ルーゼンは、ジルドニからの書簡を手に取り、封を切って中身を開けた。 その内容は、手紙の主がとある令嬢と婚約したとの報告で、その披露宴の
招待状を兼ねたものだった。 自分の身分でそれに出席することは出来ないが、なにかしらの祝意を表すことは
構わないだろうと、一見して判断する。
――望んだものを手に入れられなかった、哀れな男。
自邸の書斎の机の上に手紙を広げて、ルーゼンは肘掛け椅子に座り込んだ。 あの記憶は、もう半年以上前のことなのだと、感慨深く思い返す。
蝋燭の明かりに照らされて、ジルドニの望んだ近衛の女騎士は今、彼の目の前で 内治部の書類を読みふけっている。
――半年前は、彼女がここにいるようになるとは思いもしなかったが。
「来いよ、シーア」
シーアをうながして膝の間に座らせ、自分の固くなったものを押し付ける。
彼女は拒まなかった。ルーゼンの欲求を察し、黙って書類を机に置いて、 近衛の制服のボタンを外し始める。
何もかもがうまくいく日というものがあるなら、ルーゼンにとって、それはまさに 今日のことだった。
弓術部門の会場の件もすんなり決まったし、内宰府や王統府からの差し戻しの
書類はなかった。来たる武芸大会に浮かれる空気はあるものの、首都は平和で、 ややこしい問題は起きなかった。
極めつけは、邸に帰ったルーゼンへ向けられた、書斎にお客様が……と言い渋る チアニのしかめ面だった。
ルーゼンさま、とチアニが更に眉をひそめ、嘆くように彼の名を呼んで咎めたのは、
おそらく彼が喜びの表情を表に出しすぎると思ったからだろう。
シーアが来ていることへの期待は大きくて、それゆえに不安と欠落感に悩まされもした。
チアニの報告をさえぎって来邸者の有無を聞き、その返事に気がくじけ、遅れている
だけかもしれないと、大窓からバルコニーに迎え出て、暗がりに聞こえるはずのない 足音を聴きすました日々。
こうやって彼女の髪の毛に顔をこすり付け、耳元やうなじの熱さを唇で感じていても、
そんな日々の埋め合わせには全然足りないと、ルーゼンは餓えて求める。
はだけられた胴衣の隙間から手を差し入れ、やわらかな乳房を手のひらで覆い、 親指でその先端を刺激する。
下までボタンを外し終えたシーアの指先が震え、今度は彼の部屋着の前を開けて、 吐息とともにゆっくりと胸を撫でさする。
布張りの肘掛け椅子は、一人で座るには大きかったが、二人には少し窮屈で、 ルーゼンは、その密着せざるを得ない狭さが嬉しかった。
半年前、厩舎の片隅で彼の兄がそうしたように、ルーゼンはシーアの唇に ついばむようなキスをした。
そして、その記憶を壊すため、もっと深く口づけしながら、体を彼女の火照った肌に 直接押し当て、鍛えた体のしなやかさを堪能する。
舌を入れ、からめてシーアを求めると、彼女の手が応えるように、そっとルーゼンの 背中に回された。
「シーア、ジルドニを覚えているか?」 「……んっ」 「お前に求婚した男だ」
キスの合い間に交わす会話。かすかな溜め息は、肯定とも否定とも定かには分からない。
二人の口の端からこぼれた唾液が顎に伝い、糸を引いて彼の腹部に垂れ落ちる。
彼の背中をつかむ手が緩み、背筋に沿って滑り降りた。
彼女の愛撫が何よりもルーゼンを高ぶらせるから、肌が歓喜に総毛立ち、 血液が熱くなって一ヶ所に集まる。
彼女の中に入れたい、その衝動にルーゼンは、彼女を覆う全ての衣服を剥ぎながら、 責めるように舌を動かす。
彼女の帯とズボンを床に落とせば、すらりと伸びたふくらはぎが彼の膝の上で揺れた。
かかえ上げるように腕を差し入れ、手探りで彼女の中心に触れる。 「あっ……やっ」
ぎゅっと縮こまる体に空気が押し出されて流れ、興奮した女の特有の体臭が ルーゼンの鼻腔に届く。
「……ルーゼン殿下」
うるんだ緑の目が一瞬こちらを見詰めた。 だが、すぐにまつげが伏せられて、影の中に沈み込む。
自分を見ながらせがんで欲しいと思うのは高望みだと、彼は腕に力を込めて 彼女を抱き寄せる。
――シーアに望むことが出来るのは……。
「殿下、寝室へ……」 シーアが彼の口づけに顔をそらしてささやいた。
「いや、もう……待てない。……ここが、いい」 「でも、……んっ、つっ、…」
わずかに指を入れて探り、そこが熱くなって、とろけきっていることを確認する。
ルーゼンは彼女の臀部に手を添えて、自分の体にまたがらせるように膝をつかせた。
彼女の手をつかんで誘導すると、シーアは彼の意図を理解して、自身の秘裂に 指を当てて蜜をすくった。
てらてらと光る白い人差し指、とろりとした液体の垂れる中指が、彼の反り返った
ものに近づき、そっと触れる。彼の先から漏れる透明な液と混ぜ合わせるように、 それを雁首にからめ、手首をひるがえつつなすりつける。
指の関節が曲げられて、幹の部分が包み込まれ、上から下まで往復すると、 そのさまに、ルーゼンはこらえきれず、彼女の手をつかんだ。
「シーア……」 「は…い、……ん」 ルーゼンは名を呼んで誘い、シーアがあえいで答える。
彼女はもたれかかるように、彼に体を寄せた。たわわに揺れる白い乳房と 腫れてとがった乳首が眼前に迫り、彼の視線を惹き付けて惑わす。
それから、シーアは股の間に手を伸ばし、自らの裂け目を割ると、彼のそびえ立つ
ものを、そのやわらかな場所にあてがって、徐々に腰を落とし始めた。
*
ジルドニは、下流貴族の家の四男坊で、いつも肩の辺りを緊張させ、くせのない
黒髪に、うつむきかげんの顔を隠しているような、控えめでおとなしい青年だった。
六弦琴の名手で、優しい旋律の曲を作るので、ルーゼンは彼の才能を買い、 自分の主催する茶会にたびたび誘うなどして、引き立てていた。
その彼がある日、茶会に来た青年貴族たちに囲まれて、顔を赤くしていた。 「ジルドニがどうかしたのか?」
ルーゼンが水を向けると、青年貴族はからかうような口調で、どっと囃し立てた。 「こいつ、ついに意中の女性に申し込んだそうです」
ルーゼンは、自分の意中の黒髪の彼女を脳裏に思いえがいて、思わず微笑んだ。
「それで、その幸運な女性は誰だ?」
「お聞きになったら、きっと驚きますよ。予想もつかない人物ですからね。
なんと、近衛の女騎士で、"王太子のお気に入り"、護国将軍の末娘の……」
ルーゼンは呆然としてそれを把握できず、呼ばれた彼女の名を反芻した。
やがて我に返り、持っていたティーカップを下ろして、テーブルの陰に隠すように 震える手を腿の上に重ねる。
「……しかし、彼女とは……身分が違うだろう?」 つかえながら吐き出した彼の言葉に、珍しくきっぱりと顔を上げて、ジルドニは
ルーゼンを見返した。 「それは分かっています。でも、後悔はしたくないのです」 「で、返事は?」
冷や汗で肌着が背中に張り付く不快感に耐えながら、ルーゼンは先をうながしつつ、 みぞおちが痛くなるほど祈った。
「あの、よく考えさせて欲しい、と」
滅多にない父王の呼び出しがあったのも、同じ頃だった。
国王の執務室は、仰々しい臙脂色を基調として、重厚な装飾がほどこされ、
近寄りがたい父の姿そのもののようだと、気後れが彼の足をすくませる。
日頃入ることのない場所で、見慣れない父を前にひるんでしまうのは、いつもの
ことだったが、加えて今日は、兄と護国将軍がそろっていて、シーアも国王の後ろに
他の近衛騎士と並んでいるのが、更に彼をためらわせていた。
「ルーゼン、妃を持つつもりはないか?」
格式ばった一通りの礼を済ませた後、父王がそう切り出し、ルーゼンは答えに窮した。 「兄上がまだなのに、自分が妃を持つわけには……」
返事を待つ父の沈黙が痛く、それが求められている答えではないと察知しつつも、 ルーゼンは両手の指を腹の前で組み、精一杯の拒絶を示す。
「いかぬか……」 父は失望したように息を吐き、王太子と目を交わした。
王太子は静かにうなずき、それは国王を満足させる答えだったらしく、 彼は王太子に笑いかけた。
「だが、いつまでも一人ではいけない。誰かこれと思う人はおらぬか?」 ルーゼンに視線を戻した国王が質問を重ねた。
「いえ、……あの……」 ルーゼンは口ごもり、つばを呑み込む。 シーアを見ないようにするには、渾身の努力が必要だった。
「……いや、ルーゼン。もう、よい」 父の退出をうながす合図は、わずかな苛立ちを含み、ルーゼンは目を伏せ
膝を折って礼をとった。 周囲の人間から"智の王子"と呼ばれ、もてはやされていても、己が不肖の息子、
病弱で期待に添えられない王子だという事実を思い出し、彼はうなだれて 国王の執務室から引き下がる。
――シーアにはどう見えただろう。 ルーゼンは自分の執務室で、集中できない仕事をにらみ付ける。
埋められない父との溝、近づけないシーアとの距離。 閉塞感に囚われて、あせる気持ちばかりが先行し、彼を突き動かして立ち上がらせる。
「ルーゼン殿下、どちらへ?」 「気分転換だ。構うな」 側近が慌てた声で制止するのを振り切り、彼は部屋を出た。
自分は何を迷っているのかと、ルーゼンは王宮内を彼女の姿を捜し求めながら、 彼女への言葉を考える。
訓練所を通り、馬場の角を曲がれば、厩舎へ入るシーアの後ろ姿。 彼はそれを追い、そして彼女が兄と一緒にいるのを見た。
ルーゼンが兄と言い争うことになったのは、その直後だった。
*
――今なら分かる。本来、あの王女の相手は自分だったのだ。 ルーゼンは記憶をたどり、かつては結びつかなかった事柄に思い至った。
だが、国王と意思の疎通を図れないような第二王子では全面的な信頼が置けず、 大事な政略結婚をまかせられなかったのだろう。
彼女の吐息が彼のこめかみをなぶる。 あの時に兄がなんと言ったか、シーアがどう答えたか。 ――知りたくはない。
記憶は淡雪のように消えて、腰にかかる彼女の重みに取って代わる。 ――シーアは、兄のそばにいるのではなく、ここにいるのだから。
彼女に根元まで包み込まれ、ルーゼンは下腹に力を入れて、その圧迫感に抵抗する。
「シーア……」
体を曲げて視線を落とし、彼女のやわやわとした黒い陰毛が、自分の黄金色の毛に 繋がっているのを眺め、ルーゼンは口元を緩めた。
彼女の反応を引き出したくて、二つの色がからまった茂みに指を差し入れ、 中に隠れた前の襞にそっと触れる。
「あっ、やっ……」 期待に違わず、シーアの体は反りかえり、ひときわ大きな声が上がった。
ルーゼンの肩に置かれた彼女の手が、滑り落ちて彼の腕を強くつかむ。 感じやすくなっている肉の芽をもてあそんで、更に彼女を刺激する。
彼女の膣内がうねり、快感が波となって高く持ち上がった。 「ん、……んんっ、……くぅ」
こらえきれずに漏れ聞こえる息が一段と浅く、速くなっていく。 もう一方の手で乳房を持ち上げるようにもみしだき、その谷間に顔を寄せて、
くすぐるように舌先を白い肌に這わせた。しずくとなって浮かんだ汗をすくいとれば、 口中に広がって満たすのは、わずかな塩辛さ。
臀部に手を回してを支え、彼女を動かして、快楽を思うままに操る。
やわらかな乳房を体に密着させ、恥骨をこすりつけるように上下させる。
彼女の肌が張りつめ、弛緩し、また緊張するのが、彼には手に取るように分かった。 「いぁ…あ……、ん…、んぅ」
シーアの喘ぎ声を耳元で受け止めて、肘掛け椅子のきしむ音を遠くに聞く。
彼女は気づいていないだろう。
いつしか自分の腰が淫らに動き、彼を動かしていることを。 彼を欲しているように中をきつく締め付けていることを。
自分の腕の中にいる時だけが、彼だけのものと実感できる至福の時。
「ジルドニが婚約したそうだ」
手を滑らせ、汗に濡れてなめらかな彼女の腰のくびれをつかんで、 シーアの動きを押さえこむ。 「……そ、う…」
シーアが戸惑い、のどの奥から引き絞ったような震え声を出した。 彼の胸板に広げた手を固く握り締め、上体を起こして視線をさまよわせる。
二人の間に流れる空気が、行き場をなくした情欲に水をさした。 「なぜ、ジルドニの求婚を受けなかったのだ?」
あれからほどなく、ジルドニが断られたらしいと人づてに聞いても、 ルーゼンは安堵する気になれず、焦燥を募らせるばかりだった。
今までは誰とも――兄以外とは、噂されたことがないけれど、護国将軍が
彼女の相手として誰かを考えていてもおかしくはない。ぼんやりしていたら、 他の男に取られるのを指をくわえて見ていることになりかねない。
父王が自分に誰か他の女を無理やり押し付けるかもしれないし、シーアと兄が 厩舎の一件からどうなったのかも分からなかった。
国王や王太子が寵妃とした女を適当な男に娶らせた例は、過去にもある。
息を潜めるように時を耐え、何らかのきっかけをうかがっていた半年間は、
あの日、ルーゼンをアリスン監獄へ向かわせるほどに、彼の精神をむしばんでいた。
「……父が、反対しましたので」
こくりとつばを飲み込み、口調を整えたシーアが、ジルドニには何の感情も ないことを思わせるような静かな声で答えた。
「あの護国将軍なら、ジルドニなど問題にもしないだろうな」 「ええ。父はわたくしの相手に、近衛か護国府の者を考えていたようですから」
「下流貴族の四男坊では、身分が低すぎて利用する価値もない、か」
――では、第二王子は? それでも不足か?
「俺が近衛育ち、だった……ら?」 彼女がふっと小さく息を吐き、かすかに困ったような、笑ったような顔をした。
「ルーゼン殿下が、他の騎士たちと同じように、生粋の近衛育ち……なら、……」
暗くくすぶる苛立ちとともに、ルーゼンはゆっくりと突き上げ始めた。
話を振ったのはルーゼン自身であったが、やはり彼女の唇から出る男の話などは
聞きたくなかった。まして彼らは兄と同じく、近衛でシーアと一緒に育ち、 時には戦場を駆け、生死を共にしたのだ。
「もっと……、話は、ちがっ、違って……んっ、あっ」
ルーゼンは彼女の奥の一点を責め立てる。
そこは彼だけが知っている秘密の場所。 彼女の嬌声が大きく高く鳴り響き、仰け反った首が左右に振れる。
粘液のこすれる水音と揺れる乳房と、肘掛けの上に手を乗せ、腕を突っ張らせて 快楽をむさぼる彼女の姿とが、彼を恍惚とさせる。
彼女の乳首を口に捕らえ、強く吸い付きながら、膣奥に彼自身を幾度となく叩きつける。
「んんっ、…あっ、ああっ、…あっ、…ん、ん、ん」 彼女の肌が粟立って、背中を弓なりにたわんだ。
絶頂にいる彼女は淫らで、ルーゼンは限界を感じ、せりあがってきたものを 一気に解放する。 「いっ、あぁっ」
彼の最後の一突きに彼女はまた達し、肉襞が細かく振動させて彼の全てを搾り取る。
そして、至福の時は終わりを迎え、縮こまって彼の肩口に顔を埋めた彼女を 抱き締めても、それをとどめることは出来なかった。
*
大窓から出て行くシーアを無言で見送り、ルーゼンは気だるい体を背もたれに預けた。
――シーア、次はいつ来る? 明日、来るか? あさっては? のどから手が出るほど答えを欲しているのに、彼女がいつかもう来ないと
言い出すのを恐れ、或いは半ば諦めて、ルーゼンはその問いを口に出来ない。
シーアと兄。シーアと叔父。シーアとジルドニ。
特にシーアと兄のことを考えると、今でも心がざわめく。 ルーゼンは顔を上げ、天井の格子を凝視した。
もし、兄のことも叔父のことも知らなかったら、知らぬふりをしていれば、
物事はもっとうまくいったのだろうか、と当てもない夢想にむなしさを覚える。
ことが終わった後の、彼の上から降りたシーアの内腿に垂れる、一筋の白いしたたり。
湧き上がった奇妙な満足感は、しかし、すぐに後悔へと変わった。 眉間にしわを寄せ視線をそらせたシーアが、やがてそのまま床にへたりこみ、
ぎゅっと自身を抱き締めて、唇を噛んでいたから。
――望んだものを手に入れられなかったのは、ジルドニだけではない。
ルーゼンの望んでいたのは別の未来。それを壊してしまったのは彼自身の軽率さ。 己の間違いを認めても、時間が戻るわけではない。
――彼女は確かに、ここにいたのに。 ただよう汗臭さに饐えた匂いが混ざるのは、彼女と交わった証。 「シーア、……」
ルーゼンはまぶたを閉じて、その残り香を吸い込み、彼女の名とともに 彼女に言えない言葉をつぶやく。
それでも、今日もルーゼンは、チアニのしかめ面を期待して、はやる心臓を 押さえながら、家路をたどるのだった。
|