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いまだ続く問答を背後に聞き流して構内を抜けると、蔵本は駅前のターミナルを迂回して正面へ渡った。その一等地にさえも空きビルがあり、窓がすべて割られている。
「…相変わらず、荒れてるなー」
彼が広島に来たのはこれが初めてではなく、過去に2、3度の来訪経験がある。
脇の細い道を通り、みやげ物を売る店が数軒並ぶその先には、地元の者にハンターや旅行者の入り混じる、雑然とした商店街がある。安い酒や食べ物が充実していて、ハンターのための装備も一通り手に入る、人の大勢集まる場所だ。まずはそこで情報を…。
しかし。足を一歩踏み入れるなり、彼は片眉をひそめて立ち止まった。
狭く薄暗い街路は活気を失い、色彩も失っている。かつては歩けば肩が擦れるほどであった人通りがまったくない。路上には昼間から寝転がる者もおり、ひなびた臭いがうっすらと漂ってくる。
なにより、商店が営業している様子がないのだ。街は不気味に静まり返っている。
「……」
左右を軽く見回すと、それだけで治安の悪さが伺える。汚れた壁面には右や左の思想を主張するポスターがところ狭しと貼られ、それが手荒く剥がされた上に、さらに落書きがされている。路上にはガラスの破片が散乱し、奥に見えるガレージは焼け落ちたまま放置されている…。
「いや」
最後に訪れたのは何年前だったか、定かではないが、その記憶と比べても差は歴然だ。
「…前より荒れてるな」
もはや荒れ果てているという表現がふさわしい。いったい何事があったのか、持ち前の好奇心が刺激されないはずはなかったが…、同時に、これ以上ここに留まるのは得策でないということも、彼は聡く感づいた。
風がトタンを煽る音に混じり、野犬のうなり声が聞こえる。それも一匹ではなさそうだ。縄張りが近いのだろう、街中と思って油断した。
どこの空き家に潜んでいるのか…、不意に襲われたらなすすべがない。
「うーん。いきなりのピンチ…」
他人事のようにつぶやくと、蔵本は足を止めてゆっくりと鞄に手を突っ込み、借り物の拳銃を握った。四足の俊敏な野生動物に対してはこれさえも心許ないが、ないよりはましというものだ。
こんなときドアラがいれば心強いが、と蔵本は思った。ドアラは面の皮が厚いから、犬に噛まれたくらいではビクともしない。
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