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☆ ☆ ☆

朝10時、名古屋市内、某所。

「あ、おねーさん、注文いい?俺これ、ブルーマウンテンね」
「…あと、ブレンド」

どこか浮世離れした時間の流れる、午前中の喫茶店の独特の空気の中に、井端はいた。
何しろ近頃は基地に詰めっぱなしだから、娑婆に出るのも久しぶりだ…、しかし、これとて西基地への増援要請の帰りである。
本来ならば、わざわざ現地まで、しかも司令官本人が出向くことはないが、何しろ今は隠し事をする身である。まずは態度で誠実さのようなものを示しておきたい、と井端は考えたのだ。
そうなると、文京軍の攻勢は夕方から夜にかけて強くなることが多いから、出るとしたら、今しかない。

「今って忙しいんじゃないんすか。戦況悪いでしょ」
「忙しいよ。そりゃ忙しいさ。最悪だ。なにしろ、あのころとは立場が違う」
「ああ、そういやバッさん、随分偉くなったんすよね。基地の総司令って具体的にどーゆー仕事してんの」

コップの冷えた水に口をつけ、井端は額に手をあてて問いに答える。しかしその様子に何か配慮を見せるでもなく、向かいの男はさらに興味本位で質問を続けた。

「部下の尻拭いして年長者にガミガミ言われて長官にイヤミを言われるのが仕事だ。あとは…、何かあった時に首切られるのも仕事」
「また冗談。役所じゃないんだから、何かあったら困るでしょうよ」

井端の対面で長い脚を組んで座っている男は、名を蔵本英智。ドアラ漫才で人気を博し、名古屋では知られた芸人である。
しかしその彼が数年前まで名古屋防衛軍に籍を置き…、おまけに中尉の肩書きまで持っていたという事実は意外に世間では知られていない。
ドアラの魅力のひとつはそのミステリアスさ加減にある。従って、その相方である蔵本にも、退役将校などというカタい前歴は、隠さないまでも、特に宣伝する必要はないのだ。


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