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ほどなく彼は眠りにおちた。そして次に目を覚ましたときには…、貨物船は目的地に着いていた。極度の疲労のため、着岸の衝撃でも目を覚まさなかった彼はあっけなく船員に見つかり、現地の港湾警備隊へと突き出された。
まさに一生の不覚だった。どうにかここまで、逃げ延びたのに。いや、逃げ延びたといってもアテはないのだから、遅かれ早かれ、こうなる運命だったのかもしれない、岸本の脳内に焦りと諦めが入れ替わりに浮かんでは消えてゆく。

プレハブのような詰所で、応対した警備隊員はどうやら軍人らしかった。その男は船員たちを帰すと、岸本を見て、まず言った。

「大変だったみたいだな。今朝のニュースじゃ、国境警備隊は撤収がやっとだったそうだ」

突然そう言われ…、岸本は何と言って返していいのかがわからなかった。目を見開いたまま、ややしばらく男の顔を凝視して、それからようやく岸本は口をきいた。

「…ここは」
「なんだ、行き先もわからずに密航してきたのか。ここは広島だよ」
「広島…」

教えられた地名を、岸本はオウムのようにそのまま口にした。せいぜい名古屋か仙台あたりと思っていたが…、そんな遠くへ来ていたとは。そして、その遠く広島のこの男が、なぜ…、

「なんで、国境警備隊の話を」
「ん、その服。おまえ横浜陸軍だろ?」
「……え」

岸本は面食らった。このとき岸本が着ていた外套は確かに陸軍の支給品ではあったが、いわゆる軍服ではない。肩に小さく刺繍が入っている以外は、カーキ色の、街中でも普通に売られていそうな代物だ。
関東ならば、まだ分かる。しかしここが広島だと言うのなら、それをひと目で識別したこの男は一体何者なのか…、
その岸本の動揺もすべて見透かしたように、警備隊の男は笑って言った。


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