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夢から醒めたように、彼は再び急ハンドルを切った。スクラップ寸前の相棒はうなりを上げて道を外れ、残された力を振り絞り、冬の乾いた地面を猛然と疾走し始めた。
岸本は直感していた。もう基地には戻れない…、もう軍には戻れないことを。いま現在の基地がどういう状況になっているかを知る術はなく、本隊に合流する術もない。
そもそも本隊は未だ存在しているのだろうか。爆撃はさらに激しさを増している。もはや壊滅状態かもしれない、生存者がどれだけいるかもわからない。
もしもこの想像の通りなら、今から基地に戻ることは、文京軍の捕虜になりに行くのと同じことだ…、
行く末は捕虜か、脱走兵か。この究極の二択の中から、彼は脱走の道を選んだ。先に述べたとおり彼は元々愛国心の強い軍人ではなかった…、軍へ入ったのはただ単に、祖母を悲しませないためだ。
その祖母も、前年秋に他界した。生まれた家、帰るところ、護りたい人、何もない。彼を横浜へ繋ぎとめるべき要素はこの時、ひとつも存在していなかったのだ。
向かった先は商港だった。河口付近にある軍港はすでに抑えられている可能性があったからだ。やがて市街地が見え、黒く染まりはじめた海が見え、港湾地区までもう少し…、そこで車が力尽きた。
岸本はその場に相棒を残し、後は身ひとつで、夕陽を背に、ひたすら走った。すでに日没は近い。潮の香りが鼻をつく。
そして遂に港へ着くころ…、ちょうど地平へ日が落ちた。闇にまぎれ、彼は適当な貨物船へ忍び込み…、積み込まれた木箱の隙間に疲れた身体を横たえた。積荷はザーサイだ、匂いでわかる。しかしそれ以外のことは何もわからない。
…出航はいつだろう。行き先さえもわからない。だが、さほど大きな船ではないから、それほど遠くへは行かないだろう…。
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