らないとばかりに「馬鹿か」と言い捨てる。
「わ、だからそうそう怒らないでって」
「怒らせてるのは誰だ」
「俺だね。ごめんごめん」
 早歩きになりかけた名取の手を引っ張り、樋村は軽い謝罪を繰り返す。それにまた腹が立つ。
「お前の謝罪には誠意がない。放せよ」
 無理に繋がれた手を名取は振り解こうとしたが、中々強い力で繋がれているのかそう出来ない。名取は苛々と「放せ」と繰り返した。
「放したら、晴太さっさと帰るだろ?」
「ああ帰るね」
 名取の応えに、樋村はより強く手を握ってきた。ぎょっとして名取は足を止める。
「何してんだお前」
「一緒に帰ろうってば。どうせ、方向一緒なんだから」
 樋村は、笑顔だ。だが何故だか妙に気圧されてしまい、名取は渋々と頷いた。


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2008.08.24


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