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地響きのようなその振動は、スプリングの効いていない軍用車で荒れた道を走るさなかの岸本にも、ごくはっきりと感じられた。
彼は急ブレーキを踏んで、運転席から飛び出した、その瞬間目に飛び込んだものは…、遠く河岸の方角に立ち昇る、濛々たる土煙。
まさか……、彼はその頭の中にさえ、暫時、言葉を失った。まさか爆撃を受けるなんて。
多摩川の両岸に定められた緩衝地域には航空機の侵入は禁止、そしてミサイル及びロケットランチャーの類の兵器の持込も禁止されているはずだった。
この聖都神宮からの提案にあっさりと合意したという点も、文京にはこれ以上積極的に横浜へ侵攻する意思はないものと、世間に認識させるには充分だった。
しかるに岸本も…、その土煙を目の当たりにして、なおかつ、何が起こったのかがわからなかった。しかし、その見守る中で、続いての爆撃が、息つく間もなくまた次の爆撃が…、
岸本は弾かれるようにして車に飛び乗り、目一杯にハンドルを切ると、アクセルを踏み込んだ。少しばかり舗装を外れながら軍用車は土埃を上げてUターンし、来た道を猛スピードで引き返した。
軍人である以上、彼はこの危急の事態に際し、一刻も早く本隊へ合流し、命令に従わなくてはならない。その義務を怠れば脱走と見なされ、厳罰を受けることになる!
しかし向かい風に乗った濃すぎる煙、さらに近づくに従って強烈さを増す爆風と、次々に襲い来る瓦礫の破片が、焦燥する彼を阻んだ。
彼はそれでも無理に進もうとしたが、車が先にギブアップした。フロントガラスが割れたのだ。強化ガラスの破片の粒を頭からかぶり、
顔面に無数の切り傷を負い、さらに彼を押しつぶさんと吹き付ける爆風、瓦礫の中で…、
不意に、佐伯の言葉が脳裏に蘇った。つまるところ、引き際を知れと佐伯は言った、あの時はピンとこなかったが…、しかし。
今が、その時だ。
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